映画『地獄の黙示録』のキルゴア中佐と根拠のない自信
こんにちは。お元気ですか? 英会話のトリセツ、ホストのちじゅです。
さて、早速なんですけど。 映画、
地獄の黙示録っていう映画、知ってます? 知ってますかね?
結構ね、もう古い映画だから、ね、ちょっと知らないし、見たこともないっていう人も多いかもしれないんですけど、
えっとですね、地獄の黙示録って、結構アカデミー賞とかもね、8個ぐらいかな、ノミネートされたような、結構あの、
有名な映画でですね、作品賞とかはとってないですけど、2個ぐらいはアカデミー賞をとっているような作品なんですよ。
ベトナムのね、戦争の狂気を扱ったような映画なんですよ。
で、その中に出てくるキルゴア中佐っていう人がいてね、ロバート・デュバルっていう人が、あの、もう今ね、ちょっと、もう年をとっちゃったんですけど、結構かっこいい、私は好きなんですけどね、すごく有名な俳優さんでね、ロバート・デュバルっていう人がいて、
で、その人が演じたギルゴアっていうね、中佐がすごくあの、今でもね、結構ファンがいるようなキャラクターなんですよ。
で、この映画は、その、実録っていうような感じではなくて、まあ、あくまでも映画なので、あの、実際に起こった話ではない。
ですけど、えっと、このロバート・デュバルが演じているキルゴア中佐っていうのが結構飛んじゃってるんですよね。
今風に言うところのちょっと頭がいかれてるっていうか、飛んじゃってる感じのキャラクターではあるんですよ。
で、えっと、彼がね、彼、彼のシーンは15分しかないんですよ。
ないんですよね。この映画ってすごくね、長い映画なんですよ。
なんですけど、その中でね、15分しか登場してないのに、今でもファンがいるくらいね、すごく強烈な印象をね、残してる、あの、キャラクターですが、
で、このキャラクターのね、その出るシーンっていうのが、まあ、ベトナム戦争の映画ですから、
もう本当にこう、ナパーム弾とかが、こう、それとか砲弾とかがね、もう飛び交ってるようなシーンの中に彼は登場するんですけど、
うんと、もう、パチパチパチパチ、あっちこっち。
音が鳴ってて、爆弾とかボンボン、ボンボン落ちてるような中で、この中佐はですね、えっと、真ん中にドシーンと立ってるわけですね。
で、いろいろ話をしながら、あの、部下たちにこれをしろ、あれをしろとか、で、たまにはこう、違う話をしながらね、あの、歩いて回ってるんですよね。
で、もう、あっちこっちには死体があって、で、あの、部下たちもみんな、こう、恐れてね、もう、逃げ出したりとか、あとはもう、かがんだりとか、
で、音がポーンと、もう、
すぐ近くに砲弾が落ちてくるんですよ。
で、そんな中でもね、彼はね、もう、一動だにしないっていうか、
なんていうの、もう、全然、こう、気にもしてないっていうか、その、砲弾が、あの、当たるかもしれないっていうことが、もう、全然、頭の中に入ってきてない感じで、
もう、気にも止めてないんですよ、もう、全然。
まあ、ちょっと漫画チックではあるんですよね。
うん。
なので、もう、彼のキャラクターは、ほんとに強烈でね、
彼一人だけが、もう、もう、
なんか、意に返さない感じで、周りのみんなが、もう、かがんだり、しゃがんだり、逃げたりとか、もう、なんか、ビビってる感じの中で、
彼一人だけがね、つかつか、つかつか、歩いてて、
うん、で、もう、なんか、こう、うーんと、指示出したりとか、もう、電話したりとか、なんか、もう、違う世界にいるような感じなんですよ。
そういう人なんですね。
で、それって、まあ、ちょっと、いかれてるっていうふうにも言えるんですけど、
英会話をやる上ではね、そんなキャラクターでいいんですよ。
はっきり言って。
まあね、そこまで、あの、やろうと思っても、みんなどうせ無理だから、それくらいの人を目指しましょうっていうことが言いたいんですけど、
ほんとに、なんていうの、自分は根拠もなくできるって信じてて、全然いいんです。
そういう話を前回はしたんですけど、このキャラクターですね。
なんか、意に関さず、自分は、あの、自分の世界っていうか、うん、できるはずだから、オッケー。
たまには当たらないはずだ。
俺には砲弾は当たらないだろう。
というか、当たるか当たらないかとか、そういうところまで行ってなくて、ほんとにこう、自分のやりたいことだけをやってる、みたいな、そんな感じなんですよ。
で、英会話をやる上ではね、そんな感じのスタンスで、ほんとにいいんですね。
イタい人になっちゃう例
ただ、
落とし穴っていうのもあって、その、根拠なき自信っていうのを、昨日は力説してたんですけど、
根拠のない自信っていうのは、根拠のある自信と比べて、すごく強烈でパワフルなものだから、これを持ってるといいよねっていう話をしたんですが、
まあ、昨日の話で、根拠のある自信と根拠のない自信の違いは分かってもらったと思うんですが、
その根拠のない自信の中でも、ちょっと痛い人になっちゃう、
その可能性もあるよっていうことで、今日話をしたいんですね。
で、この、自信っていうのは、もうほんとにあったほうがいいし、ないといけないものなんですけど、
痛い人になる場合の例ですよね。
例えばなんですけど、やってないのに、全くやってないのに、できるって信じるのは、やっぱりちょっと、ね、おバカさんじゃないですか。
なので、痛い人になっちゃうっていうのは、
例えばなんですけど、宝くじも買ってもないのに、自分は当たると信じてるとかね。
試験を受けてないのに、受かるに違いないとか、もうそこまでいっちゃうと、ほんとにこれは論外なんですよ。
なので、その辺は気をつけてほしいんですね。
だから、自分は英語を全然聞いてもないのに、もうできるはずだ。
何にもやってないのに、っていう、そこまでの話はしてないので、それは論外です。
論外です。
ただですね、それにちょっと近いものがあってですね、そういう話をちょっとしたいんですけど、
この論外だっていう、宝くじを買ってないのに、もう当たるって信じてるとかっていう、そういう痛い人、いわゆるビッグマウスですよね。
そういうのって、ほんとにこう、全然お話にならないんですけど、これを英会話の話に落とし込むと、
実はですね、例えば、英会話スクールに行ってるから大丈夫、英語を話せるようになる、っていうのも、論外までは行かないけれども、ちょっとこれに近いところがあるんですよね。
私が言ってるのは、英会話スクールに行ってるだけではちょっとやばいよね、っていう話をしています。
英会話スクールの落とし穴
英会話スクールにも最近いろいろなのがあるので、特殊なね。
こう、ブートキャンプみたいな、すっごい集中して、1週間、2週間、3週間、4週間、詰め込みで、みんなと一緒に寝て起きて、とかっていうスクールもあるかもしれないんですけど、
そういうね、英語だけの、まあ本当に留学を経験するかのようなところは、まあ別としても、いわゆるごく普通の従来ながらの、この、本当によくあるような、いわゆる英会話スクールに、
週に1回通って、そしたら、もう通ってるだけで、ペラペラになるんじゃないかっていうのは、それはもうほぼ幻なので、
それは、今回私が話している宝くじも買ってないのに、当たった気になるに、ちょっと近いくらい、まあ極端に話してますけど、それくらいの話だと思ってほしいんです。
日本人って、英語が喋れる人が、まあ数え方にもよるし、統計にもよるし、
よるんですけど、えっと、まあ10%の人がまあ喋れて、90%は話せない、というか、英語ができない、っていうふうな位置づけになってるらしいんですね。
90%はだいたいダメなんじゃないかっていう統計が、まあよく一般的に言われているところです。
これがもう本当にきちんと自分の言いたいことが話せるようになるっていうふうな、そういった英会話のところまで行くと、
まあ英会話って言っても、レベルがね、
いろいろあると思いますけど、自分の言いたいことがすべて言えるっていうふうなことになると、
たぶん、10%切るんじゃないかな、というふうに言われています。
ということは、みんなと同じことやってちゃダメなんですよね。
英会話スクールに週に1回通ってるだけで、いろいろ話せるようになったっていう人、身の回りで見たことありますかね。
私はないんですよ、実際。
主体的に自分で、プラス、ちゃんとやらないと、ちゃんとやるっていう言葉あんま好きじゃないけど、やらないと、やっぱり話せるようにはなってない人がほとんどなんですね。
私、昔一人、実際に会った人でね、最近よくあるYouTuberで、僕はこうなった、私はこうなりましたっていう人たくさんいますけど、
そうではなくて、実際にこの目で私がしゃべって会って、知り合った人の中で、日本にいて、外国に一度も行ったことがない。
足を踏み入れたこともない。
そういう人で話せるようになった人、私は知り合ったことがあるんですね。
彼は英会話スクールに通っていたんですけど、やっぱり英会話スクールに通ってるのは、それは本当にちょっと、
プラスになればいいなっていう程度の塩梅で、彼はもう自分で、すっごくやってたんですよ、家で、となると話せるようになっていました。
なので、根拠のない自信はあるといいんですけど、もちろんあるといいんですけど、やっぱりある程度やるべきことをやっていないとダメなので、
その辺は落とし穴になるかもしれないので、ちょっと気をつけてください。
っていう話でした。
ではまた次回。またねー。