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フェイクニュースを作らせる授業のねらい
2026-09-03 05:40

フェイクニュースを作らせる授業のねらい

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茨城県のつくば市立島名小学校で、6年生が生成AIを使って偽のニュース記事を自分で作る授業が行われました。見破り方を教えるのではなく、見破れない現実のほうを体験させる設計です。子どもたちは、専門家の名前や調査の数字が入ると本物らしく感じること、逆に地名の書き方が大まかだと疑いが生まれることに自分で気づいていきます。作る側に立つからこそ見えるものは何か、そして教室でこの授業をするときに外せない約束事は何かを考えます。

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教育カフェテラスの時間です。進行役の水野大地です。 今日は、少し驚く授業を紹介します。
アシスタントの高橋紗友香です。 この番組では、国内外の教育の話題を、現場の目線で一つずつ取り上げています。 驚く授業というのが気になります。
小学6年生が、自分の手で偽のニュース記事を作る授業です。
作るのですか。見分ける授業ではなく。
作ります。日経BPの教育とICTの8月26日の記事です。 茨城県の筑波市立島名小学校で、7月7日に行われました。
正直に申し上げると、少し心配になります。 嘘の記事の作り方を、学校で教えることになりませんか。
多くの方が、まずそこを考えると思います。 この授業を設計した側の言葉が、記事の中にあります。
どんな言葉でしょうか。
見破り方を教えることには意味がないという言い方です。 授業に協力した藤代さんという研究者の見解として書かれています。
意味がないとまで言い切るのですね。
狙いは、AIに囲まれている状態を自覚することと、 仕組みと問題を理解することだとされています。
見分けられるようになるを目標にしていないということですか。
目標にすると、大抵失敗します。 歪んだ手の形とか、影の向きがおかしいとか、
そういう見分け方は、次の年には通じなくなります。
確かに、去年の見分け方は今年には古いということが起きそうです。
授業の流れを見ていきましょう。
使ったのは、ソフトバンクが開発した学習向けの仕組みの中にある AIフェイクニュースメーカーという機能です。
そういう名前の教材があるのですね。
子供たちは、作りたいニュースの内容を入力します。
すると、それらしい嘘の記事が出来上がります。
それらしい、というのが怖いところです。
一つ作って終わりではなく、いくつも作ります。
その後、グループで持ち寄って話し合います。
何を話し合うのでしょうか。
本物らしいと感じたのはどこか、 そして嘘っぽいと感じたのはどこか、この二つです。
自分たちで作ったものを、自分たちで見比べるのですね。
ここで子供たちが気づいたことが、記事に出ています。
専門家の名前や、調査の数字が入っていると、本物らしく感じる。
それは大人でも同じです。
数字が入っていると、確かめずに信じてしまいます。
一方で、地名の書き方が大まかだと、疑問が湧いてくる、とも言っています。
詳しい地名が書かれていないと、あれ、と思うということですね。
つくば市の子供たちは、自分の住む場所のことは細かく知っています。
だから、そこが薄いと引っかかるわけです。
自分がよく知っている分野なら見抜ける、ということでしょうか。
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そこがこの授業の隠れた収穫だと思います。
裏を返せば、自分がよく知らない分野では見抜けない、ということです。
あ、そちらの方が大事な気づきです。
見破り方を教えないのに、見破ることの限界の方が伝わっています。
すくってみないと、この感覚は出てきません。
すくる側に回ると、どこをそれらしく見せればいいかがわかってしまうからですね。
すくる側の目線に立つ、という言い方が記事にもあります。
騙される側の練習ではなく、騙す側の道具を触ってみる授業です。
だからこそ、約束ごとが要りそうです。
記事にも書かれています。実在の人も名前を使うことは禁止です。
それは絶対に必要です。友達の名前で嘘の記事を作れてしまいます。
この一点を外すと、授業そのものが課外の練習になります。
逆に言えば、そこさえ管理すれば成立する授業です。
教材は先生がいつから用意したのでしょうか。
協力した研究室が授業用のスライドとワークシートを作っています。
対象は小学校の高学年から中学生です。
先生が一人で組み立てなくてよいのは心強いです。
筑波市は以前からこの分野の授業を積み重ねている地域です。
何もない状態でいきなりこの授業をするのは確かに難しいと思います。
段階のあるということでしょうか。
私は順番として、まず何かを作らせる経験が先だと思っています。
文章でも絵でも構いません。
恋愛が作ったものを見る側にいるうちは実感が湧きにくいのです。
作ってみるとこれは誰でも作れるのだと分かりますね。
誰でも作れると分かった瞬間に、画面の向こうにあるものの見え方が変わります。
それがこの授業が狙っている変化だと思います。
見分けるための授業だと思って聞き始めたのですが、途中で話が変わりました。
見分けられないという前提から始める授業なのですね。
私は、情報の学習というと正しい情報を選ぶ練習だと思い込んでいました。
でも、選べないことがあるという前提を先に持つ方が多分長持ちします。
技術は毎年変わりますが、自分は何を知っていて何を知らないのかという感覚は変わりません。
今日の授業が残そうとしているのはそちらの方です。
教育カフェテラス、今日はここまでです。
最後までお聞きくださってありがとうございました。
次回も教室で試せる話をお届けできたら嬉しいです。
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