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人に言えないことが、ひとつもない人なんて、たぶんいません。
好きなこと、欲しいもの、寂しさ、誰にも見せてない自分、
ちゃんと生きようとするほど、僕たちは本当の気持ちをつい後回しにしてしまいます。
この番組は、世界46カ国、数十万人のマイノリティな誰にも言えない好きと向き合ってきた
株式会社ルナ代表の後藤慶士が、恋愛や仕事、人間関係を通して、
自分らしく生きるとは何かを考えていく番組です。
ちゃんとしすぎて、疲れたあなたへ。
今日も少しだけ心の仮面を外していきましょう。
えー、こんにちは、こんばんは、今日もありがとうございます。
株式会社ルナ日のこと、後藤でございます。
前回、お話をさせていただいたのは、今回に関してはですね、
4回にわたって、生と幸せっていうところに関して、
お話をしていければいいかなというふうに思っておりまして、
今日はね、その第2回目になっております。
前回聞いてない方のためにね、約20秒ぐらいでさらっと、
前回のお話をおさらいさせていただこうかなと思っています。
前回ね、お話をさせていただいたのは、幸福幸せっていうものをね、
決めているのは量ではなくて、
自分で選べているかどうかっていうようなお話でしたよっていうようなこととかも
お話しさせていただいていました。
そしてね、ハバドが世界で一番長く続けている研究っていうところの
幸せの研究っていうものがね、
出した研究結果っていうのは、良質な人間関係っていうようなものでしたと。
たくさんのね、人数とか年数とかっていうような話ではなく、
どちらかというとクオリティの話。
長く結婚しているとか、たくさん友達がいる、
場合によってはたくさん彼女がいるみたいなのもあるかもしれないですけど、
それよりはどちらかというと質の方がとても重要でしたよっていうような
お話とかもさせていただきました。
ここまでがね、前回の簡単な振り返りになっております。
詳しく聞きたい方はね、ぜひ第一回目というか前回のね、
お話も聞いていただけたらと思いますけれども、
今日はそのね、前回からの続きをお話しさせていただけたらと思っています。
まずはね、あの今お話しした質っていう部分の話ですね。
もう一段だけ具体的にさせていただきながら
お話をしていければいいかなというふうに思っていまして、
多分ね、最初に多くの人が思っている前提から入らせてください。
長く続いている関係性っていうのは、うまくいってる関係だっていうような前提だったりします。
何年一緒にいるのか、何回目の記念日なのか、分かりずに住んでいるのか、
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それがわかりやすく数につけてね、成績表になってたりするわけですよね。
10年間一緒にいる、20年間一緒にいる、これはね、とても重要なことだと思いますし、
すごいことだと思っています。
ただし、それがそのまま幸せなのかどうかっていうところの話で言うと、
そうではないですよっていうところとかが前回からお話ししたところの話でございます。
長く続いていること、10年付き合っていること、20年結婚していること、
それはね、別に幸せに直結しているわけではないです。
聞いているのは幸せかどうかっていうところとかに一番聞いているのは、
何年続いたのか、どのくらい続いたのかっていう話ではなくて、
明日もこの人は自分との関係性に向き合うつもりなのかどうなのかっていうところが
思えるかどうかっていうような話なんです。
過去の長さではなくて、明日の予測なんですね。
これは短期の話でも一緒です。
初めて会いました。今日初めて会話をします。
っていう時に、明日この人と同じようにまた話せるかどうかっていうのも幸せであるとか、
この人との関係性を続けてられるかどうかっていうところの予測の話になったりします。
1日でも10年でも20年でも、長さではなくて明日の予測になってくるんですね。
お話をしていこうかなというふうに思っています。
僕はLUNAでマッチングサービスをやらせていただいていて、
今大体月に約6万人くらいマッチングをしてたりしております。
もちろん累計といいますか、合計のマッチング件数なので、
1人が何回もマッチングしてるっていうところとかはあったりするんですけれども、
それでもマッチングしてる数すごく多いんですよね。
毎月毎月そのくらいマッチングしてたりします。
その中で続く続かないみたいなところとかっていうのも、
やっぱりいろんなケースをたくさん見てきました。
そこで相談を受けることとかもすごく多かったりするんですけれども、
一番多い方たちはこれなんですよ。
何年も一緒にいるのに安心しないとか、
何年彼氏彼女と同棲してるんだけれども、
どうしても結婚に踏み切れないっていう話であったりとか、
結婚をしてるんだけれども正直レスになってしまっていて、
性の対象として見ることもできないし、
一緒にいて気持ち悪いみたいなことであって、
全然安心できないみたいな話。
こういう話とかっていうのをすごくよく聞いたりするんですね。
逆にまだ全然1週間とか1ヶ月か1ヶ月とかというような話なんだけれども、
すごく落ち着いてるカップルっていうのもいたりするんですね。
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これは年数では全く説明がつかないわけですよ。
今日は3つお話をしようかなというふうに思っています。
1つ目、幸せっていうものに対して聞いているのは受け取れているかどうかというようなお話。
2つ目、たくさんの研究、43ぐらいの研究を調べてみたんですけれども、
それにかけて幸せっていうものに関して残ったものって何なのかっていう話。
3つ目、幸せな関係っていうのは必ずしも喧嘩をしない関係ではないですよっていうようなお話。
最後に意外な結果を1つと、恋愛に全部任せるというわけではないような、
そんなお話をしようかなというふうに思っています。
さて1つ目、これがまず一番の動題になってくるお話になっているんですけれども、
恋愛の研究で一番中心にある研究のところから入っていければいいかなというふうに思っています。
相手が自分に答えてくれると感じているかどうかっていう話ですね。
つまり受け入れてられるかどうかっていうところの話になってきます。
これを中身を分解するとこういう感覚です。
自分の気持ちを理解しようとしてくれるっていう話であったりとか、
自分の事情や関係性、これを尊重してくれる。
仕事の話であったりとか、友達の話であったりとか、
場合によってはトラウマの話であったりとか、
自分が苦しい思いをした時の悲しい話であったりとか、
そういうものを尊重してくれるという話。
そして苦しい時に気にかけてくれる。
嬉しいことを一緒に喜んでくれる。
自分を一人の人間として評価をしてくれる。
ここがとても大事な点になっています。
大事なのは相手が実際に何をしたのかではないんですね。
本人が自分が理解されているかどうかと、
受け取れているかどうかというところとかがすごく重要になります。
相手が、相手がっていうと、
自分が相手に対してこうしました、こんなことをしました、
ここまでやったのに、そういうことってすごくあると思うんです。
でもそれって結局相手に届いているかどうかとか、
相手に理解されているかどうかというところとかが
とても大事になったりするんですね。
よくあるのがこれだけやってあげたのに何も返されないとか、
そういう話とかっていうのもよく聞いたりします。
でもそれはもしかしたらただ自己満なのかもしれないです。
相手がどう思っているのか、相手が受け取ってくれたのかどうか、
これがすごく重要なポイントになってくるっていうのを覚えてください。
だからもちろん頑張ってこういうことをした、
こういう思いでプレゼントを買ったとか、
ご飯に連れて行ったとか、
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家のことを何々をしたとか、子供の世話をしたとか、
いろいろとあるとは思うんですけども、
これはもちろん愛情あったりとか、
そういう思いで行動しているっていうところとかもあるのかもしれないです。
でも結局伝わってない。
伝わってなければ当然相手にとっての幸福の効果っていうのは弱くなってきます。
いくらあなたに愛情があっても、相手に伝わってなければこれは結構効きません。
何も届いてないような状態になってます。
これは結構残酷な話だなというふうに思っていて、
やってるのにやってないっていうのが結構普通に起きたりするんですね。
この考え方を日本とアメリカで比べた研究があったりします。
結婚している同性の成人、約4,000人を調べているデータでして、
アメリカが3,000人、日本が1,000人っていうような数字だったりするんですけど、
相手の応答性、つまり相手が受け取っているかどうかっていうところですね。
ここでアメリカでも日本でも幸福っていうものを予測しました。
ただしアメリカの方が強くこれは予測されたというような形でして、
同じものを測っていても日本の方が効きが弱かったというような実は結果になってます。
これは結構気になるところというか、面白いデータだなというふうに思っていて、
日本ではいくら相手に伝えても伝わらないというような話なのかというと、
そういうわけではないんじゃないかなというふうに思っています。
多分いわゆるハイコンテキスト文化みたいなところとかが日本ではあって、
受け取る側の手前で何かが起きてるんじゃないかっていうところとかの方が
考えられる話なのかなというふうに思っています。
例えばそもそも自分が何がしてほしいのかというところとかがわかっていないと、
理解されているかどうかというところとかもわからないんですね。
何をしてほしいのかがわからないと、理解されたのかもわからないんですよ。
ここは次の回でもっと詳しくちょっとやっていきたいので、お話ししていきたいので、
次回お話ししていくので入り口だけ簡単にお伝えをしていければなというふうに思うんですけれども、
実際にこれは現場でルナでもすごく同じようなことが起きています。
大事にされてないっていうような人がいたりするんですけれども、
具体的に何が大事にされてないのかみたいな話を聞くと出てこないことが多いんですね。
不満は言えるんだけど欲しいものが言えないっていう話がすごく多いです。
そうすると相手は何をしても外すんですよ。
何をしてほしいのかが自分がわかってないと、相手も何をしてほしいのかがわからないんですね。
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例えばSMっていうところに、僕はSMの人間でもあったりするので、例を挙げると、
例えばアメリカの方が日本よりはっきりと何々をしてほしい、何々が好きだみたいなこととかを強く言うし、
例えばM側、受け手側であったりすると、これは嫌だ、これならいいみたいなこととかをはっきりと自分で意思表示する人がM側でもすごく多いです。
一方で日本人だと何も言わずに受け取ってくれとか、空気を読んで私の嫌なことをやらないでくれみたいなことは、これは男性女性限らず多いです。
なのでこのあたりは非常に日本人の特有の文化であるのかなというふうに思っていまして、
実際に現場でユーザーさんの声とかも聞いていたとしても、聞いていてもやっぱり似たような話っていうのってすごく出てくるんですね。
特に性に関してっていうところの話で言うと、自分がやって欲しいことやって欲しくないことっていうのってすごく言いづらいことだと思います。
ここが言いづらいと、より相手に対して本音の部分って喋りにくくなってしまうと思うんです。
性ってすごくセンシティブで、自分のコアな部分に突き刺さる部分っていうところとかがとても多かったりしていて、
人によってはとても心の奥底にある自分のトラウマであったりであるとか、怖いものであったりとか、
場合によっては子供の頃すごく嫌な性暴力を受けたであるとか、そういう話とかと直結している人とかっていうのも一定数いたりはされるんですね。
そういう人たちにとって、そこを素直に言えるっていうのってすごく動力というか、自分の神経をすり減らして頑張って言わないと言えないことだったりするわけですよ。
でもね、これを言えないと結局相手も受け取ってくれっていう感じで空気を読んでくれっていう形で当てに行くことしかできなかったりするわけです。
そうすると結局別にどっちが悪いわけでもないんですけれども、やっぱりわかってくれない、やっぱり私のことは理解されないんだっていうような結論になってしまう。
これはねすごく悲しいなっていうふうに思っていて、僕はね海外、ヨーロッパ、アメリカどちらもそうなんですけれども、基本的にSMに限らずなんですが、
夫婦間のコミュニケーションであるとかカップル間のコミュニケーションって非常に活発で、自分はこれが嫌だ、これはこれはいいみたいなこととかを言うカップルっていうのがとても多かったりする傾向はやっぱりあったりします。
この辺は実際にね別にSMに限らず普通の恋愛でもそうだったりします。
2つ目のお話なんですけれども、AIで研究したみたいなものとかがあったりします。
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何がいいのかっていう話で言うと、研究者の変なバイアスがかからないみたいなところとかが良かったりするものだったりするので、
それでねいろんなデータを集めてAIに学習させてデータをそのまま出すみたいなことをしたんですけれども、
その中で何が残ったものとしてあったのか、幸せっていうものを感じるために何が残ったのかという話で言うと、特に強かったのがこれでした。
相手がこの関係を大切にしていると思えていること、相手から感謝されている感覚、性的な満足、相手も関係に満足していると思えていること、
そして衝突の少なさとその扱い方というところですね。
中でも一番強かったのがこれです。相手は自分との関係を本気で続けようとしているかどうかっていうところの認識、これがすごく大きかったところになります。
つまり先ほどと同じような話なんですけれども、聞いてたのは明日もちゃんと向き合うつもりだっていうところの予測の話、これがすごく強く聞いてたというような話ですね。
なので気づいてほしいのは並んでいるものが全部認識という話です。相手が大切にしていると思えている認識であったり感覚、相手も満足しているという認識、全部本人の受け取り方の話なんですね。
相手がどうしたかっていう話ではなくて自分がどう受け取ったかっていうところの話だったりします。
これはね気合で思い込めばいいとか相手は自分のことを大切にしているはずだとかっていうようなそういう気合の話とかではなくて根拠なく思い込んでも日々の相手の行動と実際の口で喋っていることっていうところとかが食い違えば
それはどこかで自分の中で祖母になってあれっていう気持ちになってしまって壊れてしまいます。なので思い込もうとかそういうふうに思い込んで自分を騙せばいいとかっていう話ではないです。
言いたいのは伝わってない愛情っていうのは感情に入らないということですね。これは伝える側もそうですし伝わる側もそうです。伝えてもらう側もそうです。
しかもどっちにおいても基本的に両方持っているはずなんですね。相手に愛情を伝える側も伝えるっていう役割も持っているはずですし受け取るっていう役割も持っているはずです。
なので役割としてはやることが一つありましてちゃんと理由を言葉にする。ただやったよではなくて例えばやっておいたよとかごみ捨てといたよじゃなくて
なんか今日ちょっと疲れてると疲れてそうな顔してたからごみ捨てといただけでも全然情報量が違ったりするわけですよ。
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2つ目、続けるつもりだみたいなところとかを口に出す。これはね日本ではほとんど言わないと思うんですよ。
やっぱりね日本人結構照れくさい方っていうのが直接言わない方っていうのがとても多かったりするのでなかなか言わないことだと思うんですけど
でも一番効くのはこれなんですね。やはり明日自分と一緒にいてくれるかどうかっていうのってすごく怖いんですね。
捨てられるのが怖い。ちゃんと自分と一緒にいてくれるかどうかっていうところが怖い。これってすごくやはり人間心配するところだと思ってます。
なのでちゃんとどういう形であろうがあなたと明日も一緒にいるよっていうこととかをしっかりと伝えていくっていうところとかがとても大事な話です。
3つ目、感謝を具体的に返していくっていう話です。ありがとうだけだと多分言ってる方もいらっしゃると思うんですよ。
でも何に対してなのかわかんないんですね。さっきのごみ捨てといたよみたいな話と一緒で何に対してありがとうなのかっていう話でいうと
相手もこういうことに対してありがとうだったんだなっていうことで次も同じようなことができたりします。
そしてちゃんとコミュニケーションっていうものが取ることができるようになったりします。
ありがとうすら言えなくなっちゃってる関係性っていうのもあると思います。なかなか年数が経って積もってきて
そうすると何に対してありがとうって言うべきなのか、そもそもありがとうっていうこと自体が恥ずかしいみたいなところとかっていうのもすごく出てくると思います。
でもね、少し言葉を振り絞ってきちんと気持ちを伝える。先ほど言ったように伝わらないと相手との関係性っていうところとかがどんどん壊れていくんですね。
ここを伝えていくっていうところとかがとてつもなく重要な話になってきます。
そしてここまでの話が実は年齢とか年数とかと無関係なんですね。
すべて、例えば理由を言葉にする、続けるつもりだっていうふうにちゃんと口に出す。
ありがとうっていうのを何に対してなのかありがとうなのかをちゃんと口に出す。
これ別に何年の関係性であっても一緒だったりするわけですよ。
1年目でもできるし20年目でもできてないことがあります。
なので続いているっていうこととかは必ずしも続いてるからすごい幸せな関係だというわけではないです。
続いてるから幸せだっていうわけでも必ずしもないです。
もちろん続いてるからそれができてなくても幸せだっていう過程もあると思います。
あると思いますが数としてはどうしても少なくなりがちではないのかなというふうに思います。
もしくはどちらかがうっすらそれをうまく受け取っているっていう状態の可能性もあると思います。
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でもやはり人間は言葉の持つ生き物なので言葉にした方が圧倒的にしっかり相手に伝わるんだと思います。
もう一つ前提を崩すというかお伝えをしておこうかなというふうに思っていて
よく誤解されがちなのは幸せな関係っていうのは喧嘩をしない関係だというような話ですね。
これもそうではないですよっていうことをちょっとお伝えしたいです。
何が大事なのかっていうところとかを違いを口にできること嫌だったことをちゃんと伝えられること
自分の気持ちを否定せずにまずは自分が聞いてそれを相手にちゃんと伝えて
聞いた相手はそれを聞いた後にちゃんと謝って話し合えること
そして悪かった部分を直すことそれが関係性の大事な部分になってきます。
そうすると一度の衝突が関係性そのものの否定にならないんですね。
ちゃんとぶつかってもこの人とは会話ができるっていうふうに思えば
大事なのは対立っていう状態になることではなくて戻ってくることができるかどうかっていうような信頼の話になります。
逆に危ないのはこっちだと思っています。
表面問題自分が抱えているものこういうものをすごく自分の中に押し込んで我慢して表面的な平和を保っている関係っていうのはすごく安定しているように見えて
実はめちゃくちゃ睡眠化で不安定だったりするんですね。
なんとなくね多分聞いている方もイメージがつくと思うんですけどもどこかで何かが爆発するわけですよ。
喧嘩をしなくても当然安心感も減ってくし不安感も不信感もどんどん増えていきます。
そうなってくると何で戻ってこられないかっていうところとかを試してないのでもう言えなくなってしまうんですね。
一度も壊れてない関係っていうのは一度も話し合うことができてない関係っていうのはお互いが直せるかどうかっていうところとかを知る余地がないです。
なので壊れたことがない関係喧嘩したことがない関係っていうのはすごくお互いがどっちかが気を使って壊れないように壊れないようにそーっとそーっと扱っているみたいなそんな状態になっている可能性もあるわけですよ。
私が我慢しておけばこの関係性は続くんだとか俺が我慢しておけばこの関係性は続くんだとかそういう形でぶつかるっていうことを避けるっていうことはすごくよく話であるし
すごく怖いことだと思うんですけれども、でも戻ることができるっていうことの方がよほど安心感があるんではないかなというふうに思います。
もう一つ恋愛で見落とされがちやすいものがあったりします。前回の3つ目の一つ目ですね。自分で選んでいる感覚。この関係の中にもこれがとても必要です。
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具体的には相手に合わせるだけではないっていうこと。自分の友人や活動、自分の過ごす時間、そして自分の価値観や欲求というものをきちんと伝えることができる。
そして関係性を失うっていう恐怖だけで行動を選ばない。これがとても重要なものになってきます。
ちゃんと自分で自分の行動を選べるかどうか。そして選んだ時に相手がちゃんとそれを尊重してくれるかどうか。これが関係性を続けていくっていう時にとても重要な話になってくるんではないのかなというふうに思っています。
SMっていう関係性って、僕はねあのルナをやっていてたくさんの人を見てきて、SMの関係性はね人間関係と性癖っていうところの両方の擦り合わせが必要になってくるんですね。
よくサドとマゾって結構誤解されがちであったりしていて、SだからM側は絶対服従だとかそういう誤解とかっていうところとかがよくあったりするんですけれども、そうではないと思っています。
SであろうがMであろうが、それは2人のただの関係性のロールであって、そこからどういうような関係性をきちんと2人で作っていくことができるかどうかっていうところとかがとても大事なポイントになってきます。
別にSMの関係であろうが、種族の関係であろうが、普通の恋愛の関係の話であろうが、人間関係っていうものに関してで言うと全部一緒の話だと思います。
先ほどお話したように自立性、Mだから自立性がないですっていうわけではないです。
自立して自分のSM的な話をするとすると、自立的に自分の人間性を落とすとかなくすっていうのを自分で自主的にやるっていう形であれば、それは自立性を持った形になったりします。
これを自分で自分の意思を持って選ぶっていうこととかがやってるのがSMっていうものだったりするわけですね。
その上でそれを相手を尊重して相手のことを信頼して任せられるかどうかっていうところとかの安心感、これも同時に必要だったりします。
つまり幸福な関係、SMの話もしましたけれども、幸福な関係って2人で一つではなくて2人とも一人の人間でいられることだったりするんですね。
SであろうがMであろうが一般の恋愛の関係であろうが一緒です。
なのでここで一つお伝えをしていきたい話で言うと、依存をするみたいな話とかがあったりすることもよくあったりします。
依存すること自体が悪いわけではないです。相手に自分のことを求めてしまうって言うと依存っていう風に思われがちだったりすると思うんですけれども、
人はね誰かを頼る生き物なんだと思うんですね。これは昔からそうだと思います。
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室町時代とかなんだらもっと昔から日本の中では主従関係みたいなものとかっていうのがお殿様と、
そしてその家臣とかっていうところとかで作られてきましたし、例えば海外であると神様、宗教っていうものを頼るっていう形で、
そこでね自分の心の安寧みたいなものとかも頼っていたっていうような背景があったりします。
依存とは何ぞやっていう話もあるのかもしれないですけれども、何かを頼る、誰かを頼るっていうこと自体を別に悪いわけではないと思います。
むしろ必要だからこそこれだけ宗教っていうものが大きくなってきたりであるとか、主従関係っていう関係性があったからこそ今の日本の歴史っていうものが存在するんだと思ってます。
ただ頼ることと選べるっていう状態、これは見捨てられないために従わざるを得ない状態っていうのは全く別な状態だったりします。
見捨てられないために自分が捨てられないために頑張って自分の自己を捨てて相手に依存をする、
これは先ほどお話しした二人で一つになることではなくて、二人とも一人の人間になれてない状態なんですね。
なんで依存をしている状態で見ると外から見るとどちらも仲がいい形に見られがちなんですけれども、
中にいる人からすると自分が選べてない状態になってしまうので依存をしすぎる、つまり自分で自分の選択肢をちゃんと選んでない状態っていうのは、
これは幸せだというような状態に言える状態ではないのかなというふうに思ってます。
ここでちょっと一つ意外に思われるような研究データもちょっとお話をしたいなというふうに思っておりまして、
最近の2025年に出たメタ分析のデータでして、関係性の満足と性的満足のメタ分析のデータがあったりします。
ジェイセックスリサーチという2025年のリサーチレポートになったりするんですけれども、合意に基づく複数の関係と一対一の関係性というものを比べていたりします。
よくね、複数というもの、複数人の関係性で不幸を生むみたいな不倫関係とかね、そういうものは不幸だというふうに言われがちだったりするんですけれども、
あくまで合意に基づく複数関係というのは、いわゆるポリアモリー的な関係という話なんですが、
結果としては関係満足度と性的満足度に有意な差っていうのは確認されなかったというような話があります。
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なので、一対一かどうかっていうところは直接幸福かどうかっていうところとかを決めてはいなかったりします。
これはね、複数の方がいいですよっていう話ではないです。間違ってほしくないんですけれども、複数の方が幸せですよっていう話ではないですし、
逆に一対一の方が本質的に優れているっていう話でもないです。
ただ、どっちが優れているのかどっちが正しいのかっていうような話ではないよっていうところとかがお伝えをしたい話になります。
じゃあ、何が伝えたいのかっていう話で言うと、どちらかというと複数なのか一対一なのかっていう話ではなくて中身の方です。
全員の合意があるかどうかや情報を隠していないかどうかという話であったり、境界線や撤回、再度話ができるかどうか、こういう最高所みたいなところとかも含めて話し合いがちゃんとできるかどうか、
そして時間や愛情の配分っていうところに関しても納得ができているかどうか、この辺が全部ちゃんと話し合って合意ができているかどうかっていうところの全員の合意っていうのが重要ですというような話です。
今日はね、言ってること全部一緒なんですね。2人の合意がある。2人じゃなくても合意があれば別に幸せですっていう形も取れる。
ちゃんとそれが情報として伝わっている。そしてやり直せるような関係性が作れている。
喧嘩をしたとしても話し合う、戻る、戻ったっていうような実績がある。そして納得がある。そういうのがとても重要だと思ってます。
だからこそ関係の形で人を判断するっていうのは多分一般的にはポリアモリーとか複数の人間っていう複数関係っていうところとかは好かれる関係ではない形ではあるだとは思ってはいますけれども、
僕自身もポリアモリーであってSMの人間であったりするので今まで好かれてきたかっていう話で言うと全然そんなことはなかったりします。
たくさん苦労をしてきましたし嘘もたくさんついてきました。
でも必ずしもそれをどう自分の中で整理してどういうふうに人と一生懸命正面に向き合って関係性を作ろうとしていくのか。
それが多分すごく重要な話になるんじゃないのかなというふうに思ってます。
結婚してるから安心だとかしてないから不安定だとかそういう話とかっていうのもただの形ラベルの話であって確かに神があるから結婚離婚をしづらくなるっていうのはあるんだと思います。
でも別に結婚してるからじゃあ幸せかっていうとそういうわけでもなかったりするわけですね。
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それは先ほど今までお話しした通りのところの背景になったりします。
なのでね最後にもう一度ちょっとお伝えをすると恋愛っていうところに関して恋愛はねあのとても大きな自分の中でのプライベートの中での割合を占める部分だというふうに思っています。
だからこそね先ほどの依存の話もそうなんですけれども、親友も家族も性的な住息も日常も趣味も心のケアも社会との接点も地位肯定も全部一人の彼氏彼女の関係性に乗せてしまうとそこの関係に過剰な負荷がかかっちゃったりします。
そうするとねあのその関係性がすごく重くなっちゃったりして最終的にね質が担保できなくなる可能性つまり情報を全部きちんと伝えることができなくなっちゃったりであるとかその関係性からのレビューフィードバックみたいなものを正しくもらえなくなる可能性っていうところとかもあったりします。
なので自分の中でねとてもプライベート恋愛っていうところとかは重要な人っていうところとかはすごく多いと思ったりするんですけれども、実際にねあの19年のレポートでアダルトフレンドシップ&ウェルビングっていうようなレポートがありまして
恋人や配偶者以外にも話せる人がいること例えば仕事関係であったりであるとか友達であったりとかそういう人がいるっていうことはこれはね恋愛関係を薄めるではなくてむしろ安定させる可能性っていうのがとても高いのではないかなといいようなレポートが出てたりします。
なぜかというと一つの関係性恋人っていうものに親友も家族も性的なものも日常も趣味もケアも社会的接点も自己肯定感も自分の面倒も全部その人が見るとかそういうことがなくなるからですね。
求めるものが減るとそうすると会話で載せないといけない伝えないといけないものっていうのが一人に対して減るんですね。そうするとコミュニケーションの先ほど話していた質っていう部分がとても充実してくる形になるんです。
この人はここの部分を助けてくれる人っていう形で認識をしていくとそこの部分だけその人には相談しよう。じゃあ仕事の話はこっちの人にしようみたいな形で少しずつ少しずつ自分の中で整理っていうものがついていく形になってきます。
ちょっと今日はね長くお話をいたしましたけれども今日のまとめとしては3つです。一つ目聞いているっていうのは相手が何をしたのかではなくて理解されていると受け取れているかどうかというようなお話。
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そして日本では聞き方が弱かったっていうところとかはちょっと理解ね。次回お話をしていきたいなというふうに思っているんですけれども。
楽しみにしてくださいと。二つ目、相手が関係を続けるつもりだっていうのがとても重要だというようなお話です。続いていくのは年数ではなくて明日この人と自分と相手と自分との関係性を続けていけるかどうかっていうようなイメージ化してもらえるかどうか相手にさせられるかどうか。
これがすごく重要なポイントになってきます。三つ目、幸せな関係っていうのは喧嘩をしない関係ではないです。戻って来られるかどうかっていう話。ちゃんと喧嘩をしたとしても話し合って関係性を戻すことができれば
あの時に喧嘩したけれども、でもこうやって戻ってこれたのでまた次回もちゃんと話せば戻ってこれるかもしれないっていうふうに思えるかどうか。これが重要なポイントになってきます。
さて、次回はですね、第2回目まで幸せについて、そして生と幸せについてっていうところでお話をしましたけれども、次はですね、本当はどうやったら幸せになりたいのかなれるのかみたいなところとかの話を次回させていただこうかなというふうに思っています。
それでは今日はここまでです。ありがとうございました。
今日の話がすぐに何かの答えを出すためだけではなく、自分の中のある気持ちに少しだけ気づくきっかけになれば嬉しいです。僕たちはちゃんと生きようとすればするほど自分の本音を後回しにしがちです。
でも言葉にならない違和感や誰にも言えない好きも全部あなたの大切な一部です。この番組ではこれからも恋愛や仕事、人間関係を通して自分らしく生きるとは何かを一緒に考えていきます。
今日の話が心に残った方は、ぜひ番組のフォローをお願いいたします。感想や取り上げてほしいテーマもお待ちしております。
それでは今日はこのあたりで、今日も一日ちゃんと生きてきた自分を少しだけねぎらってあげてください。
ちゃんとしすぎて疲れたあなたへ。お相手は株式会社ルナ代表の後藤圭一でした。また次回お会いしましょう。