ソロポッドキャスターの孤独と自家発電
Be Gentle
自分に優しくするラジオ。この番組は、DoでもHaveでもCanでもない、
Beの私たちを祝福しようをコンセプトに、しなやかな筋肉のような心を目指す番組です。
こんばんは、そしてお目覚めの方はおはようございます。パーソナリティのソフィです。
今日はちょっと、ソロポッドキャスターの憂鬱について話したいんですけど、
なんかやっぱソロでポッドキャストをやってると、まずあいづちがないんですよね。当たり前なんですけど。
だからこっちがなんか言っても、誰もあそうだよねーとか言ってくれる人がいないんですよ。
当たり前だけど。なんて言うんでしょうね。
ソロポッドキャスターって、自家発電ですよね。
なんか誰もいない部屋でマイクに向かって話して、
あー今の話、ちょっと熱入っちゃったなーとか、
あと、自分で拾いに行かなきゃいけない。
あの、それちゃったりしたら。
でもなんか、方向を修正してくれる人もいないし、もう散らかる放題なんですよ。
散らかっちゃうすぐ。
そうねー。でなんか、話が広がらないから、違う視点で来てくれないんじゃない?
他の人とさ、なんか複数でやってる人は、それで言うとさーとかって言ってくれるじゃないですか。
でもソロにはそれがないから、自分で言うしかないんですよね。
それで言うと、なんかちょっと留守番電話に似てますよね。
誰かに向けて話してるんだけど、その場にはいないじゃないですか。
発信音の後に、あなたの人生観をお話しください。
みたいなね。
しかも怖いのが留守番電話だったら、相手が後で聞くかもしれないんだけど、
ポッドキャスターも最後まで聞かれるかどうかわからない。
こっちは例えば、10分、20分喋って、リスナーさんはね、洗濯物を畳みながら離脱しているかもしれない。
いや、いいんです。全然いいんですけど。
こっちがね、人生の核心に触れた瞬間、たまにほら、真面目な配信もしてるでしょ。
胸焼けしてるかもしれないけど。
靴下とドラクロワの自由の女神
でね、リスナーさんは靴下のペアを探している可能性がある。
それで言うと、なんで靴下って片方だけ着えるんですかね。
それで言うと、ドラクロワの民衆を導く自由の女神は、どうして片つちだけ出してるんでしょうかね。
たぶんうっかりではないんですよね、きっとね。
あらやだって、左だけ出てるみたいな話じゃなくて、たぶん自由の象徴なんでしょうね。
美術史的にはどうなんでしょうね。
あれは大きく言うと、現実の女性というより、自由の擬人化、偶像像らしいんですよ。
1830年の7月革命を記念して描かれた作品で、
中号の片つちの女性は、自由とか勝利とか正義なんかの抽象概念を女性の体で表すことがよくあったので、
いやらしいっていうことじゃなくて、神格性、不変性、理想化された象徴性を出すための演出っていうか、象徴だったんですよね。
そのためにどうして布を減らしたのかなって思うんですけど、
なぜ両チチじゃないのかと言いますと、そこはもう人体と布のダイナミックスというか、
戦場のバリゲートを前進してね、服が乱れて、その完全な裸体ではなく、革命の最中に美服がはだけてしまったっていう、
今まさに動いてるっていう存在なんでしょうね。
さらにその自由の中に母性的な意味合いがあって、胸は生命、母性、人民を養うものの象徴にもなるんですって。
つまり彼女は戦う女性でもあり、民衆を導く母なる自由でもある。
手に旗を持って拳銃もあって、父も出ている。ちょっと情報量が多いですよね。
革命も混沌としてたと思うので、全部盛りっていう感じで。
なんていうか、片父に背負わせた業務範囲が広すぎるなって。
労働基準法と自分への優しさ
ちょっとこれは労働基準監督省案件ですね。
それで言うと、労働基準法には、労働時間、休憩、休日、賃金などについて、
使用者が守るべき最低限の基準が定められておりまして。
さあ、今日の自分に優しくするラジオいかがでしたでしょうか。
ソロポッドキャスターの憂鬱ということでお話ししてまいりました。
また不定期ではありますが、必ず配信したいと思いますので、
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それではまた次の配信でお会いしましょう。
ここまでのお相手はソフィーでした。