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こんにちは、お昼の時間にライブを立ち上げています。 今日は昨日、映画国宝を見に行ったんですよね。
めっちゃロングランじゃないですか?なんか私、前から見たいなと思ってて、いつもいつも、もうさすがに終わったよねって思っても、なんか絶対やってるみたいな気がするんですけど、
そんな感じで、映画国宝を見に、やっとやっと行ってきました。 しかも、ずっと行きたいと思っていた映画館で見てきたんですよね。
新宿に109シネマっていう、なんかすごい、なんていうんだあれは、ちょっと高級ラインみたいな、普通の映画館よりもチケットの値段は高いんですけど、
でもその代わり、なんかすごい広いラウンジがついてきて、映画の時間までそこでゆっくり過ごしていいですよっていうのと、あとなんかもうポップコーンと飲み物はチケットにインクルーシブみたいな、
あの、なんていうの、もう既に入った状態でチケット販売されているとこなんですよね。で、なんかね、インスタで見たのかな、なんかすごい素敵だなと思って、
ずっと行ってみたいと思ってたんですけど、つい最近友達が行ったっていうのをインスタで見て、え、やばいみたいな。
で、なんかその子も国宝を見たって言ってたんですよ。あ、まだやってるの?超ラッキーと思って、で、やっとやっとタイミングがあってね。
で、まあラウンジに行きたいじゃないですか、せっかくなら。なんだけど、まあラウンジ行くにはさ、映画前、映画後にちょっと時間にね、余裕がないといけないので、
家出れる時間の感じとか、お迎えまでの時間とかを見つつ、どこならいつ行けるんだ、みたいな感じ、やっとタイミングがあったので、昨日ついに行ってこれたんですけど、もう
超いい映画でした。なんかほとんど見た人多いんじゃない?と思うんですけどね、映画好きな方とかは特に。
今更かもしれないけど、めちゃくちゃいい映画じゃない?と思って、私すっごい余裕に浸って帰ってきたんですけど、
基本あんまり、日本の映画見ないんですよね、私。
やっぱ洋画の方が好きで、英語をね聞いてるのが好きっていうのもあって、外人が好きっていうのもあるんですけど、基本洋画。
日本の映画は、ネットフリックスとかアマプラとか、そういうとこで、もうあの映画、今ここで見れるんだ、で、見ることがあるかな、くらいなんですけど、
国本はすっごい気になってて、あまりにも評判がいいって聞くので、見てみたいなぁと思って、行ってきたんですよね。
で、ちょっとインスタのストーリーにもあげたんですけど、
なんていうか、ただの映画じゃないって言うとおかしいですけど、
なんかやっぱり、人の人間模様とか、人の気持ちがたくさん詰まった映画で、またね、芸術っていう、
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一般の感じとまた違う特殊な世界じゃないですか、そこで起こる人間たちの、
人間模様か、っていうのがすごくたくさん描かれていて、
なんだろう、ただの物語ではなくて、それぞれ、もちろん主役はいますけど、そうじゃない人たちの気持ちも全部なんかわかる気がする、みたいな、めっちゃわかる、みたいな感じがする映画だったんですよね。
今日もまだ4位を引きずるっていうね。
すごくいい映画だったんですけど、一方で、いい映画だから、それぞれの主人公じゃない人たちの気持ちもすごい伝わってくるんですよ。
なんですけど、みんなそれぞれの気持ちがわかるからこそ、それぞれの立場で、マジ辛ってなって、
ちょっともらいやすいんですかね、ちょっともらいやすいんですよね、多分。 だから鬼滅とかも見に行けないんですよ。
テレビで見る分には、家のとこだったりするし、ちょっとなんかしながらね、子供が見てるとパッパって見たりしてる感じで、そこまでもらわないんですけど、
映画館みたいにその世界にグッて入る時とかって結構もらっちゃうから、鬼滅の最新の映画も見てないんですけど、
あえて行かなかったんですよね。 もらっちゃう。結構、彼らにも、
キャラクターにもね、背景があるじゃないですか、すごい辛い背景があっての、今鬼みたいな、あれがしんどいんですよね、私見てて。
辛ってなっちゃうから、もらっちゃうんで、ちょっといいやと思って、見に行かなかったんですけど、そんな感じで、
それぞれの立場がすごくわかるからこそ、もうね、辛いって超思っちゃって。
で、なんか、
俳優、吉澤涼の役の人、ちょっと名前があったと思うんですけど、菊尾さんかなんかかな、の立場で見ても、わかる、辛いってなるし、
横浜流星の立場で見ても、うん、辛、超わかるし、
なんか、お父さんの立場で見ても、ああ、そうか、そうか、みたいな、お母さんもわかる、はっはーとか、
で、妻とか、妻じゃない妻、愛人みたいな、なんかそういう人が、いろんな登場人物がいますけど、わかるー、辛ー、みたいなことをすごく感じましたね。
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そう、なんだけど、でも、辛いだけの映画ではもちろんないんですけど、なんかこう、人間、自分の、
人間だからこそだよなって思うんですよね。なんか、辛くても引き受けるとか、辛くても頑張るとかって、なんか人間にしかできなくないかなって思うんですよね。
動物とかだったらさ、なんか、やるかやられるかみたいな、生きるか死ぬかみたいな、食べるか食べないかみたいな、なんかわかんないけど、なんかそういうのじゃないですか。
例えばですけど、映画の中ですんのなかったと思うけど、例えば嫌いだけど、でも尽くすとか、なんかこう、自分の気持ちと裏腹に、でも、人との繋がりの中で、
それでもやる、みたいなことって、人間にしかできないことですよね。って思ったから、なんかすごい辛いんだけど、でも、こういうことができるのも人間だけなんだよなって思ったんですよね。
うん、なんだけどさ、私は基本、やっぱりあそこの、ね、まあ特殊な世界だし、
先祖代々とか、なんかいろいろあると思いますけど、私単体で考えたときに、なんかこうあそこまで、なんていうかな、うーん、家のため、家のためだったのか、なんか家のためとか人のためとかで、
自分の気持ちはさておき、でも頑張る、みたいなことって、できないかも、たぶんできないので、こう見ててつらい、つらいって、たぶん感じたんだろうなって思うんですよね。
そうそう、で、いうのとともに、まあなんか、今までだったら、こう映画とかを見ても、ああいい映画だなとか、こういうとこは悲しいけど、でもそっちでめちゃくちゃいい話だった、って思うと思うんですよ、思ってたと思うんですね。
で、私も基本的に、アメリカ映画みたいな、アベンジャーズ的な、日本で行くと、なに、えっと、ミトコウモン的な、あの、モンドコロを出したら絶対勝つみたいな、わかります?ああいう映画基本的に好きなんですよね、あの、こいつが敵、こいつが味方ってわかってて、
で、ピンチにはなるんだけど、最後、味方が勝つみたいな、めっちゃわかりやすいやつが基本は好きで、で、なので、どちらかというとフランス映画とかちょっと苦手なんですよ、なんかもう、え、で?みたいな、で?解決したのしてないの?みたいな、こうぬるっと終わるみたいなのが超苦手なんで、
で、日本の映画も比較的ね、ヒューマンドラマ、ヒューマン映画とかだと、ぬるっと終わったりしません?でも、え?ってなったりするんですけど、これに関しては、なんかすごい余韻がね、ものすごく残っていて、で、やっぱり、あの、なんていうかな、そう、だから、終わりがね、良ければ、こう、ああ、いい映画あった、みたいな、
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感覚になりやすかったんですよね、私としては、そう、なんか、あの、自分の良いと思っている見方、みたいな、良いやつ、みたいな人たちが、ハッピーに終われば、その映画は良かったねっていう、なんかそういう感想の持ち方だったなって思うんですけど、でもやっぱりこう、人間模様を見てて、あの、なんていうかな、これが、どんな終わり方をしても、すごい素晴らしい映画だなって思えるようになったとこが、やっぱ成長ポイント、私的にね、
かなって思っていて、なんかね、辛いの、とりあえず、私から見たらめっちゃ辛いんだけど、でも、あの、なんていうかな、そういう気持ちもあるよね、っていう、何言ってんの、そう、見方もあるし、
あとやっぱり、こう、自分の映画に対する感想を言葉にするってことをずっとしてこなかったんですよね、あの、ちょっと感じたこととかを、こうやってノート書いてなかったから、そもそも拾えてなかったので、まあ全体としてこういうふうに感じたみたいな、良かった、悪かった、みたいな、好きだった、好きじゃなかったっていう感想だったんじゃないかなって思うんですけど、
今は、なんか、この場面でこんなことを感じたっていうのを、やっぱり拾っているので、ノート書いたりとかしてるので、なんかね、すごい、あの、パッとした感想は、結構辛い、マジ辛い、もう見てて辛い、もうもらっちゃってて辛い、みたいな気持ちをね、相手の気持ちをもらっちゃっててマジ辛い、みたいな感じだったんですけど、でもやっぱり、あの、人間だからできることで、まあ素晴らしいし、
あの、自分の感覚の上で私は私の人生を生きてるじゃないですか、だから相手も相手の感覚の上で彼らの人生を生きてるので、私から見たら辛くてしんどなんですけど、彼らは彼らで、なんていうかな、ハッピーに生きてるって言うとちょっとおかしいんですけど、でも自分の幸せのためにその生き方をしてるんだなって、こうちょっと切り離して見れるようになったところもあったりとか、
うん、あとは、うーん、なんでしょうね、あと何書いたかな、そうそう、うん、そうね、あとはやっぱり人間って、あのすごく思ったことは、人間って自分の心とか考え方に苦しめられるもんなんだなってすごい思ったんですよね、そう、だから、なんかこう、こっちなきゃいけないとか、まあね、ああいう芸術の世界は本当に暗黙に、
人間の世界でこうしなきゃダメとかあるのかもしれないですけど、私はわかんないですけどね、でも、あの、頭に、頭、自分の思ってることに縛られてるから、なんかこう、抜けられなかったりとか、すごい苦しさを感じたりとか、うーん、ね、するんだろうなーって思ったんですよね、やめちゃえばいいじゃん、そう、私はね、え、やめられないわけ?とか、やめちゃえばいいじゃんって、
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思っちゃいそうなもんなんですけど、ね、でもまあ、それまでの人への恩とか、なんかそういうところも含めて、頑張れるのが人間だよね、って思うし、あの、そうね、でもやっぱり、人は頭にとらわれるというか、これまでの習慣とかね、周りの環境とか、それこそその世界のルールみたいなのに、めっちゃとらわれるよねーってすごく思いましたね、
なんか、だから、いつだって自由のはずなのに、こう、不自由に感じるのって、きっと自分の心なんだろうなーってすごい思うんですよね、うーん、で、ま、とらわれてしまうことで、なんかどんな、うーん、自分的にもいいと思えないようなことも、しでかしてしまうみたいな、とかあるんですよね、きっとね、
っていう意味では、こう、自分の気持ちの整理とか、あの、とらわれてるなーっていう思考に気づけるのって、すごい大事ですよね、これ、本当の音でできるんだよな、あの、あの芸術の世界の彼らは、もっと私より背負ってるもの大きいと思うので、なんかもう一緒に住んだし、みたいな、あると思いますけど、でもそれでもやっぱりなんかこう、自分が、なんていうかな、
こう、必要以上にとらわれてるなっていうこととか、うーん、そう、なんかこうしなきゃいけないし、この道じゃなきゃいけないみたいな気がしてしまうのって、別に芸術の世界の人じゃなくたってあると思うんですよ、お母さん業だって、なんか、このような母じゃなきゃいけないとかさ、なんか絶対思ってしまって、なんかそれだからこそ、それができない自分が苦しいとかあったりすると思うんですけど、やっぱそれって頭にとらわれてるので、
なんか海外のさ、こうすごい、まあ、ラフな子育てとか見てると、全然違うじゃんとか、あると思うんですよ、それ見てなんだいいんだってなったりすることもあるけど、でもそういう、こう、なんていうの、他の例とか、自分に見えなかったりとか、やっぱ頭がそれが正しいって、すごい思い込んでしまってると、まあとらわれますよね、めっちゃあるよねって思って、
そう、だから、あの、とらわれてるな、とか、固執しちゃってんな、みたいな、固執って言うんだっけ、あれ、なんかこれ前も間違った気がする、固執じゃなかった気がする、そうそうそう、とらわれちゃってるなってことに、あの、気づけるんですよね、自分の気持ち見てるとね、っていうので全然違うなって、あの、思ったんですよ、
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で、それは、あの、まあ、そのね、彼らの人間模様にすごい、あの、辛いと思って、それぞれの気持ちはわかると思って、でも懸命に生きてる彼らが素晴らしくって、なんか、もう、なんかもう、めっちゃいい映画だったんですけど、それとともに、なんか辛いだけで終わらなくって、あの、それも人間の幸せだよねって見れるようになった、自分とかね、
あとは、あの、見と拷問的に絶対、あの、なんていうの、味方が勝つとか、なんか、んー、すっきりした終わり方じゃなくても、自分で感じられることが増えたこととか、まあ、あとはやっぱり人間、頭にとらわれてるから、まあ、彼らもね、まあ、とらわれてる部分あるなと、私は見てて思ったんですけど、まあ、でも、そうやって、んー、自分がとらわれてるとか、自分がとらわれてるのが見えるようになるから、相手も見えるようになる、
わけなので、あの、私もね、なんかこう、これめっちゃしつこく、なんていうの、思ってんなとか、あの、すごい自分がめちゃくちゃイラついてんな、みたいなこととかって、やっぱり、なんていうかな、イライラするなってことはわかりますけど、何にイライラしてるのかとか、いつもいつもこれでイライラするなっていう、ちょっと客観視した目線って今までなかったので、
まあね、なんかそういうのが育ってきたことで、こう、今までは結構協調性強めなんでね、私、こう同調して、もうどっぷりそっちへ行っちゃうんですけど、ちょっと引いた目線で見れる自分も、あの、育ってきたなっていうのをすごく映画を見つつも感じたりとかして、そう、なんかそういう意味でも、いろいろ考え、んー、考えさせられたというか、いろいろ気づいた映画だったなって思ったし、
あの、自分にとっての不幸が相手にとっての不幸かどうかもわかんないじゃないですか、ね、なんかその道を極めてさ、なんか、あの、辛い、まあ辛いですら楽しいっていう場合もあるので、辛いけど楽しいみたいな、まあだから、辛いの上での達成感とか、その上での芸術とか、
ね、その上での、なんていうの、自分が作ってきた道っていうのがすごく達成感がある人もいるだろうなーとか、なんかこう、自分だけの目線で全てを見なくなったりとか、あのー、相手にどっぴーっていうのを同調してしまって、こう、周りが見えなくなるというか、なんかそういう感覚とかもすごい抜けてきたなーっていうことを自分で感じたりしましたね。
だから成長、まあ成長っていうか、まあ成長を目指して別にノーとか言ってたわけじゃないんですけど、でもそういう目線育ってくると、なんか本当にいろんなこと許せるなーって思うんですよね、まあ、あの、なんていうかな、ど、どんな生き方の選択をしてても本人にとって正解なんだろうなーって思うことができたりとかね、そうそう、うん、とか、なんかこう、
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そうね、やっぱり、なんかこう、自分と相手を切り離せたりとか、ちょっと客観視してみれる視点っていうのがすごい育ったなーって自分で思ったんですよ、うん、まあ、ただあの、みんなの立ち位置から、ああ、辛いよ、とはめっちゃ思ったんですけどね、そうそう、ただね、なんか監督、監督っていうか、その本を書いた方が、なんかお友達の調べによると、
4年間ぐらい、えっと、歌舞伎座の、ああいう歌舞伎の黒子を、あのー、されてたんですって、調査みたいな、覆面調査みたいな感じで、実際に歌舞伎の黒子で働いたりとかして、その上で書き上げた本らしくて、だからね、そういう、まあ別に芸術の世界に限らず、いろんな世界で、なんかこう、なんていうか、
人間のね、良い面と、こう、どろった面の人間模様とかってあるんだろうなって思いながら、やっぱりね、人間だから切っても、切り離せないじゃないですか、他人との生活とか関わりとか、なんかそういう中で自分の幸せを見つけていくのって、こう、周りの物差しじゃなくてもいいんだよなとか、思えるようになったので、
うん、いやそれ本当に全部ノートで育ったと思うんですよね、だから、まあめっちゃ感動したよっていう話とともに、あのめっちゃ辛って思ったんだけど、でもあの、人の人生どんな選択をしてもやっぱそれが喜びだしさ、なんかそういう苦しくてもやるみたいなって人間にしかできないことだし、それも喜びの経験だったりするなーって思ったりとか、
うん、まあそれはとはいえ、相手と自分を切り離して、ちょっと客観的に見れる部分も増えたりとかしつつと、なんていうの、自分の成長、今までとね、違うこう視点が育ってきたなーっていうことを感じつつも、やっぱり、あの、なんていうかな、道を極めるために命を燃やしました、みたいな、そんな話もすごく素敵、
というか、あのすごくいい話だったなーって思ったりしました、もうね、もう余韻が、余韻がすごくてですね、ついにアライブするっていうね、とこまで来ましたが、そうそう、そんなことを感じた映画でしたね、あとはまあ、本当にだから、あの、ノート書いてきたことで、こう映画をね、あの、何倍にも楽しめたくないってすごく思っていて、
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そういう意味でもね、あのすごく良かったなーって思いましたね、もうかなりのロングランなので、見てる人がほとんどなんじゃない、その映画をね、見ようと思った方は絶対、国宝を検討された方は絶対多いんじゃないかなって思うぐらい、結構前からやってますよね、夏とかからやってないのかなって私はすごい思うんですけど、
見た方もね、多いかなーと思うんですが、私は昨日初めて見た、ほんと感動したよーっていう話から、まあやっぱり大好きなノートの話から、こう自分視点で生きられる、自分物差しで生きられるとか、客観視して人と自分を分けて考えられるとか、すごく良かったなーと思いました、という感じで、はい、あの今日は
この辺で終わりにしたいと思います、という感じで、最後まで聞いてくださりありがとうございました、それでは皆様また、はい、失礼します。