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松陰神社
2026-09-24 21:27

松陰神社

世田谷区松陰神社前・若林公園/吉田松陰の墓/長州藩別邸跡地/松下村塾/綺麗な境内//PayPay(ペイペイ)対応のお賽銭/ポッドキャスト「コテンラジオ」第1回テーマ吉田松陰の面白さ/神としての祭祀/神道形式の供養と墓の下の安置に対する不思議さ/豪徳寺駅から東急世田谷線/豪徳寺の招き猫発祥地説/豪徳寺のバズり/旧テオドラ邸展覧会「ガラスの仮面展」/雑誌『花とゆめ』未完の大作漫画/繰り返し読んだ思い入れ/世田谷所在の古い洋館「旧テオドラ邸」/漫画家・山下和美らによる保存活動/雨の中の若林公園散策と音声録音/若林公園の心地よさ/近くの国士舘大学/世田谷区の堅固な地盤/関東大震災後の都内からの学校・寺院移転/玉川大学の校内に存在する松下村塾模倣建築/授業「労作」/身の回りに存在する吉田松陰や明治維新の気配/
#49

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サマリー

世田谷区の松陰神社を初めて訪れ、吉田松陰の墓が長州藩別邸跡地にあり、神として祀られていることへの不思議さや、PayPay対応のお賽銭について話す。吉田松陰を扱ったポッドキャスト「コテンラジオ」の初回や、明治維新ゆかりの墓にも触れる。豪徳寺駅周辺の招き猫と外国人観光客の多さを経て、旧テオドラ邸の「ガラスの仮面展」へ向かう。『ガラスの仮面』の未完の連載や、北島マヤと姫川亜弓が「紅天女」を争う展開、作品への思い入れを語る。雨の若林公園を歩きながら、国士舘大学や玉川大学に残る吉田松陰の影響、松下村塾の模倣建築、関東大震災後の学校・寺院の移転について思いを巡らせる。

松陰神社と吉田松陰の墓
あたまの中庭
こんにちは、めい・かっきんです。 このポッドキャストは、東京生まれ、商店街育ちの私が、日々、ふと思ったことや、
頭の中でグルグルしていることを、整理がつかないまま、ポンポン置いていく、そんな番組です。 話が脱線したり、ちょっと迷子になったりするかもしれませんが、
のんびり聞いてもらえたら嬉しいです。 そこにちょっと腰掛けて、一休みしていってください。
もしもし、もしもしっていうか、今、世田谷区の松陰神社に来ています。
松陰神社前か、今、松陰神社前の、前の若林公園っていうところにいるんですけど、
ちょっと用事があったので、松陰神社に、初の吉田松陰のお参りに行ってきました。
なんでかっていうと、前から行きたかったんですけど、割と、お休みの日とかね、
私、世田谷に住んでいるので、松陰神社世田谷区なんでね、ものすごく近いっちゃ近いんですけど、
なんか、なかなか来ることがなくてですね、もっと早く来ればよかったんですが、
松陰神社に初めてお参り行ってきました。
吉田松陰、なんで世田谷区、お墓があるんですよね。
吉田松陰が眠っているお墓が、世田谷区にあってですね。
神として祀られる吉田松陰
なぜかっていうとですね、世田谷区にね、長州藩の別邸が昔あったということで、
そこのね、土地に吉田松陰のお墓をきちんと埋葬しようということで、
吉田松陰の、なんだっけ、松下村塾の塾生たちの皆様によって、うやうやしく祀られております。
それで行ってきたんですけど、なんかすごい、今日は平日で雨が降っているので、とっても人が少なくて、
ほとんど私一人か他にいても人が一人ぐらいでね、すごく静かな感じでお参りできましたね。
すごい松陰神社がね、綺麗に整っててね、
やっぱ最近できた神社っていうか、明治になってから建てられた神社なんでね、
なんかすごい綺麗に整った神社でですね。
で、びっくりしたのが、お祭銭がペイペイで払えたっていうことで、
あの、古典ラジオの樋口清則さんも、さぞお喜びになるのではないかと思いましたが、
吉田松陰っていうのが、古典ラジオっていうね、ポッドキャストの第一回のテーマが吉田松陰でね、
吉田松陰についてなんかすごい、やんやんさんと樋口さんと、あと深井龍之介さんで、
3人ですごい楽しく話していたのがすごい面白い回なんですけど、
まあ本当に初期の牧歌的な楽しい回になっているわけなんですが、
まあそのお話が大好きでね。
で、なんかそのお話聞いてて、なんかそういえばなんか、
世田谷線に松陰神社前ってあるけど、なんか関係あるのかなと思って、
私全然知らなかったんですけど、本当に吉田松陰のお墓があるっていうことでね、
神社ってことはもう吉田松陰神様になってるんですよね。
神です、神。神として祀られているっていうことでね。
お墓っていうとどうしてもなんか、私日本人的にはなんかお寺?
仏教的なものを想像してしまうんですが、
でもなんかね、神道式なんですかね。
神様の下で魂を祀られているっていうことでね。
神様だけど、ちゃんとお骨がこの下に眠って安置されているのかなって思うと、
なんかすごい不思議な感覚になりますね。
でもなんか本当に悪末の死士というか、明治維新に来た人たちのお墓とかもね、
周りにあって、本当に実際あった出来事なんだなっていう風に感じることができました。
豪徳寺の招き猫と観光客
私、豪徳寺っていう駅から来てるんですけど、
豪徳寺っていうのは、豪徳寺から世田谷線に乗ってきたんですけど、
豪徳寺っていうのが招き猫の発祥の地なのではないかという説がある。
かっこ諸説ありなのかな。
でもかなり招き猫の発祥の地って言われてて、
駅に降りると招き猫がドーンとあって、今秋祭りのシーズンなんでね。
ねじり鉢巻みたいなのに、うちは持ってる風にデコレーションしてあってですね。
石像があるんですけど、招き猫の大きい。
それを見てね、外国人の観光客の方も結構招き猫目当てで、
外国人観光客の方も招き猫目当てで来ていらっしゃる方が多くて、
楽しそうに親子連れとかの方がね、記念写真そこで撮ってたりするのがすごい微笑ましかったですね。
コロナ禍が終わったぐらいの頃から、やけに世田谷の住宅街に大きいスーツケースをゴロゴロ持った
インバウンドの人が出始めの頃ですかね。
やたらといて、なんでこんな何にもない住宅街にこんなに観光客の人いるんだろうとか思ってたら、
ゴートク寺がバズってたらしくて、すごく外国の方いらしてるみたいですね。
今日は私ゴートク寺のお寺の方にはいかなかったんですけど、
旧テオドラ邸と『ガラスの仮面』
松陰神社の方にまっすぐ参りました。
私これからどこに行くかというと、旧テオドラテというところにまいりまして、
ガラスの仮面展という展覧会を、ガラスの仮面というのは昭和45年ぐらいですか1970年だと思うんですけど、
連載が始まったんです。花と夢っていう雑誌で。
未だに連載終わってない、未完の大作というかなんですよね。
木田島マヤっていう少女が、演劇大好き少女なんですけど、
演劇大好きで、演劇の天才少女でね。
彼女が演技をしていく上で、姫川あゆみっていうね、
木田島マヤと性反対の芸能一家に生まれて、ものすごく美貌に恵まれて、
演技も上手い、同じぐらいの年頃なんでしょうかね。
その2人のライバル関係でお話が紡がれていくわけなんですが、
2人で紅天女っていうね、舞台の演目を凄い争っているんですが、
争っている奴がね、本当にぐちゃぐちゃしちゃってて、話が全然そこから進まなくなっちゃって、
多分そこがね、そのお話の一番最後の大盛り上がりの落ち手前ぐらいなんだと思うんですけど、
で、どっちが紅天女になるんだ、みたいなところで話がストップしちゃってる様子です。
昔はね、私、花と夢、結構なんかもう、紅天女の練習してる頃ぐらいまでは一生懸命、花と夢買って追ってたんですけど、
もういい加減、花と夢も買わなくなり、コミックスも出てないし、追わなくなっちゃって、
で、うちにあったね、花と夢の、花と夢じゃない、ガラスの仮面の単行本とかもね、なんか処分しちゃったんじゃないかなと思うんですけど、
まあでもなんか本当に自分にとってとっても何回も何回も読み返した大事な漫画なんでね、ものすごく展覧会行きたいなと思って。
で、旧手踊ら手っていうのが世田谷にある古い洋館なんですけど、
縦壊しの危機に瀕した時に、少女漫画家の山下一美さんが立ち上がって、この手踊ら手をなくしてはならないっていうことでね、保存活動を始めまして、
で今結構他にも協力者がいらっしゃるのかな、それで色々と現在展覧会を開いたりね、いろんなイベントとかもあるんじゃないかな、中にティールームとかあるらしいんですが、
素敵な洋館で、その中で今日はガラスの仮面店を見に行くっていうことでね、今ちょっと時間潰してるんですよね、松陰神社に行って、チケット制でね、3時にならないと中入れないんですけど、結構早く来ちゃって、
雨の若林公園を歩く
松陰神社も何かとっとと来ちゃったんですけど、割と時間が余っているので、松陰神社隣の公園の中を私は今、雨の中うろうろしながら、このお話を撮っているという次第です。
どうでしょうね、音どうですか?結構スマホ直の音なんでね、何もマイクも用意せず、風を防ぐものもなく撮っておりますので、私の足音とか、傘にポツポツという雨の音とか、少し聞こえたりしているんでしょうかね。
雨の日の公園っていうのが結構好きでしてね、結構あのなんていうの、割と仕事帰りにね、公園の脇通ったりするんですけど、あえて公園の中をね、通って帰ることが多いんですね。
雨の日の公園ってあんまり人がいないんで、私自転車なんですけど雨ガッパ被ってね、走ってるんですけど、雨の日は人がいなくてね、とてもなんか空気も洗い流されて綺麗だなーって感じで、雨の公園ってやっぱすごい気持ちいいですね。
自転車で走ってるときはね、滑るの怖いんでね、押して歩いたり、ゆっくり乗ったりとかするわけなんですが、ちゃんと自転車が通れるようなね、舗装したところを走るんですけど。
こっちの若林公園もなんか、とっても木が多くて、すごい気持ちのいいとこですね。
世田谷に残る吉田松陰の影響
あ、また松陰神社の話ですけど、松陰神社の近くの敷地に、国師館大学っていうのがあるんですが、国師館っていうのがなんかすごい近くにあるから、なんか関係あるのかなと思ってグーってみたら、国師館の創業、創業者って言わない?創立者か。
の方がね、ものすごく吉田松陰に感銘を受けて、すごいなんて言うんだろうな、神派って言うんですかね。
吉田松陰素晴らしいっていう感じの方で、たまたまなんか松陰、吉田松陰のお祭りかなんかに来た時に、隣の敷地があるからそこに学校移転しませんかって、ちょうど移転先をね、
どっか都内の方にもともと国師館あったんですけど、手狭になって吉祥寺かな?吉祥寺に移転しようっていうんで準備をしていたんですが、松陰神社の隣に土地があるからそちらどうですかってその吉田松陰のお祭りの時に言われて、
大正かな?その時にね、直感でもうそこしかないつって。吉祥寺に移転する話がかなり進んでいたにもかかわらず、世田谷の方に、世田谷に出そうです。
松陰先生の隣で学べるなんて素敵って感じで、それで今に至っているらしいんですが、結構世田谷って地盤がわりとしっかりしているらしくって。
大震災の時にね、かなり都内でね、大火事になっちゃった時にお寺とか学校とかがね、かなり世田谷の方に移動してきたんですよ。
なんかどっかから太鼓の音が聞こえる。なんだろう、お祭り?平日だけど。で、大震災後に移転してきた学校が多いんですけど、世田谷にある清浄学園とか。
あと北カラス山にね、浅草の方のお寺が集団疎開みたいな感じで来て、北カラス山ってところにものすごく、北鎌倉の誰もいないバージョンっていうか、すごく静かなお寺町があるんですよ。
北鎌倉の寺町すごい素敵なんですよ。蓮の花が咲く池とかがね、あったりとかして。北鎌倉ほど人が賑やかにいないんで、散歩するのとってもいいとこなんですよ。
そんなこんなでね、吉田松陰からもあったなぁなって思って、そういえばと思ったら、私大学が玉川大学ってとこ通ってたんですけど、玉川大学の中にもね、なんかちょっと山登ったところに、松下村塾ってなかったっけってなんか思い出して。
でまたちょっとググってみたら、玉川大学の創始者の人も、吉田松陰いっぱんざーいっていう、吉田松陰大好きみたいな感じの方だったということで。
それでね、ろう作って言うんですけどね、労働の労に作る、ろう作っていう授業が玉川学園にはあるんですけど、授業なんです。労働という授業があるんですが、ろう作。
それであの生徒たちにね、いろいろろう作で、その松下村塾のそっくりコピーの家屋、日本家屋っていうんですかね、それを学校の中にまるっとコピーして作っちゃったみたいなことだったらしいんですね。
なんか普通の一般の生徒はね、普通に立ち入ることは普段できなかったんですけど、多分なんかのイベントとかがあったら中に入れる人もいるんじゃないかなと思うんですけど、思い返せば身の回りに振り向けば吉田松陰みたいな感じで。
意外となんて言うんだろう、明治維新の香りのする環境を見過ごしながら私は生きてきた感じですね。
そんな感じで、今だんだん時間が経ってきたんで、そろそろ北島真矢と姫川歩見の松、手踊ら亭へ向かおうと思います。
本当に今ずっと若林公園という中をぐるぐるぐるぐる回ってぐるぐるしておりました。
人がいなくて、こういうの喋りやすくてよかったですね、今日はね。
それじゃあまた。
21:27

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