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仏教・密教とギブネスの関係|今夜も号泣!ホロス宇宙塾  #16
2025-06-26 26:16

仏教・密教とギブネスの関係|今夜も号泣!ホロス宇宙塾  #16

愛
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今回のテーマは、「仏教・密教とギブネスの関係|号泣!ホロス宇宙塾」。

「それが、阿頼耶識の願いだから」。
なぜわたしは、この言葉に泣けたのか?

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00:09
真の愛のある皆様、アロハです。愛のギブネス探求所へようこそ。この番組では、誰一人何一つ取り残さない世界を目指し、ビジネスからギブネスにシフトした、
カナダ大衆愛のギブネス探求レポートをお届けしております。 というわけで、今日はホロス宇宙塾とギブネスの関係についてお話ししたいなと思います。
ホロス宇宙塾は、私の大好きな2人のお氏面が対話しながら、テーマを深めていくという、本当にディープな深淵から宇宙の果てまで360度というか、無限の永遠の境地からテーマを掘り下げていくという、
ちょっと言葉にできないんですけど、あえて言葉にしますと、谷崎哲郎さん、私の大好きな谷崎哲郎さんが、神知学・人知学の視点から、
松並隆元さん、これも私の超絶お氏面なんですけど、実験寺院宝堂寺ですね。 宝堂寺の総委員長隆元さんは、仏教・密教の視点から、
そういうね、いろいろ、胎造界マンダラとか、光合界マンダラとか、獣牛図とか、いろんなテーマを1年間に渡って、2人の視点から、
ただ概念をね、分析するっていう、論じるっていうことでは決してなくて、ほんとその英知・知識っていうものを統合していく。
その統合することで、私たちのその内なる意識っていうものを進化させていく。 進化させていく末に、いった末に、ワールドシフトですよね。社会変革として実装できるように、
大徳、探究だけじゃなくて、大徳していくっていう、そういうね、月1回3時間の講義なんですよね。 私はもうこれ5年、もう振り返れば5年ぐらいね。
5期目ぐらいなんですけど、7年前から始まったのかな。今年ですね、第7期のテーマは、内なる宇宙と世界の再創造ということでですね。
これぐっとくる人はね、ほんとぐっとくるテーマなんじゃないかなと思うんですけど、まあ今回はその第7期の第3回目ということで、
私、カナダ時間、西海岸時間なんでですね、毎回ね、夜中の2時とか3時とかなんですけど、今日もね、
はい、夜中の3時に起きまして、朝の6時までね、Zoomで参加しておりました。 今回のね、第3巻目のテーマは身体性ですね。心と身体、身体地と直感地。
自己を超えるための視点、自我の超越、生命とはっていうね。 はい、そんなテーマでした。もう今日も激アツ激アツだったんですよね。
ちょっと泣いちゃったっていうね。 しばしば泣いちゃうんですけど、まぁちょっとそんな話をね、義務の人絡めてしていきたいなと思います。
本当ね、このホロウス宇宙塾ね、年々ね、あのますますですね、なんかこう一部切り取るだけでは、
03:02
TikTokとかさ、みんな切り取りショート動画好きだけども、切り取るだけでは本当にね、共有しえない内容になってきているので、
ぜひね、細かいお話っていうのは、ぜひどっぷりね、あの年間、年間参加ね、していただいて、皆さんあのぜひね、
一緒に参加してほしいんですけど、ちょっとね、今日はその切り取りというか、私の感じたことをね、ちょっとシェアしたいなと思っております。
でまぁこれはそうだな、5年前から私もホロスを学んでいるので、5年前はちょうどギブネスと出会った時ぐらいだったのかな。
でもなんだけれども、やっぱりギブネスに両足突っ込んでからですね、 このホロスでの学びもね、どんどんどんどんそのギブネス世界っていうのと通じていく感覚がすごい面白くて、
ほんとギブネスをやり始めてからホロスでの学びもね、深まっているなというふうに思っています。
でまぁそもそもね、なんで私がギブネスをやるのかというと、私を含めたその世界、世界平和ですよね。私を含めた世界が平和であってほしいというね、
願うからでギブネスをやってるんですよね。 でまぁ世界平和ってさ、私平和も世界平和も誰もがね、願うことのはずなのね、
願い続けているはずなのにね、何千年何万年もね。それなのに戦争とかね、災害とか心の闇とかね、貧困とか、いろいろな、いろいろいろいろなことがね、世界ではね、今日もね、
本当にフラクタル的にね、いろんなことが苦しみがね、起きている、起きているんだなっていうね。
なのでまぁ本当君たちはどう生きるかね、映画この間今更見ましたけれども、 まさにね、その私はどう生きるかっていうことを日々感じているわけなんですよね。
その一つの答えとして私はギブネスをやっているだけれども、まぁそれをやりながらね、
なんかまぁ祈りとかね、まぁ祈るしかないみたいな。 海の向こうの戦争に対してね、気候変動に対しても祈るしかないみたいなね、祈ってますっていう。
その祈りっていうことに意味はあるのかなぁとか、 あとはね、私が平和だったら世界は平和であるっていうね、それ本当にそうなのか。
まぁいろんなレイヤーあると思うんですけどね、全部見ないふりしてただ自分の 協力を追い求めるっていうことと、もう全部知った上であの自分の平和を保つっていうのと、
まぁいろいろなレイヤーはあると思うんですけど、それも本当にそうなのかなって、 どのレイヤーで見るのかなっていうのもありますけど、
そんないろいろなね、私はどう生きるか、少しで私はどう生きるかっていうことへの アンサーをですね、毎回このホロスから受け取っている気がしています。
ゆえにギブネスしてますっていうね、そういう構造なんですよね。 今の私の生き方の構造でございます。
でまぁね、仏教で、今日は仏教の話をメインにするんですけど、 仏教でよく言われるのは、食う、一切、一切なんだ、一切、もうね、
皆食う、一切これ食うっていうね、全部食うなんだよっていう。 食うって言うと、なんか全部食うなんだよって言うと、
06:04
この世に実体のあるものは何もないんだっていうね。 だから実体のないものに執着するなんて、そもそも何の意味もない。
だからね、何もかもに執着するなみたいなね。 それってまぁ、もちろんそうなんだけど、ある時点から見ればそうなんだけど、
それってそんなね、助手人的な感じでね、 そんな感じで誤解している方もね、現にその仏教を学んで実践していらっしゃる方の中でもそういうふうに捉えていらっしゃる方多いと思うんですけど、
それは周波とかにもよると思うんですけど、 でも本当はそうではなくて、まず食うっていうのは何かと言うと、
私の中ではね、食うっていうのは何かと言うと、 何もないけど全ての可能性があるっていう、そういうフィールドというか、
アカシックレコード、あらやしき、何とでも言ったらいいと思うんですけれども、 何もないけど全てがあるっていうのが食う。
で、その中で演技っていう関係性が生じることで、個別性っていうものが生まれる。 例えば、リンゴがね1個しかなければ、そのリンゴなんですけど、
2個現れた途端に、これは右のリンゴとか、左のリンゴとか、 大きいリンゴ、ちっちゃいリンゴとか、こっちの方が酸っぱい、甘いとか、
そういう個別性が生まれるわけですよね。 その関係性とか個別性が網の芽のようにつむがれる中で、その意味が生まれていく。
大きい方がいいよとか、甘い方がいいよとか、 綺麗な方がいいよとか、こっちの方が値段高いよとか、
関係性と個別性の中で、意味が無限、永遠に増大していくっていう。 だから、同じリンゴっていう同じものでも、見る角度とか、
視座とか、そういう色々が違えば、全く違うものになってくるっていうね。 何が正解かっていうのは本当にわからない。
さっきのリンゴの話だと、まだわかりやすいんだけど、それが今この地球上で起きている正義と悪とか、加害者と被害者とか、
全部そうなんですよね。ただ意味が生じている。 それをどう捉えるかっていうのは、私たちの認知次第。
だから、苦を滅するっていうのは、その執着っていうものを全部手放してね。 山の上でね、千人の世に生きようっていうことではなくて、
物事をその都度ね、変容する世界の中で、変容する物事、変容する私が、それをどういうふうに認識するかっていう、
その認識の尺度とか、視座、垂直平行360度全部においてね、どういうふうにその認識っていうのを変えていくか、その都度変えていくかっていうことなんじゃないかなって思うんですよね。
それが私の中ではギブネスの、今私にできる最も価値のあることを無料でやるっていうのは、それとイコールなんですよね。
だから、私ができる最も価値のあることはこれですっていうふうに固定されるものではなくて、同じ人、違う人だったら違う人に対してできることも違うし、同じ人に対してであっても、今この瞬間にできることとか、次の瞬間にできることっていうのは本当もずっと変容し続ける。
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それを感じながら、何がね、最もできる、最もね、価値のあることなのかなっていうことを、その認識を変えていくっていうこと。
それもギブっていう視点からじゃなくて、何かが起きた時とか、何かを受けた時、暴言を受けたとかね、何かもらったとか、あれる出来事が起きた時に、その自分の認識をどういうふうに変化させていくかっていうことが、今できる最も価値のあることも、全部そうなんですよ。
そうなんです。まあまあそうなんですよね。だからこそ世界っていうのは、どこまでも一人称単数なんですよっていうふうにマリオゲンさんもおっしゃるんですよね。主語を拡大しようとしない。
例えば、人類はこうあるべきだとかね、世界は、世界をこうするとかね。主語を拡大した途端にやっぱ苦しみが生まれる。だからどこまでも、私がどう感じたか、私にとってどういう意味があるか、それ故にどう行動するか、本当にそれだけ。
それが今回のテーマで言うと、身体値とか直感値みたいなところとつながってくる。だから私がどう感じたか、だからどう行動するか、それをもとに私たちはね、いろいろ感じて思って、それを行動したりしなかったりっていうふうにしながら、新たな関係性、意味の網の目を紡ぎ続けているわけなんですよね。
どこまで行っても私。なんだけれども、それと同時に、私っていうのは、海からね、海と波の例えね、翼流源さんも例えられるんですけど、海から生まれて波に帰る。波のように根源とあらや式、中古意識と一つながりなんですよね。あらゆる私は根源と一つながり。
波っていうのは、波だけで捉えられないというか、波っていうのは海の一部。切り取ることはできないですよね。でも波っていう個体は、個体として認識することができる。私たちがこうね、私は愛ですって。肉体を持ってて、人格を持ってて、肩書きを持ってて、でもその私の本当の姿っていうのは、全てと一つながりなんですよね。
まあ一方で、だがしかしが多いんですけど、まあ一方で、だからといって、じゃあ私が世界平和、世界平和を成すんだって言っても、今起きている戦争っていうのをね、イランとね、イスラエルが起きてます。
で、ロシアとね、ウクライナでも起きてます。いろんなことが起きてます。でも今起きている戦争を、私一人のね、祈りの力で止めるってことは、無理なんですよね。無理なんですよ。
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うーん、波、個人のね、力で、個人の力だけで、その海ね、荒屋敷のカルマっていうのは、浄化できないんですよね。一人の力、一人の祈りの力で止めることは、無理、無理です。世界ね、戦争やめろーって言ってね、私がね、全身全霊で言ったとしても、それは無理です。
なんだけれども、また駄菓子菓子なんですけど、なんだけれども、でも私個人が私のカルマっていうものを解消すれば、それはね、必ずその荒屋敷の海に帰っていくわけですよね。帰っていくわけです。だから、まあ、世界が平和であるようにっていうね、あの、そういう祈りと、その良き祈りに基づく行動っていうのは、無意味ではないんですよね。
だから、無理、戦争を止めることは無理なんだけど、戦争を止めるために、無意味ではないっていうことなんですよね。
分かりますかねー。分かりますかねーって、私も分かろうとね、ほんと日々感じてるとこなんですけど。はい、まあね、だから、まあ、私個人というね、波がね、消えても、波は消えても、海は消えない。
だからこそ、まあ、日々日々ね、この一人の人生、私の人生として、人繋がりの命として、まあ、海と繋がりながらも、波として生きるっていうね、この人生。まあ、だから、そう、そうなのよね。だから、まあ、体を持っているからこそ、その慈悲、良き行いっていうものを行えるわけですよね。
で、その慈悲の行いっていうものの根底にある、行動の根底にあるのが、良き祈りですよね。世界がよくあるように、私が、あなたが平和であるように、人繋がりの命が平和で幸せで、あの、あるようにと、いうことなんですよね。そのようにして生きる。まあ、そういうふうにしてね、海、その荒屋敷っていうのは、アップデートされ続けているんだよっていうお話だったんですよね。
えー、そう。まあ、その流れの中でね、そのりゅうげんさんがね、こう、スライド、りゅうげんさんのスライドの中でね、なんかすげーズキュンと来た一言があったんですけど、それがね、それが荒屋敷の願いだからっていうね、バーンって、ババーンって来たんですよ。
なんかね、本当にこの、なぜならそれが荒屋敷の願いだからって、もうこれを聞いたときになんか私すごい打ち抜かれたんですよ。もうズキュンという言葉がね。
ね、っていうのはもうズキュンですね。ズキュンと打ち抜かれましてですね、まあ荒屋敷、荒屋敷って言いますけど、まあ仏教では荒屋敷、まあ密教で言うとまあ大日如来だったり、キリスト教で言うとまあ神とか愛とかだったり、まあ心理学だったら集合意識とか、まあ量子力学だったらまあ量子場とかね、フィールドとか、まあまあ名前はいろいろありますけれども、名前は何でもいいと。
まあそんなね、名前つける前からね、宇宙が始まる前から我々と共にあるですね、そのサムシンググレート的なものですよね。
で、それって、そのサムシンググレートって、なんかもう私たちの足元にとかもうその深淵に、でもう宇宙の果て、天にね、そのどっか遠いどこかにあるサムシンググレートなんか私たちは見守ってるっぽいみたいな。
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で、細胞のね、その私たちの原子量子の隅々に、もうそれがあるみたい、どうやら私たちはそれでできてるみたいな、なんか絶対的に根源的にもう圧倒的にタダタダクその君臨しているようにね、思えるそれ、そのサムシンググレートですね、それがですね、なんか願いを抱いているんだっていう、なんかそのことに改めてなんかすごいズキュンときたんですよね、荒屋敷の願いだから。
荒屋敷が願いを抱いてるんだ。そもそもまあね、荒屋敷が願いを抱いてなかったら、サムシンググレートが願いを抱いてなかったら、もうこの世はね、このうちはそもそも生じてないと思うんですよね。
まあその話はまた別、また長くなるから。そう、願いを抱いてるんだ荒屋敷って思ったんですよね。それをね、思った時に、なんでなのって、なんでそのそれは、なんでこんなにもそれはね、私たちを見つめ続けているのか、もう宇宙が始まって以来ね、今この瞬間もね、なんでこんなにも見つめ続けているのか。
なんでこんなにもね、私たちを愛しているのかっていうね、めちゃくちゃ愛されてるんですよね。これだけ見つめられてて、これだけ愛されてるっていうのは、私たちのその変容のすべてをこう見つめ続けて観察されてるっていうか、観察じゃないな、見つめ続けている。
で、まあ人間ってね、私自身もそうです。私自身も含めた人間って、本当にね、もう残虐、極まりない愚かなね、行動もするし、神なのか仏なのかっていう、まあそういう崇高なね、愛もね、表したりもするし、
まあそのね、全部全部を荒屋敷の海はね、もう溶かしてくれるっていうね、受け入れてくれるっていう、本当にもう本当に全部が私たちに任されている。私たちに任せてくれちゃってるんですよね。
なんかだからその、愛って、愛って何かって言ったら、その完全なる自由を与えることなんじゃないかっていう、私の最近の仮説があるんですけど、まあ本当に完全なる自由をね、私たちは与えられているわけですよね。
自分を殺すのも、人を殺すのも、あらゆる残虐な行為をするのも、原子爆弾のね、核爆弾のスイッチを押すのも、それでもそれを止めるのも、仏を目指すのも、全部私たちの自由、完全なる自由。
そしてその自由がゆえのね、苦しみ。何が正解なのか、何がね、変わらない世界に対してね、変えていくことのね、その苦しみというか、まあ完全なる自由がゆえの苦しみ。
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でも、それでもその根源、そのサムシンググレートにね、触れた時のその喜びっていうのがね、なんかもうこれがもうたまらんなーっていう、なんか、なんかとか言って、わかるかな、わかってくれるかな、なんか同じこと感じてる方いらっしゃらないですかね、本当に。
感じてくださっている方がいたら、本当に今すぐね、握手してハグしたいですけど、そうなんですよね。まあ、だからね、だからこそその苦しいけど、後戻りできないんだけど、その道をね、歩んでいく。私なんかほんとね、ヘッポコ、ヘッポコなんですけど、道を歩まざるを得ないっていうね。
仏教でね、仏の心に目覚めてね、仏の道を進むっていう、その最初の一歩っていうかね、気づきっていうのが、発信、発する心と言いますけど、発信しちゃったらですね、なんかもうね、今までの世界、価値観っていうのを手放す、手放さざるを得ないし、もう全部世界がひっくり返っちゃう。
まあどこまでもね、その道を行くならば、自分、全部自分だから、自分と向き合わざるを得ないんですよね。誰のせいにもできない。まあそれはね、あの苦しみだというふうにも言えるんですけれども、まあそれ以上に自分がね、自分自身がその根源、真善美、なるもの、神なるもの、愛なるものに近づいていくっていう喜びには本当に変えられないなっていうふうに思うんですよね。
まあロトの勇者になり得るのかっていうね。はい、ドラクエですよね。本当に、はい、何を言ってるんだっていう話かもしれないんですけど、まあまあね、まあそういうふうにですね、あのこうやって仏とかね、あらやしきとかなんかサムシングブレイトなんていうと、なんかね、こう難しい仏教論理の話しやがってとかね、遥か彼方のね、宇宙のね、話しやがってとかそんなことね、
なんかブツブツね、うちまちま勉強してて何になるっていう方もいらっしゃるかもしれないんですけど、まあそういう、そんなことをね、思う方は多分これ、ここまで聞いてないと思うんですけど、でもなんかそのね、でもね、最強のライフハックだと思ってます。最強のライフハック、ライフハックっていうかさ、世界平和の一歩だと思うし、幸せになるための道だと思うし、私はこれしかないというふうに思っているし、面白いと思っている。
だけど、まあもといですね、もといですね、まあそういうね、難しい教理とかね、遥か彼方の宇宙とかね、まあなんかそのアマゾンのね、森のね、奥深くのシャーマンの儀式とか、なんかそういうサムシングブレイトとか、なんかそういう神とか仏とかいうと、なんかこう手の届かない遠いなんかこうところにいる憧れみたいなね、なんかそんなふうに思っちゃいがちなんですけども、まあ決してそうではなくてですね、もちろんアマゾンのね、奥深くにもある、もちろんそこにもあるんだけど、
まずは私の中にあるっていう、私の心身魂の中にある。でまあそれはね、物理的にこの私というね、その量子をね、震わせてフィールドとしてね、共鳴しているものだし、ものでもあるし、まあ同時に、まあ全部の日常ですよね、ほんと些細なね。
21:17
日常私は子育てでね、ギャースカ行ったりとか、ピーちゃんのね、セバステ、はい、鳥小屋のね、お水買えたりとか、なんかそういう本当にね、しょうもないような、些細なね、ように見えるような日々の営みの中でにも溢れている。
溢れている。本当にあらゆる命と物事の中にもう永遠無限に溢れている。もう溢れ返っているっていうね。なんかもうそのことに気づいた瞬間に、そして荒屋敷はそれをね、それはもうそのすべてその生まれてた、この世に生まれてたすべてはもう荒屋敷の願いそのものなんだっていうね。そして願い続けてるんだって。
いうことをね、なんか今日気づいた瞬間に、もう何なの?って思ったんですよ。それは何なの?って。何でこんなに見てんの?私たちを。何でこんなに愛してるの?私たちをっていうね。
そしてまあ私たちの方も、なぜこんなにもうもうそれをね、愛さずにいられないのかと。その根源にね、帰りたいと。その根源を求めずにいられないのかっていう。そのね、怖いっていう、なぜっていうか、なんでかって理由はもう知ってるっていうか。
なぜっていう形にすることで、もうこのね、なんかね、こうあふる、あふるる何かをね、表現したいっていう、ただそれだけなんですけど。ちょっと謎の回になってきた。謎の回になってきたんですけど。
とにかくね、まあそれが荒屋敷の願いだからっていうね、まあその言葉を聞いた途端にですね、本当にもうこんなにも我々はね、愛し合ってんだって。まあ我々はっていうのは、私とあなたですし、すべての命ですし、まあ私たちと荒屋敷サムセングレートだし、もう全部、全部なんですよね。
まあ愛し合ってるとかいうと、まあ陳腐でね、陳腐なんだけども、まあそういうね、そんな思いとね、身体感覚っていうか真実っていう、私の中での真実がすっげー降りてきて、なんかね、泣きそうになりました。
はい、今回のホロスも。なんか最近のホロスちょっと泣けちゃうんですよね。謎に泣けちゃう。でもそれはなんかこう、真実に触れた時の喜びの涙なんですよね。
はい、というわけで、めっちゃ長尺になっちゃった。すいません。ありがとうございます。ここまでもしも、もしも万が一聞いてくださっている方がいらっしゃいましたら、はい、愛してます。
はい、ありがとうございます。なんだけど、まあこれ、今回ね、ギブネスの話してないやんって思うかもしれないんですけど、まあ私にとってはこれも本当にギブネスど真ん中なんですよね。
はい、まあ最近ね、あの、すぐるさんが毎朝のね、革命時シリーズでね、お話ししていたことでぐっと来たのが、まあ婚輪剤、後ろ、後ろ、ごめん、もう一回言い直す。婚輪剤、後ろめたいことを一切やめると。
それだけで今自分ができる最も価値のあることをやっているということになるんだよっていうようなね、お話をしてましてですね、婚輪剤っていうのがめっちゃロックやなって思うんですけど、
24:06
後ろめたいことを一切やめる。これってめっちゃシンプルなようで難しくて、でもシンプルみたいな、まあその永遠ループなんですけど、まさに本当それしかないなっていうね、後ろめたいことをやめて、今できる最も価値のあることをやり続ける。
まあそれがね、悪いカルマを浄化して良い因果を紡いでいくっていうことだし、個人としてのカルマの浄化、良い因果を紡ぐっていうことが荒屋敷の中に溶けていって、その荒屋敷の中からまた個人の意識にね、上がってきた、その響きがまた新しい因果を紡ぐっていうね、もう本当その永遠無限のね、響きの一部なんですよね、私たちっていうのはね。
そんな私たちじゃあ、今日私どう生きるっていうことなんですよね。
ねえが長い。
はい、というわけで、まあそんなわけでね、私は、私個人としてはギブネスという生き方を選びまして、それに対して一切後悔はない、ないでございます。
でもまあまだまだね、後ろめたいことっていうのは、本当心の中にね、まだまだ隠れてるなーっていう気はするし、まあ精進中ではあります。
はい、というわけで皆さんはどう感じましたでしょうか?どう生きましたでしょうか?どう生きましたっていうか、どう生きますでしょうか?今日ね、この日を。
はい、というわけでめちゃくちゃ一番多分長いエピソードになっちゃったかもしれないんですけど、まあちょっとね、ほかほかのホロスの感動を伝えたいということで、ちょっと伝わったのがちょっと不安ではありますけれども、この辺でおしまいにしたいと思います。
聞いてくださってありがとうございます。
まあぜひね、フォロー、コメント、応援お願いいたします。
あと質問あったらめっちゃ嬉しいんですけどね、はいお待ちしております。
めっちゃ励みになります。
そしてまあ私にね、できる最も価値のあることっていうのを知りたい方は、ぜひプロフィール欄のリンクから遊びに来てください。
はい、というわけで今日も引き続き素敵な一日をお過ごしください。
バイバイ。
26:16

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