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こんにちは、ブルッセルからHazeです。 このチャンネルでは、ベルギーの大学院に留学中の私、Hazeの日常をお届けしております。
今日は、私のこれまでの思い出ちについて、いくつかに分けて喋っています。 今回のエピソードは、バイトをしながら、徒長を受けて受かるっていう話、その後の仕事の話です。
うちの芝刈りをしていた親さんが、
えっと、 その人なんか、その息子なのかわかんないんですけど、なんかギター弾きながら歌ってたりとかして、
あと、エストニアでフラットメイトだった子が、ベルギー生まれだけど、ベルギー育ちだけど、フランスの子で、
フランス語喋る人ってうるさいのよね、って自分で言っていたんですが、 うちの親さんも結構うるさいです。
家中に響く大声で結構喋るし、なんか親子喧嘩とかしている時もあります。
親子だから、そういうことあるかなっていう感じなんですが、たまにそういう声が聞こえます。
おいたちの続きなんですけど、年が明けてですね、 トッフルは普通に受けるだけなので受けて、GREも受けて、いい点数取ったんですよね。
その後に大学院に応募しようと思って、いいところに話をしてみたら、
ファンディングがないとダメだし、そのトピックじゃ取れないし、詳しくわかってないからダメみたいな、そういうこと言われて、
1校だけしか聞かなかったんですが、それでへし折られましてっていうか、
じゃあ他のところに、というふうには私は思わなかったんですよね。
で、都市の勉強ってしたわけじゃないので、いきなりPhDの研究計画を出せって言われても、出せないわけですよ、普通に考えて。
そういうクラスも取ったことがなかったので、それで時差がありながら、日本は夜中みたいな時間にちょっと教授と話をして、
ダメだったってなって、そのタイミングで、ちょうど弟が就活をすることになるんですよね、年明けて。
で、私もそれをしようかなっていう決断をします。
それまでに外務省の募集とか大使館のとか、何とか入れないかなってたくさん応募してはみたんですが、
なかなかね日本のシステムだと、新卒の就活をスキップしてっていうのは、なかなか難しい、なんか非常勤みたいになっちゃったりとかするので、
そういうのがあって、することにします。
それならバイトをしながら何かしようということで、
DCでネットワーキングして話を聞いた人たちが、
のきなみコンサル出身だったんですよね、開発コンサル担当だったんですよ、DCの人たち。
それで、ボストンでも会社を受けるんですけど、日本でも教会に入っているコンサルを一通り見て、
都市の仕事をしているとこ見つけて、そこでバイト募集してませんか?みたいな感じで話をして、バイトを見つけます。
それが決まって、働き始めたその日とか、なんか本当にすぐに図書館にその足で行って、
公務員試験の参考書を買って、同時に都庁に入る、あの都庁の受験でいいのか、試験を受ける勉強を始めることになります。
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この辺は都庁シリーズで書いていることなのでさらっといくんですけど、そのバイトの環境はね結構悪くて、
会社もその後分け合って都庁の後戻るんですけど、そんなに良い環境ではなくて、
バイトできている人たちも、なんかこうなったらやべえって正直思うようなところでした。
3ヶ月勉強して独学でやって、都庁受けて結果受かるんですよね。
なので夏には受かったぞっていうのがなって、すっごい感心します。
それまでに仕事センターっていうとの組織の、ハローワークよりもちょっとサポートしているようなところに、
カウンセラーっていうかアドバイザーかな、つけてもらって、なんか相談とかして、そこの人がちょっと励ましてくれたりとかするんですけど、
やっぱりね、日本の大学を出ていないので、日本の大学の就活サポートも得られないし、サポートってそういう言って受けるものだけじゃなくて、
例えばその同期とか先輩がどこに受かったとかどうしたとかっていう情報が入ってくると思うんですけど、
なんかそういうことも全然得られないんですね。
あとはその、私どうしてもその、その他海外大卒みたいな扱いになってしまうので、なんかその時点でまずその切られてるんじゃないかなって思うこととかもありました。
なんかそんなこといろいろあって、でまぁ都庁は、都市の仕事をしたいって思った時から、ありだなと正直思ってたんですよね。
まあ交通局、地下鉄とかも持っているし、ただ日本の就活をするとなると受けるって年に1回ですよねっていうのもあるし、
私センター試験受けてないですから、公務員試験なんて絶対無理だろって思ってたし、受かっちゃいましたけど、なんかその辺とかもあって考えておりました。
で実態はですね、基本的に制限が年齢しかないので、それまでの経験とかは考慮、考慮されないっていうか決まったらその給与には反映してくれるんですけど、
それまでがフリーターだろうが、他の自治体で働いていようが、だから何?っていうことで、
基礎値で、なんかブランクが、ブランクっていうかなんかいろいろあった私みたいな人には入りやすいところだったりとかします。
そこに夏に受かって、4月から都庁に入りますということになります。
それまではコンサルに受かったんでフルタイムでバイトっていう感じで、バイトなんですけど結構出張とか行かせてもらいましたね。
そこでバイト重宝されたんで、後で戻ることになるんですけど、その後晴れて都庁に入ります。
やっぱりその正職員、正社員、社じゃないんでって感じなんですけど、そのフルタイムでなんか福利構成とかもちゃんとしてて、基本的には就寝雇用みたいな、
なんかいわゆるエリートっていうか、人生の多くの人が乗っているであろうレールに戻るような感じの安心感というのはものすごいありましたね。
ただその希望ですよね、配属がどこでも大きいところ結構そうだと思うんですけど、希望は出せるんですけど、その通りになるかどうかわからないっていうのはやっぱりありました。
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その時の話はもう散々ノートに書いて、もうネタがなくて、他に聞きたいことがあるなら聞いてくれないと本当に出せるものはないぐらいなので、
都庁の話は割愛するんですけど、その中でいろいろありまして、私はコンサルに戻るっていうことになります。
その間にヨガのティーチャートレーニングやって、資格取ってコンサルタントに戻って、年収はものすごい上がりましたね、コンサルタントなので。
上がって、でもその転職した直後にやべーってなるんですね。
都にいる時はね、定時ですし、新宿の建物に通ってたわけなんですけど、
オンとオフがはっきりしてて、あのでっかい建物に仕事しに来たぞって言って、それが終わったら帰るぞって帰って、新宿とかに寄り道して帰ったりとかってする感じで、焦りとかあんまりなかったんですよね。
仕事もそんなに難しくなかったけど、乗っていればいい感はあったので、それを辞めることは最初から分かってたので辞めたんですけど、
辞めた時に、それは2年はいようって思ったのは理由があって、2年いると新しい扉が開くからなんですよね。
だから2年はいたんですけど、それを辞めてコンサルタントになった時に、もうなんかやっぱりもう日本無理みたいな、なんかもうもうやだって、ただそれまでもう毎年仕事って受けてきてるんですよね。
それでダメだったっていうのが続いて、まあ続いているうちに周りがなんか結婚したりとかですね、
なんかそんなことが増えてきて、一体こう自分は何をやっているんだろうみたいな、なんかやりたいことがわからないなとか、
そんなことを感じて挑戦するのも怖くなってきたりとかして、なんかやっつけてしまうみたいな感じになっちゃってたんですけど、
なんかそういう無理なんだけど、もう出たいんだけど、変えたいんだけど、でも怖いみたいな状態になっちゃうんですよね。
そこでもう一回心理学に出会い直して、そこでこう、自立しすぎてたんだとか、なんかそんなことに入っていくわけです。
なんですが、まあそのそうですね、当時は結構ね、テレワークっていうか在宅、家で仕事してるんだけど、
なんかお昼食べに近くに行って、でも全然お腹が空かなくて、でそうですね、その時も今日みたいにね、すごい天気良かったんですよね。
なんかめちゃくちゃ天気良くて、空青くて綺麗なんだけど、でもなんかお昼食べられないみたいな、なんかどうしようみたいな感じになったりとかしましたよね。
それでとっても辛かったし、動けなかったし、でコンサルにもね、なんか申し訳なかったし、いろいろあったんですけど、
なんかそれで、まあちょっとずつというか、ちょっとずつというわけでもないんですけど、回復していくことになるんですよね。
コンサルタントも結局2年いたんですけど、それで、なんかやっぱすぐに突破口が見えるわけではなくて、
当時こう連絡を取ってなかった家族と取り直したりとか、
今まで一人でやっていたことを、なんかその対策講座みたいな無料であるよっていう情報が入ってきて、そこに入って情報を得たりとか、
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でもそれでスパッと決まるようになればいいんですけど、やっぱそうじゃないんですよね。
それで書類は取ったけど、面接がダメでって、それも結構凹みましたね。
面接がダメだった時に、なんかその仕事に応募できた時に、なんか今まで私はやりたいことが、やりたいことと今までの経験が離れているから受からないって思ってたけど、
でもその、なんか応募したい仕事に100%当てはまる人なんていないんだから、やりたいことに書けばいいんだよって言ってもらえたことはすごく良かったんですよ。
なんですけど、まあそれを応募して面接に落ちたってなって、
その仕事にもし受かっていたとしても、受かったとしたらパリだったんですけど、
パリに行ったとしても、その後でやっぱり都市の勉強をしたいなって思うなって、思うだろうなってその時から思ってたんですね。
で、それがダメだったので、じゃあやっぱ学び直したろっていうことになったんですよね。
で、そっち側に舵を切るんです。
それが夏にダメでしたっていうことになって、
で、秋にね、アメリカで友達が結婚したんで、結婚式行くんですよ。
なんか節目節目で結婚式行ってる気がするんですけど、行くんですよね。
で、なんかもう一回大学に行けようと思ってんだみたいな話とかをアメリカで友達にして、
それが年末年始にちょうど年明けに期限みたいなのがあって、応募の準備するんですけど、
それもやっぱすごい怖くて、なんか本当にやりたいことで情熱があることだったら、
なんか無我夢中でやってしまうみたいな、なんかその言われなくてもついやってしまうみたいなことであるべきなのにとか、
なんか色々思った覚えがあるんですけど、
なんかその時には好きなことをどんどん突き詰めていいんですよみたいな、すごく肯定してもらえて、
あとその時は日本が好きになれない自分みたいなのをすごい責めてる時期だったんです。
それもノートに書いたんですけど、なんかそれもそれでいいんですよって言ってもらえて楽になったんですよね。
それでなんか結構勢いづいてエッセイを書きまして、
大学院はね、GREがそうだGREが5年なんですよね、期限が。
だからその5年が経つ前に大学院もう一回入るならやっといた方がいいだろうと思って、
それがちょうど切れるタイミングで受けたんですけど、GREはどこからも必要って言われませんでした。
いらないので、ただエッセイ書いて、あとは教授たちに推薦書いてくださいって言って、
あとお金ですよね、お金もね、奨学金結構応募したんですけど、
なんか取れなかったんですよね結局、何も取れなかったんだけど、
生活費はコンサルのボーナスとかでなんとかなってて、
学費は親が出してくれるっていうことに結局なったんですね。
それぐらいの額ならいいよっていうことになりまして、
こっち来てみたらエストニアとかは奨学金出たので、なんとかなっているんですけど、
そんな色々を超えて、3月ですね、3月に大学院を受かりましたって話が出て、
それが来た時も、第1志望に落ちて、第3志望に受かったんですね。
第2はなんか落ちたんですけど、それは良かったかなって感じで、
結果往来でいけば、第1に受からなくて良かったなと、
第3希望のこっちで良かったなって思うことが、ベルギーに来てから結構ありましたね。
それに受かりまして、コンサル辞めるっていう話になって、
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その時も結構ね、ショック受けられたりとかしたし、
その2年いた間に、やっぱり日本嫌だとか、やっぱりこのおっさんたちセクハラで嫌だとか、
なんか色々あったんですけど、
まあそれあるなりにも仕事はできるようにはなっていくし、
あとは社内法にヨガコラム書かせてくださいって言ったりとか、
結構そうですね、どん底だった高校の時もそうだったんですけど、
なんか自分の体感としては辛かったなっていう、できなかったなって思うんですけど、
なんか見てみると、結構好きなことやってたよねっていう、
そういうとこに個性がどうしても出てしまうものみたいで、
なるんですよね。
で、なんかその大学院が、
そうだ、なんか受かって、それを受けるんだったらこの日までに何かしてねみたいなメールを見落としてて、
やべー受かったのにいけないみたいになって結構焦ったこととかもあったんですけど、
なんかそれはちゃんといけるようにそうそうなったんですよね。
よかったよね。
はい、それでベルギーに来てからもなんかいろいろあったんですけど、
両親とのこととか、あとミュージカルやって、
エストニア行ってとかっていうことがいろいろあったんですけど、
おいたちを語る時に、
なんていうのかな、
できた、起きた、起きた出来事は変わらないけれど、
その解釈が変わるとすごく語り方が変わるなって思うんです。
で、私は割とこれまでのことは整理できてきたと思っているので、
そんなに変わることはないかなって思ってるんですけど、
あの、聞いてみてどんな印象を受けましたかね。
なんか、波乱万丈な人生だなとか、すごいなとか思うものなのかな。
私がその、おいたち今日語ろうと思ったのは、
そのなんかおいたちっていうか自己紹介をしてるポッドキャストを聞いて、
なんか私もやろうかなって思ったからなんですけど、
最近のテーマが2つあって、
1つは、感情動いてるっていうのは聞いててわかると思うんですけど、
私はやっぱ転校生なので、
思春期の転校生のまま、
自分の成長が止まってるっていうか、
思春期にみんなが感じるであろう無価値観みたいな、
完璧主義みたいなものを、
なんかずっと引き取ってきたなって。
で、なんかその、
不可抗力で違う世界に連れてこられてしまったのだっていうのは、
なんか認識することはできて、
それでとても軽くなった部分はあるんですけど、
これ以上自分でどうすることができないことだと思うんですよね。
なので、こうちょっと他の人の助けを借りて、
なんとかしたいなと思ってるものなんですね。
で、もう1つはその転校した後に、
なんかすごく自信をなくしたっていうことについて、
なんかこう、私がいけないからだって、
私が悪いからだって受け取ったんだよね、当時は。
で、この話もすごく書きたいっていうか書いてるんですけど、
なんかまだまとまりきってなくて出せてないんですけど、
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なんかそのマインドで、
こう目標を立てて、それに向かって、
まあ頑張る。
頑張るって言葉好きじゃないんですけど、
まあ頑張る。
それで、思うように頑張れていない自分を責めるとか、
なんかその目標を達成できていない自分を責めるみたいな、
なんかすごいこの、ずっとそういう生き方をしてきたなって思うんですよ。
それが、なんか見た目、体型の話だったりとか、
あとも私の場合は国連だったりとかするんですけど、
なんかその、自分を責めるために立てている目標なので、
なんか逆に言えば国連ぐらいの目標を立てないと、
なんか自分責められなかったんだと思うんですよね。
で、それが、なんか思春期の時もそうだったんですけど、
なんか私勉強できたから、
なんか、こうこんな悪いことが起こるのは自分が勉強ができないからだとか、
ピアノが下手だからだとかっていう風には解釈ができなかったんですよ。
なんか子供の頭としては。
それがなんか見た目のことだとか、
なんかそういうことに変わっていったっていうことなんですけど、
なんかその、ずっとその生き方してきたなって気づいて、
なんかそれが出ていった時に、
なんかやったことないわけですよ、他の生き方なんて。
で、なんかそれに気づいて、
今はとりあえず、その、自分は何もなんか欠けていないしっていうか、
なんかそれを埋めようとしなくていいっていう状態を、
まあ2週間ぐらいしたら馴染むと思うので、
なんかちょっとそれに身を任せていようという感じで、
なんかね、その卒論をね、本当はやるべきだったりとかするんですよ、今日も。
なんですけど、卒論って自分でペース決めてやっていくものなので、
なんかあんまり攻める材料にしなくていいんですね。
で、インターンの応募も、もちろんやった方がいいんですけど、
なんか今ちょっといい話が入ってきているので、
そこがすんなり決まるようであれば、
もう応募はそんなにしなくてよくなるんですよね。
で、今すごく時間に自由な生活できるので、
自分を責めることがなくなったら別にいいじゃんって、
できることやってんじゃんって思うわけですね。
で、そのやっぱ思春期の転校生のマインド、
成長を止めたので、
なんかそこから育ってない部分あると思うんですよね。
なんか特に恋愛とかにおいてなんですけど、
その辺りを見ていきたいなと思っていて、
なんかなので、最近そこにすごく注目が向いてるんですよね。
私のラスボスは結局それだったなっていう、
それがやっぱり影響を受けた出来事だって思ってはきたけれど、
認識するようになって、
やっぱ影響大きかったなって思うようになって、
何度か向き合ってきたけれど、やっぱりやっぱり大きかったなって言って、
それにいろんな側面がついているものでもあるので、
その辺をエストニアにいるときぐらいから、
すごく考えるようになっているんですよね。
それを引き続き考えているんです。
で、もう一つなんですけど、
その無価値感があって、
だからその自分が、
逆観的に見たらすごいこととかってあると思うんですけど、
それに自分が価値を見られないっていう、
だから私の友達からすると、
すごく比喩してるとかって思ったりするらしいんですね。
それに価値を見られるようになってくるとですね、
これまでの自分の経験とか、
異動がものすごく多い話とか、
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転校生であることとか、留学とか全部そうなんですけど、
それを使って、
誰かの役に立てないかなって思ってくるんですよ。
自分が良いものを持っているって思えてくると。
で、それがまだ何とも言えないところなんですけど、
私、普段見てるのが、
カウンセラーのブログがめちゃくちゃ多いんですよ。
私もカウンセラーになってもいいのかなって思うんですね。
ここで言い切った方がいいんですけど、
いろいろ言い訳をしたくなる自分がいるんですけど、
本業は別であります。
大学院でも都市の勉強をしてますし、
それはそれでいくんですけど、
なり方はいろいろ、
使い方はいろいろあるにしても、
何かしらそういうものを、
もうちょっと勉強してとかってなると思うんですが、
そういう選択肢もありではあるのかなという気がしています。
カウンセラーは、
もともと適性があるとは思っているんです。
ただ、適性があると言ってしまうと、
コンサルもあったし、
いろんなものに適性があるんです。
だからそれだけが理由ではやらない。
自分の本当にやりたいことに向かうのって怖いから、
他のもの、ちょっと手軽そうなもので、
なんとか埋めて、
目をそらしたくなるっていうのがあったんです。
カウンセラーもそれだったんです。
けど、今はまたそれとは別に、
本当に考えてみてもいいのかもしれないなっていう気がしています。
今日は、いつもの放送とは、
趣向を変えて、
私のこれまでの生い立ちについて喋ってきました。
今回の話では、都庁を受けてから、
ベルギーの今に至るまでの話をしました。
今日この後は、
ご飯を食べて、
メールチェックしたりとかして、
散歩にでも行こうかなと思っています。
それではまたお会いしましょう。
ヘイズでした。ありがとうございました。