「住み続けたくなるまち・福津市」(後)
2026-05-24 08:46

「住み続けたくなるまち・福津市」(後)

2026年5月24日

福井 崇郎さん(福岡県福津市長) 田中 みずき(RKB)

 福岡県には60の市町村があります。それぞれの地域の特色を活かし、さまざまな課題を住民目線で解決する取り組みがなされていますが、その中でも福津市は、人口が増え、特に子育て世代に人気のまち。また、自然豊かで、古い建物も残っています。出身は長崎・五島列島で、大学院での研究で、福津市の津屋崎に移住、市議員を経て、昨年市長に就任された福井さん。住み続けたくなるまちめざした取り組みについて伺います。

https://www.city.fukutsu.lg.jp/index.html

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サマリー

福岡県福津市の福井市長は、長崎県出身で、糸島での地域活動を経て福津市に移住し、市議会議員から市長に就任しました。子育て世代に人気の福津市で、災害からの復旧や、次世代がこの街を選択肢として選べるような産業・教育の振興を目指しています。福井市長は「共創ともに作る」を掲げ、市民と共に福津市をより良い街にしていくことを目指しています。

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サンデー・チェンジメーカーズ。これまでの常識を超えて新しい時代を開くチェンジメーカーたち。 社会や地域を支えるスターたちの思いを届けます。
この番組はスタービル博多祇園の提供でお送りします。 こんにちは、田中美月です。この番組はRKBスタービル博多祇園スタジオからお送りします。
福井市長の経歴と福津市移住のきっかけ
今日のチェンジメーカーは、先週に引き続きまして福岡県福津市の市長でいらっしゃいます福井たかおさんにお越しいただきました。よろしくお願いいたします。
さて、福井市長は福津市の出身ではなくて、外から福津市に移って10年というようなお話を先週伺いましたけれども、
では、これまでの経歴を簡単に聞かせていただけますか。
私自身は長崎県の後藤レットの福島、今、佐世保市になっているところなんですけれども、そこで大体生まれ育って、高校から福岡に出て、福津に住む前は糸島に4年ほどいて、そこで地域活動をしながら研究をしていたというような形になります。
地域活動、どういったことを?
当時住んでいたのがシェアハウスなんですけれども、土間が15畳あって、2つ部屋があって、そこの2人住みながら土間を地域に開放するという、住み開きということをしていまして、そこで地域の人たちがサロンをしたりとか、だがし屋とか、あとは寺小屋をしたりとか、そういうことを暮らしに根差したような形でやっていくという、実証実験といったらいいのか、あれなんですけれども、
そういったことを現場を持ちながらやっていたという形です。
それは糸島でやっていて、福津に移ったきっかけは?
まさにこの糸島での活動をするにあたって、暮らしに根差した街づくりをしていきたいなと思ったときに、当時福津市の艶崎に移り住んだ町おこしの団体の方々が消防団に入ったりとか、地域のお祭りに一緒に関わりながら、
そこで暮らしをしながらつながりとか、産業を起こしていくということもやっていたので、そういったことを私もまさにやりたいなと思って。
そうなんですね。
頻繁に福津の中に通う中で、もともと海育ちなので、海が近い環境がいいなと思ったときに、西鉄バスで福間から艶崎に降りるときに、本当に家と同じ、実家と同じですね、景色がそこにあるので。
何か地元を思い出すような。
香織とか港町の街並みとかそういうのが近いなと思って、それもあって本当に移住しようと思ったところです。
市議になぜなろうかと思ったかというと、大学院の活動自体は町づくりのことをしたんです。もともと政治を大学院では専攻していまして、
国際情勢であったりとか国内情勢ありますけど、一番身近なところは暮らす場だと思っていまして、暮らした中で町のこととか自分の地域のことを考える自分ごとに、
どうそれぞれみんなが感じてもらって、これがよくなれば政治も良くなるというのがあったので、やはり地域を変えることで日本を良くしたいというのがあって、政治学を学んでいったということがあります。
はじめは市議にいきなりなろうと思ったわけではなくて、その暮らしに溶け込む中で薄切りすんだ中での視点というのもぜひ掛け合わせたいなと思って、そういった思いがあって市議になったというのがあります。
市議からちょうどいい規模感といいますか、自分がやりたいことが本当に反映、それが手に取って実感できるというのが福津市だったんでしょうかね。
本当に人生の舞台をかけたいと思うところが福津の中にはあったので、それは教育の環境もですし、やはり自分ごととしてこのまま水の住処としてやっていけるということを皆さんと一緒に地域活動をしたりとか教育に携わらせていただく中で、ここならやれるというのがあって、福津の舞台で政治家としてやっているところです。
市長就任と災害からの復旧
そして市長になられて、水害もありましたけれども、そういった経験を通して市長として関わって来られて、どのように感じていらっしゃいますか。いろいろ楽しいだけじゃなくて大変なところもありますよね。
そうですね。まず市議をする中で、私も結婚をして子どもが2人今、息子と娘といるんですけど、自分のふるさとがこのまま街に福津になるので、子どもたちにとって誇りを持てる場所でありたいなと思ったときに、まだまだ産業とか教育というのの伸びしろがうまくいかせてないなというところがあったので、
子どもたちがこれからも進み続けられる選択肢を作っていくために市長として活動していきたいというところで市長選に立候補して当選させていただいたんですけれども、そんな中福津市というのはどちらかというと災害が少ない街ということで思っていた部分もあったんですけれども、
8月9日に2人の方が亡くなられる非常に大きな災害がある中で、市民の生命と命を、そして財産を守っていくということは市長としての職務であるので、政策の優先順位をどうするかはあったんですけれども、今回災害があったことで市民の暮らしの安全を守っていくということを一丁目、
一番地に掲げて今復旧活動をはじめ災害の取り組みということを行っているところです。
福津市の未来と目指すまちづくり
最後にこれからの地方のあり方といいますか可能性についてはどのようにお考えですか。
次の世代がこの街を選択肢として思ってもらえる環境を作ることだと思ってまして、福津市のまだまだ産業というのが少ない状況もあるので、企業誘致するとか、そこで創業をする人たちが増える中で子どもたちが大人の背中を見て、ここで暮らしていくという選択を作っていくということを一番していきたいと思ってますし、
そういった中で地域を担っていく位置になるとか、また教育の方でもそれを教えていくという形で未来の作り手を育てていくということを一番やりたいと思っております。
福井さんが今大切にしている言葉を教えてください。
私が大切にしている言葉は、競争ともに作るという言葉、これを今大切に街づくりでもやっております。自分自身もこれから市の職員の人たちと一緒に作っていきたいなというところで今掲げています。
ぜひ福津に遊びに来ていただいたり暮らしていただきながら、やはりここの作り手になっていただきたいなと思います。
今日のチェンジメーカーは福岡県福津市の市長福井孝夫さんでした。どうもありがとうございました。
お相手は田中瑞樹でした。
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