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2026-02-01 10:14

恋愛における永遠のテーマ#73

30代男性B型は古代ギリシア人の知恵を借りて恋愛とは何か考える

サマリー

恋愛における永遠のテーマについて、古代ギリシアから現代に至る考え方が探求されています。恋愛の本質や人間の欲望について、神話を通じて解説され、自己と他者の関係性が見つめ直されています。

恋愛の永遠のテーマ
先日、外食をしていると、別の席の高校生が好きのなり方がわからないって話をしていて、とても興奮しましたね。
はい、やっぱりこれってもう、永遠のテーマなんだなって、人類共通のテーマが今ここサイゼリアで続いているんだなって、痛く興奮しました。
最近、恋愛制度束縛の2500年史っていう本を読みました。 古代ギリシアから現代日本に至るまで、恋愛とされているものを社会制度や宗教を通して追っていく本だったんですけども、
これがまあとてもね、面白くて。 さっきの高校生が悩んでいるようなことを、2500年前の古代ギリシア人の人たちもね、考えていたってことが書かれていてですね。
どうしてこんなにも誰かに引きつけられて、前後不覚になってしまうのかとか、 仕事も手につかない、食欲もなくなる、一体これは何なんだろうかと。
人類は2500年以上頭を抱え続けてきて、そしてこのサイゼリアでも未だにその悩みは尽きていないっていう、いやこれ素晴らしいなって、まあ大興奮だったわけなんですけども、
神話と恋愛の関係
古代ギリシアの人たちはどういうふうに解釈していたのかっていうと、 神話を作って解釈していたんですね。
理屈じゃなかなか説明できないから、ストーリーを作っちゃって解釈するっていう。 神話の中で語られるのは、半信を僕たちは求めているっていう解釈の仕方なんですね。
昔世界には3種類の生物がいて、 太陽の子である男性、地球の子である女性、月の子である
両性固有の存在、これがね3種類いたんですけども、 彼らは僕たち人間とは姿形が違っていて、
頭が2つあって手が4本あって足も4本ある モンスターみたいなイデたちだったんですね。
で力もとっても強くて、力が強いために神の怒りを買ってしまって、 その生物たちはそれぞれ真っ二つに分けられてしまうんですね。
でここからが神話と今の僕たちにつながってくる部分で、 今の僕たちっていうのはその真っ二つにされてしまった片割れなんだと。
だから人って失われたもう半分を求めていて、それが恋っていうことなんだっていう そういう解釈なんですよ。
あのどうしようもない引力的なものは、 元の完全な姿に戻ろうとする本能なんだっていう説明の仕方。
これ僕結構好きな説明なんですよね。 サイゼリアの高校生が好きのなり方がわからないって、いくら考えても好きとは何なのかがわからないって言っているのも、
この説明であれば、いやあなたがもともと半分だからですよって言ってくれるわけじゃないですか。 だいぶ思い切った回答ではあるんですけども、
もともと半分であることを知らないんだから好きのなり方は当然わかるはずもないよねって、 腑に落ちる部分もあると思うんですよね。
でこの古代ギリシア人の人たちの神話の解釈でもう一つ面白い部分が、 この神話の中ではバラバラになった片割れの人々のうち、
男性を愛する男性っていうのが最も素晴らしい存在だっていう風にされている点なんですよね。 現代の感覚で読むとちょっと意外に感じるところもあるんですけども、
古代ギリシアでは男性同士の同性愛は一般的どころか、 社会的に推奨されていた側面があったようで、本の中でもね触れられていたんですけど、
異性愛っていうのが普通になっていくのはキリスト教の価値観とか、 中世ヨーロッパの騎士同性心みたいなのが大きく影響してて、
それ以前の世界では男性優位社会っていう前提もあって、 男性が男性を愛して導くっていう関係が、実は社会的に必要とされてた、非常に重要視されてたみたいなんです。
で特に古代ギリシアでは、権力とか知識を持つ年長の男性が、 才能あふれる少年に学問や哲学、政治のことを教えて、精神的にも肉体的にも深い関係を結ぶっていうのが、
一つの理想的な教育モデルだったんですね。 今の感覚で単純に当てはめると多分違う部分もあると思うんですけども、
少なくとも当時は、男性が男性を愛して育てるっていう構図が社会の中核にあったみたいなんです。 神話の中でも元々男性だった種族が半分になってね、片割れになって出てきた男性、
つまり男性を愛する男性ですよ、は女性を求める男性よりもより男性的であると。 だって元々男性だったんだからっていうふうに描かれているみたいな。
そんな感じで、時代とか社会的背景によって恋愛のあり方自体がそもそも違ってくるよねっていうのが本には書かれていて、
欲望と自己探究
日本もずっと西洋化するまでは色とか調っていう言葉だけが存在していて、 恋愛っていうものは存在しなかったんじゃないかっていう話であったりとか、
ロマンティック主義みたいなのもかなり最近、それこそ騎士道精神みたいなのが出てきてからロマンチックっていう言葉が出てきて、
ロミオとジュリエットみたいな文学作品ができて、そこで恋愛っていうのはああいうロマンチックなものなんだっていうのがすり込まれていって、
今は現代に至るとかね。それを日本に輸入した時におかしなことになっちゃってみたいなことが書かれていて、
だから言ってしまえば恋愛っていうものは存在しなくて、その時の流行みたいなものにたまたま乗っかっているだけなんですよね、多分。
そういう色んな恋愛制度のあり方っていうのが示されている中で、今日は古代ギリシャの話をしたいんですけど、
ここからさらに解釈を広げていきたくて、恋愛に限らず僕たちが欲しいとかそういうふうに思う欲望全般が、この半身探しの延長線上にあるような気もしてくるんです。
例えば服とか靴が欲しいって思う気持ち、これもしかしたら元々の完全な僕たちは布と靴に覆われた謎のファッショナブルな生命体だったのかもしれない。
お金が欲しいと思うのも、きらびやかで光り輝く存在だった頃の記憶がどこかに残っているからかもしれない。
こういう物理的な解釈もできますし、もっと概念的に捉えるのであれば、グルメを追い求めてしまう人は、自分の中にある価値観と美味しいっていう価値観の相性が良くて、
それぞれの価値観を取り込んでぶつけるときに、新しいものを生み出す力みたいなのが備わっているからかもしれない。
ただご飯を食べた時満腹になるだけじゃないじゃないですか。ちょっと元気が出たり、機嫌が良くなったり、誰かに優しくしたくなったりとか、
ああいうのは、僕たちが完全な生命体に近づいた、小さであるという解釈ができなくもない。
そう考えると、僕がスーパーに置いてあるポポポポポでおなじみの、あの呼び込み君、あの写真を撮るのが趣味だっていうのも、実は単なる変な行動ではなくて、
それによって新たな何かを生み出す力っていうのを自分なりに保管している行為なのかもしれない。
呼び込み君が半信だった可能性があるってことですね。きっとね、B型ラジオリスナーの皆さんは特殊な癖とか、欲望みたいなものがね、一つや二つあるんじゃないかなって思うんですけども、
それもね、すべてもともと一つの生命体だった頃の記憶がそうさせてるって、そう無理やり解釈することもできるわけですね。
自分が完全なる生命体だった頃の記憶、自分の完全な生命体のビジョンみたいなものを思い浮かべることで、もっと欲望に素直に楽しく暮らせるんじゃないかなって、そういうふうに思うわけです。
僕がこのポッドキャストをやりたいっていう欲望だって同じで、僕はこのポッドキャストを通じてね、皆さんリスナーを求めているわけじゃないですか。
それは聞いてくれている皆さんと僕は、もともと一つの存在生命体だったのかもしれないってことなんですよ。
僕たちはもともと一つの存在だったから、こうして音声を通じて分かり合えているわけで、このままB型ラジオを続けていくことで、
いつか僕たちは一つの生命体となって融合して、来るべきカタストロフィーの日に強大な力を持つ悲しきモンスターとして神々との戦いに挑まなければならないのかもしれません。
さあ皆さん、私と共に自我を捨てて、一つの存在となりましょう。
これからもB型ラジオはこの音声を通じて皆様と一つになる、その活動を続けていきたいと思います。
それではご静聴ありがとうございました。
私はあなた自身、たやまでした。
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