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まだまだ自分探しなのか Chapter1
2026-06-21 21:39

まだまだ自分探しなのか Chapter1

#自分探し #自分の人生 #Chapter #人生 #アナンディ #社会人 #生い立ち #振り返り
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00:07
やっほーみなさんごきげんようアナンディです。 本日もカナダからお届けいたします。
本日は2026年の6月の20日土曜日雨でございます。 今ちょうど雨が止んでるかな?
でもさっきまで雷が鳴っておりました。 さっきつっても3時間ぐらい前だけどね。
あの本当に時間ってシュッて飛んでくよね。 どこに行っちゃったのかしらって今思ってるんですけれども、
もう夕方でございました。 さっき朝ご飯食べたばっかりなんだけどなぁみたいな感じになっておりますけれども。
まあその話は去っておき。 ようやくでございますね。スポーティファイに接続しました。イエーイ!
あの別にだからなんだって話なんですけれども、 多くの人が聞いてくれるんじゃないかなぁなんて、どっかで思ったりとかしてて。
でも、あのね多くつったってねって話なんですけれども、 いつも聞いてくださってる皆さんありがとうございます。
多分私が、自分自身が一番のリスナーであります。
なんだそりゃって話なんだけれども。 やっぱりさ皆さん、何?
ちゃんと自分の講座をお持ちになってたりとか、自分のなんていうのかな、 最終的に売りたい講座みたいな、誘導したい何かみたいなのをお持ちだからさ、
すごいビジネス的にすごく上手にやってて、すごーいと思ってるわけですよ。
私何にもありませんので、高い壺を振り付けられるようなことは全くないので、ご安心してくださいませ。
いやそんなことにビビる人は聞いてるわけじゃないと思うんですけれども。
いやあのね、そのスポティファイにつなげられて、どうにかしてつなげたいなぁと思ってたわけですよ。
で、つなげられたので、これ何日もかかりました実は。
ちょっとなんか白線苦闘という感じで、本当に機械があんなに強かったのにダメになってきておりますね。
たぶんもういらない、必要ないんだと思いますけれども、まあそんなこんなで。
今日何話そうかなーと思ったんだけれども、今の現状をお話ししたいと思います。
現状、現在地だね。
なんかやっぱりみんなはさ、みんなというか多くの方は、私はなんとかですって言って、
なんとかの先生です、なんとかの専門家です、みたいな感じで肩書きがきちんとあるじゃない。
素晴らしいことだと思うのね。
私はあんまりそういうのなくてですね、カテゴリー外でございます。
なので、今の現在地をお話しするような感じになるんじゃないかなと思っております。
そうスポティファイにつなげたという記念で、私ってどんな人なのかみたいな話をちょこっとずつしていけたらなぁと、
ちょっとぼんやりと思っておりますのでお付き合いくださいませ。
03:00
1981年8月18日横浜生まれ、神奈川県で大学卒業するまで、社会人になっても大学、
神奈川県だな、ずーっと神奈川県で過ごしておりました。
今はカナダに、カナダモントリオールにいますけれども、
と言っても年に2ヶ月3ヶ月ぐらいしか多分いなくってここには。
1年の大方をバハマで過ごしております。
バハマのシバナンダヨガアシュラムっていうところで、カルマヨガっていうボランティアをしております。
なんかそれが多分メインのメインというか、1年で一番長く過ごしている場所になりますね。
で、なんでそんな生活になっちゃったのかということを少し話したらいいのかなと思うんだけれども、
ね、なんでだろうね、本当にね、どうしたって感じなんだよ。
だけれども、大きくヨガに出会ったっていうのがやっぱり一番の大きな転換期だったなと思っております。
なんかさ、ヨガっていうと体を動かすある種ストレッチみたいなエクササイズみたいな感じで捉えられることが多いんだと思うんだけれども、
違うんだよね、それだけじゃないのよね。
本当にね、人生を教えてくれる先生に出会ったなっていう感じです。
ね、こうなんかこう人に使えるわけでもなくて、先生ってだってね、誰って感じなんだけれども、
なんかヨガに出会ったのが一番大きかったです。
普通に、昭和のね、生まれなので、両親ともに、
まあ父親はそんなにブーブー言ってるあれじゃなかったですけれども、
いい高校に入って、いい大学に入って、いい会社に入って、いいお給料たくさんもらって、
いい人と出会って、いいお家を買ってみたいな、いい車に乗ってみたいな、
なんかそうしろそうしろみたいな社会だったんじゃないですか。
同世代の人は多分うんうんっていうのわかってくれると思うんだけれども、
なんか私は特にそういうのに洗脳されてきてきました。
まあでもそういう時代だったんだと思うんだ。
なんか大学さえ出ればいい会社に入れて、
で、いい会社に入れさえすればいい人が待っててみたいな、
で、誰か付き合って結婚してみたいな、子供産んでみたいな、
家買って車買ってみたいな、ローン地獄にハマるっていうね。
ローン地獄にハマるっていうか普通の人生を特に母親は望んでおりました。
なのでこう勉強するっていうのもいい成績を取るため、
それもやっぱりいい学校に入るためみたいな、そういうことで生きてきたんだよね。
いいって何人と比べていいんだって話だよね。
本当にね、世間と比べて、学校の周りの人と比べて少しでもよくみたいな、
06:07
なんかそういう感じで生きてきちゃったんだよね。
だからなんかこう負けるもんかみたいな、
今の言う通りの人ってみんなで一緒に頑張ろうみたいな感じじゃん。
争わないみたいな。
だけど争いの真っ只中に生きて、
蹴散らして、何なら引きずり下ろして、
行こうなんてするような考えを持っておりましたね。
なので自分のできる限りの理想を高校も新学校に行って、
ほぼほぼドベな、微力欠な成績を一番最初取ってたので、
成績表を見てびっくりしたんだけど、
あれ下に何人かしかいないじゃんみたいな。
っていうようなね、成績を取ったりとかしてたんですよ。
なので決して高校に入ったら、
そうそう高校はね、私のレベルじゃないところに入ってしまいまして、
どうしても行きたいところがあってね。
でもなんか努力したら叶うんだみたいな風に、
なんかどっかで思ってて、
だから努力して頑張って頑張って頑張って頑張って生きてきましたね。
で、大学も別にやりたいことなんかなかったわけ。
もしあの時に許されるのであれば、
イベント会社に入りたかったなっていう気持ちはあります。
ありました。
なんかそれこそABEXじゃないけれども、
なんかこうパーティーピーポーのいるようなところとか、
こうイベント制作会社みたいな、
多分そういうところを今で思うと、
そういうところに興味があったんだと思います。
一つのプロジェクトを計画立ててやるみたいな。
っていうのも私、文化祭が大好きで高校の。
文化祭実行委員長とかやってて、
なんかそういうのが大好きだったんだよね。
お祭りごとが大好きで。
で、文化祭体育祭とかを全力投球をしてたら、
あれ終われようと3年間なんてあっという間に終わっちゃって、
あれどうするの?みたいな感じになって。
で、みんな行ってるから一応塾行くんだけれどもみたいな。
マンツーマンの塾じゃないとやらないから、
マンツーマンに行かせてくれとか言ってて、
親にお願いしてマンツーマンの塾に行って、
で、将来どうするんだ?みたいな。
うーん、みたいなね。
全然夢なんかなくって、
なんかタバコ吸ってお酒ついで、
タバコは自分は吸わないけれども、
タバコ吸っている職場でなんか上司の愚痴を聞いてる感じの
大人にはなりたくないなーなんていうのだけは分かってたんだけど、
何になりたいとかははっきり分かんなくって。
でも大人の周りの助言で文系でも理系でもないみたいな。
なんかパッとしなかったんだよね、成績がね。
だからなんかこう薬剤師なんかいいんじゃないか?みたいな。
手に職だ!みたいなね。
まあそういう時代でもあったんだよ。
近所のお兄ちゃんもなんかこう、
大学を出たけれども就職ができなくって、
就職浪人をしてたりしてたの。
だから院に行って、
しのいで!みたいな。
とかなんとかっていう感じでね。
09:01
なんかそういうのを聞かされてたりとかしてたので、
手に職だ!みたいな。
で、私も私でなんか一生働けるよって言われた言葉が
すごいこういいじゃん!と思って、
かっこいいじゃん!みたいな風になって、
薬剤師になるっていうのを決めたんだけれども、
まあ科学嫌いだったんだよね。
意味わかんねーと思ってて。
でもまあそれでも、
科学は必須だったのか受験中したのかな?
あんまり良い成績じゃなかったと思うんだけれども、
でもそれでも大学に入るってギリギリ入れまして、
多分ギリギリね。
ギリギリとにかく拾ってもらえて大学に行き、
大学ったら花の大学生になる予定が、
なんか本当に山の上の大学に行く形になっちゃったので、
全然花話しさとは真逆で、
もう本当に大変で、
今だったらすぐ辞めてるんだけれども、
当時の真面目な私は辞めるという選択肢がなく、
4年間通っておりましたね。
どうやったらこの地獄から抜け出せるのだろうかと思ってたら、
考えた結果、
辞めるという選択肢はもうすでに選択肢の中に入ってないので、
ストレートで学校出るしかないっていう。
でもね、やったらこうやったで真面目に頑張る人なので、
いっぱいテストも頑張って、
卒業試験までこぎつけられることになって、
卒業試験パスし、国試にもギリギリ受かり、
薬剤師に晴れてなるっていうね、
なんか底力を持っているなって自分でも思っております。
でさ、薬剤師になったんだけども、薬局で働きたくなくて、
なぜかって言ったら、
3人とか4人とかしかいない職場の世界に私がいることになるのかと思ったら、
なんか息苦しく感じちゃって。
なんか嫌だなと思って。
無理無理無理無理と思ってさ、
なので相談したんだよ、教授に。
あのーって言って、ちょっと薬剤師になりたくないんですけど、みたいな。
えー、みたいな。
すごい驚かれて、
え、君は何のために薬学部に入ったのかい?みたいなね、感じだったんだけれども、
でも別にそんなに、
私がいっぱい驚いてたかもしれない。
どうしてここに来ちゃったのかしら?みたいな。
自分でね。
だけども先生は、あれよ、
なんか君は社交的だし、おしゃべりも好きだから、
あのMRなんかいいんじゃない?みたいな感じで。
何ですかそれは?みたいな。
何ですかそれは?って言って、
あのー、製薬会社の営業だよって言われて、
薬売るんだよって言われて、
お、それいいじゃんって言って、
え、じゃあそれになります?とか言って勝手にね。
姫、就職を勝ち取りました。
勝ち取りましたっていうか、
まあ受かってもらえた?
受からせてもらえましたね。
12:04
あれもいい思い出だったよね。
なんかいろんな企業に行って、
へー、こんな会社いっぱいあるんだって言ってね。
そう、それで製薬会社に行きまして、
MRとして働くんですよ。
これまた神奈川県の担当だったので、
一人暮らしはさせてもらえたんだけれども、
そうね。
ラッキーなことに一人暮らしが始まり、
社会人としてデビューをしました。
MRデビューでございます。
最初の1年、2年、3年っていうのはさ、
特に1年目なんて訳がわかんないから一生懸命やって、
2年目もなんかOKOKってやって、
3年目もやって。
やってるとさ、どんどん飽きてくるんだね。
え、何これ?みたいになって。
そうね。
トータル結局製薬会社10年勤めました。
私にしては結構頑張ったんじゃないかなっていう風に思っております。
ていうのも、やめようやめようと思ったタイミングで
部署移動みたいなのが行われて、
やめるよりいるかみたいな感じの気持ちが勝ったり、
でもやめて何するっていう気持ちも拭えなかったので、
だましだまし10年やってきましたね。
なんか途中でワーホリーを、
なんか申し込み制だったので申し込みを、
イギリスのワーホリーをね、申し込んだらまんまだ外れて、
あーもうこれは絶望的だみたいな。
ワーホリーに受かったら会社辞めようと思ってたのに、
ギリギリホリデーか、それは30歳の時だね。
ギリホリデー辞めようと思ってたのに、
受かんなかったから辞められなくて、
あーもうどうしようと思ったら本社に移動になるっていうね、
ことをやってました。
まあそれもなんかやっぱり、
捨てる神あれば疲労神ありみたいな感じで、
部署を変えてもらえたおかげで、
また気持ちを一転して新たにスタートするみたいな感じ?
なんかもうだましだましみたいなもんだよね。
でもそれはそれでさ、
社会で働きたかったの私。
会社っていうものを、組織っていうものを見たくって、
なんか最初のそれをね、
組織を見たくって社会人になりたいっていう気持ちがすごいあったのね。
だから薬剤師はなりたくありませんとかって言って、
友達のつき添いで面接に行ったことがあるの。
グループ面接みたいな。
なんかそれも完全なつき添いで行ったのに、
あなたはどうですかみたいな感じで進められたから、
いや私組織、企業で働きたいんでとか言ったら、
うちも企業ですとか言ってピシッと言われて、
えーみたいな。
でも職場2,3人のところじゃんみたいなさ、感じだったんだけれども、
15:02
なんかピシッとされたのをよく覚えております。
でね、自分の人生考えてたんだよね。
あの時も必死にね、どうしたらいいんだろうかみたいな。
本当に悩んでた。
なんかこのままずっとこれを繰り返すのかみたいな。
人生って大きく言っちゃえば繰り返しの連続じゃんね。
朝起きて歯磨いてご飯食べて、
なんていうの支度して会社に行って帰ってきて風呂入って寝るみたいな。
それの繰り返しでしょ。
だからなんか何言ってんだって話なんだけれども、
でも仕事もさ、全然さ、一緒だったからなんかこう、
変わり映えしなかったんだよね私にとってはね。
なんかあれみたいな。
だから、ネズミ飼ったことある人いるとも、
飼ったことがあればよく分かると思うんだけれども、
滑車がついてるじゃん、あの車輪みたいなやつ。
あれをさ、中でウィンクルンクルンこう、
ネズミが走ってさ、同じ場所をずっとくるくるくるくる回ってるみたいな。
あれと同じだろうなと思ったわけよね。
なんかゾッとしちゃって私。
一生これかと思ったら、
まあ今30代だからよしとしてもって言って、
40代、50代、60代ってなんかこう髪の薄くなったおじいちゃんとかも一緒に働いてて、
悪くないよ。全然立派な仕事だと思うからいいんだけどさ、
私がなんで髪をね、こううすら、
ハゲ散らかしてね、働いてるかって言ったらなんか嫌だなと思っちゃったんだよね。
で、どうしようかなーなんて思ってたの。
そしたらさ、あのー、
この話聞いて面白いのかな、なんかあのーなんて言ってさ、止まっちゃったけれどもさ、
世界人の10年の話がギュッと凝縮されないっていうね。
まあとにかくやめたのよ。
なんか思うところあって、はっとして、なんかもうやめちゃえと思って、
先も決めずにやめました。
本当にね、勢いだったと思う。
し、あの時若かったかって言われたら、今と比べたら間違いなく若いけれども、
30の仲間ぐらいで、やめちゃうなんて選択肢を取るなんてバカだってみんなに言われて、
特に私の母親なんかは、あのね、いい、
いい学校に入れ、いい会社に入れ、いい人を見つけろ、みたいなことばっかり言ってる人だったから、
もうその社会のレールっていうか、安心から外れちゃったから、
ものすごく私にこう、なんかこう、当たりが強くって。
で、私も私でさ、何になりたいかとかどうしたいのかとかも全然、どうしたいかわかってない。
18:06
何になりたいかとかどうなるんだっていうのは全然わかんないから、
で、やめちゃってるから、何も反抗ができなくって、こうなるって言ってんじゃんとかって言えなくってさ、
なんか一応薬局やるからとか言ったんだけど、全然やりたくないのね。
なんか会社には10周年記念でやめますとか言ってやめて、
大冒険に出るんですよ。
ちょっと長くなったので今日はこの辺にしましょう。
なんか本当に、この資格を取ってこうなるっていう風に人生をプランして生きるっていうのもいいんだけれども、
なんか私プラン通りにならないよね、全然ね。
なんかなっても気持ちが追いつかないというか、全然この納得感がないというか、
心がザワザワしてるみたいな、ザワザワザラザラしてるみたいな、
全然心地よくないっていうのを感じてたんだな。
だからこそ、なんかよくわかんないけど、そのザラザラ気持ち悪いみたいな、心地悪いっていうのをやめようと思ったんだ。
なんかそれで先も決めてないのに、何の保証もないのに、やめました。
そんなところから第一章が幕を閉じるっていう感じかな。
なんかこう義務教育、世間で言われる大学に行き社会人になるっていうね。
チャプター1終了です。
さあ聞いてくださってありがとうございます。
こいつ何なんだよと思ってるなと思います。
私まだそう、お前何なんだよって思ってます。
なんか自分の人生なのにね、全然コントロールしてないじゃん。
カッコ悪いっていう風に言われるかもしれない。
だけど、でもそれでいいじゃん。
コントロールするのは、私が私であるのを確認するために、
果汁がどこにあるのか、どこまで切れるのかっていうのを多分確認している最中だから。
今もそうだよ。なんかこう、私はなんとかですって言い切れないんだよね。
本当はカッコ悪いって言われるのかもしれないし、世間で見たらね、
あの大学の教授ですとか役剤師ですとか、役剤師もやめちゃってるから結局のところ。
何の肩書きもないのよ。
何かの先生ですとかっていうのも全然ないからさ。
本当にカッコ悪いんだと思うんだけれども、
でも、じゃあ私は生きる価値がないのかって言ったらそんなことないし、
じゃあ私に魅力がないのかって言ったら多分そんなこともないだろうし、
って私は自分で思ってるのね。
だからなんか、生きている生き様みたいなのをどんどん出していきたいなと思っております。
そう、まだ途中で40…今4歳なのかな?
まだ自分を探しているというか、
21:00
家事を取っているつもりがどこまで右に切れるんだ?
どこまで左に切れるんだ?っていうのをやっている最中でございます。
というわけで、なんつー結論だっていう話なんだけれども、終わります。
聞いてくださってありがとうございます。
アナンディ・ナウはカナダにおりまして、
この夏は多分ニューヨークに行く予定でございます。
さあ聞いてくださってどうも本当にありがとうございます。
それではごきげんよう。
21:39

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