1. ゆうこ|読書ラジオ
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2024-04-05 27:25

朗読ラジオ『藪の中』芥川龍之介

寝れない夜に

多襄丸の白状
清水寺に来れる女の懺悔
巫女の口を借りたる死霊の物語

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00:06
藪の中。田上丸の白状。あの男を殺したのは私です。しかし女は殺しません。ではどこへ行ったのか。それは私にもわからないのです。
まあお待ちなさい。いくら拷問にかけられても知らないことは申されますまい。その上私もこうなれば卑怯な隠し立てはしないつもりです。
私は昨日の昼少し過ぎ、あの夫婦に出会いました。その時、風の吹いた表紙に格子の垂毛布が上がったものですから、ちらりと女の顔が見えたのです。ちらりと。
見えたと思う瞬間には、もう見えなくなったのですが、ひとつにはそのためもあったのでしょう。私にはあの女の顔が、女菩薩のように見えたのです。私はその咄嗟の間に、たとえ男は殺しても、女は奪おうと決心しました。
何、男を殺す謎はあなた方の持っているように大したことではありません。どうせ女を奪うとなれば、必ず男は殺されるのです。ただ、私は殺す時に腰の太刀を使うのですが、あなた方は太刀は使わない。
ただ権力で殺す。金で殺す。どうかすると、お溜め御菓子の言葉だけでも殺すでしょう。なるほど血は流れない。男は立派に生きている。しかしそれでも殺したのです。
罪の深さを考えてみれば、あなた方が悪いか、私が悪いか、どちらが悪いかわかりません。しかし、男を殺さずとも女を奪うことができれば別に不足はないわけです。いや、その時の心持ちでは、できるだけ男を殺さずに女を奪おうと決心したのです。
が、あの山品の駅地では、とてもそんなことはできません。そこで私は山の中へ、あの夫婦を連れ込む工夫をしました。これも造作はありません。私はあの夫婦と道連れになると、向こうの山には古塚がある。この古塚を暴いてみたら、鏡や太刀がたくさん出た。
私は誰も知らないように山の陰の矢部の中へ、そういうものを埋めてある。もし望み手があるならば、どれでも安い値に売り渡したい、という話をしたのです。
03:12
男はいつか私の話に、だんだん心を動かし始めました。それから、どうです、欲というものは恐ろしいではありませんか。それから半時も経たないうちに、あの夫婦は私と一緒に山地へ馬を向けていたのです。
私は矢部の前へ来ると、宝はこの中に埋めてある。見に来てくれと言いました。男は欲に渇いていますから依存のあるはずはありません。が、女は馬も降りずに待っているというのです。
また、あの矢部の茂っているのを見ては、そういうのも無理はありますまい。私はこれも実を言えば思う壺にはまったのですから、女一人を残したまま、男と矢部の中へ入りました。
矢部はしばらくの間は竹ばかりです。が、半町ほど行ったところにやや開いた杉村がある。私の仕事を仕遂げるのには、これほど都合のいい場所はありません。私は矢部をお仕分けながら、宝は杉の下に埋めてあると最もらしい嘘をつきました。
男は私にそう言われると、もう痩せ杉が空いて見える方へ一生懸命に進んで行きます。そのうちに、竹がまばらになると何本も杉が並んでいる。私はそこへ来るが早いか、いきなり相手を組み伏せました。
男も、竹を這いているだけに力は相当にあったようですが、不意を打たれてはたまりません。たちまち、一本の杉の根形へくくりつけられてしまいました。
縄ですか。縄はぬすっとのありがたさに、いつ平を越えるかわかりませんから、ちゃんと腰につけていたのです。もちろん声を出させないためにも、竹の落ち葉をほおばらせれば他に面倒はありません。
私は、男を片付けてしまうと、今度はまた女のところへ、男が急病を起こしたらしいから見に来てくれ、と言いました。これも、つぼしに当たったのは申し上げるまでもありますまい。
06:07
女は、一目傘を脱いだまま、私に手を取られながら、矢部の奥へ入っていきました。ところが、そこへ来てみると、男は杉の根に縛られている。女はそれを一目見るなり、いつのまにか懐から出していたか、きらりと、さすがを引き抜きました。
私はまだ、今までに、あのくらい気象の激しい女は一人も見たことがありません。もし、そのときでも遺断していたならば、一月にひばらをつかれたでしょう。いや、それは身をかわしたところが、むにむさんに切りたてられているうちには、どんなけがもしかねなかったのです。
が、私も多情丸ですから、どうにかこうにか、太刀も抜かずに、とうとうさすがを打ち落としました。
いくら気のまさった女でも、獲物がなければ仕方がありません。私はとうとう思い通り、男の命は取らずとも、女を手に入れることができたのです。
男の命は取らずとも、そうです。私はその上にも、男を殺すつもりはなかったのです。
ところが、泣きふした女を後に、矢部の外へ逃げようとすると、女は突然、私の腕へ、きちがいのようにすがりつきました。
しかも、きりぎりに叫ぶのを聞けば、あなたが死ぬか、夫が死ぬか、どちらか一人死んでくれ、二人の男に恥を見せるのは、死ぬよりもつらいというのです。
いや、そのうちどちらにしろ、生き残った男に連れ添いたい、そうもあえぎあえぎ言うのです。
私はそのとき茂然と、男を殺した意気になりました。
こんなことを申し上げると、きっと私はあなた方より残酷な人間に見えるでしょう。
しかしそれは、あなた方が、あの女の顔を見ないからです。
ことに、その一瞬の間の、燃えるような瞳を見ないからです。
私は、女と目を合わせたとき、たとえ雷に打ち殺されても、この女を妻にしたいと思いました。
妻にしたい、私の念頭にあったのは、ただこういう一言だけです。
09:07
これは、あなた方の思うように、いやしい色欲ではありません。
もし、そのとき色欲のほかに、何も望みがなかったとすれば、私は女を蹴倒しても、きっと逃げてしまったでしょう。
男もそうすれば、私の太刀に血を塗ることにはならなかったのです。
が、薄暗い矢布の中に、じっと女の顔を見た刹那、私は男を殺さない限り、ここは猿舞いと覚悟しました。
しかし男を殺すにしても、卑怯な殺し方はしたくありません。
私は、男の縄を解いた上、太刀をしろと言いました。
男は血相を変えたまま、太い太刀を引き抜きました。
と思うと、口も聞かずに、ふんぜんと私へ飛びかかりました。
その太刀打ちがどうなったかは、申し上げるまでもありますまい。
私の太刀は、二十三行目に、相手の胸を貫きました。
二十三行目に、どうかそれを忘れずにください。
私は今までも、このことだけは関心だと思っているのです。
私と二十五を切り結んだ者は、天下に女男一人だけですから。
私は男が倒れると同時に、血に染まった刀を下げたなり、女の方を振り返りました。
すると、どうです?
あの女はどこにもいないではありませんか。
私は、女がどちらへ逃げたか、杉村の間を探してみました。
が、竹の落ち葉の上には、それらしい跡も残っていません。
また、耳をすませてみても、聞こえるのはただ男の喉に、弾松麻の音がするだけです。
ことによると、あの女は、私が立ち打ちを始めるが早いか、
人の助けでも呼ぶために、矢部をくぐって逃げたのかもしれない。
私はそう考えると、今度は私の命ですから。
立ちや弓矢を奪ったなり、すぐにまた元の山地へ出ました。
12:02
そこにはまだ女の馬が、静かに草を張っています。
その後のことは申し上げるだけ、無用の口数に過ぎますまい。
ただ、都へ入る前に、立ちだけはもう手放していました。
私の白状はこれだけです。
どうせ一度は、お家の小杖に掛ける首と思っていますから、どうか滑稽に合わせてください。
清水寺に来たれる女の懺悔。
その紺のスイカンを着た男は、私を手紙にして、
縛られた夫を眺めながら、あざけるように笑いました。
夫はどんなに無念だったでしょう。
が、いくら身悶えをしても、体中にかかったなあめは、
いっそ、ひしひしと食いるだけです。
私は思わず夫のそばへ、転ぶように走り寄りました。
いえ、走り寄ろうとしたのです。
しかし男は、とっさの間に私をそこへ蹴倒しました。
ちょうどその途端です。
私は夫の目の中に、何ともいいようのない輝きが宿っているのを悟りました。
何ともいいようのない。
私はあの目を思い出すと、今でも身憂いが出ずにはいられません。
口さえ一言も聞けない夫は、その刹那の目の中に、
一切の心を伝えたのです。
しかし、そこに閃いていたのは、
そこに閃いていたのは、怒りでもなければ悲しみでもない、
ただ、私を蔑んだ冷たい光だったのではありませんか。
私は男に蹴られたよりも、その目の色に打たれたように、
われ知らず何か叫んだぎり、とうとう気を失ってしまいました。
そのうちにやっと気づいてみると、
あの金の水管の男は、もうどこかへ行ってしまいました。
あとにはただ、杉の根形に夫が縛られているだけです。
私は竹の落ち葉の上に、やっと体を起こしたなり、
15:06
夫の顔を見守りました。
が、夫の目の色は少しもさっきと変わりません。
やはり冷たい蔑みの底に、憎しみの色を見せているのです。
恥ずかしさ、悲しさ、腹立たしさ、
その時の私の心の内は、何と言えばよいかわかりません。
私はよろよろ立ち上がりながら、夫のそばへ近寄りました。
あなた、もうこうなった上は、あなたとご一緒にはおられません。
私は一思いに死ぬ覚悟です。
しかし、あなたもお死になすってください。
あなたは私の恥をご覧になりました。
私はこのままあなた一人、お残し申すわけには参りません。
私は一生懸命にこれだけのことを言いました。
それでも夫は忌まわしそうに、私を見つめているばかりなのです。
私は裂けそうな胸を抑えながら、夫の立ちを探しました。
夫の立ちを探しました。
が、あのヌスットに奪われたのでしょう。
立ちはもちろん弓矢さえも矢部の中には見当たりません。
しかし幸いサスガだけは、私の足元に落ちているのです。
私はそのサスガを振り上げると、もう一度夫にこう言いました。
では、お命をいただかせてください。
私もすぐにお供します。
夫はこの言葉を聞いた時、やっと唇を動かしました。
もちろん口には笹の落ち葉がいっぱいに詰まっていますから、声は少しも聞こえません。
が、私はそれを見ると、たちまちその言葉を悟りました。
夫は私を詐欺すんだまま、殺せと一言言ったのです。
私はほとんど夢うつつのうちに、夫の花駄の水管の胸へつぶりとサスガを差し通しました。
18:02
私はまたこの時も気を失ってしまったのでしょう。
やっとあたりを見回した時には、夫はもう縛られたまま、とうに息が絶えていました。
その青ざめた顔の上には、竹に混じった杉村の空から西部が一筋落ちているのです。
私は泣き声をのみながら、死骸の縄を解き捨てました。
そうして、そうして私がどうなったか、それだけではもう私には申し上げる力もありません。
とにかく私にはどうしても死にきる力がなかったのです。
サスガを喉に突き立てたり、山の裾の池へ身を投げたり、いろいろなこともしてみましたが、
死にきれずにこうしている限り、これも自慢にはなりますまい。
私のように不甲斐ないものは、カンゼオンボサツもお見放しなすったのかもしれません。
しかし、夫を殺した私は、ヌスットの手込みにあった私は、一体どうすればいいのでしょう。
一体私は、私は、
ミコの口を借りたる狩猟の物語。
ヌスットは妻を手紙にすると、そこへ腰を下ろしたまま、いろいろ妻を慰め出した。
俺はもちろん口は聞けない。体も杉の根に縛られている。
が、俺はその間に何度も妻へめくばせをした。
この男の言うことを間に受けるな。何を言っても嘘と思え。
俺はそんな意味を伝えたいと思った。
しかし妻は、小銭と笹の落ち葉に座ったなり、じっと膝へ目をやっている。
それがどうもヌスットの言葉に聞き入っているように見えるではないか。
俺はネタマシさに身悶えをした。
が、ヌスットはそれからそれへと、巧妙に話を進めている。
一度でも肌身を汚したとなれば、夫との仲も折り合うまい。
そんな夫に連れ添っているより、妻を慰めている。
自分は愛しいと思えばこそ、大それたまねも働いたのだ。
ヌスットはとうとう大胆にも、そういう話さえ持ち出した。
ヌスットにこう言われると、妻はうっとりと顔をもたげた。
21:02
俺はまだあの時ほど、美しい妻を見たことがない。
しかし、その美しい妻は、現在縛られた俺を前に、何とヌスットに返事をしたか。
俺は宙に迷っていても、妻の返事を思い出すごとに、死にもえなかったためしはない。
妻は確かにこう言った。
妻の罪はそれだけではない。
それだけならば、この闇の中に、今ほど俺も苦しみはしない。
しかし妻は、夢のように、ヌスットに手を取られながら、やがて、
ヌスットに手を取られながら、俺を迷っていた。
今ほど俺も苦しみはしない。
しかし妻は、夢のように、ヌスットに手を取られながら、
やぶの外へ行こうとすると、たちまち顔色を失ったなり、杉の根の俺を指さした。
あの人を殺してください。
私は、あの人が生きていては、あなたと一緒にはいられません。
妻は、気が狂ったように何度もこう叫び立てた。
あの人を殺してください。
この言葉は嵐のように、今でも遠い闇の底へ、真っ逆さまに俺を吹き落とそうとする。
一度でもこのくらい憎むべき言葉が、人間の口を出たことがあろうか。
一度でもこのくらい呪わしい言葉が、人間の耳に触れたことがあろうか。
一度でもこのくらい。
その言葉を聞いたときは、ヌスットさえ色を失ってしまった。
あの人を殺してください。
妻はそう叫びながら、ヌスットの腕にすがっている。
ヌスットはじっと妻を見たまま、殺すとも殺さぬとも返事をしない。
と思うか思わないうちに、妻は竹の落ち葉の上へ、ただ一蹴りに蹴倒された。
ヌスットは静かに両腕を組むと、俺の姿へ目をやった。
あの女はどうするつもりだ?殺すか?それとも助けてやるか?
返事はただ頷けばよい。殺すか?
俺はこの言葉だけでも、ヌスットの罪は許してやりたい。
妻は俺がためらううちに、何か一言叫ぶが早いか、たちまち矢部の奥へ走り出した。
24:10
ヌスットもとっさに飛びかかったが、これは袖さえ捉えられなかったらしい。
俺はただ幻のように、そういう景色を眺めていた。
ヌスットは妻が逃げ去った後、竹や弓矢を取り上げると、一箇所だけ俺の縄を切った。
今度は俺の身の上だ。
俺はヌスットが矢部の外へ姿を消してしまう時に、こう呟いたのを覚えている。
その後はどこも静かだった。いや、まだ誰かの泣く声がする。
俺は縄を解きながらじっと耳を澄ませてみた。
が、その声も気がついてみれば、俺自身の泣いている声だったのではないか。
俺はやっと杉の根から疲れ果てた体を起こした。
俺の前には妻が落としたサスガが一つ光っている。
俺はそれを手に取ると、ひとつきに俺の胸へ刺した。
何か生臭い塊が俺の口へ込み上げてくる。
が、苦しみは少しもない。
ただ胸が冷たくなると一層あたりがしんとしてしまった。
ああ、何という静かさだろう。
この山陰の矢部の空には小鳥市はサイズリに来ない。
ただ杉や竹の裏に寂しい日陰が漂っている。
日陰がそれも次第に薄れてくる。
もう杉や竹も見えない。
俺はそこに倒れたまま深い静かさに包まれている。
その時、誰か忍び足に俺のそばへ来たものがある。
俺はそちらを見ようとした。
が、俺の周りにはいつか薄闇が立ち込めている。
誰か、その誰かは見えない手にそっと胸のサスガを抜いた。
27:01
同時に、俺の口の中にはもう一度血潮が溢れてくる。
俺はそれぎり永久に中央の闇へ沈んでしまった。
27:25

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