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Hazeです。こんばんは。 今日はですね、キクラゲの卵炒めを作って食べてました。
タケノコの水煮でいいのかな?カットしたやつをスーパーで頼んで、キクラゲは白キクラゲを水で戻せばいいやつ買ってあったのでそれを入れて、なんか全部同じような色になっちゃって。
色で言ったらキクラゲは黒い方がいいなぁと思ったんですけど、味付けはタイのオイスターソースとナンプラーの味付けで作りまして。
スムージーも作って、私アボカド嫌いなんですけど、アボカドをスムージー用に買って、タイのアボカドって緑で長いこともあるような気がしてて、
普通のアボカド?他のアボカドよりも、なんていうかな、軽いんですよね。匂いも軽いし、まあ安い、安いっていうかあの、若い感じ?グリーンアボカドな感じなので、
まあそれを切って凍らしてスムージーに入れて作っているんですけど、ハンドブレンダーが届いたので作れるようになって、
結構いいですね。そんな実水を割としてて、唐揚げもあげたんだよね、今週。
唐揚げって、うち、卵アレルギーが家族にいるので出てこなかったんですよね。家庭料理じゃないんですよ、うち、私にとっては。
一つで買って食べるものだったんですけど、食べられない人いるからだったんですけど、唐揚げって家庭料理な人もいるんだなぁとか思って作ってみたら結構簡単だし、
作ったことあったんですけど、アメリカで一回あるんですけど、パーティーでね、テイルゲートの時に、フットボールの前のテイルゲートの時に作って持って行って、すごい盛況で、
全部すぐにみんな食べてくれた覚えがあるんですけど、それもタイの味付けで、白胡椒と、
えっとナンプラーか、とニンニクでつけて、タピオカスターチをつけて油で揚げて、かなりカラッと揚げ焼きにしたんですけど、かなりカラッと揚がって、ただその後の匂いは大変でしたね。
タイのコンドって、換気扇あんまり性能良くないっていうか、上向きについているので吸ってくれるわけじゃないんですよね。料理から直接吸ってくれるわけじゃないし、
あとめちゃめちゃうるさいのにパワーは弱いし、換気がね、家の構造的にも外暑いし、窓をずっと開けておくのもね、待機汚染とかもあってあんまり良くないので、
この夜、翌朝か、なんか明け方に寝室にいるんだけど、すごいそのごま油の匂いがすごいしちゃって、換気扇回したりとか窓開けたりとかちょっとしてて、そういうもんなんだなって思ったんですけど、
料理は私できるんですよね。できるし、うまくできるんだけど、味付けもうまいんだけど、やらされてたんですよ。
うちは母が、母がっていうか、家事は母がやらなくていいよねっていう家だったんで、考えが古いとかでは全く持ってないんですけど、
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父親は平日の夜は基本的に家にはいないっていう感じだったんですが、単身不倫だった時もあるし、その母が家事をやらなくていいよねの分が全部子供に回ってきてたっていうことで、それも私の方がやっぱり多かったと思いますね。
年上っていうのもあるし、まあどうかな、その辺のことがあって、当番なんでも作らされてて、中高生の時からスーパーにメモを持って行って、その時なぜか水を汲む機会が出始めた時で、でっかいペットボトルに水汲んで、それも持って自転車で帰ってきた覚えがあるんですけど、
買い物に自分で行くか、サーモン、鮭買ってあるからなんか作ってとか、豚肉買ってあるから豚丼でも生姜焼きでもしてみたいなのが結構普通にあって、お手伝いっていうレベルじゃなかったんですよね。
もう私がいないと回らない、回らないっていうか、無理とかやりたくないとか、そういうの言える余地がなくて、それで作らされてたんです。
だから一応料理はできるはするんですけど、やらされてるものだったので、4ヶ月前ですね、見たら、まあここに来て、これだけデリバリーが早くて便利で安くて、何でも手に入るしね、美味しいし、タイの人ってそんな料理しないんですよ。
だからこういうキッチンになってるわけなんですよね、今度って。
そんなんで、周りから料理の匂いするなって思うこともあんまりないし、そんなんで、だから作らないっていうことに決めて、作らなくていいっていうことに決めて、作らないを通して4ヶ月ぐらい経って、今まで頼んでたんですが、
頼むのが、まあ頼んだら来るまでに待たなきゃいけないし、それが渋滞で遅れるっていうこともあるし、別に値段高くはないんだけど、遠いところだと時間もかかるし、
ニンニクが多かったんでね、ニンニクが多くて胃が痛くなるなみたいなのがあって、そういうの自分で調整できた方がいいなっていう感じで、
なんとなく野菜を好きな野菜を買うようになって、卵炒め作って、卵豆腐をね、コーンスターチ、コーンじゃないや、タピオカスターチつけて揚げたりとかして、
で今週は唐揚げをみたいな感じになっているんですけど、だから作りたいものを作るようになったんですね。
って思うんですけど、私が作った、その作った、作れる料理を揚げてみると、全部卵と鶏だったんですよ。
私、まあその卵鶏が食べれない人が家にいるってことは基本的に出てこないので、クリスマスはステーキだったし、チキンじゃなくて、
カレーも、チキンカレーなんか出てきたこと一回もないんですよね、豚か牛かっていう感じで、
うちは肉の日魚の日って夜は1日ずつ交代みたいな感じではあったので、そのルールで回ってたんですけど、
私、肉丼っていうのも魚丼っていうのも、白米も実はそんなに好きじゃないんです。
家族に作るときは栄養バランスを、バランスということでもないけど、やっぱりそのご飯とメインと野菜みたいな感じで考えなきゃいけないので、
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その考えでやってたんです、アメリカでもベルギーでも。
私は野菜の方が好きなので、ズッキーニとかブラストスプラウトとかをグリルで炒めて、それで野菜がいっぴん。
穀物は食べたり食べなかったりしてて、じゃあタンパク質どうしようってすっごい困ってたんですよね。
肉も魚も好きじゃないから、ツナ缶とか、サバ缶がベルギーはあったから結局そういうのをすごい食べてたんだけど、
あとひよこ豆入りのトマトスープみたいなやつとかすごい買ってたんだけど、
それですごい困ってたし、野菜をたくさん食べなきゃとか、ヘルシーなものを食べて痩せなきゃっていう意識もすごく強かったので、
今思えば味は二の次で、一人だから作りすぎることも多かったし、
そうすると何日も食べるんだけど、同じものを二日続けては食べたくないしとかいろいろあってですね、
その辺を4ヶ月こうもう作んなくていいやって休んだことで、
リセットできたかなっていう気がしてて、
でもね、一回やりましたけどね、作りすぎたなあんまり美味しくなかったなって。
でもタイの味付けは結構好きなので、食べられるんですよね。
飽きないで食べられはするんですけど、それで作る量を減らしたりっていう感じになってるんですけど、
で思うのは、アレルギーって誰の責任でもない。
誰が悪いわけでもないし、弟が悪いわけでもないんですけど、
でも、まあ私今見てみると卵も鳥も好きだし、
特に朝は毎日卵食べてるから、好きなものを食べられなかった。
18年間ですよね。18年間近く、弟が生まれる前はいいとして、
近く好きなものをずっと食べられないできたっていうことと、
そういう家にいたら食生活はそういうもんって思うし、
それが家庭料理だったわけなので、
別にまずかったっていう話じゃなくて、好みじゃなかったって言えば、やっぱり好みじゃなかったんだなっていう気がしますね。
だから、和食が好意しくならないっていうところもあるのかなって思うのと、
美味しいものっていうか食べたいもの、今日はこれを作ろう。
そして簡単にできるものだとあんまり負担にならないので、
自分にも作るし、誰かが食べるように作るっていうのでも、
すごい嫌だったんですよね。なんで自分が犠牲にならなきゃいけないんだろうって、
すっごい嫌だったんですけど、だってずっとやってきたからね家族に。
でもそれがあんまりなくなったなって今週は思っています。
振り返るとですね、その鶏卵アレルギーに配慮するって、
本人だけ別の、例えばマヨネーズはマヨドレっていう卵入ってないやつを本人は使ってたし、
ケーキとか食べるときは本人はゼリーネとかそういうの、ピースのケーキだったらあったんですよね。
それもあって、鶏も卵も本人的には食べ物だと思ってないらしく、
今はそんなに制限なく食べているんですが、
食べ物じゃない椅子を食べるみたいな感じらしいし、
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卵料理の違いも全然わからないらしいんですけど、
そんな感じなんですが、
例えば白滝、白滝こんにゃくって卵化学カルシウムっていうのが入っていることあるんですけど、
それは見て入ってないやつを買わなきゃダメよって言われてたんですよ。
だからそんなこと知ってるんです、中学生、高校生で。
手伝いの範囲じゃなくて、それを超えて料理作らされてたし、
それも別に母が全部やる必要はないんですけど、
だとしてもやっぱり子供が子供として、
親に面倒を見てもらうとかができなかったし、
なおさらうち、親が食品ギフトのバイヤーだったので、
ここイコールにしちゃいけないんですけど、
板橋の家なんか一部屋食品だったし、
カニ缶とかカルピスとかジュースとか、
そういうの溢れてる家だったし、
本人は今でも食べ物が溢れてる家に住んでるし、
賞味期限あるわけでしょ、食品だから。
それをできるだけトルトのカレーとか使ったほうがいいなっていうのもあるし、
生物も送られてきてそれが冷凍庫に行くから、
それでサーモンが、
サーモンはまだいいんだけど、鮭があんま好きじゃないんですけど、
食べなきゃいけない冷凍の大量の鮭とかさ、
そういうのをうまく消費する、
そしてみんなが食べられるものを作り、
栄養バランスもあり、
牛ごはんってどうしても作れないってなったら、
お惣菜買ってきてとか頼むことはできたと思うんですが、
その作る役を私が下りることはできなかったと思うんですよ。
そんなのを中高生でやってたっていうのを考えてみると、
もう怒りはないけど、
ちょっと他の人それやってみるよっていう感じではあるんですね。
高校だってお弁当だったけど、
1回も作ってもらったことないからね。
3年間ですよ。
3年間1回もないんですよ。
それは別に毎日じゃなくて、
購買の日とか買っていく日とかもあったけど、
そうじゃない日もお弁当のために、
この冷凍のお弁当用のやつ買ってって買ってもらって、
朝全部詰めて行っていたわけですよね。
子供のために朝早起きしてお弁当作るとか言ってる親っているけどさ、
多分そっちが普通だと思うんですけど、
うちは全然そういうことはなかったので、
それがネグレクト虐待というやつだなぁと、
料理を通して思うんです。
本当に料理はすごくいろんなレイヤーがあって、
親の仕事っていうところもあるし、
満腹を超えて食べさせられるの普通だったんですよ、外食するとね。
それも断るっていう選択肢はやっぱなかったんですよね。
だからすごく普通に苦しいしさ、
その辺の食べ物は、私食べ物好きだけど、
すごくいろんなものがくっついているのが食べ物だなって思うし、
いずれですね、別に弟のせいじゃないけど、
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私は好きなものを18年間食べられなかったっていうのは言ってもいいかなって思いますね。
あとね、飲み物だよね。
私、家でスムージー作るぐらい好きなんですけど、
自分で作れるようになって結構楽しいんですよね。
これもまたアメリカでも作ってた時期あるんだけど、
その時も健康を考えて、ベビースピナッツとブルーベリーみたいな感じで作ってて、
味は正直二の次だったから、
今はソイープロテインドリンクとかを入れて、
バナナとかアボカドとか入れて作るんですけど、
買わなくていいし、すごく満足感はあるんですが、
私、お酒飲めるんですけど、強いんですけど、
飲みたくないんですよね。全然恋しくならん。
飲まなくなって1年半ぐらい経つけど、
一回も飲みたいと思ったことないし、
でもそれもうち家族みんな強いから、
飲むもんだし、
社会的に飲んだほうがいいし、
多く飲めることはいいことだし、
楽しむことはいいことだしっていう感じの洗礼っていうか、
そういうもんだと思ってたんで、
一通り通ったし、私飲めるから、
アメリカでも飲んでたし、
社交的でみんなでパーティーに行って飲むっていうのは
良いこととされるので、アメリカでは特にね。
それをできているっていう自分もいいなと思ってたんですけど、
で、また親がお酒の資格をうちはすごい持ってるので、
いいワインとか、自分生まれ年のワインとかシャンパンとか、
そういうのも飲んできたんですけど、
良いものを飲んできたけどっていうか、
親と食事に行ったら、
フレンチに行ってフォアグラ食べて、
ワインをピアリングしたものを選んで飲まされるっていうのは普通だったんですけど、
でも、やっぱ好きじゃないんですよね。
で、そのお酒も嫌です。
食べるのもそんな好きじゃないですってなると、
もうそこで親と接点が結構なくなる感じがあって、
食べるって、一緒に食べるって結構その、
機能っていうか、
断乱みたいな機能があるところだったりもするので、
そこで愛情を受け取れないというかね、
なんていうかっていう部分だったりもするんですが、
離れて一人になって、
もうやんなくていいやっていう状況になってみると、
それが本音だったりとかします。
そんなことを今週考えたんですけど、
仕事的にはメリハリが本当にある週で、
2日間はオンラインのワークショップをずっと聞いてノートを取ってなきゃいけなくて、
ただ、トランスクリプトは日本語でなんていうかわかんないけど、
それが後で出るし、
スライドに沿って話してて、
そのスライドも全部もらっているので、
そんなね、ハードに取らなくてもいいけど、
内容は聞いてなきゃいけないみたいなディスカッションはあるし、
っていう感じのが2日間あって、
時差があったので朝早くはなかったけど、
そんなんですね。
その2日はもうそれで疲れたっていう感じに、
当然ながらなっちゃうし、
それ以外の日は割とゆるっとしてはいましたね。
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来週もそんな感じの予定ではあるんですけど、
あとは、なんだ、
メリハリある仕事して、
あとは猫カフェに行ったら、
常連認定されてるんで、
サービスいつも来てくれてありがとうって猫のエサくれたりとかして、
猫カフェで、
そうだ昨日ノート書いたので出したんですよね。
今流れだから行きますけど、
猫カフェでノート書くって結構いいですね。
パソコン持ってて重いけど力近いんで、
そこで猫が寄ってきたりするの、
私は一緒の空間にいるだけで全然いいので、
抱っこしたりとか思わないし、
猫って抱っこされるの嫌いだと思ってるし、
っていう感じなので、
インタビューフレップか一つあげたのは、
これは最近面接があったんで、
それに向かうまでの、
結構長いですね。長く書いたやつ。
準備しながらいろんなこと思い出したので、
それを書いているやつ。
本当に長いですね。
マイリンガルのフローティを再開しましたっていうか、
久しぶりに書いたのがラマダンってやつなんですけど、
ラマダンって毎年あるものではあるんですが、
バンコクで数ヶ月前のラマダンの時に、
同僚があっていう話で、
そういえば昔って思い出したのが、
アメリカの留学してた時の、
カフェテリアでバイトしてた時の、
マレーシアの女の子の話だったんですけど、
ベルギーでも実はあって、
ブリュッセルで電車に乗った時に、
その日がラマダン明けのイイドか日だったんだよね。
っていう話を繋げたのを書いています。
それがノートですね。
結構その猫カフェパソコン広げるルーティン、
気に入ったんですよね。
あとね、
食べ物の話からっていうわけでもないんですけど、
映画見てて、
ドラマでもいいんだけど、
たまに心配かけたくなかったから話さなかった、
みたいなやりとりを見るんです。
あるじゃないですか。
でもそんなの話してくれりゃいい話なのにって、
見てて思うことが多いんですけど、
私は心配されたっていう経験がないんですよ。
だから心配するってどういう感覚なのかは、
全然わかんないんですね。
全然わかんないから、
心配かけたくなかったなんて言わなくても、
話聞いたところで私心配しないよっていう話なんですけど、
それだとすごい冷たい人に見えるので、
そういうことじゃないんだよなと思ってて、
感情面のやりとりがやっぱりない環境で育っているので、
どうしても人のやりとりって役割と、
ロールプレイと機能に見えてたっていう、
そこが見えたからだと思うんですけど、
そうじゃないな、それだけじゃないなっていう面が見えてきたので、
それがない環境で育っているが故にわからないっていうだけで、
わからない状態を続けたいと私は思ってないので、
それをなんとなく発掘しているところであったりするんですけど、
心配の話から思ったんですけど、
これもノートに書くと思うんですけど、
18:03
心配って、
心配の言葉の定義を意味していることが、
どうやら多くの人と違うらしくて、
私には干渉に見えるんですよね。
うざいと、
大丈夫っていっぱい聞かれたら嫌だし、
いっぱいじゃなくても嫌だしっていう感じで、
他の人に対しても心配はしないんですけど、
たくさん聞かれたらうざいだろうなと思うし、
何か必要な理由ってくるよなと思ってて、
だからその人の自主性に任せるっていうか、
それを尊重するっていうのが私のやり方だったりするんですけど、
それはいろんな国住んできて、
常識も場所によって違うし、
たくさん背負って助けなきゃいけないわけじゃないし、
っていうのもわかっているから、
っていうのもあるんですけど、
なんて言ったらいいのかな。
やりすぎると、
やりすぎるとっていうか、
こっちは良かれと思ってやっていても、
私そういうことあんまないけど、
何もしないからないんだけど、
良かれてやっていても、
もしかしたら相手嫌かもしれないなって思ってるんですよね。
で、それ結局、
それ結構肝なんだなって、
今日は深いところまで考えて、
下ってないのか、
降りて行って、
昨日の夜か、
昨日の夜からそれを考えていて、
昨日よりも結構深いところまで降りて行って、
今日も引き続き降りて行って、
それをずっと考えてたら、
朝ごはん食べて、
わりと家にいるときっていつもそうなんですけど、
朝ごはん食べて、
寝っ転がって、
動画見たりとか、
話したりとか整理したりとかしてて、
そのうちに血糖値が落ちてきて、
で、ご飯食べるべきなんだけど、
栄養は足りないんだけど、
寝てる間大丈夫なんだけど、
気づいたら結構、
料理量がなくなっていて、
で、やばいやばい食べなきゃって、
気分も落ちてくるのでっていうことあるんですけど、
今日はそれで、
結構そこにはまって、
なんだろう、
頭痛いなっていう感じになったんですが、
私やっぱり、
家を追い出されてるので、
なんていうのかな、
これも書いてるんで、
出すと思うんですけど、
結構根底の恐れとして、
自分の価値が低いとか、
能力がないとか思ったことはないんですよね。
そっち側に私行かないんですけど、
ある日突然、
全然わからないところで、
見捨てられるっていうか、
不当な扱いを受けて、
でもそれを誰も守ってくれないみたいな、
その辺の恐れがあるんですよ。
で、地面が揺れるっていうか、
全てが崩壊するみたいな、
絶望ですよね、これって。
絶望を結構味わってたんですよね、昔は。
最近はあんまないんですけど。
それって全部そこから来てて、
家を追い出されただけじゃなくて、
うちの親もそうだし、
親以外にも、
そういう人っているんですけど、
どうやら対話らしくて、
嫌なことがあったら言って、
その場でやめてもらうとか、
21:01
そういうやり取りではなくて、
その場では言わないで、
ある時突然、
さっき今までこれがあったから、
あなたはもう終わりって、
切られちゃうんですよね。
その経験もかなりしてきたみたいなので、
それが価値観っていうか、
世界観にだいぶ影響を与えてきたんだな、
っていうことを今日掘り出していて、
それで頭が痛くなったんですけど、
分かったってことは、
抜けていくと思います。
そんなに今、
今別に絶望してるわけじゃないし、
そんな環境にいるわけでもないので、
たまたまこのタイミングで出てきたことだな、
って思うんですけど、
そう思うと、
そういう世界観で生きている人、
私が支配的な、
私が言うことは絶対だからみたいな、
私の機嫌を損ねたらそれで終わり、
いいわね、みたいな感じの人とは、
縁を切ってよかったな、
って思いますし、
そういう人たちが、
マジョリティじゃないんだよね。
一度もやってかなり変わってる人なんで、
変わってるっていうか、
ディストリビューションのこっち側に、
極端なところにいる人なので、
人間みんなそれじゃないよねって言われると、
ちょっと救われるんですよね。
それを持ち続けていなくていいんだな、
って思うんですけど、
そういう対話とか、
あとは不当だっていう、
私は嫌だとか、
怒っても笑われたし、
泣いても怒られる家だったっていうのがあるんですけど、
自分の感覚が、
信じられなくなってくるっていうか、
私はこう思うけど、
それがそう思うよねって
受け止められることがなかったので、
そうするとやっぱり
自分がおかしいんじゃないかなって思うしかないんですよ。
世界の説明がそうにしか
ならないから。
そこも私はもう、
わかっているので、
今回はそんなにっていう感じで
あったんですけど、
今日はそういう気づきがありながら、
料理してスムージーを
飲んだりとかする日でした。