順縁と逆縁
クリーピーパスタ 依談
Tale-JP 順縁
ええ、この度は
はい
私も知らせを聞きましたときは驚きまして、今でもこうして
ええ、思いを馳せながらですね
お経を上げさせていただきましたけれども
今はですね、あかりちゃんが阿弥陀様に守られてですね
極楽浄土に行っていることと思っております。それでは疑い込んでしまう自分ではございますが
ほんの少しだけ私からもお話をさせてもらえればと思いますけれども
子供の葬式を親が出すということはですね
私たち人間にとっては本当に苦しい不幸なことだというふうにも言われます
年老いた順にこの世を離れて
若い者がその供養をすると
これを順縁と仏教を起源とした言葉でそう呼ぶんでございますが
これがこの世の不分立とでも申しましょうか
そういうふうに命というものは順番を守って移り変わっていくのですね
しかしですね、時にこれがそういった順当な縁から外れてしまうことがある
先ほど申しましたように子が先立ってしまうという場合にはこれを逆縁と言いまして
これは悲しみや苦しみといった思いに縛り付けられている現世の私たちにとっては
非常に応えるものであるわけです
この2つの縁はもともと仏様の教えに従って仏縁に入るか否かというところで使われていた言葉なんですね
仏様の教えに素直に従って順調に順当に仏道へ入るこれが順縁
対して仏法から外れた行いをして仏道に背いてしまった時これは逆縁と呼ばれていたのです
では逆縁に結ばれてしまった人は仏法からも見放され救われなくなってしまうのかと言うと
決してそうではないのですね
心乱成人は去るべき合縁のもようせば いかなる振る舞いもすべしとおっしゃいます
そうなるべき合が、縁が発せられたならば どんな振る舞いをもしてしまうのが人であるとお教えになりました
その振る舞いがたとえ仏道に背く行為であっても 誰かにとっての悪行であっても
何かの縁に突き動かされてしまえば いかなる振る舞いでも行えてしまう
人間とはそれほど危うい存在なのです だからこそ順縁であっても逆縁であっても必ず見守ってくださる方はいると私は思うのですね
どんな縁に結ばれたとしても手を述べてくれる方はいるものです
あかりちゃんもきっとその手を取って 現世との縁を断ち切ることができたのだと私は信じております
家族の不幸な末路
それでは最後にもう一度ですね 仏壇とお火継ぎの方を向いていただいて念仏をお願いいたします
今あかりちゃんには聞こえていないかもしれませんが 仏様はきっと聞いていらっしゃるはずですので
やはりどの県どの地域にも心霊スポットとか言われて 学生たちの遊び場になるようなところってあると思うんですけどね
やっぱり行っちゃいけないって言われるにはそれなりの理由があるんですよね まあ当たり前のことですけど
きっかけは私の地元 下関のある地域で伝わっていた話なんですよ
と言っても結構古い話らしくて始まりがいつなのかも定かではないんですけどね
それは家なんです まあベタな話ですけどある事件が起きて以来廃墟になった民家
今はどうなっているのか知りませんけど 詳しい場所と遺惑をセットで知っているのなんて
もう私の世代だと数えるほどしかいないんじゃないですかね
福岡から関門橋だか関門トンネルを通って西側にずーっと行ったところにあるんです
私もだいぶ後に大学の図書館でその地域のこととか軽く調べようとしたんですけど
結局よくわからなかったんですよね それっぽい本見つけたと思ったらなんかページが抜けたりとかしてて
司書さんとこに持って行ったらああこれ破けちゃってるから後日買い替えますね とか言われて借りるタイミング逃したっきりで
だからこれから話すのは本当にまたぎきの要素しかないような話なんですけど
その家はもともとね他の地域から転居してきた家族が この家だったら安くで住んでいいよってことで貸し出されたところらしいんですよ
山奥にと言ってもその辺の地域自体がもうすでに山奥なんですけど 山奥にある平屋で
そこはある程度広いところなんですけどちょっと離れたところに飛び地みたいな感じで その家の人が所有できる小さな田んぼがあったんですって
でもその家族両親と娘の3人家族だったらしいんですけど その家族は農業の心得とかがあんまりなかったし
そもそも田んぼはその時点ですでに手つかずの荒れ放題だったんです ああいうのって何年か放置するだけですぐにただの草っ腹になりますもんね
それでこれをもう1回耕し直してどうこうする労力とかを考えて 田んぼはそのまま放置で平屋の家でずっと暮らしていたんですよ
その家族は そしたらどれくらい経った頃からなのかは定かではないのですが
そこで暮らし始めてからしばらく経った頃に 娘さんに異変が現れたらしいんです
いやなんか憑依して叫び出すとかそういうのではなく 身体的な異変で
耳から産みが出るようになったんですって いやその当時の医療技術とかそもそも娘さんが何歳ぐらいなのかとか
まあいろいろ気になるところはある話なんですけどね 例えば娘さんが幼稚園ぐらいの年齢だったとしたら
例えば中児園とかでそうなることはあると思うんですよ よくその時期ぐらいに中児園しちゃうじゃないですか子供って
でもその娘さんの異変ってそういう生理現象みたいなこととはちょっと違うところもあって
というのもその海に混じって虫とかが出てきてたらしいんですよ
ちょうど耳の穴から出られるくらいの つまりはアリとか
あと海自体が茶色くなってなんか粘ついたみたいな感じになっていたらしくて 想像すると気味悪いですよね
それでお医者さんに見せてもそれが治ることはなく しばらくは親が家で看病する日々が続いたそうなんですよ
耳から海が出るってことは耳の中で炎症を起こしているわけですから 熱とかも出るでしょうしね
それで結局は看病の甲斐もなく娘さん死んじゃったらしいんですね
子供さんに先立たれるんだから親御さんとしてもそりゃ辛いでしょう そしたらその後もう一つ変なことが起こって
娘さんが死んじゃってからほどなくして お母さんが自殺したんです
はい こういうことを言っちゃなんですけど
私もこの話聞いた時点である程度の予想はついてたんですよ ああ子供の死を苦にしてどうこうみたいな話かなって
ただ 変なのはその自殺の仕方で
先ほどその家には荒れ放題な草っ腹があるって話をしたじゃないですか 家から離れたところにある山奥の小さな田んぼ
いや元田んぼですね お母さんそこで口いっぱいに土を頬張って倒れてたんですって
そんな死に方しかも自殺の仕方があるのかって思いますよね でも田んぼにはお母さんの足跡しかなくて
あくまでも当時の判断ですけどそれは自殺だと結論づけられたようなんです そして
残った一人お父さんなのですが 彼に関しては死体すら見つからなかったらしいんですよね
二人がそういうふうに死んじゃって 何日か経ってからお父さんも姿を消したんですが
家中どこを探しても そして田んぼや周りの山林を分け入っても足跡すら見つからなくて
これで家族全員いなくなっちゃって 結局これは恐ろしい家だ
心霊スポットへの錯覚
災いだということになってその家は取り壊すことすらされずに残っていたのだと そんな話が伝わってるんですよ
そんな家が下関にあって だからそこはやばい心霊スポットなんだと
話す人によっていろいろ細かい違いはあるようなのですが これがおおよその大枠というか話の最大公約数的なところなんです
私もこの話を聞いた時は当然半信半疑でした この話をしてくれたのは私が所属してたサークルの先輩なんですけど
例えばまあこれはそういう怪談話のあるあるみたいな部分でもありますけど そもそも出自すら曖昧な話だっていう触れ込みなのに
そこまでディティールがやたら細かく伝わっているとか 明らかに不自然じゃないですか
絶対持ってるだろこれって思ったんですよ でも
いろんな人から聞いてみる感じだとどうやらその家が実際にあることと そこに昔住んでた家族が全員妙な末路をたどっていることに関しては事実らしいんですよね
で そこに行った人がいたんですって
これは10年くらい前の話で 実際その人たちと知り合いだったっていう人も私の周りに何人かいるんですけど
当時大学生だった彼らは地元の先輩とかを訪ね回って その家の場所を突き止めたらしいんですよね
それで免許取り立てのやつに運転を頼んで 運転手含めて男3人で車を走らせたんですって
ただ途中から車で行けないような悪路になって そっからは歩かないといけないらしいんです
山道の途中に少し開けたところがあって 先には細い山道が続いてて
そこがちょうどUターンできるぐらいの広さだったから もう車を止めてそこからは歩きで家まで行こうと
まぁ実際に家まで行ったのはそのうち2人だったらしいんですけどね
というのも元々そういうホラー話が好きな大学生2人組が 肝試しを兼ねてそこ行こうぜって話を進めていたんですけど
いざ行こうとなると2人とも車の免許を持っていなかった それでキャンプとかドライブの時によく運転係りをしてくれる同期をもう一人呼んだ
みたいな経緯で集まったメンバーだったんですよ その3人って
でその運転手さん普段はガソリン代プラスお酒をいくらか持ってくれば 気前よく車を用意してくれるような人だったらしいんですけど
やっぱりその家まで行くのは嫌だったようで 夏の肝試しだからそれなりに遅い時間帯の真っ暗な山奥に車を走らせているわけで
まぁ当然ですよね 運転手さんに関してはもともと怖いのが得意なわけでもなかったようで
ここからは歩きで家に向かおうって車を止めた段階で 運転手さんはもう行かないってなったんですって
ここからはお前たちで行け俺はここで待ってるからって で
わざわざそこまで運転してくれてたわけだからそれは2人も分かった じゃあ俺らで行ってくるからって言って
2人は車の先にある山道に入って 運転手さんは車の中で待ってるっていう形になったんですよね
肝試しに行く方ももちろん怖いですけど 運転手さんも山の中で一人ぼっちなわけだからだいぶ不安ですよねきっと
車の電気をつけてイヤホンはめてウォークマンかなんかでガンガン音量上げて アイドルソングとか聞いてたらしくて
それで2人の方は車を降りてから 車が通れないような狭い山道を歩いて行ったそうなんですよ
真っ暗な中で まあ一応それなりにライトとか虫除けとかの準備はしてたらしいんですけど
そういうので紛れる類の怖さじゃないんですよね ああいう時間帯の山って
だいたい道なりにゆっくり歩いて3分ぐらいで家に着くんだそうです 見かけはもう荒れた古民家という感じで本当に手つかずで朽ちていっているみたいな状態なんですって
窓とかもすでにどっか行ってて 正直雲の巣とか床抜けとかに気をつけさえすれば割とすんなり入れそうな感じで
結局いまだかに繋がっている窓枠から入って 2人はいろいろと家の中を見て回ったらしいんです
中もまあもちろんかなりの荒れ方で 家具とかお布団とかもボロボロのまま放置されてて
畳の上にも砂ぼこりやら木くずが散乱している 要はかなり雰囲気があったんですね
でも雰囲気はあったんですけど しばらく家の中を回っても特に何かこの世ならざるものを見るようなことはなかったんですって
まあ肝試しとか廃墟探索に行ったら必ず何か見るなんてことはなくて むしろそんな経験するなんて稀な話ではあるんですけど
今から始まって玄関、お風呂、トイレ、寝室と見て回った時点で特に変わったことはなくて
ただ その二人は最後に寝室に繋がる仏間に入ったらしいんです
その時に一つだけ不思議な体験をしていて
いや 何かを見たんではないんです
何かを見聞きしたのではなく聞こえなくなったんです
穴だらけの襖を開けて その先には仏壇がある部屋が見えて
そこに一歩足を踏み入れると ふっと
何の音もしなくなったんですって
はい 元々が夜中の廃屋ですから
そもそも音という音はそれほどしていなかっただろうと思います
山奥の肝試し
でも夏の山奥なわけですから それこそ事前に虫除けをしておくぐらいにはいろいろな虫の声がしていたはずですし
二人の男子大学生による肝試しともなると
怖さを紛らわすためにもなんやかやと話をしながら歩いていたでしょう
それに朽ちた廃屋の中を土足で回っているとなると
じゃりじゃりとかギシギシとか そんな足音は一層大きく聞こえると思います
そんな中で 仏間に入った瞬間に
風の音も虫の声も 足音も
友人の声も聞こえなくなった びっくりして後ずさって
後ずさったことで仏間から出ると 音は元通りに聞こえたそうです
だから気のせいだと思って再び入ると また無音
肝試しをしていた二人 両方が同じ経験をされたとのことですので
突発的な難聴などの線は考えづらいと私は思っています
さらに不可解なのは そんな静寂の中であっても
二人とも自分自身の声は聞こえたそうなんです
自分の声は聞こえるから
おい何なんだよこれ とか友人に話しかけてみても
相手はただ口をパクパクさせるだけで
自分が今立てているはずの足音とかもしなくて
そのことがとても気持ち悪くて
二人は仏間の探索もそこそこに家を飛び出したんですって
今の窓からなのか あるいは玄関を内側から開けたのか
そのあたりは分かりませんが とにかく車へ戻ろうと
本当はこの後に田んぼを探す予定だったらしいのですが
二人ともそれを放り出して
一目散に狭い山道をガサガサと戻ったんです
行きは家を探しながらゆっくりと歩いて3分程度ですから
来た道を戻るだけの帰り道を歩き切るには
それほど時間もかからなかったでしょうね
二人が車に着いた時
ぼんやりとしたライトの灯った車の運転席では
運転手さんがイヤホンをしながら眠っていて
でも鍵は開けっぱにしてたらしくて
二人はすぐドアを開けて後部座席に乗り込んで
おい起きろすぐ帰るぞって
前の席で持たれている運転手さんの肩を叩いたんです
でも一向に起きないんですよね運転手さん
無理やりイヤホンを外して
なんなら軽く引っ叩いたりしたらしいんですけど
それでも目をつむったままで
いびき書いてるんですよ
でそのいびきがなんというか普通じゃないんですね
ひゅっかっがっ
みたいな呼吸がうまくできていない感じというか
これなんかおかしいって
二人が運転手さんを改めて見やると
車のぼんやりした明かりですぐには気づかなかったんですけど
運転手さん口の周りが不自然に汚れてたんですって
顎のあたりまでツバが垂れてて
そのツバがやけに黒く汚く見えて
二人がほとんどパニックみたいな感じで
本当はダメなんでしょうけど肩のあたりを揺さぶったりしてたら
その運転手さんの呼吸がだんだんと
胆が絡んだみたいな
ごぼっと水気を含んだ咳みたいな感じになってきて
突然に咳が止まったかと思ったら次の瞬間に
みちみちみちって
彼の口からやけに茶色くて
ネバネバした土砂物が出てきて
それと同時に涙目で咳込みながら
目を覚ましたそうです
彼、土を喉に詰まらせてたんですよ
それで二人して彼を車の外に連れ出して
事前に買ってたペットボトルのお水飲ませたり
また彼が吐いたりして
それで何とか回復したらしいんですね
運転手さんも泣きながらえずいてて
二人も何が起きてるのかわからないんですけど
でもとにかくヤバい状況だっていうのは理解してたから
もう話とかは後でいい
すぐここから離れようって
そしたら運転手さんが泣きながら
田んぼだったんだよ
そう言ったんですって
田んぼ?田んぼ?ってなって
この家のもう使われてない田んぼ?
でもさっき言ったように運転手さんはホラーの趣味がなくて
突然の異変
だからあの家の威惑とかも特に詳しく教えたりはしてなかったらしいんですよ
だからなんでそんなことを急に言い出すのかもわからない
まして二人は話とか後回しにして
早くここから離れようって言ってる状況なんですよね
でも彼は話を続けるんです
どうしよう
ここ田んぼだったんだよって
怖いから二人を待ってる間ずっとイヤホンして音楽聴いてたんだけど
そしたら急に本当に急に
運転席の窓の向こうに人影が見えて
ああ肝試しから戻ってきたのかなってそっちを見たけど
それは明らかに二人とは違う
20代後半ぐらいの女性で
笑顔で
いや怖い笑顔とかじゃなく
休日に散歩とか買い物でもしてるみたいな顔でこっちに歩いてきて
もう俺動けなかったんだよ
車の中でただ固まって震えたりすらできなかった
女の人はどんどん近づいてきて窓のすぐ外まで
運転席で右向いてる俺の目の前ぐらいのところまで来たところで
ピタって止まって笑顔のままゆっくり口を開けて
なんか喋りだしたんだよ
さっき言ったけど
俺ってその時イヤホンで音楽聴いてたから
音楽聴いた状態で固まってたから
その時も両耳からは
間違いなくらいに明るいポップ図が流れてきてたんだけど
その人が口を開いた瞬間に
それが急にふっと途切れて
お寺とかにある大きな鐘ってあるだろう
あれの音が突然両耳で鳴り出したんだよ
ゴーンゴーンって何回も何回も
窓の外では変わらずさっきの女の人が笑顔で立ってて
何かを喋ってるんだけど
何を言ってるかはその鐘の音で全く聞こえなくて
鐘の音で外の声がかき消されてるっていうか
とにかくそんな感じにずっと両耳になってるんだよ
だから今目の前で笑ってるあの人が
何を言ってるのか聞き取れないんだよ
聞き取れないはずなのに頭ん中に入ってくるんだよ
なあここ田んぼなんだよ
今俺たちが車止めてる
ちょっと山道が開けたみたいになってる場所
何年も何年も放置されて
もうただの草むらみたいになってるけど
ここ田んぼなんだよ
ここで育ててたんだよ
あれを育たなくなっても育ててたんだよ
それに気づいた時に
さっきまで喋ってた女の人が急に口を閉じたんだよ
多分俺が気づいたってことに気づいたから
その女の人を喋るのをやめて
それと同時に鐘の音も止んで
目を細めて口の端を上げて
すごく嬉しそうな声で
聞いてくれたよねって言ったんだよ
それが聞こえた瞬間から俺記憶が飛んでて
はって目が覚めたら
お前らが真っ青な顔で俺の肩揺すってたんだよ
ああそこで二人はもう話を遮るどころか
懇願したんですって
分かったもう分かったから車に乗ろう
とにかくここから出ようって
お願いだから話を止めて運転してくれって
それで三人は車に乗って
一目散に山道を降りていったんです
今その三人がどうなっているかは定かではありませんが
少なくともこの話が伝わっているということは
すぐ彼らに何か良くない出来事が
起こったりしたわけではないんだと思います
それはまあ不幸中の幸いなのでしょう
とまあ今向かってるのは
怪奇な消失
そんな話が残ってる家なんだけど
って私の先輩は言ったんです
先ほどこの話はサークルの先輩から聞いたって
言ったじゃないですか
私がこの話を聞いたのは
大学のサークルで夏に企画されたキャンプの時で
1日目の夜
肝試しに向かっている途中の車の中だったんですよ
例年キャンプの企画をするのは
サークルの3年生っていうことになってて
私は当時2年生で
キャンプをする場所は毎年変わってるそうなんです
で今年のキャンプ場から車で何十分か行ったところに
心霊スポットがあるらしいから
希望者は晩ご飯食べた後に車で向かおう
っていう話だったんですよね
結局行く人と行かない人が
半々ぐらいになったのかな
車の中には私を含めて女性が3人
男性も3人いて
この話をした男性の先輩が
今回の肝試しの企画担当だったらしいんですけど
彼は助手席に座って道案内をしつつ
道中の気分を盛り上げるために
何か怖い話でもしてよって話を振られて
さっきまでの話を語ったんです
最初はなんか今からする話があまりにも怖かったら
耳塞いでてもいいよとかその先輩が言ってて
おいハードル上げすぎだろとか
後部座席に座っている人が突っ込んだりしてて
みんなで笑ってるような
そんな雰囲気だったんですけど
話が終わった後
もうそこにいた全員というか
その先輩以外みんな押し黙っちゃって
車の中すごい空気になってたんですよ
いやもちろんわざわざ行きますって
手挙げてまで肝試しに参加してる以上
全員多かれ少なかれ
怖いもの見たさみたいなものは
持ってるわけなんですけど
そんな本当にヤバそうなところに
連れてかれるとは思ってないじゃないですか
さすがに
後で聞いたんですけど
そのキャンプの肝試しって
いつもはなんか適当な山道とかを
即席の男女ペアで回って
風の音が怖いのなんのみたいな話で
キャーキャー言うような催しだったらしいんですよ
だからそんな本当の本当の場所に行くなんて
他の先輩たちも思ってなかったんですって
それで何とか場を持たせようとしたんでしょうね
さっきまで道案内を受けてた運転席の先輩が
はっはっはって
畑目にもわかる作り笑いをして
いやいやそんなお前
いくら怖がらせたいからって力入れすぎだろ
張り切りすぎだよみたいなことを言ったんです
いやあの子に比べたら全然だよ
彼はいつもの調子で笑いながらそう言っていて
あもうこれ以上はダメだと思いました
理由もわかりませんけど
もうこれ以上この話をしたらいけない
ましてそこへ行くなんてもっての他だって
それで私はとっさに
右隣に座っていた女性の先輩に
すいません私ちょっと気分が悪くてって言ったんです
そしたらその方も多分同じようなことを思ってたんでしょうね
起点を聞かせてくれて
ねえちょっとこの子気分悪いって言ってるから
一旦車止めよう
一旦戻ってお水か何か買いに行こうって言ってくれたんです
車はもうその時点で
おそらくその家が建っているのであろう
山のふもとぐらいまで来ていて
人通りはおろか街灯すらもほとんどありませんでした
それで車にいた他の先輩とか同期の人たちも
みんなその申し出に賛成してくれて
ああ気分が悪くなったなら仕方ないね
一回戻ろうか
おっきな国道沿いに出ればコンビニもあったはずだから
気分転換も兼ねてそこ行こっかみたいな感じで
助手席で不思議そうな顔をしてるその先輩に
ほとんど有無を言わせないような形で
車は来た道を戻りました
結局そのまま車を走らせて
途中コンビニで飲み物とかアイスとかを買って
元いたキャンプ場まで帰ったんだったかな
キャンプ場に残ってた人たちは酒盛りをしてて
おおどうだった?肝試しは
あから顔で笑いながら話しかけてくるのを
曖昧に笑いながらやり過ごしました
不思議なのはあの先輩
今回の肝試しを企画した先輩が
特に何も言ってこなかったことなんです
半ば強引に肝試しが取り留められた時も
キャンプ場に戻る道中も戻ってきた後も
なんか意に返してないっていうか
いつも通りの先輩だったんですよ
ほらもしこれが何か
耳ふたぎの風習
そういう趣向のホラー映画とか小説だったとしたら
どうしてだよ一緒に家まで行こうよって
しつこく進めてきたりしそうじゃないですか
でも彼はそういうのが全くなくて
車の中でもどうにかして場の空気を盛り上げようとしてる
他の先輩たちの笑い話に
あいづちを打って笑っていて
戻ってきてからも普段通りにお酒持って
キャンプ場に残ってた人たちと雑談したり
シチリン片付けたりしてるんですよ
それが逆に不気味で
私はというかあの車に一緒に乗ってた人たちは
その後もなんとなく彼を避けているような感じでした
それでまたしばらくはサークルのみんなで
だべってたんですが
さすがに夜も更けていたので
もうこれ以降は各自の自由行動にしようとなったんですね
眠たい人はテントで寝ていいし
まだ飲みたい喋りたいって人はそれでいいしって感じで
で私は正直さっきの精神的な疲れとかもあって
すぐテント戻って寝ちゃったんですよ
ギリギリ日付が変わってないくらいの時間帯でした
テントは男女別々になってて
ちょっと離れたところにあったんですけど
女子の人数分並べられた寝袋の一つに入って
モバイル充電器にスマホをつないで目をつむって
それからの記憶はほとんどないので
割と早くに寝入ったんだと思います
ええだから山口県を舞台にした会談として有名なのは
やはりこの話になるのかもしれませんね
おそらく物語の全部を知らなくても
例えば体中にお経を書く場面とか
耳を持っていかれる場面とか
そういう部分部分では知ってるという人は
それなりにいるんじゃないかなと思うんですが
あれが大筋でどういう話かというと
まず盲目のお坊さんが主人公なんですね
彼は美話奉仕と言われる
美話の弾き語りが得意なお坊さんだったわけですが
その演奏は好か不好か
悪霊をも魅了する技量だったんです
それである夜に彼は武士を名乗る人に招かれて
高貴なお屋敷へ美話を弾きに行く
目が見えないからそこがどういうお屋敷で
どういう人が集っているのかは
よくわからないのですが
彼の演奏に痛く感動している様子だ
というのは伝わってくるのですね
それで彼は毎夜お屋敷へ出向き
演奏を続けていたんですが
これを不審に思った和尚さんが
寺の雑用係に後をつけさせたところ
なんと彼は夜ごとにお墓へ出向いて
無数の霊の前で美話を弾いていたと言うんですよ
これは大変だ
このままでは彼が霊に取り殺されてしまう
ということで和尚さんや見習いのお坊さんなんかが
総出で彼の前身にお経を書いたんです
いわくお経が書かれてあるところは
怨霊に見えないからと
後の展開は有名ですよね
また夜になって彼が一人で自室に座っていると
いつものように武士というか
武士の怨霊が彼の元を訪ねてくる
しかしお経を書いているから
武士には彼の姿が見えない
見えないのだけれど
耳だけは見える
そう耳にお経を書き忘れていたんです
暗闇の中で彼の耳だけが見えていて
姿が見えないのならばせめて耳だけでもと
武士は彼の耳をもぎ取っていったんです
そして明け方に和尚さんは彼が耳
耳があったところから血を流して倒れているのを見つける
一部始終を聞いた和尚さんは泣いてその悲霊を詫びたそうです
やがて方々のお医者さんが治療にあたって
まあ耳はなくなってしまったにしても
傷自体は癒えて彼の怪我は回復しました
この逸話は広く知れ渡り
多くの人が多額の報酬を携えて
彼の美話を聞きに来るようになって
彼は何不自由なく過ごしました
めでたしめでたし
大体の流れとしてはこんな感じでしょうかね
ええ私も大好きな怪談話なんですよ
面白いですよねこれ
この怪談話の面白いところって
まあいろいろありますけど
やっぱり目が見えないっていう要素を入れてるところは
少なからず特徴的ですよね
何の変哲もないものだと思っていたら
実は恐ろしい存在でしたっていうのは
今でも怪談とかホラーでお決まりのパターンですけど
ただの武士だと思っていたものが実は音量で
目が見えないからそれに気づかなかったっていう
だからこの話って
怖いシーンも基本的には
目の見えない主人公が語ってることなんですよね
主人公が盲目だから
耳を取られる場面とか
彼が夜に一人座ってて
その周りで音量が仕方ないから耳だけ持って行こう
とか一人事を言ってて
そこから彼がいろいろと類推した内容を
朝になって和尚さんに話してるわけじゃないですか
なので例えば彼の耳を持って行った武士の音量が
実は人間だったとしても
彼はそれを知るよしもないですよね
だって視覚情報がないから
みんなで示し合わせて人芝居打って
人間が音量のフリをして耳を削いだりしても
少なくとも本人に気づかれることはない
いやあの話がそうだって言ってるんじゃないですよ
抜け落ちた情報を間違った情報で埋め合わせるのは
それだけ簡単だっていうことです
俺実はお前に金貸してたんだよって
記憶喪失の人に詰め寄るみたいに
ありもしない景色を盲目の人に教えたり
言ってもいない約束を老の人に伝えるなんてことは
ちょっと悪意があればいや悪意がなくても
誰にだってできることなんですよ
たぶん
事例3
山口県豊浦郡の耳ふたぎ
耳ふたぎ耳ふたげと呼ばれる民間呪術は
中国地方に限らず広い地域に伝わっているが
その多くは死に際しての清め
役払いとしての意味付けがなされている
同じ村同じ地域に住む者が死んだ時には
餅や団子を作りそれを耳ふたぎ餅
耳ふたぎ団子などと称し
その団子を用いて自身の耳を塞ぐ
地域によって異動はあるが
この時には独協や唱え事を行う場合が多く
そのため耳ふたぎ自体が死者の汚れや
意味を払い落とすために行われる
呪法の一種として捉えられていたのだ
とも解釈できる
事実耳ふたぎに際して唱えられる呪文としては
ええこと聞け悪いこと聞くな
というものが広く伝わっているが
これは耳を塞ぐことによって悪いこと
すなわち死の知らせや汚れを耳に入れないようにする
まじないであると考えるのが自然であろう
例えば葬儀を開始するに当たっての合図として
寺の鐘が10回鳴らされるとき
首営庄の時に近隣の家々に住む人々が耳を塞ぐ
という勧告の残る地域が複数存在するが
この種族も多くは耳ふたぎの類型として考えられる
しかし本校で紹介する山口県の製法
豊浦郡に伝わる耳ふたぎの風習は
それらと性質を異にしている
まず大きな違いとして豊浦郡の耳ふたぎは
死者が仮葬される前
すなわちツヤの席において死者に対して行われる
すなわち死者と同じ地域に住む者たちが
自らの耳を塞ぐのではなく
彼らの手によって仏前の布団に寝かされた
死者の耳が塞がれるのである
この地においても
餅を死者の耳に詰める際には
ええこと聞け、悪いこと聞くな
の呪文が唱えられるが
これは今から彼岸へ旅立つ死者にとっては
聖者の悲嘆や未練とは悪いことであるためだと
説明されている
さらに耳ふたぎに使う餅米は
特別に失来得られた田畑で育てられており
それは通常の米などを育てる畑とは
離れたところに作られる
耳ふたぎが死の穢れを防ぐための風習であるためか
多くの場合でこの田畑は忌避されており
餅米の栽培や管理も
限られた人員によって行われていたという
ここで栽培される米は
ほとんど食用として用いられることを
想定していないため
基本的には不毛な土地や
田畑としての開墾に向いていない土地が
栽培に割り当てら…
ああ純塩のがんかけですか
はいはい知ってますよ
この地域だと結構有名ですね
山口県豊浦郡の耳ふたぎ
両親も祖父母も経験したって言ってました
両親が子供の時にはすでに
昔から続いてるみたいだから
とりあえずやっておこうみたいな
田舎の伝統行事にありがちな
モチベーションになってたらしいので
まあだいぶ歴史はあるんでしょうね
いや別に儀式というほど
大行なものではないですよ
もし何か土着の怖い
飲酒みたいなのを想定していたら
申し訳ないですけど
儀式っていうかなんだろう
感覚としては足腰が強くなるようにって
1歳の誕生日にお餅を踏ませたり
赤ん坊の前にソロバンとか筆とかを置いて
この子は真っ先にソロバンを取ったから
将来は商売上手になるぞっていうような
本当に眼かけみたいな感じですよ
それは二人一組親子でやる風習なんですけど
いえ特に誕生日になったらやるとか
生後100日のお祝いだとか
そんな明確な日取りは決まっていなかったです
元々は厳格な決まりがあったのかもしれませんけど
少なくとも私たちの世代には
伝わっていないですね
なんか幼稚園から小学校に上がるか上がらないか
ぐらいの時にそろそろやっておくか
みたいな感じでやり始めるんですよ
親がですね
母親でも父親でもいいんですけど
子供の両耳を両手で塞ぐんですよ
そうして耳を塞いだ状態
つまり子供には聞こえていない状態で
縁起のいいことを言うんです
例えばこの子は将来出世するとか
大病を煩わないとか
でも耳は塞がれてるわけだから
親が言ってることは聞こえないじゃないかって思いますよね
ただそこがこの風習の肝みたいなところで
簡単に言うと
そこで耳を塞がれた子供が
親の言ってることを当てられれば
親の言った内容が成就するよっていう眼かけなんです
つまり耳を塞いでも聞こえてくるってことは
そこには神秘的な力が働いていると考えて
そこで伝えられた内容は
いわばお告げみたいなもので
神様仏様がどうしても伝えたいことなんだって
解釈していたらしいんですよ
だから例えば耳が聞こえない状態でも
この子は将来出世するって聞こえたんなら
それは神様仏様がどうしても伝えたい
お告げみたいなものだからきっと叶うだろうと
そういう占いっていうか眼かけなんですよね
でこの眼かけのことを
ここら一体では純言って言うんです
確か元々は仏教用語で
仏様の導きに従って
良い将来を迎えるみたいな意味らしいんですけどね
ただまあもちろん耳を塞がれてるのに
言ってることがわかるなんて
そんな芸当ができる人はそういませんよね
だから普通は失敗続きのはずで
だったら風習として成立しないじゃないかって話なんですけど
その辺もだいぶ境外化
簡略化されていて
耳を塞いで子供に向かって話しかけるわけですよ
例えば子供の長寿を願った親が純言に臨んだとして
その人が子供の耳塞いで
お前は将来長生きするって言ったとします
そしたら事前に紙とかで同じ内容を書いておいて
それを子供に見せておくんです
その状態で純言をして
親が言い終わったら耳から手を離して
耳塞ぎの成就
さっきお父さんお母さんは何て言ってたかって聞くんですね
そしたら子供はまあさっきも言った通り
小学校行ってるか行ってないかぐらいの年齢のことが多いんですが
台本を見て
それで受け答えをすると
そういう風な大人たちの意向を汲み取ってくれる
お利口な子だったらいいですけど
まあ大抵は耳塞がれた時点で機嫌損ねちゃったり
紙を見せてもポカーンとしてたりするんですよね
ただ結局は境外化した風習なので
そうやって長生きするみたいな顔を見せつつ
シクファックしてる親の様子とか
僕お菓子食べたいみたいに第一声で言っちゃう子供を見て
みんなで顔をほころばせるような
少なくとも今はそういう行事になってますね
まあ耳は塞がってるけど音は聞こえる
なんて状況はそうそうないですからね
当然ですけど無理やり耳を塞がれてるってことは
外の音は思いっきり遮断されてるわけで
そうなるともう自分の声ぐらいしか聞こえないじゃないですか
え?
ふたぎ?
あー耳ふたぎですか
確かにそう言われてみればちょっと似てるところもあるかもしれないですね
ええこと聞け悪いこと聞くなってやつですよね
いやいやさすがに今は少なくとも本格的に
耳にお餅詰めてみたいなことはやってませんよ
なんか怖いし衛生的にもアレだし
たまーに古い家柄のおじいさんおばあさんが亡くなった時なんかに
切ったお餅を個人の耳に当てる仕草だけやってるのを見たことはありますけど
まあ現代ではそれぐらい慣例的になっていますね
あーそうそう
それで思い出したんですけど
巡演って基本的には明るいうちに行われるんですよ
大概はお昼時ですね
理由としてはまあ夜だと子供にぐずられる可能性が高くなるっていうのもあるんですけど
あともう一つ
夜はふたぎどきだからダメだって言われてて
ええふたぎどきです
ふたぎどきのふたぎはさっきの耳ふたぎと同じですよ
ふさぎどき
ふさぎどきに巡演をしたらいけないって言われてたんです
ほら夜って日が落ちて暗くなるじゃないですか
暗くて目を開けていても視界がおぼつかなくてよく見えない
だから夜は怖いとか幽霊が出るとか言われて
それこそ土着の風習とか言い伝えになってたりもするわけですけど
でもうちの地域だと夜だから幽霊が出るとはあんまり言われてなかったんですよ
むしろ逆
幽霊が出てくるから夜になるんだって言われてたんです
幽霊おばけ
まあ呼び方は何でもいいですけど
そういう私たちとは違う存在が出る時間帯になると
何かがそれを見ないようにと人間の目を塞いでいるんです
それが夜ふさぎどきっていう時間帯で
私たち人間がそんな時に耳まで塞いでしまったら
もう完全にあっちの涼文に入ってしまうから
だから夜には巡演というか耳を塞ぐことが避けられていたんですよ
要はまあ隅分けですよね
ほら例の耳ふたぎも生きてる人と死んでる人では価値観が違うからって
どっちかの耳を塞ごうとするんですよね
夜をあちら側の涼文だと解釈して遠ざけるのも本質的にはそれと同じで
だから目で見えないものとか耳で聞こえないことを無理にしろうとするのは
文字通り聞き分けのない行いなんですよ
聖願
あかりちゃんがあのようなふうになるのは7月の終わり頃のことです
そこに餅はもうないと何度言っても夜になるとあそこへ行って
土をほっくり返して詰めるようになった
アリやクロムシが指を這い回るのにそうするので
耳の中でガサガサと音がしていました
いてください
聖願
花さんがお願いとし出すのはその後です
自分の娘が可愛くなかったから
純縁にならないでくださいと言って添いでいました
純縁にならないでください
聖願
香さんがふたげなかったのはその後です
極楽と地獄どっちも行けなかったのもその後です
香と花と明かりをください
お願い
香さんが見かけれたらすぐ
知ってないようにして私に言ってください
耳を塞いでください
それでキャンプ用テントに戻ってすぐに寝て
起きたら朝で携帯を見たら8時過ぎでした
だからたっぷり8時間ぐらいは熟睡してたんだと思います
周りを見るまでもなく私以外は全員まだ寝てて
テントの外では鳥が鳴いて葉っぱがザリザリ揺れてとても静かでした
プライベートでも日付が変わる前に寝ることはあんまりないし
元来枕が変わっても熟睡できるタイプだったので
割とすっきり目が覚めたんですよ
でちょっとトイレ行きたくなって寝袋から出たんですね
寝息を立ててるみんなを起こさないように
そーっと寝袋から出て靴を履いて
トイレはキャンプ場備え付けのコインシャワーの隣にあって
そこまで歩いたんです
女子トイレは個室が3つあって全部空いてたので
一番手前側つまり出入口の扉に近い方の個室に入ったんですよ
それで夜を終えて席を立って
個室のドアに手を掛けようとした時
ねえ
個室の向こうから声がしたんです
正確に言えばトイレの出入口のあたりから
それは私の同期の女の子の声でした
昨日の男女3人ずつの肝試しで一緒になった人
私が気分悪いですって言ったら
車を止めてくれた女性の先輩ともう一人
先輩は後部座席の右隣に座っていたのですが
彼女は左隣に座っていて
気分が悪いふりをしていた私の身を案じて
肝試しの帰り道でもいろいろと話しかけてくれていました
私は個室の向こうで彼女の声を聞いて
あれ?テントから出る時に起こしちゃったかな?とか
もしかしたら私みたいに早起きして
隣のコインシャワーでも借りてたのかな?とか思いました
どうしたの?と私が答えると
私さ、あの肝試しの時
あの先輩の話を聞いているうちに
だんだん怖くなってきて
彼女の声と足音はゆっくり
私のいる個室の前まで近づいてきていました
もう聞きたくなくて
途中から先輩が話してる間
ずーっと耳塞いでたんだよね
ほら、あの先輩もそうした方がいい
みたいなこと言ってたし
彼女の声は世間話でもしているような
要はいつもの声の調子でした
そしたら耳塞いでる間
耳塞いでるのに声が聞こえたんだよ
あの先輩の声じゃなくて
いや、そもそもその場にいる
誰とも違う男の人の声で
ずっと聞こえてて
扉を一枚隔てたすぐそこで
あの子は話を続けます
なんていうのかな
お葬式の時にお坊さんがお経読んだ後にするみたいな
今日は誰々が亡くなってどうこう
みたいな言葉をね
永遠と聞かされるんだよ
だから耳から手を離したら
今度はあの先輩が喋ってるのが聞こえてくるでしょ
返事をしたり
彼女に声をかけたりすることすらできずに
私はただ固まっていました
怖くておかしくなってるんだって思おうとして
また耳を塞いだら
それでも声が聞こえてくるんだよ
だから私話をしてるその人がね
ずっと笑いをこらえてるみたいに
喋り続けてるおじさんの声がね
本当に本当に嫌で
だから気分悪いって言ってるから
肝試しやめるって
失神と目が覚め
車が戻った時に私すごい安心して
ああやっぱり私だけじゃなかったんだって思ったのにね
バンとすごい音がして
その後扉がカタカタと揺れました
あの子が扉を叩いた
いや殴りつけたんだと少しして気づきました
ねえ嘘ついてたんだよね
だってあんたのとこには全然来てなくて
あんたずっとグーグー寝てたんだもんね
寝れるわけないじゃん夜なのに
あいつずっと来てたのに
先輩もそれは詳しく喋れるはずだよね
あんだけずっと聞かされてたら
何回も何回もバンバンと扉を殴る音がしていました
車がさ山のふもとから引き返す時にさ
ねえ見えてた?見えなかったか?
あんたは真ん中だったもんね
私左の窓際に座っててさ
車は右回りにUターンしたからさ
私んとこの窓から道が見えてたんだよ
最後の最後まで
だから私には見えたんだけど
あの道の先の山の入り口のとこにさ
男の人が立ってたんだよ
中年ぐらいの知らないおじさんでさ
その人その人も両手をだらーって下げて
両手が耳塞いでニヤニヤ笑いながら
こっち見てたんだよ私を
ねえ
と彼女は一際声を張り上げました
私ささっきからいくら洗っても取れなくなってて
そこで私はもう無理だったんです
理解できる許容量というか
キャパシティみたいなものを超過してしまって
ふっと意識が途切れるように目の前が安定しました
恐怖で失神するって本当にあるんだなと
帰り道と先輩の行動
後になって思ったんですけど
次に目が覚めた時
私はまだ個室の中にいて
下ろした便器の蓋の上に座ったような状態になっていました
外からの音とかはしなかったから
恐る恐るドアを開けたら
案の定私以外には誰もいなくて
でも個室から出てドアの外側を見たら
私の目の高さぐらいのところに
乾いた泥みたいなのがこびりついていました
テントから戻ったら
だいたい午前9時過ぎ
つまり私がテントを出てから
だいたい1時間ぐらい経っていて
ちらほら起きている人も出てきていました
あの先輩もあの同級生の女の子も
特に変わった様子もなくて
いつも通りに断消していましたよ
みんな二日酔いだ頭痛いとか言いながら
テントとかの後片付けをしてて
いつも通りのサークルの雰囲気でした
結局10時半ぐらいに解散になって
各自が行きで乗ってきた車とかバイクに乗って
帰宅することになりました
7、8人ぐらい乗れるような車を持ってる人たちが
荷物の運搬係をしてくれていて
免許持ってない人とか
車出すのが面倒な人は
各自ガソリン代を払って
それに同情するって形式で
私は免許持ってなかったので
その車に乗せてもらっていたんですよ
さあ帰ろうってなって
私たちのサークルの車とかバイクが
何台か連なって
お昼前の道路を走って行きました
まあキャンプ場の道のりからして
大学近辺の市街地に出るまでは
基本的に同じ道を通ることになるんですよ
ただその帰り道で
まだ市街地に出てすらいないのに
1台だけが違う道にそれました
あの時助手席に乗っていた先輩が
乗っているバイクだけ
明らかに町からは遠ざかるルートに
それて行ってて
それあの家に行く道順なんですよ
正直そのことに触れるのも嫌だった
怖かったんですけど
でも明らかにダメですよね
そんなことが起こったら
絶対に先輩の家は
というか今も人が生活しているような
人家ってあの道の先にはないんですよ
それくらい人気のない山道を進むんですよ
あの家に行く時には
しかもなのに
みんな何にも気にしていないような
雰囲気で雑談してて
その車に乗ってる人の中には
肝試しに参加してた人も
参加してなかった人もいたんですけど
仮に昨日のことを知らないとしても
先輩の行動を不思議には思うはずなのに
なんでわざわざあの道を行くんだろう
とか
トイレ休憩かなとか
そのくらいの会話はあっていいじゃないですか
なのにみんな気にも止めてなかったんです
だから私は同情してた人たちに声をかけました
最初は声がかすれて
サークルを辞める
楽しそうに喋ってるみんなに聞こえなくて
もう一回あのって声を出したら
今度は場違いなほどに大きな声が出てしまって
車の中が一気に静かになって
みんな不思議そうに私の方を見てて
私はあのすいませんって話しかけました
先輩あの先輩大丈夫なんですか
あの道いえ家が違うから
昼下がりの道路を走る音だけが響く車の中で
情けないくらいに震えた
私の声だけが聞こえていました
彼らはキョトンとした顔で
私の話を聞いていましたが
やがてお互いに顔を見合わせて
ふっと軽く吹き出すようにして
どっちが違うかもわかんないのにね
そう言って笑いました
結局その出来事をきっかけにして
私はそのサークルを辞めました
もう聞きたくもない