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67/生い立ち④高校
2025-03-27 19:23

67/生い立ち④高校

こんにちは。BrusselsからHazeです。
このchannelでは、ベルギーの大学院に留学中の私Hazeの日常をお届けしております。

今日のトピックは、「生い立ち④高校生」です。

* 春休み
* 人生どん底の高1
* 生徒会
* 進学校は"いい子"の集まり
* 英語の恩師
* 誰が手を差し伸べてくれるでもなく
* 両親の別居
* 高校やり直したい

#生い立ち #高校生 #進学校 #生徒会 #恩師 #別居
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こんにちは、ブルッセルからHazeです。このチャンネルでは、ベルギーの大学院に留学中の私、Hazeの日常をお届けしております。
今回は、私の生い立ちをいくつかにわたってしゃべっております。
ちなみに、ブルッセル、今日は、快晴です。朝から青空が見えていまして、さっきの収録が終わったところで、
親さんがですね、庭の芝刈りを、芝刈り機で始めたので、ちょっとお皿洗ったりとか、お茶入れたりとかして、今戻ってきたところです。
今、勢いがあるので、しゃべってしまおうと思います。
今回は、高校の話ですね。高校に入る前ですね、春休みに、単身婦人の父親に会いに行った覚えがあります。
弟も一緒だったと思います。その時に、板橋にも行ったのかなという気がしますね。
板橋の友達にも会って、それぞれがどの高校に行くとかっていう話を聞いて、ぬいぐるみとかもらった覚えがありますね。
そのぬいぐるみは、いまだに家にあるものもあります。
その時だったのかな?だったんだと思うんだけどな。
高校に入るぐらいだから、まだゲームセンターに遊びに行くような年代で、地下鉄じゃないんですけど、地下鉄の駅の近くに住んでたんですけど、板橋では。
もう一つ、私鉄で近いのがあって、それに乗って、ショッピングモールのゲームセンターとか、みんなで行ったような覚えがあります。
そんな春休みを終えて、高校に入るわけなんですけど、なんかね、すっごい落とされました。
受験よりも最初の実力テスト、実定って呼ぶんですけど、実定の方が勉強したかもみたいなのが出されるぐらい。
あとなんか春休みに課題がいきなり出されるみたいな、新学校なんでね、なんかそんな感じで入ったんですけど、なんか入ってみるとすごくプライドが高いんですよ、みんな。
で、やっぱり褒めないんですよね、周りのことを。
そんな環境で、高2かな?のタイミングで、また引っ越すんですよ、私たち。
札幌で、もうちょっと駅の近いところに、すごく近くなんですけど、引っ越すんですよね。
引っ越して、高校が私服だったので私、私服でいるわけなんですけど、その近所の人たち、お母さんたちに、一体どこの学校に通っているの?と普通に聞かれるわけですよね。
で、あの高校ですって言うと、なんかえっ?ってなって、それからすごい人を見る目になるんですね。
っていうのを、北海道に住んでる人はもちろんのこと、両親が北海道なんですみたいな人でも知ってるような、とてもいい、とてもいいっていうか、有名な新学校なんですよ。
同窓会も強いんですよ、そんなところに行ったんですけど、実際中にいる時は、もう落ちてましたね。
それまでの人生で一番のどん底だって思いました、高校の時に。
で、高一のクラスは、今思ってみると一番学力が高くて、聞いた話だと受験の平均点は、そのクラスは低いらしいんですけど、
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なんか入ってからのテストの平均点が異常にそのクラスだけ高かったっていうようなクラスだったんですよね。
そこ入って、なんかとってもびっくりして、中学とは全く違ってて、
で、私どこ行ってもそうなんですけど、なんか次のところでは自分と同じような人がたくさん出会えたらいいなって思って行って、
結果的にそのトップっていうことになったんですが、
家の近くの高校に行くと、そこが小学校の目の前にあるんですよね。
だから、なんか小中高一緒っていう人が何十人もいるっていう環境になっちゃうんですよ。
私は小学校の時の過去を知られたくないっていうか、恥ずかしい過去っていう感じだったので、
それを知らない人のところに行きたいって思ったのもあって、その高校行ったんですけど、
そうですね、私服っていうのもあるし、やっぱりその思春期って言っていいのかわかんないけど、
なんか高校に入るとすごく付き合う人が増えたりとか、中学でも付き合ってたみたいな話を聞いたりするようになって、
すごく男女差を感じるんですよね。
あとは、なんていうのかな、女の子は可愛くて細くて、頭が良くないと受け入れてもらえないんだなっていうのをすっごい感じたんですね。
それは、例えばマネージャーの誘いが、可愛い子がお昼食べてるところにだけ先輩が行くみたいなのとか、
見てたからなんですけど、
なんかそこですごく引き続き自信はなかったんですけど、小学校の時から、なんかそのままだったような気がしますね。
眼鏡だったしね、当時。私別に私服ダサくないですけどって自分で言うけど、
おしゃれは好きだったし、別にそこで困ったわけじゃなかったんですけど、
まあ引き続き、引き続きなのかな、すごく目立たない感じの学生でしたね、高校生でしたね。
でまた、うちの学校がね、努力してるって言わないのがかっこいいっていうようなところってすごい聞いてて、
なので、なんかクマできてるんだけど勉強してないよっていう感じの人たちの集まり。
で、前道から来てる、いわゆる秀才の集まりなので、勉強以外にもいろんなことできる人がたくさんいるんですよね。
なんかそんな環境とかにいて、すごくこう、なんか引き続き自分に自信なかったんですけど、
唯一、唯一というか良かったなって思うのが、生徒会ですね。
生徒会に入ったんですよね。結構入って、2日目とか3日目とかに生徒会室に行ったんですけど、
もともと中学で親友が生徒会やってて、いいなと思って、私もやりたかったんですけど、
その時は生徒会に入るのではなくて、何かの委員長になって仲間に入るみたいなやり方だったんです。
で、それを中一の担任は、なんかこう、私をそれにならせてあげてくれって、
あの、図書局だったんですけど、図書局長に頼んでたぐらいだったんですけど、なんかその局長もそうだし、
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その図書局の周りの人たちの嫉妬ですね、簡単に言うと。
まあ嫉妬を買いまして、ならせてもらえなかったんですよね。
だから、中一の担任は私に活躍の場がないから、与えてあげてくれって言ってくれたんですけど、
そんなの、中学生は聞かなかったわけですね。本当に厄介目ですよね。
なので、そのおかげもあって、私は高校で生徒会に入るんですね。生徒会長にもなるんですよ、実は。
で、その生徒会室ってすごくこう、クラス居心地悪かったけど、お昼はあんまり行かなかったけど、お昼行ってもいいし、
放課後にそこに行けば先輩たちがたくさんいて、そこでは何しててもいいので、結構広い部屋だったし、めっちゃ散らかってましたけど、
すごく居場所になってくれたんですよね。なので、私は生徒会に入って、同期の子たちともすごく仲良くなったし、
そこで友達ができた感じですね。で、学校祭とかも一緒にやって、生徒会長になるわけなんですけど。
高校の時はね、高一は特にですけど、私はその時点で、もう日本の大学に行くことは考えてなかったんです。
で、それは板橋の時代に遡るんですけど、うちの父親が自分が留学をしたかったんだけど、できなかったっていう人で、
そこにすごく強い思いがあるわけではない。カッコつけも正直あると思います。なんですけど、子供たちには自分の行きたい学校に行かせたい。
それは日本じゃなくてもいいっていう教えだったので、私はじゃあ、当時は英語が中学からだったので、
高校留学は早い。大学ならちょうどいいかなっていうことで、アメリカの大学に行きますっていうのをその時点で決めてたんですね。小学校に入る前です。
その時に決めて、その通りの道を歩むことになるんですけど、なので周りがとにかく大学受験のプレッシャーを高一の時から受けていて、
現役合格とか医学部とかって、そういう環境だったのでね、そういう子がすっごく多かったんです。
なので高校生活って、たぶん受験と部活と多少恋愛みたいな配分だったと思うんですよね、その人たちにとっては。
でも、なんか私はどっちもなかったっていうか、センターすら結局受けてないんですし、
なので、成績に関係ない模試とか実力テストとかって全然やる気、意識上がんなかったです。関係ないもんね。
なんかそんな感じでいて、なんですけどやっぱり、そんな出来る中にいると、みんなそうだったと思うんですけど、中学までは自分たちがトップだったわけですよ。
それが高校に入ると、なんか順位が出て100何位とかになったりするわけなんですね。
8クラスあったので320人いたんですけど、なんかその辺で、アイデンティティの喪失みたいになると思うんですよね。
勉強ができるのが自分の今までのアイデンティティだったんだけど、なんかそれがそうでもないかもしれない、どうしようみたいになる時期だったのかなって思います。
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それでもう諦めて、多分本当は諦めてないんだけど、なんか諦めたようにそっち側に行っちゃうっていう人とかもいました。
あとはね、生徒会で良かったことは、学校行事、全校行事とかがある時に生徒を誘導するっていう係だったので、
トランシーバー持って階段について、こまないようにですね、こまないでスムーズに行けるように、今問われました、OKですっていう指示を出して、
で、その集会中もめちゃくちゃ眠いじゃないですか、高校のそういうイベントって。眠いんですけど、私たちは横とか後ろとかで立ってて良かったっていうので、
なんかちょっとやっぱり居心地に悪かったのでね、教室。そこを離れられて良かったかなっていうのはあります。
その時ですね、なんか私が読書にハマったのが中1なんですけど、休み時間は常に本読んでましたね。
それも周りの目が気になりすぎるから、なんか一人でいる友達いないって思われるとか、なんかそういうことをすごく気にしていたので、それで本の世界に逃げてたんですけど。
そうですね、生徒会が中2の時が一番、中2じゃない、高2だ、高2の時が一番生徒会でした。一番クラスにいなかったのは高2だと思います。
学校祭とかも私たちがやりましたね。それで引退するんですよね、うちの学校って。
だから高3は一番クラスにいたし、高3の時はね、話を聞いていて、この人と似てるって聞いてるから友達になってみたいなって思った子が同じクラスにいて、
そこで女子グループができるのがすっごい上がったんですけど、初日のお昼の時点でもうすでに落ち着いてたんですけど、
その辺と仲良くなることができて、結構それまでのクラスメイトの友達よりは仲良くなったなっていう気がしますね。
なんですけど、蓋を開けてみるとですね、その時4人でいたんですけど、4人とも家庭環境っていうか結構大変でしたって思うんですけど、
それぞれ家庭でいろいろあるんですが、なんかその中で子供って全部やっぱ自分で受け取っちゃうので、
親が幸せそうに見えないと自分が悪い子だからだって思って、何とかいい子になろうとするらしいんですね。
それに成功すると優等生になるんですよ。それに失敗するとなんか不良側に行くんだと思うんですけど。
だから、いい学校にも家庭が大変な子って結構いるって思ってて、
降参の4人がですね、1人はお母さんが再婚してて、弟とお父さんが違って、
なんか自分だけその家族の邪魔をしているような気がするっていうのを当時から言っていて、
その子優秀だったんですけど、ちょくちょく学校休んでましたね。
それが理由なんだなっていうのは当時からなんとなく分かりました。
もう一人もやっぱりお母さんが離婚したり再婚したりしてて、その相手から虐待を受けているっていう、
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当時そんな風に見せなかったですけど、ありましたね。
もう一人はね、本人のアイデンティティが、
女性の気分の時もあれば男性の気分の時もあるし、いわゆるバイセクシュアルですね。
その子が好きになる子もどっちもっていう感じの子で、
私は当時自分の話全然してなかったと思うんですけど、ネグレクトな転校生でしたので。
それぞれいろいろあるんだなと思います。
もう一つ高校の時、高2ですね。
高2の英語の先生がめちゃくちゃよかったんです。
とっても変わってる先生でした。
いろんな人に刺さってたんですけど、
その人が中学の時とやっぱり同じなんですけど、
君はできる子だよっていうのを言ってくれたんですね。
それでそうかできるのかと思って、
私英語は中学の時からずっと5でした。
ずっと得意でした。
もともと得意だったっていうのもあるんですけど、
それですごい伸びて、学年最高点を取ったんですよね。
学年最高点を取ったのが、私とその時もう一人いたんですけど、
その子は実は中学から一緒で、その後現役で東大に入るっていう子なんですよね。
なのでそれぐらいできたんです、英語は。
そこですごく伸びたんですよね。
その人がありがたかったっていう話と、
あとは家庭環境なんですけど、
高1の時がやっぱりすごいストレスで、
私は生徒会の友達とかには診療内科、先進科に行きたいっていうことをずっと言ってたんですよね。
それは多分親にも言ってたと思います。
ただ親は親っていうか当時母しかいなかったんですけど、
じゃあここに行きましょうとか、
なんかそういうサポートはやっぱり一切なかったので。
高校にもいたんですよね、相談室あったし、
体育の先生がやってたんだけど、
なんかそこって隠れた場所になくて、
誰が出入りしてるってすごいツツ抜けだったんですね。
先生もそんなに秘密、処避義務をちゃんと守ってくれる感じでもなかったので、
行けなかったんですよね、結局一回も。
一回も一人では行ってないですね。
友達と挨拶に行こうとか言った挨拶に行ったこと一回あったけど、
一回かなんかあったけど、結局相談には行けてないんですよね。
ただその生徒会の友達とか担任とかに見てたのかな?
でなんか、なのでなんかそれを先生が、
私の高一の担任が誰かから聞いてるっていうのをなんか聞いたことがありますね。
すごい不思議な。
私担任に行ったのか他の人に行ったのかな?
なんかそんなのが伝わってるという話は聞いたことあるんですが、
誰が手を差し伸べてくれることもなくっていう感じ。
でもやっぱその時が一番落ちてて、
なんか私半年くらい生理来なかったし、
あとね、やっぱりそのコントロールだと思うんですけど、
食事制限をすごいしてましたね。
なんかその痩せていて可愛くて頭が良くなければならないっていうのがあったからだと思うんですけど、
なんかご飯の代わりに豆腐食べるみたいな。
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でもそれだけじゃやっぱり足りないので、
なんかお菓子とか結局食べちゃうんですけど、
なんかすごい変色をしてましたね、その時期は。
それを弟がなんか当時小学生かな?小学校かなんかで言ってるって言って、
なんか母がそういうことは言うものじゃない。
私もなんかそれは言うべきじゃないみたいなのを言った覚えあるんですよね。
あと母がまあそれを私を見てて、
なんかやめなさいっていうのは言ってたんだけど、
なんかだからってじゃあジムに通わせてもらえるわけでもなくて、
何の助けもないっていう感じがこう一応ありましたね。
それって受験のストレスとかもそうなんだけど、
普通にあの今思い出してみるとやっぱ父親が家にいなくなったからですよね。
父親は単身婦人始めてすぐは月に1回帰ってきたんですよ。
その帰ってくるとみんなで焼き肉とか行って、
でなんか家族が楽しみにしてるっていうのがすごいわかるなって思ってたんですけど、
まあその頻度がだんだん減ってくるわけですよね。
減ってきてそれが3年経って私が降参の時、
後任の時に戻ってくるんです。
結局転職して戻ってくるっていうことになるんですよね、父親が。
そこでまた4人で一緒に暮らし始めるんですけど、
それが1年ぐらい経ったところで、
うちの両親は別居するっていうことになります。
それを伝えられた時のことはすごく覚えてるんですけど、
母が洗濯物をたたんでいて、
私と弟を呼ばれて、お父さんが家を出ていくっていうことになって、
で、おばあちゃん家、うちの親父の実家が近くにあったので、
とりあえずそこに行くっていうことになるんですけど、
その時私が受験終わってたんじゃないかな?
留学するための学校に行くっていうのが決まって、
それがすでに受かってたんですけど、
そういうタイミングで別居っていうことになりまして、
その後私すぐ家出るんだけどっていう感じで、
そんな話を高3の時の友達として、
そしたら、実はうちも離婚して再婚して虐待を受けてて、
当時進行形で受けてたわけじゃないと思うんですけど、
そういうことがあったみたいな話を聞いたりとか、
私は平気だけど弟が心配とか、
全然私も平気じゃなかったんですけど、
そんな話をしていたっていう覚えがあります。
そんなんでですね、高校を卒業して、
東京の留学するための学校に行くっていうことに私はなるんですけど、
高校の時に周りから見たら生徒会長だったし、
わかんないですけどね、
自分の世界とかを持って謳歌してるように見えたかもしれないんですけど、
生徒会の友達なんかは特に今でも繋がってるし、
すごくいい仲間ができたなって思うんですけど、
全然自分出せなかったんですよね。
高校を卒業してそれで帰るときに、
高校から地下鉄の駅に歩いていくときに、
今までなんだったんだろうなって、
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3年間をもう一回やり直したいなって思ったのをすごい覚えてます。
人当たりのいいっていうか、
何言われてもいいねって言ってるっていうのを
継続のままできてしまったので、
人の話聞くの得意だったけど、
自分が思ったこと言えなかったりとか、
相手が9割ぐらい喋ってて、
私はそうだねって言ってるだけみたいな、
相手とかもいるような感じだったんですね。
それも生徒会の人だったんですけど、
生徒会の同期の子たち、男の子ですね。
全然私がどういう人なのか見えてこないって、
それを知りたいのに、
だからそういうのを出して欲しいんだけど、
見えてこないっていうのを、
めちゃくちゃ橋のたもとで、
河川敷だったんですけど、
言われたのをすっごい覚えてますね。
一人はそう言ってくれて、
もう一人はずっとお茶色あけてる感じだったんですけど、
3人でいて、
私は当時何言われてるのかわからなかったです、正直。
高校の話は、
喋ることがそんなになくなってきたかなって、
途中で思ったんですけど、
意外に長いエピソードになりました。
それでは引き続きお話をしていきたいと思います。
次回またお会いしましょう。
ヘイズでした。
19:23

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