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おつかれさまです、たくです。 今回はですね、
まあ、どうでしょう、5回の間を開けて、 久々の【最近あの会社って、どうしてる】
その3弾をやろうと思います。 今回ですね、
お話しする、喋るね、あの会社っていうのがですね、 まあ一つは言ってもいいかな、1社目はですね
トレジャーですね。 そしてですね、もう一つはですね、もうあえて名前は
伏せておきます。 まあどちらもですね、今回はですね、
これ狙ったわけではないんですけども、 セガサターンに関係する会社ですね。
セガサターンといえばね、この前11月22日だったかな。
なんか、30周年、
迎えたらしくておめでとうございます。 まああの、
現在ね、まあ実はこれ本編撮った後に、 このオープニング喋ってるんですけれども、
本編だけで121分になっております。 長かった。
で、もっと言うとですね、実はですね、この オープニングも本編も、まあ今撮ってないんですけど
エンディングもですね、 実は全て2回目となっております。
1回目撮ってね、もっと早い段階で公開しようと 思ってたんですけれども、
まあ僕収録した後ですね、まあ完パケの状態でですね、 いわゆるオープニングも本編もエンディングも入って、
音楽も全部ハマった状態で、あの公開、 皆さんがね、公開している状態ですね。
お聴きいただく状態ですね。 あれと同じ状態で、まあ非公開の状態で1回僕が
確認で聞くんですよね。 だいたい仕事の配送中とかに聞いてるのかな、試しでね。
なんともね、歯切れが悪いとか、 なんともなんかまあ、
ちょっと説明不足、まあ今回もまあ説明不足にはね、 あんまり変わりないんですけども、
もうちょっとなーっていうところがね、 結構あったんで、
それも込みでね、いろいろちょっともう 一から作り直してみました。
ということでですね、そうですね、70… そうですね、何回だろう。
本当、当初は76回ぐらいに出そうと思ってたのかな。 ですけどね、76回はね、
ドラゴンクエスト3 HD2Dの話とかやっちゃってね。 現時点でなんかドラゴンクエスト3 HD2Dの回がなんとね、
うちのポッドキャストの再生数ランキング第1位を獲得するというね、 恐ろしいことになってしまいましたけどね。
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なんかよくわからんなーと思って、まあまあこれはね、 ちょっとタイムリーな感じもするんですけどね。
今回もタイムリーな感じなのかな。 あの結果的にはね、
サターンのね、サターン30周年に際してっていう感じの 会社2社をね、紹介しております。
でまたね、その本編の中ではですね、 まあセガにね、尽力していただいたある方のね、
まあ追悼的な話もちょっとしておりますので、 まあその辺も合わせてね、お聞きいただければと思っております。
まあそのトレジャーとですね、もう一つはちょっとした団体というか、 会社さんではあるんですけどね。
まあ今はもうない会社になっております。 お楽しみください。よろしくお願いします。
はい、まずはですね、株式会社トレジャーについて 喋っていこうと思います。
どうでしょう、トレジャーという会社、皆さんご存知でしょうか。 まあ結構有名な会社ですよね。
でですね、トレジャーという会社はですね、1992年にですね、 それまでコナミで開発を行っていた
前川雅人さんによって創業された会社なんですよね。 コナミ時代にはですね、
アーケードでザ・シンプソンズとかですね、 あのバッキーオヘアとか、
コンシューマーですとスーパーファミコン用ソフトでですね、 悪魔城ドラキュラとかですね、
コントラスピリッツとかアクスレーなど、 まあ様々なゲームを開発されていたんですよね。
でまあ91年にですね、トレジャーのデビュー作となる ガンスターヒーローズにつながるね、
オリジナルゲームの企画を前川さんを含める複数名のね、 従業員とともにですね、
提案したんですよね。そうするとですね、当時のコナミとしてはですね、 既にブランドとして確立していたIPの続編作品をね、
出すという方針に、前川さんと彼のチームはオリジナルゲームの開発をするため、 コナミを代謝して設立したっていうのがトレジャーなんですよね。
社名の由来としてはですね、業界にとっての宝、 大事なものになりたいという思いを込めて命名したそうなんですよね。
まあ92年のね、6月19日に設立されたトレジャーなんですけれども、 前川さんを含める従業員は十数名で、
コナミを代謝してきた仲間とともに設立したにも関わらずですね、 最初の開発作品となるガンスターヒーローズをですね、
それまで開発経験のあったスーファミではなくてですね、メガドライブにしたのはですね、 メガドライブに使用されていたCPUである、
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まあモトローラ社製のね、MC68000じゃないと、 自分たちが目指していたビジュアルとかゲーム性の実現が不可能だとのことからですね、
セガとのパブリッシング契約を持ちかけたんですね。 ちょっと話に寄れるんですけど、このモトローラのね、
MC68000というマイクロプロセッサーはですね、 まあこの手の話に詳しくない僕が話すのもはばかられるんですけれども、
競争の激しいコンピューター業界でですね、非常に長く利用されてきたプロセッサーの一つでですね、 度重なるモデルチェンジやアップグレードによってですね、
1980年の生産開始から96年のね、 実に16年に渡って生産されたプロセッサーなんですよね。
多くのコンピューターやそれらを周辺機器の制御にも使用され、80年代はね、 コードであり工学でもあったワークステーションとかね、
グラフィック端末、 あとパソコンなんかにも使われたんですね。
パソコンで言うと日本国内でも知られていた、 当時の代表的な機種で言うとですね、
Appleのマッキントッシュですね。これマッキントッシュはですね、 後にですね、
パワーマックっていうね、パワーマックっていう機種が出るんですよね。 これまでの要はただのマッキントッシュっていう時代からパワーマッキントッシュっていうのになってから、
プロセッサー変わるんですけど、 最初のマッキントッシュ世代は全部この
MC68000の プロセッサーを使ってたんですよね。
どうでしょう。僕もね、初次したのは20歳過ぎてからのパワーマックからだったんですけど、 それよりも前のね、まだマッキントッシュは特徴的な筐体デザインとかをしていた。
当時はね、型番とかじゃなかったんですよね。 クアドラとかね、そういうちゃんとした名前をね、それぞれの機種には、モデルにはね、 ちゃんと与えられていてね。
まあ愛らしい感じの時代だったかな、マックが。 その頃のね、マックに使われてた
プロセッサーですね。あとシャープが出していたX68000とかね。 あとグラフィック端末で言うと、まあ3DCGがね、ゲームや映像制作の
なんかにね、 使われた頃に活躍したシリコングラフィックスの端末なんかに使われていましたね。
あとゲーム機で言うと、まあこれももうお馴染みですよね。 そのメガドライブとかネオジオとかね。 あとアーケードの基盤としても非常に多様されまして、
日本国内ではですね、ナムコのリブルラブルを皮切りにですね、 セガのシステム16とかですね、カプコンのCPシステム1とかCPシステム2などね、
90年代初期まで利用されたプロセッサーだったんですよね。 でまぁこの68000シリーズ、いわゆる68Kってアルファベットのね、
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Kは登場から数年はね、まあ高価なプロセッサーだったんですけれども、 時間とともにまあ価格も下がり、
それでいて高性能ということでね、 まあメガドライブのCPUとして採用されたんですよね。
でまぁこの当時はね、こういう感じだったんですけど、後々プリンターの制御とかね、 そのメインからは退いてもまだまだ
だいぶ現役の期間がね、やっぱり使われてた、 使用されてた期間が長かったってことですよね。
でまぁこの当時ね、そのメガドライブが出ていた頃っていうのは、この処理能力の高さにね、 当時のトレジャーの方々も注目されていたんでしょうね。
でまぁ話を戻すと、まあこのセガとのね、パブリッシング契約はね、 実はガンスターズヒーローズではね、当初すんなり通らなかったそうで、
まあそれはまあ設立間もないトレジャー自体の開発が、 実績がないっていう話からなんですけれども、
マクドナルドトレジャーランドアドベンチャーというね、 メガドラのソフト開発を受け負うことで、
まあその数ヶ月後にやっとですね、 ガンスターの方の開発もですね、セガからね、承認されたということで、
まあ完全にセガからの資金あっての会社設立後の展開だったんでしょうね。
まあでここでねちょっとね、あくまでね噂、都市伝説程度に聞いてほしい話なんですけれども、
まあコナミとセガって仲が悪いなんて噂がね、 当時から誠しやかに言われていたんですよね。
これに関してはですね、大人の事情もあってですね、 未だに多く語られない話みたいなんで、
まあ何とも言えないんですけれども、 ただね、このトレジャーがですね、
設立間もないから実績がないということでね、 つっぱねたセガもね、実はどうなんだっていう思いもね、
今回調べていて感じたんですよね。 というのもですね、トレジャーの社長、前川雅人さんをはじめね、
コナミを代謝してトレジャーに当時在籍していた方々っていうのはですね、 コナミ時代の開発実績にはなるんですけれども、
当時としてはまあ有名な作品ばかりですよね。 既に有勢だった国内のコンシューマー機がですね、
スーファミだったとはいえですね、 優秀な開発会社やクリエイターはメガドラ陣営にゴロゴロいたっていうわけでもなかったでしょうから、
セガからしてもですね、本来なら、 まあウェルカムだったんじゃないのかなぁとも思うんですよね。
それがすんなりいってないっていうのも、やっぱりトレジャーのスタッフの皆さんがね、
前身がコナミっていう会社にあったという関係なのかなぁとはね、 ちょっと今回、一ゲームファンとしてはね、
邪推していたんですよ。 というのもですね、ここまでがですね、実はね、
あの、 前回、
僕がね、 当時収録していた見解なんですよね。
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あの、実はですね、その後ね、これ実は完成してたんですけれども、 数週間に及ぶ時間を経てですね、
今こうして僕は撮り直しているんですよね。 一回目に喋っていた時は、先ほどね、喋ってた邪推の部分で終わったんですけどもね、
それから僕何回か聞いてね、今となってはその没になった、 その会をね、ずっと聞いていたんですよ。
そこでね、ふと気づいたんですよね。 セガからしたらですよ、
あの大手外食チェーンのマスコットね、マクドナルドのね、 キャラ、マスコットキャラドナルドをゲームにするっていうことのね、
プレッシャーのデカさですよね。多分それを認識していたかと思うんですよね。 実はね、これ僕も後々になって気づいたんですけれども、
マクドナルドのマスコットキャラ、 まぁあの、ドナルドマクドナルドってこれ日本の発音でなんですけどね、
ドナルドマクドナルドっていうあのピエロみたいなね、人。 あれ日本でもね、当時はお馴染みではあるんですけれども、
ことアメリカではですね、日本人以上に大きな存在なんですよね。 というのもですね、ドナルドの日本進出っていうのはね、
日本にマクドナルドがね、進出を果たした1971年からなんですけれども、
ま、当時ね、その銀座に1号店ができたと同時とはいえね、 日本中に認知されるまでにはね、
やはりだいぶ時間を要するんですよね。 それに対してこのアメリカではもうこの1971年当時にはですね、
全米である程度認知されているキャラだったんですね。 まぁそれにですね、そこから20年以上と時を経ていることを考えてもですね、
長期間のテレビCMでの露出と、マクドナルドの子供向けのマーケティングキャラとしてのね、 側面を持つこのね、ドナルドっていうキャラクターを使用したゲームね。
セガからしたらね、失敗できないプロジェクトの一つだったことは、 まぁ容易に後々想像できたんですよね。
まぁ事実ね、何でそう思ったのかというとね、 実はこれはあの、このドナルド、
まぁドナルドアドベンチャーでしたっけ?
ドナルドのね、ゲームっていうのはですね、 マクドナルドのゲームっていうのはですね、 今回が初めてじゃなかったんですね。
これより以前にですね、実はデータイーストがね、 開発販売も行っていたファミコンソフトでね、
ドナルドランドっていうものがね、存在するんですよね。 当時日本国内のマクドナルドでもね、
郊外型だったりとかね、大型店などではね、 キッズ向けの遊戯施設の一部にね、
ファミコンとテレビ、そしてこのドナルドランドが設置されていたっていう店舗が結構あったみたいなんですよね。
しかもね、マクドナルドのゲームって言ったら、 後にも先にも当時これしかなかったもんで、
このファミコンのドナルドランド、 データイーストが作ったやつっていうのは、
長期稼働していた店舗っていうのが結構僕もね、 あとあと人から話を聞いて、
1年や2年じゃないですよ、5年ぐらい設置されていた店舗も なんかあったみたいなんですよね。
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そこそこあったらしいんですよね。 僕はそういうところに行ってたんですけどね、
さすがに大人だったんで、 キッズコーナーみたいなところに行かないんですよね。
子供の滑り台とか、あそこに設置されてたみたいなんですよね。
今回のセガの出すマクドナルド トレジャーランドアドベンチャーっていうのはですね、
かつてこのデータイーストが開発したもの以上にですね、 日本国内だけにとどまらずにですね、
データイーストのやつは残念ながら 日本国内のみの販売だったんですよね。
ですけども今回のセガが出す方はですね、 日本国内だけにとどまらず、
本国アメリカでもリリースされるっていうことはね、
マクドナルドの店舗でも設置される 可能性はあったんじゃないですかね。
この辺りの詳細な情報というのは 実は今回わからなかったんですけども、
それでもですね、これは大げさな言い方で言うと、
ディズニーが持つミッキーマウスと、 肩は並ばないにしても、
ディズニーのミッキーマウスの次かその次ぐらいには 来るぐらいの知名度だったと思うんですよね、ドナルドっていうのは。
要はアニメとかね、そういうまだ娯楽の少なかった時代の ああいうキャラクターだったんですよね。
マクドナルドに出てくるこのドナルド自体もね。
それがずっと長年続いてるっていうことはやっぱりね、
僕50歳なんですけど、僕と同世代か、 僕よりももっと年いった人でも、
このドナルドに関してはものすごい親近感を アメリカの人は持ってたはずなんですよね。
そんなね、下手なものを出すわけにはいかないような作品。
そこでね、アクションゲームとしてはですね、 当時実績のあったスタッフで構成された新会社ね。
トレジャーにならって感じで 白羽の矢が立ったのかもなぁとね、
後々になって僕気が付いたんですよね。
だからちょっとね、実は取り直してるんですよね、ここもね。
まあ長々とでも話しておいてね、
結局のところどちらの説もね、 あくまで僕の邪髄だったりはするんですけれども、
ただね、なかなかあのー、
ハンケン、IPにうるさい会社の一つだとは思うんですよ。
マクドナルドにしたって、 ディズニーほどじゃないのかもしれないんですよね。
ドナルド、下手なゲームを出してほしくない っていうところはあると思うんですよね。
まあ、それでですね、話戻すとですね、
このね、セガからの依頼でもあった、
マクドナルドトレジャーランドアドベンチャーの方が、
トレジャーとしては先に完成していたらしいんですよね。
ただ、ガンスターをね、レビュー作としてリリースしたいというね、
トレジャー側の思いから、
リリース時期はね、なぜかガンスターの方が先になっちゃうんですよね。
18:02
でまあその後、ガンスターヒーローズっていうのは話題になってですね、
トレジャーは、ダイナマイトヘッディ、
悠々白書、魔鏡統一戦っていうね、
これ悠々白書、初の格闘技ゲームですね。
意外とこれ、悠々白書って格闘技ゲームになりやすそうな、
IPだったんですけども、
これより先に発売されていたものっていうのが、
実はですね、スーパーファミコンなんですけれども、
確かナムコだったと思うんですけども、
格闘技ゲームではなかったんですよね。
まあということもあってですね、
まあこのIPを使っての格闘技ゲームっていうことでね、
当時これは話題になりましたね。
で、あとエイリアンソルジャー、
あとライトクルセイダーズっていうのを、
これらをね、メガドライブでリリースするんですよね。
で、僕ね、残念ながらですね、
この辺の作品っていうのはね、
後々になってね、
触らせてもらうとか触る機会が出てくるんですけど、
実はガンスターヒーローズもそうですね、
あとあとXbox 360ぐらいでプレイしたのかな?
なんかそっち方面だったと思うんですよ。
で、エイリアンソルジャーに至ってはですね、
これも実はメガドライブのプレミアソフトになってたと思うんですよね、当時。
で、そういうレトロゲームコレクターというか、
そういうゲームのコレクターの友達に見せてもらって、
触らせてもらった覚えがあります。
なんかとてつもなく難しかったかなっていう。
メガドライバーカスタムっていうタイトルにね、
下に確かにタイトル画面に書いてあったと思うんですよね。
今はこれ、メガドライブミニとか、
あと、他はいくつかやれる機会はあると思うんですけどね。
で、その後ですね、32bit機になるとね、
そのままセガサターンでも得意のね、
2Dスプライトのノウハウを活かして、
ガーディアンヒーローズなんかをリリースしてますね。
で、その後ですね、セガ以外の発売元であり、
初の64ソフトとして、
ゆけゆけトラブルメーカーズっていうね、
タイトルを出してますね。
で、あとセガサターンではシルエットミラージュもリリースして、
これはね、後にプレイステーションにも移植されますね。
で、98年の5月にはですね、
初のアーケード作品としてね、
レディアントシルバーガンをリリースしてですね、
同じ年の8月にはサターン版をリリースしてますね。
もうプレミアソフトとしてはもうこれね、有名ですよね。
最近やっとね、何年か前にスイッチとかね、
各種、今は現行ハードで遊べるのかな、
プレイステ5とかXBOXとかで出るのかな。
それで出るようになりましたけども、
これも先ほど言ったエイリアンソルジャーをやらせてもらった友人に、
これもやらせてもらいましたけども、
セガサターンがまだこの頃ですから現役だったんですよ。
確か98年ではなかったと思うんですけども、
でもまだね、セガサターンが現役だった時代なのに、
21:01
もうすでにプレミアソフト化してたっていうのはね、
なんでなんだろうって思いながらね、
僕確かやらせてもらった覚えがありますね。
もうすでにね、2万円超えてたと思うんですよ。
後々ね、これより高いソフトっていうのもね、
この後にね、別のメーカーの紹介をする時に出てくると思うので、
そちらで聞いていただければいいと思うんですけども、
そのソフトの次ぐらいに高かった覚えがありますね、
僕のイメージとしては、サターンではね。
それでですね、トレジャーはその後もね、
アーケード作品としては2001年に出したイカルガとね、
このたった2作品だけしか出してないんですけども、
どちらも未だに有名な作品ですよね。
どちらもね、結局レディアントシルバーガーもそうですし、
イカルガーもプレミアソフトですよね。
トレジャーはこの後もですね、
セガ以外に任天堂とかね、カプコンとかバンダイなど、
いくつかのメーカーの下請けとして作品を出すんですけれども、
実はですね、2014年のね、
ガイストクラッシャーゴッドっていうね、
これ前年に出たガイストクラッシャーのアッパーバージョンなんですけれども、
それを最後に現在に至るまでの10年間、
過去作のアーカイブ移植やそれらが動くハードのね、
世代交代による管理とか維持などをおそらく行っているっぽいんですけれども、
今現在もね、新作に関してはですね、
この2014年以降出てないんですよね。
このね、トレジャーの手掛けたタイトルっていうのは、
ちょっとね、さっきサクッと紹介していたところもあるんですけれども、
僕がね、なかなか買う機会が少なかったタイトル、
というか買う機会を逃したって言った方がいいのかな、というのもですね、
結局発売された時っていうのは、
トレジャーっていうブランドでは出てないんですよね。
で、セガであったりとか、エニックスだったりとか、
いわゆるパブリッシャーのね、ブランド名で出てるゲームだったりすることもあってですね、
トレジャーっていう会社が開発をしているっていうことを知るのは、
だいぶ後なのかな、やっぱりちょっとすぐには、
僕も気がつかなかったっていうこともあってですね、
ちょっと経ってから、これ実はこのゲームは面白い、
名作だって言われるようになって、
どうやら開発はトレジャーっていう会社が作ってるとかね、
その辺の僕の認識しかなかったもんで、
結局ね、入手する機会をね、
得ることがなかなか機会が少なかったかなと思うんですよね。
そうですね、例えばですね、どうでしょう、
ガーディアンヒーローズなんかも、
サターンではね、すごい話題にはなってたっぽいんですけども、
24:03
確かね、当時、格闘技ゲームとRPGみたいな、
何を言ってるのやらみたいなね、
さっぱりよく分からんの、ガッチャンコしたみたいな感じなんですけども、
やってる人間からはね、名作だ名作だって言われてて、
結局それもトレジャーが開発してるっていうのを、
だいぶ後になった時から知るんですよ。
あと、レディアントシルバーガンなんかは、
もう顕著でですね、
同じ年に発売されてるにも関わらずですね、
たぶんね、98年とかになるとですね、
結構アーケードでもシューティングってした日だったと思うんですよね。
そんな中にトレジャーが出したということで、
僕も家の近所に当時セガのね、
ゲームセンターがあったにも関わらず、
設置されてませんでしたから、これも。
結局そうですね、セガが出してるにも関わらずですよ。
セガのゲームセンターにも置いてないっていうね、
どういうことだっていう話だよね。
そっから3ヶ月後にサターンでも出てたんでしょうけども、
もちろんね、知るよしもなくね、
パッケージアートだけでは何のゲームだかわからないみたいな感じで、
友人に教えられた時にはもうプレミア化みたいなね。
そういう感じでね、僕なかなかね、
そうなんですよ、触れる機会が少なかったんですけども、
ほぼでずいぶん経ってから聞くんですよね、ずいぶんというかね。
その頃には僕も別のゲームをしてるとかそういうこともあってですね。
僕がね、それもね、だいぶ後になってから、
トレジャーの作品を初めて自分でお金を出して買ったっていうのはね、
イカルガになるんですよね。
イカルガのね、あれ、ドリームキャスト版かな?
確かね、ドリームキャスト版だったと思うんですけども、
当時ね、うちの、僕確か当時まだ雑誌の編集とかやってたもんで、
その頃に当時の部下がですね、
あろうことかですね、
発売日だからちょっと会社を早退させてくれるみたいなことを言ったのを覚えてます。
まあ別に忙しくもなかったらいいけど、そんなに?っていう話になって、
イカルガっていうゲームが出るんですよっていう。
彼はアーケードで結構ハマってやってた口だったらしくて、
トレジャーの名前の当時彼も知ってたみたいで、
まあいいんじゃない?シューティングゲームなんだから、
後で言っても、のこてじゃね?みたいな話を僕したらですね、
まあね、部下にも関わらずね、大変お叱りを受けましてですね、
いやタクさん分かってねえと、
あのイカルガっていうゲームはすごいんだみたいな話をされましてね、
27:01
だったら予約しとけよって心の中で思ったんですけどね、
まあそれはね、言わなかったんですけども、
まあそんなこんなで彼は買ってですね、
その数日後ぐらいかな、なんか彼から、
いやこの前ああいうこと言ってたんですけども知らないみたいだったんで、
よかったら今から付き合ってもらえませんか?みたいな感じでね、
当時梅田っていうね、大阪駅の周辺ですね、
あそこで仕事してたもんで、
まあセガのね、直営のゲームセンターに連れて行かれまして、
梅田の、まあそこにはあるんですよね、
うちの近所とかにはないって言ってなかったんですけどもね、
レディアとシルバーガンは、
そこで行って初めてやらせてもらったのかな、
そしたら僕もね、なんか普通のね、
あのいわゆる弾幕系のシューティングとかそういうのとも違うね、
感じですよね、あの初めてやると特になんか、
俺あんなに脳に汗かいたみたいでね、
頭疲れたの初めてかなって思うぐらいね、
まあ僕なんか頭悪いもんで、
特にね、脳の回転が多分そんなでもないはずなんで、
いやそれがね、もうなんかもう、
めまいを起こすんじゃないかっていうぐらいね、
頭から湯気出たんじゃないかみたいなぐらいのね、
ちょっとね、なんか初めてやった時で、
でもね、やっぱ面白かったなっていうので、
僕ね、そっから虜になってね、
なんか、ドリームキャスト版は、
僕もね、その後買いました。
でまあ、そんなね、うまくもないですし、
クレアまでね、至ってないんですけれども、
そっからかな、次はですね、
僕が、
トレジャーさんの作品をね、
これ知らずになんですけども、
アストロボーイ、アトムハートの秘密っていうね、
鉄腕アトム、アトムハートの秘密っていうゲームね、
これゲームボーイアドバンスで出てるやつなんですけども、
これね、
発売日とかに買ったわけでもなくてですね、
当時ソフマップだったと思うんですけども、
大量にワゴンセールで出てたんですよね。
で、なんかどうやら評判がいいっていうのはなんか、
ネットのレビュー記事かなんかを見てたりとかもしてたので、
評判いいのになんか作りすぎたんでしょうかね、
なんかすごい余ってるのか、
980円ぐらいだよね、
ソフマップさんで売られてて。
まあ、それもあってですね、
僕2本ぐらい買ったんじゃないかな、
2本3本ぐらい買ったと思うんですよね。
なぜなら子供用にとかね、
そんな感じだったと思うんですよ。
まだ小学校の低学年だったと思うんですけども、
なんか子供向けにね、
鉄腕アトムだったら親近感もあるだろうとかね、
勝手に思い込んで、
そしたらなんか結構やり込んでましたね、彼は。
で、その後ですね、
僕ね、
そうですね、それこそ低価で買ったっていうのは実はですね、
イカルガ以来またシューティングになるんですけどね、
グラディウス5ですね。
これはね、
僕実はグラディウス好きな人だと、
前作全てのグラディウスやっていかれると思うんですけども、
僕ファミコン版のグラディウスしか知らないに近いんですよ。
30:01
アーケードやったことあんのかな、
それぐらいのレベルなんですよ。
ファミコン版がすごい好きなんですよね。
コナミコマンドも入れれるしね。
そんな中で、2とか3とか4とかあんまり大してやってないんですよ。
移植もされてるにもかかわらずね。
そんな中で2004年なんで、
だいぶね、忘れてた頃に、
しかもアーケードでは出さずに、
コンシューマーオリジナルだって言われて、
なんかそれちょっと変に熱いなぁと思いながらね、
それ激アツだなって勝手に思い込んでですね、
なんか本当にそれを買おうと思ってソフマップかなんか行ったわけじゃなくて、
あれ、グラディウス5って書いてあるって。
で、後々になってね、プレイしてから僕も気づいたんですけども、
なんかこの音楽近いなぁと思ったら、
実は音楽はね、タクティクスオーガとかで知られる、
坂本ひとしさんがね、音楽を担当してるっていうことでね、
もうちょっとね、後々になって買ってよかったなってそういう意味でも思ってね。
いや僕ね、グラディウスに対して求めてるものなんて、
グラディウスマニアじゃなかったんで、
パワーアップカプセル入手して、
自分好みにパワーアップしてっていうぐらいで、
それぐらいしかなかったんですよ。
そういうシューティング横スクロールのシューティングゲームだっていうぐらいの認識だったんで、
まあああいう敵が出ないとダメだとかっていうのもなかったんで、
なんか、やっぱね、歴代のグラディウスマニアの人からすると、
ちょっとなんかあったっていうのを後々になって知るんですけど、
僕はね意外とそういう歴代のグラディウスをやってなかったおかげで、
家庭用に調整されてる部分もあったりとかして、
まあそれでも難しかったんですけどね、
非常に楽しく遊ばせてもらってた覚えがありますね。
これもトレジャーがこれ作ってたんだなと、
ちょっとそれはびっくりしちゃう覚えがありますね。
あとはですね、これもね後々、
これはトレジャーって知ってたんですけども、
なぜかやっぱりあれですね、
ワゴン品になってたっていうこともあって買ったのが、
ブリーチね、これDSで出てるんですけども、
どうなんでしょう、格闘技ゲームで、
多分悠々白書みたいな感じのゲームだと思うんですよね。
で、タッチパネル使って、
まあ技なのか何なのかをね、ちょっと下で押すみたいなね。
だからつまりはね、格ゲークロートに向けたわけではないっていうところが
すごい面白くてですね、
僕以上に僕の息子が結構ハマってやってましたね。
ちなみに僕も息子もですね、ブリーチのことあんまり知らないんですよね。
で、あとはですね、罪と罰かな、これも確か64とかで出てたのになぜかやっぱり
ワゴン品で、そうなんですよ、
僕とトレジャーの出会いは意外とワゴン品が多かったりするんですよね。
33:00
ということはですね、そういうこともあったと思うんですよね。
もうガイストクラッシャーなんかもワゴン品でなぜか買うことができてですね、
そういう感じでですね、やってみると面白いっていう感じをすごいするんですよね。
多分ね、定価で買った人も後悔してないゲームだと思うんですよね。
ただ残念ながらやっぱり、中程度の規模っていう会社であって、
やっぱり今現在はWikipediaさんの情報によると、
全社員の数が16人ということで現状開発としては非常に難しいのかなと。
AAAタイトルなんていうともう数百人規模で開発をしている今の時代だとね、
やっぱり難しいとは思うんですよね。
ただどうなんでしょう、インディーゲームみたいな感じで、
いわゆるダウンロードコンテンツとして、
トレジャーブランドでパッケージを作らないっていう形で
展開されていくのもどうかなとちょっと思ったりはするんでね。
やっぱりファンの方っていうと非常に多かった会社だったりはするんで、
僕はね、たまたまトレジャーさんの動向っていうのをすごい詳しく追っかけてたわけでもないんで、
発売日にね、指名買いできなかったっていうのがちょっと悔やまれるんですけれども、
やっぱりね、僕なんかよりも当時のメガドライブの頃から
トレジャーファンっていうのを言われてる方っていうのを結構多く見たんで、
そういう人たちも心待ちにされてるんじゃないのかなと思うとね、
ちょっとさ、ここ10年の活動がすごい止まってるっていうのが残念で仕方がないかなと思うんですよね。
で、この後にやっぱり喋るある会社さんとのこのトレジャーっていうのはですね、
非常に関係していてですね、やっぱりそのトレジャーがね、
なかなかこの10年開発に踏み切れないというか、開発新作を出せないっていうね、
その資金的な面も込みで次では喋ってます。
続いてはですね、まずは社名を発表する前に、
そこが発売、もとは関与したソフトをざっと紹介しますね。
グランディア、レディ&シルバーガン、機動戦士ガンダムギレンの野望、
バロック、コードワール、暴れん坊プリンセス、
戦屈滑流大戦カオスシード、ロードストーセンキ邪神降臨、
始めの一歩シリーズ、これはゲームボーイアドバンスとかプレイステーション2とか、
今のところ始めの一歩ってついたゲームは全部ここだと思うんですよね。
あとイカルガ、爆裂無敵番外王、ガンダムネットワークオペレーション、
クラウチングタイガー、ヒドゥンドラゴン、新規世界エボルシア、
36:01
これも確か2作目?3作目?3作目いったのかな?2作目くらいまであったんだと思うんですね。
あとこれは漫画原作のゲームですね。ガローデンブレイクブロー、
その続編にあたるガローデンブレイクブローファーストオアツイストっていう作品ですね。
あとギャンブラー自己中心派、一発勝負、
あとこれも漫画原作ですね。アズミン。
他にもいくつか多分あったと思うんですけども、
これらはESPという会社がリリースした作品になってるんですね。
エンターテイメントソフトウェアパブリッシングの略でESPっていうみたいなんですけども、
今回そのESPという会社のことをしゃべっていこうと思います。
このESPなんですけども、1997年に中堅ゲーム会社の技術交換ネットワーク、
GDNETっていうのを母体にして設立された会社みたいなんですね。
GDNETっていうのが今回ちょっとわからなかったんですけども、
多分ゲームデベロッパーズネットワーク的な感じだと思うんですよね。
いわゆるゲームの開発をする人たちのネットワークで話し合いとか、
技術交換とかそういうことをされてたんでしょうね。
設立当時の出資会社っていうのがですね、
このGDNET加盟のゲームアーツ、トレジャー、アルファシステム、
クインテッド、スティング、ネバーランドカンパニー、CSK総合研究所、
今CRIと呼ばれるところですね。
あとビッツラボラトリー、日本アートメディア、
オニオンエッグと門川書店、メディアワークス、
バンダイ、CSKベンチャーキャピタルの計13社ですね。
中でもですね、これはおそらくなんですけれども、
この中にあるCSKベンチャーキャピタルの方だと思うんですけれども、
各タイトルの、先にも述べたね、各タイトルの50%はね、
このCSKベンチャーキャピタルが出資していたっぽいんですよね。
残りの50%を参加していた残りの12社になるんですけどね、最大で。
分散して出資していたと思うんですね。
ここのESPという会社の社長になられるのがですね、
当時ゲームアーツの社長でもあった宮地陽一さんが社長を務めていますね。
このESP設立の背景にはね、2つの事情があるみたいで、
97年当時、次世代機と呼ばれたね、セガサターンとプレイステーションの登場で、
グラフィックサウンドの両面で質の向上が行われ、
結果、製作費は高騰していくんですよね。
そうなってくるとですね、いわゆる中規模の資本しか持たないメーカーにとってはですね、
その製作費っていうのがですね、大きな負担になっていくんですね。
39:03
そこでゲーム会社自身は製作に専念させて、
共通の資金調達窓口と営業広報セクションを設けるという構想が、
このGDNET加盟各社の間で出されていたんですよね。
それがいわゆるこのESP設立の理由だったと思うんですよね。
もう一つがですね、セガサターン陣営側の苦境だったんですよね。
設立当時はですね、サターンをプラットフォームに
オリジナル作品を供給するという方針をこのESPが出していたんですね。
しかしながらですね、このサターンの窮地っていうのはですね、
このスクエアのプレイステーション参入、しかもこの97年っていうのはですね、
いわゆるFF7が発売された年ですね。
そしてですね、エニックスのサターン参入のトンザっていうのもあったみたいですね。
これはね、エニックスがサターンでソフトをリリースしたものを思うような
セールスを出せなかったことから、
エニックスもね、日本のソフトをリリースしていたんですけれども、
サターンから撤退しているんですね。
あとですね、タイムワーナーインタラクティブの日本法人解散などね、
有力サードパーティーの撤退などがサターン陣営の球場をね、
より色濃くしていったんですよね。
ここでね、ちょっと余談になるんですが、
エニックスがサターンで出した日本のソフトっていうのがですね、
ちょっと気になりませんか?
僕はね、ちょっと一つは知ってたんで、もう一つを調べてみたんですけれども、
もう一つ、二つともね、ちょっと今からしゃべるんですけども、
これあくまで余談なんですけども、
一つはですね、七つ風の島物語っていう作品で、
どうでしょう、これ知ってる方、何人くらいいるのかな?
開発はですね、株式会社ギブロという会社が開発したんですよね。
古くはですね、エニックスの46億年物語なんかも開発していたんですよね。
あとですね、ワンダープロジェクトJシリーズですね。
これが結構有名なんじゃないでしょうかね。
一作目がね、スーパーファミコンで少年ピーノっていうね、男の子が主人公。
二作目はね、任天堂64でリリースされて、
コルロの森のジョゼットっていう女の子で、
どちらも偽人と呼ばれるロボットっていうんですかね、
ピノキオっぽいロボットというかね、
そういうのを誘導して物語を進めていくというゲームなんですが、
この七つの風の島物語はですね、その系譜の三作目にあたるんですね。
じゃあ主人公はっていうとですね、
それまではね、アニメテイストで可愛い感じ、
まさにですね、ハウス食品名作劇場かジブリアニメかって感じだったのがですね、
ここでですね、一変してですね、
アメミヤ・ケイタさんデザインのクリーチャーになるというね、
ある意味サターン向けって気もするんですけども、
42:03
あまりの変わりっぷりにですね、
ワンダープロジェクトの系譜だと誰も気がつかなかったのか、
僕もね、当時気がつかずにこのギブロという会社は、
この作品をね、最後に倒産しちゃうんですよね。
僕もね、だからね、なんか見覚えのあるデザインで、
当時ね、この七つ風の島物語っていうのはパッケージも手に取ったんですよね。
なんか見覚えがあるなと思って、
アメミヤ・ケイタさんのデザインかってね、
グロテスクってわけでもないんですけども、
ちょっと独特のね、一種独特なんですけどね。
まさかね、あのワンダープロジェクトのシリーズの系譜にあたる作品とは、
当時ちょっと僕も思わなかったんですよ。
でですね、もう一つのね、エニックスのこの七つの風の島物語と並ぶのがですね、
人編まんまるっていうね、人編まんまるっていうんですかね、
というね、当時エニックスのね、月刊ガンガンで連載されていて、
アニメ化もした作品のゲームなんですよね。
あ、人編っていうのは、今はやっとわかりました。
僕ね、これ調べて動画、画像とかも見たんですよ。
ペンギンなんですね。
あの忍って書いてあって、ペンはね、カタカナで書いてあって、
まんまるって、まんは平仮名でまだまるは漢字なんですけども、
たぶん忍のペンギンでまんまるって言うんですよね。
ま、これはですね、作家がですね、
ま、ボノボノってわかりますかね。
あれなんかを書かれたね、
いがらしみきお先生による原作のゲーム化でですね。
ということで、こちらもね、今回初めてね、
僕だから先ほど言ったようにね、
この原作のビジュアル、ま、見たんですけれども、
やっぱりサターンという感じがしないっていうかね、
むしろこれプレイステの方じゃないの?みたいなね、
なんかだから、どちらもそうなんですけれども、
なんかエニックス自体がチョイスを間違っている気もするんですけどもね、
ま、ただエニックス側からしたらま、
万を持してサターンでリリースしてみたら思うような成立が記録できないと。
なんだったら一社はね、ギブロっていう会社は倒産しちまったと、
これを作ったがためにね。
ちょっともうこれは怖いなということでね、
この2本を最後にね、撤退しちゃうんですよね。
ということで、ドラクエがサターンで出る可能性はこの時にゼロになっちゃったんですよね。
もう一つのね、タイムワーナーインタラクティブという会社、
こちらもどうでしょうか。
当時サターンとかPSなどでね、
ソフトをリリースしていたのはご存知の方も多いとは思うんですよね。
ただま、この日本国内でね、このメーカーの影響力って、
さほど感じた方ってどうでしょう?
いたんですかね。
ま、僕自身はね、数あるソフトメーカーの一つって感じで、
タイムワーナーってついてるぐらいですから、
雑誌のタイムっていう雑誌とね、映画配給会社のワーナーがね、
45:03
当時合併してタイムワーナーになっていたから、
ま、その三家の一つの会社ぐらいにしか思っていなかったんですよね。
しかもそれの日本法人ってぐらいのレベルなんですよ、僕の認知度もね。
ただね、このタイムワーナーインタラクティブですね、
実はですね、日本国内でもこの解散するね、
97年当時ね、日本に開発拠点まで置いていてですね、
意外とってたらダメなんですけど、
本格的にゲーム開発にも乗り出してたんですよね。
サターンでも、ま、ここは確かプレスでも出してたんですけども、
しかしながらですね、本国の方ですね、
このタイムワーナーインタラクティブの本社があるとされるアメリカではですね、
このタイムワーナーがですね、
ウィリアムスという会社に買収されてしまうんですよね。
このウィリアムスという会社自身はですね、
当時あれですね、ミッドウェイっていう会社があるのご存知ですかね。
例えばね、有名どころで言うとやっぱり、
モータルコンバットとかが有名なのかな。
あとガントレットとかをね、持ってる、
そのミッドウェイを三家に収める親会社なんですけども、
このウィリアムスっていうところがですね、
タイムワーナーを買収しちゃうんですよね。
ここのウィリアムスの経営判断でですね、
日本にね、開発拠点と日本法人ある意味がよくわからんっていうことでですね、
この開発と日本の法人、同時にですね、
この97年にですね、解散に追い込まれるんですよね。
このためですね、タイムワーナーの日本法人が最後に出したソフトっていうのがですね、
日本法人が開発もしたですね、心霊受殺師太郎丸っていうソフトなんですよね。
これが最後になるんですね。どうでしょう、これご存知の方。
こっちは多いと思うんですよね。僕も知ってました。
もうサタンを代表する超が何個付くかわからないんですけど、
プレミアソフトですよね。
僕もね、これ実はね、一度持ってる友人にプレイを見せてもらったことがあるんですよね。
ドット絵と3Dの背景処理をうまく噛み合わせたって感じだったと思うんですよね。
もうちょっとね、僕も今回これもしゃべるにあたってちょっと一瞬だけ動画をね、
YouTubeで見たんですが、こんな感じだった、こんな感じだったっていう感じのね、
横スクロールの忍者アクションゲームみたいな感じなんですけども、
すごいね、ドット絵は丁寧に作られていたって感じでですね、
それを見せてもらった時にはもうすでにタイムワーナーは日本法人がなくなってて、
もうプレミア化してた作品だったんですね、これはね。
一説にはですね、発売からこれ間もなくしてですね、タイムワーナーの解散になったためにですね、
日本国内では5000本程度しか流通していないとも言われているみたいで、
48:01
もっと言うとですね、その5000本しか世界にも存在しないとも言われてるんですよね。
でですね、このタイムワーナーがリリース予定だったのに出せなかったタイトルの一つに、
トレジャー開発のですね、レディアントシルバーガンが含まれるんですね。
やっとESPに話が戻ってきましたね。
そういうわけでですね、97年っていうのは、
サタン人類にとっては本当に様々な事情によりね、窮地に陥るんですよね。
特にこの前に予定していたタイムワーナーでリリース予定だったね、
トレジャーのレディアントシルバーガンなんかはですね、
危うく遅らいりになる危険性だったわけですよね。
こういったことからですね、安定した販売環境と開発環境をね、
用意しようっていうのがESPの目論みだったと思います。
設立当初の97年はですね、グランディアをリリースして、
このグランディアはですね、サターンのサードパーティ初のですね、
50万本を達成と。
ここだけ聞くと、一見おめでたい感じもするんですが、
97年冬にですね、初めてサードパーティのね、ソフトがやっと50万本突破っていうのはですね、
プレイステーションに比べても、やはりだいぶ窮地に陥っているとも言えるんですよね。
何せ発売が94年なんですよね、プレイステーションもセガサターンの発売もね。
冬ではあるんですけれども、そこからのね、3年近く経ってまして、
この時期までだとですね、プレイステーションだとですね、
ナムコとかスクウェアはね、もういくつかのね、50万本超え、
それどころか100万本を超えているタイトルもあったと思うんですよね。
他にもですね、確かカプコンのバイオハザード、それも一作目ですよね。
もう96年発売で国内でミリオンを達成していた時期だったと思うんですよね。
でですね、98年にもなるとですね、スクウェアのタイトルが数多くプレイステーションでリリースされるんですね。
さらにはエニックスのね、ドラゴンクエスト7も発売されてですね、
より一層サターンのね、ソフト市場は低迷していくんですよね。
そういうわけでですね、ESPもね、当初プラットフォームをサターンに限定していたわけなんですけれども、
経営上どうしてもね、継続が困難と判断してですね、
プレイステーションへのソフト供給も開始していくんですよね。
グランディアなんかがね、ソフトリリースがプレイステーション版では遅れていたっていうのはこのせいなんですよね。
その後ですね、ESPはですね、ドリームキャストやプレイステーション2にも活動の場を広げていくんですが、
2002年、セガの家庭用ゲーム機事業の撤退、またCSKグループ、
51:05
今回のESPに参画しているのもCSKグループ2社があるんですけれども、
親会社も含めてですね、セガの売却に動いたことから、6月にはゲームアーツが全株式を取得します。
ちょっとね、このCSKの関係は後ほどまた詳しく説明しようと思うんですけども、
CSKグループがセガを売却に動いたことで、ゲームアーツがESPの全株式を取得して、
こうなってくるとゲームアーツの別ブランドといった色合いにもなってくるんですが、
参加していた開発会社はその後もESP名義でソフトをリリースしています。
そして2006年にはD3パブリッシャーが全株式を買収で子会社化するんですね。
その後2010年にはこのD3パブリッシャー自体と合併し、
おそらくこの合併を機に事実上ESPブランドというのは消滅したものと思われるんですよね。
このD3パブリッシャーというこの会社も地球防衛軍とかシンプルシリーズなんかでおなじみなんですけれども、
この2010年よりも1年前の2009年に実はバンダイナムコゲームの完全子会社となっていたこともあって、
いわゆるゲーム事業再編とかにあたってこのESPというブランドはこの2010年にはもうなくなっていると思うんですよね。
今となってはこのESPという企業、ブランドに感じることは本当に実力のある中堅メーカーが集まっていたとは思うんですよ。
そしてCSKやカドカーなどそれなりに資金力のあった会社もパトロンについていたと思うんですよね。
ちょっと言い方悪いですけどね。
じゃあなんでダメになったかって考えたときにですね、これどうなんかな、言っていいのかちょっとあれなんですけども、
今回ね、僕が一応調べていて、個人的な感覚でものを言っている部分も一部あるんですけども、
今からしゃべるのがそうなんですけども、僕がちょっと今回ESPさん調べて、なんでダメになったかっていうか、
結局ESPってブランドがなくなっていったのかっていうと、やっぱりセールスとしてそんなにいいセールスを、
結果は残せてないっていうことはやっぱり大きな要素だとは思うんですよね。
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それがなんでかって思ったときに、キャッチーさに欠けたタイトルが多かったっていうことがまず、僕は当時の印象にもあるんですよね。
トレジャーのソフトもね、劇は非常に素晴らしいし、グランディアなんておそらくESPブランドでも最大のヒットタイトルだとは思うんですよね。
ただ、トレジャー作品に関してはクロート好みの作品というか、決して難しいタイトルではないんですが、プロモーションも含めて弱かったのかもしれませんよね。
ESPやゲームアーツなどのCMを今回何本か参考に見ていたんですけど、やっぱりハードコアゲームに伝えようとするCMなんですよね。
つまりゲーム画面プラスナレーションっていうのが非常に多いかと思うんですよね。
このESPが設立された97年あたりって、特に良いものを作れば売れるっていう理論がいよいよ通りにくい時代だったと思うんですよね。
これ聞かれている皆さんの記憶の中にもね、一つや二つぐらいは記憶に残っていませんかね。
印象に残っているゲームソフトのCMでですね、意外とゲーム画面とかよりもセリフとかシチュエーションの方が面白くて印象に残っているみたいなゲームのCM。
どうですか、そのタイトルって皆さんが好きか嫌いかとか買ったか買わないかは別にしてもね、結構有名なタイトルばかりじゃないですかね。
これって有名だからそういうCMになったっていうパターンもあるかもしれませんけど、中にはそのCMで有名になってヒットタイトルになったものも結構あると思うんですよね。
例えばですね、キムタクがやっていた任天堂のマザー2。これってゲーム画面全くないんですよね。
確かマザー2のロゴぐらいですよね。
その他だとですね、ソニーコンピューターエンターテイメントが制作していたPS関連のCMですね。
特にこちらは本家のソフト開発とか販売を行っていたメーカーよりもですね、一般層に認知される率の高いCMをね、プレイステーション2まで数多く出していたと思うんですよね。
具体的には言わないほうがいいな。
例えばなんですけど、大手のソフト会社が自社でも出してCMを作るんですけども、やっぱりソニー側もそれを応援したいっていう感じで、
いわゆるメーカー名よりはプレイステーションのジョンっていうタイトルのサウンドロゴが出た後に同じようにCMを作るんですけども、
メーカー側が作るCMよりも出来が良かったりします。同じソフトのCMなのにっていうね、こういう場合がいくつかあったんですよ。
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こういうと語弊があるかもしれないんですけども、CMがいいからメーカーの想定以上のセールスを記録した作品っていうのもね、実はあったと思うんですよね。
特にですね、日本の消費者っていうのはね、一番わかりやすいところで言うとアメリカと違うっていうところにですね、何が違うのかっていうとですね、
日本の消費者っていうのはですね、イメージ先行型っていうのが挙げられるんですよね。
例えばなんですけども、これ広告管理系の勉強とかすると多分参考とかで出てくるのかな、今も出てくるのかちょっと分からないんですけども、
例えば日本とアメリカで同じように売られている車があったとしますよね、全く同じ車でいいんですけども、
日本向けだとですね、人気俳優が大自然の中を優雅にドライブするだけってパターンが多くないんですかね。多分多いと思うんですよ、この手のパターンが。
最近はちょっと減ったかなと思う中にはですね、乗ってる人が実はハリウッドスターだったっていうパターン、これ結構昔あったんですよ、90年代くらいまではあったと思うんですよね。
2000年代くらいまでは多かったと思うんですよね。
ここにね、ハリウッドスターを使用して走る場所だってね、本当に美しい渓谷っていうんですかね、絶対日本じゃないっていう場所ですよね。
そこをバックにハリウッドスターたちがね、運転してですね、英語でナレーションして字幕が出るのかな、そんな感じですね。
こういう感じのCMが多かったと思うんですよね。
これがね、アメリカで一体どうなるかっていうと、全く同じ車なんですけど、日本版で出ていたね、ハリウッドスターなんてのは全く出ないんですよ。
美しい渓谷も出てきません。ただただもうね、スタジオみたいなところでね、リッターあたりの走行距離だったり、どれぐらいの馬力があるとか、車体価格がこんな価格なんですと。
でもこういう装備が付いているとかね、いわゆるコストパフォーマンスを謳うCMが非常に多いんですよね。
だから当然CMに出てくる人っていうのもですね、今でいうところの深夜の通販に出てきそうな説明の上手なね、おじさんって感じなんですよね。
もうそのCM自体がこれ通販のCMなんじゃないのかっていうとテレビで流れるCMらしいんですけどね。
僕が見たのはね、これぐらい日本とアメリカではね、やっぱり決定的な差があって、日本っていうのはイメージが良いとやっぱり手に取りやすいんですよね。
まあだいぶね、話が今横道に反れちゃったんですけれども、このESPなんですけどもね、いい作品も多かったと思うし、
1:00:00
まあ参画しているソフトデベロッパー、開発会社ですよね、実力派ぞろいの中堅メーカーが多かったと思うんですよ。
だからね、作ればそれなりに面白い作品ばかりだったと思うんですよね。
ただでね、厳しい言い方になるんですけども、売れなければ意味がないじゃないですか。
売れるにはって考えると、物ができた後だと多くの人に買ってほしいから、どうやって多くの人に手に取ってもらえるのかっていうのをね、考えて作らないといけないと思うんですよね。
意外とね、ゲームっていうのは最後はね、自分で手に取って操作するまでですね、
わからない、ある種ブラックボックス的なものですから、広告を多くの人の目につくように展開する。
そして見た人の共感、親近感といったね、感情を刺激してですね、購入意欲を持たせる。
実はこれはおそらくゲームだと、普段ゲームをやらない人や、ライト層とゲーマー層っていうんですかね、2つに分かれると思うんですよね。
これですね、今後もしばらくはそういう感じになっていくと思うんですけれども、
ゲームをやらない人とかですね、ライト層に受けると、おそらくなんですけども、ハードコアゲーマーと言われる人にも売れると思うんですよね。
だけど逆にハードコアゲーマーだけに売れるCMって、ゲームを普段やらない人やライト層には刺さらないから、
結局ハードコアゲーマーのみにしか売れないってことになりやすいんですよね。
これあくまで極端な物言いですし、僕の個人的な見解なんですけれども、
ESPの場合はですね、やっぱりもう少し一般層に認知されやすいプロモーションをね、心がけていればですね、
大化けできたタイトルなんかもあったと思うんですよね。
例えば僕今パッと思いついたのですが、イカルガっていうシューティングゲームありますよね。
白と黒の弾を敵は出してくると。
時期の属性も白と黒に分かれると、ボタン一つでね。
敵が出す白い弾に対して、自分も白だったらぶつかっても大丈夫なんですよね。
頭の中で白と黒を交互に頭で考えながら思うんですよね。
それを口に出して言えば、白白黒黒白黒白みたいな感じになるわけですよ。
これってね、友達同士でやってたら面白そうな感じになるじゃないですか。
そこでドカーンって潰れてね、ああここまでだったみたいな感じで盛り上がりやすいシチュエーションってね。
これはテレビの中でもいいんですけども、そういう訴え方もできたと思うんですよね。
任天堂とかソニーだったらそういう売り方してたような気がするんですよね。
だからこういうことだとは思うんですよ。
そうするとシューティングなんてマニアックなジャンルだって決めつけてCM作るんじゃなくて、
1:03:04
やっぱり意外と一般層にもこういう風な楽しみ方ができるんですよっていう感じで、
訴えればまたね、変わったユーザーが増えてたかもしれないっていうね。
イカルガは結構極端な例だとは思うんですけども、これも一例の一つだと思うんですよね。
あとはですね、これはESPという会社が資金調達窓口としての役割を最優先にしたことも原因の一つだとは思うんですけれども、
参加している開発会社の作りたいものに対してバックアップをしていたというところも、
今となっては反省点なのかもしれないなと、僕は今回ちょっと見てて感じたんですよね。
まあね、だいぶ前にも言ってたと思うんですけど、いいものを作れば売れるっていうわけでもないのと同様にですね、
作りたいものを作るっていうのもね、また商売として考えるとちょっと違ってくるのかなと思うんですよね。
つまりこの場合ですと、マーケティングですよね。
市場では今何が求められているのか、どういう作品なら売れるのかっていうことをね、
これ意外と大手でもリサーチをしながらもね、今でも頭を抱えていると思うんですよね。
っていうのはリサーチしてから、何日かでは変わらないでしょうけども、
例えばそこから今これが求められているってゲームができる頃にはね、数年はかかってるわけですよね。
そうなるとやっぱりまた市場の動向って変わるわけじゃないですか。
それも見据えて、このリサーチしたデータと照らし合わせながらどういうものを作っていくかっていう感じで、
すごい多分大手メーカーですら頭を抱えていると思うんですよね。
プロモーション同様にね、こちらも相当にそれなりに予算は大手だと欠けていると思うんですよね。
ESPっていう会社はですね、僕もね、全然知らないっていうか、
調べた上でしか喋ってないんですけども、内情も全くわかりませんしね。
今僕が喋っているのもですね、ウィキペディアさんなどの限られた資料からなんですよね。
ただですね、感じたところではですね、どうにも開発会社主導すぎる感は否めなくてですね、
開発に携わる人たちにとってもですね、開発会社自体にとってもですね、優しいと思うんですよね。
今の時代で言うと、どことなく失礼な言い方になるかもしれないんですけども、
インディーゲームの開発スタンスにとても近い気がするんですよね。
作りたいものを作ったっていうね。
いや、それが悪いとは言いませんよ。
ただ、求められているものだったのかとかね、売れるものだったのかって聞かれると悩むんですよね。
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これ、インディーもゲームもある意味会社ではあるんですけども、
インディー会社よりはちょっと大きな規模だったと思うんですね。
この頃の中堅とは言われてもですね。
だから、それがやる制作スタイルだったのかなって考えたりはちょっとしたんでしょうね。
今回僕が見ててですね。
だからですね、この作りたいものとかね、作ろうとするものっていうのをですね、
それをね、議論するとかね、監督するとかね、
開発会社より上の存在であるESPがですね、その役割をね、
資料を見る限りでは僕はやってないみたいに感じたんですよね。
今回、このESPという会社をしゃべるにあたって、色々と調べているとね、
もしかするとですね、この時の経験がですね、
今のここの運営に生きているのかなと感じた企業も一社実はあるんですよね。
それがね、当時の社名で角川書店なんですよね。
この頃の角川書店っていうのはですね、
社長がすでにね、大家騒動で一度はね、角川を出た弟のね、角川継彦さんが、
まあ兄のね、角川春樹さんがあの、
あんやく不法処置でね、ゴタゴタして、
その後でね、角川の経営に再び舵を切っていた事態なんですよね。
で、まあ継彦さん、この弟の継彦さんが、
角川から出ていった後に作ったメディアワークスっていうね、
こっちは電撃プレイステーションとかね、そっちの出版社ですよね。
まあそのメディアワークスともどもね、このESPに参加しているんですよね。
この角川書店っていうのはね。
これは僕が直接ね、この社長である角川継彦さんがね、
知っていたとかでもないとは思うんですけども、
このESPっていうのはですね、
作り手を応援して、まあ自由にものづくりをしてもらえればね、
良いものができれば売れるっていう思想に賛同はしていたと思うんですよね、この時期は。
ただ現在の角川というブランドの繁栄っていうのはですね、
この時のこの経験もあったからなのか、
必ずしもですね、手綱をクリエイターだけに任せているわけでもないんですよね。
全てをね、角川の管理課で制作しているというつもりもないんですけれども、
角川はですね、この後ね、現在に至るまでいくつかのゲーム会社を参加に収めてますしね、
参加の会社にはある程度のオリジナリティを与えたりですね、
1:09:02
している中で一方でですね、角川名義で、
ゲーム会社、現在だと角川ゲームスっていう名義でゲームを出してるんですけども、
こちらに関してはですね、パソコンで実績のあるアダルト系ソフトの家庭用移植とかですね、
自社のIPを活かしたゲームリリースに特化してる感じがしたんですよね。
つまり、角川ゲームスっていう名前で、
まあ、その、下請けというか、外注ブランドみたいなところ、
外注のね、作るオリジナルゲームっていうのはあまり見受けられなかったんですよね。
でですね、まあそういうこともあっても、角川ってこの時の経験が、
角川にとっては生きてるのかなと思ったりしてます。
ちなみにですね、確かエルデンリングとかのね、
フロムソフトウェアも確か角川の参加に入っている会社で、
ここは言ってしまえばオリジナリティをすごい出してる会社ではあるんですよね。
だから必ずしもね、全部の手綱を角川っていうのは握ってたわけでもないんですけれども、
ただ、この時の経験っていうのが今の角川にはやっぱり生きてるんじゃないのかなとは、
ちょっとね、今回参画している会社の中で感じたところだったのかなと思うんですよね。
でですね、まあそれ以外ですとね、この角川以外にもね、
このESPに参画していたね、それぞれの会社のその後っていうのをね、
まあ一部紹介したいと思うんですけれども、
なかなかね、まあ多分会社名を言った時点で、
まあお気づきの方も何かいらっしゃるかと思うんですよね。
えーとですね、クインテッドっていう会社ですね。
まあこれは結構、クインテッドはなんだったっけな。
アクトレイザーなんかもクインテッドだったと思うんですよね。
えーとですね、こちらの会社はですね、2008年頃には倒産されています。
つまりESPが事実上消滅する2年ほど前にはなくなってるんですよね。
あとですね、株式会社ネバーランドカンパニーっていう、
えーとね、ESPですとロードストウセンキのね、
あのー、ゲームを出してますね。
これロードストウセンキ邪神降臨っていうのを
ドリームキャストで出してたんですけれども、
ディアブロっぽい感じのゲームで、
後にこのネバーランドカンパニーっていうのはプレイステーション2で、
まあセガからの開発にもなるんですけれども、
セガからのリリースになるんですけれども、
シャイニングフォースネオとか、シャイニングフォースイクサとか出すんですけれども、
2014年1月22日にですね、やっぱり倒産しちゃってますね。
で、あとスティングですね。
このスティングはですね、2009年にね、
アトラスと業務提携して、
まあ近年はアトラスブランドでソフトを供給するほかにですね、
アクアプラスとかね、自宅開発も行っていますね。
1:12:04
また最近だとですね、
コンパイルハートの自宅開発なんかもやってるみたいで、
東宝スペルカーニバルっていうのと、
魔導物語の新作をね、このコンパイルハートから出してるみたいですね。
で、CSKベンチャーキャピタルっていう、
このCSKグループの企業ベンチャー部門としてね、
日本国内外のね、
情報技術やライフサイエンス分野のベンチャー企業に投資するっていうね、
まさに投資会社なんですけど、
そういうコンピューター関係とかね、
そういうところに投資して育成していくっていう会社なんですけれども、
こちらがですね、
2010年にですね、
このCSKグループから独立する形でですね、
独立系の投資会社、
ウィズパートナーズっていう会社として現在も運営されているんですね。
で、もう一つがですね、
同じくCSKグループのCSK総合研究所、
あの、CRIと言われるんですね。
このCRIっていうのはですね、
いわゆる株式会社CSK総合研究所の英語表記ですね、
CSKリサーチインスティテュートに由来してですね、
CRIっていうふうにね、
言われる会社さんですね。
あの、CSKのね、
よく総合研究所って言われるんで、
内部のね、一部署なんだと思われがちなんですけども、
これCSKのグループの一員ではあるんですけれども、
CSKから独立っていうかグループ会社の一つで、
部門ではないんですよね。
で、もともとはですね、
マルチメディア技術の研究開発とかですね、
ゲームコンテンツの開発なんかも行っている企業なんですよね。
でですね、面白いのがですね、
2000年にバーチャファイターで知られるね、
AM2Kをね、
セガはこのCRIにね、営業上とするんですね。
ただまあ翌年ね、2001年にはですね、
ゲーム開発をね、
株式会社セガAM2っていう会社にするんですよね。
まあ要はCRIに1回AM2K引き取られたんですけれども、
この1年後にはですね、
この自社の方でもまあ持っていたゲーム開発のね、
技術というかスタッフさんとかも込みでですね、
新会社を設立するんですね。
それが株式会社セガAM2っていう会社ですね。
で、同時にですね、
株式会社CRIミドルウェアっていう会社を設立するんですよね。
こちらの方がですね、
このCRIね、CSK総合研究所でやっていた、
ミドルウェアのマルチプラットフォーム化を推進するために、
CSKおよびセガグループから独立するんですよね。
1:15:03
どうでしょう、実はこれがね、
後々CRIにとっては大きな転機となるんですよね。
で、どういうことかっていうとね、
後々も結構説明するのかもしれないんですけども、
皆さんが頭に、頭にというか思い浮かぶ人もいるのかな。
僕はたまにゲームとかのタイトル画面で見かけるんですが、
それこそ僕が今ね、プレイしている
ドラゴンクエストHD2Dかな、
ドラゴンクエスト3HD2Dもね、
このCRIさんのミドルウェアを使っていると思うんですよね。
ゲームのタイトル画面に行くまでにね、
いくつかゲームエンジンとかのロゴとか出たりするの、
ご存じないですかね。
CRIウェアっていうロゴを見たことないですかね。
今回のドラゴンクエスト3のHD2DはこのCRIウェアっていうのをね、
使われているみたいですね。
あれを開発している会社です。
つまりね、ゲームメーカーが全てを一から開発するというわけではなくてですね、
ゲームの中に占める特定の部分、
それに特化したソフトウェアっていうのをね、
開発することでですね、
ゲーム開発をする、開発現場のね、
負担を軽減する目的で使用されるのが、
ミドルウェアだったりするんですね。
たまにどうでしょう、皆さん聞かれるのかな。
ゲームエンジンなんてのもね、ここに該当しますよね。
もうミドルウェアの一つですね。
ちなみにね、このCRIっていうこの会社がね、
得意とするね、分野っていうのがですね、
CRIウェアのね、得意とする分野は、
動画音声の効率的圧縮と展開なんですよね。
だからまあ、動画を、何でしょうね、
ムービーとかね、その辺なんかもここで使われる。
CRIウェアを使って圧縮かけて、
僕らがプレイするときに圧縮かけたやつを、
合理的に、効率的に展開して、
僕らに見せてくれるっていうことに、
一助になっていると思うんですよね。
今回ね、これはもう完全にESPからと、
直接的には関係ない会社なんですけれども、
ちょっと三角している企業と関係がある会社ということで、
ちょっと喋らせてもらおうかなと思うんですけれども、
CSKという会社さんです。
先にも述べたCSKベンチャーキャピタルとですね、
CSK総合研究所、CRIの親会社と言って良い会社なんですけれども、
ESP設立に当たってもそうですし、
そもそも当時のセガ、そしてその後のセガ、
今現在のセガがあるのもある意味、
これから話すCSKという会社なくしては語れない部分もあるんですよね。
正式な社名は株式会社CSK、
1:18:03
コンピューターサービス株式会社の略らしいですよ。
本業はコンピューターシステムの開発会社、
いわゆるシステムエンジニアリングですね。
この会社がですね、1968年創業なんですね。
創業者は大川勲さんという方なんですよね。
昔も今もね、この先もね、
先ほども言ったようにこの人のおかげでセガは存続していると言っても過言ではない経営者さんですね。
会社の事業内容とかはね、
ちょっとしゃべるにはすごいあれなんですけど置いておいてですね、
このCSKですね、実はですね、
1984年にはすでにセガに資本経営参加しているんですよね。
もうこの時点でセガはCSKの子会社であり、
CSKグループに参加してるっていうことになったわけですよね。
この84年って言うとですね、
セガはファミコンの対抗馬として、
対抗馬として出たわけではないんですけど、
SG1000とかね、SG1000Ⅱとかね、
セガマークⅡって後々言われるやつです。
とかを出してた頃だったと思うんですよね。
その頃なんですけども、この大川勲さんという方はですね、
セガの会長もね、歴任されていてですね、
その頃にね、ともにCSKからね、
セガの常務取締役として出向したのがですね、
後のドリームキャストのCMでおなじみとなる
湯川秀和さんですね。
ご存知の方も多いと思いますけど、
湯川専務ですよね。
この湯川専務はですね、
湯川専務っていう方が多分イメージつけやすいと思うので、
そのまま湯川専務という名前で言ってますけど、
その後ね、2004年頃にはですね、
CSKグループのクオカードって、
皆さん使われたか使われてないかはわからないですけど、
どうでしょう、ご存じないですかね。
プリペイドカードみたいなもんですよね。
コンビニとかでも使えるね。
そのクオカードの社長と会長を歴任されたりしたんですけれども、
2021年にはお亡くなりになられているんですけどもね。
この湯川専務も実はCSKの人だったんですよね、もともとはね。
話を戻すとですね、このCSKという会社はですね、
長年にわたってね、実はセガを下支えした会社でもあるんですよね。
特にCSK創業者でもある大川勲さんというこの方はですね、
2001年1月、セガが家庭用ゲーム機事業を撤退により、
生じた損失額を埋めるためにですね、
個人資産の中からですよ、約850億円をセガに譲渡してですね、
1:21:06
セガの倒産を回避したっていうね、セガからしたらもう大恩人なんですよね。
この個人資産850億円譲渡からですね、わずか2ヶ月後にはですね、
3月半ばになるんですけども、実はね、この大川勲さんっていうのはね、
74歳でお亡くなりになられるんですよね。
このね、大川勲さんが設立したCSKという会社ね、
日本のシステムエンジニアリング業界のね、先駆者としても知られる会社でですね、
日本ではですね、業界としては初の東京証券取引所一部に上場した企業でもあるんですよね。
ただですね、今回このESBをしゃべるにあたってですね、いろいろと調べたんですよ。
その中でね、僕の勉強不足もあるんですけれども、
このCSKがですね、今は存在していないということがね、
僕もちょっと知ってですね、最も衝撃的だったんですよね。
大川勲さんが亡くなって4年後にですね、2005年ですね、
だからホールディングス体制に移行して、システム開発、アウトソーシング、
そして金融サービスを軸としたですね、企業体質で安定していたと思われていたんですが、
不動産投資事業への資本集中などがですね、
後々ね、2008年以降のサブプライムローン破綻、リーマンショックなどの影響をもろに受けてですね、
グループ会社の多くをですね、譲渡売却する羽目になるんですよね。
残ったシステムエンジニアリング事業もですね、
住友情報システムに九州合併され、現在はSCSKという新会社になってしまったんですよね。
このCSKという会社自体はですね、2002年、つまり大川勲さんが亡くなった翌年にはですね、
セガの売却に動いているんですよね。
ただ、創業者でもある大川勲さんにとってはですね、84年から面倒を見ていたということもあってですね、
CSKの企業経営者として以上の愛着もあったから、多額の個人資産を投入してでも存続させてくれたんでしょうね。
まあまあちょっと気がつくとね、ESPの話からセガ、あとCSKで大川勲さんに転じているんですけども、
この大川勲さん同様にね、現在の会長であるサミーのね、里見会長もまたある意味セガを愛している人だったりするんですけども、
まあこれ以上ね、喋ると長いんで今回はこの辺でやめときます。
まあそういう意味、意味っていうかそういうこともあってですね、ちょっとね、だいぶよれちゃったんですけれども、
今回ね、ちょっとCSKっていう会社が関与しているっていうこともあって、ちょっとね、後半はね、ESPからちょっと飛んで、
1:24:06
CSKっていう会社のまあいろいろなことをちょっと喋ってみました。
まあそうなるとセガもね、喋らざるを得なくなっちゃったんで、後半はちょっとESPのところからだいぶね、外れてしまったんですけど、
まあ今回はこんな感じでちょっと長々と喋ってしまいましたが。
はい、いかがだったでしょうか。長かったでしょうか。そうなんでしょう。
当初ね、冒頭でも言ってましたし、まあ本編、撮れちゃうところでもちょっと言ってたのかな。
撮り直しのね、まあ全部撮り直してるんですよ、このエンディングも含めて。
まあね、本編に至っては結構、だから1回目に撮った時よりもだいぶボリュームは増したのかなと思うんですよね。
でですね、まあそうですね、まあトレジャーっていう会社に対してもね、思いますし、
まあESPなんかあるでしょ、ちょっと結構どうなんだろうなと思って、
まあやっぱりちょっときつめな物言いもちょっとしてるのかなってちょっと反省する点もあるんですけども、
やっぱりあの頃のセガがね、セガとかサターンのソフトっていうのがなぜ負けたのかっていうところは、
実はマシンスペックとかそういうこととかじゃなかったような気もするんですよね、今にして思うとね。
まあなんかやっぱりソニーっていう会社というかソニーが依頼していた広告代理店の力ってすごかったんだろうなというところは思いましたね。
僕はどちらかというとその広告畑に近い方のね仕事をしてたもんで、
やっぱりあの当時ソニーの広告展開の上手さっていうのはもうすごい勉強にもなったし学びが多かったし、
もちろん一目を置いてたしっていうところで、
まあねそれはメガドライブの頃に比べたらサターンってだいぶ良くなったとは思うんですけれども、
やっぱりゲームメーカーっていう感じから脱却しようとしてまあまあまだちょっとねできないかなと思って、
1:27:00
でドリームキャストになるとねちょっと上手くなった感じしません?ちょっとだけなんですけどね。
あれはですね、あのそういうねプロモーションなんかにですねやっぱり外部の人、
特に秋元康さんが入ったっていうのがやっぱりちょっと大きかったと思うんですよね。
そういうゲームのユーザーの心理とかそういうことを見てやるっていうものの作り方、商売の仕方をしてないんですよね。
いかに多くの人を巻き込もうかっていうことに長けてる人だったと思うんで、
やっぱりその辺のキャッチーなゆかわさんをね、ゆかわ専務を持ち出したりとか、
まあそういうねあの自虐的なCMとかねやっぱりあれがもうちょっと早かったらなぁと思ったりします。
で、まあソニーはねやっぱりその辺でキャッチーだったとは思うんですよね。
で一方ソフトに関してはまあぶっちゃけて言うと僕は別にサターンだろうがプレイステーションだろうが、
まあある意味ね、互角と言っても良かったんじゃないのかなぁと思うんですよね。
それはファイナルファンタジーも出なかったですし、ドラゴンクエストも出なかったと思うんですけども、
まあその2つだけじゃないとは思うんですよね、それぞれの市場はね。
だからそれ考えた時に、まあやっぱりサターンっていうのはサターンで、
まあいい作品結構あったと思うんですけども、
それをゲーマーに向けて広告するんじゃなくてっていうところに主眼を置いてるのがプレイステーションというかプレイステーション時代、
特にソニーがですね、非常に上手かったのかなぁとは思いますね。
まあねサターン30周年を記念して喋っている節もちょっとあるんで、
あんまり意識してないんですけどね、もともと1回目がそんなこと意識せずに撮ってたんで、
まあね今ふと思って、この前他番組になりますけど、
ブライトビットブラザーズさん、BBブロスさんでもそういう企画もやってたなぁと思ってね、
そうだったなぁと思って30周年だよなぁと思ってね、たまたまなんですけどね、今回ね。
そのサターン、どっちもサターン陣営のソフトメーカーということでね、
ESPさんなんかはすごいもったいない感じもしたよなぁと思いますしね。
だから今途中でね、僕これも撮り直すときにちょっと気づいたのは、
角川ってそういや、この頃と今とでは全然違うよなぁということで、後から気づいたんですよね。
ゲームもね、今では出してますし、
まあやっぱりこの時の経験っていうのがなんかやっぱりいく分プラスにはなったんじゃないのかなぁとはね、
ちょっと考えたりはしたんですよね。
でもやっぱりセガっていう会社が今存続してるっていうのは後半でも喋ってたように、
やっぱり大川勲さんっていうこの方の力がすごい大きかったとは思いますし、
言ってしまったらESPだって、
1:30:00
その大川勲さんが設立したCSKグループの一社の力を借りてたっていうところでね、
やっぱりこのCSKっていう会社の存在が大きかったとは思うんですよね。
これがバックについてるかついてないかっていうのも、
セガ対任天堂、セガ対プレイステーション、まあソニーっていう戦いの中ではあったと思うんですね。
だからCSKがなかったらもっと悲惨なことになってたのかもなって思うと、
ちょっと末恐ろしい感じもするよなぁと思うんですよね。
で、何度もリスペクトしちゃうんですけども、
この大川勲さんっていう方は経済ニュースでこの人の動画がちょくちょく出るぐらいの方なんですよね。
当時覚えてらっしゃる方とか、僕なんかで覚えてらっしゃる方も多いとは思うんですけど、
僕と同世代の方だったらいつでも。
こんな人がですね、個人資産だって数千億円以上あるような人なんですけども、
この人がですね、数多くの関連子会社、CSKグループって持ってる中で、
SEGAに個人資産、資材を投げ打って倒産を回避するっていうね。
もう確か当時はですね、CSKの会長職とかももう知りづかれてたんじゃないのかなと思って、
そんな中でこういうことをされてたっていうことでね、
やっぱりなんか、その84年からずっとSEGAっていう会社に関わったからこそのなんか、
愛情みたいなのがあったんだろうなっていうのをね、今回ちょっと思ったりはしたんですね。
昔からね、なんで個人資産をそこまで投げ打ってても助けてくれるんだろうなっていうのが、
すごいなこの人とは思ってたんですけど、
その84年からCSKが経営と資本の両面でバックアップしてたっていうことを初めて知ったんで、
CSKの関連会社だっていうことはもちろん知ってたんですけども、
その付き合いが結構古かったっていうのもちょっと知らなかったもんで、
僕が不勉強だったっていうこともあって、
それを知った上でもやっぱりすごいなぁとは思いましたね。
だからそういう意味で、当時SEGAが倒産するかもって言った時にもですね、
誰とは名前挙げませんけども、
SEGAの名だたるクリエイターさんたちがね、
やっぱりSEGAはSEGAじゃなくなるとか、
なんでゲーム機事業から撤退するんだっていうことに関して、
思い思いのSEGA像があった中で、
皆さんの意見、当時ファミ通とかね、
いろんなインタビュー記事とかを読んでも、
作りたいゲームっていうのがあって、
それを体現化させてるっていうところはいいんですけども、
SEGAって多くの社員さん、従業員さんいるわけで、
1:33:05
その人を路頭に迷っても、じゃあいいのかい、君たちはって。
あるクリエイターがどなり込んできたらしいんですよね。
なんで家庭用ゲーム機事業から撤退するんだっていうことで、
当時ドリームキャストのね。
その時にメディアファクトリーの社長で、
当時社長かな、あの辺やってた香山さんっていう方がいらっしゃって、
この方も確かSEGAの立て直しの一人に入られてたんですけども、
その時のやりとりっていうのを読んだことがあって、
だったらいいよって。
このままじゃあゲーム機事業ずっと続ける?
その代わりみんな給料なくなるよって。
それでもいいんだったらやろうか?
っていう方がやったら、
そのどなり込んできたクリエイターさん何も言えなかったって言ってて、
やっぱりSEGAっていい会社なんだろうけども、
多分そういう夢見がちなところもあったんだろうなぁと思ってね。
だからこそ、言ったってね、ゲームって言ったって、
アート作品ってね、死んでから価値が出るとかね、
会社が潰れてから価値が出るとかそういうんじゃなくて、
今現在作っておられる方の糧にならなくちゃいけないわけですよね。
お金を稼いで。
それが稼げてないから、
こういう事態になったんだよっていうのを、
誰もちょっと実は説明されてなかったのかなぁとか、
そのインタビュー見た時にね。
だからそういう感じかなぁと思って。
僕らでもね、やっぱりそういうちぐはぐなことを言うっていう時、
やっぱりね、
一宮遣いだったりするとそういう時ないですかね。
例えば僕でもね、
いやずっと暇な方がいいよなぁって、
仕事を暇だったらいいのになぁなんて思うんですけど、
暇だったら利益が出ないわけですよね。
利益が出ないってことは給料にもならないわけですよね。
会社側からしたらですね。
そんなことが続いてたら、
会社借金まみれになって最終的に倒産しますよねみたいなね。
暇で給料さえ出ればいいんだっていう、
相反することをやっぱり平気で口に出してしまう自分っていうのも、
やっぱりどっかでいたりはするんですよね。
だからそれと同じようなことなんだろうなぁとはね、
思ったりはしたんですけどね。
だいぶね、なんか変な小難しい話してますけど、
まぁ何しか今回は結構いろいろとね、
喋ってて撮って、撮り直して今やっとね、
エンディングまで来たんですけど、
結構長かったなぁと思ってね。
まぁ直近の話をするとですね、
この前の2回かな、
ドラゴンクエスト3のことを喋っておりましたけども、
一つはドラゴンクエスト3HD2Dね、
買って喜んでわーって世間話的にね、
1:36:02
まぁちょっと喋ってた。
これがまさかのね、
今現在うちのポッドキャストで、
なんかね、長らくずっと1位をね、
取ってたある回があるんですよ。
それは2位があるから1位取ってると思うんですけどもね。
まぁね、気が付けば1周年過ぎてるんで、
まぁこの辺は別に喋ってもいいのかな。
恥ずかしいんでね、再生数とかは言わないんですけども、
ずっとですね、2位にね、
だいぶ前なんですけどもね、
この2024年、もうじき終わろうとしてる2024年の
3月ぐらいだったと思うんですよね。
ブライト・ビット・ブラザーズさんね、
BBブロスさんのね、オフラインイベントがあったんですよ。
僕そこに参加した時に、
まぁこんなんに参加しましたみたいな感じで雑談的にね、
確か帰りの、行きの車中と帰りの車中で取ってたと思うんですけどね。
その回をアップしたらですね、
たまたまBBブロスの川崎さんとかが
Xでポストしてくれたんですね、僕の回を。
それもあってですね、ブーストかかっちゃってですね、
これが2位に来るんですよ。
なんで2位かっていうとですね、
それを聴いていただいた方たちが、
次に聴くのはね、第1回目になるんですよね。
第1回目ですよ。音質も悪くてね。
まぁ今も下手くそなんですけど、
当時もね、なんか下手くそな喋り方をしてるんですよ。
で、これが第1位だったんですよ。
第1位が第1回目の回なんですよね。
まだタイトルも決めてないで、
喋り始めてた頃のね。
で、この第1回目で、
多分みなさん、あぁこの程度かって脱落していくんですね。
そっからはもう第2回目とかも、
まぁまぁそれなりに再生数は上がってるんですけど、
どんどんどんどん再生数がね、
そんな伸びなくなってきてたところにですね。
まぁここ最近だと、
あの中古ゲームショップの回とかね、
あとこの、あの会社シリーズみたいなのもね、
まぁまぁいい回数叩き出してくれてるんですよね。
で、もうおっと、やっぱり調べ物して喋ると、
みなさんちょっとやっぱり、
ゲームの話の中でもちょっと、
なんかあの、聴いてくれるんだなと思ってたらですね、
まぁまぁドラゴンクエスト3、HD2Dって、
まぁタイムリーだったところもあるとは思うんですよね。
まぁそれでね、
今こんなことやってますとか、
こんな感じですとか、
僕はこう思ってますみたいなね。
もう本当に個人的な感情に乗っけて、
久々に、久々じゃないな。
その前も世間話的なことをやってるので、
まぁね、そのドラゴンクエスト3のね、
2回撮ってるんですけど、
その最初の1回目が結構な数言ってるんですよね。
で、その前、前回にあたるのがね、
ドラゴンクエスト3の歴史っていうね。
もう僕のね、へそ曲がり根性、
大爆発みたいな回をね、
わざと撮ったんですよ。
ドラクエの歴史は、
1:39:02
苦重いと。
喋ると苦重すぎると。
ドラクエ3ぐらいだったらいけんじゃね?
みたいな感じで、
まぁね、喋ってみたんですけどね。
でですね、
まぁまぁ、
今もドラクエ3はやっておりますよ。
あんまりここで喋らないほうがいいのかな、
そういうことは。
今回はね、ESPとTREASUREの回だったりはするんでね。
だからまぁ、
まぁね、話戻ると、
やっぱりすごい惜しい会社だったと思うんですよね。
ESPっていうのも、心差しはよかったと思うんですよ。
やっぱり、もったいないなぁと思いました。
まぁやっぱり、
時代の変化っていうのを、
ESPだけが悪かったわけでも、
当然ないと思うんですよ。
周りの状況っていうのも当然あったでしょうし、
SEGAもやっぱり2001年あたりから
ちょっと危ないところも出てましたし、
そういうのがいろいろ積み重なって、
結局気が付くという、
その一社だけが頑張ってもダメなんだよなぁって、
でもその一社も頑張らないと、
やっぱりそれもそれでダメだしっていうことをね、
身につまされる感じかなぁと思うんですよね。
で、ちょっとね、本編の方では喋ってなかったんですけど、
まぁもうね、全部終わったんで、
今エンディングなんでザックバランに話してる中で言うと、
えーとね、ESP設立の中でね、
タイムワーナーさんの名前が出てきたと思うんですけども、
えーと、なんだったっけな、タローマルね。
心霊受殺師タローマルでしたっけ。
名前がね、結構独特なんですよね、あれ。
あのー、あそことですね、
あそこがですね、
まぁなんで撤退したかっていうのは、
ね、喋ってた通り、
タイムワーナーが、
その、ウィリアムズっていう会社にね、
買収されたからだって。
このウィリアムズっていう会社もですね、
実は、あの、ミッドウェイっていうね、
ミッドウェイはまぁ、いわゆるその、
悪風、あー、えーと、なんだっけ、
あれですね、モータルコンバットとかね、
あれを参加に収めてる、
ね、会社、ミッドウェイですね。
ミッドウェイとあと、えーと、
何持ってたっけ、ガントレットか。
そんなの持ってる会社ですよね、ミッドウェイね。
確かミッドウェイって、
一時公営の、
新三国無双かなんかも、
あっちで売ってたんじゃなかったかな、
違ってたらちょっとすいません、ちょっとね、
あの、まぁでもメガ、
メガパブリッシャーの一つではあるんですよね、
ミッドウェイにしてもね。
まぁそんなね、ミッドウェイをね、
あの、の親会社になるのが、
そのウィリアムズっていうところなんですけど、
まぁそこがね、この、
タイムワーナーインタラクティブね、
1:42:01
アメリカ本国の会社をね、
買収したっていうことで、
このタイムワーナーインタラクティブっていう会社も、
実はですね、日本国内で、
っていうのもまぁちょっとあるんですけども、
これね、実は元々はですね、
あのー、
アタリゲームズっていう会社と、
関係してくるんですよね。
あのー、
アタリゲームズってね、
アタリショックを起こしたね、
あのアタリなんですけれども、
まぁ、アタリゲームズって、
まぁなんて読めいいかなぁ、
アタリはね、実は途中でですね、
アーケードゲーム、
アーケードゲームというか、
アーケードゲーム部門とですね、
あのー、コンシューバー部門っていうのをね、
分けちゃうんですよね。
で、コンシューマー部門っていうのが、
アタリコープっていうね、
あのー、
別の会社になりまして、
これはあのー、
後々ね、
売りに出されるんですね。
これアタリショック以降の話なんですけれどもね。
で、もう一つのアーケード専業のね、
メーカーがアタリゲームズっていう風になったんですね。
で、このアタリゲームズって、
この頃になるとね、
アタリの創設者であるね、
アタリ作ったね、
ちょいちょいたまに今でも出てくるのかな、
ノーランブッシュネルっていうね、
このおじいさん、
もう今おじいさんなんですけども、
この方の手を離れてる状態なんですよね。
で、このアタリゲームズっていうのは、
後にね、
テンゲンっていう会社になってくるんですよね。
このアタリ同様、
このテンゲンっていうのも、
実は日本のね、
以後の用語から来てるんですけれども、
こちらのね、
このアタリゲームズっていうのが、
後々、
まあいろいろとあってですね、
タイムワーナーにね、
社名変わるんですよね。
これはなぜかというと、
アタリゲームズの親会社が
タイムワーナーになったからっていう感じなんですけれども、
これね、
実はここもここで面白い、
テンゲン自体が多分日本ではね、
メガドライブとかでマニュアルが有名なんですよね、
独特の言い回しで、
なんですけれども、
ここもここでね、
実はね、面白いんですよ。
リバースエンジニアリングってありますよね。
簡単に言ったら、
既存のソフト、
販売されてるソフトを、
簡単に言うとハッキングというかね、
それを逆解析して、
ソフトの内部をね、
リバースエンジニアって、
要は一回出てるソフトをね、
一回プログラムでね、
分解して、
どうやって作ってるのかっていうのをね、
解析するっていうやり方なんですけれども、
これね、
任天堂のね、
海外のファミコンね、
NESですね、
これのね、
に関してリバースエンジニアリングで、
いわゆる解析して、
1:45:01
自分たちでソフトを作って、
自分たちで、
任天堂の方針とはね、
別にね、
自分たちで生産したんですよ。
それでですね、
任天堂からすると、
勝手に生産するなや、
自分たちで作ったソフトとはいえ、
打ち通してくれないと困るよ、
みたいな話になっちゃったんですよね。
これがですね、任天堂のね、
アメリカとね、
この天元は実は天元、
タイムワーナーですね。
ここはですね、揉めに揉めたんですよ、当時。
で、実はそれが、
いろいろ揉めに揉めて、
最終的にどうなったかっていうとですね、
あの、セガがね、
メガドライブ用に準備していた、
お蔵入りになったテトリス、
ありますよね。
あれに飛び火しちゃうんですよ、実は。
このアタリゲームズがね、
リバースエンジニアしたっていうね。
全然それはテトリスとは関係ないんですけれども、
任天堂相手にね、
そのアタリゲームズと当時
喧嘩を売っちゃったっていうことでですね、
そうするとですね、
テトリスっていうのはですね、
当時はですね、
アレクセイ・パジトノフさん、
作った方から、
権利がいろいろ
ややこしい方向に行ってたんですね。
で、
逆に言うとこの、
アレクセイ・パジトノフさんから
直接ライセンスをね、
もらってたっていうのが
任天堂オブアメリカと
日本の任天堂なんですね。
それに対してですね、
この、
アタリゲームズっていうのはですね、
直接じゃなかったんですよね。
任天堂の下に、
アレクセイ・パジトノフさんの下に
別の会社があって、
その下にまた会社があって、
その下ぐらいにいるんですよね。
ここが、
アタリゲームズがセガに
ライセンスを
貸してたわけですよね。
となると、
任天堂とね、喧嘩をしてる
アタリゲームズですから、
そんなに言うんだったらっていう話で
いろいろ揉めてあげくに、
全く関係のない、
リバースエンジニアの件に関しては、
全く関係のないセガ、
もうね、
巻き込まれてしまいましてですね。
それも、
それもあって、
日本国内でメガドライブ版の
テトリスが出なくなるっていうね、
時代に発展したっていうね。
結構ね、だから
タイムワーナーインタラクティブっていう会社もね、
掘り下げるとちょっと面白いんですけどもね、
ただね、
タイムワーナー自体がね、
やっぱりいろいろと、
僕もね、やっぱりここの会社
って言うと、
いわゆる
心霊受殺師太郎丸ぐらいしかね、
あんまり
イメージがないんですよね。
転元とかはね、
あるんですけどもね、
転元で言うと何があるかな、
僕の大好きな、
1:48:00
あれですね、
東亜プランのシューティング、
V5をメガドライブで出したのは
転元でしたけどもね、
そんな感じでね、
ちょっと変わったゲームを出すところだったかな、
とは思うんですけども、
そういう感じでね、
転元は転元で、
面白い感じになってるんですけども、
今ここでエンディングだから
喋ってる感じなんですけどもね、
この辺もね、実は掘り下げると
面白かったんだけどなと思って、
もうこれ以上ね、
あそこの本編でタイムワーナーのこと
もっとさらに深くやると
もともと
お聞きいただいて
わかると思うんですけども、
ESP、
掘り下げ用が大してないんですよね、
実のところで言うとね、
いわゆるパブリッシャーとしての要素と、
販売元としての要素と、
開発元に対しての資金提供というかね、
それをする会社っていうこともあったんで、
他にもね、
日本の
ソフト販売をしている会社っていうのは、
自社では作らずに、
外部にね、
製作を依頼したりしている会社って
いっぱいあったとは思うんですけども、
多分他の会社も、
どれくらい深く
関与するのかっていうね、
深かったり浅かったり
とかっていうのはあるとは思うんですけども、
おそらくこのESPっていうところは、
本編でも言ってたと思うんですけども、
加盟してるっていうね、
ソフト会社のソフトを
リリースするっていう形式上、
いやこのソフトはダメだよなんて
多分言えなかったと思うんですよね。
これはこうした方がいいよ、
ああした方がいいよっていうね、
言えなかったと思うんですよね。
他ね、例えばナムコでも
スクエアとかでもね、
カプコンでもいいんですけども、
別の会社に依頼して作ってもらうとか、
持ち込んだものを
ここはちょっとこう変えた方がいいよって。
なぜならうちのブランドで出すんだからっていう
意味合いの話もできるでしょうし、
例えば企画をね、
こっちはこういうのを持ってるんだけど、
これをちょっと作る人間が今いないんで、
オタクでちょっと作ってくれない?
その代わり監修とか監督は
うちがするよみたいな話だったりすると思うんですよ。
スクエアさんなんかは結構
今でもそのタイプかな、
スクエアニックスなんかをね、
だと思うんですよね。
このESBはそれをしてなかったっていうのも
一つやっぱりね、
まあ本編でも言ってるんですけども、
だからそういう意味ではちょっとね、
まあしてなかったからこそ、
ちょっと短命に終わっちゃったのかなともね、
考え方としては一つあるんですけどもね。
まあそれがちょっとね、
面白いっていうところも
反面あるんですけれどもね。
まあ、
ただどちらにしてもその
作りたいものを作ればいいっていう
1:51:02
時代でもなかったし、
面白ければ売れるっていうね、
そんなに
まあ優しい時代でも
この頃って97年以降になるとね、
違ってたと思うんですよね。
口コミとかっていう
いわゆるその
広がり方っていうのは多少はあった、
まだ残ってた時代ではあるんですけども、
やっぱり
広告プロモーションの力って
やっぱり特に
絶大だったと思うんですよね、この時代。
雑誌とかテレビとかね。
今はちょっと雑誌もテレビも
広告展開としては
ネットとかYouTubeとかにとって変わられ
つつあるとは思うんですけれども、
また97年から
2000年、2010年ぐらいまでだったら
やっぱり雑誌とかテレビとか、
いわゆるメディアですね、
新聞とかのね、ああいうところが
やっぱりまだ
広告展開にはすごい非常に
効果的だった時代だったと思うんで
そこでどれだけやってたのかな
っていうところはちょっとね
僕テレビCM見てた
今回のためにちょっと
見た限りではCMしてないものも
あったみたいですし
なんかその辺がちょっと
まあね
予算的な問題もあったとは思うんで
それだけをね
責めるつもりはないんですけど
ちょっとでも売りたいっていうのであれば
ちょっとそこはね
よく書いてみるっていうのも一つだったんだろうな
と思ったりするんですけどね
外野の人間が後から
つべこべ言っても仕方ないんですけどね
まあね、そんな感じで
サターン30周年
たまたまの
タイミングですけど
このね、トレジャーとね
ESPさんを
やってみました
まあね、今ESPさんをやってる
ゲームアーツさん自体も
今やガンホーグループっていう
あそこの
系列に入っちゃってますし
まあ
ゲーム開発としては
多分コンシューマーを
ほぼほぼ今はしてないんじゃないのかな
と思うんですよね
まあトレジャーもね
言ったように
トレジャーなんかはね
なんか
今でもね
ダウンロードコンテンツで
規模を縮小してでも
やれないかなって
ちょっと期待をしてたりはするんですけどもね
まあそんな感じもあってね
まあ
望みが低いんですけども
ちょっと
出てくれるとまたファンの人は喜ぶんじゃないのかな
と思いながらね
まあちょっと今回はね
だらだらと喋ってみましたということで
また次回は
うーん
なんか
何しようかなと思いながらね
候補はいくつかあるんですよね
雑談でもなんでもね
雑談とかはいくらでも喋れるんでいいんですけど
うーん
企画的なことなんかどうしようかな
みたいな感じでね
一社はねもうすでに調べ
てるかな
1:54:00
取ってはないんですけども
ずいぶん前に資料としては
作り終わった感じだったんで
まあそれを見ながらね
でいいんですけど
まあねどうしようかなと思い
今回もねまだこれ
エンディング撮ってるぐらいですから
まだこっからね
どうなんでしょう
本編も込みでね
出来上がったのを一回聞いて
うーん
撮り直したくないなーってちょっと思う
なんか間違い
よほど大きな間違いでもない限りは
撮り直したくないなーって思うんですけどもね
うーん
前もねギリギリまで
ギリギリまでっていうかちょっと悩んでたんですけどね
うーんせっかく撮ったしなー
って思いながらね
でも結局ねやっぱちょっと
うーんなんかやっぱりこれ撮り直そうか
っていう感じにね
まあねその間たまたまね
ドラクエネタで2本
喋れたからまだいいものをね
これは撮り直したくないなーって思いながら
今ね喋ってますから
まあそんな感じでこれがね
上がることをね祈ってね
僕もそろそろお別れしたいと思います
またなんかね
ありましたら
あ、あの最後の最後に思い出した
あのー長らくですね
うちの概要欄に書いていた
メールアドレスがですね
実はあの
申し訳ございません
間違えておりましてですね
あのー最初のね
しゃべ録アットマークの
Sがですね大文字になってたんですね
これ多分なんかね
今までにねちょっと
うちの方に届いてきたリスナーさんのメールが
一つはもうご紹介させてもらったんですけど
あの小松菜さんね
でもう一方
もうじきご紹介させていただこうと思うんですけど
この方もね
よくこれを小文字に変更して
送れたよなーと思って
そこ気づいたなーと思って
あのねずっと掲載してから
ずっと間違えてたんですよ
最新回まで
それに最近気づいたんですが
もういかに僕がですねチェックが甘いかっていうね
まあその辺でね
ちょっとね
実は送ったのにメール送ったのに
あの読まれなかったなー
っていう人ね過去にもし
いらっしゃいましたら一声おかけください
あのちょっと
ちょっと謝罪させていただきたいと思いますし
まあちょっとねその届くはずだった
メールの内容僕ちょっと結局
届いてないからわからないんでね
なんとも言えないんですけども
もしよろしければまた送っていただければと思います
ということでね
ちょっといろいろ最後ちょっと
僕の不備の謝罪も込みで
いろいろ長々と
喋っておりますがもう本当にここで
終わりたいと思います
まあ何かありましたらその
Xで
ハッシュタグしゃべろくでツイートして
ポストしていただいて
大丈夫ですし
今度こそねメールアドレス
クリックしていただいたら
繋がりますんで
繋がりますっていうかあれ書いてもね
書いてる時点では大丈夫なんですよね
1:57:01
送信したら実は
届いてないっていう事態ですよね
メールアドレスの間違いをね
今回はもうそれないんで大丈夫なんで
送っていただければと思います
それではそろそろお別れ
したいと思います
それではさよなら
おやすみなさい