1. SCP話
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2023-09-21 26:18

#191 Tale-JP - あいびき【リクエスト】

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紹介SCP/Tale

タイトル: あいびき
作者: aisurakuto
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/aibiki
作成年: 2020
ライセンス: CC BY-SA 3.0

SCP財団とは: https://ja.wikipedia.org/wiki/SCP%E8%B2%A1%E5%9B%A3

©︎SCP財団 http://ja.scp-wiki.net/

#SCP #オカルト #SF
00:05
スピーカー 2
「テイル、JP、あいびき、あたごやまには鬼がいる。高校の時、地理の教師がそう教えてくれた。
日の差す午後、京都から出たことのない俺の関心はグイッと動かされた。
何でも堀川の市城戻橋に現れた茨城童子という邪気が、宙を蹴って相手の剣士を連れ去ろうとしたのが、あたごやまらしい。
ついでに鬼門などの風水の習慣が中国より入ってもなお、世俗の人々は霊魂の門が犬井、つまりは北西にあると考え、恐れていたそうだ。
平安京を中心とした場合、京の犬井には事実としてあたごやまがある。
他にも曰くつきの話題に溢れていたはずだが、詳しいことは忘れた。 あたごの鬼の話を思い出したのは、そのあたごやまで自分を霧に囲まれてしまったからだ。
晩を止めて早1時間、景色は最初よりも濃密な白に埋もれている。 この有様ではどうすることもできない。
注意して走らなければならない山道だというのに、対向車すら見えない状況はあまりにも危険だ。 ヘッドライトの黄色い光はあっけなくノームに遮られていた。
焦りがハンドルを握る手を震わせる。 腹底から吹き上がる煩わしさに耐えかね、車を飛び出した。
歩いていこうとして、一旦木ビスを返す。 車の後ろに回り、ドアを開く。
荷室と同化した黒いボストンバッグを肩に担いで霧へと潜り込んだ。 歩くたびに重量が肩を通して体に刻まれた。
霊気が顔に張り付く。 微かに見えるアスファルトと木々を頼りに夢中を行く。
一向に変化のない情景。 静けさが俺を追い立てるので踏み込むことに迷いはなかった。
木々の途切れ目を発見する。 霞んで見える土の色から森林へ入れる道だと判別できた。
03:07
スピーカー 1
足元で鳴る音は柔らかになり、砂利が擦れて細かく響く。 露出した地面は固められていて、
スピーカー 2
獣道の類ではない。 道は急勾配に差し掛かって、
大きく足を動かすごとに桃が刺激される。 担いだ鞄を両手で抱え、重みは背に預ける。
しばらく下を向いていた。視界の末端、前方、奥。 平らな面が挟まれ、そこは石畳になっていた。
灰色の面は続くようだ。 瞬間、石畳の方からかすかな擦れの音が鳴り、耳に届く。
俺ははっとして身をかがめた。 音はとどまり、耐えることはない。
動物ではなく、人間だろう。荒れた息をこぼす口を押さえつけると、 熱と歓喜が顔の近くでないまぜになった。
スピーカー 1
石畳の高さから頭を出してはいけない。 かがんだまま後退し、
鞄の片ひもをつかんだ。 音を立てぬようひもをはずし、
鞄を茂みへと下ろす。 カサカサと虫のさざめきに似た微音だけが渡って、
スピーカー 2
鞄は緑に隠された。 大きく息を吸っては吐き、俺は立ち上がった。
抱えるものがなくなり、軽い体は風に押されて前へと移る。 タンッと石と足が打ち合った。
スピーカー 1
音を鳴らしていた町本人もそれを察知して、 こちらへと寄ってきた。霧の向こうから姿を現したのは、
スピーカー 2
けさを着たハゲ頭の男だった。 竹ぼうきを持つ右の手首には珠が巻かれている。
まぶたの厚い目で俺を見て口を丸く歪めた。 老梅はにじみ出ている。
どうされましたか。 ひどく疲れているようですが。
スピーカー 1
いや、実は車で走っているところを霧に巻かれてしまいまして、 動かすのも危ないので、どこか仲間に連絡を入れられる場所を探していたんです。
06:01
スピーカー 2
携帯の充電切れちゃって。 それは大変でしたね。
スピーカー 1
うなずいて男は手を袖の内に入れた。 私はその先にある寺で住職をしているものです。
スピーカー 2
良ければ寺の電話を使いますか。 助かります。ありがとうございます。
霧が晴れるまでその寺とやらで待とう。 天気が回復したらまたカバンを取って移動しなければならない。
住職は俺に先立って歩き出す。 先は階段になっていて、俺は後ろ姿を見上げる格好になった。
スピーカー 1
本日はどうしてあたごに。 山道を通り抜けようとしたんです。
スピーカー 2
山の天気は変わりやすいと言いますが、まさかこうなるとは。 のんきな風に言うとそれにつられてか住職も笑い声を漏らす。
浮世から遠く離れた山は我がままに変わるものです。 絶景を見せたかと思えばこの通り一寸先も見えなくなりもする。
人の生涯のようですなぁ。 説法は無責任に神官へと放り込まれた。
あなた、お若いですね。 お年は?
スピーカー 1
26です。それが何か? 気になっただけです。
スピーカー 2
うむ。20代半ば。 その頃の私には交際相手がおりましたなぁ。
その言葉が投げられた時、無意識のうちに足が止まった。 距離が生まれ住職の姿が霧に厚塗りされる。
取り残されぬように歩調を戻すと彼の声が聞こえた。 笑いを含んでいた。
いらっしゃいますか? 配偶者か。恋人は?
スピーカー 2
いませんよ、もう。 食い気味に返してしまった。
奥歯を噛み締めて相手を睨むが、物柔らかな調子は相変わらずだった。
おお、そうなれば昔はいらっしゃったんですね。 声は浮ついている。
そうのくせに、と心で吐きつつ、間ができる前に口を開いた。
09:07
スピーカー 2
はい、昔ですけど。
相引きは? 間髪入れず、住職は質問をよこした。
聞き慣れない単語だった。 何ですか、それ?
今風に言うと、デートのことです。 それって、今聞くことですか?
いいではありませんか。寺まではしばらくかかります。 なにせ、山に籠っていると若い人の話を聞く機会もあまりないんです。
恋人とのデート。 今となっては考えることすら苦しかった。
スピーカー 1
心臓と肺に細い糸が何重にも巻き付けられたかのように、呼吸が重くなる。
スピーカー 2
避けたい話題だった。大して面白くないですよ。 それはあなたが決めることではありません。
人の恋沙汰というのは大抵愉快なものです。 寂しい道中も退屈でしょうし。
俺は話したくありません。 促す言葉を強く断ち切った。
張った声が辺りに広がって、沈黙に溶ける。 住職も振り返って立ち止まっていた。
厚ぼったい目が、 欠限と恐怖を交えているように思えた。
「母?」と乾いた笑いを挟み、 住職は軽い調子で謝った。
再び話を始めたが、俺から言葉を投げはしない。 ある程度石段を登ったところだった。
「寺まではもうすぐです。」と告げてから、 住職は俺を見合った。
「あの、よろしかったのですか?」
「何かありましたか?」
「きっと考えがあっての上だと思うのですが、 先ほどのやり取りで気まずいと感じているのか。」
討って変わって、切り出し方はタドタドしくなっていた。 一泊、二泊。
空白の時間を差し込んでから、言った。 「鞄を置いてきたままでよろしかったのですか?」
12:02
スピーカー 2
聞くや否や、粉々になって崩れ落ちるような脱力が、 足先から順に全身を呑んだ。
しかし、それをあらわにすることは許されない。 まだカバンと茂みに入れる動作を見られただけだ。
隠した時と同様に、密かに深く息を吸った。 外気が爆裂的に躍動して熱を帯びる臓物を冷やしていく。
「大丈夫です。持ってくるには重い荷物なので置いてきたんです。 この霧なら誰も盗みませんよ。」
「はあ、でもそれなら車に入れておけばよかったのでは。」 頭を傾け、住職は俺を見つめる。
俺は口を結んだ。 これ以上、下手な反論を打つ気にもなれなかった。
しばらく考える仕草をして、そのハゲ頭を掻く。 コクリとうなずき、完全に俺へと向き直る。
何にしても私が取ってきます。 寺はすぐそこにありますから、先に上がっていてください。
俺は腕を住職にかぶせるように開く。 阻まれ、驚いた住職は目を見開いた。
「いいんです。これ以上迷惑はかけられませんから。」 迷惑だなんて、私はただ来客の荷物なら運び入れようと。
そこまで言いかけて、住職は後ろ歩きで段を登る。 「鞄に一体何が?」
スピーカー 1
変なものは入ってませんよ。 こちらの脳も冴えた思案は当分不可能だろう。
スピーカー 2
高まった迫動と緊張が体内に入った空気を圧迫し、 開いた口の隙間から息が吹き出た。
極度の焦燥が体を揺らし、抑えつけようと拳を固める。 思わず口走った否定は、自重を飛ばしたくなるほどだ。
中身が変かとは誰も聞いていない。 短い悲鳴を発し、住職はひるがえって階段を登り始めた。
年齢を重ねているだろうに早い。 あっという間に霧に消えてしまった。
我に返って俺も石を蹴った。 電話を借りるかと誘った相手だ。
15:05
スピーカー 2
寺に電話線は引かれている。 車に戻っても特徴を控えられたら無意味だ。
残っている力を足に込め、ふるう。 駆け上がる。
石段を踏んづけ、飛んだ。 霧に覆われているせいで距離の目処が立たない。
途方もなく長い道を走っているような感覚に囚われる。 関係ない。とにかくあの坊主を止めなければ。
スピーカー 1
ここまで完璧に遂行してきた。 妨げねばならない。
スピーカー 2
ひたすらにそれまで希釈されていた殺意を自身の内側で撹拌させ、走り続けた。
スピーカー 1
段が終わる。 足裏には平面の感覚が伝わるが霧は消え失せない。
寺など見つけられそうにない。 荒れた息遣いが白に散り、
スピーカー 2
最中にも時は刻々と過ぎる。 頭を振り、方々を向いては目を凝らした。
階段の方角も階段から見た正面の方角も、もはや自分がどこにいるのかすらもわからなくなってしまった。
スピーカー 1
とにかく道を欲した。 一点、霧の薄い箇所を見出す。
スピーカー 2
まるで引き寄せられたかのように、俺はそこへと駆け出した。 眩い光が瞳に飛び込み、思わず瞼を閉じた。
ゆっくり目を開ける。 俺の上方には青空が広がっていた。
スピーカー 1
霧などない。馬鹿笑いしたいほどの快晴だ。 見渡せば目の前は開けた空間になっている。
雑木林に囲まれ、地面には芝が広がる。 季節外れの陽気までが肌に働きかけていた。
スピーカー 1
既視感があった。 俺は阿多御山に来たことはない。
スピーカー 2
しかし以前ここを訪れた記憶がある。 それはここではない別の場所だ。
粘着質でまとまらない思案に頭をのっとられ、意味もなく視線をずらした。
スピーカー 1
長髪の女が佇んでいた。 カジュアルな春物衣装が。
スピーカー 2
草木と共に音符を受ける。 服に目立つ柄は何もなくて、だからこそその微笑みが引き立っていた。
緩く結ばれた口元が俺を締め付ける。 力が抜け草の上に跪いた。
18:09
スピーカー 2
視界から外せばいくらか楽になるのだろう。 首をネジで固定されたほどに俺は視線を止められた。
スピーカー 1
汗と一緒に手のひらで生温かさが湧いてくる。 握りやすい。
スピーカー 2
滑らかで柔らかい。 引きずり出された感触。
指は自然に曲がり、 透明な髪を筒状に丸めたような手になった。
スピーカー 1
そんなつもりじゃなかったんだ。 かすれた声が出た。
スピーカー 2
丸めた手をその形のまま合わせる。 それでも彼女は変わらず微笑んでいる。
スピーカー 1
あの日の初めてのデートから何一つ変化を起こさずに、 全ては悪夢だったのか。
スピーカー 2
そう納得しようとしたが、指の関節から毒々しい体験は拭えなかった。
染み付き、後になっていた。 どうすれば彼女に許してもらえる?
スピーカー 1
仕掛け人は誰だ?このあたご山か? 何を望んで俺を最大の幸福で照らすのだろう?
スピーカー 2
思考が混戦し悲惨しているのが自分でも理解できた。 立ち上がった。
スピーカー 1
おぼつかない足取りで草を踏む。 菩薩にすがる神徒みたく、
スピーカー 2
傾く体育の勢いに任せて突き進んだ。 腕は突き出され、彼女の首へ向けられていた。
自覚した時にはすでにその姿勢だった。 ジャラッと砂利の鳴る音が足元で起こる。
前のめりに俺は倒れた。地面が間近に迫る。 衝突の寸前で春の草原は粉々になって舞い散った。
甘い香の香りが鼻をくすぐって、 俺の体は何にもぶつからずに底を過ぎる。
落ち続けていると気づいたのはその直後だった。 霧、灰色の風景。
腹の方を見やれば、添やな岩肌が遠くにあった。 火砲から吹きつける風は冷淡に、宙に放り出された俺を抑えていた。
もがいても、掴むものなど何もない。 殺意も怒りも、極小の快好と幸せも、体から抜け出ていた。
21:01
スピーカー 2
空っぽになって俺は顔を真下へ向けた。 阿多子山には鬼がいる。
枯れた土を見据え、俺はその言葉を反数した。
船越さん、いささか悪趣味ではないですか。 煙が湿る中、男は眉を寄せて呟いた。
上着の裏ポケットからセンスを取り、目の前を仰いだ。 仰がれた煙は一層早く部屋の上方に溜まり、換気扇へ吸われていく。
消される煙の内側では、まだ阿多子山の風景が続いている。 職前に狩りの様子など見せるものではありません。
狩りだなんて、とんでもないですよ、六角さん。 船越はふくみ笑いをすると、右手でハゲ頭をかいた。
もう片手はホウロの上に置かれていた。 まんだらめいた装飾が施された蓋を抑えるうちに、
吐き出される色付きの煙はだんだんと減っていく。 腕を下ろすと、巻いた呪図が机に当たって音が起こった。
スピーカー 1
ずれかけた御上下さの肩紐を直し、にこやかに六角を見る。 私は仙台からの異常品を用いて、悩める和コードをすくったのですよ。
スピーカー 2
直接手は挙げていません。 煙が止まったのを確認し、船越はコウロを懐へしまった。
コウロを使って巻き込んでおいてか。 第一、この日のあたご山は晴れていたと聞いているぞ。
山の天気と同様に、彼が犯した罪は変えられませんでした。 処理も不完全で、捕獲されるのも時間の問題でしたよ。
その前に罪を食いてもらおうと、霧で囲った上で絶景を見せた。 しかし、彼は不幸にもその最中に行ってしまいました。
ならば、それをザクロとして食ってやるのが、弔いというものです。
似た似たと、テーブルを囲うように座る十人の男女を眺める。 狸に似た目で、船越は特に部屋の採用に座るウキタを注視した。
ウキタは黙したまま何も言わない。 あちらから異論がないなら、これ以上非難されることもあるまい。
24:05
スピーカー 2
生草坊主か、とだけ愚痴って、六角はタバコをくわえた。 手が上がる。
やつれた顔をした女。 空き角乾いた手だった。
最近の会合、犯罪者のザクロが続いていませんか? 提供の都合で仕方ないとしても、クラブの貴品に関わるのでは?
ご安心ください。本日半分は精錬潔白なものですので。
ククッと船越が声を立てたところで、ワゴンが部屋に侵入する。 紅が付着しているコックコートを着たシェフがその横に立つ。
スピーカー 1
ウェイターが料理を運んでいる間、彼は話し始めた。 本日は少々手間がかかりました。
落下死した男のザクロは肉体が飛散し、切断されていた女のザクロは血のほとんどが流出していましたから。
砕けた骨や混入した砂は摘出しましたが、内臓など含め過食部位が少なく、別個に仕立てることは困難でした。
けれど、満足していただける方法を用意しました。 会員の正面に鉄板が置かれる。
熱を保って、その上の物体を未だに焼いている。 両者のザクロを合わせて調理しました。
スピーカー 2
何やら不幸な別れがあったようですが、恋人たちは再会したのです。 こもった感情はさぞ味を引き立たせることでしょう。
スピーカー 1
パチパチと、 表面に流れる肉の油が弾ける。
スピーカー 2
しつこさも臭みもない。 芳醇さをうかがわせる匂いが鉄板でほとばしる。
船越は手を合わせた。 相引きザクロのハンバーグステーキ、ご賞味ください。
26:18

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