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はい、始まりました、ケアラジです。 ケアラジは、仕事・家事・育児・勉強など、日々忙しい現代社会のスピードを少し緩め、
ケアの視点から様々な論点を考察するラジオとなっております。
はい、ということで、今日はですね、今日はですね、というか今回はですね、ちょっと漫画論ね、漫画論を話してみようかなと思っております。
漫画論というかあれですね、ちょっと日本の映像作品みたいなものがあると思うんですけど、
例えばネットフリックスとか、映画もそうですけど、ドラマもそうなんですけど、
僕、映画結構好きで、古いものから新しいものも結構見るんですけど、
海外ももしかしたら含めなのか、最近だとね、オッペンハイマーやってたりとか、
デューンか、デューンの2作目ですよね、やってたりとか、ちょっと見に行きたい映画もあってなかなか見に行けてないんですけど、
いろいろ映像作品がある中で、日本の映像作品をなんとなく見てられないレベルで、
ひどいっていうか、それは人それぞれなのかもしれないですけど、
僕個人的にはちょっと見てられないというか、共感性周知でももうすぐチャンネル変えちゃうみたいなことが多くて、
これはなんでなんだろうと思うんですけど、やっぱり制作コストの話とか、いろいろあると思うんですけど、
やっぱり作ってる人のマインドというか、批評感っていうんですかね、がめちゃくちゃ弱まってんじゃないかなっていうふうには思ってて、
映像作品だと、最近だと駆土館の不適切にもほどがあるとか、そういうのもありましたけど、
なんかあれも僕、もうなんか日本ってこんなんしか作られへんねやとか、
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あ、駆土館もこんな感じなんやっていうのをちょっと思ってげんなりしたというかね、思ってて、
昭和の価値観みたいなテーマを未だにやっとんのかいっていうところなんですよね。
昭和平成とあって、今令和ですからね。
古い価値観を映像とかそういう作品化するのが良くないって言ってる意味ではなく、
なんかやっぱりそういう見方とか、今のアングルからちゃんと昭和とか平成を捉えるとかっていう意味だといいんですけど、
なんかアングルが変わってないのがすごい気持ち悪くって、気持ち悪いというか、個人的には気持ち悪い。
で、なんか世界の作品から見ても、なんかそういう作品をやっぱり見るので、
例えばバービーとか、あとは僕めちゃくちゃおすすめなのが、
ザ・ベアーっていうね、これディズニー、日本だと多分ディズニープラスでしか見れないんですけど、
放題は一流シェフのファミリーレストランっていう、なんでやねんっていう放題がついてるんですけど、
そのドラマとかを見てからだと、ほんまになんかゾワッとして見れないですねっていう。
日本の作品、何がひどいっていうのはいろいろなんか批評できる気もしつつ、
なんか表現もなんていうか、海外作品って結構メタフォリックっていうんですかね。
映像が映像であることの意味がちゃんとあるなと思うんですよね、見てて。
映像でちゃんとそういう感情を表現したりとか、
脚本のプロットでこういう背景があるからこのシーンにすごい意味があるようになるとか、
何気ないシーンでめちゃくちゃ感動するとか、そういうことが脚本でちゃんと演出されてるんですけど、
なんか今日本の映画、日本の映画って全部括っちゃうとよくないんでしょうけど、
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そういう不適切にも程があるとか、あれが一番ひどかったのは、
そういうのをうまく扱えてない感がすごくて、今いろんな価値観があるって言われてる中で、
昭和の生まれのパカパカ煙草吸って、
ズゲズゲ物を言ってパワハラとか当たり前みたいな時代の人がやってきて、
みたいなストーリーだと思うんですけど、大枠は。
でもそれをあまりに直接的にまず扱ってるっていうのが、
なんかこう手法としても全然新しくもないし、
そういう批判っていうか、もうこういう考えがあってもいいじゃないかみたいな、
昭和人間の断末魔みたいなのをミュージカル仕立てで登場人物に歌わせるんですよね。
これはなんか表現としてめっちゃ逃げだなと思って、なんか茶化してるわけですよね、要は。
全然全体としてミュージカル作品なわけでもない。テレビドラマなので、
それをなんかそういう形での演出にする。
いやこれは冗談ですって後で言えるような、そういう仕立てのドラマだったんで、
なんかこれは誰が何のために作ってるかもよくわかんないし、
ある種、昭和の人たちが、
本数的には昭和の人たちがそうだよねとか、
自分たちの考えを見直すとかアップデートするっていうことじゃなくて、
いや昭和にもいいところあるよねっていうのを、
主な視聴者層ってそういう人たちだと思うんで、年代的には。
テレビ見てる人って多分もうそういう年代の人たちだと思うんですよ。
メインのボリュームある人たちって50代とかに向けて、
いや昭和もいいよねみたいなのを、でもそれをやっちゃうと批判浴びるんで、
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昭和の人たちは、あんまり昭和を知らないというか、
まあ昭和として1uccの働き者ってないような、
そういうポリーをやっちゃうと批判浴びるんじゃなくて、
昭和にというのは昭和にとってそのポリーの力を持って主に昭和人が
執着してるわけじゃなくて、
まあもちろんね、いい映画もあるとは思うんですけど、とかドラマとかね あると思いつつもなんか
個人的にはそんな思いがある中で 漫画はいいぞっていうことなんですよね、僕が言いたかったのが
あの そういう批評性みたいな意味だとその日本の映像作品ってめっちゃ
僕が言うのはどの立場から売ってんねんっていう風になると思うんですけど 海外の作品とかと比較した時にやっぱりレベルが
低いなーって感じちゃうんですけど 漫画はね
その辺が全然クリアしてる気がしてて 逆にそういう海外の映像作品と比べても遜色ない
批評性をちゃんと担保できているんじゃないかなと思ってて
一つは多分その マーケットがこれもなんか規模の話になっちゃうとアレなんですけど
漫画のマーケットがやっぱりワールドワイドであることも大きな影響だと思うんですよね 日本の漫画って海外でも読まれるし
日本の漫画って 世界で読まれるっていうことを前提にやっぱり
そこまでね作家さんが思っているかわかんないですけど そういうハイクオリティの作品が多い中で競争する
競争してるんですよね 世界で読まれるってことを前提にやっぱり
自分はじゃあどういう作品を作るんだっていう発想になると思うんで やっぱり非常に質がいいんだろうなと
逆に 日本の映像作品って多分そういうふうに作ってないんで
自分たち 世界市場に向けてというよりかは
テレビだとしたらね そのボリュームゾーンにあたる人たちに向けての
視聴率みたいなものはKPIになって作るんで なのでああいうくだらん
あの 言っちゃいますけどほんまにくだらん作品が
世にどんどんどんどん出てて 僕のテレビ離れは進む一方なんですけど
ほとんどテレビも見ることないですけどね なんです
で 漫画はいいぞというところで
えっとね 今僕がめっちゃハマってるのが ソウソウのフリーレンっていう
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漫画で これは何で連載されてるんでしたっけ
あ サンデーですね サンデーで連載されていて
まああの まずストーリーが面白くて
まあ勇者ヒンメルっていうのがいてて そのソウソウのフリーレンのフリーレンっていうのはエルフで
魔法使いなんですね
でそういう勇者のパーティーがいてて 物語はその
もう魔王を討伐して
世界が まあ
平和になってからストーリーがスタートするっていうのがまずプロットなんですよ
でそれ自体もちょっと新しくて面白いし
まあ作家さんの挑戦みたいなのもあると思うんですけど そういう誰もやってないことをやるっていうね
作家性みたいなのを非常に感じるし
うん フリーレンはね
あの いいんですよというか
うん その
魔法とかの描き方もめちゃくちゃ いいんですよね
なんかいわゆるファンタジーなんだけどファンタジーじゃないというか すごい魔法にも技術体系があったりとか
で あの日々日々研究していて人間が魔法っていうものを
で過去ものすごい あの人を
殺めたっていう これマニアックな話であのゾルトラークっていう
魔法があってそれでめちゃくちゃ強くて過去 倒せない魔物がいたんですね
でそいつが封印されていて
で その封印がねもう解けるっていうので
フリーレンとあとフェルンっていうね あの
弟子の魔法使いと一緒に また
そいつを倒しに行くんですけど 過去ゾルトラークっていうのはもう誰も破れない魔法だったんですけど
でも今は一般攻撃魔法って言って人間が普通に使っている魔法になってて それも普通にあの
バリア的なね 防御魔法でそれをこうガードして普通にこう
やっつけるみたいな話で すごいなんか魔法っていうのが
技術体系とか そういう研鑽するものみたいな描かれ方をしてて
それもなんか 面白いなと
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いうとこですね で
指定関係みたいなものもがあって
それを研鑽 していく
みたいなのが なんか割と大きな
ストーリーというか 大きな要素として
フリーレンのストーリーの中にこう編み込まれてるっていうのが面白いんですよね その
フリーレンにも師匠がいたりとか
フランメっていうね あのこれは人間の魔法使いなんですけど
フェルンに弟子入りして
魔法の扱いみたいなものを 学んでいくみたいな
ところで フェルンも弟子になってフリーレンが魔法を学んでいって それがなんか継承されていくみたいな
ことだったり
で このフェルンっていうのも 戦災孤児なんですよね
で その勇者のパーティーの1人の ハイターっていう 僧侶のハイターがいるんですけど
ハイターがこう 魔法討伐が終わって しばらくして 教会のね
まあ 司祭みたいな役割になってて そのフェルンを見つけて育てているんですよね
で フリーレンが やってきたときに
このフェルンを弟子に取ってくれって言うんですけど ちょっと今は足手的になるから 連れていけないみたいなことで
で あの まあ分かったと
で あればこの魔法書の解読を もう四季が迫ってるから
まあその代わりといってはなんだけど この
魔法書を解読してくれみたいなことを言って で その間にじゃあ訓練つけてくれみたいなことを言うんですね
で なんかそういうのもね 今あんまり直接的には言われないけど
実は 日本でとか世界で必要なことなんじゃないかなと僕思ってたので
非常に批評性があるっていうか その ちゃんと生きていく術を
子供とか若者に身につけさせるみたいなね まあある種こう
そのハイターが
解析を依頼した魔 その魔道書には
不死の病を治すとか その不死になれる呪文書いてあるからそれを解読しろ
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してくれって依頼するんですけど そんなものは実は書かれてなくて
まあ ある意味でフリーレンを騙して
それで4年ぐらいかかったのかな 解読に4年ぐらいかかって その間に
フェルンを育てるっていう で 最後そのハイターが亡くなる手前ぐらいに
もう足で的じゃない状態になってたので じゃあ連れて行ってくれみたいなことで
ハイターは亡くなって 旅に出るっていうのが まあ最初のストーリーなんですけど
なんか そういうフェルンは
一人前にならないといけないってすぐ思ってて それはハイターが育ててくれたっていう義理もあるし
自分でちゃんと身を立てて
やっていかないといけない 一人前に早くならないといけないんだみたいなことを言って
もうそれに人生を賭して 魔法を鍛えるみたいなことなんですけど
なんかそういうことって今の世界にあんまりないよなぁと思って そこはなんか敬願だなというか
そこを作品に取り入れてるっていうのがまず すごいなぁと思ったところと
あとはさっき言ったみたいにその魔法をなんか ちゃんと体系づけているっていうところ
あの引き 引き継がれていくもの
まあそれって多分日本の産業とか なりわいみたいな
ところにも欠けてるのかなーっていう気がするし そういうのをちゃんと描いてるっていうのが
めちゃくちゃ面白いなという点と
あとはやっぱりフリーレンの 早々のフリーレンの特徴は
時間軸なんですよね あのフリーレンってエルフなんで
1000年ぐらい生きてるんですよ めちゃくちゃあのすごい
それだけ生きていくと魔力っていうのは 元からめちゃくちゃあるっていうものではなくて
その研鑽を積む中で 魔力っていうのは大きくなっていくので
まあめちゃくちゃ長生きしてる 魔族だったりエルフっていうのはその生きてる
長い時間生きてるからこそすごい魔力を 持ってるっていうあの世界観なんですけど
そういうなんか人間を超越した
時間軸を持っているフリーレンから 人間の世界を見てるっていう
この構造というかね構図を作ってるのもすごいし
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だからそのフェルンとフリーレンの時間軸と 全然合ってないんですよね
あとちょっと何とかしていくわっていうのが フリーレンからしたらもう4,5年の話になるんですけど
人間にとってその4,5年ってすごい 大きかったりするじゃないですか
そういうなんか不一致みたいなのも描かれてて それってなんかすごい今の社会に通じるというか
なんか超自然的な時間軸と人間のめちゃくちゃ そこからするとね人間の一緒なんて本当に大したことない
だけどそこになんかすごい意味があるよね っていう話なんですよね
これは本当に読んでほしい作品で
その勇者ヒンメルっていうのが本当に なんか
これまでの勇者像とは違うっていうか 行く先々ですごい人助けをしていくんですね
で5年ぐらいかけてその魔王を討伐するんですけど
なんかそういうね時間軸っていう ところの仕掛けがあるがゆえにもういろんな
アングルっていうかまた 人間の一生みたいなことに関してとかそういう
この魔法は仕事だったり技術と置き換えて いいと思うんですけど
そういったものへの考え方もなんかすごい 考えさせられる作品になっとるなと
いうところですね めちゃくちゃ面白いですね
はい あとはそういう指定関係みたいなね
もう今失われてますよね そういう指定関係みたいなもので
でもそれがなんかすごい
意味のあるものとして描かれてて
僕もなんかそういうものって必要だなと思ってて これは別に上司部下の関係ではないんですよね
指定関係ってね でもなんかそういうもので受け継がれていく
で 魔法使いもいれば戦士もいれば僧侶もいるっていうのがちょっと面白くて
それぞれになんかアイデンティティがあるんですよね 魔法使いには魔法使いの戦士には戦士のアイデンティティがあって
で 主人公は
誰が主人公かというとフリーレンはそうなんですけど そのフェルンっていうのは女の子で魔法使いのフェルンがいてて
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もう一人シュタルクっていう男の子の戦士のキャラクターがいてて
そのシュタルクの師匠はその勇者パーティーの戦士アイゼンっていうね
まあアイゼンが師匠なんですよ でそれは戦士は戦士でアイデンティティがあってそれもまたねおもろいんですよね
そう強いのが戦士ではないみたいな あの最後まで立ってる奴が強いんだみたいな
そういうものを
引き継いでいくっていうのも何か非常に批評性があるというか 今なくなりかけてるけど大事なものを何か
訴えてるなっていう気がしてますね 面白いフリーレンみんな読んでほしいなぁと思うのと
もう一個
これもねちょっと読んでほしい アニメがもう映像として
素晴らしいっていうのもあるんですけど まあ
理術改戦といったら学園ものなんですよね で自立改選にも
指定関係が描かれてると言うと あの
ですよ 五条悟って言って
史上最強なんですけどの呪術師 五条悟っていう人がいてて
ちょっとナルトに近しいんですけど 五条悟が先生で
主人公の板取悠二と
あと節黒恵美っていう男の子のキャラクターと あと釘崎野原っていうキャラクター
3人 スリーマンセルみたいな感じで
物語が進んでいくんですけど ちょっとフリーレンに近い構図があって
まあ師匠と弟子みたいなね があって同じくその呪術っていうのも
自分が持っている 音から持っている
もの あの固有のもの
もありつつそれをどうこう戦いの中で出していくかみたいな とか研鑽をしていくかみたいな
ふうなところもまあちょっと近いし まあ課題意識としては同じようなところがもしかしたら
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呪術回戦とフリーレンの作家さんにはあるのかなという気もしつつ だから指定関係というのは
今の2024年 2020年代のなんかテーマとして大きく
捉えてる 作家さんはいるんだなあっていうところと
あとはフリーレンはわかんないんですけど 呪術回戦が面白いのは
これジャンプ作品なんですけど めちゃくちゃリファレンスが分かるっていうね
主にハンター×ハンター 術式って言うんですけど
ハンター×ハンターの年にすごい近いんですよね だったりとか
いろんな作品をリファレンスしてるっていうのを作者も隠してないし
ジャンプファンからしたら読んでたらもうあかわらさまにわかるんですよ
これあの作品のあのなんか技やんとか
なんかそれもね
それを作品を通じて あえてわかりやすく表現してるのかなと思うんですけど
そのリファレンスをすることによって
その過去の作品を
まあある種乗り越えるっていうか 引き継ぎつつ乗り越えていくんだみたいな
こともなんかそういう意思も見えるっていうかね
ある種漫画でいろんなことやり尽くされてるので
すごい難しい時代だなっとも感じていると思うんですけど
自分は器でしかないんだっていうことなのかなーって僕は勝手に
それを作者さんが板取雄二くんになんか託してるような気がして
その主人公が、主人公って言っても
そこっぽくないんですよね、呪術回戦って。今もなんか主人、それが結構批判されたりするんですけど
なんかねそこに僕は
作者のね、あくたみさんの何か
意思みたいなのを感じるんですよね
自分はその器でしかないっていう作家性の投影じゃないかなーとかはちょっと
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感じるとこですね
なのでこのソーソーのフリーディアントね
呪術回戦っていうのはめちゃくちゃ面白いし世界的にも評価されてるし
日本の中でもめちゃくちゃブームを起こしてる作品なんですけど
非常になんか
漫画はやっぱり捨てたもんじゃないなと
漫画があるからまだ日本のコンテンツ大丈夫だなと思うんですけどね
はい、そんなことも思いつつとにかくこのソーソーのフリーディアントね
呪術回戦面白いぞっていう話でした
なんかね興味持ってもらったら漫画ってどうなんとかね
もしかしたらケアラジリスナーの方はね
思ってる方いるかもしれないですけどね
どっちかっていうとこう本に興味あるリスナーの方が多いんじゃないかなって勝手に思ってるだけなんですけど
なんか漫画あんま読んだことないけどなーとかね
いう方がもしいらっしゃったらソーソーのフリーディアントめちゃくちゃ面白いので
呪術回戦もめちゃくちゃ面白いのでぜひぜひ読んでみてください
それでは