誕生日アピールの背景
こんばんは、エンヤです。先日ね、歯医者に行ってきました。
僕は3ヶ月に一度定期検診を受けに行ってクリーニングをしてもらってるんですけど、
去年の年末ぐらいから体調面があまり良くなくて、行けなかったんですけど、
この間ね、半年ぶりに行ってきました。
3ヶ月が半年になると、やっぱりね、歯の状態もその分ね、悪くなってるわけで、気をつけるようにと。
歯科衛生士さんからちょっとお叱りを受けまして、今後はちゃんとフロスをしようかなと思ってます。
皆さんフロスって知ってますか?
歳を重ねるとね、やっぱり歯茎が下がってくるんですよ。
歯と歯の間に隙間ができて、詰まりやすくなったりとかね、よくするんですけどね、
それをフロスをしないと、そのまま残ったまま、ずっと放置するっていうことになってしまうので、あまり良くないんですよね。
とはいえ、フロスをするっていうのがすごくめんどくさくって、
毎日、もしくは2日に1回ぐらいはしてくださいと言われてるんですが、
それでもね、なかなかフロスに手が伸びないんですよ。
なんかね、歯と歯の間に自分で何か物を入れるっていうのがすごく気持ち悪くて、なかなかできないんですよね。
なのでまあ、週に2回ぐらいかな。
2回ぐらいを目標に、ちょっと頑張ってやっていきたいなと思っております。
一人きりの夜
ふとこぼれたため息も
どこかの誰かの胸をそっと撫でるかもしれない
悲しみも喜びも夜に溶けてく
すべて今の僕を描いているんだ
ひとりごとを誰かのもとへ
言葉にすれば少し軽くなる
この夜が明ける頃には優しい風が吹いてるよ
はい、第89回目の配信です。
この番組は、普段は言えない愚痴や悩みなど日常あったことを話していく番組です。
仕事や家事の隙間時間、中心前などに気軽に聞き流していただけたら嬉しいです。
よろしければ最後までお付き合いください。
今回は、SNSで見かける誕生日アピールについて話をしていきたいなと思います。
皆さん、SNSで今日は誕生日ですとか、みんなに祝ってもらいましたっていう写真とともに投稿されているものって見たことありますか?
ありますよね?
もちろんね、誕生日はおめでたいですし、祝われるっていうのは本当に嬉しいことだと思っています。
でもね、僕はちょっと疑問に思うことがあるんですよ。
すでに祝ってもらっているのに、それをSNSに投稿するってどういう気持ちなんだろうっていうことなんですよね。
こういう投稿を見て、素直におめでとうって言えないね、自分もいて。
今日はね、このモヤモヤについて話していければなと思っています。
ちょっと半巻を買うかもしれませんが。
そもそも、誕生日を祝う文化っていつから始まったのかっていうことを調べてみました。
実はその誕生日を祝う風習というのは、古代エジプトやギリシャに遡ると言われています。
エジプトでは王族の誕生日が特別され、神格化されるきっかけにもなっていました。
また、古代ローマでは裕福な人々が誕生日を祝う習慣があり、
特に皇帝や皇旗な人々の誕生日は公に祝われることが多かったそうです。
やがてキリスト教の影響で人間の誕生日よりも聖人の命日を祝うという流れが強まりましたが、
近代になると一般の人々も誕生日を祝うようになり、現在のような形に定着したそうです。
そして、誕生日ケーキにロウソクを立てる風習はドイツのキンダーフェストというものが由来とされています。
子供の誕生日にケーキを用意してロウソクを吹き消すことで願いを込めるっていうあれですね。
詳しくはGoogle先生に聞いてみてください。
それで現代ではSNSの発達もあって、誕生日の祝い方がさらに変わってきました。
投稿する側の気持ち
昔は家族や友人の間だけでお祝いされてましたけど、
今はSNSがあることで誕生日を周知するのが簡単になり、それを見た人が気軽におめでとうって声をかけられるようになったんですよね。
こんな風にね、誕生日を祝う文化っていうのは時代や国によって形を変えながら受け継がれてきたんですよね。
というね、誕生日を祝う期限がわかったところで、SNSで誕生日をアピールする人の気持ちを考えてみました。
一つ目は、純粋に嬉しくて共有したいっていう気持ち。
楽しいことはみんなにシェアしたいっていうタイプの人なのかなと思いますね。
日記感覚で書いている場合もあるかもしれません。
二つ目は、承認欲求とか自己顕著欲を満たしたいっていう気持ち。
たくさんの人に祝ってもらえる自分を見せたいっていう気持ちですね。
これは悪いことではないんですけど、見る側がどう感じるかはちょっとね、また別の話になりますね。
三つ目は、交流のきっかけを作りたいっていう気持ち。
これは誕生日をきっかけにSNS上でも会話をできることが楽しいっていうね、考えがあるのかなって思います。
あまり交流っていう交流は僕は見かけたことはないんですけど。
四つ目は、無意識のマウントですね。
私はこんなに人に祝われてますっていうのをね、無意識に見せてしまっているっていうパターンですね。
五つ目は、単なる習慣ですね。
毎年恒例で投稿している人もいますよね。
そこに深い意味はなくて、生活の一部になっているっていう可能性もありえます。
こう考えると、人によって理由は様々あるのかなって思いますよね。
ただ、僕がモヤモヤするのは、その投稿を見た人の気持ちってどうなんだろうってことなんですよ。
受け取る側の視点
例えばね、SNSで誕生日だって知ったけど、僕はその人の誕生日を祝う場所に呼ばれるような関係性ではない。
とすると、この人にとって僕はそこまでの関係じゃないんだなって思ったりとか、
この投稿を見た以上、祝った方がいいのかなとか、
でも、わざわざコメントするのも変だよなとかね、みたいな気持ちになってしまってね、悩んでしまったりするんですけど、
結局は、おめでとうってコメントすることが多いかなと思います。
ね、なんか気を使うみたいな感じになっちゃうんですよね。
なので、僕はその、自分が誕生日だとか、誕生日を祝ってもらいましたとか、
っていうのを投稿し、あえてしないというか、したくないというか、見せたくないというか、
自分がね、その見た時に、なんか悩んだりとか、ちょっとなんかもやっとするんで、やらないようにはしてるんですけど、
他にね、誕生日じゃなくても、なんかもしかしたらそういうふうにやってしまってることもあるかもしれないんですけどね。
まあ、もちろんね、その、誕生日はもう自由に祝っていいものですし、SNSに投稿するのも自由ですよね。
でもまあ、それを見た側の気持ちでね、もうほんと何回も言いますけど、ね、考えると、まあどうなんだろうっていうね、ことなんですよね。
じゃあ、まあこういう投稿を見た時に、その見た人たち、僕たちは、どう受け止めればいいのかっていうことなんですよね、結局は。
なんで、一つ目は、まあこの人はこういうタイプなんだなっていうふうに割り切るっていうことなんですよね。
深く考えすぎずに、ああ、この人はSNSをこういうふうに使う人なんだなっていうふうにね、捉えることがいいのかなって思います。
で、二つ目は、おめでとうを言うかどうかは自由にしていいってことですよね。
別にコメントをしなくてもいいし、義務感を感じる必要もなくって、まあお祝いの言葉をかけてあげたいなって思った時だけ、まあコメントすればいいみたいなね、うん。
そんな気楽な感じでいたらいいのかなと思います。
で、三つ目は、SNSを他人の幸せを眺めればと割り切るみたいなね、ことですね。ちょっと極端ですけど。
SNSってね、基本的にみんなその自分に起こったいいことを発信するっていうことが多いですよね。
そこにこうもやもやするよりも、みんな楽しそうで何よりだなってね、そのぐらいのスタンスでいると気楽でいられるのかなと思います。
というわけで、今回はSNSの誕生日アピールについて話してみました。
投稿する側と受け取り側の捉え方を考えてみましたけど、結局のところSNSの使い方は人それぞれであって、
でも見る側の気持ちも考えると、こういう投稿にはちょっともやもやすることもありますよね。
でもね、やっぱり投稿する人のことは変えられないから、やっぱりその受け手側がどう捉えるかっていうのを変えた方が簡単なのかなって思うんですよね。
まあ楽になるのかなというか、嫌な思いをせなくて済むのかなとかね、そういうことなんですけどね。
なので、そんなに深く考えずにおめでとうとかよかったねとかね、そういうふうに思える懐の深さを身につけていければいいなとは思うんですけど、
まあなかなか難しいですけどね、それもね。
今回はそういう話してみましたけれども、皆さんはどう思いますか?
ぜひ感想をコメントいただけると嬉しいです。
というところで、今回はこの辺で終わりたいと思います。
最後までお聞きいただきましてありがとうございました。
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