1. care-radio(ケアラジ)
  2. 僕たちはどこからきて、どこへ..
僕たちはどこからきて、どこへ行くのか
2025-03-30 55:15

僕たちはどこからきて、どこへ行くのか

今考えていることをつらつら喋っています。

あ、ビデオポッドキャスト始めました。

感想

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00:02
はい、始まりました。care-radioです。ということで、ビデオポッドキャストを撮っていきたいと思います。
今日はですね、ちょっとこれから予定があって出かけるんですけど、
お昼は、有望な若者というか、
お二人とランチに行ってきまして、 帰ってきて、ちょっと家族の予定があるので、これから出かけようかなと
いうところなんですけど、なかなかちょっと家族がいてると、
ガヤガヤと音が鳴っちゃうんで、フォトキャストも撮れないので、今のうちにと思って、
今、収録を始めているというところですが、
はい、なんかダラダラと喋ってやろうかなと思ってるんですけど、
何がいいかなと思いつつ、
これからの社会の流れみたいなことを、
2025年になってすごい考えることが増えたなと思っていて、
それはずっと、この2020年代に入って、
僕も若者支援っていうフィールドを通して、 感じていることだったりとか、
今世の中で起きていることですよね、アメリカのことであるとか、
そういうのをちょっと見るにつけて、
やっぱり自分のことも変えり見ないといけないなっていう気はすごいしていて、
なんかそんな話ができたらいいかなと思ってるんですけど、
とにかく、今僕のブームは、
シット論、山本慶さんという方が書いたシット論という本があるんですけど、
シットの話と、このSNS社会と、
多分戦後ですよね、1940年代後半から、
戦後社会が、日本で言うと復興してきて、元に戻っていって、
高度経済成長が来て、1980年代にバブルが崩壊して、
失われた何十年が更新され続けているという状況ですよね。
っていうちょっと時代的な流れも俯瞰したりしながら、
じゃあ自分はどう身を動かして、動かしてというかね、
やっぱり自分自身家族がいてて、
処生術というか、生き抜いていく必要もあるし、
03:05
でもやっぱり自分個人のことだけじゃなくて、
この社会全体がどう良くなっていったらいいんだろうな、
みたいなのも同時に考えたりするわけですけど、
その中で、やっぱりこの嫉妬論の中に書かれていたものは、
なんて言うか、嫉妬って言うと、すごい、
さまつな問題っていうか、よくあるよねとか、
人間関係の中でよく出てくる、ちょっとゴシップ的な扱いを受ける話題なのかなと思っていて、
ただ、僕的にはこの嫉妬感情って、
すごい国家を動かすとか社会を動かす、ある種負のエネルギーとして、
割と重要視しないといけないというか、ものじゃないかなと思っていて、
そんな話をずっと考えていたのが、この2025年の2月、3月ぐらい。
SNSの時代なんで、僕が最近言うのは、
すごいSNSの時代って近接しているけど、
要はインフルエンサーとかも含めて、インフルエンサーじゃない、
本当に市政の一般の人の生活も見えているような気はしている。
あ、こんな良いとこ行ってるなとかね、旅行行ってるんだとか、こんな仕事してるんだとか、
ある意味で、そういうふうに近接している。
すぐ様子が見えるような気がしているっていうのが近接っていう意味で話してるんですけど、僕は。
でもそこにはすごい断絶があるっていう、近接してるけど断絶してるっていうのが、
この2020年代の特徴なのかなと思っていて、
何か標準的なライフコースみたいなのが崩れ落ちてて、
何を指針にしたらいいか分からないっていうのがまず一つあって、
日本の、今ちょっと居住支援の勉強を始めていて、
それもちょっと新たなお仕事の中で、そういうレポートを書いていく仕事があるので、
ちょっとリサーチを始めてるんですけど、
でも前に、去年の2月にリリースした三角車さんという団体と一緒にやった
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若者向け居場所の調査レポートというのを中でも書いてて、
これは同婚というか、あらゆる社会課題に対して言える問題だと思うんですけど、
1970年代から高度成長期を迎えて、
結局は家族コミュニティみたいなものが解体されていったっていうのがあって、
それは労働力がまず必要だという側面がありつつ、
あとは経済成長がとにかく日本政府もそうだし、
やっぱりそこで中流みたいなものが、中産階級みたいなものが日本で生まれていって、
やっぱりみんなそういう経済的に豊かになるんだっていうのを、
一つの大きなストーリーとして共有していて、
もちろんここで反省しないといけないのは、
じゃあ政府が悪いんだとかってなっちゃうのが、
僕は社会の分析としては、
サハがやりがちな、あまり良くないところだなと思うんですけど、
そこに同調した市民っていうのを絶対アクターとしては考えないといけなくて、
我々もみんなでそういう中流階級を目指すんだと、
豊かな暮らしをするんだっていうところで、みんな東京に出たりとか、
僕の父と母は島根県の出身なんですけど、
母はずっと島根で働いてたんですけど、
父親は18歳で大阪に出てきて、
造船業をずっとやってたんで、
18歳になって出てきて、船底に潜って溶接をしたりとか、
なんかそんなことをやって、
そういう若者だったみたいなんですけど、
みんなでガンガン働いて豊かになるんだっていうのを、
ストーリーを共有していった時代があったということだと思うんです。
ただやっぱり、そういう高度成長期で、
まだ家も住宅もそんなに年ぶってなくて、
いろんなところにニュータウンとかね、
僕は住んでる豊中界隈だと千里ニュータウンっていうのも、
多分それぐらいに60年70年ぐらいにバーっとできてきて、
っていう時代の流れがあって、
とにかく企業福祉が強かった。
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っていう時代が、
その時代にあらゆる社会制度が形作られてきたっていうのが、
ここを踏まえないといけないなと思って、
日本の制度を語っていく上では、
やっぱり制度がどう形作られてきたのかっていう視点がないと、
なんか見通せないっていうか、
なんか変やけどなんでこうなっているんだろうっていうのは、
やっぱり歴史を踏まえないといけないと思っていて、
その若者居場所のレポートもそうだし、
今回居住支援の調査を始めるにあたって、
いろんな文献をあたっている中でも、
同じようなことが語られていて、
そこは共通なんだろうなって思っているところなんですけど、
やっぱりそういう中流階級を目指して、
みんなで経済的に豊かになるんだっていう中で、
いろんなサービスが生まれていって、
そのサービスを使ってもらおうとすると、
やっぱり家族、地域っていうものがあると、
それこそ語助的な仕組みの中でいろいろ回るわけですよね。
お醤油借りに行くのもそうだし、
野菜が摂れすぎたもの、
余剰なものは、
今だともしかしたらそれもビジネスにしちゃうかもしれないけど、
それはちょっとお裾分けするとか、
そういう語助的な仕組みで、
世の中というのが成り立っていたんですけど、
それがどんどん密にあったもの、
人間のネットワークというものが、
経済成長とともにどんどん素になっていって、
しかも東京だったり大阪だったりという、
都市部、もしかしたら名古屋も含まれるかもしれないし、
関東圏に行く方も多いですよね。
横浜やら何やらつって。
どんどんどんどん人間のネットワークが解体されていったという、
流れもあると思います。
そうした方がGDPは増えるわけですよね。
語助の仕組みで内側で循環させるよりも、
自分たちのネットワーク外からサービスによって買うという方が、
経済成長につながるし、その分企業が増えたりとか、
要はお金を使うサービスが増える方が自由になるという発想ですよね。
当然お金の機能というのは価値を保存しておいて、
非同期に交換ができるというのがお金の本質だと思うので、
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みんな自由になりたくて、
とにかくそういうふうにサービスを発展させていった、
経済成長を目指したという時代があったという、
ちょっとまとまりがないですけど、
だらだらしゃべっていこうと思っていて、
そうなった時に今の社会課題、
今言われている社会課題というのが来てきたと思うんですけど、
それが進んでいって、
結局そういう企業福祉みたいなのがすごい充実して、
やっぱり人材確保したいというのも、
当然各企業出てくるわけで、
みんなその企業は保養所みたいなものを持っていたりとか、
企業に入っていればすごい充実した社会保障を受けれるわけですよね。
今の仕組み考えてもらえたら分かるんですけど、
企業に長く勤めれば雇用保険に入れるし、
失業給付の要件を満たすには、
ちょっと今は条件化なり緩和されてきていますけど、
1年間雇用保険に加入し続ける必要があるとか、
厚生年金も当然企業に入っている方がいいという意味ですよね。
企業に入っていたら厚生年金というものに入れたりとか、
あとは寮があったりとか、
僕の父親も会社に出てきて、
僕は姉がいるんですけど、
姉が3歳の頃まで、僕が生まれる前までは、
車宅に住んでいたんですよね。大阪の川内長野市というところ。
僕が生まれたことをきっかけに、
じゃあもう子供2人いるのでマイホームを買って、
引っ越しましょうということで、僕は生後3ヶ月で、
大阪紗山市というところに引っ越すことになって、
籠の中に入れられて引っ越したんですけど、
やっぱりそういう、僕は生まれたのが86年なので、
その頃まではやっぱり、
本当にいわゆる標準的なライフコースですよね。
働き始めて車宅で住んでいて、
当時独身寮だったけど、
世帯で住めるような寮があって、
父母と姉とそこで暮らしていて、
そこからマイホームを持って行くっていう、
本当に標準ライフコースを歩んでたうちは家庭なんだろうな。
その家庭の割合というのが非常に多かった時代なんだろうと。
思います。
でもやっぱり時代が進むにつれて、
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今の若い者とかも、
そういうライフコースは望めないですよね。
というのはやっぱりどんどんどんどん、
世の中が不況になっていって、
それにはいろんな要因があると思うんですけど、
とにかく今まで社会システム側も
企業福祉に合わせて、
日本の社会福祉制度というのは脆弱だと言われているので、
それは単にただただ政治家が悪いとかっていう問題でもなく、
すぐそういうふうに賄賞化しちゃうのは、
左派の悪いところだと思うんですけど、
いちいち左派を批判しなくていいと思うんですけど、
これを僕の反省として思っているということで。
やっぱりそういう大きな企業福祉と、
小さな政府みたいな形でやってきていて、
この政府がどんどんどんどんシュリンクしていくんですけど、
やっぱり今の政策決定者って、
70年代、80年代っていう、
ある種いい時代を謳歌した方々が多いと思うんですよね。
今の60代、70代、政治家がかなり高齢化してますけど。
なので、やっぱりこの企業福祉があって、
社会保障は最低限でいいだろうっていうのがずっと続いてて、
それが大きな今問題になっているんだろうなって思います。
その少子化の問題もそうですよ。
この企業福祉の傘がないのに、
さっき言ったように話バラバラしてますけど、
かなり遅延ネットワークもないわけですよ。
耐えられる親戚だったり、ご近所さんみたいなものもいない中で、
じゃあ世帯だったり個人が、
もう剥き出しで社会の中に出ていって、
働き口を見つけて、というのがかなり難しい状態になっていて、
それは個人の努力次第でなんとかなるんだっていう人たちもいますよね。
インフルエンサー的な人たちには。
僕もそれができる人はいると思います。
個人的な努力でなんとかやった人もいるだろうし、
今でも力ある若者は自分で起業したりして、
貧乏エピソードみたいなのもあるでしょう、そういう人には。
でも多くの人がそうではないっていうところに、
ちゃんと冷静に議論できる人が、
冷静に議論できる人が、
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そういう極論の人と今政治の場面で戦わないといけないというのが
本当に心苦しいというか、考えただけでしんどくなるんですけど、
とにかく誰か論破してみたいな人がね、
いろんな政治の場には出てきてて、
それはいいとして、ただ僕が言いたいのは、
みんながみんな努力できるわけじゃないということですね。
特に、やっぱり努力がしづらいというか、
経験を積みにくい時代にもなってきているので、
それがやっぱり、みんなで地域の中で子どもを見ていこうという、
さっきの最初の人がネットワークを作れていた時代、
それはそれの苦しんださがあったと思うんですけど、
そういう時代から家族が分断されていって、
という状況になると、どうなるかというと、
とにかく他人が増えるんですよね。
よく公演問題とかあって、ボールを蹴るなとか、
あれも昔だったら、あそこでボールを蹴っているのは、
あそこのA君や、あそこのBちゃんや、
というのが分かっていたわけですよね。
それはそれの振動さがあるんですけど、
やっぱり他人が蹴るボールの音と、
身内だと思っている子どもたちがボールを蹴っている音とでは全然違ってくるわけで、
うちがいにだから、
その人が悪い、そういうクレームを言う人が悪いという感じでもなく、
やっぱりそういう社会の流れというのは見ていかないといけないなと思っていて、
とにかくみんなの時代、
これも最近自分の中で言語化しているだけですけど、
みんなの時代から子の時代になって、
ただその子だとしんどいので、とにかく、
だし自分が今自分の生き方が合っているかどうかも分からないし、
必然的にSNSみたいなものが生まれてきて、
たまたまマーク・ザッカーバーグが作ったというのはあるんですけど、
あれはもう多分本当に自流に乗っていったのは、
人類的なニーズがめちゃくちゃあったと、この時代になっていたので、
何かしら代替する必要があった、ネットワーク機能みたいなものを。
今、SNSが広まっていったんですけど、
でもSNSの時代は、それはそれでやっぱり問題があるというか、
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完全に昔あった遅延ネットワークを代替できることはなく、
顔が見えない匿名性だったりとか、
あとは近接しているけど断絶している。
ある意味二枚舌の人も多いと思うし、
僕もSNSで、割と日記みたいな感じでつけているからあれなんですけど、
でもそのSNSの姿が本当の自分ではないですよね。
というのも同時に起きてきてて、
ここでやっと最初に話していたシット論みたいなものと繋がってくるというか、
みんなで駐留を目指すんだという時はまだ良かったと思うんですよ。
みんなが駐留を目指せたから。
でも今かなり分配するリソースが、
経済的なリソースがどんどんどんどんなくなってきた時に、
すごいある種過度なリベラル化というか、
リベラルって本来の意味は多分自由って意味だと思うんですけど、
今の時代はかなりそれが逆転してきて、
自由というか平等主義ですよね。
平等主義になってきてて、
2000年代は特に当事者の時代だなって僕は思っていて、
アイデンティティポリティクスの時代ですよね。
とにかくそれはある側面で必要なことではあるんですけど、
とにかく限られたバジェット、予算をどう持ってくるんだっていうのが、
これは国家的な問題で、
とにかく企業福祉とか経済が破綻していくと、
今まで享受できたものが享受できなくなってきて、
そのバジェットをどう自分たちのところに取ってくるかってなった時に、
何かしらのアイデンティティというか、
一人称ですよね。
その人の一人称を武器に、
リソースを取ってくるしかない時代が続いていたのかなと思って、
それはそれでめちゃくちゃ必要なことであり、
っていうことなんですけど、
そこでやっぱり手段と目的の逆転が起きてきているのが今かなって、
何事もそれが手段と目的がずれちゃうっていうのは、
とにかく起こるんですけど、
本来は、例えばマイノリティの属性を自分が持っている、
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それは間違いなく自分しか持ってないんだっていうことってありますよね。
それがLGBTQであったりとか、
ハッター障害であったりとか、
何かしらの成人疾患、身体障害だったり、
ルーツの問題だったりっていうことがあると思うんですけど、
それによって社会的に弱い立場に置かれているので、
やっぱりそれは国家的な保障が必要だ、
リソースを確保しないとっていうのは理にかなっていると思うし、
それはやるべきだと思うんですけど、
それが続いてきた時代があって、
でも、とにかく良くならないということになってきたときに、
嫉妬みたいなものの問題が確信をついているというところにやっと行き着いて、
嫉妬の本質みたいなものというと、
相対的剥奪という言葉があって、
これは多分お猿さんの研究というか、文化人類学的な中で実験というか、
とにかくお猿さんの中で2匹の猿がいてて、
医師と交換で最初は芋を持ってきたら、
お猿さんに芋をあげますというふうにしていく実験があったらしくて、
最初のうちは両方のお猿さんに芋を医師と交換であげていくと、
それに慣れたところで一定を超えたら、
あるお猿さんにはブドウをあげると、
でもこっちのお猿さんには芋をあげ続けるみたいなことをやって、
それって芋をもらい続けている猿については変わっていないわけですよね。
ずっと医師を持っていけば芋をもらえるということは変わっていないんですけど、
同じだけの負担を負っているこっちがなぜかブドウをもらっているということに気づいて、
急にこっちの芋の猿の方が腐りだすんですって。
その医師を投げたりとか蹴ったりとか、
とにかくこっちの猿はストレスで弱っていくということで、
それが相対的剥奪という。
同じものなんだけどこっちと比べて、
こっちの猿は損失をくらっているじゃないかということで、
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しんどくなっていくということなんですよ。
これを考えると今の社会が見えてくるというか、
SNSの炎上とか誹謗中傷みたいなものも、
やっぱり自分は何か奪われているんだという感覚。
さっき言ったみたいにSNSは近接と断絶なので、
めちゃくちゃ入ってくるわけですよ。
人生を謳歌しているような、
実際わかんないんですよ、発信している人が、
裏ではめちゃくちゃ努力していたりとか、
逆に裏ではめっちゃ貧乏生活しているけど、
表ではきらびやかに見せている可能性もあるんですけど、
そこは相対的剥奪の効果が出てきてしまって、
ある種のルサンチマンというか、
そこで嫉妬の感情が生まれて、
でも嫉妬って一般的にカッコ悪いことだと思われているから、
ずるいやないかとかは、
そういう表面にはならないんですけど、
その人を下げることで何とか自分を保とうとするわけですよね。
だからSNSの攻撃が生まれるっていうのが、
僕の中の解釈なんですけど、
だから今その能力主義が批判されていたりとか、
とにかく平等に平等にっていう、
リソースをみんな平等に分けようっていう、
これはある種で必要なんですけど、
そんな社会って本当に、
それは幸せなんだろうかみんなっていうか、
ある種そのフラットな社会って、
いろんなものが民主化されていって、
とにかくそれは技術革新があって、
技術革新があると物の価格が下がっていくわけですよね。
今もそのYouTubeでこうやって誰でも発信できたりとか、
誰でも何でもできますよっていうように、
確かに社会は進化してきたんですけど、
それってある種残酷なんですよね。
リベラルな社会ってめっちゃ残酷で、
元から持っているその遺伝的な機能だったりとか、
能力、本当の意味の能力ですよね。
IQだったりとか身体的な能力って結構、
遺伝子で決まっている部分も多いし、
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でもそもそも、
社会保障がさっき言ったように日本って脆弱なんで、
そもそも同じスタートラインに立ててないっていう問題もありつつも、
でもそれがだんだん歴史のスパンを長く取ると、
実現されてきてはいるんですよね。
ちょっとファクトフルネスみたいな話で、
長い目で見ると暴力的なものもなくなってきているし、
徐々にやっぱりフラットにはなってきている。
ただそのフラットな社会ってめちゃくちゃ、
行動する人は、行動できる人と言ったほうがいいですね。
行動できる人はとにかく飛んでいく、
とにかく止める人はより飛んでいくし、
でも、ほらフラットになりますよね、みんな大丈夫ですよね、
頑張れますよねってなった時に、
やっぱり一定、頑張れない人もいると思うんですけど、
その人にとってはめっちゃ残酷な時代だなと思っていて、
なので、別に僕もそうですけど、
自分の手の届く範囲で頑張ればいいやって、
ある種諦めていく思想っていうのはこれからめちゃくちゃ求められると思うし、
じゃないとその嫉妬の感情に飲み込まれていくわけですよね、さっきのお猿さんみたいに。
でも今SNSを見る限りは、みんなそういうしんどさみたいなのを抱えてて、
やっぱり自分も何か成し遂げないといけないとか、
有名にならないといけないみたいな発想になっていき、
でもそうはなれないわけですよ、現実。みんなうまくいくわけじゃないし、
条件が揃っててもうまくいく人もいれば、うまくいかない人もいるし、
僕も諦めの連続っていうか、諦めて諦めて、
まあまあちょうどいいかなって思える、今人生を送ろうと。
それでもやっぱりいろんなものを見ちゃうんで、
いや、ダメだこのままだと、とか思っちゃったりするんですけど、
でもやっぱりそこですっごい嫉妬感情が出てきて、
嫉妬の感情ってさっき言ったみたいにカッコ悪いんで、
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なんか添加しにくいんですよね、どこにも。
それが昔一昔前だったらそれがロックになったりとか、
カウンターカルチャーとして世の中に出てきたと思うんですけど、
今それもやりづらくって、っていうのも嫉妬の渦の中で、
かなり不健全になっちゃうっていうか、ヘルシーではないっていうか、
それの一つがトランプ現象だと思うんですよね。
まさにその、アイデンティティポリティクスの中で白人vs黒人みたいな構図があって、
それはやっぱり大事な運動なんですよね。
ブラックライフズマターとかもそうですよね。
でも、じゃあ白人がみんな幸せで社会的な地位があって、
っていうことではないわけですよ。
みんな苦しんでるし、特にアメリカなんて州が何個もあるんで、
かなりしんどい方々も白人の中にもちろんいるわけで、
でも、アイデンティティポリティクスっていうのは、
すごいある種、記号化するわけなので、人間というものを。
で、そこからこぼれ落ちた人たちの、
簡単に言うと嫉妬ですよ。
そういう相対的白奪の感情が、
吹き出したっていうのがトランプ現象だと僕は解釈して、
なのでその解釈のキーとなったシット論は、
もっと売れてもいいんじゃないかっていうか、勝手ながら思っているっていう、
議論の訴状に上がってもいい書籍なのになとかって思うんですけど、
まあまあでも、人はなぜ働いていると本が読めなくなるのかの方に行くわけですよね。
そう、やっぱり自分で頑張って書き上がらないとっていうのもかなり難免化されているんだなって、
僕はそういうふうに捉えてはいるんですけど、
本が読めないのは、なんだろう、何とか読みたいなって思うわけですけど、
まあそもそも何で本を読みたいかと思うのもいろいろ思うとこはありますけど、
別に読まんでもいいやんとか思うし、みたいなね、ことは。
考えてて、この先どうなっていくかで言うと、
とにかくこの流れは止められないとは思うんですよ。
よく岡田敏夫さんとかがホワイト社会みたいなことを言って、
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世の中がどんどんリベラルになっていって、ある種同調圧力だったり、
とにかくクリーンでいることを求められるというか、
これはやっぱり嫉妬論的観点から言うと、
自分と違う人がいることが、とにかく嫉妬の対象になるわけですよね。
常に比較されているって思い込んでいるので、
自分と違う人がいると、まあしんどいわけですよ。
多様性とか言っている割に。
なのでそういうものがなければいいっていう風に、
逆に嫉妬の感情が添加されていった結果、
ホワイト社会みたいなものが訪れるんだろうなと思ってて。
ある種そういう世界をどんどん進んでいく一方で、
みんなそれが息苦しいんですよ。
とにかく息苦しくなっているので。
そこで、ジョン・ロールズでしたっけ?
チューヒチョルさんという、大阪天皇寺でアンガージュサロンという
サロンを開かれていたりとか、哲学者のチューヒチョルさんという方がいますけど、
その方が紹介しているバザールとクラブというフレームワークというか考え方があって、
バザールというのは市場なんですよね。
あらゆる人が出会う、公共の場ですよね。
クラブというのはもっとローカルで閉じられた社会。
さっき僕がずっと話していたのはバザールの話だと思うんですけど、
バザールしかないというのが今の時代だと思うんですよね。
とにかく自分をSNS的な空間で比較してしまうしんどい。
でもそれ以外にコミュニティがないという状態だと思うんですけど、
今ちょこちょこクラブみたいなものが必要だよねって言われてきている。
そこでは多分ちょっと嫉妬を漏らしたりとか、
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自分のできないところを見せられたりとか、
そういう昔あった地域コミュニティとはまた違うけれども、
ある種セミクローズの自分たちと近かったり、
バザールからは逸脱したような人も喋れるような空間が
多分ここから作られていくという流れはできていくんだろうなと思いますね。
そこに合わせて政治空間というのがどうなっていくんだろうというのはちょっと読めないですね。
ある種めちゃくちゃそれが紛失したのがアメリカではあるので、
ヨーロッパ諸国を見てもその受け入れが進んでいて、
やっぱり俺たちもしんどいんだよっていう、
ある種のかなりリベラルな発想で恩恵を受けられなかった人たち、
ある種のマジョリティ、その見方が多分ちょっと違ってたと思うんですけど、
マジョリティと見られていた人たちもやっぱりしんどかったという現象が起きていて、
だからここからどうなるかはちょっと読めないですよね。
日本でも似たような現象は起きている。
でも逆に同時に、
そういうルサンチマン的なものをうまく使うのがポピュリスト政治だと思うんですけど、
ポピュリズム、そういう豊かになりたいとか相対的白奪状態にある人たちの苦しみみたいなものを
悪用する人たちがポピュリストだと思うんですけど、
それだと良くならない、現実結構あんまり変わらないということにまた同時に気づき出す人たちもいていると思うんで、
そうなんですよね。だからどうなっていくんでしょうね。
ほんまにわからんって感じですけど。
でも自分たちでできることとしたら、政治の流れを変えるということは難しいと思うので、
とにかくクラブ的なものを作っていくということは精神衛生上必要で、
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何か自分たちと近しい理念だったり方向性を持った人とクラブを形成していって、
ローカルな繋がりですよね。ちゃんとフェイスとフェイスで顔が見えて直接対話ができて、
ちょっとバザール的なSNSで言えないこともシェアできたりとか一緒にご飯食べたりとか、
そういうものを作っていくというのは一つあるんだろうなと思っているのと、
ただそこで気をつけないといけないのは、ちょっとめっちゃ長いんですけど、
ある種ずっと今の話の流れもそうですけど、国家というものが大きく機能していて、
国家の政策と相互に、市民と国家というのはある種凶暴しながら、
動いてきたわけですよね。どっちが、僕の反省として常に政府が悪いんだってなっちゃうところで、
でもそうじゃなくて、やっぱり相互作用なんですよね、国民との。
もちろん日本の自民党政治なんて企業献金で政策の意向が決まっていくようなところはあるので、
一概に本当の市政の方々という人の声が反映されているかとかは、
それもまたちょっと違う話になってくるんですけど、
とにかく国家というものは重要なファクターなことには変わりがない。
でも国家が何をしているかというと、
政策を決定してバジェットの配分を決めるということだけじゃないとは思っていて、
国家って何かというと暴力装置なんですよね。
法律とかもそうですけど、やっぱりこれをやってはいけないことを法律で定めていて、
それを逸脱した人には権力を行使できるわけですよ。
連行したりとか牢屋に入れたりとか、これってある種の暴力で、
暴力装置、暴力というものを運用するのが国家ですよね。
となったときに、同時にリベラルで自由な社会になっていくと、
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その防護力の論点であんまり語っている人はいないなと思うんですけど、
ちょっと話が長いので聞く人はいないと思うんですけど、
自分のせいのためにしゃべっておくと、
そこで僕は最近、イタリアの精神学の東大の松島健さん、
松島たけしさんという方が書かれたプシコナオティカという本がありまして、
分厚くて、でも読めちゃうんですよね。ちょっとお高くてあれなんですけど、
イタリア精神学って、バザーリアという人がいてて、
バザーリアだけがやったわけじゃないんですけど、
精神病棟を廃絶していく地域移行を進めていったというのが、
イタリアの精神医療の歴史としてあって、
このプシコナオティカという本を読みながら思ったのは、
精神病棟というのはある種の暴力装置ですよね。
精神疾患を持った方を病棟に隔離して管理する、施設化していくわけですよね。
本当に地域というものから隔離して管理するという発想なわけですけど、
逆にそういう方々を地域に開いていくというのを考えたときには、
暴力のコントロールというものがめちゃくちゃ重要になってくると僕は考えていて、
暴力という言葉がちゃんと定義していないであれなんですけど、
本当に殴ったりとか暴言を吐いたりとかそういうことではなくて、
人の自由というものをどう保障していくかということを、
市民一人一人が突きつけられるということだと思うんですよね。
そういう時代が来ると思いますね、フラット化していくと。
そういう視点であんまり自由なリベラルな社会って語られないと思うんですけど、
ある種ナショナリズム、国家主義みたいなものから、
48:00
距離を置いていってみんながいろんな技術を持ったりとか、
インフラを手に入れるとか、コモンズとかそういう文脈で語られているんですけど、
ある種暴力の管理みたいなものを話している人ってあんまりいてないなと思うんですけど、
そこは本当に考えていかないといけないんだろうなとは思うんですよね。
ある種インクルーシブとかって言いますけど、
暴力って簡単に生まれちゃうというか、
リヴァイアさんとかね、万人闘争状態みたいなことを言いますよね。
ホップズでしたっけ、ちょっとうる覚えで申し訳ないんですけど、
とにかく社会契約論であるとか、
その辺の人が自由に生きていくためにどういうものが必要かっていうのは、
ずっと議論されてきたものだと思うんですけど、
基本は万人が自分の自由のために動くっていうのが、
もともとは人間という生き物を考えるとあって、
とにかくやっぱり自分とか自分の家族が豊かに暮らせるように
リソースを確保しないといけないんだっていうものがあって、
それを国家みたいなものが、もともとは貴族制みたいな、
貴族っていうのが伝統だったり、日本の場合天皇制みたいなものがあったり、
血縁ですよね、みたいなものを正統制として、
管理する正統制みたいなものを担保してやってきたわけですけど、
それもどんどんフラット化してきて、ある種いい時代にはなったとも言えるんですけど、
変なヘラルキーがなくなっていくし、
本当に奴隷制みたいな人権を書くようなものっていうのはなくなってきているので、
ファクトを見ると時代は良くなっていっているんですけど、
ある種それって人が持っている、根本的に持っている暴力性みたいなもののコントロールを、
やっぱり国家から地域みたいなところに移管していく作業でもあると思うので、
そうなった時に本当にそれが叶うのかっていうことなんですよね。
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それは結局それが難しいので、やっぱり力のある人を求めてしまったりとか、
その暴力性みたいなものが日本でいうと内側に向かってしまっている。
っていうのはかなり悲しいことですけど、
ある種逸脱性みたいなものを持っている人がとにかく生きづらい社会になってきていますよね。
逸脱する人はそうやって隔離して管理されてきたわけですけど、
本当に社会のあり方が問われているので、
ちょっとそんなところでもう終わろうと思うんですけど、
そういう社会の歴史みたいなことをぐるぐる考えているんですけど、
でも社会全体がどう動いていくかっていうのは分からないんですけど、
とにかく僕もしっかり自分のクラブを作っていくっていうことと、
今日もお昼、若者二人と会ってランチしてきたんですけど、
こういうことだろうなと思うんですよね。
とにかく人と会って喋って、
対話して、何かあったときは相談できるように取ってもらうとか、
会社だと伝えてもらえないようなアドバイスがもらえるとか、
僕もちょっと年長者になってきたんで、
そういうことを伝えていったりとか、
僕はそういうメンター的な人にちゃんとつながっていって、
クラブ的なものをしっかり作って、
漂白されていくバザール的な公共の場所からちょっと距離を取っていくっていうことは自衛としてできると思うし、
そうやりながらちょっと社会の動向を見ていくしかないですかね。
そうですね、ちょっといろんな鈍然返しが起きていくと思うので、
国家みたいなものもかなり揺らぐだろうし、
アメリカ側の状態なんでね。
ダイバーシティとかDEIみたいなものがどんどんトランプによってひっくり返されていて、
そういう流れができていくと思うので、どうなるんでしょうね。
54:10
でもとにかくやっぱり、
それにこうするには、
自分たちが信頼できる人とのネットワークを作っておくことなのかなとは思いますね。
ちょっとまたいろいろ考えていこうと思うんですけど、
かなり長くしゃべりましたね。50分くらいしゃべって、
尻滅裂でしたけど、今とにかくそんなことを考えていますということで。
これからまた外に出かけようと思いますので、
なんかね、今日めっちゃ気温が急に下がって暖かかったのにね、
下がってしまってびっくりしてますけども、
健康には気をつけて、おいしいものを食べて、
なんやねんそれって感じですけど、
遠交に過ごしていけたらなと思っていますので、
はい、じゃあ今日はこんなところで終わろうと思います。
それじゃ。
55:15

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