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教育カフェテラスの時間です。進行役の水野太一です。
アシスタントの高橋紗友香です。この番組では、国内外の教育の話題を二人で掘り下げています。
今日は、子どもたちが学校を出た後も話をします。 紗友香さんは来年から先生になる立場ですが、送り出す側から見てもかなり大事な話になります。
送り出した後の話ですか。実習では卒業までのことは考えても、その先まではあまり考えていませんでした。
東洋経済オンラインの8月10日の記事です。 発達障害のある学生が、この10年で約4倍に増えたと報じています。
4倍ですか。それは増え方としてはかなり急です。
学生支援機構の調査で、2024年度の発達障害のある学生は1万1923人です。 10年前は2722人でした。大学、短期大学、高等専門学校を合わせた数です。
それだけ増えたということは、発達障害のある子どもが増えたということでしょうか。 そこがこの記事の面白いところです。
記事に登場する港南大学の高石京子先生は、 増えたのは診断と支援の側だという見方をしています。
数え方が変わったということですか。 はい。1990年代頃までの大学は、発達障害は子どもの問題だと捉えていて、
そういう特性の学生が在籍しているという認識自体がなかったそうです。 認識がないとどうなるのでしょうか。
集団の中でパニックになって大声が出てしまう。 そうした行動は他の学生に影響を与える問題行動とみなされて、
強制指導の対象になりました。 学びたくても大学をさらざるを得ない学生が少なくなかったと書かれています。
支援ではなく指導の対象だったということですか。それは辛い話です。 転機は2005年の発達障害者支援法です。
ここで発達障害が定義され、学生も支援の対象だという認識が生まれました。 効率ができると現場はすぐ変わるものでしょうか。
浸透するのには時間がかかったそうです。 大きかったのは2011年にセンター試験の特別措置の対象に発達障害が含まれたことだと記事は書いています。
入試で配慮が受けられるようになったということですか。 そうです。受験の時に配慮を申請するために診断を受け、
そのまま入試を突破する方が増えました。 その積み重ねが調査の数字の変化にもつながっているという見立てです。
数字が増えたのは見えていなかった人が見えるようになった結果でもあるんですね。
記事が挙げている背景はそれだけではありません。 大学の方が学生に余裕を与えなくなったという指摘です。
余裕がないというのは忙しいという意味でしょうか。
高石先生は成績を数値で管理する仕組みが広がったことを挙げています。
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評価が厳しくなって序列がつき、学生は入学直後から卒業後の進路を意識せざるを得ません。
大学からの管理も細かくなりました。
入った瞬間から走らされている感じがします。
発達特性のある方にはその環境が合わないことが多いそうです。
配慮を受けないと大学生活を全うできないと考えて診断や支援につながる学生も増えていると書かれています。
具体的にはどんなことに困っているのでしょうか。
一人ずつ違うという前置きの上で二つ紹介されています。
一つは情報の取捨選択が難しくあらゆる刺激を受け取ってしまうことです。
教室だとどういう形で出るのでしょうか。
聴覚が過敏な形で出た場合、同一教室で誰かの小さな話し声が気になってその場にいられなくなります。
それは集中していないのではなくて全部聞こえてしまうということですか。
はい。
二つ目は過去、現在、未来を一つのストーリーとしてつなぐのが苦手だという特性です。
つなぐというのはどういうことでしょうか。
前に失敗した時と同じ状況だと気づきにくい。
メポートの締め切りや就職活動の申込期限に向けて計画を逆算しにくい。
結果として課題が間に合わず単位が取れない学生もいます。
怠けているように見えてしまいそうです。
実際は見通しの持つ方の問題なのに。
そこを取り違えると支援ではなく叱責になります。
河南大学では学生相談室と就学支援を担う窓口の二つを置いていて、
例えば聴覚が過敏な学生には授業中にノイズキャッセリング機能のあるヘッドフォームを使えるようにしています。
道具一つで授業に出られるならすごく大きいです。
この大学では学生およそ9000人のうち約2%が障害の届出をしていて、
そのうちのおよそ2割が発達障害のある学生だそうです。
スタッフは常にフル稼働で、人が足りていないとも語られています。
支援の仕組みができても人が足りないという話は小中学校と全く同じです。
今日一番お伝えしたい点がこの先にあります。
高校までの配慮と大学の配慮は考え方が違うと高石先生は指摘しています。
違うんですか。同じ合理的配慮という言葉なのに。
高校まではどうしてもできないことがある場合、
課題の量を減らすというようにゴールそのものを下げる対応を取ることがあります。
大学では授業や試験にアクセスする方法は提供できますが、
単位を取るために必要な水準というゴールは変えられません。
アクセスの仕方は変えられるけれど、到達点は変わらないということですか。
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それは、本人にとってすごくしんどいと思います。裏切られたように感じそうです。
高石先生方にもその子の特性に合った進路指導をしてほしいと続きます。
私も同じことを考えていました。小学校でも中学校でも
この方法ならわかると自分で言えた経験があるかどうかは大きな差になります。
配慮を受け取る練習ではなく、配慮を選ぶ練習ということですか。
私、今日の話をずっと大学の話として聞いていました。
でも途中から自分が担任する教室の話になっていました。
教育カフェテラス、今日はここまでです。
最後までお聞きくださってありがとうございました。
今日の話がどこかの誰かの進路の話につながっていたら嬉しいです。
また次回もお付き合いください。