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行きたくないと言われた日にかける言葉
2026-09-17 08:04

行きたくないと言われた日にかける言葉

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子どもから学校に行きたくないと言われたとき、大人は何を最優先にすべきかを整理した記事です。文部科学省は、長期休業が終わる時期に子どもの自殺が増える傾向があるとして見守りを呼びかけています。記事は、登校させることを最初のゴールにしない、と書きます。追い詰める言葉と、余地を残す言葉の違い。理由を問い詰めないこと。そして、行くか休むかの二択にせず、保健室や校内の支援室など複数の道を用意しておくこと。学校の側にできることを考えます。

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教育カフェテラスの時間です。進行役の水野太一です。 この番組では、国内外の教育の話題を、現場の目線で一つずつ取り上げています。
アシスタントの高橋紗友香です。今日もよろしくお願いします。
今日は、就営者オンラインの8月23日の記事です。
子供から学校に行きたくないと言われた時、大人は何を最優先にすべきか、という内容です。
この番組では、以前にも不登校の話を取り上げました。
あの時は、学校との関わりを切らないでいる、という話でした。
今日はその手前、言われたその日に何をするか、というところです。
どういうきっかけで書かれた記事なのでしょうか。
ある料理研究家の方が、自身の不登校と引きこもりの経験を語ったインタビューが注目を集めました。
それを受けて書かれています。
本人はどう語っていたのでしょうか。
記事によると、その方は後から自分で補足しています。
引きこもりや中卒からの成功例のような意図はなかった。
僕はあくまで運が良かっただけだ、という言い方です。
自分の話が一般化されるのを止めたのですね。
学校には、通えるなら通う方がいいに決まっている、とも書いています。
そこまで言うのは慎重な方だと思います。
この記事もその慎重さの上に立っています。
まず、文部科学省の呼びかけが紹介されています。
どんな内容でしょうか。
長期の休みが終わる時期には、子供の自殺が増える傾向がある。
だから学校と家庭に見守りを呼びかける、というものです。
それは毎年言われていることなのですね。
はい。その上で、記事はこう書きます。
まず大切なのは、登校させることを最初のゴールにしないことだ、と書かれています。
学校に行かせるのが目的ではない、ということですか。
文部科学省も、学校に登校するという結果のみを目標にするのではなく、
その子が自分の進路を主体的に捉えて、社会的に自立することを目指す必要がある、としています。
登校は手段のほうだということですね。
それと、不登校はどの子にも起こり得るもので、
それだけで問題行動と受け取られないよう配慮する必要がある、とも書かれています。
問題行動、という言葉が使われていたのですね。
かつては、そう扱われていた時期があります。
今は、そう扱わないことが明記されています。
では、行かなくてもいいですよ、と言えばよいのでしょうか。
そこが、この記事の丁寧なところです。
文部科学省は、学校教育の意義そのものを否定しているわけではない、と続きます。
どういうことでしょうか。
不登校が続くことで、学習が遅れたり、進路の上で不利になったりする可能性にも注意が必要だ、としています。
そのままにしておけばいい、という話ではないのですね。
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記事の言い方が的確です。
行かなくてもいいとそのままにすることでも、とにかく登校させることでもなく、
その子の状態を見ながら必要な支援につなぐこと。
真ん中が一番難しいです。
ここから具体的な言葉の話になります。
まず、大人に悪気がなくても追い詰めてしまう言い方が3つ挙げられています。
どんな言葉でしょうか。
明日はいけるよね。休んだらもっといけなくなるよ。みんな頑張っているんだから。
3つとも聞いたことはあります。
どれも励ましのつもりで出てきます。
ですが、すでに追い詰められている子には新しい負担になり得ます。
明日はいけるよね。は答えを決めて聞いていますね。
はい、というしかありません。そして言った瞬間に、あくる日の約束になります。
代わりの言い方は書かれていますか。
3つ挙げられています。何かつらいことがある。
今は話したくなければ話さなくてもいい。話したくなったら聞くよ。
3つ目が一番大きい気がします。
私もそう思います。今この場で言わなくてよいと伝えているからです。
話す気になった時に行き先が残っています。
記事は理由を問い詰めないことも強く書いています。
子供自身、なぜ行きたくないのかをうまく言葉にできるとは限りません。
なんとなくいやしか出てこないこともありますね。
その段階で理由を問い詰めると、説明できなければ休めないと感じさせてしまうと書かれています。
説明できなければ休めないというのはきつい言葉です。
大人でも体調が悪い理由をうまく言えない日はあります。それでも休めます。
ここから学校のだわの話になるのでしょうか。
はい。記事は学校にも求められることがあると続けます。
教室に毎日通うことだけを唯一の選択肢にしないということです。
ここにどんな道があるのでしょうか。
保健室、校内の教育支援センター、学校の外の教育支援センター、ICTを使った学習、場合によってはフリースクール。
思ったより選択肢はあるのですね。
あることと本人と家庭が知っていることは別です。知らされていなければないのと同じです。
確かに私も今の説明で初めて知ったものがあります。
それから、この記事で一番現場向きだと思ったのがこの3つの言葉です。
1時間だけなら行ける。教室に入るのは難しいけれど、先生とは会える。今日は学校にはいけない。
どれも途中の状態です。
この3つを来たか来ないかのどちらかに押し込めない。ゼロか100かで考えないことが繋がりを保つことになるという書き方です。
出席か欠席かしか記録には残りませんが、実際にはその途中の状態があるということですね。
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記録の形が見え方を決めてしまうところがあります。
他に学校が気をつけることはありますか。
休んだという事実だけに目を向けないことと書かれています。苦しさを抱えたまま誰にも言えず行かなければならない。逃げてはいけないと思い詰めてしまうことにも注意が必要だと書かれています。
来ている子の中にもいるということですね。
来ているから大丈夫とは限りません。
記事の締めくくりはどうなっていますか。
行きたくないと口にした子がいたら、行くか行かないかの問題として処理する前に、まず言ってくれてよかったと受け止める。
言えたこと自体を受け取るのですね。
そして戻すことを急ぐより、休んでも立ち止まっても大人との関係までは切れないと思える環境を作ること。
以前取り上げた回と同じところに着きました。
入り口は違いますが行き先は同じです。
なおこの記事の最後には相談窓口も案内されています。
心の健康相談統一ダイヤルと厚生労働省の守ろうよ心というページです。電話番号はそちらで確認できます。
今日のお話で私が一番持ち帰りたいのは明日はいけるよねという言葉です。
私は優しい言葉のつもりで言ってしまいそうでした。
でもあれは答えを決めて確認しているだけでした。
代わりに話したくなったら聞くよと言えるようにしておきたいです。
言われた日にこちらが用意できているかどうかだと思いました。
あの言葉は大抵不意に出てきます。準備していない人はその時初めて考えることになります。
何を言わないかを先に決めておくだけでもその場の言葉は変わります。
教育カフェテラス、今日はここまでです。
最後までお聞きくださってありがとうございました。次回もお付き合いいただけたら嬉しいです。
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