ではまず1996年の映画、エマから見ていきたいと思います。
この映画でエマ役を演じたのはグイネス・パルトローです。
この映画のハートフィールドは一言で言うと、これぞみんなが憧れる理想のイギリスという雰囲気ですね。
柔らかい色使いで上品で軽やかでロマンチック、まるで絵画のようです。
外観に使われたのはイギリス南部ドーセット州にあるケイムハウスというカントリーハウスです。
そして内装には2つの名門邸宅が使われています。
一つはバークシャ州にあるストラトフィールドセイハウス。
ここはナポレンを破った英雄ウェリントン公爵に国家から贈られたという優秀正しい邸宅で、
現在も公爵家の地邸として使われています。
そのために年に数日しか一般公開されない市長な邸宅です。
映画ではダイニングルームのシーンに使われています。
もう一つはエマたちの本棚に囲まれたギャラリーには、
ロンドン近郊にあるサイオンハウスのロングギャラリーが使われています。
これだけの本格的な上流階級の邸宅を組み合わせて、
映画の中のハートフィールドが作られています。
ではここから今回の本番ですが、
なぜこの家がエマという人物を映し出しているのか、
という読み解けに入っていきたいと思います。
このグイネス版のハートフィールドは、とにかく夢の中のイギリスのように美しいんですね。
そもそもこの時代、ディージェンシー域のイギリスの室内装飾は、
パステルカラーの壁やシノワズリの壁紙、豪華な家具が基本です。
だからどの作品にもこういった要素は共通して出てきます。
でもこの映画の特徴は光の使い方です。
柔らかい視線光や逆光を多用することで、
全体的にふわっともやがかかったように撮られています。
時代の特徴である豪華な内装をそのままに、
それを美しい光でコーティングする、そんな映像になっているんですね。
これがエマのキャラクターとどうつながるかというと、
この美しくコーティングされた世界が、
私は何でも知っていて、自分の世界を完璧にコントロールできている、
と思い込んでいる世間知らずで甘やかされたお嬢様、
エマの真理そのものなんですよね。
この家を見ると、エマは自分がこの完璧で美しい世界の女王様だと思っているんだな、
ということが言葉で説明されなくても伝わってくる。
現実をそのまま映すのではなくて、
全てを淡く柔らかくコーティングしてみせることで、
エマの世間知らずな理想郷を表現している、そんなふうに感じるんですね。
そこがこの1996年の映画の空間づくりのすごさなんです。
さて続いては2つ目の作品です。
2009年にイギリスのテレビ局BBCが制作した全4話のドラマシリーズ。
こちらには日本語タイトルに、エマ恋するキューピットというタイトルがついていますが、
エマを演じたのはロモーラガライです。
たくさんあるエマの映像家の中でも、原作の小説に一番忠実な設定だと言われています。
だからこそハートフィールドのロケ地にも地に足のついた本物が選ばれています。
外観や内装に使われたのは、イングランド南東部ケント州にあるスクワリーズコートというカントリーハウスです。
ここは17世紀後期に建てられた邸宅で、
1731年から大土家という一つのファミリーが代々所有して、今も実際にそこで暮らしている現役のカントリーハウスです。
現在は広大なブドウ園も運営されていて、ワインのテイスティングも楽しめるような場所になっているようです。
館内には一族が何百年もかけて集めてきた絵画や見事な家具、磁器やタペストリーがぎっしり詰まっています。
これだけ聞くとやっぱり豪華なお屋敷なんだなと思うのですが、
実は映画の中で見ると最初の映画グィネス版とは全く違う印象を受けます。
一言で言うと、本当に人が暮らしている家だなという感じがするのです。
本当に人が暮らしているんだなという変な表現かもしれないのですが、なぜそんなふうに見えるのか。
画面に映るハートフィールドは柱や家具の木の色が濃くて、部屋が少し狭く見えます。
壁の色もとても深みがあって、廊下はちょっと暗め。
そして何よりもお部屋の中に家具や調度品がぎっしり置かれているのです。
先ほどの映画とカメラの撮り方も比べると全然違います。
グィネス版は高い天井や広い空間をヒートアングルで美しく見せる、邸宅を見せる感じだったのに対して、
こちらのBBC版は人物をわりとアップで近くから撮ります。
部屋の全体像をあえて見せすぎるのではなくて、
登場人物の後ろにある暖炉とか手元にある机を象徴するのです。
私たちは建物そのものよりもその家で繰り広げられている会話とか、
そういったものに自然と目が行きます。
そこが生活している空間というふうに感じるところなんです。
実はここにちょっと面白い裏話もあって、
専門家の人たちによるとBBCのドラマは映画とか他の作品と違って、
芸術的な改編を加える予算があまりなくて、
歴史的な邸宅をそのままセットとして使わざるを得なかったというのです。
でもこれが何百年も家族が暮らしてきた家が持つ独特の空気感とか生活の匂い、
雑然とした温かみ、
そういうセットでは出せない本物のイギリスらしさが画面からにじみていることになったそうです。
そしてこれがエマのキャラクターの読み解きにどうつながるかというと、
このBBCのドラマ版のエマは理想郷のお姫様ではなくて、
地方の狭いコミュニティの中で現実の人間関係に揉まれながら生きている
等身大の地主の娘なんです。
お父さんが好む温かい暖炉のそばでぎっしり詰まった古い家具に囲まれて暮らすエマ。
このリアルなハートフィールドを見るだけで、
このエマは地元のハイベリーという村を本当に愛していて、
この狭くても暖かい世界を切り盛りしているんだなという感じがじわじわと伝わってきます。
このちょっと奇跡的な本物化、これがBBC版のハートフィールドの面白さです。
さていよいよ最後の3つ目です。
2020年の映画エマ。
こちらのヒロインを演じたのはアニア・テイラー・ジョイです。
この映画のハートフィールドのロケ地に使われたのは、
イングランド南部、イースト・サセック州にあるウォール・プレイスです。
とても優秀あるカントリーハウスなんですが、
この映画はとても特徴的なんですよね。
一言で言うと、この映画のハートフィールドは、
美しいけれど、どこかちょっと変なんです。
一つ目にご紹介したグイネス版の映画のような、
夢の中のような優雅さとも違う。
二つ目のBBC版のドラマのような、
現実的な家庭の温かみとも違う。
かなり意図的に人工的で、様式的で、
どこかクスッと笑えるコメディのように作られているんです。
その雰囲気を作っている圧倒的な特徴なのが、やっぱり色ですね。
画面を見ると、ミントグリーン、ピーチ、淡い黄色、水色、
まるで高級なお菓子箱を開けたような、
ポップな色彩が目に飛び込んできます。
パステルカラーなら最初のグイネス版の映画も
そうだったんじゃないかと思うかもしれませんが、
2020年版のこちらの映画は、もっとそれがデザインされすぎているんですね。
自然に美しい家というよりかは、
18世紀のおしゃれな趣味を、あえてこれでもかと演出した世界に近いんです。
お屋敷というよりかは、まるで現代のおしゃれなボティックホテルや、
最先端のアートを見ているような、そんな感覚になります。
ちなみに、この鮮やかすぎる色彩に、
やりすぎなんではと感じる人もいるかもしれないんですが、
実は監督によると、当時の人々は古びた色の中で暮らしていたわけではない。
鮮やかな色彩は歴史的に正確だと語っています。
あの派手なパステルは、歴史交渉に基づいた意図的な選択でもあったようです。
今回、このロテ地のパールプレイスのインスタグラムを見ていたのですが、
2019年の投稿に、とても興味深いことが書いてありました。
階段のあるホールの壁を、ウエッジウッドの陶器を思わせるような青色に塗り替えたと書いてあったんですね。
映画の中で登場するあのホールも確かに青いんです。
ということは、映画のために塗り替えたのかなと思ったのですが、
現在は白に戻されているそうです。
私はあの映画に登場したブルーの壁がとても好きで、ちょっと惜しいなと思っています。
さらにこの映画の面白いのが、部屋の使い方とカメラの演出です。
この映画、空間の奇妙さをものすごく計算して作っているなと思うんですが、
例えば部屋のドアが大きく見えたり、広い部屋の中に登場人物がポツンと立っている。
その人物たちが左右対称に配置されていたり、
部屋の中がシーンと静まり返っていて、会話の間がやたらと長い。
美しい部屋のはずなのに、このちょっとシュールな映像のせいで、
見ているこちらは、なんだか人間観察のコメディを見ているような気分になってくるんですね。
ジェーン・オースティンの小説が持つ、イギリス上流階級の社交のぎこちなさとか、
滑稽さを建物の使い方で、露骨に見事に表現されているように思います。
じゃあ、この美しくてちょっと奇妙な空間は、エマというキャラクターをどう読み解くヒントになっているのか。
これが、この2020年版の映画において、とても面白いところなんですが、
ハートフィールドは単なる素敵なお屋敷だけではないんですね。
ここは、エマが閉じ込められている豪華な箱庭やドールハウスのようなものなんです。
外の世界から完全に隔離された、お菓子のように可愛くて豪華なミニチュア模型。
エマはその中で、まるでお人形で遊ぶように周囲の人間関係を、
あの子とこの子、人をくっつけちゃおうなんてコントロールしようとしているんですね。
だから、このエマは自信満々で、とっても支配的で、
他人の感情を何でも分かったような気になっているけれども、実は内面はかなり幼い。
その彼女の未熟さや世間知らずな子供っぽさを、
このおもちゃのような人工的な建物の美しさが強烈に強調しているように思います。
部屋ごとにパキッと壁の色が変わるのも、家具の配置がとても美しく整っているのも、
ここが1作目や2作目でご紹介した、現実のイギリスの田舎ではなくて、
階級社会をぎゅっと縮小したミニチュアの世界だから、
こういう風な雰囲気になっているんだなと思うんですよね。
建物をリアルな家として取るのではなくて、あえてドールハウスとして扱う。
このスタイリッシュで現代的な表現が、2020年版のハートフィールドのすごさであり、面白さなんです。