オープニングとシンボルスカの言葉
Traveling Beyond Covers
案内役のソフィです。
本が言葉以上の世界になり、ページをめくるたび、旅はさらに深まっていきます。
う、各本が言葉以上になり、ページをめくるたび、旅はさらに深まっていきます。
Traveling Beyond Covers
時刻は朝、5時58分を回りました。
おはようございます、ソフィです。
今朝も、言葉の向こう側へお供します。
インスピレーションが何であれ、それは途切れることのない、わからないから生まれる。
1996年、ノーベル文学賞を受賞したポーランドの詩人、ヴィスワバ・シンボルスカの言葉です。
ノーベル賞講演「詩人と世界」
1996年12月7日、ストックホルム
シンボルスカは、ノーベル賞の講演に挑みました。
演題は、詩人と世界。
世界的な文学賞を受けた詩人が、詩について語る場所です。
けれど彼女は、確かな答えを掲げるのではなく、話すことの難しさから始めました。
スピーチでは、最初の一文が一番難しいと言われる。
ひとまずそれは終わった。
でも3番目も6番目も10番目も、最後の一文まで同じように難しい気がする。
自分は詩についてほとんど語ってこなかった。
語ったとしてもうまくできたとは思えない。
だからこの講演は短くします。
不完全なものは少しの方が耐えやすいから。
ノーベル賞の壇上に立ちながら、彼女はためらったのです。
インスピレーションと問い
やがて話はインスピレーションへ。
ひらめきは、詩人や芸術家だけに与えられるものではない。
医師にも、教師にも、庭師にも。
自分の仕事を選び、愛情と想像力をもって向き合う人々のもとに、それは訪れる。
一つの問題を解いても、そこからまた新しい問いが生まれる。
仕事が冒険であり続けるのは、その問いを見つけ続けるからだと。
自分はもう知っていると思ったとき、問いは止まります。
彼女は独裁者や共振者にも触れました。
彼らも情熱的に働く。
けれど自分の知識だけで十分だと信じ、それを揺るがす問いを必要としない。
新しい問いに繋がらない知識は、やがて生きるための温度を失い、時には社会を脅かすものになる。
彼女が大切にしたのは、「わからない」という小さな言葉でした。
「わからない」から生まれた発見
彼女はアイザック・ニュートンの名も挙げました。
もし彼がわからないと思わなければ、木から落ちたリンゴはただ拾って食べるだけのものだったかもしれないと。
同じポーランドに生まれたマリー・キュリーも、わからないと言い続けたからこそ未知の先へ進み、二度ストックホルムへ導かれました。
大きな発見の始まりにあったのは特別な確信ではありませんでした。
完成された知識ではなく、まだ答えのない問いがその歩みを動かしていたのです。
講演の終わりにシンボルスカは語ります。
問い続けることの大切さ
詩人にとって、石も雲も一日も一夜もありふれたものではない。
世界をすでに知っているものとして扱わないこと。
ノーベル賞の壇上で彼女が守ろうとしたのは、答えを持つ人の権威ではなく、問いが生まれ続ける余白でした。
インスピレーションが何であれ、それは途切れることのない、わからないから生まれる。
インスピレーションとは、突然与えられる答えではなく、わからないまま、問いを手放さずにいる、時なのかもしれません。