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こんにちは、今日は編集の仕事をするようになってから大変だなと思ったことについてお話しします。
今私がやっている編集の仕事は、インバント向けに日本でできるいろんな、例えば茶道とか刀作りとかそういう体験を
案内するページの英語での記事作りの編集の仕事をしています。
旅行会社とはちょっと違うんですけど、イメージ的にはそんな感じでインバントの方向けにこの場所でこういう体験がこういう
金額でこういう時間でやってますみたいな案内をしている、そういう体験を紹介するような記事を作っています。
結論から言うと編集の仕事をするようになって大変だなと思うようになったのは、記事を書いたライターさんとその記事をもとを作っている、
例えばその体験を載せているその会社さんの間に入って、ライターさんの気持ちと思いとその会社のその体験、
プランに込めた思いと両方が板挟みになることが多くて、その両者の間をよく、どちらの思いも入った記事を作るのは難しいなと思いました。
もうちょっと言うとライターの時だけの時って間に編集挟んで編集の方がその先の会社の方に確認していただく時と自分が
例えば取材に行ってライティングしてそのまま会社のその取材先の方に見てもらうっていう間に返す時と返さない時と2つあるんですけど、
ライターという立場だとただその書いて間挟むんだったら提出して、あと編集さんに修正とかあるけど調整のとこやってもらうのをしていただいてたし、
自分が取材先とかインタビュー相手の方に直接確認するときは何かここをこうしてくださいとか、はいこうしますわかりましたとか、こういう理由でこう書いたんですとかすごく間挟まないので早くてやり取りもスムーズでした。
でも自分がその編集になるとそのライターさんがこういう思いで書いてくれたっていうのをまずきちんと納得して必要なとこ修正してもらって、
今度は会社の方にこれこうですってここなんでこうなってるんですか、いやこういうことでみたいな調整をしていくっていうので自分が書いてないっていうのもあるんですけど、
納得した上では出してるんですけど、そこのとこの両者の何か思いとかを入れつつ結果的にそのより読者の方にとって良い記事、その会社を体験を利用したいなと思うような記事にしていくところの何ていうか板挟みというのとまた違うんですけど、
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そこの大変さを何か感じてますね、これがまあ編集の大変さなのかなと思っています。
まあもっと経験積めば色々築くところはあるんだろうかなと思うんですけど、今やってる仕事で特に大変だなと思うのがこれが何か二段階であるところなんですよね。
二段階というのはまず取材に行きます、日本人の方が取材に行って日本語でライターの人が記事を書きます、
それを一回会社の方に見て、私が編集して構成して会社の方に見てもらいますというのが一段階。
それで帰ってきて日本語がOKってなったら今度は英語の翻訳者の方に出して英語にしてもらって、
それを私がまたチェックして、また英語のところを会社の方に見てもらうっていうのが二段階、ライターさんの人が入るっていうのがあるんですね。
それだけじゃなくて直接英語ライターの方が翻訳じゃなくて英語で記事を始めから書くっていうのもあるんですけど、
それも結局英語の記事を私が見て会社の方が確認するっていう、その最後の英文のところの確認がですね、なかなか難しいなと最近感じているところです。
というのも理由はいくつかあるんですけど、
一つは会社の記事を確認する日本人の方の英語の経験値っていうか、理解度みたいなところがバラバラだっていうことと、
あとは英語ライターのネイティブの人が書いた英語の内容が会社の方の思いとかに合致しているかっていうところのすり合わせみたいなところが難しいなと思っています。
私の英語経験で言うと1年ちょっとぐらい海外に住んだことがある程度で、そんなに英語をすごくできるっていうのではないので、
私もAIとかを使いながらの構成ではあるので、どちらかと言えばあまり英語ができない方なんですけど、
そうなった場合に例えば英語へのイメージってなんかいろいろあって難しいなと思うんですよね。
なんていうかな、例えばカジュアルって聞くともう結構日本でも馴染んでいる言葉だし、
カジュアルっていう単語に対するイメージって結構日本人としてのイメージと、
日本語の中でのカジュアルっていう使われ方のカジュアルっていう単語に対するイメージと、
ネイティブの人がまた文章の中で使う時のカジュアルってイメージって離れている場合もあるのかなと思って、
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そういう単語の時とかに原稿を見てもらう会社の方にこれってちょっと違うんですけどみたいな話になって、
それってネイティブにとってはこういうイメージで、ライターの人はこういう思いの、
事業者様の思いをこういうふうに表現するのでこういうふうに使っていますみたいな、
って説明するんですけど、その説明がやっぱり一つ一つ日本語原稿よりも丁寧にしていかなきゃいけないなっていうのを日々痛感しています。
そうですね、そこのところが結構大変だなと思います。
そのためにできるのは今言ったんですけど、英語ライターの方が書いた英語、
どうしてこの単語でどういう表現にしたのかっていうところを、
その事業者会社の方に日本人の会社の方に丁寧に日本語原稿以上に丁寧に使えていくことが必要だなっていうのを最近感じています。
それもどこまで一言一句説明する必要はないんですけど、
例えば多分こだわっているその思いとか背景とかのところはやっぱり言葉選びを
ちゃんと聞かれなくてもこちらからこういう意図でこうしてるんですっていうことを伝えていく必要があるかなと思っていて、
そこのどこまで丁寧に伝えるかっていうのの判断とかボリュームとか難しいなというのも最近思っています。
あとは余談なんですけど、編集の仕事とかちょっと違う地点で、
英語の英語ライターさんといろいろ英文記事をやり取りしてて思ったんですけど、
なんか日本語ってやっぱりすごく説明的なのかなって思いました。
日本語画っていうより日本人画っていうのも幅背景としてあるかなと思うんですけど、
例えばなんか日本語の文章、何でも前木に行ったりとかどこでも最近すごくこういっぱい書いてありますよね。
なんか注意書きとかもいっぱいあるし、正し書きとかもいっぱいあるし、
なんかいかにこう、足元救われないじゃないですけど、
トラブルを未然に防ぐためにちゃんとわかりやすく詳しく書いておこうみたいな感じのが多いと思うんですけど、
英語にした時、私もこれこれ書いてくださいみたいに言ったり、
これはもうこれで表現されているからわざわざ書かなくてももうこれで伝わっていますとか、
この単語で十分その意図入っているとか、それはちょっと説明が駆動すぎるのでみたいなのが結構あって、
なんか日本語と英語の違いというかそれに付随する日本人としてのなんか自分も、
割とそういうのなんかごちゃごちゃ説明するの嫌な方だと思っていたけど、
自分はそういう傾向があるのかなっていうのを、
日本語と英語と両方見比べて英文ライターさんとやり取りする時に最近よく感じていることです。
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なんか面白いなと思います。
そういうところはやっぱり英語の教科書とかAIに訳してもらったりとかではやっぱりわからない部分が結構あるなと思っていて、
そういう領域、気軽に海外旅行行くとか、こっちどう行ったらいいですかとか、
そういう時はAI使って全然コミュニケーションできると思うんですけど、
もっとこう違う微妙なニュアンスとか言い方が必要になるような記事とか場面では、
まだまだAIっていうよりもやっぱり人の手が必要なんだなということも実感したりしています。
英文の構成編集っていうのはすごい大変だなと思うんですけど、
いろいろ学ぶことも多いので、できるところまでしばらくやってみたい案件だなと思ってやっています。
ではまたありがとうございました。