歴史はあるじゃないですか。90周年つってんだから今年。
そうそうそう。
かといってさ、巨人と阪神よりはちょっと密度萌えにはなってないというかさ。
そこもまたいいのかな。
ドラゴンズの人から見たらどう見えてるのか。
そっかそっか。
密度萌えやろ。
そういう感じやね、なんかね。
でもドラゴンズはここ何年かあんまり成績が良くないけれど、球場にはいつも人がいっぱい。
謎の。
謎のね。
何なんだろうね。
なんかさ、YouTubeでずっとドアラを撮ってるものを配信してるチャンネルがあって、1万再生とかされてるんですよ。
それは一不安がドアラを撮ってて。
かわいいなーみたいな。
ジャビットにはないしね、そのチャンネルはね。
あるかもしらんけどそんな跳ねないじゃない。
ドアラって発明ですよね。
発明ですよね。
すごいですよね。
そもそもコアラがやっていいのって話じゃん。
龍なんだから、マスコットは。
ロッテがやるべきであれ、本当は。
本当はね。
下が全部人間なのが面白いのかな。
そうだね。
頭だけね。
頭だけね。
レオくんもそうじゃないの?でも。
ライオンズの。
レオくんもトラッキーだっけ?
はいはい、トラッキー。
ちょっと体が背中になりますね。
若干。
手とかは本当に。
ドアラはちょっとシュッとしてる。
斜めにさ、帽子だから。
知ってるつもりっていうことですよ、中日について我々。
我々ね。
でも意外と知らなかったこともちょっと。
調べようとしたんですけど、これあまりにも歴史が濃く。
ちょっとずつ合間に、5分ずつぐらいコーナーにして、勉強していけませんか?
ああ、いいですね。
中日が挟み込まれるわけですね。
いいですね。
挟み込んでいこうかなと思うんですけど。
いいですね。
中日のことがすごい好きになるかもしれない。
俺今一番名古屋に行きたくてしょうがないです。
パンテリンドームに行きたくなってるんです、僕今。
まず、中日ドラゴンズになるまで。
旧団名が中日ドラゴンズになるまで。
1948年まで、12年間分をちょっと軽く。
お願いします。
中日ドラゴンズを勉強しよう。
いいですね。
源流は1936年に誕生した名古屋軍です。
今年90周年ってことですもんね。
ここからがスタートだったってことですね。
1936年、90年前のね。
テスト出そうですね。
テスト出ますよ。
名古屋軍です。
名古屋軍すごいな、これ。
読売新聞社が東京巨人軍の前身となる旧団を作ったことでした。
読売の将暦松太郎さんが名古屋にもプロ野球チームを作ろうと、
新愛知新聞社に働きかけます。
同じ新聞媒体ですね。
当初、新愛知側は独自リーグを作る構想も持っていましたが、
最終的には日本職業野球連盟に合流。
こうして名古屋を本拠地とするプロ野球チームが誕生しました。
これってまだまだ全然大学野球の方が有名だった時代ですよね。
長島さんがプロ野球を有名にしたっていうことを我々ちょっと学んだから。
将暦松太郎さんの奮闘がここから始まってたんでしょうね。
まだもう超黎明期ってことですよね。
超黎明期。
最初のチーム名は名古屋軍でした。
本当は名古屋城の別名金城?
金城ね。
金城軍という名前も考えられていましたが、
ライバル市名古屋新聞が名古屋金社地軍を作ったため、
混同を避けて名古屋軍になったと言われています。
この発足当初は個性的な選手もいましたが、
主力選手の流出や監督交代もありチームはなかなか安定せず、
東京巨人軍や大阪タイガースのような強豪には及ばず苦しい時代が続きました。
東京巨人軍、大阪タイガースって確かにこんな名前だったなと。
大阪タイガースだったね。
大阪タイガースだった。
なるほどね。だから昔軍だったんだね。
なんとか軍って名前だったんだね。
だから巨人軍っていう名残がね。
そうだ、そう名残だ。
名残なんだね。
なるほど、確かに。
戦時間の名古屋軍に突入します。
1942年、戦時間の、新聞倒廃後によって、
新愛知新聞社と名古屋新聞社が合併し、
中部日本新聞社が誕生します。
ここからドラマが始まるんだよね。
しかし戦争の影響で球団経営は厳しくなり、
新聞社が球団を支えることも難しくなっていきました。
その結果、名古屋軍は資金面でも運営面でも大きな制約を受けるようになり、
戦争はチームの存続そのものに大きな影を落としました。
大丈夫ですか?
ヤクルト戦が。
ヤクルト戦の期間に入りました。
だからそのドラマが始まったっていうのは、
倒廃後されるわけですね、その2社。
そこで不運なのが、今でもその不運があるのが、
オーナー交代制を取ってるんですよね。
そうなんだ。
だからやはり企業として派閥がどうしてもあるので、
Aさんがオーナーになるときはチームカラーも変わり、
Bさんが今度はオーナーになると。
みたいなのが脈々とこれが面白いです。
これが残ってるんだ。
残ってるっていうのもすごいですね。
1944年、チームは利権工業の産家に入り、
名前も産業軍に入ります。産業革命の産業ですね。
選手。
一回新聞社じゃなくなるってこと?
なくなるんだ。
工場で働きながら、まだ1944年、
戦時化だから野球も続けるという状況でした。
この時代はプロ野球チームというより、
戦時体制の中でなんとか野球を続けていた時期と言えます。
多くの選手が兵役に向かい、戦争で命を落とした選手もいました。
ドラゴンズの歴史の中でも特に重たい時代です。
日本中がってことですよね。
でもね、野球やってる場合じゃないんだから。
やってる場合じゃない。
8月の五所グラウンドをね、ここで全国民に読んでいただきたい。