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Traveling Beyond Covers
案内役のソフィです。
本が言葉以上の世界になり、ページをめくるたび、旅はさらに深まっていきます。
う、しかくりうんはでびゃんぷりすくでいもう、
いしかくぱじむうのうぞんめんぷるわるのうぞんぼやし。
Traveling Beyond Covers
時刻は朝5時58分をまわりました。
おはようございます。
ソフィーです。
今朝も言葉の向こう側へお供します。
あらゆる革命がかかえる苦い現実。
革命の後月曜の朝に誰がゴミを拾いに行くのか。
この言葉を書いたのは家事や育児、清掃など社会を維持する仕事そのものを作品にした
アメリカのコンセプチュアルアーティストです。
その名はミエール・レーダーマン・ユケレス。
彼女は日常の行為や人と人との関係を作品の中心に置きました。
1979年7月24日
ニューヨーク市衛生局で一つの作品が始まります。
ユケレスは早朝6時の店舗から職員たちの仕事に同行しました。
一人一人の顔を見て手を差し出します。
ニューヨークを生かし続けてくれてありがとう。
作品の名前はタッチサニテーション。
この作品に至るまでに11年の時間がありました。
1968年ユケレスに第一子が生まれます。
娘を育てる日々は大きな喜びとともに絶え間なく続く仕事の始まりでもありました。
おむつを変える。洗濯をする。料理をする。散らかったものを元に戻す。
一つを終えても翌日にはまた同じ仕事が現れます。
当時ユケレスにとって芸術は自由を表すものでした。
新しいものを作る。まだ存在しない世界を示す。
それが芸術家の仕事でした。
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一方生活を維持する仕事は同じことを繰り返し既にあるものを保ち続けます。
ユケレスは自由な芸術家と生活を維持する人間とが一つの体の中で別れてしまったように感じました。
1969年10月
彼女は4ページの宣言を一気に書き上げます。
メンテナンスアート宣言です。
掃除・洗濯・料理・修理・子育て
それまでの作品の外側に置かれてきた日々の仕事を芸術として人々の前に示すと宣言しました。
それからユケレスは家庭の中に留まらず、美術家や都市を支える仕事にも目を向けていきます。
1977年、ニューヨーク市衛生局の公式なアーティストインレジデンスになりました。
報酬はありませんでした。
そこで彼女が聞いたのは、自分たちはゴミと同じように見られている。
目の前で仕事をしていても人からは見えていない。
そんな職員たちの声でした。
ユケレスは約11ヶ月をかけて市内59の管轄区を回りました。
そして8500人の職員一人一人と握手をしました。
ある職員は17年前、仕事中に投げつけられた侮辱の言葉がずっと喉につかえていたと話しました。
そしてその日の握手が長く残っていた記憶を拭い去ってくれたとユケレスに伝えました。