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おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、英語のなぜに答える初めての英語史、英語語源ハンドブック、言語学ですっきり解決英語のなぜの著者の堀田隆一です。
英語の語源が身につくラジオheldio、英語史をお茶の間に思っとうに英語の歴史の面白さを伝え、裾野を広げるべく、毎朝6時に配信しています。
本日は、2026年3月21日土曜日です。 皆さんいかがお過ごしでしょうか。
本日の話題なんですけれども、ちょうど1週間前の土曜日になりますかね。 x 旧 twitter 上でゆる言語学ラジオの水野さんがこんな投稿をされていました。
災害などに関して、周年は使いづらい。何周年という時のあの周年ですね。 という投稿を見た。
周年は意味の良化、アメリオレーションが進んでいるということですね。 ということで、なるほどと思いながら
この問題を考え始めたんですね。 実際にその水野さんの投稿は非常に多くの
方々に見られているようでですね。 これはいろいろと考えてみて、何らかのリアクションをしようというふうに思いましてね。
その日の夜に、私からも返信、リポストを差し上げたという次第なんですね。
その後もこの問題について少し考えてみましたので、今日はこの何周年の語感が良化している
水野さんの投稿よりと題してお話しいたします。 どうぞよろしくお願いいたします。
日本語の何周年という時の周年ですね。 これは最近の語感ですと、良いもの、めでたいもの
であるとか、記念すべきもの、これにつくというのが一般的で、 悪いものといいますかね、ネガティブな方向での
コロケーションには適さないと感じる人が増えてきているのではないかと、そういう ポイントだと思うんですよね。
結婚10周年とかですね。 開設20周年記念とかですね。
これは基本的にポジティブなおめでたいというムードに包まれる表現なんですよね。
一般的に文化的にはそうだと思うんですよね。 ですが、震災から何年経ったであるとか、誰々の死から何年経ったという時に
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何周年という言い方。 これ、もともとですね、周年というのは、ある時点から数えて何年目にあたるかという
純粋な単位なので、それ自体にポジティブもネガティブもないはずなんですね。 本来の意味としては。
ただ、コロケーションとして、狂気表現として、 良いもの、めでたいものにつくという方が圧倒的に多くなったりするとですね、
このウェイトがだんだんと、この周年そのものにですね、何周年というこの単位の表現そのものにポジティブな雰囲気が
映っていく。 なので、その前に誰々の死の何周年とか、震災の何周年という言い方に違和感を覚える
人々が出てくる。 こういうことなんではないかなと思うんですよね。
確かに私もですね、その互感を共有しているなぁと感じるところがあったので、この話題に反応したというところなんですね。
さらにですね、水野さんの投稿の中で、これは意味の良化、良い方向になるということですね。
ポジティブな方向になる例なんではないかということで、厳密に言うと、この意味の良化が進んでいる、今進行中だというところで、これは本当に鋭い指摘だなぁと思った次第なんですね。
一方でですね、これに対して私、返信を差し上げたんですけれども、この意味の良化が何周年、周年というこの単位に起こっているということにですね、若干の違和感も覚えたということはですね、ありまして、そこでちょっと議論してみようかなと思ったんですね。
これはですね、周年の意味が良化した、良くなってきたということとしても見ることができるかもしれません。これ一つの見方なんですけれども、もう一つはですね、周年の意味は変わっていない。
ただ、そのコロケーションが良いものに限定されてきているという、つまり結婚何周年とかですね、開設何周年というふうに、その前に来る周年とか、5周年、10周年という数の前に来るものがおめでたいものなのか、それともそうでない、ネガティブなものなのかというふうに考えています。
それを選ぶようになってきているっていう、コロケーションを選ぶようになってきているっていうのは、おそらく起こっているんだろうと思うんですが、その状況を指して、周年というこの単位を表す語ですね、この意味が、この語自体の意味が良化しているという言い方はできるのかっていう、そのあたりにですね、若干の違和感を感じています。
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これですね、考え方はいくつかありそうな気がするんですけれども、まずあの典型的な意味の良化の例というのはですね、このヘルディオでも意味変化の類型みたいな回でですね、かつてお話したことあると思うんですが、復習も兼ねてですね、例えば、英語から出したいと思うんですね。
典型的に、いわゆる教科書的に意味の良化が起こっているという例としてですね、例えば、ナイトっていうのがありますね。これ、今、騎士、立派な騎士ですね、なんですが、これもともとはですね、古書と言いますか、小間遣いと言いますかね、
年の若い男性の小間遣い、お手伝いさんみたいな感じだったんですね。それが中世の貴族の階級の中に組み込まれることによって、騎士という身分ですね、基本的には尊ぶべき族ということで、
意味の価値がですね、上がったということで、これは一つ典型的な良化の例というふうに言われますね。それからですね、クイーンっていうのも女王なんですけれども、もともとはレイディぐらいの意味ですね。つまり貴婦人、貴族の婦人、これでも十分高いんですが、さらにね、国に一人しかいない女王にまで登りつめたということで、これは良化の例。
良化というよりは、社会的な地位、価値が上がったという言い方なんですけれどもね、この2つの例です。他にはですね、例えばサクセス、これあの成功、これ成功というのは良い結果ってことですよね。あるものを行って、それが良い結果が出た場合、成功とサクセスと言うんですけれども、もともとはですね、これあのサクシールの名詞形ですよね。
その後に続くということですね。結果として何々になるというような意味なので、結果という中立的な意味なんですよ。つまり良いも悪いもなくですね、とにかく結果、今でいうresultに相当するような語彙を持っていたわけなんですが、それが良い結果のみを表すようになった。つまり成功のみを表すようになったということですね。
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そしてフェイリア、失敗の反対語と言い続けられるようになった。ということで、これもともと中立的な意味だったものがポジティブな意味に転じたということで、これなどもですね、意味の両方の典型例ということになるんですね。
とするとですね、この3つ、名詞の例を挙げましたね。ナイスとかですね、形容詞の例というのもかなり多いんですが、今回ですね、周年というのも名詞ですので、同じ名詞からの例を挙げてみた次第なんですけれどもね、今挙げたnight、queen、success、この例を見ますと、もともとの意味はネガティブあるいはニュートラル。
ですね、のものだった。それがポジティブなものに転じたということでですね、これは意味変化としては両可ととりあえず呼んでおけるものだと思うんですが、ここでのポイントは、支持対象が変わっているってことなんですよ。
もっと言いますと、これ明示的意味。意味にはですね、大きく分けて2つあります。単語の意味には。デノテーション、これ明示的意味ですね。それからもう1つはコノテーション、これは暗示的意味であるとか、そこから匂わせる形の意味ですね。ニュアンスとかオーラという言い方をしてもいいかもしれません。
コノテーションですね。顔蓄的意味なんて訳すことも多いですかね。この明示的意味と顔蓄的意味、デノテーションとコノテーション、これ分けて考えたいと思うんですね。明示的意味というのは基本的には辞書に載っているような客観的な意味のことです。
先ほどのナイト、クイーン、サクセスはこのデノテーションが変わっているんですね。
故障から騎士へ、貴婦人から女王へ、結果から成功へというようにですね。そもそも明示的意味、デノテーションが変わっているし、さらに言えば指示対象、レファレントが変わっているということで指すものが変わっているわけですよ。
これは明らかに意味変化と言いやすいので、教科書などでは典型的な例として出されているんだと思います。
さあ、今回の問題の修年なんですけれども、修年という単語が指す明示的意味、これはある年を基準にして、ある時点を基準にして、そこから何年経ったかを表す単位、これが明示的意味、デノテーションなんですよね。
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これは決して変わっていないんですよ。今回今ですね、何かそのポジティブな方向に変化が起こっているというこの修年の話題をしているわけなんですけれども、この修年という単語の明示的意味には特に変化が起こっていないということなんです。
ただ、コロケーションが限定されてくることにより、それが持つコノテーション、つまり眼熟的意味、これがポジティブに転じてきているというのはどうやら本当に起こっているのではないかと、私も感じる次第なんですね。
そうすると、デノテーションに変化はないけれども、コノテーションでは変化が生じてきている。とりわけそれは量化と言えるわけなんですが、さあこの状態を指して、この単語、修年という単語の意味が量化してきていると言えるのか。
この修年という単語のコノテーションが量化している。これは多分あっていると思うんですね。ただ、この修年という単語のデノテーション、明示的意味は特に変化していないということなんですね。
このような場合に意味変化が、今終わったわけではなく、今進行中なので、なんとも形容し難いというか、表現しにくいことになっているわけなんですが、これはコノテーションが量化しているというところまで言えても、
この単語の意味、とりわけデノテーションが何か変わったわけではないというようなことになっているのではないかということなんですね。
ただ、ここまで考えたところで、ふと気づいたんですけれども、ナイトやクイーンやサクセスの例ですね。サクセスが今回のケースに一番近いかなと思うんですけれども、
このサクセスが中立的な結果から良い結果イコール成功になっていく過程でも、まさに今修年に起こっているようなことが起こったのではないかということなんですね。
サクセスの場合も、すでに意味変化が起こってしまったわけなので、これは意味変化、量化の事例ですというふうに後付けで断言することができるわけなんですが、
この変化が真っ最中だった頃、今のちょうど何周年の修年に起こっているような変化のステージを想定してみると、サクセスももともと中立的な結果だったものが、
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コロケーションとして良いものと凶器することが何らかの事情で多くなって、だんだんとサクセスのコノテーションがポジティブになっていく、つまり成功風味のコノテーションが出てくる。
ただ、明示的にデノテーションはあくまで結果なんですね。その意味で言えば、今これ成功を意味するというと、これ結果は結果なんですよ。なのでデノテーションが変わっていないと言い張ることもできなくはないわけなんですけれどもね。
変化の過程ではデノテーションは中立的な結果変わっていないけれども、コロケーションとの関係でだんだんとコノテーションがポジティブになってきたというステージがある。
それが生き切ると、そのポジティブな響きを帯びたコノテーション、そのポジティブさが明示的な意味にまで組み込まれると言いますか、そちらまで昇格すると言いますかね。
コノテーションだったものがそのままデノテーションの意味にも乗っかってきて、完全にその後の意味、デノテーションであれコノテーションであれ、両方の意味を古いものから新しいものに置き換えてしまうということが起こったのではないかと。
そういうふうに考えると、今、周年に起こっているコノテーションのポジティブ化という現象、量化はもう数年も経つとですよ、おそらく。おそらく数年経つと、このポジティブな雰囲気、コノテーションがデノテーション、明示的意味の方にも食い込んできて、そしてすっかり乗り換えてしまうということが起こり得るのかなと。
そこまで考えると、水野さんの言う通り、これは量化が進行中なんだというふうに見てもよいのかなと、いろいろと考えた次第です。皆さん、この問題、どのようにお考えでしょうかね。
他にも関連する話題、いろいろと出ておりましてね、投稿で。例えば、記念。記念というのも、良い意味で使う記念と悪い意味で使う記念。悪い意味でといいますか、ネガティブなものと結びつけられるものなんですが、やはり記念というのはですね、周年と同じでポジティブなものにつけたいという思いがあるのでしょうか。
そちらにコロケーションが偏ってきているという、これ周年と似たようなことがですね、起こっているではないかという指摘もありましたし、あとは英語のですね、周年に相当するanniversaryですね、これは極めて中立なんですね。
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例えば、the second anniversary of my grandmother'sdeathと言うと、これ祖母の三周期という役になるんですかね。のようにanniversaryは悪いことにも、悪いというか死のようなネガティブなものにもつく。一方でthe weddinganniversaryというような言い方も普通にあるわけですよね。
ということでですね、この辺りの話題、意味変化の良化といって良いのかどうなのかという問題について考えたらですね、意味変化のまさに今現場に起こっている現場に立ち当てる、現場を目撃しているんだという、これなかなかゾクゾクワクワクするようなことをですね、改めて思い知ったということなんですね。
今起こっているものを記述するってなかなか難しいんですね。終わってしまった後に意味の良化であるとかですね、意味の悪化であるみたいにズバッと言い切ることができるわけなんですが、今その最中だからこのようにどう呼んで良いのかなみたいな問題意識がですね、私の中に多分起こったんだろうと思うんですね。
いや、これはむしろワクワクするエキサイティングな変化の現場を見てるんだと、そう思うとですね、この問題なかなか面白いなと思います。皆さんのお考えもぜひお聞かせいただければと思います。
エンディングです。今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
本日は1週間ほど前になりますが、ゆる言語学ラジオの水野さんの投稿より何周年のご考えを量化してきている。この話題について考え始め、最終的にはですね、意味変化って何なんだろう、意味変化が起こっている最中ってこんな感じなのかなという変化の現場に立ち会うことができた、喜びを語ったということですね。
私は英語の歴史をやってますと、すでに終わったことを現代の視点からですね、まとめたり解釈したりっていうことが多いんですが、まさに今起こっていること、これがやっぱり一番エキサイティングですよね。
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