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モラトリアムのこと
2026-10-31 13:00

モラトリアムのこと

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「いつかやろう」「また今度でいいか」。そんなふうに思いながら、気がつけば何年も過ぎていた、なんてことはありませんか。鳥籠の扉が開いているのに、なかなか飛び立とうとしない一羽の鳥。そこから思い出したのは、ちょっと気の毒なロバのお話でした。自由と先延ばしのあいだで、あれこれ考えてみます。

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こんばんは、ひとりごとの時間です。 今夜はモラトリアムについて話そうと思います。
鳥かごの中で飼われている鳥がいました。 鳥はいつも鳥かごの外に広がる空を眺めていました。
あの空を自由に飛び回ることができたなら、どんなに気持ちがいいだろう。 自分で餌を探し、好きなところへ飛んでいく。
誰かに代われることなく、自分の力で生きていく。 そんな暮らしに憧れていたのです。
ある日、鳥かごの扉が開きました。 鳥は待ちに待った自由を手に入れました。
これで大空へ羽ばたいていける。 そう思ったのだけれど、鳥はなかなか外へ出ようとはしませんでした。
扉は開いたままでした。 いつでも飛び立つことができます。
そう思うと、今日すぐに出ていく必要もないような気がしたのかもしれません。 時々外へ出てみることはありましたが、
しばらくすると鳥かごへ戻ってきました。 自分で餌を探すより与えてもらう方が楽でしたし、
雨風をしのげる場所もありました。 何より長い間暮らしてきた場所には、慣れ親しんだ居心地の良さがありました。
そうしているうちに、鳥はいつしか鳥かごの中で過ごすことが当たり前になっていきました。
さて、これは鳥の話です。 けれど、こうして眺めていると、なんだか人間にも似たところがあるような気がします。
人は自由になりたいと思うことがあります。 誰かにあれこれ言われることなく、自分の好きなように暮らしてみたい。
決められた時間に起きて、決められた場所へ出かけ、いつものように一日を過ごす。
そんな毎日から少しばかり離れてみたくなることもあります。 もっと自分らしく、もっと自由に暮らせたら、
そんなことを思いながら日々を過ごしている人も少なくないのではないでしょうか。 ところが、いざ自由にしていいとなると、
今度はどうしていいのかわからなくなることがあります。 今までとは違う暮らしをしてみたい。
これまでとは違う場所へ行ってみたい。 そんなことを思いながらも、いざその機会が訪れると、なかなか一歩を踏み出せないことがあります。
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今の暮らしを変えるとなると、少し迷ってしまうものです。
それは決して不思議なことではないと思います。 人は慣れ親しんだものに安心します。
毎日同じ時間に起きて、同じ道を通って、いつもの場所へ帰る。 特別なことはなくても、そこにはそれなりの心地よさがあります。
いつもの店で買い物をしたり、休日に決まった場所へ出かけたり、そうした何気ない習慣も暮らしの中にある楽しみの一つです。
慣れ親しんだ暮らしには安心できるところがあります。 毎日をそのまま過ごしていくうちに、それが自然なことになっていくのも無理のないことなのかもしれません。
ただ一つ気になることがあります。 それはいつの間にか今の暮らし以外のことを考えなくなってしまうことです。
最初はいつか別のことをしてみたいと思っていました。 行ってみたい場所もありましたし、やってみたいこともありました。
それが毎日の暮らしに覆われているうちに、少しずつ遠い話になっていきます。 別に今の暮らしが嫌になったわけではありません。特に困っているわけでもありません。
ただあれこれ考えるうちに、いつの間にかそのままになっているのです。 鳥もそんな風だったのかもしれません。
鳥かごの中には餌があり、安心して眠れる場所もあります。 外へ出れば今までとは違う景色が広がっています。
そこには知らない場所もあれば、思いがけない楽しさもあるはずです。 鳥かごの中で過ごすことも外へ飛び出すこともどちらが正しいという話ではありません。
ただ鳥はもともと外の空を飛んでみたいと思っていたのです。 扉が開いたからといってすぐに飛び立つ必要はありません。
今日出なくてもいいですし、しばらく鳥かごの中で過ごしたっていいのです。 けれど飛び立つことを考えなくなってしまうのは少しもったいない気がします。
鳥かごの扉は今日も開いたままです。 鳥はいつものように餌をついばみ、それから開いた扉の向こうに広がる空を眺めています。
それではここで一曲、モラトリアム。 そんなことを思っていると、ふとビュリダンのロバの話を思い出しました。
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ビュリダンのロバというのは、目の前に2つの干草があるのにどちらを食べようか迷い続け、結局一口も食べないまま死んでしまったという哲学のお話です。
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なんとも気の毒なロバですが、鳥の話にも少し似ているところがあるような気がします。
ロバはどちらの干草を食べようかと迷っているうちにとうとう命を落としてしまいました。
鳥もいつまでも扉が開いているとは限りません。 ある日その扉が閉じられてしまえば、外へ飛び立つことも、かごの中に留まることも、もう自分では選べなくなってしまいます。
そう考えると、どちらも選べる時間がいつまでも続くわけではないというところは似ているのかもしれません。
鳥かごの扉が開いている限りは、飛び立とうと思えば、いつでも飛び立てます。 いつでも飛び立てる、そう思うと、なんだかそれだけで満足してしまうこともありそうです。
今日すぐに出ていかなくても、明日でもいい、その先でもいい、扉は開いているのですから、急ぐこともありません。
そうして開いた扉のそばで、いつものように餌をついばんでいる。
ところがある日、その扉が閉じられてしまったとしたら、
誰かが閉めたのかもしれませんし、風に吹かれていつの間にか閉じてしまったのかもしれません。
かごの中にはいつもの餌があります。 雨風をしのげる場所もあります。
昨日までとは何も変わらないはずなのに、閉じた扉を見ていると、かごの中の景色まで少し違って見えるかもしれません。
出ないことと出られないこと、似ているようでちょっと違います。
扉が開いていたとき、鳥は自分でここにいることを選んでいるつもりだったのかもしれません。
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けれどもしかすると、ただいつでも出られると思っていただけだったのかもしれません。
そんなことを考えていると、僕たちの暮らしにも似たようなことがあるような気がします。
いつかやってみたいと思っていたこと、 行ってみたいと思っていた場所、
いつでもできると思っているうちに、いつの間にかそのままになっていることがあります。
鳥は今日も開いた扉のそばで、いつものように餌をついばんでいます。
今夜はモラトリアムについて話しました。 それではまた次回。
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