友人たちの幸せな報告
イラストレーターの原あいみです。おはようございます。お疲れ様です。
先日、友達がですね、私と同い年の友達、
まあ、今年50になる友達ですね、はい。
友達が、結婚したんですよ。
嬉しいお知らせですね。
あと、これまた同い年の50になる友達がですね、
これはね、結婚ではないんですけど、まあ、似たような大変幸せな報告があったんですね。
立て続けに2件あったんです。
なんと、ねえ、この歳になって、
こんなに嬉しいことがあるかしら?
っていうような、まあ、そんな報告だったんですね。
2人とも、初婚ではないんですね。
ああ、もう1本の友達は結婚したわけではないですが、まあいいか、結婚したってことにしとこう。ややこしいので、はい。
2人とも、まあ、今年50になる我々ですからね。
そりゃ、いろいろありましたよ。はい、いろいろありました。
なんですが、この歳にね、半世紀生きたこの歳に、こんなにもウキウキと幸せなね、報告が聞けることがあるのかと思ってね、
なんだかとっても幸せな気持ちになりました。
特に、結婚した友人はですね、それはそれは、もうそれはそれは、1本映画が、1本じゃないな、3本くらい映画が撮れそうなくらい、たくさんの試練があってですね、いろいろあったんですよね。
はい、なので、まあ、なんかね、この半世紀のこの歳に、ここでここで本当に幸せになるために、いろいろな試練があったんだなぁって、なんかね、思えたんですよね。
その、いろいろあった試練の間、私はずっと友人だったので、結構いろいろ見てきたんですよね。
で、あれは何歳の頃だったかなぁ、20代かなぁ、30代になってたかなぁ、まあちょっといろいろ、いろいろってもう隠してばっかりであれなんですけど、
えーと、あってですね、ちょっとこう、逃げてきたというか、そんな感じで、私の家にね、泊まりに来たことがあったんですよね。
ちっちゃい赤ちゃんを連れて、で、まあ、何の話をしたかは、あんまり細かいことは覚えてないんですけど、一晩うちで泊まって、
私としてはね、赤ん坊が一人暮らしの私の家に来るっていうのは、もうなんか不思議で不思議で、どんなふうに準備をしたらいいのか、
あーなんかオロロしちゃったっていう記憶があるんですけど、それでまあしっかり話を聞いて、でも、まあ戻らなくてはいけないわけですから、
私は、何かなぁ、どうしたんだったかなぁ、聞くだけ聞いて、とにかく、
頑張れ、頑張れとは違うけれども、良い方向に向かうことを願いながら、彼女が本当に、彼女らしく幸せにいてほしいという気持ちをね、
エールを送って、それで東京駅だったかなぁ、
自分の地元に戻る彼女の背中を見送ったっていうのをね、なんか映像で覚えてるんですよね。
とても小柄な彼女で、なんかその時すごい確かに痩せていて、
赤ちゃん抱っこしてたのかなぁ、なんかちょっとここの詳細は覚えてないんですけど、改札口入って、
向かっていく彼女の背中を見てね、 とにかく幸あれ、幸あれって、なんかすごい念じていたのをね、思い出しました。
そこから月日は経ち、 どのくらい経ったのかなぁ、20代だったら、まあ20年以上経ってるのかなぁ、
そんな50になる、何度も言いますが、何度も言わんでもいいね、こんなね50になるなんてことをね、
まあでもそうなんですよ、もう50になるこの年に、こんなになんかね、幸せそうな姿を見れることがあるんだなぁと思ってね、
みんなきっと平等に、 辛い時もあれば絶対に
戻ってきて、折れ線グラフがね、ぐーっと上ってくる時必ずあるよなぁってね、なんか改めて思いました。
本当にね、本当にここから、 今までもね、別に苦労は多いんですけど、苦労は多くてもいつもカラリとね、
たくましく、 面白おかしく生きてる彼女なんで、
まあ別に今までもそんなに悲壮感は漂ってない彼女なんですけど、とにかく普通の精神だったら絶対へこたれてしまいそうな大変なことがたくさんあったのに、
これだけ乗り越えてきて、 子供も育てあげて、
今からもう本当に存分に幸せになれよと、
なんかね、本当に嬉しく思ったわけです。
もう一方の友達も同じく、いろいろな苦労があって、また新たなね、幸せな道へと歩み出したわけなんですけど、
もう本当ね、2人ともね、50になってこんなに潤えるのかっていうくらい幸せそうなね、
こうなんて言うんでしょう、ピンクのキラキラとしたオーラが、見えませんよオーラなんて。
でもね、出てるなーっていう、こんな顔になれるのね、50になってもってね。
人生何があるかわからないなーというふうにね、なんか思っています。
兄のライブ活動と家族
で、ちょっと話は変わるんですけど、
これもまた先日ですけど、うちの兄がですね、今、趣味で歌をやっててですね、
ライブをやったらしいんですね。生バンドで自分が歌うというような、そういうものをやったらしいんですけど、
昨年からね、やりだしたんですよ、そういう活動を。
その動画をね、送ってもらったんです。私が見たいって言ったので、歌った歌が私がすごく好きな歌だったので、
もう絶対動画を送ってくださいというふうに頼んでいたので、送ってくれたんですよね。
それがね、よかったんですよ。
なんかね、うちの家計は、家計というか家族はですね、
私は絵を描いておりますが、どちらかというと両親は音楽をやって歌ったり、ギター弾いたりっていう一家だったので、
音楽一家なんです。どっちかというと。
で、まあ私も歌ったりは好きなんですけど、
母がめちゃくちゃ歌がうまかったんですね。
本当に。
で、その地を私よりも兄が受け継いでいるんだなぁという感じがする。
なんかすごい、どんどん上手くなっていってて、
これはまあそこそこの大したシンガーだなって思えるくらいの歌唱力だったんですよ。表現力もしっかり。
すごいなぁと思って、これまた兄はもう50超えてますけど、こんなことがあるんだなぁと思って。
うちの兄の話は時々ちょこちょこ配信の中でも触れたこともあるんですが、
30代40代と結構苦労した人なんですね。
原家の暗黒時代を全部引き受けてくれたような人なんですけど、
あの頃思うとですね、さっきのいろいろ苦労があった友人しかり、
なんて言うんでしょうね、50過ぎてから、
こんなに生き生きと人様に感動を与えられるような、こんな晴れ舞台が待ってたんだなぁって思うとですね、
身内ながら、私ね子供の頃からお兄ちゃん子だったので、なんかちょっとね感動してしまって、
よかったねーって、あの時大変苦労をしたけども、よかったねーってね、
あの友人への思いと同じように、なんかねー、幸せになっててよかったなーって、
あきらめなくてよかったよねーみたいなね、なんかね、そんな気持ちを結婚した2人の友人と、
ちょうどね、兄のそのライブ映像を見たのと重なりまして、
なんかねー、そういう感情がすごく湧いてきました。
人生の応援と感謝
何を言いたいかというと、今ね、もしかしたらすごい、
どん底だな今は、もうなんかトンネル、これ抜けられるんだろうか、みたいな風になっている方もいるかもしれません。
友人にも、なかなかちょっともしかしたら、後年期もあるのかもしれないんですけど、
調子がよくないなーっていう友達もいたりするんですよね。
心配だなーって、でもなかなか会いに行くのも負担かけるかなーとかね、思ったりする友達もいるんですけど、
多分みんなね、やっぱりいろんな時期がありますから、
でも諦めないでね、
なんていうか、そのトンネルが抜けて、上り上司になってくることが必ずあると思うので、
待ちましょうとね、なんかそんな風に思いました。
そして、私はいつも思ってるんですけど、
私なんかはね、本当に好きな絵をね、好きなように描いてきて、
もちろん別に楽してきたわけではないと思います。
たくさんね、血の滲むような努力もしてきたという自負はありますけども、
それでも好きなことをこうやって健康にね、やれてるっていうのは、もう本当に本当にありがたいことなので、
私は必ずどっかであの、バチが当たるんじゃないかって、いつも思ってるんですよね。
なので神社にね、近所の自分の内神様、神社に参る時もですね、
本当にありがとうございますと、この日々、毎日幸せな日々、本当に感謝でございますというね、そういう気持ちでいるんですよ。
本当に心からそう思っていて、
そう思うと、多少ね、絵本がうまく進まなくても、
失敗したり悔しいことがあったりしたとしても、こうやって創作を続けられてるってことはね、もうそれだけでも本当になんてありがたいんだろうってね、思えるので。
なので、うまくいかないことももちろんありますが、それでも、なんか今日も一日ありがとうございましたってね、
なんかその友人とね、兄といろいろと苦労があった中で、今輝いている近しい人をね、大事な人を見てですね、
自分を改めて祝々と丁寧に感謝の気持ちを忘れずに過ごそうと思いましたというね、そんなお話でした。
はい、なんかちょっと不思議なテンションになってしまいましたが、今日の話は以上です。
イラストレーターの原江美でした。また話します。