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その涙は美しい 成長の過程 サダナ
2026-02-23 19:29

その涙は美しい 成長の過程 サダナ

#サダナ #サダナミーティング #精神的成長 #なすべきこと #精神世界 #精神性 #スピリチュアル #アナンディ #バハマ #ヨガ #ヨガ哲学 #自分の人生を生きる #運命 #宿命 #涙 #成長 #自己成長 #アシュラム
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やっほー!みなさんごきげんよう!アナンディです。 本日もバハマからお届けします。
今日はね、2026年の2月23日月曜日、朝8時30分を回ったところです。
ようやくアシュラムが落ち着いた感じで、ちょっとお湯沸かしてるからシャーって音がするかもしれない。
シバラトリーが終わったからね、なんかちょっと落ち着いたような、気が抜けたような、日常に戻ってきたような不思議な感覚です。
昨日ね、久しぶりにサダナミーティングっていうのをやりました。 サダナって成すべきこと?人生において成すべきこと?
っていう意味合いなんだけれども、アシュラムにいると自分の役割が与えられて
働かないものはここにいさせてくれないよって、あの千と千尋の神隠しで、ゆばばが言ってたと思う、あの世界にいるんだよね。
でさ、本当に久しぶりだったの。もう3週間、1ヶ月ぶり?いやそこまでいかないかな。でも3週間ぶりみたいな感じで。
今日はなんかその涙も素晴らしいっていう話をしようかなと思いました。
昨日は2,4,6,7人ぐらいかな?が一つのグループになって、
全員女性だったね。
最近のカルマヨガ、サダナ、どう?っていう話を
みんなでシェアしました。
なんか私、なんかできないことはできない。できることはできる。当たり前だけどさ、やっぱりできないことを
無理やりやってもできないんだよ。なんていうの、身長が160しかないのに、例えばね
180になりたいみたいな、無理だろうみたいな、あるじゃん。
そういうことだって大いにしてあると思うの。だけど例えば
今の時点で40になって40も過ぎて、それを願うっていうのはやっぱりトンチンカンだっていうのがわかるじゃない?
けど10代でまだ伸びしろがある、どうなるかわかんないっていう人が
それを望んでいるのとまたちょっと違うと思うんだけど。
でさ、何が言いたいかってさ、なんか私は毎日
サッとさに出るとか、決められたことをやるっていうのは大事なのはよくよくわかってるんだけど、無理な時は無理ってわかってるから
なんか無理をしない、自分をそんなに追い込まないようにしてるのよ。
それでいいと思ってるから、そこに罪悪感みたいなのが何もないのね。
私なんか、例えばいきなり鼻が高くなりたいとか
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私自分の顔見てびっくりしたんだけど、だいぶ丸くなったわけよね。
あれ?痩せたはずなんだけどな、みたいな。
なんかこうちょっと自分の認識と、認識っていうか自分のイメージと認識が違くて、認識っていうか現実が違くて、え?みたいな。
こうやって大いにしてあるわけじゃんね。
で、私そういう風になった時は結構笑ってるわけよ。あれ?みたいな。ウケる?みたいな感じで流してるわけ。
だけどさ、流せない時だとあるわけよね。
自分はこうであるはずだと思ってるんだけど、現実はそうじゃなかったりとかすると、やっぱ苦しくなるわけじゃん。
制限されちゃってるよね。あれ?こんなはずなのにこんなこともできないの?みたいな風に思っちゃうみたいな。
なんかそのカルマヨガをシェアして、カルマヨガじゃない、サダナミーティングでシェアしてる時に、みんながもうなんか張り詰めちゃってて、もうポロンポロンって涙が出てるわけよ。
私それにびっくりしちゃって、そんなに大変だったんだ、みたいな。そんなに張り詰めてたんだ、みたいな。
嘘?みたいな。これでも表面的には見えないわけよね。
なんかすごい陽気で、いつも元気いっぱいで、なんて思ってる人がなんかポロンなんて涙しちゃうわけね。
もちろんなんかその、うーんってなってるジレンマ?と戦ってる人もいるわけよ。涙じゃなくて。
なんだけど涙してる人がすごい多くて、何なる一人なんか、なんか大変そうだなっていうのを見てて分かったりした人もいたんだけど、日常生活でね。
なんかもう手一杯だな、みたいな。なんかそういう人はもう喋れなくて涙ポロンって言ってパースみたいな。もう喋んないみたいな感じになったりとかしてて、やっぱみんなそれぞれに抱えてるんだなと思って。
私はそれに気づかない。知らないよね。そんな話しないしさ。私あんまり人と交流を持たないのよ。
それは何言ってるかみんな分かんないから、はーってなってるからさ。
し、自分のなすべきことに集中してると、そんななんか人と会話してる時間がないんだよ。
というわけで、なんかこう明るく取り繕ったりもしないし、誰かとめちゃくちゃ喋るなってことも、なんか取り立ててしてないんだよね。
もうコミュニケーションが悪いのかもしれないのかもしれないんだけれども、でもできないものはできないんだよ。時間がないし。
で、自分に集中してるの。で、でもさ、そういう時間ってみんなでさ、なんかこういう葛藤があってとかっていうのをシェアしてて、
ほんとにみんなフローンって涙が出ててさ、私はちょっとびっくりして、びっくりしたのは、そのなんてみんなそんなに頑張ってたというか、張り詰めてたのかみたいなことの衝撃と、
もう一個、私全然涙出てこないと思って。ってびっくりしました。で、ていうのも私は、あのね幼少期からずーっと泣いてる子だったの。
ほんとに泣いてて、なんではないところで泣くみたいな。なんかあの、高校生の時とかさ、リーダーを決めるとかやって言って、リーダーに選出されちゃうわけ、私。
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なんだけど、なんか自信がなくて泣くみたいな。なんかリーダーしてんのに泣くみたいな。意味わかんないみたいなことしてたわけよね。
でもみんながなんかこう、別に気にしてないというかさ、私も出ちゃうんだからしょうがないみたいな感じで。
だけど、なんか多分プレッシャーだったりとか、嬉しさもあったのかな。でもなんか本当に意味わかんなく泣いてたの。
大人になって栄養を勉強したら貧血がそうさせるっていうのもわかってきて、あーなるほどねみたいな。すごく深く理解したりすることもあったんだけれども、本当に泣いてたの。
なんか重いことをうまく伝えられない泣きみたいなのもあったりとかして。
でもなんかその涙もさ、浄化の一途というか、なんかそういうのを私は経験してきたから、なんか成長の過程としての涙みたいな。
だからなんかすごい素晴らしい、美しいなと思ったわけ。美しいなって一方で思っておりました。
そしてね、自分のことを振り返るとさ、なんか最近そのギャップ、みんなと同じじゃないみたいなところにギャップを感じるわけよね。
同じじゃないっていうのが当たり前なんだけどさ、ね、前も言ったじゃない?みんなが広告党になったりとか本を出したりとか本を出版するみたいな話になって、本を出したなんていう人たちの中で私は牛をやっているみたいな。
どういうこと?みたいな。全然いい、全然誇らしく思ってるから。
誰が上とか下とかそういう話は全然ないからあれなんだけど、なんか周りは張り詰めてたのに私は全然張り詰める感じじゃなくて、なんか淡々と粛々と日常を過ごしているし、なんか昨日の話では、サダナはどうなのかって言って、
私何しよいろかなって全然わからなかったんだけど、私の隣の人がさ、開講一番さ、なんか全然平和だったのに、昨日突然怒りがやってきたよみたいな。
なんかのきっかけでやっぱりそういう感情がグワーって出てくるわけよね。
でさ、ヨギならば、精神的に達している人ならば、怒らない。怒らないのが普通だと思うかもしれないんだけれども、人間なもの怒るのよ。
だけどその怒った時に、ちょっと待って。
その怒った時に自分がどう対応するのかとか、自分が怒っていることに気づけるのかとか、何に対して怒っているのかっていうのを考えるスペースみたいなのができると、できることが素晴らしいことだと思うわけよ。
観察してるから自分は。
怒りという渦の中にいないじゃない。それを見ようとしてるんだから。
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だからそういうことができるのが、まず第一歩。
で、彼女はそれで幼少期のトラウマじゃないけれども、そういうのが原因かもしれないと思い始めて、という話をブラブラしてて、ビロビロ喋ってて、ほーっと思って。
えーそうしたらさーとか言って、怒りとか言って、あー私もあったなーみたいな。
でもさ、忘れてたみたいな。忘れてたよみたいな。
彼女が言うまで、つい最近のことなのに忘れてたとか言ってて、私もその話に便乗してさ。
だけど、その忘れてた理由は、もうそのなぜかっていうのがわかったから、別に執着する必要がない。
その種をね、見つけた。私の怒りの原因が悲しみだったんだよ。
なんかここにいるのに、なんかわかってくれないみたいな、まぁ悲しみだよね。
から怒りに変わっていたっていうのがわかったから、なんかすごいスッキリしちゃって、
そのーことはどうでもいいというか、もう終わり、終了みたいな感じになったっていう話をして、
やっぱ多分種を見つけるっていうのが、私は早い、その期間がすごい早くなったなと思ったっていう。
いつまで文句よくしてないでいられるっていう、切り返しがめちゃくちゃ早くなったっていう話をして、
でへーみたいな感じで、みんななんか興味津々に聞いてくれて、でへーみたいな。
でさ、だからなんかそういう意味では、感情が起こったとしても対応の仕方を知っているから、
別になんてこともないし、私はこういう人の気持ちに寄り添うとか、
なんかそう突き放すような冷たいことをされるのが嫌だから、だってなんか尊厳じゃん。
それはあなたの問題でしょ?とか言われるとさ、は?みたいな、そうなんだけどさ、みたいなゼロハートみたいな感じになるから、
そこじゃないんだよみたいな、あー辛かったねって一瞬言ってもらいたいみたいな。
別に言わなくていいの、その人が言わなくていいんだけど、私はそういう風に感情になってるってことに気づくっていうのがやっぱり大事。
だからそれができたら、なんかもうまるっ、はい次みたいな感じになってて、だから忘れてたとか言ってて。
で、うまく言えてるのかわからないんだけども、なんか一生懸命英単語をつなげて、
ちょっと私の本当にNEXTの課題は、英作文をするっていうところにやってきたなっていうのを感じております。
あの単語は本当にゲットしてきたので、発音も悪くないってアメリカ人に言われて、全然わかるあなたの英語って言って、
ただその文章をつなげてることがなんか不得意なのかなっていうのを感じるみたいな。
そりゃそうでしょみたいなネイティブじゃねえんだよと思いながらも、でもそうやってフィードバックをしてくれたりとか、
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あのコントラディクションっていうね、矛盾とか、そういう言葉を教えてくれて、
昨日の単語覚えてる?みたいな感じで言ってくれたりするわけ。もう超助かるよね。
まあそんな感じで、いろんな方に助けられて英語は伸びてるはずなわけ。
で、昨日はそうやって一生懸命英作文をしながら言って、英作文するっていうか、
英語をね、センテンスで言うように、言うようにというかセンテンスで何とか言えて、
でそれを伝えて、でなんか次の質問が、なんかもし必要、
あなたに今必要なことは何かみたいなことをチャイタニアがリードしてて言ったんだよね。
私なんかそれを疑問で、必要ってもう必要じゃねえんだよと思いながら、
もう満たされてんだよみたいな感じで、ちょっとなんか反発する気持ちがあったんだけど、
足りない足りないってさ、そんなことなくない?ちょっといびつで、もうそれでいいんだよみたいな。
なんか足りないっていう、なんかニードっていう、なんか必要なことは何かっていう、
なんかその聞き方もなんかあんまりピンとこなくて、
必要なものは目の前のことだみたいな。
私も大概だよね。なんかすごいエゴ様が、立派なエゴ様がいらっしゃいますから。
でもなんか私にはこれが足りない、これが必要だとかっていうのはちょっとなんか違うんじゃないかなと思って、
あるものを生かすのが私がすごく大事にしていることだから、なんだろうなと思って、
なんかすごい違和感で、で必要なものといえばみたいな、あんまり必要じゃないのかもしれないけど、
なんか今ある、目の前にあるカルマヨガとか、私が作ったキルタンサークルとか、
なんかそういうある機会をもっとフォーカスして、気持ちを込めてやるっていうことが私は大事だと思ってるみたいな。
で、そしてなんかすごく面白いことに気づいてさ、ヨガには4つの道があるって言われてて、
それがカルマヨガ、バクティヨガ、ラージャヨガ、ニャーナヨガっていうね。
カルマヨガってセルフレスサービス、無視の奉仕、自我を消すというか無くす奉仕をしてて、
それをやっていくと、献身的な愛に変わっていって、それをしていくとメディテーションの状態になって、それがラージャヨガね。
それでそういうピューリファイされた、浄化された、綺麗な状態だといろんな知識を前向きに得られるよっていうのがニャーナヨガ。
でさ、なんかそのニャーナヨガを習えば習うほどカルマヨガの大事さとか意味とかっていうのがすごく深く理解してきて、
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なんかこうぐるぐる戻ってきたなと思ったの。
その4つの道って好きなところから始めていいんだけど、でもどれかゼロってのはダメなのね。
偏りがあったら前に進まないのよ、その好きな道が。
なんかそんなようにできているのね。
だからなんかすごくバランスが大事だし、今やってるのがさ、なんかすごく循環してるな、巡ってるなって感じがして、なんか心地がいいみたいな。
だからこそカルマヨガの意味も分かってきたし、だからこそバクティヨガをもっとやりたいしみたいな。
だからこそメディテーションに入れるようにしたいしみたいな。
なんかそういういい欲がいっぱい出てきて、いい循環してる気がするとか言って。
なんかそれを言ったらさ、なんか私結構成長したんじゃないかななんて思って。
で、その涙を、涙が成長の過程の証だとしたら、今はそれがちょっともうなくて、なんかもっと深いところに行く感じがしております。
とはいえね、なんかこういろいろ反省すべき点とかはいっぱいあるわけよ。
口応えしてしまったみたいな。
突っ込んでしまったみたいな。
だからなんかこう、のらりくらりではあるかもしれないけれども、本当にスパイラルアップしてる感じがしております。
本当にね、ここにいられてよかったなと思ってさ、あと2週間もしないで、あれなわけよ、3ヶ月になっちゃうから一度ここ出るのね。
リフレッシュしに行きます。
なんか本当にね、ありがたいことでございます。
だからなんか成長の過程としての涙をみんなのを見てね、ああ美しいなあと思ったりもするし、
したし、私自身があれそこにもういないぞみたいなっていう気づきがあったりとかして、なんかいいサダナミーティングだったなと思っております。
あなたのサダナ、成すべきことはどんなことでしょうか。
人生ね、きっと自分で全部選んできてるわけよね。
人のおすすめだとしても最終的にそれを選んだのは私。
で、やっぱり責任を取るってそういうことだし、自分塾ってそういうことだと思うのね。
何のこないだスレッツに自分塾ってどうやったら育つんですか教えてくださいとかって書いてある人がいて、
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それを聞いてる時点でもうすでに自分塾、他人塾なんだよと思いながらさ、
ちょっと面白かったです。
ツッコミませんでしたけど、あの、ん?みたいな、もしもしって思いながらね、
なんか正解を外側に求めてるとさ、そうなるんだよなと思って。
で、山に山のに山、どうぞどうぞやってくださいっていうのの一番最後に石原プラララーダが、
あ、よしよしよしよしよしよしよしよし。
ちょっと上手く言いませんでしたけれども、
それは完全に神に委ねるということなんだよね。
だから今、それなりに自分で選ん、それなりにではなくて完全に自分で選んできた人生、
この人が結婚するとか、ここに住むとか、この仕事にするとか、
この時給だからこの仕事にするって決めたのも全部自分だから、
そこで何に気づけるかっていうのは、完全に神様に委ねている。
神というかもう宇宙に委ねてるっていうような感じになるんじゃないかなと私は思っております。
さあ、長くなりましたけれども、いつも聞いてくれてありがとうございます。
それでは、バハマから。
今日は朝はすっごく風が強かったんですけど、今すごくいい天気に変わりました。
バハマからお届けしました。それではごきげんよう。
19:29

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