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  2. S3 ep17 暴力を回避するストリ..
2023-12-19 44:58

S3 ep17 暴力を回避するストリートの表現 工藝族車アップグレード報告(後編)

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海、志保を中心としたアートコレクティブ HUMAN AWESOME ERROR による工藝族車の最新報告その2。展示会期後半に行われたギャラリートークセッションで交わされた話題から、暴走族/旧車會の文化が育まれた背景にあるものに目を向けます。


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⁠パーソナリティ:岩田篤 蔡海 福原志保⁠⁠

サマリー

CRA出しRADIOは、ConCraのメンバーが工芸を軸にものと人との関係、ものを作ることについて考えていく番組です。岩田さんと松竹梅さんのトークイベントでの気づきや新たな発見、暴走族と旧社会の関係についての話が展開されています。 松竹梅さんのトークイベントでは、工芸とそのルーツや車のカスタマイズなどについて話が深まっており、見えない暴力や生きるための暴走族の背景についても言及されています。 工藝族車アップグレード報告(後編)では、工芸とアートの関係や工芸の価値、ストリートカルチャーにおける工芸の役割について話されています。 工藝族車アップグレード報告(後編)では、ストリートの表現や工芸についての話題が取り上げられており、暴力を奨励せず、コミュニケーションや表現の場としてのヒップホップや工芸文化について考えさせられます。

CRA出しRADIOと工芸について
CRA出しRADIOは、使わなくなった大切なものを様々な手法で生まれ変わらせるコレクティブ、ConCraのメンバーが、工芸を軸に、ものと人との関係、ものを作ることについて、みなさんと一緒に考えていく番組です。
ConCraの海です。
しほです。
岩田です。
はい。
なんていうんですかね、手前味噌の話はすごいはずいなと思いながらいつもしゃべってる。
いやでもなんかあれじゃないですか、やっぱりCRAの文脈がしっかりとそのプロジェクトの中に入ってきてるっていうのは。
文脈&人脈ですね。
だからそれは、これからの動きも楽しめやなって思うし。
そうですね。
なんか、あの、やっぱ岩田さんに言われて、なんかやっぱ自分で気づいたこととか。
そしてやっぱCRAをやってることで、起こってることが結構いろいろあるなっていう再認識ですね。
ありまくりだよ。
ありまくりだよね。
うん。
っていう、僕らの解像度もすごい上がってくるし、なんか考える材料も、なんかいっぱいありつつ、いっぱいあるだけじゃなくて、なんか分類したり整理したりとか、
仕切らないんだけど、なんとなくやってるんだなってのがなんかね、振り返りだとありますね。
そうだね。私まだ作品には反映されてないけど、具体的に、
にはいろんなことを学ぼうみたいな気持ちになってきて、CRAでいろいろ聞くじゃないですか。
だいたいみんな自分で勉強したみたいな話聞くじゃないですか。
それ影響されて、今すごいなんか、電子工作と色彩と、中国語はなんとなく違うモチベーで始めたけど、今やり始めた。
うんうん。
あと上流とかも、この前ワークショップ行ってきて。
え?上流?お酒?
お酒はそれは犯罪になっちゃうんで。
でもでも、上流によって作るのもありますよね。
上流、ハーブ。
ハーブ。
ハーブウォーターとかを作って、で、とかいろいろ、なんか、もう趣味の延長に近いんだろうけど、そっから何かになるのかなみたいな。
うん。
そういう話を聞いてると、結局、まず手を動かしてみようとか、まずやってみようとか、そういう話が多かったんで、最近手当たり次第、なんかやってる感じ。
ええ。
だいぶ影響を受けています。
うん。
いっせぇ。
うん。
で、その、今の話に多分繋がるかどうか分かんないんですけど、前回喋ってたのが、その工芸読者っていう、ヒューマン・オスメラっていう、
えっと、ショウさんとか僕がやってるのの展示のトークイベントで、
うん。
えっと、いろんなちょっと気づきというか、僕らの考えも整理されたし、新しい、新しいっていうか、もやって思ったことではっきりしてきたことがいくつかあったので。
トークイベントはもちろん展覧会の作品を、横で、会場違う場所なんですけど、同じビルの中にあるんで、見てもらって、
うん。
で、どうしてこういう作品を作るに至ったか、みたいな話をするのが大体普通なんですよ。
はいはいはい。
だから今回に関しては、やっぱその、個人的なその発露だけではなくて、どういう文化背景があって、この4人、あ、この4人っていうか、まあ海君たちが、あの、ヒューマン・オスメラと、あの、ツネとか、結一君っていう、バイ、旧社会を作る人と、
うん。
作る人と工芸やってる人が
あとはティッキースタイル
やってる人たちが
どうしてこれをやるってことになったか
みたいなのって
文脈文化の背景の話をしないと
ただの仲良しだから作ったの
っていうのではないわけですよね
そういう意味で
ストリートカルチャーっていう
もちろんバイクだし
ストリート
じゃないですか属者っていうと
ストリートは
ストリートなんだけど
意外とやっぱり
属者の歴史を
知っている人って少ない
反社会的活動だって
思っている人の方が
多いわけです
今でも旧社会に対しても
そう思っている人の方がほとんどだと
ただ風景は
すごく変わってて
ほぼないって
言ってもいいんですよ
属自体がほぼ
消えてかけている
いるとき
地域によってはね
ただ私神奈川県出身という
家が神奈川県で
思いっきりもう
箱根駅伝の
走る旧
国道1号線って
あるじゃないですか
あそこ沿いなんで属者が昔
沿いなんですか
沿いです
窓から箱根駅で見れます
映ります
箱根駅伝中に
シャーって実家が
そこを母実家って言っても
私そこで育ったわけじゃ
ないけど母が
25年ぐらい前に引っ越したんで
今としては実家になってるんですけど
もうその辺はすごい多かったんですよ
10年ぐらい前は
家の前で喧嘩してたりしてた
警察と
でもすっかり音も聞かなくなったし
通り過ぎやしないし
だいぶ減ったからますね
えっとねあれですね
ジャンプ世代とかで育った人とか
当時の少年漫画とかで
一番その暴走族とか
リーゼントの突っ張りとかが
多かった時代とかって
80年代90年代中盤ぐらいかなと思うんですよ
そうっすね
ジャンプとか見ると結構わかりやすいんですけど
あとは少女漫画もあったけどね
少女漫画?
えっとあれか
矢沢愛とか
リーゼントの人出てきましたもんね
なんとかロード
なんだっけ
矢沢愛の漫画
あれ結構中学の時同級生みんな読んでて
憧れだったんですよ
不良に対する
かっこいい男の人は不良だったんだよね
その時代は
そういう時代だったけど
今はね
暴走族と旧社会の関係
旧社会っていうのは
俗ではないわけですよ
むしろマナーを守って
普通の行動を走るだったら
そこまで美化する話でもないとは思うんですけど
まあいろんな旧社会と暴走族の違いって
なんか言われてる中で
翔さんが言ってたような
暴走族は完全に法律アウトなところを突き進むのと
旧社会は守るというよりはグレーゾーンというか
捕まらない落とし所を探るっていうのと
まあ楽しみを減らしたくないといけないと思うんですけど
まあ楽しみを減らしたくないといけないと思うんですけど
まあ楽しみを減らしたくないといけないと思うんですけど
減らしたくないからってところで
怒られるギリギリを攻めていくっていう
ただまあサーキットで
サーキット貸し切って
それでコールっていうのを
大会でやりだしたのは
暴走族ではないんですよ実は
暴走族っていうのは
そんなコール大会とかやってないわけですね
技術を見せ合うとかそういうことを
始めたら族じゃないんですよ
そういうことを
じゃあどこまでストリートなのかとかを
当事者に話を聞かないと
分からないってこともあって
私もモデレーションやってる間に
やっぱりそのコールは
昔からあるって思い込んでたんですよ
だって自分の家が走ってるから
パラララララララララとか
普通に聞くわけですよ
結構湘南コールってのがあって
楽譜が
結構みんなそういうのを聞いてるんですよ
それをやってるから
湘南は結構基本形としてある中に
聞いてたから
もうマーカーあると思ったら
それはちゃんと意味が違ったとか
そういうことが判明するトークだったんですね
具体的に言うと
なんでコールやるかって聞いたんですよ
そもそも誰の発明だみたいな
まず松竹梅さんのことを
ちょっとおさらいした方がいいんじゃないですか
ゲストで松竹梅さんというこうグラフィックさんのことを
ゲストで松竹梅さんというこうグラフィックさんのことを
ゲストで松竹梅さんというこうグラフィックさんのことを
ゲストで松竹梅さんのことを
グラフィティーライターさんで
元現役の方だった
グラフィティーライター
グラフィティーライターは
グラフィティーアーティスト
グラフィティーアートの
そうですやる人ですね
だからあんま顔バレはしたくないという方なんです
だからこの場に出るってことが
ほんと珍しいですね
いろんな意味でちょっとアンダーグラウンドの方なので
もうそれはじゃあリアルに
公共の場所にというか
そうです
にグラフィティーアートを
もう
,無断で書くみたいな
そういう無断であるし
そういうオファーっていうか
オフィシャルにミラノに呼ばれてやったりとかしたりしてたんで
それはさすがにオフィシャルですけど
だから両方やる
ただ書いてるネタが
賊とかヤクザっぽいことを書いてて
彼の面白い自分の紹介の仕方が
僕しか書けないこと書いてるんですね
っていう
なんでだろうと思って聞いてたら
僕は想像で書いてるんじゃなくて
完全なる記憶で書いてるんですねって言ってて
確かにその暴走族の風景を
こんなのが暴走族かなって書くのと
自分が体験してて
それで見てきたことを書くっていうのって
全然違うわけ
可愛いクマちゃんが
メンチ切ってる感じになるんですけど
暴走族の姿が
だいたいクマちゃんっぽい感じにキャラクターが置き換わって
暴走族的な絵が展開するんですよね
顔は怖いクマだけど
可愛いんですよなんとなく
だからポップなんですよね表現が
小竹梅っていうアルファベットで
インスタグラムで検索してもらうと
概要欄に貼っておきましょう
出ます
こういうというか
あの温泉メディアで言ってもあれですけど
岩田さんにインスタ見ながら
ただ走ってるクマじゃなくて
これ完全に喧嘩しに行ってる途中となんか
なんか鉄パイプ持ってるみたいな
これ旧社会じゃなくて族ですね
だからそういうのをこう書いても
まあ表現として書くと
あああの人じゃんみたいな
元何々の人じゃんみたいな
なんとかさんじゃんっていうのが
会話でわかるわけですね
レゲエの歌い手としても知らない
そういう顔もお持ちだったんで
シルバーバックさんっていう名前でも
知ってる人は知ってると思うんですけど
まあアンダーグラウンド
雑に言うとアンダーグラウンドの方ですよね
一貫してあんまり
諸事情で表にも出てくる機会もない中で
だから我々のトークイベント
それもあらかいなくいただいたって言ってもいいと思うんですけどね
もともと旧社会のゆいちくんに紹介していただいて
それで工芸読者をどういうふうにしていくかっていうことでも
なんか割とすごく芯を食うようなアドバイスとか
もともといただいてたりとかして
展示のスペシャルサンクスにもお入れしてるんですけど
町長お挨拶は
まさかその
パブリックトークンに出てくれると思わなかったがあるけど
ダメ元で聞いたら
まあOKだったと
僕でよければっていうことで
なんでバンクシーがいきなりトークン出てきたみたいな感じだったもん
結構なんかいいんですかみたいな
聞いて心配になるみたいな
だから工芸読者の話をちょっとすると
どっちかっていうと属者の側の代表みたいなとこでは旧社会のゆいちくんっていう方が立ってるような立ち位置だったんですけど
彼自身も2000年前後の暴走族と旧社会のいわゆる異向期って呼ばれてるところで
彼自身はなんて言うんでしょう
久保塚陽介が出てた
池袋ウエストゲートパークとか
東京ではカラーギャングとかって言われてる不良の集まりとかがあって
ちょっと暴走族っていう黄色が薄れてチーマーっていう人たちとか
どっちかっていうとアメリカンな
すごい説明むずいな
工芸とカルチャーの俯瞰
例えば漫画の話で言うと
なんだろうな
おでなしブルースとかで言うと前田泰尊っていう主役の人がリーゼントだったんですけど
途中でブルーハーツっぽい人とかが出てくるじゃないですか
ヒロトとか
全然パンクスみたいな感じで出てきて
それがなんかわりかしあの漫画で言う時代の異向期をすごい示してたのかなとも思うし
例えばスラムダンクも桜木花道とかが最初リーゼントだったんだけど
短髪の感じに途中が出てくるし
それはなんか偶然というよりは僕の受け取り方としては
結構不良の文化の異向期だったようなニュアンスがあるんですよね
その中だったからどっちかっていうと暴走族も
90年代後半には下火になっていて
カラーギャングみたいな不良の集団がある中でチーマーみたいな人がいて
そこからまた旧社会みたいなっていうような概念をちょっと
なんだろうな展開させていくというか
そういったような属者に乗る集団が出てきた時のが
ゆういちくんの時代だったので
ゆういちくんも先輩に多分これまでいろいろ
お前らそんなことやってるのは本物じゃねえとか
暴走族じゃねえとか多分いろいろ言われてきたと思うので
経験ないくせにって言われちゃう
本当の族は知らねえのにとかって言われてるけど
続けてる方の方が大事じゃないですか
実際やってるやつの方が正義でしょみたいな
あと暴走族って大体みんな二十歳になったら卒業とか
二十歳になる前に卒業するわけですけど
ゆういちくんの場合はもう二十年ずっとやってるわけですよ
だからそう考えると二十年も続けてたら
どっちの方が長くやってんだよみたいな
二三年乗っただけで先輩連れができるって結構いい世界ですねみたいな
ちょっと皮肉もありながら
と言いつつ彼は自分がやってることを族者っていうのを
先輩の睨みも聞いてるからなかなか言えない
族者っていうか旧社のビルダーぐらいにしといてください
僕のことはみたいなことも謙遜で言ったりとかするんですけど
周りから見たら族者なんですよね
ただそのトークイベントでは
やっぱりもうちょっと上の世代のガチ勢の方
松竹親さんが来ることによってもうちょっとカルチャーのことを俯瞰して
暴力と暴走族の背景
ルーツから
引き出せればいいなっていうことがあったんですよね
今はやっぱり工具とかも出す金額も全然やっぱり違うわけですよ
例えば昔タダでもらってたか盗んだか隣のおじさんからもらったかみたいな
バイクっていうものを今だとだいたい70万か100万とかいうような金額で
ホンダフォーク2とかっていう
そういうのが売買されてるわけですね
それを買える人たちのお遊びと言ってもいいわけです
経済状況がまず違う
違いすぎる
それとあと神奈川県って実はそんなに族者のカスタムがめちゃくちゃ発達してたかっていうと
発達って言い方変か
展開がすごかったかっていうとそうでも割となくて
どちらかというと喧嘩する
それ東京
そう東京だ
神奈川県は逃げる方
見せ場も必要見せたいしデザイン性もかっこよくしたいし
逃げやすいって形になっててどんどんコンパクト化していくんだけど
東京の方は族者のデザインとかあんまり
基本的に喧嘩集団なんで
発達してなくて喧嘩ばっかしてたからそのことやってらんないっていうのが昔だったんですよ
うんうん
今はそんな喧嘩もしないで
うん
仲良くみんなでカスタムを見せ合いをしてるっていう意味では
東京のスタイルっていうのがあんま見る機会ないなということで質問したらそういう答えが返ってきたっていうのが
でそのまあ足立区なのかなちょっとうろ覚えですけど松竹梅さんが育ったところは
うん
まあその結構経済的に恵まれない人も多いしね
恵まれない人も多くてで時代的にもなんかその学校の先生とか親とか
あの今だったら少しでも親から殴られたらすぐ自走に行っていいような時代なんですけど
うん
もう理不尽な暴力がもう日常的にあの横行してるような時代
うんうん
80年代とか70年代の後半とか
うん
っていうその当たり前のように暴力があった中でその俺はここにいるんだっていうのをなんか
言わなきゃいけない場所みたいなのが
うん
なんかあの必要だったみたいなちょっと要約しすぎかなそんなような趣旨だと思ったんだけどね松竹梅さんは
まああのそもそも今暴力ってまあ目に見えない暴力の方が圧倒的に多くて
うん
まあもちろんその家庭内暴力も見えない暴力ですよ外からしたら
うん
ただまあ怪我するからわかるわけじゃないですか
うん
でだけど今ってネットとか言葉とかそういうその顔が見えない
うん
誰にやられたかもわからない当事者が被害者が誰に加害者かもわからないみたいな見えない暴力があるっていう話にまあその昔はちゃんとこう自分の顔出してやってたっていうところだったのがどうして変わっちゃったんだろうって話を聞いたんですけど
見えない暴力と生きるための集団
うん
はい
そうそう Funk
もう食べれないからまず暴力とかが起きてでそれを守らないといけないが暴力ってなってた武力されるから暴力してたっていうのがじゃないのに何でみんなご飯食べれるのに暴力とかそういう見えない暴力とかやるのか俺には理解できないって
みんな暇なんで
暇なのって言ってますよ
生きるための暴力みたいでまぁあるいはね
家庭も居づらい人もすごいいっぱいいて
先輩とかなんかこう言っても
かわいがってくれるし
なんならちょっと食い物とかも
世話してくれるかもしれない
みたいなところがみんなが言う
ちょっとこの時代の人が
わからないなぜ人は
暴走族に入っていったんだろうか
っていうところは
理由なんてあんまりなくて
生きるためになんとなくそういう
集団を構成していく
今だと女性だとシェルターとか
あとはトヨコ
関西でいうと
グリシタ
グリシタ
グリコの
看板の
その周辺の
道頓堀とか
あれかゴジラの
トヨコって
新宿の
ゴジラ前みたいな
東方
10代の子が
家出のした人が
家出して売春したり
する場所なんですけど
今そういうところに
だから
地下化してるというか
見えにくくなっているんですね
見えにくくなってますね
しかもダウナーなんですよね
そうなんですね
騙し騙されみたいな感じで
規模が大きいかなと思って
一人の
一人に対するダメージが大きすぎるというか
そうかそうか
いやでも俺
それは分からんわ
一人に対するダメージ
だって暴走族の時代とかもさ
仲間が死んで
結構辛い時に
何もやることなくて
ただ単に友達の家に溜まって死んだんですって
ワンってなってるみたいな
爆音列島とか
そういう漫画とかに
寝る場所あるじゃん
雨風
避けられるじゃん
そうかそうか
そういうこともあるのか
今は多分
こういうネットカフェとか
また雨風避けるか
体売るかみたいな
似たくなっちゃってるからね
そことかでシェルターっていうのが
あるからまだ
こうやって知ってるだけで
マシで
ちょっと前まではそんな現状も知らなかったわけですよ
だから族
とかだけが悪いって
言ってるのは
ちゃんとその背景を
知らないで
言っているってこともあるし
でそういうなんか
リアリティを持ってる人からすると
えっとなんか
もう多分
あの松竹梅のショーの松を
取り出して松さんって
読んでたりとかするんですけど
松さんはあの
まあ何だろう
こう旧社会になって
いわゆるそのいろんな様式化したものを
なんかこう
テンプレートとして整備すること自体が
ちょっとどっちかって言うと
しょうもなく思えてるかもしれないですよね
もしかしたら
あの彼が言うには
もうやれることをやるとか
あのこうハンドルとかも
その今だったら
あのなんだろう
結構腕利きのこう
ビルダーさんとかが
あの綺麗にパイプを曲げて
なんかこうあの絞りハンドルとかを作るかもしれないですけど
基本的には団地の溝とか階段でこう曲げるとか
でなんかよくわかんないけど
金もない知識もないけど
なんか俺らしさをどう出すみたいな
やれることをやる
ホームセンターで手に
それってあの小学生の時とかに
自転車でやったりしてませんでした
岩田さんはそうだったの
ボルト緩めて
ちょっとハンドルのあのちょっと角度変えたり
であの後ろの荷物
あの奥なんていうんですかあれ
カゴとかをグニッと曲げて
ちょっと持ち上げたりとか
やりましたよね
ちょっとしてた
僕はあれですね
あのミニ四駆とかで結構みんな軽量化とかしてたところ
レースとかに出ないから
なんか割り返しいろんなパーツを切り刻んで
あのボンドでつけたりしてる
僕もあのなんか軽量化よりは
あのなんかそっちですね
継ぎ足すじゃないけど
あの装飾する
装飾する
であの一回なんかあの近所のおもちゃ屋さんで
レースやるからって言ってたら
もうあの最初のカーブで
飛んで行きましたけど
ボディバランスだったみたいなことはありましたね
確かにやれることやれることやるね
大事なのがそこで遠くで出たキーワードに
どれだけ無駄を重ねてやれることをやって
人と違う風景を見ていく
作って見ていくかってことが
どんなに尊いかっていうのを最近みんな
なんかそんなことやってどうするんですか?
みたいな話ばっかになってるよね
っていうところは言ってて
でそこに工芸やってる常がすごい反応してたね
やっぱり自分がやってることって
経済活動からはちょっと外れちゃっているというか
効率が悪いことをやってるわけなので
無駄と言えば無駄と捉える人もいるかもしれない
ただそれをやれることをやって
もう誰もが見たことないものを作ったり
自分が体験するってことっていうのは
工芸の側面なんじゃないかってことを言ってて
それはもう聞いてて確かに
アートもその無駄をどうやってやっていくかってことももちろんあるけど
工芸ほど極だってその工程やりますみたいな
やっぱりアートって省きがち
頼んだりとか他の人に
人にもよるけれど
一人で全部やる人もいるけど
それもあるしアートって
コンセプトも作家が語らなきゃいけないような時代になってるじゃないですか
良いとか悪いとかじゃなくて
要求に対して応えるみたいなのを
手作業だけじゃなくて
いろんな側面から求められてて
それでなかなか無駄だと思う
何でやってるのかって言うと
何でやってるのに対して答えなきゃいけないような
何か無言の圧力が多分あると思うんだよ
多くのアーティスト全然関係ない人
やってる人はいると思うんだけど
あれですよね
あとちょっとやっぱり話脱線しちゃうけど
工芸がアート化してきているっていうところとかを
どう捉えるかって話もあるんですけど
大事な視点ですよそれ翔さん
無駄だってところだったらアートも工芸も同じようにはなってくるからね
無駄だってところだったらアートも工芸も同じようにはなってくるからね
工芸とアートの関係
無駄だってところだったらアートも工芸も同じようにはなってくるからね
そんなレベルでやってるわけなんですけど
技術っていうものとか
日常にどうやって使われてるかって考えると
工芸ってやっぱり日常にすごく身近だし
使ってもらってなんぼだっていうところもあるんだけど
アートは使ってもらわなくてもいいもちろんいいし
非日常を提供しているっていう側面もあるから
非日常を提供しているっていう側面もあるから
非日常を提供しているっていう側面もあるから
批判批評しながら非日常の世界を作っているから
本当は全然交わらないなと思って
油と水レベルで違うんだが
最近アートを利用しようとしている動きを感じている
最近アートを利用しようとしている動きを感じている
工芸はでしょ
工芸の方がね
でもグラフィティに関してもそうで
これは僕の工芸俗者をやりながらの感じていることなんだけど
工芸に関しても
俗者とかもっと広い意味でのストリートカルチャーに関しても
アーティスティックとかアートの目線を向けるっていうのは
外側の人がやることとしてあるし
それはそれですごい大事だと思うんだよね
第三者がそれ価値を見出してそれを伝えていくっていう
役割を担っているだろうし
ヒップホップなんか現にそういうことで何だろうか
その価値が本当にアンダーグラウンドな価値が
結構みんなが触れられるようになったし
っていうところもあるけど
先週か今週か分かんないけど
バンクシーの話とかでも出た
グラフィティのライターとかっていうのは
例えばどっかにタギングします
落書きですよね
違法ですよね
そういうことを分かった上で
俺はここにいますとか
ちょうどこの前今日か
電車にめちゃくちゃグラフィティが出てきて
書いたらめちゃくちゃ切れてて
東武線だったかなどこだったっけな
結構車両いっぱいにガッツリ書いて
運休になってた
運休にして手で取って
しかも自動でちゃんと洗うみたいなのやって
許し難いことですっていう風に
まあまあでも許し難いことっていう文脈も分かるし
と言いつつ書く人は
この街は本来的には俺たちの街だっていう
ある種の警告だったり
バンダリズム的な意味もあって
そういうことも含めて
価値が議論されるところまで行ってるわけですね
グラフィティライターとかって
とはいえ当事者とかは
アートとしての
自分がアーティストっていう自覚があるかどうかっていうのはまた別で
周りの人がアーティストとして接してくるのであれば
そういう文脈にちょっと寄せて
口調を合わせて話してる部分もあると思うんですよ
で工芸も多分似たようなところがあるというか
これやってることアートとして見てくれてるんですね
みたいなところの寄せ方とか
口調の合わせ方みたいなのがあるとして
そうは言ってもアートだけではこの部分って
割り切れないなっていうのを
なんとなく残してるような風景も結構
両方に対して僕見ていて
ストリートカルチャーにしても工芸にしても
そういうところが本当手前味噌になって申し訳ないですけど
結構工芸属者っていうプロジェクトとか作品には
ストリートカルチャーにおける工芸
結構内包してるっていうのを
いろんな人が松さんとかそういう人も含めて
言うことによって結構浮かび上がってきたっていうのが
個展をやって結構なんとなく実感が得てきたところですね
そうですね
この作品本当アート側から注目してくれてる人たちは
多分すごい陰られてるなっていうのを正直思うんだけど
それはやっぱりストリートとか工芸っていうのを
焦点にしているからであるなっていうのは
なんか思ってはいるんだけどね
一方なんかじゃあ僕はどっちの立場かって言ったら
不良の側というよりはどっちかっていうと
工芸家っていう学校を卒業してるから工芸側の方だと思いながら
工芸がじゃあ何なのかって言ったら
それこそちょっと岩田さんとも喋ってたあれですけど
ロックやってますとかバンドやってますとかっていうぐらいの
意味しかもう工芸やってますの意味がなんかないような気がしてて
ありとあらゆる意味を工芸っていうものが
今日今日ではすごい持ってるような感じがするし
意味が工芸になったってこと?
そうそうそうそれをこの間富山のGO4工芸っていうイベントのシンポジウムに行って
いろんな方が工芸について定義すること自体がもう無理だし
その曖昧さが一番面白いとこだよねみたいな話があった中で
なんか僕がぼんやり思ってる実感と近いところがいくつかあったんですよね
でその中でじゃあ工芸属者っていうのをやって
その工芸っていうのはどういうものかっていう
なんか断定的に生きる
つもりはないんだけど自分の立ち位置としては
なんとなくその工芸っていうところで言うと
まあロックやってますで言うとどっちかっていうと
政治の歌詞多めのパンクマンドの奴隷なのかなっていう感じが
若干こうしてきたという感じですね
あと工芸作家名を前に出しがちじゃん
あんまグループでやるってイメージないじゃん工芸って
そうかなぁ
なんとかグループ
それはどうかなぁ?
例えば分業とかがすごいいっぱいあるようなところとかはさ
まあそうかなんとか社とかなんか会社とかなんかそういう
それこそこの間のグッドジョブセンターで作ってる張り子であったりとか
あの叩いて磨いてみたいなあれあれはその記名性はかなりないですよね
民芸なのかなんかザ作家性のある工芸かっていうとこで分かれたときに
作家性ある方は割とこういう風に言うと
名前出しがちだっていう
なんかこの人の尊さみたいなこの人しか作れないっていう感じるんですよ
アートにも同じことがあるんだけど
それがやっぱもういらんいるのまだっていうのは
そこが工芸のアート化してきているうちの一つに感じたりはしてる
工芸の価値と議論
うん
なんか
何で買うっていう時代なんだったっけっていうのもある
だからあれだね工芸とかってあの須藤三階とかであったと思うんですけど
えっとその作りの良さは作りの良さとしてあるので
なんか誰々のなんかその大化のものが作ったものではなくて元作だったときに
あの作りの視点で言ったら元作だったとしてもこの価値が何も別に悪いことではない
うんうん
そう技術は素晴らしい作り出しっていう
そうだから何代目とかそういう意味あるんだっけ
それはだからその誰々のだから良いっていうのとは違う世界ですよね
そう
ピカソのあの絵かと思ったら違ったからいきなり価値が下がるとか
うん
なんかそういうことでもないという
まあね
うん
それはでもアートの中いっぱいあるから誰かの家にキッチンにポーンと置いてあったらなんか
なんかすごいこう名作が何億円っていう値段で
そこの最近までキッチンに
キッチンに飾ってたんだぞみたいな
なんかそういうね
なんか不思議なそれこそ前回の話着物とかの値段が
うんうん
よう分からんと間に入っているねオークションとかもやっぱアートも真ん中に入っている人たちが
うんうんうん
50%を取っていくわ世界だから売れた作品の
うん
なんかまとまらんくなってきたね
あのめっちゃ話巻き戻っていいですか
はい
あのしおさんのあのコールがいつ生まれたのかって話が途中で
ああ
小竹俳さんの話ね
ああ
切れたんで
あの気になってたんですけど
コール自体はだからその属者っていう
こう属がコールやってたのは
うん
俺らはここにいるぞっていうのを教えるためが目的だね
うんうんうん
たらしいんですよ 例えば神奈川県で2つの族がありました
その族同士が同じ道で走っちゃうと喧嘩が 始まっちゃうんででも自分たちはその
喧嘩が目的じゃなくて楽しく族で走る方を 優先したいし
ここに俺らは走ってるよっていうのを相手 側に教えるためにその自分たちの
コールを切っ 可能でてたあああああその動物が遠吠えし
てあのなんかダーバリオラバリが来ない こっちの方に縄張りあるからその前が来る
なよみたいな結構ちょっと携帯もないから 体もないしあの集会とかはなんかそれぞれ
使いの人があのファなんかそれぞれ たむろってるファミレスを実際に入って
いついつどこでっていうのを何か言って 回るような時代だからへえ
なんで多分そういう高非言語的ななんか こうなんだろう
シェンディングをでこれからその8この子の チームはこの音っていうので認識
されるように走りちゃうですよ
がお互いが必要だ近所迷惑をしたくて やってるっていうのとちょっと違うと
ねーく的なともう街の中である程度距離の もう返してコミュニケーションを取るため
でそうですで喧嘩になった方がよっぽど目 まあそうなりとって迷惑だからっていうの
もあると思うし でただ今のコールはもうあの行動でやるって
言う 人もたまいますけどもしまうやっちゃう子
いるけど基本はそれサーキット借り切って みんなで楽しくやききょうがそうという
よりはその埋もれてるストリートが一号に なん一堂に会するのがやっぱサーキットの
年に何回か
とって患者するけどねその感じで修練して いるわけですみんな
だぞそこが全然違うんだよねそれやっぱ 競技化している部分もあるしラップでも
あると思うよねこんなが例えば じゃあエミネムが登場しましたという時に
すごいスキルとしてなんかこんな人いなかっ たっていうのはあるとしたら
えっと今出てくる子はそのそのスキルは 軽く超えてくるのが当たり前になっている
ん ような時代
中でもなんかじゃあこのこの中ですごい人は スキルだけじゃなくて何がすごいのみたいな
なんか議論がその時代ごとに起こったりとか してコールも実はそういうことがほとんど
知られてないけどそういうことがあって 昔すごかった人の技術を若い子が結構
超えてくるようなところがありつつ えっとでもストリートでやってるなんか
こう例えばラップで言ったサイファーとか でこの人の奴はうまいとかじゃなくて
なんか味があるんだよねとかそういう 部分も残ってたりはするんですよね
からなんとなくえっと街中しててねー 一緒に走ってただいたいこう
後部座席や散乱シートに持たれている人が 携帯でなんかツイッターで上げてるようなと
か結構こいつのいいんだよねみたいなのは なんかそういう高なんか哀愁がたまに
あるもの でもそうそう思ったほんまにラップとその
進化の仕方って一緒ですよ喧嘩にならない ためにラップするそのと同じ同じですよ
ね その後にその殺し合いにならないように
まずは言葉で言いたいことを言い合って っていう
フェイスべきには何かいいか発見されたら ヒップホップぐらいには見てるんですよ
だからあのそれを外部が例えばヒップホップ の世界だとワイルドスタイルという映像を
なんか外側の人が撮ってフィクションです けどほぼノンフィクションでこう
ドキュメンタリーのような映画を作って たけどそれをやってたのが実は司法さんなん
じゃなかっていう説がねあの旧社会の映像 あーそこを撮ったりとかしているワイルド
スタイルを撮るなんか外部の人みたいな なんかそんな気持ちにさせられることも
しばしばあるという
映像あのコールとドラムの映像も撮らして もらったんですけどすごいやっぱ面白かっ
たのが楽譜がない2人で初めましてで あっちはあのパンクドラムこっちはコール
大会日本一 でまぁその界隈ではもちろんみんな名前を
ストリートの表現と工芸
知っている人たちが撮ってくるみたいな感じで 撮ってくるみたいな感じで撮ってくるみたいな感じで
撮ってくるみたいな感じで撮ってくるみたいな感じで 撮ってくるみたいな感じで撮ってくるみたいな感じで
ですとでも初めましてだからもうなんか声 で担々た簡単パンターンだねーとか言っ
てるんだよに移行するんでみたいなそう いうのを言葉でこうなんかやり合いしてて
で探りながら売っててだんだんあってき たりとかするわけですよそういうのを
見てるとなんか ああ
なんて言うんだろうな違う言語同士でも やり
一応コミュニケーションできちゃったり とかする
一応コミュニケーションできちゃったり とかする
一応コミュニケーションできちゃったり とかする フォーマットだなーなんていうのは映像を
フォーマットだなーなんていうのは映像を
フォーマットだなーなんていうのは映像を 撮りながら
撮りながら
撮りながら そんな僕らも別に暴力を奨励している
そんな僕らも別に暴力を奨励している
そんな僕らも別に暴力を奨励している わけではない
わけではない
わけではない あのむしろやっぱりそれはその身体的
わけではない あのむしろやっぱりそれはその身体的
わけではない あのむしろやっぱりそれはその身体的 な不頭痛としたっていうのはまあストレスとか
な不頭痛としたっていうのはまあストレスとか
な不頭痛としたっていうのはまあストレスとか 書いてる何かをもっと話し合える場所とかそういう表現ができることが
書いてる何かをもっと話し合える場所とかそういう表現ができることが
書いてる何かをもっと話し合える場所とかそういう表現ができることが 一番ベストだから
一番ベストだから
一番ベストだから からそれがねどんなヒップホップだろうが族だろうが
からそれがねどんなヒップホップだろうが族だろうが
からそれがねどんなヒップホップだろうが族だろうが族だろうが 工芸なのかアートなのかサイエンスなのか知らないんですけど何でもいいと思うんですけど
工芸なのかアートなのかサイエンスなのか知らないんですけど何でもいいと思うんですけど何でもいいと思うんですけど
工芸なのかアートなのかサイエンスなのか知らないんですけど何でもいいと思うんですけど何でもいいと思うんですけど なんか日本の日本で生きづらいなーっていうところって
なんか日本の日本で生きづらいなーっていうところって
なんか日本の日本で生きづらいなーっていうところって やっぱり言えないってことだと思う
やっぱり言えないってことだと思う
やっぱり言えないってことだと思う 思ってることとかを言えない文化だっていうのが
思ってることとかを言えない文化だっていうのが
思ってることとかを言えない文化だっていうのが あと空気を読めとかね
あと空気を読めとかね
あと空気を読めとかね そこが一番苦手です
そこが一番苦手です
そこが一番苦手です
そう
そう
そう そんな感じがシューンってなっちゃった
まあ工芸属者のお話は
まあ工芸属者のお話は
まあ工芸属者のお話は ねまぁこんなとこですけど今日のところはねでもちょっとあのなんか定期的に
ねまぁこんなとこですけど今日のところはねでもちょっとあのなんか定期的に
ねまぁこんなとこですけど今日のところはねでもちょっとあのなんか定期的に アップしたらやらまだまた1年後ぐらい
アップしたらやらまだまだまた1年後ぐらい
暴力の回避とコミュニケーション
アップしたらやらまだまだまた1年後ぐらい また聞きたいですねはい
また聞きたいですねはい
また聞きたいですねはい そんなところであんであのもう年内の配信は来週で最後
そんなところであんであのもう年内の配信は来週で最後
そんなところであんであのもう年内の配信は来週で最後 サインになるんでまあまあ最後はエピソードちょっと
サインになるんでまあまあ最後はエピソードちょっと
サインになるんでまあまあ最後はエピソードちょっと また別の話でもしましょうか年末年始の
たくまに飽きたら
たくまに飽きたら
たくまに飽きたら 例えばん
что y と4 fai のプラットフォームで bi 4 bye
と4 fai のプラットフォームで bi4 bye
と4 fai のプラットフォームで bile Cinema
udac3バスゲームアルバムで杯弾りダッシュieben
udac3 acabarั doivent pick up a y ダッシュ spoiler
udac3 cruising by the way dj cross brother
by the way hine wen away by the way dj cross ver
去年もありましたよね
どれだっけ
ちょっと待って
画像保存したのが
そうですね
ツイッターから
シェアしております
いろいろ
リスナーが増えたり
フォロワーが増えたり
ありがたいですね
こんなリアクションいただけると思ってなかったけど
やっててよかった
続けますよ
続けますけど
というのはまた来週
改めて言いますけど
というわけで来週も
火曜日
配信しますので
またお聞きください
感想フォームで
募っております
来年のリクエストも
欲しいです
ぜひぜひ
あとは
あとは
僕が感じた
私が感じた見えない
暴力について
ハッシュタグ
COL
やったら
僕らも返せるお話があるかもしれません
はい
じゃあまた来週も
よろしくお願いします
ありがとうございました
ありがとうございます
44:58

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