AFAP AFAP、このプロジェクトは、バックヤードウルトラという競技に魅せられたウルトラランナーたちによる競争と挑戦に光を当てます。
As far as possible 私たちはどこまで行けるのか、走ることで繋がった仲間たちとこの世界の魅力をお伝えしていきます。
はい、プロウルトラランナーの水野満太郎です。 本日は2026年8月25日、ゲストをお迎えしての収録になります。
はい、最近はですね、日本代表メンバーインタビューみたいな形でやっていたんですが、今日はまたちょっと変わった、違った特別なゲストをお招きをしております。
先日、8月14日からオーストラリアで開催をしたグリーンとイーストウッドラストワンスタンディングで、我々日本チームが出会った
日本人女性佐藤優子さんに来ていただいています。優子さんよろしくお願いします。 よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。 優子さんですね、今日はどこからご参加いただいているかたちですか?
日本じゃないですか? そうですね、アデレードという南オーストラリア州から向かわせていただいています。
ありがとうございます。時間を作っていただきまして。 先ほどですね、知ったんですけど、アデレードはまさかの日本と時差が
30分。 30分? そうなんですね。そういう時差があるのかというのをさっき知ったんですが。
そうです、ぜひ来てください。いいところです。 来年には行くんじゃないかなと思っていると。
っていうところなんですが、佐藤優子さん、実は先日のグリーンとイーストウッドでとてつもない記録を出されて、
一役、日本だけじゃないと思うんですけど、ちょっとバックハード界で何者なんだというような、
なんかそんな部分があるかなと思っていますので。びっくりしますよね、突然。
今日は優子さんのことをいろいろとお伺いしていけたらなと思っています。
まずはですね、簡単な自己紹介を優子さんからお願いできたらなと思います。よろしくお願いします。
はい、オーストラリアに移住しまして、17年経ちまして、
ランニングを始めたのが、これこれ、何年前?
レースを始めたのが4年前になります。 4年前からバックヤードウルトラは毎年1回を走っているという感じで。
じゃあ、ランニングのレースに出るようになった時からも、バックヤードはご自身のそのお好みのフォーマットの一つだったってことなんですか?
そうですね、最初は2022年。 その時はバックヤードウルトラというものは何かよくわからなかったんです。
まあそうですよね。 友達がたまたまなんかそのクリスマスのあの抽選か何かで、
そのエントリーのチケットをもらって、それで仲間うちで、じゃあ一緒に出るかみたいな話で始めたのが最初で。
フォーマットもよくわからず、ルールもよくわからずに参加していたという感じ。
じゃあなんかすごいこう、何かきっかけがあって決心して、バックヤードいよいよ出るぞっていうよりは、もう本当にひょんなきっかけで。
あーもうひょんなきっかけですね。
気がつけばあっという間。
なるほど。
はいはい。
いろいろたぶんエピソード持ちなんだなとは思うんですけど、
今日のところは、まずは本題からお話をして、少し時間に余裕があればいろいろ脱線もしてみたいなと思ってるんですが、
ランニングを始めてからっていうところで、今回結論から言ってしまうと、クリント・イースト・ウッドのラストワンスタンディングで65ラップ走られたと。
はい。
ということで、距離にして430キロになるんですか?
136キロ。
ということで、これまでの従来の日本記録48ラップも突破をし、オーストラリア在住だというところで、オーストラリアの予定記録62でしたっけ?1でしたっけ?
61ですね。
はい。61も突破し、さらに4ラップという、2カ国の女性新記録を打ち立てたというところで、本当に私も現地で拝見していて、本当なんかすごいというか、なんか…
みんな驚かれて、みんな私が走れるとあんまり思ってなかったんですよ。
で、そもそもみんな私がスコットの、スコットっていうランナー、別のランナーですね。
その人がメインで、私はサポートできてると思われていて、なのでみんな私がそんなに長く走るとは思っていなかったというところだと思うんですよね。
女そのゆうこさんの、そもそもの走力ってそもそもどんな感じだったのかとかも、ちょっと聞いていきたいんですけど、
出会い、我々との出会いでいうと、本当にレースの前日にお会いをしてというので、
さっき、誰もたぶん私がそんなに走ると思ってなかったと思うっておっしゃってたんですけど、
お会いしたとき、「いや、私、今回は72時間やりに来てるんで。」みたいなぐらいの感じだったので、
なんかちょっとただものじゃないのかもしれないという予感は、はい。
ゆうことはいくらでも言いますね。
いやいやいやいや。でもそこに、たがわぬ走りを見せていただいたなっていう。
いやいやいや、72には及びませんでしたけどね。
いやいやいやいや。そもそも、実力のない人はそんなにラップ走れないっていうところがあると思うんですけど、
ちょっとランナー的にわかりやすいところで言うと、
たとえばフルマラソンのタイムとかっていうのは、今までのベストで言うとどれぐらいなんですかね?
ベストは3時間5分か6分だったと思います。
1回しか走ってないので、よくちょっと覚えてないんですけど。
1回ですか?
2回走りました。
2回?
2回。そのベストも、私、途中でこけたんですよ。
へえ。結構、こけがちですね。
3年に1回こけてます。足も傷だらけで。
そうなんですね。
じゃあ、転んで、それもなんかちょっとこう、けがしたりとかっていうのがあったような転び方だったんですか?
横倒れに転んで、結構なショックで、みんな走って行っちゃうしみたいなので、すごい焦って、
そのこけたあとだけ、3分50秒とかで走ってました。
梶場の馬鹿力みたいな。
すごい焦ってましたね。
そうなんですね。すごいな。
そんなじゃあ、まあ、そもそもそんなにフルマラソンにバンバン出て、記録を目指してるっていうわけではなく、
いや、もうすごいしんどくて、もう二度と出るもんかと思ったくらいしんどくて。
フルマラソンが一番つらいですね。
ですか?そうなんですか?
私はそうですね。
そんな、要はまだまだ多分、狙えば記録は出る中での自己ベストは一応3時間5分台だと、
トレーニングの中では、アップダウン重ねることについてはそんなに問題ないんですか?
今、ハンドシーン一度の注射打ってるので、それで安定性もかなり増しまして、
なので、まだトレランのレースもちょこちょこ出たりはしてます。
そうなんですね。
おかげさまで。それはあるんですが、そうですね、これから多分、
去年はレース、トレランのウルトラに出てたんですけど、
多分バックヤードの方にシフトしていこうかなと考えてます。
じゃあ、もうこのクリント・イーストフットの結果をもとにやり切ったというよりは、
もうますますこれからだぞという。
いや、まだまだです。まだスタートラインですよ。
ちなみになんですけど、ちょっとクリント・イーストフットのことをどんどん深掘りはしていきたいんですけど、
今回のクリント・イーストフット以外の代表的な原石というか、
ご自身の中で順位が良かったとか、これはちょっと自分を褒めてもいいなっていう、
達成感があったとか、そういうチャレンジ、レースはありますか?
アデレードには夏に開催されるサマーシリーズというトレランがあるんですね。
これは最長20キロぐらいの短い距離なんですけど、5レースあって、
そのうちベスト4の結果で得点を競うというレースなんですよ。
それで2022年トレランを始めたときに、それで優勝できたのが良かったのかなと思うんですけど。
2022年にレースで初めていきなりそのシリーズで優勝したと。
優勝したと。
なので、5本走ってほぼほぼ1位を取らせていただいて、それでなんなく優勝させていただきまして、
そこの流れで、やっぱり地元であるファイブピークスっていう南オーストラリアに楽しいレースがあるんですけれど、
5つの山を登る58キロのコースがあります。
それにチャレンジをしたときにやっぱり2位で追われて、
このレースは翌年も出たんですけど、結構登りがきついコースなんですね。
登りが何度も何度も出てくるコースで結構きついレースなんですけど、
翌年出たそのファイブピークスで2位で、全体で10位以内だったのが。
総合の10位以内。
総合で。なので、それは私の中ではよくできたなと思って。
その総合10位以内だったのが2020?
3年ですね。
4年?3年。
3年です。
すごいですね。
楽しかったです。
やっぱトレーナーのレースを上位で競うというか、レースをするっていうのが好きなスタイルなんですかね?
そうですね。やっぱり男女一緒に走るじゃないですか。
そうすると女性だろうと男性だろうと、前にいる人をやっぱり追いつきたいと思うのは人間の本性なわけですね。
それが追いつくと、強いランナーの人とかに追いつけて、そこを抜いていけるのが楽しかったですね。
狩人ですね。
そうですか。
肉は食べないんですか?
確かにそうおっしゃってましたね。なるほど。
そういうふうなトレーランニングのレースで上位争いをするというところで、
ランナーとしての土台というか、そういうのを作ってこられて、
今はバックヤードということで、
今年の8月、クリント・イースト・ウッド、私たちが出会い、そしてゆう子さんが65ラップ走ったということなんですけど、
そもそも元々、アデレイドのフロントヤードにずっと出られてたっていう中で、今回クリント・イースト・ウッドに出られたのは何でだったんですか?
スコットがオーストラリアのナショナルチームに入りをしたんですけれど、
彼は75ラップで止まってしまって、それ以上は行かなかったんですよ。
彼自身はまだまだ余裕があったんですけど、行かなくて。
今年、だんだんと10月が近づくにつれて、ちょっと不安になってきたんですね。
もし誰かが75以上行ったらどうしようっていうので、
クリント・イースト・ウッドに行って、順位というか席を確保しようじゃないかというので、念のためクリント・イーストに行ったという。
メインはスコットだったんですよ。
状況は実際、当日を迎えたら違ったというところですよね。
おそらくスコットからすると、75はもう安全権だという状況になっていて。
スコットというかコースがとてもきつかったって言ってました。
クリント・イーストとかですか?
登り下りがなくてあまり。
逆にね。エレベーションチャレンジをしてるから。
そうですね。同じ筋肉をずっと使い続けるのがやっぱりつらくて。
彼はもう早くやめたい、早くやめたいって言っていて。
たぶん大丈夫だから早くやめたいって言って、それで私が残ったという。
今回のクリント・イーストウッド、かなり実績で言うとツバモノどもが集まっていてという感じで、
その中でもスコットさんはかなりトップのレベルの記録を持っていて、
スコットの75ラップ、あとは日本チームの小松さんの75、吉田さんの76という、
そこがたぶん今回のトップ層だったかなと思うんですけど、
まだまだ余力ありそうだなと思って見てたら、ちょっときっぱりと36でやめましたよね。
そうですね。
あの前後は何かやりとりあったんですか?もう僕やめるよみたいな話が事前にあったのか。
もう2週ぐらい前からもう僕やめていい?もう僕やめていい?って話。
なんでやめるの?って話を聞いたら、もうたぶん大丈夫だと思うからって話になって。
たぶんスコットの中では、オーストラリアチームはオーストラリアのチームに入ることだけを目指している人がたぶん残るだろうという目論みで、
それで日本チームはどこまで行くかわからないけれども、たぶん大丈夫だろうということで、
彼はけがをしたくない。
あと8週間ぐらいしかないので、それでもうなるべく早めに切り上げたというところですね。
という、レースの事前もそうだし、途中でももう状況は、これはスコットの日じゃないなというふうになっていった。
そうですね。
それが私のやっぱり走ってる楽しみでもあって、実はその中学の頃に2年だけ走ったことがあるんですね。
はいはいはい。
私の中学というのがですね、私中学校のときは陸上部だったんですよ一応。
800mを2年やって、でもすぐ受験に入ったんですけど、
学校の代表チームである駅伝チームっていうのに入っていたんですよ。
要は私の行っていた中学がですね、地元でもかなり噂の悪い公立の中学校だったんですよ。
岐阜で育ったんですけれど、要は名古屋のベッドタウンみたいなところで、
周りの人はみんなよそ者の集まりみたいなところなんですけど、
そこでできた公立の中学校で、要は周りの噂が良くない、よろしくない校で、
要は鉢植えのポットが3階から落ちてきたりとか、
トイレの鏡が全部割れていたりとか、
妊娠している教師が蹴られたりとか、そういうことが起こってしまうような悪い学校だったんですよ。
ただ一人熱血な先生がおりまして、この方がこの学校の評判を変えようじゃないかというところで、
学校でエキデンチームを作ろうと言い出したんです。
それで全生徒を集めて、テストをして、トレーニングをして、
ABCっていうチームを作ったんです。
それを3、4ヶ月トレーニングをして、
彼が言うには厳しい練習だけれども、練習についてきてくれたら必ず1位を取ると。
ということを約束してくれた先生で。
厳しい練習ではあったんですけど、
結局、その先生が私のコーチになってついててくださったので、
いろいろ教わったことも多くてですね。
その頃から早い、自分よりいい選手というのを追い抜くその瞬間が楽しくて、私はずっと知ってました。
たぶん自分が何をしているときが一番楽しいのかというのを知っているということはすごい強みになると思います。
それはやっぱりその瞬間に凝縮されていて、
あれもこれも楽しいではなくて、たぶん何をやっている瞬間が一番楽しいかによって、
それがあなたであるというか、自分であるということになると思うんですね。
私の場合はたぶんその強い人を追い抜くその瞬間が楽しくて、それで続けていられたっていうのと、
私はたぶん自分のキャパ以上のところを増えられるのが好きな人間なんだと思うんです。
なので自分を知っているということは、すごく特に耐久性のあるレースでは重要なのかなと思います。
なんかそのゆうこさんの追い抜く快感とか、強い相手を越すっていう、
なんか、ゆうこさんの強さの秘訣が、だんだんとというか、かなり見えてきたなという、
なんかそんなふうには思ったんですけど、
そこの走り続ける目標とか、今後どこまで行きたいかとか、そこらへんってどうですか?
行けるところまで行きたいですね。もう膝も限界に来てますし、
年齢なので、たぶんそんなに長くは走れないんじゃないかと。
なので、どのレースもたぶんこれが最後のレースになるかもしれないって思った方がいいのかなとはちょっと思うんですけど、
今はだましだまし、あと2,3年は行きたいなと思っています。
あえて目標は私ないんですけれど、このバックヤードでもう少し記録を伸ばせたらと思います。
次に意識しているレースとか、出ようと思っている大会ってありますか?
次のはですね、特に順位とか全く目指してないんですけれど、
9月にアデレードでありますエベレストチャレンジというのがありまして、
24時間限定で8847mを上がるという、そういうレースなんです。
5.3kmのコース、370mの上りなんですね。
これは上りも下りもテクニカルで、とてもじゃないですけど走れないんですけれど、
それを1時間ごとに続けて24回でエベレストと同じ距離、そういうのがあるんですね。
24時間限定なので、別に3時間でやめても6時間でやめても12時間でやめてもいいんですけど、
24時間やるとエベレストと同じ交渉距離になるというのがあります。
それに12時間でようかな、どうしようかなという感じですかね。
じゃあ、ハーフエベレストチャレンジを。
ハーフエベレストチャレンジをしようかな、どうしようかなと。
ハーフでも4000mですからね。
そうですね。決してイージーじゃないですね。
コースを知っているので、岩だらけのところですよ。
上りも下りも岩だらけですね。でも走れないです。
結構時間タイトですよね、そうすると。カツカツっていう。
最初に走った時は、そのコース走ったら1時間2分かかったんですよ。
1発目でアウト。
思い切り走って47分。でも次は走れないみたいな。
どうなることやらという感じです。
やっぱりそういう本当にチャレンジングなことにワクワクするっていう感じですよね。
そうですね。ハーフマラソンとかマラソンは多分できると思うんですよ。
ペースさえ落としてしまえば走り切れるじゃないですか。
でもできるって分かっていることをやるよりは、
50%ぐらいできるかできないか分からないところの方が面白いと思うので、
ハーフぐらいちょっとリカバリしつついこうかなと思います。
次のバックヤードは何か予定されてますか?
他にはないですね。
ありがとうございます。ちょっと続いての質問なんですけど、
実はバックマンステッカーを作ってくれた、このポッドキャスターの音声編集もしてる岩崎さんという方からの質問なんですけど、
日本メンバーとは現地で遭遇したというふうに聞きましたと。
実は質問1個はさっきも聞いたんですけど、
異国のレースで思いがけず同居の人に会うっていうのはどんな感覚でしたかっていうことの、
そこはさっき答えていただいたので、その出会いでなんか変わりましたかという、
そこも答えていただいたかとは思うんですが、
その後に勝手に日本チームみたいな、日本メンバーみたいな扱いをされたのは嫌じゃなかったですかっていう。
嫌じゃないですね。たぶんそれが自然な流れだと思うんですけれど、
でも私、やっぱりこっちに住んでるので、オーストラリア人としか走ったことがないのでですね、なかったので、
オーストラリアチームを目指すというところはちょっと思ってました。
もう嫌じゃないです。
日本のみなさん、いい評判しか聞かないです。
よかったです。また日本人同士の競争、共に走るがまた来年のメルボルンでできたらなと思う。
楽しみにしています。
私らこそ楽しみにしています。
そしてですね、もう一個質問をいただいていて、
オーストラリアから日本のバックヤードシーンはどのように映りますか?
実際の日本人ランナーたちと会う前と後で印象は変わりましたか?と、そんな質問もいただきました。
ちょこちょこレースとかの情報は見ているのでですね、
ラストサムライですね、その評判も見ているので、
日本人の多分コースの方が厳しいんじゃなかろうかと思いまして、
そういう中で走っている日本人のランナーの方は強い、強かろうとは思っています。
実際、オーストラリア人の人からも日本人は強いと。
各国、例えばアメリカとかベルギーとかって強い、バックヤードは強い国だと思われていると思うんですけど、
それと同じく日本も必ず上がっているというところだと思います。
ありがとうございます。
実際、サテライト大会で言うと、2大会連続世界4位というところで、
惜しい。
間違いなく競合国の一つだとは思うんですけど、
我々としてはもう一歩、もう二歩というところを目指している中で、
オーストラリアの人からも注目してもらえているというのはありがたいなと。
必ず、そうですね。競合国として見られていると思います。
日本チームの人はチームワークがやっぱり素晴らしいと。
選手たちも素晴らしいと。
本当に悪い話を聞かないですね。
よかったです。
素晴らしいことです。
同じ日本人として嬉しいです。
そう思ってもらえて嬉しいです。