-
-
スピーカー 1
アメリカンナイトGOLD アメリカからこんばんはNAKAMURAです。 アシスタントのわらです。この番組ではアメリカ研究留学4年目を迎えた私NAKAMURAが、ゲストとお話しながらアメリカ留学の魅力を再発見し、大きなあなたにおすわけすることを目指しています。
スピーカー 2
はい、先週まではこのポッドキャストでリケダンケンコウロンさんが出てくださいましたが、今週からは別のポッドキャスターさんをお迎えしようと思っています。
スピーカー 1
わらチョイスか。
ですね、私のチョイスになります。ちょっと先にテーマのご紹介をお願いしてもいいですか。
はい、今月7月はMany thanks to the podcast community をテーマに、普段から私たちの番組を支えてくださっているポッドキャスト仲間の皆さんの中から、アメリカに縁のあるポッドキャスターさんをお迎えし、感謝とともにその経験を伺っていきます。
というテーマでやっているんですけども、今週からはグリーンフィールダーさんをお迎えします。
このグリーンフィールダーさんはListenという音声プラットフォームで、グリーンフィールダーatListenという番組をされている方になります。
普段は公演日記だったりとか、旅行の音声をお届けするような、そういう番組をされている方でありますね。
アメゴンもね、たまにラップアップとかでもコメントを紹介させていただいてますけど、いろいろ聞いてくださっているようです。
私たちとこのグリーンフィールダーさんのご縁が生まれたのは、覚えてますか?
去年の12月に英語でサインしないとさん、エーサイナイトさんとお国自慢というのをやりましたね。
私たちがサンフランシスコの自慢、いいところをひねり出して。
スピーカー 1
エーサイナイトのお二人はニューイングランド地区、だからボーストンとかニューヨークの話をしてくださいました。
その時にコメントでグリーンフィールダーさんが、このバトル、私も参加したくなりました。
スピーカー 1
というか、アトランタに4年、オーランドに4年、そしてDC生活3年目に入る身として、旧南軍エリアの良いところも紹介したいと思っています。
とコメントをいただいていまして、そこから半年。
アメゴンってガチガチに先までゲストを固めているので。
やっぱり番組の構成上、我々はなかなか1週間前にゲストオファーして収録とかできない番組なので。
なかなかそこの柔軟性を欠けているところなんですけど、やっとこうやってお迎えして、お話聞くことを聞いていこうというのが今回になります。
なので、普段アメゴンを聞いてくださっている方も、聞いたことないシューガの名前がたくさん出てくると思います。
いや俺も聞いたことなかったもん。
収録中どこって言ってましたもんね。こっちが台本に地図つけてるのに。
地図つけてもらってもどこだこれって。
まあね、なので概要欄の方に地図とかも一応載せようと思うので、皆さんもこれってアメリカのどこにある街のことを話してるんだろうっていうのを、ちょっと地図を見ながら一緒に追っていただけると楽しんでいただけるかもしれません。
結構これで東海岸は制覇したんかね。
いやまだまだです。私たち西海岸もシアトルとかも全然やってませんし、カリフォルニアですらサンディエゴの話とかもあんまりはしてない。
いろいろまだまだ都市があると思うので、私の州を自慢したいって方がいらっしゃったら、ぜひ教えていただければと思いますね。
対決ですねまた。
なのでこのグリーンフィルダーさんにも今回いろいろ自慢していただこうと思うので、それではご紹介の方お願いします。
今週からのゲストは音声プラットフォームリッスンで声日記グリーンフィルダーアットリッスンを発信されているグリーンフィルダーさんをお迎えします。
今週もよろしくお願いします。
それでは今回のゲストグリーンフィルダーさんです。よろしくお願いします。
お願いします。
スピーカー 1
簡単に自己紹介の方よろしくお願いします。
はい、私グリーンフィルダーという名前をつけておりまして、生まれはですね1974年です。現在52歳です。
スピーカー 2
石川県に生まれたんですけども、これはあの里帰り出産でほとんどの幼少期は栃木県と埼玉県で過ごしてます。
大学は横浜国立大学経学部卒。その後1年間のボラトリアム期間を経て1997年に日本の某大手メーカーに就職して、ほとんどは営業職で今も同じくです。
その3年前、2024年の2月に会社の事例を受けて、今アメリカのバージニア州のレストンという町に単身赴任をしてきております。
現在の趣味としてはアウトドア全般、あと最近になって走り始めたのと、数年前から写真撮影、カメラを楽しんでいます。
スポーツの経歴としては小学校で地元の野球クラブ、中学で男子テニス部、高校で産学部、大学で公式テニス部。会社でも公式テニス部には入っていたりしたんですけど、今はほとんどテニスはやっておりません。という感じでよろしいでしょうか。
スピーカー 1
ありがとうございます。
スピーカー 1
ちょっと補足なんですけど、今回グリーンフィルダーさんをお呼びするきっかけになったのが、12月にこのアメリカンナイトGOLDで配信した、英語で再演出しないと通称ASI NIGHTとのコラボ配信で、
奥日版というのをやりました。僕ら住んでいるサンフランシスコの地盤とASI NIGHTさんたちがご経験されたニューイングランド地方東海岸の奥日版の回を配信したんですけど、それをグリーンフィルダーさん聞いてくださって、コメントとかくださったんですよね、リスンで。
スピーカー 2
そうですね。なんというか、西海岸もそれって一部の話ですよねとか、ニューイングランドだけが東海岸じゃないぞってちょっと思って、ついつい反応してしまったという感じですね。
そこからだいぶ時間経ってしまったんですけど、やっと今回お迎えできて、グリーンフィルダーさんの経験されたたくさんの種の話を伺っていければなと思ってますので、よろしくお願いします。
私もですね、アメリカンナイトGOLDを聞き始めたら、すごい学者さんとか著名な方々ともお話しされていて、そんな番組に私出ていいんでしょうかっていう感じなんですけど、ただのサラリーマンですけどねと思いながら、でもお話しできるのは非常に嬉しいです。
スピーカー 1
結構なエピソード数出されてますよね。僕、最新のやつから遡っていったんですけど。
スピーカー 2
思いついたら単に収録してるだけなんですよね。
スピーカー 1
あれって多分外でも撮ってるんですよね。
スピーカー 2
そうそう。
スピーカー 1
外の方が多いですよね、多分。
スピーカー 2
あ、そうかな。そうでもないですけどね。
ただ、初期に聞き始めた頃の声日記の方々が、やっぱり環境音が入ってる方がその場の雰囲気もわかっていいですよねって言われたので、あ、そういうもんなんだと思って、最初は結構外でも撮ってました。
スピーカー 1
ライブ感があっていいですね。
けど声が聞き取りにくいわけじゃないんですよね。普通に声は聞こえるけどなんか、外部音は若干聞こえるみたいな。
スピーカー 2
そうですね。あれはもうiPhone直でスピーカー使ってるとかなんですけど、まあでもiPhoneのスピーカーの性能いいですよね、なんかすごく。
結構後で聞いても綺麗に撮れてますね。
スピーカー 1
結構あれです、スポーツやってたんですね。
スピーカー 2
まあまあ、はい。
スピーカー 1
テニスが多いな。
スピーカー 2
そうですね。もともと親がテニスをやってたので、その影響があるかなとは思います。
スピーカー 1
高校で三学部に、高校だけ一職ですよね。
スピーカー 2
そうなんですよ。いや、もともと親が公式のテニスをやってたので、その小学校の時にちょっとこう親のラケットを借りて両手で振り回すとかいうことをやってて、で、もともとだからずっと公式テニスをやりたかったんですよ。
だけど、中学校には公式テニスっていうのはなくて、難式テニスをやって、高校では今度こそ公式テニスをやるぞと思ったら、行った先の高校に公式テニス部がなくて、で、難式テニスを高校でもやるのはちょっとイマイチかなと思って、いろいろ探した結果、なぜか三学部にたどり着いたという感じです。
スピーカー 1
若干その頃からそういうアウトドア系が好きだったのはあるんですかね。
スピーカー 2
それはあったとは思いますね。
もともとその例えば栃木県にいた時とか、小学校の低学年までですけど、基本家にいて遊ぶってことはなかったですね、外で。森に入って友達と秘密基地を作るとか、そういうの結構好きだったし、本当にどいなかだったんで、学校と家の間がずっとあぜ道なんですよ。
スピーカー 1
田舎っすね。
スピーカー 2
そう、ものすごい田舎でした。で、あぜ道に秋とかになって、秋だったかな、稲穂がいっぱい飛んでるんですよ。
マジか、稲穂。
えー、稲穂をビニール袋の中にいっぱい集めて、近所の農家に持っていくと、翌日に津久谷になって帰ってくれるんですね。
で、稲穂の津久谷を結構食べてたりとかもしてましたね。そのぐらい田舎でした。なので、基本もともとアウトドアなんですよね、生活が。
スピーカー 1
なんかそれだったら理系行きそうですけどね。
スピーカー 2
そうですか?
スピーカー 1
そういう人ってなんか、僕もそうなんですけど、僕も稲穂とか捕まえてしてましたけど、生物系には興味なかったですか?
スピーカー 2
いやいや、生物というか、化学全般?化学って言うんですか、理科系科目は全般好きだったんですけど、今も好きなんですよ。
その、知識としてはすごく興味もあるし、なのでアメリカのナイトウォールドで話聞くのすごく楽しいんですけど、
ただ、やっぱりその中高の中で理科系科目がどんどん苦手になっていって、そっちの方向にはもう進めないと早々に決断しました。
そもそも数学が苦手だったんですよね。
それは僕もわかります。僕も数学ダメだったんで。
スピーカー 2
まあそうですよね。
スピーカー 1
じゃあそれで経営学部に行かれて、そのまま直で就職ですか?学部卒業して。
スピーカー 2
えっとですね、いや学部を卒業してというか、大学の公式テニス部の最後のイベントっていうのが、春に行われるんですね。
で、4年の春で部活動は基本的にもう引退なんですよ。そのイベントが終わったら引退と。
で、そこからもうすぐに就職活動して、就職っていうのが嫌で、大学3年修了時点から1年間休学しますということにして、
まあその1年間ちょっとアメリカに行って遊んでこようと思ったのが、ちょっと次のアーカンソーへの遊び留学に繋がるんですけど。
スピーカー 1
すごいですね。結構大きい決断ですよね。休学ってどうなんですか?大きい決断ですか?
今でも未だにやっぱ休学するんだと思っちゃうんですけど、もし僕が大学生で同級生が休学したら。
スピーカー 2
そうですか。
いや私にとっては社会人になることの方が恐怖でしたね。
社会人になったら、当時はですけどね、当時は社会人になったらもう自由をすべて奪われて、身を子にして社畜となって働くんだと思うと、
そのタイミングをマイルストーンできるだけ後ろにくり述べたいっていう思いの方が強くて、
休学自体は別に、しかもまあ休学で何かの目的があって何かをするための休学であれば、
スピーカー 1
まあ確かに。
スピーカー 2
というかそういうふうに就職面接で喋れるようなことであれば、まあいいんだろうと。
で、本当に大学時代って部活しかやってなかったので、
もう就職活動で部活やってましたではもはやね、当時売れない時代でしたし、
なんでなんか他に何かやりたいなと思ったというのもあります。
スピーカー 1
実際にその学部から社会人になる間にアメリカに行ったのが初めてだったんですか。
スピーカー 2
えっとかなりちょっと遡っていいでしょうか。
スピーカー 1
はいはい。
スピーカー 2
私が高校生ぐらいの時ですかね、
私の母親は大学の教員連休をたまたま持ってたので、
スピーカー 2
近くの中学校で臨時教員をやってたんですよ。
で、その臨時教員をやってた先の中学校で、
いわゆるネイティブスピーカーを学校に招いて生徒に英語を教えますっていうプログラムがあって、
ALTっていうんですかね。
いましたね、僕らの時も。
スピーカー 2
いました。
で、その女性とうちの母親が仲良くなっちゃって、
で、2人とも結構社交的な感じだったみたいでですね、
なんかこう話がどんどん盛り上がって、
で、その女性がぜひうちにおいでよってうちの母親に言ったらしくて、
スピーカー 2
うちの母親もなんかじゃあ行く行くって言ってたらしくて、
で、そのALTで来てたアメリカ人の女性の地元であるコロラド州のポルダですね。
スピーカー 2
家族で行ったというのが初めてのアメリカです。
スピーカー 1
お母さんすごいですね。
スピーカー 2
いやいや、うちの母親、そうなんですよ。
ちょっと別のポッドキャストの対談の中でも言ってて、
私のターニングポイントは実は母親の社交性ではないかっていう話もあったんですけど、
そのぐらい、後で考えればそうですね。
母親の影響が大きくて、今のこのアメリカという感じがしてますね。
スピーカー 1
大事っすよね、なんか高校の頃にアメリカに行かせてもらえるって、
なんか一個バリアが減るじゃないですか、アメリカに行くっていう。
そこではどういう、家族旅行ですよね一応。
スピーカー 2
そうです。で、実はその時に、その時だったと思うんですけど、
サンフランシスコにも寄ってるんですよね、旅行の家庭で。
で、私の父が、いやその時に寄せ見ても行きたいとかなんとか言って、
寄せ見てにも車で行ったと思いますし、
サンフランシスコで行ったら例の有名なロンパードストリートでしたっけ。
スピーカー 1
はいはい、クネクネしてる。
スピーカー 2
とかソーサリートにも行きましたし、なんかその周辺は。
スピーカー 1
あ、じゃあ主要なところに。
スピーカー 2
はい、行ってます。
スピーカー 1
どう、覚えてますか、その頃のサンフランシスコ。
スピーカー 2
覚えてますよ、覚えてます。すごい良いとこだなと思いました。
スピーカー 1
あ、ほんとですか。
スピーカー 2
なんというか爽やかじゃないですか、爽やかだったんです、30年前ですけど。
スピーカー 1
そう、そうなんですよ。なんかサンフランシスコ市内は昔の方が良かったっていうのはよく聞くんですよ、なんか。
スピーカー 2
やっぱそうなんですか、最近あんまり良い話聞かないんですね、サンフランシスコ。
なんかアメリカ一物価が高くて、
スピーカー 1
その通り、その通りなんだよ。
アメリカ一物価が高くて、なんか不動車がどんどん増えて、家に住めなくなっちゃって、
スピーカー 2
不動車が増えているとかいうニュースを見たり、なんか昔と違うのかなと思って見てますけど。
スピーカー 1
まあけど、良いですね、良いタイミングでサンフランシスコに行けたということで。
スピーカー 2
そうですね、はい、すごく私は良いとこだなと思って、
ただその次に、その次だったか前だったかわからないですけど、
主要目的地だったコロダド州のボルダーっていうところもすごい良いとこで、
スピーカー 1
で、まあ私その時もうすでに高校三学部だって山登ってたじゃないですか。
確かに確かに。
スピーカー 2
なので、ボルダーのすぐ近くにすごい山があって、
その山にも、その時ではなかったんですけど次に訪れたぐらいの時に、
もう4,000メートル級の山にもその登らせてもらったりして、
すごい良いとこだなということで、今度はコロダド州ラムになってしまって。
スピーカー 1
コロダド州はどこですか?
ロッキー山脈?
スピーカー 2
そうですね、ほぼ東西で言ったら西寄りの中央付近で、南北的にもほぼほぼ中央ですよね。
だからこう、アメリカ大陸本土のど真ん中近くっていうイメージかなと思ってますけど。
スピーカー 1
山がたくさんあるんですね。
スピーカー 2
そうです。
4,000メータークラスの山は十何座あるはずですね、コロダド州の中だけでも。
スピーカー 1
4,000って富士山にって高いんですか?
スピーカー 2
高いです、高いです。
スピーカー 1
そんなの登れるもんなんですね。
スピーカー 2
登れましたね、はい。
スピーカー 1
駅なんかピックルとか使うんですか?
全然普通に歩いて登るだけです。
険しい山もいくつかはあるとは思うんですけど、私が行った山は普通に登って行ったら山頂に着いちゃうような感じですね。
良かったですね、高校で登山部に入っておいて。
スピーカー 2
そうですね、だからその、何て言うんですか、相乗効果的に山岳部にいたから山好きになってたし、その時にコロラド行ったからコロダドが好きになったっていう感じですね。
スピーカー 1
それまでのコロラド行かれる前のアメリカの印象とか海外旅行、海外に対する印象ってハードル高い印象でしたか?それとももう全然想像もつかないみたいな感じでしたか?
スピーカー 2
まあその時はね、両親も一緒ですから単について行っただけなので、あんまりその障害というのは感じなかったですし、そもそも迎え入れてくれる方がその女性教師の女性がすごくいい人で、
ご家族もみなさんすごく人が良くて、だからすごく好印象でした、最初の体験としては。アメリカってそういうことなんだなっていうのはありましたね。
スピーカー 1
なんかそういう体験あるとすごい次から行きやすくなりますよね。
スピーカー 2
そうですね、はい。
さっきあれですよね、もう一回行ったみたいなこと言ってましたよね。
スピーカー 2
そうなんです、ちょっとその辺がちょっと記憶曖昧なんですよね。
で、ただその女性の母との、母の友達の女性教師の人の、そのお友達の人の結婚式にもなんか呼ばれたんだけど、多分それが2回目とかだったと思うんですよね。
スピーカー 1
あ、じゃあもう家族ぐるみの付き合いになったんですね。
スピーカー 2
そうです。だから母は未だにその女性とずっとやりとりしてますね。で、その女性が最終的に日本人男性と結婚して、で、最近その日本人男性が、アメリカ人女性の旦那さんが、実は私が今いる会社の系列会社に就職したみたいな話を聞いてて、意外に世間は狭いなと思ってます。
スピーカー 1
で、英語学校に行ったっていう話があるんですけど。
スピーカー 2
はいはい、それはその1年間の休学期間中に行った先が、まあ元祖宗の英語学校だったという感じですね。
スピーカー 1
これはなんで行くことになったんですか。
スピーカー 2
まあ本当にそのさっき申しましたけど、まず社会人になりたくない。社会人になりたくないから休学するんだけど、休学すると言っても、まあ結局その1年後には就職活動しなきゃいけなくて。
で、就職活動に耐えうる何かを休学期間中にやろうというと、まあやっぱりちょっと海外経験ぐらいはあった方がいいかなっていうところからスタートしていて。
で、まあおぼろげながら海外とも関わる仕事はしたいなと思っていて、そうするとやっぱり英語がやっぱり必要だよねというところもあって、まずどっかの英科用学校に行こうと思ったんですね。
必ずしも大学でやる必要はなかったんですけども、基本私、親にいろいろ迷惑をかけたくないというのが金銭面でですね、というのもあって。
じゃあアメリカ側は行ったことあるからいいなと。
で、アメリカの中で英科用学校を調べて一番安いところに行こうということを考えて調べ始めたんですよ。
そしたら何か一つ激安な英科用学校あるぞと思ってみたら、アーカンソウ大学の付属のESLというのが出てきて、
じゃあこれにしようって軽い気持ちで。しかも大学の寮にも入れますよって書いてあったんで、いいじゃない、いいじゃんと思って決めて。
スピーカー 2
で、どういう手継ぎしたかちょっと覚えてないんですけど、やっぱり先方に手紙を送ったのかな。
そしたらすぐに帰ってきて、いいですよって来たんで。
で、そこで多分あれ学生ビザも取ったのかな、ちょっと覚えてないんですけど、そんな手続きをして乗り込んでいった感じです。
スピーカー 1
確かに留学ってなると就職にはプラスになりますよね、だいぶ。
スピーカー 2
思ってましたね、当時。
スピーカー 1
でもその1995、6年ぐらいだと思うんですけど、
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
その頃って留学情報とかって今みたいにあちこち転がってるものですか?まだインターネットもあんまり普及してない時代ですよね。
スピーカー 2
そうですそうです。
私、IT弱者なので、全然インターネットには大学時代触ってなかったはずなんですよね。
で、私はもうだから本屋行って、留学のための英会話学校がざーっと載ってるような分厚い本を買って、そっからもう全部調べていってって感じです。
スピーカー 1
そうか、ネットがないと確かにきついですね。
留学はないんですよ、単に私がそっちで活用うまくできなかったということです。
スピーカー 1
けどそこで、あれですか、英語めちゃめちゃ勉強したって感じですか?
スピーカー 2
えーっとですね、そこで、
勉強という意味でいくと、実はというかさっきも話したように、半分以上遊び目的だったんですよね。
なので一応英会話学校に行ってれば、まあ体裁はいいじゃないですか。
だから行ったんですけど、あまりに日本人的にはレベルが低すぎて、面白くなかったんですよね。
その英会話学校って、どちらかというとラテンアメリカ系の人々が結構来て英語を学んでるんですけど、
みなさんまず文法がほとんど分かってない人たちなんですよね。
あーなるほど。
スピーカー 2
で、その英語学校自体の主要プログラムが文法を教えるっていう中身だったので、
日本人的にはもう全部分かってるわいという話ばっかりだったんですよ。
だから、まあ日本人アイドラルじゃないですか、文法は日本人優れてるけど喋れませんという。
で、みんなすごい喋れるんですよ。みんなすごい喋るんだけど文法分かんないんですよね。
だからそれで、なんかこう授業はつまらんと、でも一緒にいるクラスメイトとは喋ると勉強になるみたいな感じで、
スピーカー 2
だけどちょっとね、やっぱ授業自体物足りなくなっちゃって、途中で。
で、一応そのなんか英語学校から、
そのあかんそう大学になんちゃらグレードが達成できれば入れますよっていうのも聞いたんで、
その大学にじゃあちょっと入りたいんですけどって言ったら、
なんかそのグレードが突破できたので入れたんですよね。
で、そこでもう英語学校に行くのはやめて、その大学の授業を3つぐらいですかね、3つか4つ。
1セメスターだけですけど、参加してっていう感じになりました。
スピーカー 1
逆に大学の授業は分かるんですか?
スピーカー 2
分かんなかったです。
分かんないという、やっぱりそのヒアリングがついていけなくて、
授業で先生がわーって喋ってることが半分ぐらいしか分からないのと、
あと次の授業までにこの100ページ分読んでちょっとレポートしてみたいに言われて、
もうそれを読むのが辛くて辛くて、
ちょっともうその、実はそれがビジネス間のマーケティングだったかなっていう授業だったんだけど、
それは早々に挫折しました。
スピーカー 1
経営学部でもやっぱりしんどいんですか?バックグラウンドあるわけじゃないですか?
スピーカー 2
バックグラウンドあるんですけどね、それが全部英語に変換されると一気に辛くなってくるっていう。
スピーカー 1
ああ、まあそうか。
そこの間を埋めるものが欲しかったですよね。
スピーカー 2
そうですね。
まあでも結局なんだろう、
実は私、経営学自体には興味ないんだなって思ってもいました。
スピーカー 1
発見できたんですね。
スピーカー 2
それ以外に取ってた授業で、アメリカンヒストリーとかいうのがあって、
その先生もすごく面白い先生で、おしゃべりの仕方が物語調なんですよ、授業が。
スピーカー 2
その人の話の方が、僕歴史語も大好きなので、すごく頭に入ってきて、その授業は楽しかった記憶がありますね。
スピーカー 1
すごいですね、英語もともと勉強されてたんですか?
スピーカー 2
それ自体、学校の授業とか受験用の勉強とかいうの以外では、
どこか、例えば日本で英会話学校みたいなところに行ったことはないですね。
スピーカー 1
それで、それでもいけるものなんですね。気合いですかね。
気合いですよ。
スピーカー 2
多分、アメリカ人とコミュニケーションをしたいという気持ちがあればなんとかなるんじゃないかなと思いますね。
あとは優しいアメリカ人に出会うってことですね。聞いてくれる人。
スピーカー 1
確かにそうですね。
実際ずっと高校、大学って感じで、海外にはずっと興味あったんですか?
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
それはやっぱりコロナのきっかけなんですか?
スピーカー 2
コロナのきっかけと言っていいんじゃないかなと思っていて、
逆にでもそれまでは行ってないんじゃないかな、海外に。
普通ほら、近くのね、香港行きましたとか台湾行きましたぐらいから始まる海外経験の方多いじゃないですか。
私はもういきなりアメリカで、その後ずっとアメリカばっかり行ってて、
アメリカからヨーロッパもみたいな感じなので、
やっぱりおっしゃってた、海外に出るという障壁、心の壁がなかったっていうのが大きかったかなと思います。
スピーカー 1
そうか、やっぱりそれ大事ですよね。
そうですね。
実際に学生のアーカンソー?
スピーカー 2
アーカンソー。
スピーカー 1
アーカンソー。
スピーカー 2
アーカンソーですね。
台本にカタカナ書いてあるからそれ読んでよ。
スピーカー 1
勉強しつつ遊びつつ、そこから就職していくわけですよね。
という、4年に復帰するんですよね。
スピーカー 2
そうです。4年に復帰して、だからゼミもそこで復帰した形になるんです。
1回なんかね、どうだったんだっけな、覚えてないですけど、
だから私の一つ下の台の人たちと一緒にゼミをスタートしたみたいな感じです。
スピーカー 1
そうですよね。そこで就活して卒業。
スピーカー 2
そうです。
スピーカー 1
そこで何かありましたか?良かった点ってありますか?1年間ギャップイヤーがあって。
スピーカー 2
もうそれはやっぱり、社会人になるのが1年遅らせることができた上に、
1年遅れたからというデメリットが全くなかったので、逆に良かったなと。
スピーカー 1
それはどうなんですか?メリットになりましたか?それともフラットなんですか?
スピーカー 2
僕の場合メリットになったんじゃないかと思いますね。
なので、私、皆さんに休学をお勧めしたいですね。
休学すること自体じゃなくて、休学して何かまだやり足りないことをやるっていうのは、
スピーカー 2
別に資格を取るとか、どっかのインターンをやるとかじゃなくて、
社会人になったらできないような経験を休学してでもやっておくべきという風に私はすごく思っていますね。
スピーカー 1
確かにそうですね。就職したらフラット海外行けないですもんね。
スピーカー 2
フラットも行けないし、長期間出られないですもんね。
スピーカー 1
縛りがありますからね、どうしても。
スピーカー 2
仕事の種類によっては、長期間休ませてくださいもありな場合もあるでしょうけど、
やっぱり仕事も一生懸命で、プライベートも一生懸命でやりたい人からすると、なかなか難しいと思うんですよね。
両立させるのが。だから学生時代はそれが自由にできる機関だと思うと、休学する価値がすごくあると思います。
スピーカー 1
今上野息子さん大学生でしたっけ?
そうですね、今まさに大学3年なんですけど、
スピーカー 2
急に留学したいと言い始めて、
そうすると、日本の大学等の交換留学的なプログラムに乗っかれるから、
休学しなくても4年間で卒業できちゃうという話らしいんですけど、
私は息子にも別に1年ダブってもいいんじゃないって言ってます。
スピーカー 1
実践してるわけですね。
適時の好きなプログラムをなんとかこなしてすぐ就職って、
スピーカー 2
あれだよと、持てないよっていう気持ちがずっとあるんで。
スピーカー 1
ブレイフィールドさんご自身がそういうご経験されてるからこそ、生まれる柔軟性ですよね。
スピーカー 2
そうです、そうかもしれないですね。
新卒で1年もダブってませんということに全く価値を見出してないというか。
スピーカー 1
面白い人材にはなりますよね。
スピーカー 2
そうそうそう、そうなんですよ。
最近ね、就職活動もマニュアル化されつつある気がしていて、
みんな賢いんだけど面白いって人は少なくて、
やっぱりそういう人と仕事する方が面白いかなと。
確かに確かに。
変わった体験をしている、あるいは変わった体験を通じて面白い考え方を持っている人たちっていうのは、
やっぱ仕事してても楽しいですよね。
スピーカー 1
実際この就職はどんな感じの会社に就職されたんですか。
スピーカー 2
どんな感じ、いやもう一部上々の大手メーカーですね。
スピーカー 1
そこで営業の仕事をされてたんですか、今もされてるんですか。
スピーカー 2
今はそのいわゆる出向扱いでアメリカの事業会社に来てますけど、
その戸籍元というか、今もまだ所属として残っているところも営業部門です。
スピーカー 1
そこは海外とか関係あるんですか。
そうですね、私最初からその会社でいうところでは輸出営業という名称なんですけど、
スピーカー 1
出す側か。
スピーカー 2
そうですね、はい。その輸出営業と言っている時点で古いんですけど体質が。
要は海外のお客さんにそういううちの会社の製品を売るというところで仕事したいですとは言ってましたずっと。
スピーカー 1
それは叶うもんなんですか。
スピーカー 2
それもねラッキーで移動できたんだと思います。
最初の最初は本当に地方の事業所のいわゆる原価計算を担当するような部署に3年間配属されて、
スピーカー 2
全くその外と隔絶された仕事をしているわけですね。
事業所ないだけでの仕事だったんですけど。
私の言ったその会社はその3年ぐらい経った時に、
その事務系の文系の人間というか事務系の人間は必ず場所もしくは部門を移動しなきゃいけないというルールがあったんですね当時。
スピーカー 2
でその機会にいやもう私どうしても輸出営業をやりたいんですって言ってたら、
上司がすごく手を回してくれて、でそこで東京本社の輸出営業部門に移動ができたんです。
スピーカー 1
今日やっぱ行ってはいるんですね。その言わないとやっぱり叶わないもんですねさすがに。
スピーカー 2
そうですね。はい。
自分で言わないで自分の希望の部署に行くってほぼないですよ多分ね。
スピーカー 1
確かに確かに。
じゃあ実際そこで海外とどういう仕事を、日本にいて海外に売るって感じなんですか。
スピーカー 2
そうですね。何と説明するのがいいんだろう。
スピーカー 1
全然想像がつかないですよね。
スピーカー 2
あの製品も多彩になんでその会社でもっている製品ラインナップと言うんですか。
製品群が多くて、中には本当に日本にいて海外に輸出するってそのまんまの部門もありますし、
スピーカー 2
私がいたところっていうのは結構インフラに近いものを売ってたので、
現地とのパートナリングをしてそのものを現地で据え付けないといけませんとか、
そういうのも含まれるような売り方だったので、海外にはどんどん出張していくようなイメージで、
現地のお客さんとも話すけど、現地のパートナー会社を見つけるためのこともやったりということでしたね。
なんかあれですね。勝者みたいな感じ。
スピーカー 2
そうですね。勝者みたいなことって言うとそうかもしれませんね。
単純なお前今年は10個売ってこいってはいってセールストークをするだけではない。
どちらかというとそのコーディネーション部分が結構大きいとか、
契約書も定型のこういう契約書ですからこれ読んで反抗してくださいじゃなくて、
もうその一個一個が全部カスタムメイドで英語の契約書を見て、
ホームの人とこれは良いとか悪いとかこういうコメントつけて返すべきだとかいうところも含めてやってました。
そうなるとギャップイヤーがめちゃめちゃ役に立ってますね。
スピーカー 2
そうですよ。ただギャップイヤーにそんな英語は勉強してません。
スピーカー 1
そこで結構海外に行ったりしてるわけじゃないですか。どの海外が一番良かったですか。
どの国が一番好きなのか。今までアメリカじゃないですか。多分いろんなところに行かれたと思うんですけど。
スピーカー 2
どうでしょうね。香港は好きですね。私結構偏ってるんで行った先が。
例えば中国本土は行ってないとか、台湾も行ってないし、
行ったのはあとシンガポール、インドネシア、
いいっすね。
スピーカー 1
アメリカにも結構仕事で行かれたんですか。
スピーカー 2
最初の頃はあんまり行ってなくて、まだ若い頃、20代の時は、
どちらかというと先輩方が、経験ある先輩方が現地でワサワサやるっていうのの、
日本側でのサポートみたいな立ち位置でやってましたね。
スピーカー 1
年を減るにつれて、不妊みたいな形で行けるようになるんですか。
スピーカー 2
アメリカに不妊をし始めたきっかけっていうことになると思うんですけど、
私最初はだから、あんまりあなたはアメリカ担当ねって言われてたわけじゃなくて、
そもそも営業の担当者自体があんまりいなくて、
最初はアジア圏もアメリカのサポートもっていう感じで幅広い地域やってたんですけど、
あるタイミングでね、急にアメリカのプロジェクトの案件が出てきて、
それをやってるうちに、どんどんもう私はアメリカ政担当みたいな感じになってきたんですね。
2004年、アトランタのプロジェクトとの入札があって、その入札を担当して、
スピーカー 2
結果一番札を取れて、やったーって言っていたら、
実はその時にもうすでに別のアメリカのプロジェクトをやってたんですけど、
そこに行っていた営業の二つ上の先輩がいたんですけど、
その人は帰国中旬で英語ペラペラの人なんで、アメリカ駐在で行ってたんですけど、
その人が急に電話かけてきたんですね。
アトランタのプロジェクト取れるよねと。
俺手回んないんだけど、来てくれるって言われたんですよ。
あーもちろんです、行きますって言ったら、
じゃあアメリカに赴任しなさいと。
そうになりまして、そこからアトランタのプロジェクトのために、
4年ぐらいアトランタに駐在してました。
スピーカー 1
その頃ってもう結婚はされてたんですか?
スピーカー 2
結婚した直後で、しかも子供が生まれた直後ぐらいですね。
スピーカー 1
結構厳しいですよね、家族的に。
スピーカー 2
いや、逆にでも生まれたばっかりだからまだいいです。
スピーカー 1
生まれる前はもちろん大変だし、
生まれてしばらくしたらまたそれもそれで大変なんですかね。
スピーカー 2
そうですね、やっぱりまず自分だけ良けりゃいいとか、
自分と妻が良けりゃいいじゃなくなるじゃないですか、
子供がどうなるかっていうのが心配になるので、
やっぱり子供がちっちゃい時の方が、
現地の言葉も文化もなじみやすいからまだいいんですけど、
中学校ぐらいから高校にかけての時に
アメリカに急に行くっていうのは結構子供のメンタルにも影響が大きいんですよ。
で、私の会社の方でも
お子さんがちょっとメンタルがやられちゃってアメリカでって言って
帰った方もいるんですよね。
スピーカー 1
そこはなじめないのは気持ちは分かりますね。
そう、私もよく分かります。
スピーカー 1
以前、ウリンフィルダーさんの番組でも
娘さんの話をされてる回があったと思うんですけど、
スピーカー 1
そこでも実は辛かったっていうふうに娘さんおっしゃってたっていうエピソードはありましたよね。
そうですね、そういう意味では息子も娘も
どちらかと言えばすごくよくなじんでくれた方だと思ってます。
スピーカー 2
で、娘も文句一つ言わずに楽しそうに学校行ってたりしたんだけど、
何年もしてから実はあの時辛かったっていう告白をされて、
そうなの?って感じでしたね。
スピーカー 1
家族のご協力もあってアメリカ不倫が実現したっていう感じなんですね。
スピーカー 2
そうですね。
実際にアメリカに不倫しますってなって、
スピーカー 1
どのくらいの期間で準備をしていくもんなんですか、会社って。
スピーカー 2
どうですかね、一応会社の規則としては
海外不倫の場合は6ヶ月前に本人に通知。
ってあるんです。
でもあくまで形式なので、
そんな6ヶ月前に人選ができるわけないじゃんっていうのが現場の声で。
そうは言っても私の場合はたぶん2、3ヶ月は猶予があったと思います。
スピーカー 1
短けぇな。
グリフィルさんはいいかもしれないですけど、家族的に短いですよね。
スピーカー 2
そうですね、そう言われればそうかもしれませんね。
スピーカー 1
けどやっぱりそういう仲介業者みたいなやつを使って
もう全部やってくれるみたいな感じなんですか、会社だったら。
例えばその引越しの手続とか、ビザの申請とか、
スピーカー 2
そういうのも全部会社でやってくれるんで、
それでけぇな。
そういう苦労は一切ないです。
でかいです、ほんとでかい。
だから全然会社のサポートを受けて取材するっていうのは
何の苦労もないですよ、私からすると。
スピーカー 1
そうですね、正直そうですね。
スピーカー 2
お二人みたいにじりぎりで現地、しかも大学ですからね、
そこで生活基盤も作って、学業もしたり、なんだかんだしたりって
すごく大変だったんだろうなぁと思いますし、
スピーカー 2
そこに行き着く決断をするっていうのも結構一つ大きいですよね。
スピーカー 1
僕はめちゃめちゃビザが謎に手間取りました。
今となったらまあ楽勝なんですけど、
すごいビザに手間取った記憶がありますね。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
全部英語だし、もう何書いてあるか全然わかんないし、
よくわかんない質問もたくさんあるしってなって。
スピーカー 2
そうですよね、昔はね、AIに聞いたりできないですしね。
スピーカー 1
そうですよね、今はもう全部チャットGPTに投げちゃえば。
スピーカー 2
そうですよね、こう答えればいいんだよぐらいまで答えてくれますからね。
スピーカー 1
当時はなかったな、Google翻訳もそんな強くなかったしな。
スピーカー 2
そうですよね、うん。
準備はスムーズっていうお話の一方で台本の方に
スピーカー 2
憧れのアルファ・ロベオを購入して一例定通だったのでって書いてあるんですけど。
そうなんですよ。
学生の時に1ヶ月行ったヨーロッパ放浪旅で一番好きだったのがイタリアで、
イタリアの街にアルファ・ロベオというのじゃなくて、
フィアットの500っていう車種があるんですけど、
ルパン三世が映画の中で乗ってるちっちゃい車なんですけどね。
それにすごい憧れて、
実はその入社してから、入社したのが実は九州の事業所だったんですけど、
わざわざ佐賀県のトスまで行ってその車の中古を買いに行ったりしたんですね。
そのぐらいフィアットの車が好きで、
その後結婚もしたりして、
住むところも関東に戻ってきて、
ちょっとアルファ・ロベオ欲しいなって思って、
買って、うわかっこいいって言ってたもんだい好きで、
スピーカー 1
確かにかっこいいなアルファ・ロベオ。
スピーカー 2
車のり回し始めたらそういう風になっちゃって、
なくなく売り払いましたね。
スピーカー 1
それはさすがに会社送ってくれなかったですか?
それは絶対ないです。
確かにアルファ・ロベオいいよな。