あのー、もし、今あなたがイギリス人のスポーツファンを捕まえて、白と黒の丸いボールを足で蹴るあのスポーツ、なんて呼んでるって聞いたとしますよね?
はい、そうですね。間違いなくフットボールだよって答えが返ってくるはずです。
ですよね。でもし、あなたがそこでうっかり、ああ、サッカーのことね、なんて言いようものなら、彼らは露骨に嫌な顔をすると思うんですよ。
いやいや、サッカーなんて呼ぶのはアメリカ人くらいだ。あれは邪道な呼び方だ、みたいなちょっとしたお説教が始まるかもしれませんね。
そうそう、そんな感じです。でも、もし私が、そのイギリス人が忌み嫌っているサッカーという言葉、実は彼ら自身の先祖が作った言葉なんですよ、と言ったら、どうでしょう?信じられますか?
ふむ、おそらくそのイギリスの方も絶対信じないでしょうね。でも、それは紛れもない歴史の事実なんです。言葉っていうのは、まあ私たちが思っている以上に皮肉というか、すごく複雑な道を歩むものなんですよ。
本当にそうですよね。今回のフカポリでは、まさにその複雑な道をたどっていきたいと思います。今これを聞いている皆さんも一度は疑問に思ったことはあるはずなんですよね。
ええ。
世界で最も人気のあるあのスポーツは、グローバルスタンダードではフットボールと呼ばれているのに、なぜ非英語圏であり、しかもアメリカンフットボールが国技というわけでもないこの日本で、サッカーという名称がこれほどまでに完璧に定着したのかと。
このテーマの本当に面白いところは、それが単なる言語学とか辞書的な定義の問題じゃないっていうところにあるんですよね。
と言いますと?
ここにはそのイギリスの階級制度とか、国家間の文化的なプライド、そして予想もつかないような歴史の偶然が見事に絡み合っているんですよ。
言葉一つを掘り下げるだけで、近現代の社会構造の裏側が見えてくるという、まあ壮大なストーリーと言えます。
なるほど。じゃあ早速その壮大なストーリーの出発点に向かっていきましょうか。多くの人はサッカーという言葉はアメリカで作られたと思っているんじゃないでしょうか。
はい。かなり一端的な誤解ですね。
かく言う私も、アメリカ人が自分たちのアメリカンフットボールと区別するために、勝手に作った造語だと思い込んでいた時期がありました。でも、純度100%のイギリス生まれなんですよね。
ええ、その通りなんです。誤答の始まりを理解するには、1863年のイングランドまで時間を巻き戻す必要があります。
1863年、だいぶ昔ですね。
そうです。当時、フットボールという競技は、地域とか学校によってルールがもうバラバラだったんですよ。手を使っていいのかとか、足を引っ掛けて倒していいのかとか。
ああ、なるほど。
そういう明確な基準がなくて、非常に混沌としていたんです。ただ、競技が盛んになるにつれて、やっぱり統一ルールの必要性が高まってきたんですよね。
確かに。違う町のチームと試合をしようと思っても、ルールが違ったらケンカになっちゃいますもんね。
まさにその摩擦がきっかけだったんです。そこで、1863年にルールの明確な区別が設けられました。
はい。
まず、手を使ってボールを運ぶことを修得するプレースタイルをラグビーフットボールとしました。
今のラグビーですね。
ええ。一方で、手を使わずに足でボールを扱うことを修得するプレースタイルをアソシエーションフットボールと定義したんです。このアソシエーションというのは、境界が定めた共通ルールに従うという意味合いですね。
アソシエーションフットボール。えーと、でも、そこからどうやってサッカーという音に変化していくんでしょうか。全く響きが違うので、ちょっと想像がつかないんですけど。
そこをつなぐカギとなるのが、当時の特権階級の若者たちの間で流行していた、ある独特な言葉遊びなんです。
言葉遊びですか。
ええ。1880年代のオクスフォード大学なんかのエリート学生たちは、単語をわざと短縮して、最後にアーをつけるというスラングを好んで使っていたんですよ。
アーをつける。
はい。これはオクスフォード式俗語と呼ばれていて、例えば朝食、ブレックファストをブレッカーと呼んだりするようなものです。
あー、ちょっと待ってください。それってひょっとして、ラグビーがラガーになったのと同じ法則ですか。今でもラガーマンとかラガーシャツって言いますよね。
鋭いですね。まさに同じメカニズムです。ラグビーをラガーと呼ぶように、彼らはアソシエーションもこの法則で呼ぼうとしたんです。
なるほど。じゃあ、アソシエーションだから朝?みたいな?
そう。ただ、最初の文字を取って朝とすると、英語の響きとしてあまりにも不恰好ですし、ちょっと別の真のない意味にも聞こえかねなかったんです。
あー、なるほど。お尻っていう意味の単語に近くなっちゃうわけですね。
その通りです。そこで単語の真ん中にあるソックという部分だけを匠に抜き出して、そこにアーをくっつけたんです。
へー。
こうしてサッカーという言葉が誕生したんですよ。19世紀末の有名な選手でシャールズ・レフォード・ブラウンという人物がこの言葉を広めたという逸話も残っています。
それってつまり、日本の高校生がスターバックスをスタバって略すみたいに、当時のエリート学生たちが使っていた内輪の暗号みたいなものだったわけですね。
ええ。まあ、現代の私たちが長い単語を勝手に省略するのと同じ感覚ですね。
ただ単なる便利さというよりは、この言葉を使っている俺たちはオックスフォードに通う特別な仲間だぜ、みたいな。
あー、一種のステータスシンボルというか。
そうですね。イングループシグナリングとしての役割があったと言えるでしょう。
労働者階級がプレイしていた泥臭いスポーツを、自分たち上流階級の洗練されたゲームとして再定義するための文化的の所有権の主張という側面もあったと思います。
なるほど。もともとは極めて気取った若者言葉だったわけですね。
いやー、それが面白いですよ。だってイギリスの上流階級の学生が俺たちの言葉として誇らしげに作ったのに、
今のイギリス人はアメリカ人がサッカーって呼ぶのを、まるで文化に対する冒涜家のように起こるわけじゃないですか?
その通りです。すでにフットボールという言葉の席が埋まっていたんですよ。
確かに席が埋まってますね。
もし彼らがアソシエーションフットボールをフットボールと呼べば、日常生活でもメディアの報道でも大混乱が起きてしまいますよね。
それそうです。どっちのフットボールだよってなりますからね。
だから彼らは単に他の競技と明確に区別するための実用的なラベルとして、サッカーという言葉を必要とし定着させたんです。
そこにイギリスのような複雑な階級闘争とかプライドのぶつかり合いは少なくて、あくまで機能的な選択でした。
実用的なラベルとしてのサッカー、それはすごく腑に落ちます。
でもちょっと意地悪な見方をすると、もしそうやって長年サッカーと呼んで機能していた国が、急にやっぱりグローバルな基準に合わせてフットボールに変えようなんて言い出したら、現場はとんでもないことになりませんか?
ええ。
例えばオーストラリアなんかは実際に名称を変更しましたよね。
まさにそこが現代のスポーツビジネスと地元文化が衝突する最前線なんですよ。
2005年にオーストラリアの統括団体は、公式名称をサッカーからフットボールへと代々的に変更しました。
翌2006年にはニュージーランドもそれに追随しています。
へえ。
これは国際サッカー連盟、つまりFIFAの標準に合わせて、自国のスポーツを国際的なマーケットに適用させるための戦略的な決断でした。
なるほど。これを全体像と結びつけて考えると、組織のトップが今日からウチは世界基準に合わせてフットボールと名乗りますって宣言したわけですよね。
でもそんなの長年親しんできた地元のファンはすんなり受け入れたんですか?
いやー、それが…
今これを聞いている皆さんも、もし明日から突然野球をベースボールとしか呼んではいけないって言われたら絶対に反戒しますよね?
OGルールズの熱狂的なファンとかかなり怒ったんじゃないですか?
おっしゃる通り、とてつもない摩擦が起きました。名称変更はただ看板を掛け替えるだけでは済まなかったんです。オーストラリアでは強烈な世代間ギャップとか文化の分断が生まれました。
やっぱりそうなりますよね。
世界のサッカー界の一員になるためにフットボールと呼ぶべきだと主張する人々が現れる一方で、昔からのファンとかOGルールズを愛する人々からは猛烈な反発があったんです。
生活の中に根付いた言葉をトップダウンで無理やり変えようとしたからですね?
ええ、現在のオーストラリアは多文化国家であり、国際的な感覚を持つ層の中には、いまだにサッカーと呼んでいるのは無知だ、世界を知らない証拠だと見下すような風潮すら一部にあります。
なんだか分断が深そうですね。
そうなんです。でも現実のパブでの会話とか日常生活の中では、OGルールズやラグビーをフットボールと呼ぶ習慣が圧倒的に根強いため、混同を避けるために今でも普通にサッカーという人が多数派なんですよ。
ああ、やっぱり実生活ではそうなっちゃいますよね。
言葉というものは、トップダウンの通達とかグローバル化の波だけで完全に塗り替えることはできないという、非常にリアルな現状を表していますね。
言葉って本当に頑固ですね。
あ、トップダウンで言葉をコントロールする例で言えば、強制的に名前を変えられて、それが完全に定着した漆黒にもありますよね。
イタリアです。彼らはフットボールでもサッカーでもなく、カルチョと呼んでいますが、これはどういう経緯なんですか?
これも、言葉とナショナリズムの密接な関係を示す興味深い例なんですよ。
1920年代から30年代にかけて、ムッソリーに率いるハシスト政権は、外国語を徹底的に排除して、すべてを純粋なイタリア語に置き換える、という言語潤化政策を行いました。
なるほど。
スポーツもその例外ではありませんでした。
英語由来のフットボールなんて言葉を使わせるわけにはいかなかった。
はい。そこで彼らが目をつけたのが、中世のフィレンゼで行われていた伝統的な球技、カルチョ・フィオレンティーノです。
我々にはイギリスより前からボールをあける高貴な伝統があるんだと主張して、強制的にカルチョという言葉をあてほめたんです。
すごい強引ですね。
ええ。まあ、政治的なプロパガンダの道具として使われたわけですが、それが戦後もずっと残り続けて、今では完全にイタリア独自のアイデンティティとして愛されています。
オーストラリアはグローバル化のために名前を変えようとして苦労して、イタリアはナショナリズムのために名前を変えてそれが定着した。
背景は違えど、スポーツの名称がいかに社会の内し鏡になっているかがよくわかりますね。
本当にそうですね。
さて、世界各国の様々な事情を見てきましたが、ここからがいよいよ今回の最大のミッションです。
非英語圏であり、なおかつアメフトやラグビーが圧倒的な国技として君臨していたわけでもない日本が、どうやってサッカーという言葉を選択し定着させたのか、この謎に切り込んでいきましょう。
はい。日本への伝来は1873年、明治6年に遡ります。
イギリス海軍のアーチボルド・ルシアス・ダグラス少佐らによって、東京の海軍兵学寮の軍人たちに教えられたのが始まりとされています。
1873年ですか。
ええ。当時の日本はまさに西洋文化を懸命に吸収しようとしていた時期でした。
最初はアソシエーションフットボールを直訳して、アシキキョキュー、そしてラグビーをラシキキョキューと呼んで区別していたんです。
アシキキョキュー、なんだか明治のロマンを感じる響きですね。でもそこから一気にサッカーになるわけではないですよね。
ここからが本当に面白いところなんですが、資料を読んでいて私がすごく興味を持ったのが、慶応義塾大学部のエピソードなんです。
ああ、ソッカー部ですね。
そうなんです。今でも日本のほとんどの学校はサッカー部なのに、慶応だけはソッカー部と名乗ってますよね。
これ、リスナーのあなたも不思議に思ったことありませんか。私てっきり昔のタイプミスをずっと引きずっているのかと思ったら、そうじゃないと知って驚きました。
ええ、決して間違いやタイピングミスではありません。非常に意思の込められた名称なんですよ。
1927年に慶応義塾のソッカー部が正式に発足した際、初代首相である濱田由吉という人物が直面したジレンマが背景にあります。