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2025-12-25 11:06

ラジオのこと

寝静まった田舎道を、コンビニへ向かう。車の中に流れるラジオ。それだけで、どこか遠くへ旅している気分になる。ただ流れているものと一緒に過ごす時間。それも、自分のものだった。ラジオについての、ひとりごと。


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こんばんは、ひとりごとの時間です。 今日はラジオについて話そうと思います。
ラジオってどうにも不思議だなぁと思うんですよね。 声だけで一つの世界が立ち上がってくるんですけど、
電話のように誰かと会話をしているわけでもないのに、誰かの気配はそこにあって、 混沌もあるんですよね。
世界観のようなものですかね。 それで番組が変わるたびに、その空気がふっと入れ替わるんですけど、
その変化って、聞いているこちらの胸の内にまで及んでくる感じがあるんですよ。 自分の考えや知識と少し離れたところから、音がスーッと入り込んでくる
いろんな人柄やいろんな価値観が、急ぐでもなく緩やかに流れていて、 その流れにただ身を任せている時間というのが心地いいんですよね。
僕の若い頃の話なんですけど、 深夜に車を運転しながら、
JALのジェットストリームっていう番組をよく聞いていたんですよ。 その時間帯というのがちょうど仕事帰りだったり、
温泉に行く途中だったり、はたまたコンビニへ何かを買い出しに行く時だったりと、 今思えば当時の自分の行動時間と重なっていたんでしょうね。
で、あの僕が聞いていた頃は、 イヴ・マサトさんから大澤孝夫さんへナレーターが引き継がれる頃でして、
なので、お二人のナレーションはどちらも耳に残っているんですよ。 今は福山雅春さんがやられているみたいですね。
それで田舎なので、 夜更けには街の音がほとんど消えてしまうんですけど、
そういう時間帯って、車の中がそのまま番組の世界になるんですよね。
あの静かなオープニングの音楽に落ち着いたナレーションが重なって、 寝静まった街を走りながら耳にすると、
自分だけに用意されたなんだか小さな空間のように感じられるんですよ。 コンビニに寄るだけの用事なのに、ジェットストリームが流れていると、
どこか遠くへ向かう旅路の途中にいるような、 そんな気分になるんですよね。
あとは音の風景っていうラジオ番組もよく聞いてまして、 こちらは今でも時々聞いてるんですけど、
この番組、ただただその土地の音だけが届くんですよ。 例えば大涼畑をなびかせて、
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漁船が戻ってくる和島の漁法だったり、 またあるときは夜の軽井沢の森で聞こえる狐やフクロウの声だったり、
さらには木桶で仕込まれる小土島の醤油蔵だったり、
そういう音の中に人の笑い声だとか掛け声だとかも混じってたりするんですけど、
ほとんどの場所は行ったことも住んだこともない場所なんですけど、 そこにある誰かの日常というのがすごく感じられて心地いいんですよね。
部分的に女性ナレーターの声がちょこっとだけ入るんですけど、 この方の声がまた心地いいんですよ。
ナレーションそのものがもうそこの音に溶け込んでいる感じなんです。
そんな感じで自分が眠りについている時間の風景だったり、 自分とはずいぶん違う暮らしの音だったり、
気づくと耳だけが遠いところへ出かけている、そんな感じがします。 音だけだからこそ余計なものに邪魔されず、その場の空気ごと受け取れるのかなぁなんて感じます。
それと、残念ながら今はやってないんですけど、 土曜日の夜、夕方かな?放送されていた
アバンティーっていうサントリーの番組も好きでした。 えっとですね、バーのマスターがいて、
今日はどこどこの誰それさんが、お連れの方と何やら語っていますよ。 ちょっとお話に耳を傾けてみましょう。
そんな風に案内してくれるんですよ。 そこからグラスの触れ合う音だとか、
控えめなざわめきだとか、隣のテーブルから聞こえてくる会話にズームインしていくんですけど、
そうすると、自分もカウンターの端に腰掛けて、知らない人の話を聞いているような感じになって、すごく面白かったですね。
すごく好きでした。 さてここで静かな夜に一曲を。
月明かり
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月明かり
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そういえば自分で買った本じゃなくて 街の広報誌だとか喫茶店に置いてある普段なら手に取らないような雑誌を読んだりするのが好きなんですけど
興味があるものを手に取るのではなくて まずそこにあるものとして手に取ってみるんですよ
そうするとあの興味の外側から始まる 思いがけず新しい空気を吸い込むことになるんですけど
それがあのラジオにもラジオともよく似ているなって気がするんですよ 今はのインターネットラジオとか
ポッドキャストとかあって本当にいろんな番組があるんですけど 僕はのポッドキャストを聞くときもあまり深く考えずに選ぶことが多くて
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割と途中で切り替えたりせず最後まで聞くことが多いんですよね ここ最近お帰り見ても
主風の雑談だったこともあれば 缶詰工場の工場長さんのお話だったこともあったり
たまたま聞き始めた民俗学の番組なんかは今ではお気に入りになってたりします 適当に選んであの最後まで聞くんですけど
そうしているとあの最初は何も感じなかったのに ある瞬間からスッと心に入っていることがあるんですよね
それであの最後まで結局たとえ興味が湧かなかったとしても それはそれでいいと思うんですよ
興味を持てないまま過ごす時間も案外悪くないかなぁって 何かを得ようとせず面白さを図ろうともせず
ただ流れているものと一緒に時間を過ごすそれだけの時間 たとえ何も残らなかったように思えてもその時間は確かに自分のものだったんですよね
結果や意味を求めない時間というか 判断を少し脇に置いたままの時間みたいな
深夜のあの車の中でジェットストリームを聞いていた時も きっとそうだったんだなと思います
コンビニへ行くだけの短い時間が特別でもなくでも確かに何かであった ラジオって声と音だけで世界が作られるんですよね
自分の意思とは別のところからそっと入り込んでくる 僕は多分そういう時間が好きなんだなと思います
今日はあのラジオについてお話ししました それではまた次回
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