ポッドキャストの概要
文ガチャは、ガチャを回して出てきた番組について、のんびりおしゃべりするポッドキャストです。
文ガチャ、霜月の回、椿雷道です。
拓也です。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
令和六年っていうの忘れちゃいましたけど、令和六年の霜月の回ですね。
はい。
はい、よろしくお願いします。
はい。
今回は、近代文学の夕べなんですよね。
はい。
で、頑張ってまた文章をつらつら書いたりしたんですけど。
はい。
前回の近代文学の夕べの時からこういう風にしてるんですけど。
はい。
1週目は、椿也さんの朗読で、それを踏まえた上で、私が書いてきたものを読んで、いろいろ話しまして。
はい。
1週目にまた2本目の作品の朗読が入って、それについての文章というような流れになっていきます。
はい。
ということですので、今回はね、挨拶はそこそこにして、この後、椿也さんの朗読を聞いていただきたいと思います。
耳なし法一の物語
お願いします。
よろしくお願いします。
耳なし法一
小泉八雲
700年以上も昔のこと
下関海峡の断の浦で平家すなわち平族と源氏すなわち源族との間の長い争いの最後の戦闘が行われた。
この断の浦で平家は、その一族の夫人子供並びにその妖帝、本日安徳天皇として記憶されている、と共に全く滅亡した。
そうしてその海と浜辺とは、700年間その音量にたたられていた。
他の箇所で私はそこにいる平家ガニという不思議なカニのことを読者諸君に語ったことがあるが、それはその背中が人間の顔になっており、平家の武者の魂であると言われているのである。
しかしその海岸一帯にはたくさん不思議なことが見聞きされる。
闇夜には幾千となき幽霊火が水打ち際にふらふらさすら浮か、もしくは波の上にちらちら飛ぶ。
すなわち漁夫の呼んで鬼火、すなわち魔の火と称する青白い光である。
そして風の立つ時には大きな叫び声が戦の共感のように海から聞こえてくる。
平家の人たちは以前は今よりもはるかにもがいていた。
夜漕ぎ行く船のほとりに立ち現れそれを沈めようとし、また水泳する人は絶えず待ち受けていてはそれを引きずり込もうとするのである。
これらの死者を慰めに混流されたのが、すなわち赤間賀石の仏教の御寺なる阿弥陀寺であったが、その墓地もまたそれに接して海岸に設けられた。
そしてその墓地のうちには受水された皇帝とその歴々の神華との名を刻みつけた幾個かの石碑が建てられ、かつそれらの人々の霊のために仏教の奉衛がそこでちゃんと行われていたのである。
この寺が混流されその墓ができてから以後、平家の人たちは以前よりも災いをすることが少なくなった。
しかしそれでもなお引き続いており怪しいことをするのではあった。
彼らが全く平和を得ていなかったことの証拠として、幾百年が以前のこと、この赤間賀石に法一という孟人が住んでいたが、この男は吟唱して美話を奏するに名を得ているのでよに聞えていた。
子供の時から吟唱し、かつ断奏をする訓練を受けていたのであるが、まだ少年の頃から師匠たちを凌駕していた。
本職の美話奉仕としてこの男は主に平家及びに源氏の物語を吟唱するので有名になった。
そして断の裏の歌を歌うと鬼神すらも涙をとどめえなかったということである。
法一には出世の門出の際はなはだ貧しかったが、しかし助けてくれる親切な友があった。
すなわち阿弥陀寺の住職というのが、詩歌や音楽が好きであったので、たびたび法一を寺へ招じて断奏させ、また吟唱さしたのであった。
後になり、住職はこの少年の驚くべき技量にひどく感心して、法一に寺おば自分の家とするようにと言い出したのであるが、法一は感謝してこの申出を受納した。
それで法一は寺院の一室を与えられ、食事と宿泊とに対する返礼として、別に用のない晩には美話を奏して住職を喜ばすということだけが注文されていた。
ある夜のこと、住職は死んだ団家の家で仏教の宝絵を営むように呼ばれたので、法一だけを寺に残して奈章を連れて出て行った。
それは暑い晩であったので盲人法一はすずもうと思って寝間の前の縁側に出て行った。
この縁側は阿弥陀寺の裏手の小さな庭を見下ろしているのであった。
法一は住職の嫌いを待ち美話を練習しながら自分の孤独を慰めていた。
夜半も過ぎたか住職は帰って来なかった。
しかし空気はまだなかなか暑くてそのうちではくつろぐわけにはいかない。
それで法一は外にいた。
やがて裏門から近寄って来る足音が聞こえた。
誰かが庭を横断して縁側のところへ進み寄り法一のすぐ前に立ち止まった。
がそれは住職ではなかった。
底力のある声が盲人の名を呼んだ。
なしぬけにぶさほうにちょうど侍が下舌を呼びつけるような風に。
法一
法一はあまりにびっくりしてしばらくは返事も出なかった。
するとその声は厳しい命令を下すような調子に呼ばわった。
法一
はい
と威嚇する声に縮みあがって盲人は返事をした。
私は盲目でございます。
どなたがお呼びになるのかわかりません。
知らぬ人は言葉を柔らげて言い出した。
何も怖がることはない。
拙者はこの寺の近所にいるもので、お前のとこへ用を伝えるように言い使ってきたものだ。
拙者の今の殿様というのは大した高い身分の方で、
今たくさん立派な友を連れてこの赤間が関に御滞在なされているが、
山の裏の戦場を御覧になりたいというので、
今日そこを御見物になったのだ。
ところでお前がその戦の話を語るのが上手だということを聞きになり、
お前のその演奏をお聞きになりたいとの御所望である。
であるから美話を持ち即刻拙者と一緒に尊い方々の待ち受けておられる家へ来るがよい。
当時侍の命令といえば容易に背くわけにはいかなかった。
で、法一は憎りを吐き美話を持ち知らぬ人と一緒に出て行ったのであるが、
その人は校舎に法一を案内して行ったけれども、
法一はよほど急ぎ足で歩かなければならなかった。
また手引きをしたその手は鉄のようであった。
武者の足取りのカタカタいう音はやがて、その人がすっかり甲冑をつけていることを示した。
定めし何か都の絵字ででもあろうか。
法一の最初の驚きは去って今や自分の幸運を考え始めた。
何故かというにこの家来の人の大した高い身分の人といったことを思い出し、
自分の金賞を聞きたいと所望された殿様は第一流の大名にほかならぬと考えたからである。
やがて侍は立ち止まった。
法一は大きな門口に達したのだと悟った。
ところで自分は町のそのへんには阿弥陀寺の大門をほかにしては別に大きな門があったとは思わなかったので不思議に思った。
「開門。」
と侍は呼ばわった。
するとカン抜きを抜く音がして二人は入って行った。
二人は広い庭を過ぎ、ただみある入口の前で止まった。
そこでこの侍は大きな声で、
「おれ、誰か家の者、法一を連れて来た。」
と叫んだ。
すると急いで歩く足音、襖の開く音、窓の開く音、女たちの話し声などが聞えて来た。
女たちの言葉から察して法一はそれが高貴な家の召使いであることを知った。
しかしどういうところへ自分は告げられて来たのか見当がつかなかった。
が、それをとにかく考えている間もなかった。
手を引かれて幾個かの石段を上ると、その一番始前の段の上で造理を脱げと言われ、
物語の展開
それから女の手に導かれて浮き込んだ敷板の果てしのない空気を過ぎ、覚え切れないほどたくさんの柱の角を廻り、
驚くべきほど広い畳を敷いた床を通り、大きな部屋の真ん中に案内された。
そこに大勢の人が集っていたと法一は思った。
絹の擦れる音は森の木の葉の音のようであった。
それからまたなんだかガヤガヤ言っている大勢の声も聞こえた。
低音で話している。
そしてその言葉は急中の言葉であった。
法一は気楽にしているようにと言われ座布団が自分のために備えられているのを知った。
それでその上に座をとって美話の調子を合わせると、女の声が、
その女を法一は老女すなわち女のするよう向きを取りしまる女中頭だとはんじた。
法一に向ってこう言いかけた。
ただいま美話に合わせて永家の物語を語っていただきたいという御所望にございます。
さてそれをすっかり語るのには幾晩もかかる。
それゆえ法一は進んでこう尋ねた。
物語の全部はちょっとは語られませんが、どの鎖を語れという殿様の御所望でございますか。
女の声は答えた。
断の裏の戦の話よお語りなされ。
その一鎖が一番哀れの深いところでございますから。
法一は声を張り上げ激しい海戦の歌を歌った。
美話を持ってあるいは舵を引き船を進める音を出さしたり、
橋と飛ぶ矢の音、人々の叫ぶ声、足踏みの音、
兜に当たる刃の響き、海に落ちる撃たれた者の音等を驚くべきに出さしたりして、
その演奏の途切れ途切れに法一は自分の左右に小三のささやく声を聞いた。
なんといううまい美話だろう。
自分たちの田舎ではこんな美話を聞いたことがない。
国中に法一のような歌い手は又とあるまい。
すると一層勇気が出てきて、法一はますますうまく弾きかつ歌った。
法一の運命
そして驚きのため周囲は震としてしまった。
しかし終わりに美人弱者の運命、婦人と子供との哀れな最後。
早晩に陽帝を抱き立て祀った二位の天の呪水を語った時には、
長い長いおののき恐れる苦悶の声をあげ、
それから後というもの一度は声をあげ取り乱して泣き悲しんだので、
法一は自分の起こさした非礼の強烈なのに驚かされたくらいであった。
しばらくの間はむせび悲しむ声が続いた。
しかしおもむろに哀国の声は消えて、
またそれに続いた非常な静かさのうちに、
法一は老女であると考えた女の声を聞いた。
その女はこう云った。
私どもはあなたが美話の名人であって、
また歌う方でも肩を並べるもののないことは聞き及んでいたことではございますが、
あなたが今晩を聞かせ下すったようなあんなお腕前をお持ちになろうとは思いも致しませんでした。
殿様には大層お気に召し、
あなたに十分なお礼を下さるお考えであるよしをお伝え申すようにとのことでございます。
がこれからのち六日の間、
毎晩一度ずつ殿様の御前で技をお聞きに入れるようにとの行為にございます。
その上で殿様には多分お帰りのために登られることと存じます。
それゆえ明晩も同じ時刻にここへお出向きなされませ。
今夜あなたを御案内いたしたあの家来がまたお迎えに参るでございましょう。
それからもう一つあなたにお伝えするように申し付けられたことがございます。
それは殿様がこの赤間合石に御滞在中、
あなたがこの御殿にお登りになることを、
誰にもお話にならぬようにとの御所望にございます。
殿様には御忍びの御力をゆえ、
かようなことは一切公害致さぬようにとの御上意によりますので。
ただいま御自由に御房にお帰り遊ばせ。
もう一は感謝の意を十分に延べると、
女に手を取られてこの家の入口まで来、
そこには前に自分を案内してくれた同じ家来が待っていて、
家に連れられて行った。
家来は寺の裏の縁側のところまで法一を連れて来て、
そこで別れを告げて行った。
法一の戻ったのはやがて夜明けであったが、
その寺を開けたことには誰も気がつかなかった。
住職はよほど遅く帰って来たので、
法一は寝ているものと思ったのであった。
昼の中法一は少し休息することができた。
そしてこの不思議な事件については一言もしなかった。
翌日の夜中に侍がまた法一を迎えに来て、
かの後期の集まりに連れて行ったが、
そこで法一はまた吟唱し、
前回の演奏が勝ち得たその同じ成功を博した。
しかるにこの二度目の試行中、
法一の寺を開けていることが偶然に見つけられた。
それで朝戻ってから法一は住職の前に呼びつけられた。
住職は言葉柔らかに叱るような調子でこう云った。
法一、私どもはお前の身の上を大変心配していたのだ。
住職の警告
目が見えないのに一人であんなに遅く出かけては懸難だ。
なぜ私どもに断らずに行ったのだ。
そうすれば懸難に友をさしたものに。
それからまたどこへ行っていたのかな。
法一は言い逃れるように返事をした。
お正様、御免くださいまし。
聴書しようがございまして、
他の時刻にそのことを処置することができませんでしたので、
住職は法一が黙っているので心配したというよりむしろ驚いた。
それが不自然なことであり何か良くないことでもあるのではなかろうかと感じたのであった。
住職はこの盲人の少年があるいは悪魔につかれたかあるいは騙されたのであろうと心配した。
で、それ以上何も尋ねなかったが、
密かに寺の下難に胸を含めて法一の行動に気をつけており、
暗くなってからまた寺を出て行くようなことがあったなら、
その後をつけるようにと言いつけた。
すぐその翌晩法一の寺を抜け出して行くのを見たので、
家難たちは直ちに蝶ちんを灯しその後をつけた。
しかるにそれが雨の晩で、
非常に暗かったため寺男が道路へ出ないうちに法一の姿は消え失せてしまった。
まさしく法一は非常に早足で歩いたのだ。
その盲目なことを考えてみるとそれは不思議なことだ。
何故かというに道は悪かったのであるから。
男たちは急いで町を通って行き、
法一がいつも行きつけている家へ行き尋ねてみたが、
誰も法一のことを知っているものはなかった。
しまいに男たちは浜辺の方の道から寺へ帰ってくると、
阿弥陀寺の墓地の中に盛んに美話の断じられている音が聞えるので、
一同はびっくりした。
二つ三つの鬼火、
暗い盤に通礼底にちらちら見えるような、
のほかそちらの方は真っ暗であった。
しかし男たちはすぐに墓地へと急いで行った。
そして蝶ちんの明かりで一同はそこに法一を見つけた。
雨の中に安徳天皇の記念の墓の前に一人座って、
美話を鳴らし壇の裏の合戦の曲を高く酔うして、
その後ろと周りとそれから至るところたくさんの墓の上に、
死者の礼火がろうそくのように燃えていた。
未だかつて人の目にこれほどの鬼火が見えたことがなかった。
「法一さん、法一さん。」
下男たちは声をかけた。
「あなたは何かに化かされているのだ、法一さん。」
しかし盲人には聞えないらしい。
力を込めて法一は美話を早々かかと鳴らしていた。
ますます激しく壇の裏の合戦の曲を酔うした。
男たちは法一を捕まえ、耳に口をつけて声をかけた。
「法一さん、法一さん、すぐ私たちと一緒に家にお帰りなさい。」
叱るように法一は男たちに向かって行った。
「この高貴の方々の前でそんな風に私の邪魔をするとは、容赦はならんぞ。」
事柄の不気味なにかかわらず、これには下男たちも笑わずにはいられなかった。
法一が何かに化かされていたのは確かなので、
一度は法一を捕まえ、その体を持ち上げて立たせ、
力任せに急いで寺へ連れ帰った。
ここで住職の命令で、法一は濡れた着物を脱ぎ、新しい着物を着せられ、
食べ物や飲み物を与えられた。
この上で住職はこの法一の驚くべき行為を是非十分に解き明かすことを迫った。
法一は長い間それを語るに躊躇していた。
しかしついに自分の行為が実際、親切な住職を脅かしかつ怒らせたことを知って、
自分の科目を破ろうと決心し、最初侍の来た時以来あったことを一切物語った。
すると住職は云った。
かわいそうな男だ、法一。おまえの身は今大変に危ういぞ。
もっと前におまえがこのことをすっかり私に話さなかったのはいかにも不幸なことであった。
おまえの音楽の名義が全く不思議な難儀におまえを引き込んだのだ。
おまえは決して人の家を訪れているのではなくて、墓地の中に平家の墓の間で夜を過ごしていたということに、今はもう心つかなくてはいけない。
今夜、元男たちはおまえの雨の中に座っているのを見たが、それは安徳天皇の記念の墓の前であった。
おまえが想像していたことは皆幻だ。死んだ人の訪れてきたことのほかは。
で、一度死んだ人の言うことを聞いた上は、その身を鋭がままにまかしたというものだ。
もしこれまでにあったことの上に、またもその言うことを聞いたなら、おまえはその人たちに八つ咲きにされることだろう。
しかし、いずれにしてもそうばおまえは殺される。
ところで、今夜私はおまえと一緒にいるわけにはいかぬ。
私はまた一つ包囲をするように呼ばれている。が、行く前におまえの体を守るために、その体に拱文を書いていかなければなるまい。
日没前、住職となし外で、方一を裸にし、腕をもって二人して方一の胸、背、頭、顔、すね、手足、
体中どこと言わず足の裏にさえも般若心経というお経の文句を書きつけた。
それが済むと住職は方一にこう言いつけた。
今夜私が出て行ったらすぐにおまえは縁側に座って待っていなさい。
恐ろしい声
すると迎えが来る。が、どんなことがあっても返事をしたり動いてはならぬ。
口を聞かず静かに座っていなさい。
前上に入っているようにして。
もし動いたり少しでも声を立てたりするとおまえは切り苛まれてしまう。
怖がらず助けを呼んだりしようと思ってはいかぬ。
助けを呼んだところで助かるわけのものではないから。
私が言う通りに間違いなくしておれば危険は通り過ぎてもう怖いことはなくなる。
日が暮れてから住職となっしょとは出て行った。
方一は言いつけられたとおり縁側に座をしめた。
自分のそばの板敷きの上に琵琶を置き入禅の姿勢をとりじっと静かにしていた。
注意して咳もせかず聞えるようには息もせずに行く時間もこうして待っていた。
すると道路の方から足音のやって来るのが聞えた。
足音は門を通り過ぎ庭を横切り縁側に近寄って止まった。
すぐ方一の正面に
「方一。」
と底力のある声が呼んだが盲人は息を凝らして動かずに座っていた。
「方一。」
と再び恐ろしい声が呼ばわった。
ついで三度凶猛な声で。
耳を失った方一の事件
「方一。」
方一は石のように静かにしていた。
と苦情いうような声で。
「返事がない。
これはいかん。
奴、どこにいるのか見てやらなけや。」
縁側に登る重苦しい足音がした。
足はしずしずと近寄って方一のそばに止まった。
それからしばらくの間。
その間方一は全身が胸の鼓動するにつれて震えるのを感じた。
まったく心寒としてしまった。
ついに自分のすぐそばで荒々しい声が漕ぎ出した。
「ここに琵琶がある。
だが琵琶師といってはただその耳が二つあるばかりだ。
通りで返事をしないはずだ。返事をする口がないのだ。
両耳のほか琵琶師の体は何も残っていない。
よし、殿様へこの耳を持って行こう。
できる限り殿様のおっしゃられた通りにした証拠に。」
その瞬時に方一は鉄のような指で両耳をつかまれ引きちぎられたのを感じた。
痛さは非常であったがそれでも声は上げなかった。
重苦しい足踏みは縁側を通って引いて行き、
庭におり道路のほうへ通って行き、消えてしまった。
方一は頭の両側から濃いぬるいものの滴って来るのを感じたが、
あえて両手を上げることもしなかった。
日の出前に住職は帰って来た。
急いですぐに裏の縁側のところへ行くと、
なんだかねばねばしたものを踏みつけて滑り、
そしてぞっとして声を上げた。
それは提灯の光で、そのねばねばしたものの血であったことを見たからである。
しかし方一は入禅の姿勢でそこに座っているのを住職は認めた。
傷からはなお血をだらだら流して。
「かわいそうに方一。」
と驚いた住職は声を立てた。
「これはどうしたことか。おまえけがをしたのか。」
住職の声を聞いて盲人は安心した。
方一は急に泣き出した。
そして涙ながらにその世の事件を物語った。
「かわいそうに、かわいそうに方一。」
と住職は叫んだ。
「みな、私の手落ちだ。ひどい私の手落ちだ。
おまえのからだじゅうくまなく経文を書いたに、耳だけが残っていた。
そこへ経文を書くことは夏初にまかしたのだ。
ところで夏初がそういなくそれを書いたか、
それをたしかめておかなかったのはじゅうじゅう私が悪かった。
いや、どうもそれはもういたしかたのないことだ。
できるだけ早くその傷を治すよりしかたがない。
方一、まあよろこべ。
危険は今まったく済んだ。
もう二度とあんな来客にわずらわされることがない。」
親切な医者の助けで方一のけがはほどなく治った。
この不思議な事件の話は書法に広がり、
たちまち方一は有名になった。
尊い人々が大勢赤間が関に行って方一の銀賞を聞いた。
そして方一は多額の金銀を贈り物にもらった。
それで方一は金持ちになった。
しかしこの事件のあった時から
この男は耳なし方一という呼び名ばかりで知られていた。