1. ぶんじブリッジチャンネル
  2. 白石真二さんに聞きました!〜..
2026-03-21 12:09

白石真二さんに聞きました!〜あなたは何故国分寺に?〜

おたよりを送る
今回のゲストは
NPO法人マルイス副代表理事であり、
こくカレ事務局員もされている
白石 真二さんにお話を伺いました!
https://maruisu.net/member/member-36/

地域で色々な活動をされている白石さんですが、
そもそも国分寺に関わるようになったキッカケから
改めて詳しくお話をお聴きしています!

地域の活動に興味がある方
国分寺のまちに興味がある方
是非お聴きください!

#国分寺 #ぶんじブリッジ #マルイス #こくカレ
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/66e1938e06dbc95aee5236a3

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:03
国分寺のあの人と繋がるぶんじブリッジ
突然ですが皆さん、自分の住んでいる町って聞かれても意外とよく知らないなという方多いんじゃないでしょうか。
私たちぶんじブリッジのメンバーも少し前までは同じでした。
今回は師匠と私、あっこの二人で町を自分ごとにするきっかけについて、この方にお話を伺ってきました。
それではお聞きください。
今日はNPO法人マルイス副代表理事で国カレの事務局でいらっしゃいます白石信治さんにお話を聞きたいと思います。
白石です。よろしくお願いいたします。
白石さんといえばね、しょうくん。
我々は国カレ国分寺カレッジの事務局の方として、私は初めて出会ったんですけど、
たぶんこの放送、ポッドキャストを聞いてくださっている方の中には、え、違う肩書きで知ってるよという方なんかもいらっしゃると思うんですよ。国分寺の方の中には。
そんな白石さんもいろんな国分寺の中で肩書き持ちでいろんな活動に参加されていらっしゃると思うんですけど、
改めてそもそものところは国分寺に関わるようになったきっかけって何がきっかけだったんですか。
はい、私はこういうふうに今いろんな役割を担ってますけれども、私もですね、2020年に国分寺カレッジに初めて第3期生として入りまして、そこからこの国分寺と関わる人生が始まったっていう感じですね。
それまでは本当にそういう方多いと思うんですけれども、都心の会社に勤めに行って、帰ってきて時々国分寺で食事をしたりするぐらいでほとんど国民と関わりがなかったんですけれども、今回国分寺カレッジに入ってようやくこの中、街に馴染んで、いろんな方と知り合い、いろんな活動ができるようになったっていうことですね。
実際国カレに参加されてみて思ってたイメージと街に対する考え方ですとか、変わったところなんてありますか。
そうですね。そもそも国分寺カレッジに入る前の活動と今の差っていうのをちょっと考えてみると、私は実はなぜ国分寺に住んでるかっていうと、妻が国分寺生まれの国分寺育ちなので、
妻と結婚して初めて国分寺に足を踏み出た。もともと私も吉祥寺住んでましたので、吉祥寺に住みたかったんですけれども、妻のやっぱり願いもあって、国分寺に一緒に、しかも両親と一緒に住むっていうところを30年ぐらい前に、それをきっかけに国分寺に住み始めたということだったんですね。
03:08
で、その時は仕事と実家、二世帯住宅を一体に期待するだけであって、ほとんど国分寺市内の方たちとお付き合いはほとんどなかったということだったんですけれども、
それからずっと人体住宅に住んだり、ちょうど15年ぐらい前に国分寺マンションを買いましたので、そこから少し落ち着いて、国分寺の街を少し考えるようになったと。
ただ、2020年にやはりコロナが発生するので、そのきっかけで国分寺カレッジのフェイスブックをたまたま見かけて、そういうところから国分寺に興味を持って、こういう場所があるんだと。
そしたら行ってみようかなと思ったのが、ちょうど6年ぐらい前ですかね。
じゃあ、6年でもうとっぷり国分寺の沼に。
入っちゃいましたね。
僕が国分寺カレッジの説明会みたいなのを紹介したいというか、説明いただいた気がして、それが初対面って感じだったんです。
私も私も違う会だけど、それはいらっしゃった気がします。
私は国分寺カレッジに入ってすごく幸せ度が上がったので、それを皆さんに伝えたくて、今も事務局をやってますけれども、本当に360度、180度人生観というか価値観が変わって。
それまで仕事人間でしたので。
私はA面とB面と呼んでるんですけども、A面が仕事だとすればB面がプライベート。
その中で社会とか地域とつながるっていうことをB面と呼んでるんですけども、そのA面とB面の比率が今まで10対0だったのが。
ほとんどA面だったってことですね。
1対9とか10対0だったと思うんですけども、それが今3対7になり、今だいたい5対5ぐらいになってたかなっていうことで。
逆にA面があるからB面も楽しくなり、B面もあるからA面も楽しくなりっていう、そんなような非常に変わってきて。
そういったものを皆さん、若い方とか、今都心に勤めていらっしゃるサラリー部の方にも一生懸命伝えたいなと思ってやってます。
今、幸せ度が上がったってお話ですとか、ちょっとB面の比率が上がったりですとか、そういうお話あったと思うんですけど。
とはいえやっぱり大半の多分国分寺に住んでいらっしゃる方がA面中心の生活を送っている方がもちろんお仕事だけじゃなくて、家事とか育児とかいろんな活動されてると思うんですけど。
06:04
一番白石さんが地域に、お住まいの地域に関わるようになって、その108度変わったという中で印象に残っていることといいますか。
ここが一番A面中心の生活の部分から地域を知ったことで変わった部分ってどういうところがありますか。
そうですね。幸せを考えるときに4つぐらい視点があると思うんですけども。
一つは、これは慶応大学の前の先生の航空学の受け入れでもあるんですけども、一つはやってみようっていう。
やってみよう。
やってみようということで、やはりこれは国分寺カレッジに入って、自分が何かやりたいことをやれる場所が会社ではできないことが地域でできるようになったということが一つですね。
二つ目は、自分らしくということで、上司部下の関係とかじゃなくて、20代から70代までの方たちが、そういう役割とか立場関係なく、対等の立場で素のままでお付き合いできる人間関係っていうのがすごく幸せに感じたっていうことですよね。
それ、翔くん、我々もありますよね。航空カレッジとか分寺ブリッジの中で、この人今英名っていう言葉を使うと、英名だと社長さんなんだみたいな。
普通に気楽に我々はお話ししてますけど、なかなかこう、私もなんですけど、自分の働いている会社で社長と直に話すことは私はないんですよ。
それがね、ちょっとフラット、いい意味でフラットって言いますか、話せるところって確かに面白いとそうですよね。逆に学生さんとも私はあまり関わる機会ないんですけど、地域で活動していると学生の子たちもたくさん参加してくれてたりして、楽しいですよね。
そういうこともあって、自分らしくやれるのもあるけども、皆さんのようにあなたらしくっていうか、そういう人たちと関わることができて、それがすごく幸せ度を上げているんじゃないかなと思いますね。
3番目ですけれども、3番目は繋がり、やっぱり人脈とかネットワークが本当にどんどんいもつるぶ式に増えていくことで、繋がりが広がれば広がるほどやはり楽しく感じていき始めたと。
弊害っていうか、これは冗談ですけども、どこの道を歩いていったり、商店街に行っても知り合いにあって挨拶することが増えてきて、それが変なことができないなというプレッシャーはありますけども。
常に乱れている。
国務次会議でも言ってますけど、街が自分ごとになると言ってるんですけども、なんか自分と街が繋がり始めたっていう感覚があるっていうのが3番目ですかね。
最後4番目は、会社と違って挑戦をいろいろすることができるんですけど、なんとかなるっていうか、責任がないわけではないんだけども、皆さんと一緒にやることでなんとかなるみたいな感覚がすごくほっとするっていうか、安心してなんかいろんなことができるっていう、なんとかなるさっていう気持ちが生まれるのが、すごくプレッシャーにつぶされない。
09:28
活動ができるっていう意味ではすごく嬉しいっていうか幸せかなと思います。
いやそれすごくわかりますよね。こうやってみたいことがあってもちょっと完全に仕事のことだと、まずそうやる機会もあんまりないですし、プレッシャーとかいろんなドキドキしちゃうんですけども、地域だともちろん責任はあるんですけど、みんなで相談しながらできるってすごくいいですよね。
そうですね。だから会社で言えば新規事業立ち上げる環境に新しいメンバーとこういう自分らしさとかを出してやってみて、みんなとつながって一緒にやって、でもなんかいろいろあるけどなんとかなるさっていう気分で前に進むっていうことが富士カレッジでできているので、それが一番幸せ度を上げているんじゃないかなと思うんですよ。
結構SNSを活用してますよね。FacebookとかDiscordとか。そこでこういうのをやりたいんですけど、興味ある人来てくださいって言ったらそういう人が集まったりする。そのインフラがちゃんと整ってるのって結構珍しい感じがしますね。
これも僕が作ったわけではなくて、私は2期ですけども、その1期の富士カレッジの卒業生とかスタッフ、NPO法人ある一種の方たちが始めたものですので、市役所とも一緒に協業してますけども、そういう街を作りたいと思ってたスタッフの方たちの思いが、今年7年目終わりまして、来期8年目になりますけど、そういった形でどんどんと広く大きくなってきてるんじゃないかなと思いますね。
それがやはりこの今の気持ちにつながってるんじゃないかなと思います。
我々もここカレに参加しなかったら白石さんとの出会いもしかしたら、どこかで会ったかもしれないですけど、こんなにご出演いただけるぐらいまで関係性を作るまではすごく大変だったかも。そんなことないですよね。
出るかもなね。
どこでもお話をしたいなと思ってたので、今日は本当に僕の方にすごく感謝してます。
ありがとうございます。
いかがでしたか?
第2話では、白石さんが国分寺の街で実際にどんな活動に参加されているか、そして街を自分ごとにするきっかけやヒントについて、引き続きお話を伺っていきます。
12:00
更新はインスタグラム、フェイスブックでお知らせしますので、チャンネルと合わせてフォローをお願いします。
それではまた!
12:09

コメント

スクロール