そんな世界に影響を受けすぎちゃったのが、この物語のノーサンガービーのヒロインです。
物語の前半は、当時のおしゃれな温泉地バースを舞台にキラキラしたお話が進むんですが、後半、裕福なジェヌシの館、この物語のタイトルになっているノーサンガービーに場所を移してから本番です。
ウォースティンが描いたこのヒロイン、キャサリンはどんな女の子かというと、一言で言うと、本の世界に恋しちゃった、ちょっとだけオタクな気質もある、とてもピュアな女の子です。
そんなキャサリンは、妄想を膨らませて大暴走します。
一体どうなるのか、前置きがちょっと長くなっちゃったんですが、ここからは彼女がどんな妄想をしたのか、あらずじと一緒に覗いていきましょう。
ノーサンガービーの主人公のキャサリンは、17歳の田舎に住む女の子です。
10人兄弟の真ん中で、子供の頃はロゴの子と遊んだり、クリケットが大好きな子供でした。
そんな彼女が15歳を過ぎてハマったのが、当時流行していたゴシック小説です。
頭の中が幽霊や、お化け屋敷の妄想でいっぱいの、今で言う小説オタクの女の子なんです。
そんな純粋で世間知らずなキャサリンが、近所の裕福な夫妻に連れられて、初めて田舎を飛び出して大都会へやってきます。
舞台は、当時トレンドの最先端だった高級温泉保養地のバースです。
美しい城山様式の街並みが広がるこの街で、キャサリンは華やかな社交会デビューを果たします。
毎日武道会に通っては、都会の見栄や嘘、また賛的な人間関係にもまれていくんですが、ここでキャサリンは運命の男性に出会います。
それが知的でユーモあふれる少年ヘンリーでした。
お二人は良い関係になるんですが、物語が本当に面白くなるのはここからです。
キャサリンはヘンリーの厳格な父親になぜか気に入られて、本宅に招待されることになります。
ヘンリーの実家ですね。
そのお屋敷の名前こそが物語のタイトルの農産川アビーです。
アビーという名前は、昔の古い修道院を買い取って改造した邸宅です。
このお屋敷を聞いた瞬間、キャサリンは大興奮します。
ついに私の大好きなホラー小説みたいな秘密の地下室や暗い過去がある、お城に行けるって妄想が爆発してしまうんです。
ところがいざ到着してみると、お屋敷の中身はお父さんの趣味で最新式の家具にピカピカにリフォームされた現代的な大邸宅でした。
それなのにキャサリンの妄想は止まりません。
古いキャビネットを見つけては、中に秘密の書類があるのではとドキドキして捜索。
中身はただの洗濯物の請求書でした。
さらにヘンリーの母親が亡くなっていると知ると、まさかあのお父様が奥様の地下室に観見したのではと、完全に一線を越えたダイボースを始めてしまいます。
中にこっそり部屋を探索しているところを大好きなヘンリーに見つかってしまって、彼は呆れながら優しく悟します。
キャサリン、現実を見てごらん。僕たちの国はそんな恐ろしい事件が平気で起きる場所じゃないんだよと言われるんですね。
恥ずかしさで身が縮むキャサリン。
彼女は自分の妄想フィルターを外して、ようやく現実の世界と本当の人間関係を見つめ直すようになります。
物語のラストはちょっとした誤解によるドタバタもあるんですが、最後はしっかりハッピーエンドを迎えます。
一見おてんばな女の子のドタバタ劇に見えるこの物語ですが、
でもやっぱりオースティンの鋭い人間観察やお屋敷の歴史、当時の社会背景などが含まれていて、
そういったことを知ると面白さが何倍にも膨らみます。
ここからは特に注目してほしいポイントを5つご紹介したいと思います。
まず1つ目はお屋敷のミスマッチ感です。
キャザリンはお化け屋敷のようなおどろおどろしい古城を期待して、ちょっとワクワクしながらノーサンガービーに行くわけですが、
実際のお屋敷はあらすじのところでもご紹介した通り、最新の家具や設備が完備された近代大邸宅だったんです。
本人は必死に古いホラーの雰囲気を探しているのに、部屋が新しくて快適すぎてお化けが出る雰囲気が全くない。
歴史ある建物を舞台にキャサリンのオタク妄想と身も蓋もない快適な現実がぶつかり合う。
オースティンのちょっと意地悪なコント空間になっているのが面白いです。
2つ目はキャサリンの大失敗についてです。
物語の中で彼女は小説の世界にのめり込むあまり、現実の厳格なお父様をとんでもない悪党だと勘違いして大騒ぎして、
最後はヘンリーに優しく悟されて身の縮むような恥ずかしい思いをします。
そうして痛みを見て初めて、物語の世界と目の前にある現実は違うんだと気がつき、彼女は一つ大人になっていきます。
こんな私たちにもあるような過剰な思い込みで大失敗してしまう人間の真理をオースティンはこんなにもチャーミングに、そして鋭く見抜いて描いていたんです。
3つ目は私の好きなポイントなんですが、オースティンの作家としての非常に厚い信念がちょっと垣間見えるようなポイントです。
実は当時キャサリンたちが夢中になっていた小説というジャンルは、世間の良識派たちからは若い女性がそんなくだらない本ばかり読むと頭が悪くなると随分格下に見られていた時代でした。
そこで何が起きるかというと、物語の途中でオースティン自身が突然ストーリーをストップさせるような形で、読者、私たちに語りかけてくるんです。
オースティンがナレーションのように入ってきて、「小説を読むことの何がいけないの?これほど人間の心の機敏を見事に描き出した素晴らしい芸術はないわ。」
と世間の偏見に対して強い口調で反論を展開します。
私が一生懸命書いているこの小説という仕事を世間の批評家や男性たちにくだらないと見下されてたまるかという作家としてのプライドとか怒りがここで爆発しているんです。
ちょっと面白い名場面があります。
4つ目のポイントですが、ここではちょっと私のぶっちゃけた感想もお話ししたいんですが、
実はこの小説を最初読み始めたときに、前半の舞台であるバースのパートがちょっと退屈でつまらないなぁと感じてしまったんです。
バースの街でキャサリンに近づいてくる人たちがみんなちょっとお金目当てだったり、マウントを取るための嘘つきだったり、
キャサリンがすごく振り回されている感じが、読んでいてちょっとなんかイライラしちゃったんですね。
でも後半のノーサン・ガービーに移ってからは、その前半のことをちょっとはっと気がつかされました。
オースティンはわざとあのバースの街をうんざりするような嫌な場所として描いていたんじゃないのかなということです。
主人公のキャサリンは、目の前に登場する嘘つきで欲張りな人間たちの怖さにはバースでは全く気がついていない。
彼女がピアスリで騙されまくっているんですね。
それなのに安全なお屋敷、ノーサン・ガービーに引っ越した途端、地下室に幽霊がいるかも、なんて見当違いのお化けの妄想に怯えている。
つまりオースティンは、お化けや呪いなんかよりも現実のドロドロした人間の方がよほど怖くてホラーだよっていうことをちょっとコミカルに描いているんじゃないのかなと思ったんですね。
そう思うと、前半パートも人間の嫌なところを表していたのかなと、ちょっと見方が変わってくる面白さがあります。
最後の5つ目は、ヒロインのキャサリンとヘンリーの恋の天末です。
オースティンの代表作、傲慢と偏見のミスター・ダーシーのように、この物語のヒーローヘンリーも最初から最後まで基本的には優しくてキャサリンの良い理解者でもあるんですが、実はちょっと変というか、だいぶ理屈っぽくてめんどくさい人でもあります。
初対面からなぜか女性のドレスの記事にめちゃくちゃ詳しくて、値段や洗濯の仕方を語り出したり、キャサリンの言葉遣いの間違いをちょっとおかしいよと、結構細かく言ってきたりするんですね。
彼は24、5歳なんですが、自分の知識をちょっと自慢したい、ちょっとめんどくさいタイプなんです。
でも17歳のピュアなキャサリンにとって、それは彼のヘンリーの言うことを何でも知っているんですね、という感じで全部吸収していく。
ヘンリーにしてみたら、自分の話をこんなにキラキラした目で聞いてくれる女の子は可愛くてしょうがないわけです。
キャサリンが最後、妄想から目を覚ますことができたのも、ヘンリーが感情的に怒鳴ったりせず、理屈っぽくでも丁寧に悟してくれたからでした。
ちょっとお説教好きな理屈男と、ピュアな女の子のなんとも微笑ましい、オースティン作品の中でもユニークな関係が楽しめるポイントです。