トレランの魅力とゲスト紹介
毎度、シンバです。この放送は、シャモニーに憧れる野良トレランナーのシンバが、トレランのおもろさについて喋ってくる番組です。
放送を聞いて、トレランおもろいやんけって思えるような番組を目指しておりまして、
今日は収録1月22日、木曜日の土曜なんですけど、かなり全国的に寒波が来てますよね。
かなり寒い時期に来てますけれども、冬型の気圧配置で、どかどか雪降って山行けへんみたいな人もおるかもしれませんが、
僕は寒さとは山逆な感じで、今日は非常に興奮して熱い感じでございます。
というのもですね、今までゲストでお呼びしたことがないようなタイプの方を今回お招きするということで、
緊張の湧き汗的なもん、結構出てきるような感じで、普通の興奮とは違う興奮といいますか、緊張の興奮といいますか、が今の僕の中で走ってございます。
というのもですね、
著書もいきなり話していいですか?
どうぞ、始めてください。
本を出版されていて、タイトルが「ランニングの処方箋 医者の僕が走る理由」ということで、
本としてもかなりいろんな知識があったりするし、何よりも、
その著書の先生がレースで戦うというような感じの、結構僕が知りたいというようなことをずばずば書いてくれて、
すごく楽しい、読んでて楽しいですね、本を出されてて。
ということで、実はやっぱりご本人もすごく速いトレイルランナーであられる方が今回来てくれたんですよね。
本当にこんなチャランプランナー番組に来ていただいて、本当にいいのかどうかわかりませんけれども、早速ですけれども読んでみたいと思います。
大月文吾先生です。どうぞ。
大月文吾先生の経歴
よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします、大月先生。どうもありがとうございます、こんなところに来ていただきまして。
いえいえ、この間会ったばっかりなのに、いきなり呼んでもらって本当にありがとうございます。
そうなんですよ、思い立てが吉日タイプな人間なんで、とりあえず是非来てほしいなと思ったらすぐにお声掛けいただいて、
しかもすごく心よくというか、じゃあもうこの日行けるよみたいな感じで。
まだでも最後に会って、初めて会って5日ぐらいしか経ってないんですよ。
5日経ってないんじゃないですか。あ、そうっすね。日曜日ですから。月間水曜日。4日。
4日ですね。
4日ですね。4日でもゲストに来ていただけるということで非常にありがたいなという話と、非常に緊張させていただいてるんで。
いえいえ。
今日は神々の神話というか、日誌を楽しんでいただけるように頑張っていきたいと思います。
今日はどうぞよろしくお願いいたします。
お願いします。
大月先生は先ほど言ったランニングの処方箋の本を筆筆されてますけれども、本職は今からご紹介させていただいてもよろしいですか。
どうぞ。
簡単に言うと京都大学のお医者さんもされていらっしゃいまして、専攻は医学研究科の医学専攻感覚運動系外科学講座生計外科学の準教授でいらっしゃいます。
合ってますかね。
合ってますね。
何のことかわからないですね。
すごく面白いのですが、ようやくいただいて大月先生一体普段どんなことをされていらっしゃるのか教えていただけませんか。
基本的に背骨の治療をしているというのが普段からやっているところなんですけど、背骨の治療というと首とか腰とかそういうところですね。
一般的にみんなが多いのは急に腰痛などとかツイカマヘルニアとかそういうのを見ますし、結構よくやっているのはおじいちゃんとおばあちゃんだったらたまにすごい腰曲がってものすごい曲がって歩いている人とかいると思うんですけど、
はい、いらっしゃいますね。
あれを元通りにすぐっていう。
でもあんな脳サイドとか。
めっちゃ曲がってる年をもう本当に20歳ぐらい若返るぐらいの形に戻すっていう手術が好きでよくやってます。
なるほど。すごいな。本当にできるんですかでもそういう。よく脳サイドとかされてる方とかで。
そうなんですよね。めっちゃ大変で。だいたい8時間ぐらいはかかるんですけど。
8時間も。
8時間ですけどでもまあもう100キロのレース走るのよりはだいぶ楽です。
なるほど。100キロレースやったらね。100キロのウルトラやったら私もトレイルとかやったらもう1日ぐらいかかるところ。
そうそう。もうそんなに比べたらもうね。
いやーでも手術で8時間もされてらっしゃるっていうことで。
8時間食べないんですよ。食べないし飲まない。
飲まないんですか。
飲めないんで。
そうか。
だからめっちゃトレイルの練習になるんですよ。
もう脂肪燃焼ですよね。脳給。
脂肪燃焼系の体にフィットさせるにも非常におしいことが役に立っていると。
そうですね。
まさかそういう感じですか。
あとは背骨の腫瘍ですね。あんまりないと思うんですけど神経にできる腫瘍とか背骨自体にできる腫瘍を取って治すみたいな。そういうのもやってます。
骨髄腫とかそういうようなイメージですかね。
骨髄腫とかは骨にできるんですけど、それは全身の骨にできちゃうんで、科学療法っていうので治すんですけど、本当にもっとみんなが全然見たことがないようなマイナーな腫瘍がいっぱいあって。
それはコツ。
なるほど。じゃあがん以外の腫瘍もあるんですか。
がんももちろん見ますけど、がんの100分の1ぐらいしかないんですよ。
それができたら骨元1個全部取ってしまうとか。
なるほど。
そんな。
なるほど。
そういうのも結構大好きで、それも8時間ぐらいかかるんですけど。
すごいですね。
じゃあ基本的には臨床の月間愛用されてらっしゃるようなイメージですか。
そうですね。全く臨床ですね。
そうですか。
なるほど。
もちろん大学にいるから研究もするんですけど、でもほとんどの時間はそういう手術してますね。
そうですか。
なるほど。ちょっとあれですけれども、かなり脊椎の手術をされるっていうのは、日本全国的にもひょっとするととても珍しいんじゃないかなって思うんですけど、どうなんでしょう。
ランニングを始めたきっかけ
そんなことはないんですけど。
そうですか。
例えば脊椎の専門医っていうかね、そういう登録が各都道府県にあるんですけど、京都とかだったら多分3、40人ぐらいはいると思うんですけど、
例えば福井県とか島根県とか行くと5人とか6人とかしかいないんですよ。
そうですか。
そんな感じです。
なるほど。
ただ、そういう大きい手術はやっぱりあんまりしないっていう人がほとんどだとは思うんですけど。
なるほど。
その中では結構難易度が高くて大掛かりな手術もこなされるというか。
それがスキっていうか。
スキ。さっきから言うとスキっていうのがなかなかインパクトがありますね。
なるほど。
スキっていうと人の体でお手遊んでるみたいな風に聞こえるかもしれないんですけど、
例えば背骨曲がった人を治すっていうのは盆栽みたいな感じでね。
美容整形に若干近いですけど、例えば綺麗な顔を作ってあげたら自分も嬉しいじゃないですか。
こんなブサイクやった人がこんな綺麗になったら。
同じですっごい曲がって生活に困ってるから手術するんですけど、
めちゃくちゃ綺麗になったら自分の作品みたいでめっちゃ嬉しい。
なるほどね。
上手く作る。
作品を作り上げてるみたいな感じですか。
そうですか。
それを聞いてると、もちろん人の体とは異例ですね。
美的センスじゃないですけれども、そういうところを考えているような感じもして、
面白そうって言ったらあれやな。
人の体ですからなんとも言えないですけど、やりがいがありそうやなと思いましたね。
そうですね。面白いですよ。
なるほど。
手術で8時間とかをかけるような大変なお仕事をされている日常ですけれども、
そうするとやっぱり走ったりとか自分の時間を持つとすごく難しいのかなと思うんですけどね。
そうですね。
一旦両立の話の前に大月先生が走り始めたきっかけと言いますかね。
運動を特に始めて、ランニングっていうところをスタークさんからきっかけが聞きたいなと思ったんですけど。
大学サッカーしてたんですよ。
そうなんですね。
サッカーってそれなりに走るじゃないですか。
走りますね。
でも長く走る練習はもう大嫌いで、そんなに遅くはなかったけど、
そういう距離ですね。そんなに早くもなかったんですよ。
クラブをやっている中で前から3分の1ぐらいかなっていうぐらいですね。
そうなんですね。
社会人になって、一応サッカーは好きだったんで、
社会人リーグとかの本当に一番弱いチームとかで、
たまに月1回とか2ヶ月に1回とか試合ちょっと出るぐらいやってたんですけど。
なるほど。
お金払ってリーグ制とかに入って、
そうそう。
3分、2分、1分みたいなやつですね。
そうそう、そんな感じですね。
それでずっとダラダラとサッカーをしてて、
30歳の、多分30歳ぐらいで、兄弟の大学院に入ったんですよ。
医者ってちょっと変わってて、大学出て医者になって、
4年とか6年とか普通にお医者さんやって、
その後行く人は大学に行くんですよ。
最初に実地じゃないですけど、研修というあれじゃないですけど、
研修もありますけど、今は2年間研修して、
次専門の科に行ってみたいな感じなんですけど、
それを終わって、一般の普通の工学部とかは、
大学院で修士行って、
そうですね。
その後すぐ博士課程行って、
それ終わって仕事行ったり、研究者になったりとかってことになると思うんですけど、
医者さんの場合はもちろんそういうこともできるんですけど、
基本的にはしばらく何年か臨床やって、
それから大学院に行くんですね。
その話はちょっと置いといて、30歳に大学院になった時に、
3年生ぐらいですね。
2歳か3歳か忘れましたけど、
上の先輩が、昔京都シティハーフマラソンってやったんですよ。
ちょうどハーフマラソン?
ちょうどハーフマラソン、京都マラソンの前進みたいな。
全然覚えてないけど、
それなりに多分大学の早い人がいっぱい出てくる、
結構レベルの高い大会やったと思うんですけど、
それになんか出ようよって言われてね。
突然。
突然出ようよって言われて。
いきなり言われたんですね。
いいですよって言って、
サッカーもそんなしてなかったけど、
スポーツできると思ってたんで。
なるほどね。
そんなハーフマラソンぐらいきっと走れるやろうと思って、
いいですよとか言って。
それが初めて、ランニングをする前にレースをやった感じですね。
なるほどね。
運動せずにいきなり。
そうですね。1回も練習してなくて。
1回も練習してなかったんですか。
前の日にシューズいるって言われて、
シューズ買いに行ったんですよ。
前の日に。
前の日に京都のラビットさん。
ラビット。
結構有名なところに行ったんですけど、
何かって言うか全然わからないじゃないですか。
そうですよね。
すごいかっこいい、めっちゃ明るい、
めっちゃ薄底のね。
ほんま超エキスパートが履くような靴がかっこよくてね。
なるほど。
それ買ったんですよ。
そしたらめっちゃ軽い、130gとかじゃないですか。
そうですね。
それをとりあえず家帰って、それ履いて、
家の周りぐるって1キロ弱ですかね、走ったら、
もうなんか羽が生えたみたいに早く走れたんですよ。
シューズが軽いから。
シューズが軽いから、はいはい。
言うてもたぶん1キロ5分とかだと思うんですけど。
いえいえ。
これはすごいなと思って、それを履いて、
次の日レースに出たんですよね。
なるほど。
じゃあ結構意気揚々と。
意気揚々と。
そしたら、予定通り大変な目に遭ったんですよ。
そうでしょう。
でもね、割と快適だったんですけどね。
7キロくらいか、あれなんかおかしい。
体がおかしいなってなってきて。
もう8キロくらいから、覚えてるのは、
初めてのランニング体験
外人の小さい女の子、外国人の中学生か高校生くらいの女の子と、
お父さんとお母さんが断章しながら、
僕の後ろからスーッて抜いていったんですよ。
なんじゃこいつらめっちゃ速いなと思って。
で、もう半分過ぎた。
たぶん折り返し地点が宝川池の。
なるほど。
意気揚々の折り返しと同じようなところでしたね。
なるほどね。
折り返して、足もめっちゃ痛いし動かへんし、
折り返しのまま必死で走って。
たぶん、ちょうど神社の今のゴールと一緒ですね。
平安神宮の。
平安神宮のところがゴールだと思うんですけど、
ゴールした瞬間に足の痛みで一歩も歩けない。
本当に歩けないんですよね。
なるほど。
でも奥さんにね、全く練習せずに出るから、
乾燥したら好きなもん何でも買ってあげるわとか言われて。
そんなバカにしてていい?みたいな言われて。
それもあったから絶対乾燥はせなあかん。
なるほどね。
必死で頑張ったんですけど。
だいぶしんどかったですね。
それは確かにね。
たぶんターサーだったりマジックスピードだったりそういう。
内気のね。
内気ですか?
何のことかちょっと覚えてないですけど。
全然大丈夫ですけど。
そうですか。
意外にタイムはまあまあ良かったよ。
ほうほう。
1時間48分かな。
早いじゃないですか。
結構早い。
まあまあ何もしてない割には早くて。
おー。
というのが初めてですね。
なるほどね。
じゃあ別に走るの好きとかそういうわけじゃなく。
全くないですね。
なるほどね。出ようぜっていう一言で始まった大月さんの。
それで全く走らなくなって。
1年経ちました。
1年経ちました。
その先輩がもう1回出ようぜって。
同じ先輩が。
今回は辛かったからちょっと練習しないといけないと思って。
週に1、2回家の周りを3キロから5キロぐらい走るようになって。
それを多分6、7回したんですかね。
最後は多分7キロぐらい走って。
俺すごいなと思ってたんですよ。
7キロ走るって。
7キロ走ったこと。
今でこそ7キロってなんちゅうことないですけど。
なんちゅうことないですけど。
走らない人にとったら7キロってもうなんじゃそれみたいな距離じゃないですか。
確かに5キロ以上。
そんなね。
それで走ったらやっぱりだいぶ楽に走れて。
1時間39分やったんかな。
もう40分切ったんですか2回目で。
そうですね。
39分か38分か忘れましたけど。
全然別に速くはないけど。
俺結構速いやんと思ってたんですよ。
なるほど。
結構いけるんちゃうのと思ってたんですよ。
いけてるそこだよなと思ってたんですよ。
でも別にそれで何もせずに。
なるほど。
それで。
もうそれでまた終わって。
次の年に大学院終わって。
マラソンへの挑戦
岸原市民病院ってとこに1年間行ってたんですよ。
大阪の。
大阪の。
そこの近くで和歌山で。
和歌浦ベイマラソンウィズジャズっていう。
今のジャズマラソンの前身みたいなやつですかね。
同じやつだと思うんですけど。
なるほど。
ハーフマラソンがあって。
病院のみんなが出るっていうから。
じゃあ僕も出るっていう話になって。
僕も早くなったつもりやったから。
で、またちょっとだけほんまにまた家の周り5キロとか何回か走って。
めっちゃ早くなった気持ちになってて。
でね、当日めっちゃなんかだから調子良くて。
すごいもう戦闘グループみたいなとこに。
戦闘グループじゃないけど最初の3キロぐらいほんまに戦闘グループの近くにいたんですよ。
めっちゃ快調やーとか思ってたら。
ほんま5キロもせんうちにそんなスピード保てんくなって。
そうですよね。
で、もう8キロぐらいから全部歩きですね。
なんと。
なんと。
1時間55分ぐらいかかりましたからね。
苦労しましたね。もうジャズ聞いてたって感じですね。
もうね、自分でも何が起こったかわからへん感じでね。
なんでこんな早く走れたのにこんなに遅くなったんやみたいなね。
なるほど。
むちゃくちゃでしたね。
でももうマラソンなんかおもろないわと思って。
で、1年後に神戸の中央市民病院っていうところに移ったんですよ。
そしたらそこにほんまに陸上ずっとやってた岩木浩一先生っていうね。
僕の本の中で愛先生って書いてある。
愛先生ね。
岩木浩一先生っていう先生がいてね。
で、先生ちょっと走るらしいねとか言われて。
僕また調子に乗って結構早いですよとか言って。
ハーフマラソン1時間38分とかでしたって言ったら、
なんかちょっと鼻で笑われたんですよ。
フンって感じで。
もう早いねみたいな。
で、じゃあちょっとなんか一緒に大会出ようよって言われて。
そしたら今度は足矢で足矢浜ファンランっていう。
足矢浜ファンランっていう。
10キロとハーフのレースがあって。
僕は10キロに申し込んで。
で、その先生はハーフに出てて。
で、なんかちょっと一緒に走ったりちょっと練習はしてたんですけど、
言うてもそんな大した練習は全然せずに当日出たんですよ。
桜並木の下を走るレース。
足矢ファンランですね。
10キロ。
最終的にタイムは43分45秒だったんですよ。
まあまあ頑張った。
いいペースですよね。
もう死ぬほどしんどかったんですよ。
もうほんまにしんどくって。
それで終わって岩木先生がゴールするのを待ってて、
ゴールしてきたんですけど、
岩木先生はハーフにも出てるにもかかわらず、
10キロの途中経過が僕より早かったんですよ。
なるほど。
こんなに2倍も早くしてんのに、僕より早いんかと思って。
なるほど。
全然楽しくないし、
今まで4回マラソンとか出てましたけど、
全く楽しくないんですよ。
なるほど。
誘われたから出てて、
でも死ぬほど辛いし、
多分死ぬほど頑張ったんやと思うんですけど、
死ぬほど辛くて、
二度と走るかと思って。
はい。
と思ったんですけど、
多分その2ヶ月後ぐらいに、
また10キロのレースもう一回出ようよって言われたんですよ、岩木先生に。
先生、ちょっと才能あるよとか言われて。
なるほど。
上手いこと乗せられて。
乗せられて。
僕は上野先生に言われたら断らないっていうのを心情にしてるんですよ。
そうなんですね。
怒りましたって言って。
ちょうどその時に神戸に病院に一緒に行った、
寛波先生っていうね、
島根の先生がいて、
寛波先生。
僕の10個ぐらい若いんですけど、
その先生もサッカー部で、
サッカー部だけど、結構多分昔は駅伝とかに借り出されるぐらい足が早かったんで、
結構仲良くって、
寛波先生とちょっと一緒に練習しようかって言って、
ちょっと仕事終わりに走るようになったんですよね。
ポートピアアイランドって信号もほとんどないし、
車もあまり通ってないし、走りやすいんですけど。
そうですね。
ちょこちょこ、でも言うても多分月に3、40キロぐらいですかね。
月3、40キロね。
1回5キロから8キロとか、せいぜい10キロいかないかな。
それ、週1、2回そんなもんですよね。
そんなもんですよね、最初はね。
でも、それでも走ってなかったから結構早くなって、
だから次の6月の10キロはどこに出たか名前忘れましたけど、
1分か2分かやったんですよ。
もうちょっと早くなった。
早いですね、はい。
でもやっぱり岩脇先生、僕よりちょっと早いですよ。
そうなんですね。
岩脇先生はもうちょっと上ですか?
岩脇先生は僕の5個ぐらい上ですかね。
なるほど。
結構、そんな良いホームじゃないような気もするんですけど、
早くて。
早くて、はい。
その時は一緒のレースやったから、前に行っちゃって見えなくなって。
多分2分ぐらい早く。
多分39分台やったとは思うんですけど。
キロ4。
あれ、こっちはちょっとこんな早くなったのに語れへんわと思って。
でもなんとなく40分切りたいなとか思ってたんですけど、
それで岩脇先生とちょっと40分ぐらいは切りたいよねとかいう話になって。
でも同じぐらいのほんまにたまにちょっと練習する感じで、
秋にまた兵庫のどっかであるレースに10キロのレース出たんですよね。
それ、サッカーで有名な滝川、滝里。
はいはい、滝川台。
兵庫県の滝川台にの子らがいっぱい出てて、
めっちゃ早いですよ。
早いでしょうね、高校生ってね。
はい。
それで、その時ね、40分本当なんか、
15秒とか20秒とかで切れへんかったんですよ。
ああ、そうやったんすか。
それは岩脇先生出てなくって、
40分はなんとなく切りたいなっていう気がして、
多分1年後の春ぐらいの中でちょっと切れたんだと思うんですけど、
でもそれが、
何かでちょっと切れたんだと思うんですけど、
でもそれよりも前に、
だから約、僕が神戸に行って1年ですね。
初めてじゃあフルマラソン出ようよって言われて、
ほうほうほう。
今まで。
10キロとか、それでハーフなんで。
ほぼ10キロでね。
笹山ABCマラソンに。
マラソンに。
申し込んだんすよ。
岩脇先生と、
寛波先生と、
もう1人ね、
井上大地先生っていう。
また後で出てくるかもしれないですけど、
井上大地先生。
大阪大学の教授してますけど、
井上大地君っていうのがいて、
彼もちょっと走ってて、
4人で行ったんすよ。
確かね。
間違ってたかもしれません。
天気めっちゃ悪くて、
雨だったんですか?
雨降ってて、
いやいや、初めてのマラソンだね。
もう案の定じゃないですけど、
キロ、
なんかもう本当に25キロぐらいからか、
30キロぐらいからか、
こんな辛いんだって思うぐらい、
辛くて辛くて、
この1キロごとに寛波あるじゃないですか。
ありますね。
地獄のような苦しみだなって思って。
こんな長かったっけっていうね。
これもうゴールしたら、
ほんまに涙出るんじゃないのかと思うぐらい、
辛くて。
あんまり出ませんでしたけど、
出なかったですね。
ほんましんどくて、
もう全員みんな僕より前に行っちゃってるんですよ。
ほんまですか、その3人とも。
寛波先生はハーフまでは一緒に行ったんですけど、
なんか僕調子がいいから先行きますねって言って、
しゃーって行っちゃったんですよ。
寛波先生、はい。
岩木先生はもう最初から前に行って、
さすが。
井上大地先生も前に行ってて、
僕、初マラソン、今から考えたら結構早くて、
3時間28分やったんですけど、
いきなりサブ3.5、早っ。
ランニング仲間との交流
もうでも一番仲間の中で一番遅いし、
そうですか。
僕の中ではなんかもう、
失意のどん底みたいな。
ちょっと他の人たちが早すぎるっていうのもあるんやけどな。
なんかね、悲しくて何やってんやろみたいな感じで。
なるほどね。
それで、ほんまに面白だかったんですよ、もう全然。
今のところも大月先生が乱にハマる要素一切ないんですけどね。
一切ないです。
今のところ辛いもんないばっかりなんですけど。
辛くて、多分結構頑張るタイプなんで、
必死でレースのときは死ぬほど辛いけど頑張ってたんですけど、
こんな辛い思いして何が楽しいんやっていう。
なるほど。
で、しばらく走らんかった。
そしたらまた福知山マラソンね。
福知山マラソンありますね。
っていうのが10月か11月に始まって、
あれでようよって言われて。
言われたら断らないって。
はい、分かりました。
そこでね、僕ほんまに岩木先生にも全然勝てへんし、
ここでもう一回ほんまに真剣に練習して、
ほんまに一生懸命練習して、
一生懸命練習して、
一生懸命練習して、
ここでもう一回ほんまに真剣に練習して、
岩木先生に勝たれへんかったら、
もうほんまに走るのやめようと思ってたんです。
結構覚悟持ったんですね。
それでね、これはもうちょっと本買わなあかんと思って、
初めて買ったランニングの本がね、何やと思いますか?
結構メジャーな本で。
メジャーな本ですか。
誰でしょうね、やっぱり久久ちゃんとか。
日本人じゃないんですよ。
日本人じゃないんか。
じゃあダニエルズですか。
リリアードって知ってます?
リリアードが、はいはいはい。
リリアードのランニングバイブル。
はいはい、超有名ですね。
あれ買ったんですよ。
ほんとですか。
一発目から当たっていきましたね。
そしたらね、週だって10キロぐらいしか走ってないでしょ。
はいはいはい。
1週間に160キロ走るようになりました。
またそうですね、確かに。
かなり極端な本を買っちゃいましたね。
まあ160キロ走るのが一番いいって書いてあったんですけど、
まあでもなんかその、とりあえず長い距離走らなあかんって。
はいはい。
そうかと思って、
まあとりあえず平日2、3回は10キロ走るようにして、
で必ず土日どっちかに30キロ走ることにしたんですよ。
いきなり。
いきなり。
今まで練習で10キロぐらいしか走ったことないのに、
必ず毎週30キロ走るようにしたんですよ。
それもリリアードが遅いペースはあかんって書いてたから、
4分台で走ってたんですよ。
早いっすね30キロ。
4分、まあでもすごい後半ですけど、
まあ5分弱ぐらい。
今から考えても早いですけど、
もうヘトヘトですけど、
そうですよね。
それをね、毎週やったんですよ。
すごいっすね、継続したんですね。
それをだから2ヶ月前ぐらいからやったんで、
8回やったわけですね。
30キロ走8回。
はい。
すごい。
これ多分普通の練習でもしないですね、今。
それで、
たまにその岩木先生と練習、
たまに一緒に走ることもあったんで、
そしたらなんかこう、
なんか妙にこう、
あれ結構もしかして速くなってるんちゃうかなっていう感じしたんですよ。
岩木先生しんどそうやのに、
こっちはあんましんどくないなって。
なるほどね。
その頃ね、
ジョグノートっていう人気あったんですよ。
ジョグノート。
覚えてます?今なくなっちゃいましたけど。
ありますよね。昔あって。
それいいぞって言われてつけてたんですけど、
ジョグノートって人に見られるじゃないですか。
そうですよね、はい。
30キロ走はもう秘密にしてたんですよ。
あー、隠してたのね。
隠してたのね。
あれ確か自分で登録する感じでしたもんね、確かね。
そうです。それ秘密です。
なるほど。
コソレンってやつですね。
コソレンですね、なるほど。
実際マラソンの当日来て、
はい。
なんかそんなに覚えてないですけど、
うん。
もうすごい速く走れて、
えー。
ちょっとちゃんとしたタイムは覚えてないですけど、
はい。
おおー。
意外に20分くらい縮まったんですよ。
そうですよね、はい。
18分かな、なんか忘れましたけど。
うんうんうんうん。
で、いわき先生は3時間15、6分やって、
おおー。ついに勝ったんですね、いわき先生に。
とうとう、とうとう勝ったんですよ。
おおー。
それは。
そしたら、
こんなに速くなるんかと。
うんうんうん。
面白くない?
単に練習したらこんなに速くなるのかと思って。
はいはい。
その時初めてサブスリーっていうのを知ったんですよ。
あーなるほど。
はいはいはい。
これサブスリーって結構かっこいいことらしいよって。
うんうんうんうん。
かっこいいことはしてみたいじゃないですか。
そりゃそうですよね、はい。
で、そこで初めてちょっとやる気が出たというか。
あーなるほど。
その前の30キロ前もやる気が出てたというか、
とりあえず人生の最後に一回練習してみようと思ったんですけど。
なるほど。
じゃあ、初めてランニングでポジティブな気持ちになったんですね。
そうそう、初めてだったんですよ。
なるほど。
でもなんかその頃から結構リリアードの頃からちゃんと心拍計買って。
あー。
そうそう、ガーミーも買いましたね。
そのタイミングでね、一応測るというかね。
ちゃんとデータつけて。
はいはいはい。
で、そのまま30キロ走継続したら、そのまま何ヶ月学校後の笹山ABCで2時間58分で。
おーサブスリー。
サブスリーになって。
すげー。
で、岩木先生今までサブスリーしたことなかったのに、突然僕の30キロ走練習を聞きつけて。
それだからこの間買ったときに飲み会で言うじゃないですか。
まあそうですね。
実はコソコソ練習。
はいはいはい。
したら同じように毎週30キロ走るようになったんですよ、岩木先生。
ライバルにも火をつけた。
そう、ライバルですね。
そしたら岩木先生、まあ陸上部やけどサブスリーしたことなかったんですよ。
なるほど。
そしたら35キロでね、35キロまで一緒に走ってたんですよ。
あ、そうだったんですね。
むっちゃスパートされて。
おーなんと。
まあ向こう2時間56分。
おー2分。
負けたんすよ。
負けたんですね。
はい。
岩木先生も黙っていられないタイプの先生ですね。
そうですね。もうランニングだけは負けたくないっていう感じで。
あーそうですか。
まあその後ずっとライバル関係だったんですけど。
ただまあ僕自身ちょっとサブスリーしたら若干目標はなくなって。
だってまあ世界記録ね、その頃でも2時間5分とか4分とかで。
はい、そうですよね。
ほぼ1.5倍かかってるわけじゃないですか。
そうですね。
なんぼ練習しても上には上がいて。
もうなんか目標なくなった岩木先生にも勝ったし。
あーなるほど。
だからまあしばらく別に。
その後ちょっと神戸マラソン初回の神戸マラソンとかでサブスリーでしたけど。
でもまあそんなにモチベーションなくて。
ちょっと健康のために走っとこうかぐらいの感じだったんですよね。
そうだったんですね。
これがまあ僕のとりあえずの走り始めたきっかけで。
まあそれぐらい走りだすとやっぱりまあちょっとそんな走ることが辛くはなくなって。
健康にもいいしちょっと走っとこうかっていう感じだったんですね。
なるほど。
トレイルランニングの魅力
で、その後にまた岩木先生に。
また岩木先生に。なんかのきっかけに出てきはりますね。
岩木先生に1年後にサバカイドウルトラマラソンっていうのがあるんやけど出てみひんって言われたんですよ。
岩木先生はもうすでに3回ぐらい出てたらしいんですよ。
あーそうなんだ。
で、もちろんね言われたらはいわかりました。
そうですね。
なんか調べたらなんか山何個か超えるとかってね。
あーそうですね。
最短距離でガーッとね結んでますから山超えますよね。
で、今度トレイルの本買ったんですよ。
それはね、株主さんの本でしたね。
あーなるほど。
ちょっと内容はあんまり覚えてないです。
はいはい。
そんななんかまあすごいことが書いてあったわけじゃなくて。
そうですね。
こういう何が必要とかね。
本、例えばザックとかウェアとか。
そうそうそうそう。
株主さんの話、株主さんっていうすごい人がいるんやなと思って。
なんか箱根、箱根出てたんかな。
箱根に出れずに。
出れなかったんかなって社会人になって。
もう1回やろうと思って始めたっていうね。
はいはい。
とりあえず神戸住んでたから、六皇山行こうと思ってね。
あーいいですね。
うんうん。
で、六皇山行ったら。
はい。
登りはまあね、なんかもう歩いてたんですけど。
うん。
下りめっちゃ楽しかったんですよ。
あーそうっすか。はいはいはい。
その頃サッカーもしてたし。
あーなるほどね。
僕スキー、モーグルとかが結構好きでスキーやってたんで。
あースキーもね。はーはーはー。なるほど。
これスキーのモーグルと全く一緒やなと思って。
うんうんうん。
もうなんかこう、とりあえず体下向けて駆け降りたらめっちゃ楽しいわと思って。
おーはいはいはい。
登りめっちゃおもろないけど。
登りはただただ。
リフトないんかなみたいなぐらいのところですけど。
はいはいはい。
下りめっちゃ楽しかったんですよ。
おーなるほど。
他の神戸にいた先生と一緒にサッカーしてた先生いて。
僕あまりにも楽しかったから。
その二人連れてね。
ローコースから一回ちょっと登って。
で、下り一緒にめっちゃ楽しいで言って行ったら。
その二人別にサッカーは普通にできるんですけど。
むっちゃ遅いんですよ。怖がって。
あーそうですか。
これもしかしたら下り、僕めっちゃ速いんじゃないかなとか思って。
はいはいはい。
とか思ってたりはしたんですけど。
なるほど。
でも下りが好きやっただけなんですよ。
はいはいはい。
で、とりあえずサバカイド出るときに
株主さんがザックがいるとかシューズがいるとか言ったんで。
はい。
とりあえずシューズはモントレールのファウンテンマゾヒスト2かなんかですね。
あー。
結構重い靴ですね。
結構しっかりめのシューズですね。
しっかりめのやつですね。
はいはいはい。
あーそうですか。
350グラムとかなんかぐらいのね。
ザックねよくわからんからモンベル行って
あそこですね。名前忘れました。
あの自転車とかで
メーカーでザクラしてとかあるんですけど。
ドイターとか。
キャメルバッグですね。
あーキャメルバッグはいはいはい。
キャメルバッグのバッグ買って。
昔なんか大きな今も使ってる人いますけど
ハイドレシステムついてて。
あーはい。
なんかそういうのいろいろ持っていくのがちょっといいんじゃないかと思って。
サバカイドウにそんな重装備で行ったんですか?
いらないんですよね。
あーそうです。
サバはいらないかな。
いらないんですよね。
確かに。
めっちゃエードあるし。
そうですね。
でもまあ正確かったし。
はい。
で、いわき先生。
で、その時は
いわき先生と
あと結構若いお医者さん2人と
僕で行ったんですよ。
またその若い子が
1人は陸上部で
1人は陸上部じゃなかったんですけど
あんまり話は出ることないんですけど
トレランの魅力
結構すごい才能があって
10キロ35分切るぐらい
めちゃくちゃ早いじゃないですか。
ランニングしたことないんですけど
練習して
すごい早くて
もう1人はほんと陸上部で
フルマラソン2時間
多分30分ぐらいで走るんですけど
早っ。
大月先生の知り合いのお医者さん全員早い感じがするな。
で、その2人と初めてサバガイド行ったんですよ。
なるほど。
78キロぐらいですかね。
76キロとかなんですかね。
そうですね。
もうやっぱり
多分途中で
4、50キロぐらいでもやっぱりだいぶしんどくなって
歩いたり走ったりで
なんとかゴールに
8時間半ぐらいでたどり着いて
それなりに早いと思うんですけど
いや、早いですよね。
大月先生は多分
1時間前ぐらいについてて
早いですね、大月先生。
激走モンブランの影響
早いですね、大月先生。
早いです。
さすがライバル。
でもこれでも結構楽しいな、楽しかったんですよ。
山の中通ったり
しんどいなって言いながらね。
それで
いよいよ
2013年かなぐらいか何か忘れましたけど
11月2日に
たまたまぼーっとNHKのBSを見てたんですよ。
ほうほうほう。
そしたらNHKスペシャル
なんかなんとかのモンブランっていう
なんか小倉木さんが出てる番組があって
激走モンブランですかね。
激走モンブランですね。
はい、激走モンブラン。
いや、そしたらもうなんかもう
景色すごいじゃないですか。
いや、そうですね。
激走モンブランはうまい編集してましたよね。
すごい山をね。
めっちゃかっこいいですよ。
そうそうそう。
で、僕あのさっき言ったように
山ってスキーするとこやと思ってたんで
もちろんアルプスなんで
聞いたことも見たことも行ったこともなかって
日本アルプスですよね。
日本アルプスですよね。
綺麗な山があるとか全然知らんくて
冬行ったら白馬とか行ってましたけど
山は白くて綺麗やけど別に
まあそうですね。
はい、スキーに集中してるから
別に何も思ってなくて
それで
小学校の遠足で山行くって言ってもね
まあそうですよね。
ほんと何にも楽しくない。
里山行って寺行って
何にも楽しくないじゃないですか。
山とか大嫌いだったんですよ。
そうやったんですね。
夏に山登るとか
あるじゃないですか。
ありますね。
何を暑い時に好き好んで山登ってるか
全然理解もできるような思ってたんですよ。
なるほどね。
そしたらモンブラン見たら
なんじゃこれと思ったんですよね。
こんな綺麗なんかと思って
無償に綺麗な山に行きたくなって
ネットで検索したらね
神戸の近くでどこかないかなと思ったら
徳島に鶴木だけ
鶴木さん
どっちですかね。
どっちだろうちょっと知りましょうか。
立山の横が鶴木だけ
鶴木さんかな。
鶴木さんですね。
1999メーターぐらいの
そうですね。
でも結構四国では高いとこですよね。
高いですね。
石井さんと並んで
そうですよね。
確かにネットで見たらむっちゃ綺麗で
これ行かなあかんわと思って
翌日休日やったんで
文化の日ですね。
初めての山の挑戦
ほんまに見たら次の日じゃないですか。
僕の誕生日なんですけど
そうなんですか。
なるほど。
それで僕家族に
ちょっと行ってくるわって言ったら
家族もじゃあちょっと一緒に
いきなり1時間も経っちゃいましたね。
いいですよ全然もうゆっくり
一緒に行くわっていう話になって
鶴木だけ
鶴木さんか
鶴木さんですね。
ザックはさっきのモンブラン
モンベルのやつ持ってるし
一応ちょっと水と食事と
一眼レフ入れて
一眼レフも入れていいですね。
11月って寒いけど
長袖ちょっと長袖と短パンぐらいと
レインコートは持ってた気がしますね。
上はね。
車で行って
家族と一緒に行くからやっぱりちょっとゆっくりになって
子供ちっちゃくて
すごい道悪いんですよ。
そうですか。車も道悪いんだ。
車の道も曲がりくねってて
子供は車の中でゲロゲロ吐くから
大変やんか。
全然スピードも出せへんし
昼前に着いて
昼前か。
僕なんかその
重装で山レコとかで
行くとこ決めて
ちょっと重装してね
重装して降りたとこに
宿取ってたんですよ。
次の日やったけど
空いてたんでね。家族でそこ
家族は僕送って行ったら
宿で待ったほうに行ってるっていう感じで
上上がって
リフトとかあるんですけど
歩いて上がって走って上がったら
走って上がったんですね。
空も行けますからね。
走らんとね。やっぱり
絶景なんですよ。
ここすごいですね確かに。
稜線がすごい綺麗ですよね。
僕の知ってる里山と全然違って
見たことない短い竹みたいなのが生えてて
うわこれ日本ちゃうわ
とか思うぐらいすごい景色で
めっちゃ喜んで
写真撮ったりして
で重装しだしてですね
しばらく行ったらちょっと天気悪くなってきたんですよね
ガスってきて
重装なんて誰も行かないんですよその時期
11月中旬で
中旬でこれ2000メートル急ですもんね
はいで多分
結構遠いからそんな簡単に行けないし
そうですね
人誰も誰も会わなかったんですけど
そうですか
でガスってきて
めっちゃなんかちょっと心配になってくるんですよ
そうですよね
初めての山で
ザスで
なんか方向もいまいちわからへんし
そしたらもうなんか
なんかね
キーンっていう
なんかもうすごい弾幕場の叫び声みたいな
が聞こえてくるんですよ
獣のなんか
獣みたいな
怖
なんやこれと思って
クマじゃないよなと思って
何かわからないんですけど
なんか鹿か
そういうのやと思うんですけど
それもよう聞こえてくるんですよ
だんだん慣れるんですけど
いやいやはい
でまあ
なかなか進まないんですよね
僕全然
大した多分距離じゃなかったんですよ
12キロとか13キロとか
覚えてないんですけど
全然
ね山知ってたら
例えば
1時間で3キロぐらい進まへんかったりするじゃないですか
そうですよねはい
まあ険しかったりしたらね
わかります
全然進まへんし
時間ばっかり過ぎていくし
ちょっとやばいよねとか思って
はい
そしたらやっとこう
降りる道が
やっと出てきて
はいはい
暗くなり始めて
でもどんどん暗くなって
はい
でまあ下り得意やから
飛ばすんですけど
はい
でまあ
ライトとかねいるって知らんかったから
じゃあもう全く
ライトなしだったんですね
ライト持ってなかったんですね
持ってなかったんですよね
どんどん暗くなってめっちゃ焦って
そうでしょはいはい
一番あかんやつなんですね
かぶら毛さんの本ちゃんと読んでたんかって
思うんですけど
ライトは持っていこうって書いてあったと思うんですけど
はい
もうほんまに
必死で走って
はい
本当に道路に出た瞬間に
真っ暗になるぐらいの
ああそうですか
むっちゃやばくて
危なかったっすね
でやっとそこで電話通じるようになって
はいはい
そしたら奥さんもなんかもう
創作願いを出そうかと思うぐらいの
そらそうでしょ
真っ暗になっても帰ってこないって
言ってて
でまあなんとか
それがでも初めての
僕の山の思い出ですね
そうですか
そこで
でも景色すごい
良かった
あの
人生で初めてっていうわけじゃないですけど
医者になろうとかそういうことは
ちょっと置いといて
初めて目標ができたというか
あー
ついに出ようっていう
目標ができて
なるほど
それでこう
頑張ろう頑張ろうじゃないけど
それを走るのが
能動的になったというか
なるほどね
ちょっとね楽しいとかいうのもあったけど
ついに
ついにUTBに出よう
っていうことになったんですよね
なるほど
えー
ちょっとまあそれ
一息ですかね
ちなみにどうでもいいんですけど
この収録の日の今日
えーと1月の22日
が
えーと
2026年度のUTMBの
あの抽選発表の日
あー
申し込んでなかったですね
今日友達が
申し込んで受かってる受かってないみたいなのが
あーなるほどなるほど
ちょうどよかったですね
なるほどえーそうですか
MBがねやっぱり最初の
目標だったわけですね
ただでもね
調べたら結構出るの難しいじゃないですか
今はもっと難しいですけど
そうですね今ややこしいですけど
それでなくてもねやっぱり
うん
ポイントをなんかこういっぱい取らないといけないじゃないですか
はいそうですね
昔レースってあんまなかったんですよね
あーもう決まってるんかな
だからもうポイント取れるところも
時期も
そうですよね
多分なんですけど
はい
こうかな
まああの
もしかしたら最初に出たのは
大阪府三角連盟の
チャレンジ大トレだったかもしれないですね
あー
大トレね
はい
で
一緒に
走ってた一緒に
なんかその頃はだからこう
すごい楽しかったから
まあ今でも楽しいんですけど
レース出て
よく一緒ぐらいの
レースしていたら話しかけてたりしてたんですよ
ほうほうほう
またかっこいい子が走ってて
えー
黒柳くんって言うんですけど
黒柳さんはい
その子三重から来たって言って
あっ三重ですか
うーん
僕なんかちょうど何でか忘れましたけど
はい
三重って言ったらなんかちょうど多分
トランスジャパンとか
もうあったんやと思うんですけど
はい
なかったかもしれませんけど
坂田さんって知ってたんですよ
あーはいはいはい
うーん
で三重って言ったらじゃあ坂田さんとか
知ってますとかって聞いたら
はい
たまに一緒に練習してますよとか言われて
おーなんと
おーとかなって
ちょっと会ってみたいんやけどって話になって
はい
じゃあなんかいつでも来てもらったら
とか言うから
なんか5月の連休に
はい
もう鈴鹿行って
おー
揉んでもらったってことがありましたね
えー
なんかすごいですね
多分その頃ってほとんどその
トレーラーもやってる人も少ないから
トレイルランニングの魅力
あーそうなんですかね
そういう意味ではかなり貴重なあれでしたね
そうなんですね
繋がりですよね
それで
まあでもまだ
レースとかあんまり出てなくって
まあそのチャレンジ大統領も多分
最初出た時もう4時間半とか
あー
で
なんかやっぱ長いレースでないと
ポイント取れないし
でなんかネットで調べたら
近くだったら
OSJ標の線ですね
標の線はい
標の線っていうのしか近くには
なかったんですよ
これでどんなものですか距離とかは
なんかね70キロから
80キロぐらいなんですけど
はいはいはい
なんか多分一回第一回大会とか
あーそんな感じなんだ
いや一回大会じゃないんですけど
一回大会のブログみたいなの見たら
はい
75キロって書いてあったのに85キロあったみたいな
なるほど
OSJクオリティや
すごいことになってて
はいはいはい
で
あの
そんなん書いてあったらね
怖くて申し込めないんですよ
いやそうですね確かに
僕だから全然その近くで
一緒に
こうトレイル走る人もいないし
うん
ほぼ初めてみたいな長いトレイル
初めてみたいな感じで
そうだな確かに
でなかなか
クリックできないんですよ怖くて
レースやることは分かってても
はいだから2年ぐらい
多分こう怖くてクリックできなくて
はいはいはい
でも最後にもういいやと思って
クリックして出るみたいなね
なるほど
行ってまえって言って
行ってまえって
で実際初めてこうもうすごい遠いじゃないですか
そうですよね
八北高原まで
ね兵庫県の北側ですよね
そうですよね
うん遠いな確かに
スタートが八北やったんですよね
八北高原の八北ですよね
ゴールも八北やったような気がしますけど
なるほど
で八北で
行って
受付が前日にあるじゃないですか
はい
僕その日
午前中仕事があったんで
はい
普通にシャツ着て
ズボン履いて
格好で行って
受付行ったら
なんかこうめっちゃ
火に焼けた黒い
青函な人たちが
すごい山でも
今から行くかのような
格好で湾坂いるわけですよ
なるほどね
そんなシャツ着て
襟付きのシャツ着て
はい
そんな人誰もいないんですよ
普通の格好から
みんなめっちゃ強そうやし
なんかこうパタゴニアだったり
そうそうそう
ノースフェイスとか
そういうちゃんとした
ブランドもんのね
その頃のそんなんも知ってたかどうか
怪しいんですけど
これちょっと
ほんまにまずいんちゃうかなと思って
はい
で
それで
ビビりながら受付して
翌日
多分真ん中ら辺に並んだんですよ
はいはいスタートのね
スタートね
すごい急な坂なんですよ最初
出だし
スキー場の
途中からスキー場に入るかなんかですよね
はいはい
スタートしたらね
みんな走りだしたんですよ
当たり前なんですけど
はいはい
僕下りが好きやけど
登りは苦手だし
いつも歩いてたんですよ
はい
走ることって
したことなくて
そうかはい
これ走るんっていうぐらい
今やったら走ると思いますけど
もうむっちゃ急やのに
これ走るんかと思って
でもみんな走るから
ちょっと走ったり歩いたり
しながら
ちょっとつられながら
ちょっと抜かれながら
上まで
ダラダラと行って
そしたら
下り僕早いから
そんな真ん中ぐらい
ってめっちゃ遅いんですよ
なるほどはいはい
ほんのり遅い
でもう僕
めっちゃ早いからものすごい距離
抜いていけるんですよね
今やったらちょっとなんか申し訳ない感じ
ですけど下りだけ
抜くんですよね
で
なんとなくこうダラダラと
平坦なとことかあって
真ん中ぐらいまでダラダラと
進んでいって
そこでエイドで入って
でもほんとに
ダラダラ行ってた感じなんですよ
別に頑張ってるわけじゃなくて
下りだけ楽しくて楽しくて
飛ばして
長いから
平坦なとことかはもうダラダラ
行って
そしたら
なんかこうエイドのおっちゃんに
女子のトップはもう30分も前に行ってるで
とか言われて
はい
女子のトップでもめっちゃ早いな
と思って
そうですね
でもそんなこと言われても
そんなね
すごいんやなと思って
はいはいはい
全然ゆっくりで
疲れてなかった
そっから結構
レースでの遭遇
割と走れるコースやって
はい
どんどん抜いていけるんですよ
それは真ん中ぐらいにいたから
真ん中で
3分の1ぐらいになってたと思うんですけど
やっぱ遅いし
みんな最初飛ばしてるから
どんどん速度落ちてくるし
でも下りになったら
全速力みたいな感じで
飛ばすから
もう
めっちゃ抜けるんですよ
その頃言ったら
大月先生も下りは
戦えるなみたいな感覚は
あったんですか
戦えるっていうより別に
総力的にはサブスリーやったんで
あーそうですか
サブスリーぐらいは早いはずなんですけど
そうですよね
下りが得意やから
サッカーやってるから
ブレーキとか得意やから
下りはいくらでも走れたんですよ
すごい
登りは歩いてるけど
めっちゃ速さで走ってたら
女子のトップに
追いついちゃったんですよ
30分巻いたのに
30分巻いたんですね
すごいですね
そこで
結構すごいんちゃうかって
気がついて
そしたら
登りもちょっと頑張らなあかん気になってきて
頑張ったら
めちゃくちゃすぐ疲れて
はいはいはい
最後
八北の山登って
下りないといけないんですけど
そこで
OSJよく出てる
田辺さんとかに
会ったりとか
ほうほうほう
生田会
なんか
僕は元気に抜いていくから
どうしたんとか言われて
すごいやんとか言われて
で
そういう感じで
ゴールまで
頑張ってゴールは下りなんで
全速力で走って
そしたら結局
13番やったんですよ
めちゃくちゃ
負けましたね
真ん中からスタートしたのに
はいはい
びっくりするくらい
自分でも感想できひんのじゃないかと
思ってたのが
13番やったから
おお
調子乗りますよね
そうですね
いけんちゃうかってなりますね
それで
結構取れる
いけるやんってなったのが
標の線のレースで
そこから
同じくらいの
成績で
やることが多かったんですよね
そこから
ダラダラと
そんなぐらいの
成績でずっと
楽しく
してて
ポイントを取らないといけないから
ということで
常習補高とか
使えてて
そこで
初めて
気持ち悪くなって吐いたっていう
ほんとですか
ほら
突然夜中に
早朝スタートで
深夜ゴールみたいな感じなんですけど
夜の
7時
くらいかな
それまで気持ち悪くなったこと
一度もなかったんで
何が起こってるか全然
わからないですよね
吐きそう吐きたい
全然
初挑戦の成果
走れない
一緒に
走ってた人にそう言うたら
そんなこともあるよとか言われて
我慢して頑張ってたら
なんとかなるからって言われて
その頃もちろん
レース辞めたこともなかったし
本当に休み休み歩きながら
一緒に
その人も一緒に行ってくれて
一緒にゴールしたっていうことがあって
ゆっくりで本当
25番とか30番とかやったと思うんですけど
それが本当に初めての100キロ超えレースですね
なるほど
当時が31番
20時間48分
素晴らしいですね
そこから結構その時に
ホタカ山上州ホタカですね
ちょうどこれ
10月くらいやったんですよ最初のレース
9月の
2021
紅葉がね
めちゃくちゃ綺麗やったんですよ
それと上州ホタカってやっぱ
本格的な山で
鎖場とか
梯子が上げてあって
むっちゃ楽しかったんですよ
そうですか
こんな面白いかと思って
たぶん続けて2回くらいやったんですよね
そうですね
2015も出てますね
2016も出てますね
ランナーバーで成績も良くなって
たぶん3番くらいだった
2016年は
19時間20分で
男子3位
3位ですね
年代別に
そうですね
2016年くらいは
かなり他のレースでも
上位入賞
でした
でもまあ
入賞くらい
ですよね
そうですね5位とか7位とか
たぶん初めて入賞したのが
フェアリートレイルですね
フェアリーですか
フェアリーって
何キロの
たぶん40キロくらいじゃないですかね
ロングコースとか
ロングコースは
50キロからのデータしかないから
フェアリーの結果は
分かってないんですけど
その頃
大トレも毎年出てたんですけど
チャレンジ
大トレ
どこで知り合ったかは
そうか
フェアリーとかで
知り合いになった人で
中根幸太くんっていうのと
パイセンって言われてる
パイセン
あとヒャッホイ太郎の
赤松
2人
兵庫線とか出てたんです
そうなんですね
で
知り合いになって
結構
いろんなレース
すごい仲良くなって
この間一緒に行った
京都一周
年末に京都一周
って毎週やってたんですけど
いつも来てくれてて
っていうのが
あったんですけど
中根幸太くんがチャレンジ大トレ
毎年出てて
めっちゃ早いんですよ
彼多分フルマラソン2時間
いくらかな
2,30分やったと思いますけど
そんな人なんだ
リグ上部じゃないんですけど
早くって
トレイルランニングの魅力
大トレって言ったら大杉哲也さんなんですよ
大杉哲也さんね
めっちゃ早くって
多分
コースレコード
3時間16分とかなんですけど
異常に早い
どっち行けんだよそんなタイムで
中根幸太くんが
3時間
25分とか7分
ぐらいで
いつも負けて2位なんですけど
最初4時間切ったらすごい
っていう感じで
だんだんそうやって
いってたんですけど
何の話をしてたか忘れてしまいましたね
俺はレコータくんの話をしたかったから
中根さんの
大杉さんに勝ったとか
そんな話になるんですか
違う
きっとそういう話になるんだと思ってたんですけど
フェアリーの話ですね
大杉さんのことを
出そうと思って
ここまで話を振っちゃったんですけど
その大杉哲也さんが
フェアリートレイルめちゃくちゃ強くて
異常な速さで
優勝してたんですけど
その時に
土井さんとも知り合って
土井さんどっか前の日にレース行って
次の日もフェアに出て
多分そんな感じで
でも当然僕よりだいぶ早いんですけど
そこでも本当
たまたま
バッタさんにも会いましたね
バッタさん
名古屋
静岡か名古屋の
瀬戸消防の
消防士の人で
柴田さんっていう人で
バッタさんって僕の
一個か二つ上なんですけど
どのレースも結構めっちゃ早いんですよ
結構いろんなレースで
今でも入賞されてますし
優勝準優勝って結構あって
バッタさんが
どっかでひゅって一緒になって
道迷ってたんやって言われて
ちょっと顔怖かったから
この人より
僕元気やったんですけど
この人より早いゴールしたら
俺ロストしてたのに
お前さっき行くねみたいに言われたら嫌やと思って
ゴールでさっき行かしてあげたんですけど
バッタさんが5位で
僕6位で
そこで真矢になって
っていうレースが
僕が入賞した初めてのレースですね
そうですか
柴田ゆき
柴田さん下の名前は分かんないですけど
でもバッタってあれですね
インスタの名前もバッタトレイルって書いてある
めっちゃ早いですね
僕柴田さんに勝った
初めて勝ったのは
僕がすごい調子良くなった
後で話が出る
2022年
初めて勝ったんですね
そこまではなかなかって感じだった
一回も勝ってないですね
めっちゃ早いんですよ
一回も勝ってない
一回も勝ってない
一回も勝ってない
一回も勝ってない
一回も勝ってない
めっちゃ早いんですよ
そんだけ
しかも最近も強いんですよ
2023年とかでも優勝されてらっしゃいますからね
なんか強いんですよ
そうですか
UTMBの挑戦
お年も確かに54歳って書いてましたね
僕の1個上ですね
強いっすね
この頃も既に
温武とか
温武も5位かな
5位
そう
年代別1位やし
そうですね
その頃も一瞬
多分UTMBに向けて
それなりに
頑張ってたと思うんで
そこで一瞬
早くなった時期があるんですよ
一瞬
温武と
温武と
上州穂高
両方とも
続けてあったんで
多分そこで5位3位やったんですよね
なるほどね
でもその次の年も新庄
昼前とかで
それはUTMBの後に出たレースですね
これは後なん
UTMBが
載ってないわ
UTMBが2016にやられたんですか
17のはず
17のあれか
載ってない
じゃあ
2016のタイミングで
申し込まれて
そうですね
でも1回落ちてると思いますね
申し込んで1回
抽選落ちて
その次の年に当たって
ちょうど
その時に
山本竹文くんって
伊賀に
いる子がいて
昔
比叡山のトレイルとか
あった時に僕を申し込んでて
僕のことを勝手に知ってて
勝手にライバル視してた
山本竹文くんっていう子がいて
僕
比叡山の
レースの頃に
イノベイト
チームイノベイトに
入らせてもらって
そういうのもあって
その頃に
比叡山出た時に
僕の1個後ろに山本竹文くんが
ゴールしたんですよ
それで声かけられて
ブンさん
いきなり
変な慣れ慣れしい奴がやってきて
僕勝手にライバルと思ってるんです
とか言われて
お前のことなんか知らんわ
とか思ってたんですけど
それでも面白いから
そのまま飲みに行って
仲良くなって
そういうつながりとかで
野口翔太くんって
翔やんって言われてる
今名古屋で
ショップの
店長とかやってますけど
トレイルの専門店の
名古屋の
名前忘れちゃった
名古屋の名前忘れちゃいました
野口翔太くんって
すごい才能あって早いんですけど
全然練習しないから
なんですけどちょっと練習したら
たぶん2、3年前も
新越100マイル
優勝してますけど
本当ですか
新越
全然練習してないですよ
そんなには
めっちゃ
レシャップベルトが行ってたり
フランスですね
ちょうど
UTMB
に
野口翔太くんと
山本さんと
一緒に行ったんですよね
結局僕26時間ぐらい
目指してたんですよ
相当早い
早いですよね
UTMB行ったら超興奮してて
最初に
途中山上がっていって
順位聞いたんですよ
エイドの人に
こんなところの
順位とか分からへんよとか言われて
300番ぐらいじゃん
とか言われて
2本やったら
せいぜい
20番とか30番ぐらいとかじゃないですか
300番にいるんか
と思って
嘘やろと思ったんですけど
300番ぐらいにはいたんですけど
どんどん調子よく
抜いていって
夜深夜ですけど
深夜も調子よくて
どんどん絶景の番号が若くなっていって
2桁とかなってきたりもして
100番ぐらいになって
ちょうど真ん中のスイスの
忘れました
クールマユール
80キロぐらいですかね
90キロぐらい
そこまですごい調子よくて
そこから山あがったらモムランがバーンって出てきて
また激走モムラン出てきたら
同じとこ走って
めっちゃ気持ちよくて
激走モムランで流れた曲が
頭の中でぐるぐる回って
ぐるぐる回って
強襲台には乗られへんけども
すごい勢いで
明るいうちにゴールするような
映像が頭の中で回って
ものすごい勢いで抜いていってたんですよ
突然
体が動かなくなって
突然吐き気がして
気持ち悪くて
急に来た
ほんま突然来たんですよ
前触れ一切なし
あれみたいな感じ
そこからもどんどん調子悪くなって
でもやっとの思いで
シャンペンにたどり着いて
やばいな思って
1,2時間仮眠を取ったんですけど
興奮してるし寝られへんし
でも2時間ぐらいしたらちょっと元気になって
その元気はあっという間に
過ぎえて
そこから山3つ越えないといけないんですよね
冷え座んぐらいなんですけどね
距離長いんですよ
60キロぐらいあるんですよね
天気悪くて上行ったら吹雪いてるんですよ
フェレ峠とかそこら辺ですかね
一番しんどいところかな
そこは過ぎてるんですよ
最後の後半3つですね
本当天気悪くて寒くて
全然食べれないんですよ
ほんま全く食べれないんですよ
そうか
寒いんですよ
はいはいはい
達成感と健康
そうなんですね
もうこれ
一旦死ぬんちゃうか思って
山1つ越えて
大雨でどろどろで
牧草地がほんま
ぐしゃぐしゃになってて
これもうほんま無理やと思って
寒くて
寒くて
寒くて
これもうほんま無理やと思って
寒いしガタガタ震えてるし
食べられへんし
もうやめようと思って
ほんまにやめようと思って
エイドの子に
やめたいって言ったら
ここで言われてもやめれへんわって
言われて
外になんか境界
もうちょっと行ったら境界あるから
そこで言うてくれって言われて
えー
とか思ったけど
寒いから
なんかこう小走りで
境界まで行ったんすよ
境界まで行ったら
小走りしてるやんとか思って
これ行けるんちゃう?
と思って
もうやっぱ行こう思って
とりあえず2山目
越えたんすよ
2山越えたら
もうあと1山やないですか
確かにそうっすね
もうほんま最後
あと20何キロ
そこほんま長かったんすけど
うんうん
でもほんまずっと歩き通しで
途中で入って
なんか
だけど
ほんま2番になって
はいはい
36時間ぐらいですかねやっとオールして
でも素晴らしい36時間
もうでもまあ
いやもう日本帰って
解決したら
緩機能って昔は
GOT GPTって言ってたやつあるんすけど
はいはい
日本帰ってから測ったのに
500とかやって
標準が
よくわかってないんだけど
標準って40とか
500
多分それもうねどんどん下がるんで
はい
終わったばっかりって
4桁になってたと思うんすよ
それってね
なんかもう急性肝障害とかで
えー
即入院みたいなレベルですけど
なんかもう
だいぶやばかったんすよ
やばかったんすね肝臓か
あー
なんで肝臓かわからないんすけど
医者やけどわからへんすけど
筋肉だけじゃなくて肝臓の酵素も
多分悪くって
あーそうですか
すごいことになったんすけど
まあ一応僕の目標
達成して
夢のね
それ
ですね
達成したらまあ
ちょっともう目標はそんなにはなくなって
あらそうですか
でも
夢にまで見た激走モンブランと同じところ
まさに激走されてたわけで
そんと楽しくて
多分
それが2017年で
はい
多分僕その頃
兄弟に戻ってきたのが
多分まあその
頃やって
ちょっと覚えてないんすけど
はい
大槻文吾先生のランニング経歴
やっぱり結構その仕事
仕事その一般病院と違って
えー
学生教えたりとか
はい
あと論文とか書かないとダメなんすよ
書かないといけないってわけじゃないけど
はい
それが仕事やみたいに言われるんすよ
はいはい
研究して論文を書いてって
はい
そんなこう
走ってる人なんてほとんどいないんすよ
まああんまりね
そうでしょうね
まあそんなもんあったりして
そんなに走らない
感じでまあ走ってはいますけど
たまに
年に一回出て
あとたまにまあ
トレイルのレース
みたいな感じでダラダラと来てたんすよね
あーなるほどね
確かに2017
18位くらいまでは結構
毎年ロングレース
出てらっしゃる感じなんですけど
2019からはちょっと
頻度が減ってる感じがしますね
減りましたか
2019は50キロ以上ですけど
フェアリートレイルのスーパーロング
2020
コロナもあったと思うんすけど
そうですよね
えっと
ジオパークか
ジオパークね
あと2021年は
タンバの50キロ
それはね
あれはたぶん中谷区に
頼まれて
メディカルとして走ってたんすよね
あーそういうことか
なるほど
じゃあまあ
スイーパーみたいなイメージですかね
なんかレシーバー
重いレシーバー持って
適当に走ってって言われて
適当にね
走ったらポイントも上げるし言われて
へー
でも総合4位ですよこれ
ほんまですか
総合4位年代2位ですよ
前の日に
マイルの
やってたんすよ
マイルの
一緒に走ったりしてて
そのまま寝ずに
50キロ走ったんすけど
すごいなそれでこんだけ
いやでもたぶん
そんな速い人はマイルに出たと思って
あーなるほど
楽しく
あと
たぶんレイクビュアのプレー大会
あー
それは
たぶん記録にないのかもしんないですね
2022年くらいですかね
なんか忘れましたけど
違う2020
もうちょっと前
1年とかかな
1年ですかね
これさっき出てきた野口翔太くんが
はい野口さん
京都来るから会わへんか
ご飯でも食べへんかみたいな話になって
はい
なんで来るんって聞いたら
なんか宮古一周する
宮古一周ちゃうわ滋賀県一周する
滋賀市
滋賀市っていうわけのわからんレースを
近藤さんが作ったから
それに出る
なんかそのブリーフィングみたいな
に行くんって言って
なるほど
話聞いたらなんか別に
一緒のチームで一緒に走ってもいいって
書いてあったから
なんか面白そうだなと思って
へー
じゃあ僕も出ていいって
出てくれたらカラー額が半分になるから
おお
って言われてじゃあ出るわって言って
出たっていうのはありますね
じゃあ滋賀市出てはったんですね
滋賀市だが
その頃最初の時は
7ステージあって
1
4,5,6,7
出てたんすかね僕は
じゃあ2,3だけ抜いて
2,3は仕事してましたね
あーすごいな
5月の連休で
はいそうですよね
松山が1,2
3,4
5のぐらいまで
4ぐらいまで出たんすかね
で1回足痛めて
4まで出て
5,6松山が休んで
7はまた一緒に出たんすかね
あー面白
めっちゃ面白かったですね
2022ですよね
1発目の滋賀市やったら
多分そうちゃうもんね
そうですね