「もっといい答えがあるはず」が、あなたを動けなくする理由
2026-10-22 12:46

「もっといい答えがあるはず」が、あなたを動けなくする理由

「どうしてうまくいかないんだろう?」「もっと良い方法があるはず」と、いつも答えを探し続けている人へ。


問題の原因を考え、次の一手を探すことが、自己探求では逆に足踏みになることがあります。考え続けることで「自分にはまだ何かが足りない」という感覚を強化していないか、一緒に考えてみます。


▷▶︎個別相談はこちらからお申し込みください

https://forms.gle/V1qR9GTXqhquCyZa9

▷▶︎講座の詳細はこちらからご覧ください

https://note.com/astroannea_lab/n/nb71724655b36

▼エニアグラム簡易診断

 ⁠https://www.enneagram.ne.jp/about/diagnosis/dns02⁠ 

▼無料ホロスコープ作成サイト

 ⁠https://kagamiryuji.jp/horoscope/⁠ 

▼noteでも発信していますので、フォローお願いします 

📓note:⁠https://note.com/astroannea_lab⁠


占星術×エニアグラムで、自己探求と自己認識を深めるポッドキャストです。 #自己理解 #自己探求 #星読み #エニアグラム #自己認識 #占星術

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

タロットカードから受け取った「豊かさや成果が来ていても、答えを探し続けることが足踏みになる」という気づきを起点に、自己探求で考え続けることの落とし穴を語ります。ビジネスでは売上や顧客満足など外側の基準で仮説検証ができますが、自己探求の答えは自分にしか分からないため、同じ方法が機能しにくいと説明します。原因や次の一手を探し続けると、「自分には何かが足りない」という感覚を強化し、行動を止める場合があります。話者は解決策を急がず、今の状況と感情をただ認識し、日常を続けることで感覚が薄まる可能性を自身の体験として紹介します。最後に、ホロスコープとエニアグラムを使って考え続けるループの起点やとらわれを一緒に整理できると述べます。

答え探しが新しい足踏みになる
豊かさ、成果は来ているのに、答えを探し続けること自体が、新しい形の足踏みになってはいない。
こんばんは、アストロエニアグラムのChigusaです。 私は、タロットの読み解き練習と、それから自分の潜在意識との対話を兼ねて、毎日1枚ずつタロットカードを引いているんですね。
その時、こんなメッセージを受け取りました。 それが最初の、「もう豊かさ、成果は来ているのに、答えを探し続けること自体が、新しい形の足踏みになっていない。」
というメッセージでした。 その時、私は素直に、「ああ、確かにそうだったかもしれないな。」って思ったんですよね。
私はいつも、こう考え続けていました。 どうしてそうなるのか?もっと良い方法はないだろうか?
私は、この問いを考えるときは、とても真剣だったし、本気で原因を突き止めて、それを回避する方法を知りたかったんです。
だけど、よくよく考えてみると、確かに答えを探すことに意識が向けば、脳は答えを探し続けることができる現実を作り出すんですよね。
結局は、私はいつまで経っても、答えを探し続ける。 何か新しい答えがあるんじゃないか?何かもっと良い答えがあるんじゃないか?っていうフェーズから抜けられないんだなーっていうことに、初めて気づいたんです。
良かれと思ってやっていたことが、実は私自身を望む結果から一番遠ざけていたんだなと思いました。
がっくり、ああそうかーっていう気持ちと同時に、これって実は私だけじゃないのかもしれないなって思ったんです。
これを聞いてくださっているあなたも、私みたいにね、どうしてそうなるの?とか、もっと良い方法ないの?っていう答えを探すことに意識を向け続けた経験ってないでしょうか。
ビジネスの仮説検証と自己探求の違い
ビジネスの場においては、怖い、つまり原因を考えないと、原因は何だ?ちゃんと分析しないから同じことが起こるんだって言われますよね。
どうして?という問いを立てて、これが原因だろうという仮説を立てて、どうするかを決めて行動し、結果を検証。
それでうまくいけば、それが正解だし、うまくいかなければ、またなぜうまくいかなかったかということを考えて、どうするかと決めて行動し、結果を検証するという繰り返しで進んでいくはずです。
ビジネスにおいては、問いを立て続けることってめちゃくちゃ大切だし、それで機能するんですね。
なんでビジネスだとこれが大事かというと、外側に評価の基準があります。売れるとか売れないとか、顧客が満足するとか満足しないとか、
そういう外側に評価の基準があって、それに照らし合わせることで正解、不正解っていうのが分かりやすいからです。
それっていうのは、私も含めて自分自身が正解、不正解の答えを握っているわけではないということです。
いくら私が正解だと思っても、市場で不正解だって言われたら不正解なんですね。
だから答えを探し続けるというループにもはまりにくいし、もし仮にループにはまったとしても、そこから引き戻してくれる人とか基準っていうことがあることが多いです。
でも、同じことを自己探求でやろうとすると、これが途端に機能しなくなるんですね。
それがなぜかというと、自己探求においての正解、不正解の基準っていうのを持っているのは、私自身、もしあなたが自己探求するのであれば、あなた自身しかいないからです。
例えば、私が今回この答えを探し続けるループにはまったのは、私にとっての成果を受け取るっていうのは、自分が望む現実が目の前に現れる、現実が動くことであるっていう定義を持っていたからです。
何を持って、私は現実が動くと言っているのかといえば、その正解は私の中にしかないんです。
例えば、もし仮に、これが私のメンターだったりとか友達から、ちぐさね、現実が動いてないって言うけど、こんなことあったじゃないとか、こういうあなたの変化も現実が動いたってことになると思うよって言われたと
します。
でも、私の中の現実が動く基準に照らし合わせて不合格なら、いくら私のメンターや私の友達が何を言おうとしても、私の中では不合格なんです。
だから、まだ現実が動いてないということは、まだ成果が出ていない、ということは、なんで成果が出ていないかを考えなければいけないっていうループがずっと止まらなくなっていました。
もし自己探求にも、このなぜっていうループを使い続けるんだとしたら、評価も外側に置く必要があるとして、例えば売上が100万円いったらとか、クライアントさんが50人になったらとか、10人にお申し込みがあ
ったらとかっていうふうに、自分以外の外側に評価の基準を置いたら、それを達成するためにはどうしたらいいかっていう技術と同じような仮説が成り立つわけです。
でも、それって既に自己探求ではないですよね。
自己探求っていうのは、私が何者なのか、私は何が好きで何を大切にしていきたいのか、私にとって幸せとは何か、私はどんな人生を送りたいかということです。
だとしたら、その答えを知っているのって、やっぱり自分自身でしかありえないと私は思っています。
外側にはないんですよね、その答えって。
だとしたら、やっぱり自己探求において、基準を自分以外の何かや誰かに置くのは違うなって思います。
一般的なビジネスで機能する方法が、自己探求では逆効果ということです。
「もっといい答え」が行動を止める仕組み
これは、やり方を考えるHowも同じです。
どこかに正解の一手があるんじゃないかって思いますよね。
私も思いましたし、正解の一手があるんだとしたら知りたいです。
ただ、この正解の一手があるんじゃないかというふうに考えること自体が、実は行動を止める要因にもなってしまうんです。
じゃあ、なぜ怖いを考えることや、どうやってHowを考えることそのものが無駄なのかというふうに聞かれたら、それも違うというふうに私は考えます。
今、自分に起きている出来事が、どうして起きているのか、自分の中に湧いている思いが、どこからやってきているのかということを深掘りすることはもちろん大事です。
なぜなら、そこに意識が向かないと、次の具体的な一手を考えることができなくなる。
ただ、もしもどうしてダメなんだろう、どうしてうまくいかないんだろう、次は何をすればいいんだろう、ここから抜けるためにもっと良い方法があるのでは?
と、なぜやどうやってを考え続けているのかとしたら、それはもしかしたら、あなたも私のように答えを探し続けることに意識が向いて、新しい足踏みをしているのかもしれません。
実は、私はこの怖いとかHowを考え続けることって、一種の罵訳みたいだなと思うんですよね。
なぜなら、考え続けるということは、自己探求しているふうに見えるからです。
ただ、同じところをぐるぐるぐるぐら回っているだけで、一歩も進んでいなかったとしても、考えている自分に安心してしまうんです。
私も、もう豊かさ、成果は来ているのに、答えを探し続けること自体が新しい形の足踏みになっていないか、とサロットカードのメッセージから言われなければ、たぶん気づけないままだったと思います。
そして、もっと怖いのは、怖いやHowを考え続けるというのは、自分には何かが足りない、もっといい答えがあるはずだ、という前提に立っていて、その感覚を強化し続けていることでもあるということです。
足りないという感覚が強化されればされるほど、私にとっての豊かさとか、私にとっての成果を受け取るフェーズからは遠ざかります。
幸せになるためとか、豊かにするための行動が、実は私は足りない、という意識を強化しているとしたら、恐れってどんな仕打ちだよ、と思いますよね。
解決せず感情をただ認識する
ここまでお話をしてきて、普通だったら、次はじゃあどうすればいいの、という話になるんですが、ここでは正直にお話しします。
今の私は、その答えを持ち合わせていません。
どうやったらいいの、私は足りない、という意識を強化せずに、前に進むにはどうしたらいいの、ということに対する、これが答えです、というものを持っていたり、原因を深掘りし続けることも、次の一手を考え続ける
ことも、機能しないんだとしたら、
できることがあるとすると、今起きていることや、今の私の感情を、ただ見つめるだけなんですよね。
例えば私は、私にとっての成果を受け取るというのは、現実が動くことである、お話ししました。
それを見つめるということは、私は現実が動いていない、認識しているよ、ということ、
それに対して、私がどう感じているかを、正直に打裂することでしかないんです。
それに対して、なんでそうなっているのか、という原因を考えるわけでもないし、新しい何かを始めようとすることでもありません。
ああ、今こういう状況なんだな、そして、ああ、私って今それをこんな風に感じているんだな、という認識するだけで、それ以上でもそれ以外でもない。
それを実際にやってみました。めちゃくちゃ気持ち悪かったです。
解決している感じは一切しないし、どうしたら解決できるかって、考えたくなる自分が出てきそうになるんですよね。
だから、ああ、考えたくなる自分がいるんだな、という認識を一つ増やしました。
こうやって話しながら、今気づいたことがあります。
気持ち悪い感覚を、無理やり何とかしなくてもいいということです。
ああ、気持ち悪いな、ああ、考えたいんだな、という気持ちごとを横に置いておく。
日々のルーティンとか、日々の生活というのは当然あると思って、それを淡々と続けていく。
すると、ある時、それが3日後なのか、1週間後なのか、半年後なのかは分かりませんが、ある時、ああ、あの時の気持ち悪さってこういうことだったんだなって気づいたり、ある意味は気づかないけれども、溶けて消えて
いったりするんじゃないかなって思っています。
それがいつ来るかは、残念ながら私にも分かりませんし、本当に来るかも分かりません。
でも、私がただ認識するだけだ、という気持ち悪さを感じたのが、つい最近なんですけれども、実は今の段階では、ああ、気持ち悪さを感じていないんですね。
消えてなくなったわけでもないですし、気持ち悪さを感じていたことが解決したわけでもありません。そこにあります。
ただ、私の意識がそこに向いていない分だけ、ただ薄くなったというそれだけです。
もしかすると、これってその爪かすみなのかもしれないなというふうに、今思っています。
ホロスコープとエニアグラムでループを整理する
もし、今日のお話を聞いて、私自身も答えを探し続ける罠にはまっているかもしれないなとか、自分には何かが足りない、もっといい答えがあるはずだという感覚を強化し続けているかもしれないなというふうに感じた方が
いらっしゃったら、
自分一人だけで何とかしようとすると、また同じループに戻ります。
なぜなら、麻薬と同じくらい、考え続けることって、自分自身の感覚を麻痺させるし、そのことに自分自身が気づきにくいからです。
外から見ていると、ループにはまっているなというのはわかるのに、自分自身がその中にどっぷり入っているので気づかないんですね。
これは、私自身も同じです。
だからこそ、自分一人で何とかしようとしないといけない。
私が明確に、あなたはこういうループにはまっているので、こうやって解決すればいいんですよ、というような明確な解決策をお渡しすることは残念ながらできません。
ただ、あなたのホロスコープとデミアグラムを使って、あなたと一緒に、そのループがどこから起きる可能性が高くて、それがどういう捕らわれのことで起こりやすいのかということを整理することはできます。
気づくというのは、次へ向かう最初の一歩です。
もし、私と一緒に整理してみたいなと思った方がいらっしゃったら、ぜひ説明欄の詳しくのほうからご相談にお越しください。お待ちしております。
最後までお聞きいただきありがとうございます。
今日のエピソードの感想をぜひコメント欄で教えてください。
それではまた、次回お会いしましょう。
アストラギミアグラムの千草でした。
12:46

コメント

スクロール