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2024-12-02 37:52

第41回.推しキャラのいないアメコミファンってなんなのさ?ユニバース制の魅力を改めて考える

今回は推しキャラのいないアメコミファン、つまり私自身がいったいアメコミの何に魅力を感じているのかを語っていこうと思います。


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#アメコミ#アメリカンコミック #マーベルコミックス #DCコミックス #バットマン #スパイダーマン

サマリー

このエピソードでは、推しキャラを持たないアメコミファンがアメコミをどのように楽しんでいるかが考察されています。また、ユニバース制の魅力が物語の構造やキャラクターの深みをいかに高めるかについても触れられています。ユニバース制のアメコミの魅力を探る中で、物語の展開が早く、キャラクターの背景や関係性に深みを与える点が強調されています。また、歴史的な瞬間に立ち会う喜びや、アメコミの継続的な進化が語られています。今回のエピソードでは、ウエスト・コースト・アベンジャーズを中心に、漫画の新シリーズとその魅力が掘り下げられています。また、DCの新作としてジャスティスリーグ・アンリミテッドやグリーン・アロー、ブラック・キャナリー・ベスト・オブ・ザ・ベストなども紹介されています。

推しキャラを持たないアメコミファン
ポッドキャスト版アメコミ放浪記のご視聴のみなさん、こんにちは。
このポッドキャストは、アメコミ好きの会社員、私、NOBBONが最近のようなコミックの紹介を中心に、アメコミ関連の話題をさせてもらうものです。
今回のネタは、推しキャラのいないアメコミファンってなんなのさ?ユニバース制の魅力を改めて考える、です。
何を話そうかというと、きっかけがありまして、私、SNSとかで仲良くさせてもらっている人とかと、アメコミのオフ会とかに出たりするんですね。
このオフ会に行くと、もちろん初めての人が多いんで、必ず自己紹介をみんなする流れになるんですけども、
このときに結構な広角率で、自分の名前と、自分の推しキャラは誰ですみたいな感じの話を一言ずつみんな言ってくっていう流れになることが多いんですね。
実はこれ結構私困ってしまって、私、あんまり推しキャラっていうのがいないんですよね。
とはいえ、自己紹介のときに推しキャラなんですかって全員言ってく流れの中で、急にいませんって言っても変な雰囲気になるんで、
自分のときは大体、私はコンスタンティが好きですとかって言うことが多いんですけども、やっぱり自分の中で、もちろんコンスタンティ好きなんですけども、
じゃあ推しキャラかっていうと、それもちょっと違うなっていう気はいつもしてます。
そういう無線でSNSなんかを見回してみると、やっぱりアメコミファンの人の中でも、推しキャラを中心に活動されてる方っていうのが結構多いんですよね。
これでもやっぱり最近の世間のアメコミに限らず、オタク消費全般の傾向の中かもしれませんけども、
推しキャラ外でそのキャラクターを中心にエンターテイメントを楽しんでいくみたいな感じの人が多いんで、
自分はそういうわけではないっていうのがまずスタートチェーンとしてあって、
アメコミの楽しみ方
それをきっかけに考えてきたときに、自分は何を楽しみにアメコミを読んでるのかなっていうのを考えるときに、
例えばライターを中心にして読んでますっていう風な言い方も一瞬できるかなと思うんですね。
なんかちょっとかっこいいじゃないですか。僕はキャラクターをしてるわけじゃなくて、
あくまで良質な物語を楽しみにアメコミを読んでるんで、どっちかっていうとライターのほうが推しですかねみたいな。
ちょっと頭がいなそうじゃないですか。でもこれもよく考えてみるとちょっと違うかなっていう風に思っていて、
何でかっていうと、実際アメコミの新タイトル読むときって大体ライターを中心に決めてるんですね。
このライター書くんだったら読んでみようとか、最近このライター結構評判がいいから新作書くからちょうどいいから読んでみようみたいな感じで
ライターを中心に読むんですけども、とはいえ結構好きなライターであっても、
ヒーローもの以外のクリエイター王の作品をライターが書いたときってあんまり読まないんですね。
もちろん大ファンなライター、実際に言うと私の場合はトム・キングとかですかね。
トム・キングがユニバース外でクリエイター王の作品を書いたっていう風に言われると、これね私は読んでるんですけども、
同じようにヒーローものを書いたら必ず読んでるようなスコット・スナイダーがAmazonと契約して書いていたたくさんの作品を読んだかというと読んでないですし、
同じようにマーベルで最近書いたって言ったらすごい読んでたジョナサン・ヒッグマンがイメージで書いてるマンハッタンプロジェクトであったり、
イースト・オブ・ウエストだったかな、そこら辺のタイトルを読んだかというと読んでないわけですね。
なんで純粋にライターをメインにしてアメコミを読んでるかって言われると、それも違うなっていうふうに気づかされたわけですね。
考えてみて、自分は一体キャラクターが好きなわけでもなく、かといってライターが好きなわけでもなく、何を楽しみにアメコミを読んでるんだろうなというふうに考えたときに、
ユニバース性の魅力
最近ようやくここが言語化できて、やっぱりユニバースを楽しみたくて読んでるんだなってことが最近自覚しました。
具体的にユニバースを楽しむってどういうことなのっていう話になると思うんですけども、
これに自分の中でユニバース性のアメコミの魅力っていうのは二つあるかなと思っています。
まず一つ目のユニバース性のアメコミの楽しみなんですけども、一つ目はユニバース性っていう精度を知ることによって非常に物語がハイコンテクストになって、
その結果物語密度が圧倒的に高くなるんですね。ギュッと密度が高まります。
これどういうことかっていうと、要はユニバース性にすることで一人一人のキャラクターの設定や歴史っていうのが皆が知っていることが前提になって物語が語られるんで、
物語を構築するときにそれらの歴史であったりキャラクターっていうのを前提にした物語っていうのが作れるんですね。
例をいくつか挙げていくと、5,6年前にあったHeroes in CrisisっていうDCのクロスオーバーがあるんですけども、
このHeroes in Crisisってテーマを一言で言うと、暴力の世界を日常とするヒーローたちが抱えるトラウマっていうのをテーマにした物語になっているんですね。
この物語のラスト近くに、ある人物、長年の活動で非常に傷ついてきたヒーローに対して、フラッシュが君は一人じゃないんだよっていうのを語りかけるシーンがあるんですね。
そのフラッシュのセリフっていうのがすごい長いんですけども、コミック上はそのフラッシュの言葉を背景にその場に居合わせたキャラクターの顔っていうのが一コマずつ描かれていくんですね。
これをユニバース性の編み込みじゃなくて、普通に1作品として見ると、単に長いセリフの場をつなげるために、その場にいる人物の顔をアップにしているだけっていうふうに捉えることもできるんですけども、
でも、読者が感じることは違うんですね。なので、今からフラッシュのセリフの略した省略を言いながらコマの中で説明していこうと思うんですけども、
良いことをしようと必死になって、ひどい結果をもたらしてしまった経験があるのは君一人ではないっていうふうなこととともに、まずブースターゴールドの顔が浮かびます。
次にフラッシュは非常に傷つき、その傷自体が自分の代名詞になってしまったのも君一人ではないといって、バッドガールの顔が映るんですね。
次に、永遠の親友だと思っていた人間に裏切られたのも君一人ではないといって、ブルービートルが次は描かれます。
次は、自分に染み入ってくる狂気に恐れおののいているのも君一人ではないといって、ハーレクイーンが描かれます。
というわけで、さっきも言った通り、コミック単体で見ると単に長いセリフの場を持たせるために各キャラクターの顔を描いているだけなんですけれども、
ただ、読者の感想は違いますよね。
つまり、非常に傷つき、その傷自体が自分の代名詞になったのは君一人ではないというセリフとともにバッドガールの顔が描かれることで、
読者というのは、このことがバッドガールが経験した、ちょうど前回話したバットマンキリングジョークですね。
バットマンキリングジョークの事件によって下半身が不随になって、それ以降バッドガールのキャラクターってそれまでは非常に明るくて、
妖精なキャラクターだったんですけれども、この事件をきっかけにバッドガールイコール車椅子で傷ついた女性、かわいそうな女性というキャラクターに変化してしまったわけですよね。
そういうことを思い浮かべるわけですし、次の永遠の親友だと思っていた人間に裏切られたのも君一人じゃないという風にブルービートルが出てくると、
このブルービートルがジャスティスリーグインターナショナルというコメディタッチの作品で、ブルービートルとブースターゴールドと、
あともう一人キャラクターがいて、非常に三バカキャラみたいな感じで、親友キャラみたいなキャラクターが三人組がいたんですけれども、そのうち一人に裏切られてブルービートルが殺されてしまうんですね。
それ以降、三人のバカな親友キャラみたいなキャラクターの一人は、それ以降はビランとして活動することになるんですけれども、そういうブルービートルの歴史を読者は思い浮かべるわけですよね。
そういう風に読んでいる読者というのは、その一言によって非常にフラッシュの言葉の裏に潜んだ事実に裏打ちされた内容を感じるわけですね。
日本の漫画であったり、あとはクリエイターオンドのアメコミみたいにゼロから積み上げて物語を書いていった結果って、このフラッシュのセリフがこの深さに辿り着くには、それぞれの四人の物語を別で書き切った上でこのシーンに到達する必要があるんですけれども、
でもこのHeroes in Crisisというのは、そのDC Universeという世界を舞台にすることで、たった6話でこのセリフに到達できるわけですね。
あとは、これが私の言っているハイコンテキストから来る物語の密度というところでして、これって例えば別の例で言うと、
アブソリュートバットマン、これは最近始まったシン・ユニバースの第2話ということで、物語も序盤も序盤ですし、基本的にはシン・ユニバースなんで、特に過去のしがらみがないはずなんですね。
そんな物語の中で、この世界のブルース・ウェインが幼なじみたちとポーカーをするシーンというのが出てくるんですね。
毎週やっているポーカーの定例会みたいな場に、ブルース・ウェインが久しぶりに参加するみたいなシーンなんですけれども、
この幼なじみというのは基本的にこのアブソリュートバットマンで初めて登場する新キャラなんですね。
ただその幼なじみというのが、ハーヴェーデン、これも元の世界ではトゥーフェスだった人物ですね。
あとはエドワード・ニグマ、これはリドラーで、次がオズワルド・コブルポッド、これはペンギンで、あとはウェイロン・ジョーンズ、これはキラー・クロックですね。
そういうメイン世界ではバットマンの宿敵だった人たちがブルース・ウェインの幼なじみのキャラクターとして現れて、
ポーカーを押しながら雑談するみたいなシーンになるんですけれども、この話もこのコミック単体で見ると新キャラだらけのなんてことないシーンなんですね。
ただ、これはもちろんそうじゃないですよね。つまりこのシーンというのは、新ユニバースの新タイトルの第2話にもかかわらず、この幼なじみが出てくることで、
物語の深みと展開の速さ
要はバットマンが社会の仮想民というのが、アブソリュート・バットマンの一つのテーマなんですけれども、そういう物語の中では、
ビランたちというのはみんなバットマンの友人なんですよというのを表すシーンになっています。このポーカーのシーンの中でも特に細かい、各幼なじみのキャラクターたちがどんなキャラかというのはあまり紹介されないんですね。
ただ、みんなどういうキャラクターかというのはある程度わかっているので、例えばハーヴェーデントが、今俺ケンジでいろいろやっているからお前らみたいに会っているところに慣れたくないんだよねみたいな感じのことを言うと、オズバルト・コブルポット・ペンギンがこのトゥーフェイスみたいな感じの軽口をたたくシーンがあったりだとかいうので、
特にキャラクターを大きく示すセリフがあるわけじゃないんですけれども、はしばしでこのキャラっていうのは元々世界のこういうところにこういうひねりが加わっているんだなみたいな、そういうのがすぐわかるようになっています。
さらに彼らがポーカーの、今からなるポーカーのハウスルールを確認する流れで、このテーブルにはジョーカーは使わない、ジョーカーは存在しないっていうふうに言いながら、意味深にトランプのジョーカーのカードが映るシーンがあるんですね。
これもこのコミック単体で見ると、別になんてことないシーンで特に意味はないんですけれども、ただ読んでいる読者っていうのはこれはっきりわかって、つまり、ヴィランたちは今みんな幼馴染だけども、ただこの場にはバットマンの宿敵であるジョーカーはいない。
つまりこの物語の中でもジョーカーは敵だっていうのが示されるわけですね。
それをたった一つの一コマ、このポーカーにはジョーカーは使わない、ジョーカーのカードを映すっていう一コマでそれを全て説明するっていうのが、やっぱりユニバース性のアメコミが到達できる物語の展開の速さだと思います。
これが一つユニバース性のアメコミの魅力かなと私は思っています。
ちょっと余談なんですけども、映画のスパイダーマン・ノーウェーホームを見ているときに、私映画館で見ていて、あっと思ったシーンがあって、それ何かっていうと、スパイダーマン・ノーウェーホームってマルチバースのスパイダーマンが現れてみたいな話で、
クライマックスで3人のスパイダーマンが入り乱れて敵と戦うようなシーンになるんですけども、その中でアンドリュー・ガーフィールドのスパイダーマン、つまり2作目のアメイジングスパイダーマンの世界のスパイダーマンが落下するゼンデイアのメリジェーンを助けるシーンがあるんですね。
これって本当に一瞬のシーンで、わーっと落下するメリジェーンをガーフィールドのスパイダーマンが助けた後に、スパイダーマンの顔に一瞬そのカメラが寄るんですね。このときにガーフィールドのスパイダーマンというのが何とも言えない顔をするんですね。
これは別に何も作中では語られないんですけども、スパイダーマンの映画を見てた人っていうのは、つまり元々のアメイジングスパイダーマンの世界では、アンドリュー・ガーフィールドのスパイダーマンというのは、全く同じ状況で恋人であるグウェン・ステーシーを助けられずに死なせてしまうんですね。
で、それをこの世界ではスパイダーマンの恋人であるメリジェーンを今度は自分は救うことができたということで、やっぱりそこでにアンドリュー・ガーフィールドはついにメインストーリーの中では見出せなかった救いを得るわけですね。
で、もちろんただそんなことっていうのは全然作品の中では語られないんですけども、それをアンドリュー・ガーフィールドの何とも言えない顔を映すだけで語ってしまうシーンがあって、ここはもう自分は本当に鳥肌が立つような感動があって、
この瞬間、自分の中でアメコミ映画がついにコミックに並んだなと思ったわけですね。それぐらい自分の中でコミックの魅力っていうのは歴史に裏打ちされたハイコンテキストさなんですね。
ちょっと余談でした。というのが、ユニバース製のアメコミのひとつの私の感じる魅力で、もうひとつありまして、それは何かというと、歴史が生まれる瞬間を見届ける楽しみなんですね。
これどういうことかというと、基本的にユニバースもののアメコミというのは終わらない物語で、常に世界設定を普通に妄想という謎の力が常に働いているんですね。
なので、例えばバットマンが死亡して代替わりしてディック・グレイソンがバットマンになったとしても、もしくはミュータントがクラコアという国を建国して人間の完全な上位種になったとしても、やがてそれというのはそのうちもっとなぞみ深い設定に戻ってしまうんですね。
それでもやっぱり、彼に元に戻ったとしても、その永遠に語り継がれるであろう、その展開が永遠に語り継がれるユニバースの歴史になる瞬間というのがあるんですね。
今言ったバットマンが死亡してとかって話だったり、あとはクラコアの建国だったりというのは、まさに元に戻った設定だけども、それが永遠に語り継がれる歴史になった瞬間だと思うんですけども、
そういう瞬間に立ち会って、物語の着地点をハラハラしながら見届けるっていう楽しみがあるかなと思っていて、
これね、自分の中で一つの自慢なのが、DC Universe Reverseってあったじゃないですか。
あれ、私はリアルタイムで読んでいて、すごい大変なことが起こるっていうので、内容を事前のネタバレとかも一切避けて、
仕事帰りにDC Universe Reverseを買って、ダウンロードして、その足で仕事帰りにMacに寄って、
普段だったら、割とアメコミ買ったときって、まず字を読まずに絵だけ最後まで見て、もう一度頭に戻って、また1ページずつちゃんと読んでいくみたいな感じで読みがちなんですけども、
このときはそうじゃなくて、どれでかいことが起こるっていう前情報があったんで、ちゃんと先のページはめくらずに、1ページ目からちゃんと正読して、読んで、
あ、ウォーリーウエストがついに帰還したんだとか、ニューフィフティの世界にやってきたんだとかっていう感動をして、いい話だなと思ったら、最後も最後に、
DC世界にウォッチメンの、DC世界っていうのがドクターマンハッタンの監視下に置かれていたみたいな、そういう衝撃の展開っていうのが起こる瞬間っていうのを、本当にどうなるか分からずにネタバレさえなしで体験したっていうのは、
これね、私のアメコミファンとしての経験の中で、割と自慢の出来事だと思っていて、多分10年後、20年後ぐらいに若いアメコミファンに、私はDCユニバースリバースのリアルタイムで体験したんじゃんみたいな、あの感動は、みたいな感じで言う、
ちょっと老害じみた感じで自慢しようかなっていうふうなことを思うぐらい、やっぱりこの歴史が生まれる瞬間に立ち会ったっていう感動があったわけですね。
そういう感動っていうのは、やっぱりユニバース性だから生まれる感動なのかなと思っています。
ユニバースの歴史を楽しむ
で、この楽しさを人に伝える時に私よく言ってるのが、この楽しさって、プロ野球であったりJリーグであったりっていうスポーツ観戦の楽しさに似てるのかなと思っていて、
要は、いかにスポーツが好きな人でも、過去の名試合っていうのを何度も何度も見返す人ってあんまりいないと思うんですね。
もしくはまだ見てないから、例えば、半身巨人の半身の3連の勝った試合を1からじっくり見てみようとかっていうのって、楽しみの人はもちろんあると思うんですけども、あんまりそういう楽しみ方をする人っていないじゃないですか。
やっぱりスポーツの楽しさって、たとえ盆戦であろうが、もしくは自分が好きなチームっていうのの連敗が続こうが、今開催されているリーグ戦を見て、今展開している試合で応援するみたいな、そういう楽しみ方じゃないですか。
だから、自分にとってアメコミっていうのもありとそれに似ていて、要は名作と名高いんだけども、ある程度大まかなあらすじは知っている過去作オブ喜びっていうのがもちろんあるんですけども、
その喜びよりもどちらかというと、今展開しているオンゴーイングを追いながら、そのオンゴーイングがユニバースに語り継がれる伝説になる瞬間っていうのを、今か今かと待ち続けるみたいな、そういう楽しみ方をしているっていう側面もあるんですね。
というわけで、今言ったユニバースの歴史が生まれる瞬間を目標として楽しみっていうのは、そういう意味でスポーツ観戦の楽しさに似ているのかなと思っています。
いつも通りまとまりがない話になっちゃったんですけども、最後にまとめると、最初の問いで、推しキャラのいないアメコミファンって、何が楽しくてアメコミを読んでいるの?っていう質問に対する自分なりの回答としては、私はライターがっていうだけではなくて、
一つはユニバースの長年の歴史に裏付けされたハイコンテキストで濃密な物語を体験するっていう楽しみが一つ。
もう一つは、そんな長年の歴史にまた新しい歴史が刻まれる瞬間に立ち会う喜び。この二つがユニバース性のアメコミを追う楽しみの、私の感じる楽しみで。
私はキャラクターの推しはいないんだけども、やっぱりヒーローユニバースっていうユニバース全体をある意味推しているのかなっていうふうに最近は思うようになりました。という私の話でした。
続いては先週購入したアメコミの紹介になります。まずマーベルはウエストコーストアベンジャーズ、こちらを読みました。
これ何かっていうと、先週から始まった新シリーズになっていて、ライターがゲイリー・ダガンで、前にやっていたアイアン・マンシーからの続きになっていて、前のアイアン・マンシーだとエマ・フロストとトニー・スタークが結婚した話とかやったシリーズですね。
あのシリーズの中で、ウォーマシン・ローディーが刑務所に入って、ヴィランたちと協力しながら脱走するみたいな話をやっていて、
最後の最後、オーキスとの最終決戦のところで、ローディーがヴィランたちを宿って、ヴィランたちと一緒にオーキスと戦うという展開があったんですけども、
その流れで、ローディーというのは、ヴィランというのも決して本当に邪悪な人間というわけじゃなくて、彼らは彼らで公正の余地があるということに気がついて、
トニー・スタークと一緒にそこを何とかしていこうみたいな感じで、前のアイアン・マンションは終わったんですけども、その続きにウエスト・コースト・アベンジャーズがなっていて、
ウエスト・コースト・アベンジャーズの魅力
要は今回のウエスト・コースト・アベンジャーズというのは、そのヴィランたちの食材、社会復帰プログラムの一環としてのアベンジャーズというテーマがあって、
その関係で、まずメンバーにウルトラロンがいるんですね。そのウルトラロンとかを構成するためにアベンジャーズとしてヒーロー活動をするみたいな話になっていて、
これは非常にコメディタッチで面白いんですよね。ゲイリー・ダガンってよくデッドプールとか描いてたんで、非常にコメディが上手な人でもあるんで、そういう肩肘張らない気楽なシリーズかなという感じです。
SNSで混乱されている方もいたんですけども、なんでウルトラロンがウエスト・コースト・アベンジャーズに入って構成を目指しているのかというのは、これ多分まだ語られていなくて、これから語られるんじゃないかなと思っています。
なので、本当に状況を聞いて混乱した人も気軽にここから読み始めるタイトルなんで、ここから読み始めるのも全然いいんじゃないかなと思います。
マーベルはアルティメット・ブラックパンサーを買っています。DCは新シリーズを3つまず買っていて、1つ目がジャスティスリーグ・アンリミテッド。
これは新シリーズでして、久しぶりに、ここ数年ジャスティスリーグって実は解散してたんですけども、この前のアブソリュート・パワーというイベントを経て、ついにリーグが復活をするという展開になっていて、
しかも今回のジャスティスリーグっていうのは、決して5人、6人ぐらいの内輪のチームではなくて、むしろ入りたい人は誰でも入られる巨大なヒーロー軍団みたいな感じの扱いになっていて、
メンバーも基本的には我々が知るヒーローは全員メンバーとして入っているみたいな、そういう巨大な団体のチームになっていて、そこら辺が今回の新しいポイントかなと思っています。
物語が始まったばかりで、大きな流れというのは見えないんですけども、ライター側のマーク・ウェイド、アブソリュート・パワーも書いていたマーク・ウェイドがやっていて、このマーク・ウェイドって今までずっとDCでバットマン・スーパーマンっていうタイトルを書いていて、そこからの展開からの続きの話も多いんじゃないかなと勝手に思っています。
2つ目の新タイトルがグリーン・アローで、これは今までグリーン・アローってヨシュワ・ウィリアムソンが書いていて、
割とどちらかというと、グリーン・アローがいろんなマルチバースであったり、DCの過去や未来に飛んでいくっていう、割とコズミックな物語があったんですけども、
今月号から始まったライターを一新した新タイトルでは、地に足のついたストリートで泥臭い戦いをするっていうような展開の方に、割と原点回帰的な感じで思った作品になっていて、アートが非常にいいんで読んでみようかなと思って今読んでます。
あともう一個、新シリーズ3つ目がブラック・キャナリー・ベスト・オブ・ザ・ベスト。これは私が大好きなトム・キングの新作になっていて、これまだ1話読んだだけなんですけど、非常に変わったタイトルで、レディ・シバとブラック・キャナリーがDC最強の戦士を決める格闘技の試合。
格闘技の試合って言うとあれですけど、プロレスみたいな、プロレスとかボクシングみたいな興行として、ラスベガスの大会場でこの二人が決着をつけるみたいな、そういう話になっていて。
全6ラウンドの勝負を全6話でやるっていうんで、たぶん1話1ラウンドで展開するような感じになりそうだなっていうのが読んだ感じで。
基本的にはレディ・シバとブラック・キャナリーの試合と、なんでこの二人が戦うことになったのかっていう経緯っていうのが交互に描かれるような話になっていて。
一方で過去編も現在編もずっと話としては、その試合の解説とアナウンサーがスポーツ中継でお互い軽口を叩き合いながら試合の実況をするみたいな。
その実況の内容をダイアログにしながら過去編の物語も進んでいくみたいな、非常に変わった構成の物語になっていて。
新たなDCシリーズの紹介
これはトム・キングなんで、基本的には1話完結である程度希少点滑がつくような感じになっているんで、これも非常に全6話で読みやすいんで、トム・キング信者の私だけじゃなくて皆さんもぜひ読んでください。
これはDCだとアブソリュートワンダーウーマン、スーパーマン、デテクティブコミックス、こちらを読んでいて、あとイメージコミックではハイドストリート、前回の配信でも言ったのかな、モグロ副蔵vsマタロウみたいな感じのホラーコミックですね。
これを買って読んでいます。今回の話題は以上とさせてもらいます。
感想であったり、紹介してもらいたいタイトル、もしくはアメコミに関する話題があれば、お気軽にTwitter、アカウントアテイン、DMをくださるか、ハッシュタグ、アメコミ、フォロー協力でツイートください。
本当にネタギリギリ見ないで何か言ってくれると助かります。
またTwitterおよびBlueSkyではこんな感じで日々読んだアメコミについてつぶやいていますので、そちらのほうもフォローしてくださると嬉しいです。
最近はTwitterはあまりにも不快な話題が多いので、最近はBlueSkyのほうに引きこもり気味ですかね。
そんな感じでBlueSkyのほうに見ていただけるといろいろとつぶやいていますのでよろしくお願いします。
それでは次回の更新でお会いしましょう。ご視聴ありがとうございました。
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