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RS番外編「強者を追い越す喜び|佐藤裕子選手」女子バックヤード日本記録・オーストラリア記録保持者インタビュー
2026-08-26 1:18:12

RS番外編「強者を追い越す喜び|佐藤裕子選手」女子バックヤード日本記録・オーストラリア記録保持者インタビュー

AFAP(アファップ)。このプロジェクトは、「バックヤードウルトラ」という競技に魅せられたウルトラランナーたちによる共走と挑戦に光を当てます。「As far as possible 私たちはどこまでいけるのか?」走ることでつながった仲間たちとこの世界の魅力をお伝えしていきます。


今回は、RS番外編「強者を追い越す喜び|佐藤裕子選手」女子バックヤード日本記録・オーストラリア記録保持者インタビュー


【内容】

2026年8月14日にオーストラリアで開催されたThe Clint Eastwood Last One Standing。そこで偶然出会ったオーストラリア在住の日本人女性ランナー佐藤裕子さん。彼女はこの大会で女性の日本記録とオーストラリア記録を塗り替える65 LAPを達成しました。

バックヤードとの出会い、記録更新に至る経緯と、その素顔に迫ります。


水野倫太郎/通称・ミチタロウ(Instagram:@michi_bagman_ultrarunner)

昨年のDead Cow Gullyにて、Dead Cow Gullyにて94LAPを記録。BAGMANの愛称で知られ、「走るはつなぐ」をテーマに、海外バックヤード転戦中。


AFAP(Instagram:@afap_ultrarunning)

「As Far As Possible 私たちはどこまでいけるのか?」をテーマに、2025年6月Dead Cow Gullyをきっかけに立ち上がった日本人ウルトラランナーたちによるプロジェクト。当初はドキュメンタリー制作が目的。現在は、大会主催やコミュニティづくりに至るまでバックヤードウルトラや「共走」の魅力を伝える活動を幅広く展開している。


Podcastでは「共走と挑戦のドキュメンタリー」をテーマに、以下のシリーズを配信しています。

・SDシリーズ:Seven-day Project(ミチタロウ7日間への道)

・RS シリーズ= Rising Sun Project(チームジャパン頂点への道)


Documentary映像「As Far As Possible 私たちはどこまでいけるのか?」視聴リンク:https://youtu.be/aY3RQz1ADoM?si=5t8dHO2wnGWrCu2m


編集: 岩崎智之

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サマリー

このエピソードでは、女子バックヤード日本記録およびオーストラリア記録保持者である佐藤裕子選手へのインタビューをお届けします。佐藤選手はオーストラリア在住17年でランニング歴7年、レース出場歴は4年と比較的浅いながらも、バックヤードウルトラの世界で驚異的な記録を打ち立てています。彼女のバックヤードとの出会いは偶然から始まり、当初は競技のルールもよく理解しないまま参加したとのことです。 ランニングを始めたきっかけは、離婚後の荒れた生活を立て直すためでした。怪我のリハビリを経てトレイルランニングからウルトラマラソンへとステップアップし、バックヤードウルトラに魅せられていきました。特に、強者である男性ランナーを追い抜く瞬間に喜びを感じるという佐藤選手は、その精神力と粘り強さで記録を更新し続けています。彼女は、自身の限界を超えて挑戦することに大きなやりがいを感じており、その姿勢が多くのランナーに勇気を与えています。 今回のクリント・イースト・ウッドでの65ラップ達成は、日本記録とオーストラリア記録を同時に更新するという快挙でした。この記録達成の背景には、パートナーであるスコット氏とのトレーニングや、自身の強みである「限界を超えること」への挑戦がありました。また、日本チームとの出会いがモチベーション向上に繋がったことや、バックヤードウルトラの独特な魅力についても語られています。佐藤選手は、自身の経験から「自分がやったことだけが本当に自分のものになる」という言葉を大切にし、これからも挑戦を続けていく決意を語っています。

佐藤裕子選手のご紹介とバックヤードウルトラとの出会い
AFAP AFAP、このプロジェクトは、バックヤードウルトラという競技に魅せられたウルトラランナーたちによる競争と挑戦に光を当てます。
As far as possible 私たちはどこまで行けるのか、走ることで繋がった仲間たちとこの世界の魅力をお伝えしていきます。
はい、プロウルトラランナーの水野満太郎です。 本日は2026年8月25日、ゲストをお迎えしての収録になります。
はい、最近はですね、日本代表メンバーインタビューみたいな形でやっていたんですが、今日はまたちょっと変わった、違った特別なゲストをお招きをしております。
先日、8月14日からオーストラリアで開催をしたグリーンとイーストウッドラストワンスタンディングで、我々日本チームが出会った
日本人女性佐藤優子さんに来ていただいています。優子さんよろしくお願いします。 よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。 優子さんですね、今日はどこからご参加いただいているかたちですか?
日本じゃないですか? そうですね、アデレードという南オーストラリア州から向かわせていただいています。
ありがとうございます。時間を作っていただきまして。 先ほどですね、知ったんですけど、アデレードはまさかの日本と時差が
30分。 30分? そうなんですね。そういう時差があるのかというのをさっき知ったんですが。
そうです、ぜひ来てください。いいところです。 来年には行くんじゃないかなと思っていると。
っていうところなんですが、佐藤優子さん、実は先日のグリーンとイーストウッドでとてつもない記録を出されて、
一役、日本だけじゃないと思うんですけど、ちょっとバックハード界で何者なんだというような、
なんかそんな部分があるかなと思っていますので。びっくりしますよね、突然。
今日は優子さんのことをいろいろとお伺いしていけたらなと思っています。
まずはですね、簡単な自己紹介を優子さんからお願いできたらなと思います。よろしくお願いします。
はい、オーストラリアに移住しまして、17年経ちまして、
ランニングを始めたのが、これこれ、何年前?
レースを始めたのが4年前になります。 4年前からバックヤードウルトラは毎年1回を走っているという感じで。
じゃあ、ランニングのレースに出るようになった時からも、バックヤードはご自身のそのお好みのフォーマットの一つだったってことなんですか?
そうですね、最初は2022年。 その時はバックヤードウルトラというものは何かよくわからなかったんです。
まあそうですよね。 友達がたまたまなんかそのクリスマスのあの抽選か何かで、
そのエントリーのチケットをもらって、それで仲間うちで、じゃあ一緒に出るかみたいな話で始めたのが最初で。
フォーマットもよくわからず、ルールもよくわからずに参加していたという感じ。
じゃあなんかすごいこう、何かきっかけがあって決心して、バックヤードいよいよ出るぞっていうよりは、もう本当にひょんなきっかけで。
あーもうひょんなきっかけですね。
ランニングを始めたきっかけと生活の立て直し
それまではレースは出られてなかったっていうのは、なんかランニングをどんな感じで楽しまれてたんですか?
えーとですね、2021年にはトレールランをやりたいと思ったんですけど、
あいにく初めて参加したトレーニングランで、山の重複でこけてしまいまして、13針縫うという大けがをしました。
それで、それが膝の周りを切ってしまったので、
1年やっぱりリハビリが膝の曲げ伸ばしでかかって、2022年からようやくレースに参加ができるようになって、
そこからトレールランのウルトラを始めて、それでバックヤードウルトラに参加したという感じですね。
そもそも走り始めたきっかけは何だったんですか?
きっかけはですね、結婚してないので離婚ではないんですけれども、
いや、こちらに住み始めてから出会ったオーストラリア人の人と、ずっと住んでたんですけれど、別れることになりまして、
こちらは結婚ではなくても、デファクト、事実婚っていうのがよく流行ってるんですね。
私も事実婚だったんですけれども、7年くらい一緒にいて、要は別れまして、
そこからしばらく飲んだくれてたんですけれども、毎日飲んでました。
ちょっと荒れた感じある?
荒れてましたね。すっかり荒れてまして、毎日仕事が終わると誰かを探して飲んでるという状態で、
でもその頃ちょうど少しずつ走り始めて、このままじゃいかんぞというところで走り始めたんですけれど、
何かしら自分が頼りになるものが欲しくて、自分がコントロールできるものが欲しくて、走り始めたんですけど、
いかんせん前日の夜とかに飲んでると、翌日かなり耐えるというところで、一度かなり死にそうになりながら走りまして、
これですっかりお酒はやめまして、やめて、走ることに一本にしたという感じです。
じゃあ、ほんとに走ることでご自身の生活が立て直されたというか。
ぺしっと。そうですね。ありがたいことです。
ランニングコミュニティとコーチング
最初走り始めた頃のランニングってのは、1回どれぐらいの距離から始まってたんですか?
1回、最初20分とか30分ぐらいしか走れなくて、週1回とか2回で、
でも週1回はインターバルの練習に参加をして、きつくても毎週行こうと思っていて、週2回走ってましたね、最初の頃ですね。
なんか最初からそうやって参加するコミュニティとか練習会があったんですか?
こちらにはかなりランニンググループがたくさんありまして、
たまたま行ったグループが、結構その年齢層が幅が広くて、
人のバックグラウンドもみんなマチマチというグループで、居心地が良かったので、そこで練習をすることになり、
それが週1でインターバル、週1で週末のロングランというグループだったので、それが良かったのかなと思っています。
今もそのコミュニティには行ってるんですか?
今も行ってます。今、週1でコーチングもしてます。
むしろ、この参加最初きっかけになったグループのコーチングをするようになったと?
そうですね。資格を取って、コースウェアのサーティフィケート、資格がコーチングサーティフィケートという資格がありまして、
それを取って、グループランをリーディングしてます。
そうなんですね。そういうコミュニティのランであっても、やっぱりそういうサーティフィケートがある人がコーチングするっていうのが、オーストラリアだと一般的な感じなんですね。
なくてもいいんですけど、その資格があると、その資格には、いざという時のための保険がついてくるんですよ。
誰かが怪我したとか、誰かを怪我させてしまったとか、そういう時にそのコーチの人がいるセッションであれば、
その保険が使えるということで、あるほうが安心。
そうですね。確かに。
オーストラリア移住の経緯とキャリア
そもそものところでちょっと聞きたいんですけど、オーストラリアになぜっていうところは聞いて大丈夫なやつでいいのか?
大丈夫です。大学卒業しまして、就職表明で勤めた会社が格付会社っていうところなんですね。
要はそのAAとかWBプラスとかそういう金融商品に対する格付けをする会社で、私はそこのストラクチャルファイナンスの生産証券課を門にいました。
ただ周りはですね、みんなビジネススクールを出てる人ばかりなんですよ。
なんで受かったのかもよくわかんないんですけど。
なんでもみんなすごい優秀な方ばかりで、これはいかんぞと、これはいかんぞ、もっと勉強しないといかんぞというところを思いまして、
それでオーストラリアに渡って、そもそも英語の、英語圏の国から来ている概念だったので、ちゃんと勉強しようと思ってオーストラリアに来ました。
それが17年前。
そうですね。
数えたくない。
そこからは、そこから17年で、ランニングを始めるまでも結構10年ぐらいあったのかなと思うんですけど。
そうですね。勉強してる間と、前のパートナーと一緒にいた間は全く走ってないです。
なるほど、なるほど。
で、オーストラリアライフが板についたみたいな感じで、17年たってたっていう感じですか?
気をつけばあっという間ですね。
クリント・イースト・ウッドでの記録達成
気がつけばあっという間。
なるほど。
はいはい。
いろいろたぶんエピソード持ちなんだなとは思うんですけど、
今日のところは、まずは本題からお話をして、少し時間に余裕があればいろいろ脱線もしてみたいなと思ってるんですが、
ランニングを始めてからっていうところで、今回結論から言ってしまうと、クリント・イースト・ウッドのラストワンスタンディングで65ラップ走られたと。
はい。
ということで、距離にして430キロになるんですか?
136キロ。
ということで、これまでの従来の日本記録48ラップも突破をし、オーストラリア在住だというところで、オーストラリアの予定記録62でしたっけ?1でしたっけ?
61ですね。
はい。61も突破し、さらに4ラップという、2カ国の女性新記録を打ち立てたというところで、本当に私も現地で拝見していて、本当なんかすごいというか、なんか…
みんな驚かれて、みんな私が走れるとあんまり思ってなかったんですよ。
で、そもそもみんな私がスコットの、スコットっていうランナー、別のランナーですね。
その人がメインで、私はサポートできてると思われていて、なのでみんな私がそんなに長く走るとは思っていなかったというところだと思うんですよね。
女そのゆうこさんの、そもそもの走力ってそもそもどんな感じだったのかとかも、ちょっと聞いていきたいんですけど、
出会い、我々との出会いでいうと、本当にレースの前日にお会いをしてというので、
さっき、誰もたぶん私がそんなに走ると思ってなかったと思うっておっしゃってたんですけど、
お会いしたとき、「いや、私、今回は72時間やりに来てるんで。」みたいなぐらいの感じだったので、
なんかちょっとただものじゃないのかもしれないという予感は、はい。
ゆうことはいくらでも言いますね。
いやいやいやいや。でもそこに、たがわぬ走りを見せていただいたなっていう。
いやいやいや、72には及びませんでしたけどね。
いやいやいやいや。そもそも、実力のない人はそんなにラップ走れないっていうところがあると思うんですけど、
ちょっとランナー的にわかりやすいところで言うと、
たとえばフルマラソンのタイムとかっていうのは、今までのベストで言うとどれぐらいなんですかね?
ベストは3時間5分か6分だったと思います。
1回しか走ってないので、よくちょっと覚えてないんですけど。
1回ですか?
2回走りました。
2回?
2回。そのベストも、私、途中でこけたんですよ。
へえ。結構、こけがちですね。
3年に1回こけてます。足も傷だらけで。
そうなんですね。
じゃあ、転んで、それもなんかちょっとこう、けがしたりとかっていうのがあったような転び方だったんですか?
横倒れに転んで、結構なショックで、みんな走って行っちゃうしみたいなので、すごい焦って、
そのこけたあとだけ、3分50秒とかで走ってました。
梶場の馬鹿力みたいな。
すごい焦ってましたね。
そうなんですね。すごいな。
そんなじゃあ、まあ、そもそもそんなにフルマラソンにバンバン出て、記録を目指してるっていうわけではなく、
いや、もうすごいしんどくて、もう二度と出るもんかと思ったくらいしんどくて。
フルマラソンが一番つらいですね。
ですか?そうなんですか?
私はそうですね。
そんな、要はまだまだ多分、狙えば記録は出る中での自己ベストは一応3時間5分台だと、
佐藤選手の走力とフルマラソン経験
いうことかなと思うんですけど、逆に距離っていうところで言うと、今回のクリントーイーストフットの436キロはなかなか、
もしかしたら最長距離なのかなと思うんですけど、
それまでの一番長く走ったレースとかチャレンジっていうのは何がありますか?
多分、地元のレースで120キロですかね。
それまでの最長が、でもバックヤードもそれまでやられてますよね?
その時はまだやってなかったですね。
そうなんですね。
私、その2022年の2月に26キロっていうのが最長で、トレイルランで28キロ。
その翌月の3月に今度58キロ走って、それが最長で、で、今度4月に120キロ。
3か月かけて距離を伸ばしたんですよ。
ちょっと伸ばし方がえげつないと。
で、その年の8月にマラソンやったことがなかったので、
なので120キロ走ってからマラソンやりました。
なるほど。おもしろい変遷ですね。
やったことがなかったので、はい。
で、そういうところから、もう2022年、その年のうちにバックヤードに挑戦したっていうことですか?
バックヤードウルトラへの挑戦と継続
そうですね。そうですね。
もうそれは15週ぐらいで終わってしまって、100キロでもう歩けないみたいな。
いやー。
ヘロヘロでした。
15週ぐらいと言ってもって感じですけど。
いやいやいやいや、もう本当にまっすぐ立ってられないという散々でした。
なんかそんな、結構体のダメージは大きかったと思うんですけど、
なんかその後も出たいな、楽しいなっていう感覚が残ったって感じですか?
そうですね。やっぱり120キロを走って完走できてたので、
なので100キロしか走れないんだっていうことがショックで、
他の人はまだなんかスタートラインでダンスしたり楽しそうなのに、
まっすぐ立てないっていうので、すごいなんかこう、なんて言うんでしょうか、
もやもや感というか、やりきれなかった感があって、
そういうレースはもう一度挑戦せねばいかんということで、
それから毎年出てますね。
ほう。じゃあ毎年の恒例行事っていう。
そうですね。地元でやっていたので。
地元って言うと、アデレートのバックヤードになるんですか?
そうですね。地元アデレート。
フロントヤードですか?
ちょっとごめんなさい。これフロントヤードですね。
バックヤードもあったんですけど、なくなってしまいまして、
フロントヤードに吸収されたという。
内容は同じやつですよね?
名前がバックヤードにある意味、
全く同じです。
対になる形でフロントヤードと言っているだけで。
要はロケーションが、シティに近いところか山なのかっていう、
そういう違いだと思うんですけれど。
それでネーミングを変えてるって。
裏庭じゃないと、表庭だと。
そうだと、近いところだというところです。
そういうことですね。なるほど。
バックヤードキャリアの変遷と記録更新
じゃあ、クリントイストウッドに至るまでのバックヤード歴みたいなので言うと、
2023年がその15ラップ。
その次が、それもフロントヤードですか?
フロントヤードですね。ずっとフロントヤードで、2022年が15ラップ。
2023年が27ラップかな?
その辺でちょっと調子濃いってきて、じゃあバックヤードに行こうってやったんですけど、
そしたら血尿が出てしまって12ラップで終わったという、とんでもないのが1つ入ってまして。
で、2024年が28、2025が30、
2025もう1つやったのが32で、今年が40。
で、クリントイストウッドが65ですね。
うん。あれ、ゆうこさん、8本も出てたんですね。
1、2、3、4、5、6、7、8本目だ。クリントイストウッドが8本目ですね。失礼いたしました。
なんかお会いしたときに、5本目ですぐらいに言ってたなという記憶はしてたんです。
5、6本かなと思ってたんですけど。遊んでみたらそうですね。1、2、3、4、5、6、7、8本目でしたね。失礼いたしました。
いやいやいや。そうなんですよ。私も実は今年のデッドカウで8本目だったのかな。
はいはいはい。
バックヤードキャリアがほぼ同じという。
まだデギナーですよなんて。
いや、それは私こそです。
いやいやいやいやいや。
まだバックヤード歴3年なんで。
え、3年なんですか?
2023年の11月が最初のバックヤードなんで。
え、嫌だ。3年しかしてないのにそんなに。
いやいやいや。まだまだ赤ちゃんです。
なるほど。
トレーニングの変化と耐久レースへのシフト
いやその、なんですか。8本の中で途中、若干のトラブルというか、12ラップみたいなこともあったと思うんですけど、
着実に記録を伸ばされてきたっていう中で、バックヤードのご自身の中での取り組み方とか、
どういうことを試行錯誤しながら記録を伸ばしてきたのかっていうところも聞いてみたいんですけど、どうでしょう?
たぶん2025年までは特にバックヤードに特化をしていなかったので、
2022から2024年はレールランに没頭してたんですね。
ちょっと走りすぎたのもありまして、2024年に膝を壊して、
要は膝のクッションがもうないんですよ。
うん、おっしゃってましたね。
はい、ないんです。なので、2024年から今年に1回駐車を打ちながら走っているという状態で、
すごいですね。
要はベランの不安定さとかロードランのケースというのはちょっと膝にはもうきついなと、
とかもありまして、じゃあもう耐久レースに出るしかないというところで、
24時間走だったり、このバックヤードだったりっていう方に切り替えてきたというのを2024から5年ですね。
24時間走も出られてるんですか?
1回やりました。
1回。
すごい辛いですね。すごい辛いですね、あれ。
もう195キロぐらいしか走れなくて、200キロも行けないと思って、死ぬかと思いました。
あの、さっきから若干かぶせるようなあれなんですけど、実は私も1回だけ24時間走出たんですけど、
どうでした?
つらいですよね。
つらいですよね。すごいつらくて、ほんとにつらくて、あれが一番つらかったです。
私もベスト190なので、ゆうかさんのほうが。
限界を超えるスタイルと強さの源泉
あの、24時間走のくせに5時間ぐらい寝ました。
5時間も寝たんですか?
はい。
5時間寝てその記録ですか?私一睡もしなかったですよ。
いやいやいや、もうあの、全然起きてられなかったです。
でもあれは、あの、たぶん一番つらい競技だと思うんですけど。
どんな感じだったんですか?24時間走出たときは。
何の準備もせずに行ったので、フードもドリンクも用意せずに行ったという。
15分前にサインをして出たという。
とんでもだったんですけど、要は膝を壊していたので、こんなに平らなコースのレースはもうないだろうと思って、
それでサインしたんですけど、ところがどっこい、一番つらいレースだったという。
何がつらかったんですか?
13時間半分終わって、もう走り続けられない。
走ったり歩いたりを繰り返すみたいな状態になっていて、
24時間終わったときには、もうまっすぐ立っていられないんですよ。
三金田ランニングの友達がたまたま近くにいて、運んでくれたという。
それぐらいつらかったです。歩けなかったですね。
いやー、でもあれですね。お話聞いてると、ゆう子さんは立てなくなるぐらいまでやりきれる強さというか、
そういうスタイルがあるんですね。
やってるときは気づかないんですよ。
止まってみたら、もう歩けないみたいな。
いやー、それをちょっとリミッター外してるってことですよね。
そうなんでしょうね。私は男性のように体力もないですし、筋力もないので、
何ができるかって言ったら、人一倍のプッシュすることぐらいしかできないので。
いやいやいや、人一倍プッシュできるっていうのが、
それぐらいしかできない。
ウルトラランニングっていう、長距離長時間の中でそれをできるっていうのが、それこそが強さかなと思うんですけど。
記録的大幅ジャンプアップの要因
なるほど。で、今回というか、今年になってバックヤードの記録をぐいぐいっと伸ばしてきたのかなと思うんですが、
それまでが2022年から2025年までで、15ラップから32というところで、
それもかなりの飛躍だとは思うんですけど、
そこから2024年の28ラップ、30ラップ、32ラップっていうところから、今年に入って40、そして65っていう、
そのジャンプアップは何があったんですか?
今、2025年からレーニングをちょっと変えたんですよ。
2025年から、私とスコット、ランニングパートナーのスコットっていうのがいるんですけど、
スコットでエレベーションチャレンジをしようということで、
2人で、要は1年かけてどっちが年の終わりにどれぐらい登ってるかっていうのを競うっていうので、
今日は毎週どこかしらに行って、かなり登るということを理解してまして、
今年もやってるんですけど、それを始めたのは2025年で、続けてやっているというところで、
週3、4ぐらいで、500から1000ぐらいのレベーションを登ってるという感じです。
週にして2000から5000で練習をずっとしてきまして、
何がいいかって言いますと、多分、大きな筋肉を鍛えられることができる。
それは、やっぱり私みたいにちょっと遅い年齢で始めた人なんかだと、
要は筋力って衰えていくんですよ。これはどうしようもないことで。
そうなってくると、やっぱり大きな筋肉を鍛えないと、長く走ることがまずできない。
なので、これをやってて、ちょっとよかったかなとは思っています。
なんかご自身の中で、ちょっと膝の影響もあって、
トレランから耐久系にシフトしたっていうこともおっしゃってたんですけど、
過去の達成感のあるレース
トレーニングの中では、アップダウン重ねることについてはそんなに問題ないんですか?
今、ハンドシーン一度の注射打ってるので、それで安定性もかなり増しまして、
なので、まだトレランのレースもちょこちょこ出たりはしてます。
そうなんですね。
おかげさまで。それはあるんですが、そうですね、これから多分、
去年はレース、トレランのウルトラに出てたんですけど、
多分バックヤードの方にシフトしていこうかなと考えてます。
じゃあ、もうこのクリント・イーストフットの結果をもとにやり切ったというよりは、
もうますますこれからだぞという。
いや、まだまだです。まだスタートラインですよ。
ちなみになんですけど、ちょっとクリント・イーストフットのことをどんどん深掘りはしていきたいんですけど、
今回のクリント・イーストフット以外の代表的な原石というか、
ご自身の中で順位が良かったとか、これはちょっと自分を褒めてもいいなっていう、
達成感があったとか、そういうチャレンジ、レースはありますか?
アデレードには夏に開催されるサマーシリーズというトレランがあるんですね。
これは最長20キロぐらいの短い距離なんですけど、5レースあって、
そのうちベスト4の結果で得点を競うというレースなんですよ。
それで2022年トレランを始めたときに、それで優勝できたのが良かったのかなと思うんですけど。
2022年にレースで初めていきなりそのシリーズで優勝したと。
優勝したと。
なので、5本走ってほぼほぼ1位を取らせていただいて、それでなんなく優勝させていただきまして、
そこの流れで、やっぱり地元であるファイブピークスっていう南オーストラリアに楽しいレースがあるんですけれど、
5つの山を登る58キロのコースがあります。
それにチャレンジをしたときにやっぱり2位で追われて、
このレースは翌年も出たんですけど、結構登りがきついコースなんですね。
登りが何度も何度も出てくるコースで結構きついレースなんですけど、
翌年出たそのファイブピークスで2位で、全体で10位以内だったのが。
総合の10位以内。
総合で。なので、それは私の中ではよくできたなと思って。
その総合10位以内だったのが2020?
3年ですね。
4年?3年。
3年です。
すごいですね。
楽しかったです。
やっぱトレーナーのレースを上位で競うというか、レースをするっていうのが好きなスタイルなんですかね?
そうですね。やっぱり男女一緒に走るじゃないですか。
そうすると女性だろうと男性だろうと、前にいる人をやっぱり追いつきたいと思うのは人間の本性なわけですね。
それが追いつくと、強いランナーの人とかに追いつけて、そこを抜いていけるのが楽しかったですね。
狩人ですね。
そうですか。
肉は食べないんですか?
確かにそうおっしゃってましたね。なるほど。
クリント・イースト・ウッド参加の経緯とスコット氏
そういうふうなトレーランニングのレースで上位争いをするというところで、
ランナーとしての土台というか、そういうのを作ってこられて、
今はバックヤードということで、
今年の8月、クリント・イースト・ウッド、私たちが出会い、そしてゆう子さんが65ラップ走ったということなんですけど、
そもそも元々、アデレイドのフロントヤードにずっと出られてたっていう中で、今回クリント・イースト・ウッドに出られたのは何でだったんですか?
スコットがオーストラリアのナショナルチームに入りをしたんですけれど、
彼は75ラップで止まってしまって、それ以上は行かなかったんですよ。
彼自身はまだまだ余裕があったんですけど、行かなくて。
今年、だんだんと10月が近づくにつれて、ちょっと不安になってきたんですね。
もし誰かが75以上行ったらどうしようっていうので、
クリント・イースト・ウッドに行って、順位というか席を確保しようじゃないかというので、念のためクリント・イーストに行ったという。
メインはスコットだったんですよ。
状況は実際、当日を迎えたら違ったというところですよね。
おそらくスコットからすると、75はもう安全権だという状況になっていて。
スコットというかコースがとてもきつかったって言ってました。
クリント・イーストとかですか?
登り下りがなくてあまり。
逆にね。エレベーションチャレンジをしてるから。
そうですね。同じ筋肉をずっと使い続けるのがやっぱりつらくて。
彼はもう早くやめたい、早くやめたいって言っていて。
たぶん大丈夫だから早くやめたいって言って、それで私が残ったという。
今回のクリント・イーストウッド、かなり実績で言うとツバモノどもが集まっていてという感じで、
その中でもスコットさんはかなりトップのレベルの記録を持っていて、
スコットの75ラップ、あとは日本チームの小松さんの75、吉田さんの76という、
そこがたぶん今回のトップ層だったかなと思うんですけど、
まだまだ余力ありそうだなと思って見てたら、ちょっときっぱりと36でやめましたよね。
そうですね。
あの前後は何かやりとりあったんですか?もう僕やめるよみたいな話が事前にあったのか。
もう2週ぐらい前からもう僕やめていい?もう僕やめていい?って話。
なんでやめるの?って話を聞いたら、もうたぶん大丈夫だと思うからって話になって。
たぶんスコットの中では、オーストラリアチームはオーストラリアのチームに入ることだけを目指している人がたぶん残るだろうという目論みで、
それで日本チームはどこまで行くかわからないけれども、たぶん大丈夫だろうということで、
彼はけがをしたくない。
あと8週間ぐらいしかないので、それでもうなるべく早めに切り上げたというところですね。
という、レースの事前もそうだし、途中でももう状況は、これはスコットの日じゃないなというふうになっていった。
そうですね。
レース前の心境と記録への意識
そんな中で、ゆう子さんの心境はどんなものだったんですか?
レース前のところから言うと。
もともと私はおまけで来てたので、私これ以上まだ走るの?と思ったんですけど、せっかくここまで来たので走るかと。
最初から日本記録とか女性のオーストラリア記録っていうのは意識してたんですか?
知ってないですね。
ヴィクトリア州のランナーで、ジョエルっていう背の高い人がいるんですけれど。
男性ですよね。
男性ですね。一番背が高かったと思うんですけど、彼への自己ベストが59ラップなんですよ。
彼とはフロントヤードでも何度も会っていて、初めて会った時は彼は26ラップ、私は27ラップでしてたんですよ。
そういう因縁があって、でも彼はあるよあるよと言う間に59まで行ってしまって、ちょっと置いてけぼり感があったので、今回は彼には勝つぞと思って。
彼が走り終わるまでは絶対終わらないと思ってました。
そういうのが実はあったんですね。
ありましたね。そこだけはありましたね。
なるほどなるほど。
実際、お会いした時、レース前日の時点で、72ラップ行くんで私みたいな。
それはなんか、どういうシチュエーションで言ってた?
冗談ですよ。
しっかり真似受けてました。
いやいやいやいやいや。とんでもない。
私も実際どこまで走れるかはよくわかっていなかったのと、男性をみんな散らしていかなきゃいけないっていうのは、かなりきついですよ。
特に男性はホースでトイレができるけど、女性はできない。戻ってきて列に並んでトイレに行かなきゃいけないっていうのがまずあって、
そうすると休み時間はどんどん少なくなっていって、っていうディスアドバンテージもあって、
この人に勝つのは無理だろうなと思っていたので、72っていうのは冗談です。
なるほど。
日本とオーストラリアのトイレ事情の違い
実は日本とオーストラリアのバックヤードの一番大きい違いだなっていうのは、そのトイレ事情みたいなところが実はあって、
日本のバックヤードだと、コース上でトイレをする。
オーストラリアも言葉としては言われてるかもしれないんですけど、コース上でトイレをしたら失格だということを日本のバックヤードでは言われているというか、
なるほど。
みんなかたくなに、のではしない。
えらいですね。
えらいですね。素敵です。
っていうのがあるんですけど、オーストラリアの去年初めてデッドカウのレースに出たときに、みんな平然とコース上でトイレをし始めると。
もうみんな隠れてないですもんね。
そうですね。なんなら、デッドカウのときは女性選手も普通に用を足していたという場面も。
普通です。オーストラリアは普通です。
そういう意味では、でも男性女性の外でするハードルの違いはあって、それはアンフェアだよねっていうことは、そういうふうに実際言ってる女性ランナーもいて。
いっぱいいます、こっち。
そうですよね。そんな中ででも同じルールの中で男女同じレースを走るという中で、
バックヤード今回走られたっていうところですけど、
日本チームとの出会いとモチベーション
当日のことも聞くんですけど、日本チームに前日遭遇したっていうのは、ぶっちゃけどういう心境でした?
私初めてレースで日本人の人とお会いしたので、嬉しかったですね。
めったに日本人の方とお会いすることもなくて、おそらく日本からいらっしゃってるぐらいですので、
素敵な強いランナー達だろうということは察しがつくわけで、
そういう強いランナーの方と一緒に走れるのはとても嬉しかったです。
実際今回選手4人いましたけど、知ってる選手、事前に知ってる選手はいました?
ひろとさん。
ひろとさん。
ほがりネットコーナーで拝見してました。
小松さんは今年のそうですね、5月末のネットカーも出て、そこで62とかかな、走ってたっていうので、
やっぱあれですか、国内のそういうバックヤードニュースはチェックしてた感じですか?
いつも見てます。
各地の。なるほどなるほど。
あとは京平さん、京平さんもたぶん前年か前年かにオーストラリアのバックヤードに出られてたんじゃないかなと思うんですけど、
名前をお伺いしたことがあるなと思いました。
なるほどなるほど。
ある意味で、どっかで聞いたことある人達と会えたみたいな。
そうですね、そうですね。
なるほど。
やっぱりちょっと嬉しかったってことは言ってましたけど、何かその出会いが実際今回のクリントイットウッドの結果に何か影響したと思いますか?
思いますね。
いろいろやっぱり助けていただきましたし、コース内でも私がふらついてるところを拾っていただいたりとか、
あとやっぱり何よりすごい良いランナーと走れるっていうのはモチベーションがありますね。
何て言うんでしょうかね、自分より速い人とか自分より強い人、自分より絶対的に経験がある人を一緒に並んで走れたりとか、
その人を追い越せていけるその瞬間っていうのが多分私は一番走ってる中では楽しくて、それが一番やりがいがあるなと思っています。
本当なんかこうストロングスタイルというか、ある意味バチバチやり合ってるというか、強者と走って渡り合ってるみたいな瞬間が楽しいと。
渡り合ってるのも楽しいですし、あとやっぱりそこより上に行くのが楽しい、その瞬間が楽しいですね。
何て言うんでしょうかね、自分の能力以上のことができる瞬間っていうのが楽しいです。
そこで言うと今回のクリントリストってかなりその感覚を味わえたレースだったんですかね。
そうですね、ただやっぱり学ぶところも多くて、次回に活かしていきたいなと思っています。
レース展開と幻覚体験
去年からその30越えたあたりから今日はもうちょっといけるなっていうのが分かってきて、
ただレースのスケジュールがかなり立て込んでいたのでですね、30走った後の6日後に56キロのレースとかが入ってたりしたので、
ちょっと足を少し保存せねばということで、それ以上いけなかったりとかしたんですけど、
それもいい自信につながってもう少しいけるなっていうところが分かっていたので、
なので今回はもう私この後のレースの予定がなかったのでですね、このまま続けていこうとやってみました。
もう思いっきりやれる限りやってみようと。
やってみようと、はい。
実際レース展開はどうでしたか?
肌から見ると結構日本記録が近い手前、30後半とか40ラップ台に結構きつそうになってきたなというふうに見えてはいたんですけど、
ご自身の体感どうでした?そんなでしたか?
気づかなかったですね、気づかなかったです。
ただ淡々と次の週、次の週進めるだけで、気づかなかったんですけど、寝ていなかったので眠くて、眠くて仕方なくて、
あとはその、幻覚がひどかったです。
幻覚が何ラップ目ぐらいから見えるようになったんですか?
覚えてないですね。かなり早い段階から来ていて、もうフォース全体が幻覚なんですよ。
具体的に何が見えました?
プラシスクモデルの戦車とか、ブラックホークが木に、木が全部変わってしまっていて、
大きな売骨の顔とかが引っかかっていたりとか、ピエロがいたりとか、それがずっと続いてました。
結構それはもう、序盤っていうことですよね。
序盤から結構続いてました。
かなり眠かったですね。
その幻覚に対しての感情はどんな感じでした?
人によっては、幻覚が見えて楽しいみたいな、今回日本チームの桜庭さんとかは、結構そういう感じだったんですよ。
逆にポジティブになってて。
そうですか。私はダメですね。
道さんは見られたりとかしないんですか?
僕も見えてて、実は5月末のデッドカウンの時は、僕は結構20ラップぐらいから幻覚見始めるタイプなんで、
ずっと悪夢の中にいると思ってて。気持ちで言うとネガティブの方ですよね。
私別にネガティブにもポジティブにもならないんですけど、ただ気持ち悪くて。
それが現実じゃないっていうのがわかっていながら、そこの中を走っていくっていうのは気持ち悪くて。
でもそれはそれでしょうがないと思いつつ。
日本記録・オーストラリア記録更新の瞬間
ここ自身のベスト40ラップを超えたあたりは、まだまだいけるなって感じでした?
全然大丈夫でした。
そして日本記録の48が近づいてきたわけですけど、数字は意識してました?
全然意識してなかったです。
全然じゃあそこで48に行ったからどうってこともなく、いける限り行くんだと。
そうですね。数字が超えられたからどうとかではなく、まさに淡々と。
集計地点として淡々と過ぎていくという。
その次が一つベンチマークというか、61位のオーストラリア女性記録だったかなと思うんですけど、そこも特に意識はなくですか?
なかったですね。ないわけじゃないんですけれど、女性の方でナーチさんって方が、
前年度の優勝された方だと思うんですけど、その方が53ラップで降りたんですよね。
その時に、背の高いジョエルって、ジョウジョウって言うんですけど、彼が話しかけてきて、
ナーチが降りたから、あともう一周で終われるじゃんみたいなこと言ってきたんですよ。
それで、あと一周で終わるって誰が決めたんだみたいな話になって。
それで、そこからはもう淡々と刻んでいったら61位に着いていて、
ジャイアン記録に着いたと。ここからどれくらい行こうかなと思いつつ走ってたという感じですか。
そっからはもうそんなに苦もなく淡々とですか?そっから先きつくなったとかっていう感覚の変化はありました?
特にないんですけれど、ただ眠いのと、雨が降った時点で足回りが痛くなってきたんですよ。
それは多分早い段階で雨があちこちにできていたと思うんですけど、
多分気づいていなくて、濡れるまで多分気づかなかったんですよね。
なので、靴下を一度も変えることなく走っていたので、汚い話なんですけど。
気づいた時にはもうちょっと手遅れ状態で、かなり痛みと戦っていましたね。
そこで、これ以上行こうかどうしようかちょっと迷っていて、結局辞めたというのが65周でしたね。
記録更新後の判断とチーム入りへの考え
その時のきっかけは何かあったんですか?
足が痛いとかあったと思うんですけど、そのタイミングが65を終えた段階だったっていうのはなぜだったんですか?
数字の切りが良かったのと、65を越えたら多分68まで行っただろうと思うんですね。
そうすると、オーストラリアチーム入りで、多分69、70、誰かが行かないと3人は入れない、チームには入れないというところで。
私はそんな入ることを目指して走っていなかったので、今年は入らなくてもいいかと思ってですね。
私はスコットのサポートに回ろうと思っていたので、ここの切りが良いところでやめようと思いました。
言い方あれですけど、今回のラスト2になったタムとジェイデン、彼らがきっと出たいだろうから、
ちょっと一歩引いたと。
いやいやいやいや、彼らは多分どこまでも行ったと思いますよ。
まだまだ余裕がありましたので。
でも、自分も立ち、何ですかね、続けてたら、なかなか手強い戦いというか、終わりのない領域に行っちゃいそうで、ここのところでやめとくかみたいな。
ジェイデンが言うには、3人入るには1人が70走って、1人が69走って、2人が69走らないと多分入れないだろうって話をしたんですよ。
そうすれば3人入れるって話になったんですけど、入りたいかなって思った時に、入りたいは入りたいんですけど、別に今年じゃなくてもいいかと。
私は自分の中で納得していたので、6人で終わりました。
そうなるとあれですよね、多分最近のサテライトの代表争いって、年々ボーダーが上がっていくっていう状態ですけど、
2年後さらに上がるだろうけど、そうなったとしても狙えるなという自信というか、そういう思いもあったっていう感じですか。
狙えるかどうか分からないんですけれど、狙いに行きたいなと。
狙いに行くかは分からないのでですね、やってみないと分からない。
ちなみに途中、ゆう子さんがもう止まる気配なくどんどん走ってる姿を見て、スコットになんで彼女はこんなに強いの?みたいなことを聞いたんですよ。
スコット氏からの評価と決意
で、多分僕の英語力とかそういうのもあるんですけど、
もうちょっと言ってたかもしれないんですけど、彼女にはそうするだけの理由があるし、そういう決意をしてるからだよ。
スコットが言いそうなことです。
スコットは私のことよくわかってると思うんですけど、
私はやってみないと分からないのでですね、やれるんだったら自分が納得できるところまではやりたいっていうのがあって、
そもそもやっぱり強い人って走るのが私は好きなんですよ。
中学時代の駅伝経験と強者追い抜きの喜び
それが私のやっぱり走ってる楽しみでもあって、実はその中学の頃に2年だけ走ったことがあるんですね。
はいはいはい。
私の中学というのがですね、私中学校のときは陸上部だったんですよ一応。
800mを2年やって、でもすぐ受験に入ったんですけど、
学校の代表チームである駅伝チームっていうのに入っていたんですよ。
要は私の行っていた中学がですね、地元でもかなり噂の悪い公立の中学校だったんですよ。
岐阜で育ったんですけれど、要は名古屋のベッドタウンみたいなところで、
周りの人はみんなよそ者の集まりみたいなところなんですけど、
そこでできた公立の中学校で、要は周りの噂が良くない、よろしくない校で、
要は鉢植えのポットが3階から落ちてきたりとか、
トイレの鏡が全部割れていたりとか、
妊娠している教師が蹴られたりとか、そういうことが起こってしまうような悪い学校だったんですよ。
ただ一人熱血な先生がおりまして、この方がこの学校の評判を変えようじゃないかというところで、
学校でエキデンチームを作ろうと言い出したんです。
それで全生徒を集めて、テストをして、トレーニングをして、
ABCっていうチームを作ったんです。
それを3、4ヶ月トレーニングをして、
彼が言うには厳しい練習だけれども、練習についてきてくれたら必ず1位を取ると。
ということを約束してくれた先生で。
厳しい練習ではあったんですけど、
結局、その先生が私のコーチになってついててくださったので、
いろいろ教わったことも多くてですね。
その頃から早い、自分よりいい選手というのを追い抜くその瞬間が楽しくて、私はずっと知ってました。
たぶん自分が何をしているときが一番楽しいのかというのを知っているということはすごい強みになると思います。
それはやっぱりその瞬間に凝縮されていて、
あれもこれも楽しいではなくて、たぶん何をやっている瞬間が一番楽しいかによって、
それがあなたであるというか、自分であるということになると思うんですね。
私の場合はたぶんその強い人を追い抜くその瞬間が楽しくて、それで続けていられたっていうのと、
私はたぶん自分のキャパ以上のところを増えられるのが好きな人間なんだと思うんです。
なので自分を知っているということは、すごく特に耐久性のあるレースでは重要なのかなと思います。
なんかそのゆうこさんの追い抜く快感とか、強い相手を越すっていう、
ランニング以外の挑戦とタフさ
そこが楽しくてやってるっていうところは、なんかランニング以外でも同じような部分はあったりするんですか?
ありますね。ありますね。絶対ありますね。
私、英語が好きなわけでもなんでもなかったので、
要は、かじっただけの英語を使って勉強するとか生活をするとかっていうのも、これ自体がすごく私にはチャレンジで、
たぶん私の知っている友人とか親戚一同からは想像ができない、
頭の悪いあの子がどうしてもみたいな子がいると思うんですけれど、
だけれども、そこを越えられるのがやっぱり楽しいですね。
なるほど。
一言で言うのはあれですけど、とてもタフな、すごいそういう印象を受けました。
そうですね。それもあって、スコットは私のことをよく知ってるんですけど、
私の前のパートナー、離婚調停はかなり厳しいものだったんですよ。
裁判所に行くかどうかみたいな、そういうかなり厳しい中で、私もかなり交渉しなくちゃいけなくて、
誰も身寄りはいないし、英語もまちまちだし、みたいな、それでも交渉しないといけないので、
誰の助けもなかった中で、ようやく別れることができて、
そこから走ることができたので、今となっては良かったなと思うんですけど、
スコットはそういうところも全部知ってるので、
たぶんそれもあって、彼女を一度決めたらやめないみたいなことを言ったんじゃないかと。
そういうことですね。
今後の目標と挑戦したいレース
なんか、ゆうこさんの強さの秘訣が、だんだんとというか、かなり見えてきたなという、
なんかそんなふうには思ったんですけど、
そこの走り続ける目標とか、今後どこまで行きたいかとか、そこらへんってどうですか?
行けるところまで行きたいですね。もう膝も限界に来てますし、
年齢なので、たぶんそんなに長くは走れないんじゃないかと。
なので、どのレースもたぶんこれが最後のレースになるかもしれないって思った方がいいのかなとはちょっと思うんですけど、
今はだましだまし、あと2,3年は行きたいなと思っています。
あえて目標は私ないんですけれど、このバックヤードでもう少し記録を伸ばせたらと思います。
次に意識しているレースとか、出ようと思っている大会ってありますか?
次のはですね、特に順位とか全く目指してないんですけれど、
9月にアデレードでありますエベレストチャレンジというのがありまして、
24時間限定で8847mを上がるという、そういうレースなんです。
5.3kmのコース、370mの上りなんですね。
これは上りも下りもテクニカルで、とてもじゃないですけど走れないんですけれど、
それを1時間ごとに続けて24回でエベレストと同じ距離、そういうのがあるんですね。
24時間限定なので、別に3時間でやめても6時間でやめても12時間でやめてもいいんですけど、
24時間やるとエベレストと同じ交渉距離になるというのがあります。
それに12時間でようかな、どうしようかなという感じですかね。
じゃあ、ハーフエベレストチャレンジを。
ハーフエベレストチャレンジをしようかな、どうしようかなと。
ハーフでも4000mですからね。
そうですね。決してイージーじゃないですね。
コースを知っているので、岩だらけのところですよ。
上りも下りも岩だらけですね。でも走れないです。
結構時間タイトですよね、そうすると。カツカツっていう。
最初に走った時は、そのコース走ったら1時間2分かかったんですよ。
1発目でアウト。
思い切り走って47分。でも次は走れないみたいな。
どうなることやらという感じです。
やっぱりそういう本当にチャレンジングなことにワクワクするっていう感じですよね。
そうですね。ハーフマラソンとかマラソンは多分できると思うんですよ。
ペースさえ落としてしまえば走り切れるじゃないですか。
でもできるって分かっていることをやるよりは、
50%ぐらいできるかできないか分からないところの方が面白いと思うので、
ハーフぐらいちょっとリカバリしつついこうかなと思います。
次のバックヤードは何か予定されてますか?
次のバックヤードレースと直接対決
次はね、多分メルボルンになるんじゃないかなと思ってます。
来年5月のメルボルン。
そうですね。3月に1つ出るかもしれないんですけれど、
多分それは練習で、5月にメルボルンで本番を持っていきたいなと思ってます。
メルボルン、フロントヤード。
対決。
そうですね。私もおそらく、おそらく行くことになると思うので、
直接対決ですね。
またそちらでお会いしましょう。
ありがとうございます。
記録更新後の反響と取材
ちなみに今回のクリント・イースト・ウッドのレースで
65ラップ女性の日本とオーストラリアの記録を更新したっていう、
その反響ってどうですか?連日忙しいなと。
いや、もうだいぶ落ち着きまして、
今、スコットの10月に向けての準備をしてるんですけれど、
でも帰ってきた当初は、ラジオとかテレビとかからの取材が、
びっくりしましたね。
誰にも話してなかったんですけど、テレビ見てよみたいな話がやっぱり来て。
そうですね。そんな取材を受けたこともなく、びっくりしています。
実際、あれですか、結構、取材は疲れたりしました?
楽しかったですね。なんなく。
ただ、取材をしてる方はバックヤードが何かよくわからないので。
確かにね。
なんか話していてもわからないかもしれないと思いつつも、
取材の方が戻ってきた翌日に取材に見られて、テレビの方だったんですけど、
その方が、じゃあちょっとそのグラウンドで一周ぐらい走ってもらえます?とか言われて、
走れないと思いましたね。走れないですと。
バソンじゃないからみたいな。
そうですよね。だいぶ出し尽くしたよみたいな。
実際、体の状態どうでした?レース終わってみて。
レース後の体の状態とトレーニング
終わってみて、実はレース中に血尿が出てたんですけど、
それがようやく止まって、足のむくみもいってきて、
たぶん今週から走れるだろうなと思って、山に行きます。
山に。やっぱりご褒美って感じですか?ようやく走れるみたいな。
週1でやってるグループって、山の4キロ、470メートル上がるっていうのを毎週やってるんですよ。
それに行かなくてはと思っていて、週空いてしまったので。
片道4キロで400アップですか?
470ですね。
470。テンパー超えると。
はい。11から12パーぐらいですかね。
本当、登るのが好きなんですね。
登るの好きですね。下るのは全然ダメなんですけど、
でもそれは下って帰ってこないといけないので、やっぱりいい練習に。
そうすると、さっきおっしゃってた大きい筋肉を耐えられると。
かなり使えますね。
じゃあ、今後もそのトレーニングは基本的には、たくさん登るっていうところで済んでいこうかなっていう。
それは週1で必ず入れていって、他にも週末とか、朝の早い段階でやれることはやれるようにしてます。
これなんか僕、オーストラリアの現地に行ったりとか、オーストラリアの人とやり取りしててすごい思うことなんですけど、
オーストラリアの早朝ラン文化
朝早くないですか?オーストラリアの。
めちゃめちゃ早いです、私。朝私、ロングランやるときは4時半とかに起きます。
日が残る前に一つ仕事をやっとくみたいな。
朝飯前とこのことみたいな、そんな感じですかね。
グループランとかもやたらと早い時間集合であったりしますよね。
現地の老人と競い合ってるのかよっていうぐらい、5時起きとか、5時スタート、6時スタートみたいなのありますね。
そうっすよね。
早いです。
僕もクリントリストウッドの後に、地元のトレランサークルにちょっと参加させてもらったんですけど、
はい、見ました。ランボルト。
ランボルトじゃなくて、ブリスベントレイルランナーズっていう方々がいて、
5時45分集合だよって言われて、
いや、ちょっと起きれるかなって言ったら、もしよかったら迎えに行くからって言ってくれて、
それで、お言葉に甘えて、なんとか現地に行けたという、
私もスコットはやっぱり迎えに来てくれるので、
じゃあ、明日走りに行こうよみたいな話になって、
じゃあ、何時?って言ったら、じゃあ、5時に迎えに行くよみたいな、そんな感じですね。
早い、朝早いです。
車で拾ってもらうと言い訳なくなっちゃいますからね。
ないですね。逃げ場もないという。
小松さんへの伴走とチームワーク
実は、いくつか小松さんとか、他の方からも質問をいただいていて、
どうぞ。
ちょっとそこも聞いてみたいと思うんですけど、これ結構レース中の話に繋がるかなと思うんですけど、
小松さんが眠い時間帯に肘を噛んで、
伴奏させてもらったって。
あれは、あのやり方はぶっつけ本番でできるものじゃないと思うんだけど、
特別な何か訓練とかをしてるんですか?みたいなことを小松さんが気にされてたんですけど。
いや、特に訓練はしてないんですけどね。
伴奏って分かりますか?
はい、分かります。
リーガルブラインドの方。
一時期、私も時間がなくて今やってないんですけど、
一時期、伴奏をやりたいなと思ったことがあって、
その練習会に行ったことがあるんですよ。
2回ぐらいしか行ってないんですけど、それで腕をお互いに寄せて、
ロープで縛って、それで走るんですよ。
小松さんがコースでフラフラしてたので、
これはいいかな、戻れんぞと。
時間を見てたら、これはちょっと戻れないかもと思って、
で、一緒に走ることにしました。
なんか小松さん曰く、キロ後ぐらいのペースで引っ張ってもらったって言ってたんですけど。
なんかちょっと時間を押してたんですよね、あの時ね。
帰らねばと。
ブラインドの方の伴奏で得得した技術だったと。
そうですね。じゃあ腕つかんでくださいとか言って走ってました。
だいぶ心強かったって言ってました。
そうですか。よかったです。私も心強かったです。
いや、ほんとなんか、日本チームだからじゃないかもしれないんですけど、
そこで選手同士で助け合えるっていうのは、かなりラップ重ねる上では大事ですよね。
もうすごい大事ですね。これがたぶん醍醐味でもあると思うんですけど、
競争なのにお互い支え合ってるみたいなところがいいと思います。
独特ですよね、バックヤード。
日本チーム扱いへの思いとオーストラリアの印象
他にはないですね。
ありがとうございます。ちょっと続いての質問なんですけど、
実はバックマンステッカーを作ってくれた、このポッドキャスターの音声編集もしてる岩崎さんという方からの質問なんですけど、
日本メンバーとは現地で遭遇したというふうに聞きましたと。
実は質問1個はさっきも聞いたんですけど、
異国のレースで思いがけず同居の人に会うっていうのはどんな感覚でしたかっていうことの、
そこはさっき答えていただいたので、その出会いでなんか変わりましたかという、
そこも答えていただいたかとは思うんですが、
その後に勝手に日本チームみたいな、日本メンバーみたいな扱いをされたのは嫌じゃなかったですかっていう。
嫌じゃないですね。たぶんそれが自然な流れだと思うんですけれど、
でも私、やっぱりこっちに住んでるので、オーストラリア人としか走ったことがないのでですね、なかったので、
オーストラリアチームを目指すというところはちょっと思ってました。
もう嫌じゃないです。
日本のみなさん、いい評判しか聞かないです。
よかったです。また日本人同士の競争、共に走るがまた来年のメルボルンでできたらなと思う。
楽しみにしています。
私らこそ楽しみにしています。
そしてですね、もう一個質問をいただいていて、
オーストラリアから日本のバックヤードシーンはどのように映りますか?
実際の日本人ランナーたちと会う前と後で印象は変わりましたか?と、そんな質問もいただきました。
ちょこちょこレースとかの情報は見ているのでですね、
ラストサムライですね、その評判も見ているので、
日本人の多分コースの方が厳しいんじゃなかろうかと思いまして、
そういう中で走っている日本人のランナーの方は強い、強かろうとは思っています。
実際、オーストラリア人の人からも日本人は強いと。
各国、例えばアメリカとかベルギーとかって強い、バックヤードは強い国だと思われていると思うんですけど、
それと同じく日本も必ず上がっているというところだと思います。
ありがとうございます。
実際、サテライト大会で言うと、2大会連続世界4位というところで、
惜しい。
間違いなく競合国の一つだとは思うんですけど、
我々としてはもう一歩、もう二歩というところを目指している中で、
オーストラリアの人からも注目してもらえているというのはありがたいなと。
必ず、そうですね。競合国として見られていると思います。
日本チームの人はチームワークがやっぱり素晴らしいと。
選手たちも素晴らしいと。
本当に悪い話を聞かないですね。
よかったです。
素晴らしいことです。
同じ日本人として嬉しいです。
そう思ってもらえて嬉しいです。
オーストラリア大会での日本人優勝の可能性
実際、でもどうなんですかね?
今後、いつかオーストラリアの大会で日本人が勝つというようなことが、
遠くない将来に起きそうな気がするんですけど。
じゃあ、私が勝ちます。
なるほど。
そうなると、オーストラリア人はどういう受け止め方になるんですかね?
OGは結構、別に構わないと思いますよ。
OGはかなりオープンなのでですね、勝っても構わないと思います。
もちろん、オーストラリア人なのでオーストラリア人利益だと思いますけど、
OGはかなり他の国の人と比べても、大らかでオープンなところがあるかと。
なるほど。
じゃあちょっと、私とゆうこさんのどっちかでオーストラリアの大会勝ちますか?
勝ちましょう。
それがメルボルンになったらいいですね。
そうですね。なんか強い人がいっぱい来る大会なので楽しみです。
まだサインアップしてないんですけど。
まだエントリーしてないです。
だって、主催者からは声かけがあるわけですもんね。
座右の銘と「やったことだけが自分のもの」
声かけされてるんですけどね。そろそろエントリーしないとなと思ってます。
という中で、ラスト質問あと2つっていう感じにしたいんですけど、
本当に今回のインタビューを通じて、ゆうこさんの強さの源みたいなところは十分に感じさせていただいたなと思うんですけど、
ご自身の中で座右の銘とか、大切にしている考え方とかがあれば改めて聞いていただければと思います。
一つ聞いてみたいんですが、どうでしょう?
そうですね、若い時に出会った方で、サンリオっていう会社わかりますか?
わかります。
ハローキティちゃんの会社です。
そこの創設者の方の一人とお話しする方がありまして、その方が言ってた言葉なんですけど、
このポッドキャストもそうだと思うんですけど、聞いたことっていうのは聞いたことでしかないと。
本で読んだことは本で読んだことにしかならないと。
何かを見たっていうことはやっぱり見たことにしかならないと。
自分がやったことだけが本当にやったことになるって言われたんですよ。
なのでその言葉は肝に銘していて、実際に自分がやらないかんと思って。
なるほど。
うちではいくらでも語れると。
ああいうことをやってる人がいる、自分もできるかもしれないとか、ああいうのをやってる人を見た、自分も。
見た、聞いたとか、本を読んだとか、そういうのはいくらでもできると思うんですね。
知識としてはいいと思うんですけど、やっぱり実際にやらないと、やったことにはならないと。
重みがありますね。
まさにバックヤードですね。走らないと走ったことにはならない。
うん。本当ね、よくバックヤードやる人の話題話ですけど、
もう最初の24時間を走ったことにしてくれないかみたいな。
確かに確かに。もう本当につらい20時間と思いながら。
もう70ラップの記録を出してたら、48ぐらいまでスターティフィケートで。
スキップみたいな。
スキップさせてくれないかみたいな言いますけど、
本当にそのラップに行くっていうのは、そのラップを走ったことでしかやれないというか。
そう、最初の20時間を越えていかないとダメなんですよ。
本当ですね。いくつかの壁を越えて、その先にどれだけ進み続けられるかという。
バックヤードの魅力と中毒性
最初の20時間がたぶんつらいですね。
うん。
ゆうこさんが送ってくださった、コット作のグラフ、チャートありましたよね。
あれまさにそれ。
そうですね、最初の20時間だと。
あの休憩所を上がったらもう、そっからはもう。
そっからはもう変わらないし、切りもしなければ増えもしないみたいな。
だし状況はよくはならないみたいな。
あれもよく覚えてました。
本当ですね。なんかでもそれがわかってるだけで、ちょっと気が楽になりますよね。
そうですね、なんかたぶん長く走ってる人も短く走ってる人も、たぶんつらいの同じところみたいな。
そんなバックヤードに、私もですし、ゆうこさんも魅了されてしまったのかなと思うんですけど、
ゆうこさんが思うバックヤードの魅力は何ですか?
そこが見えないとこですかね。
高いと。
そこが見えない。
出口なしというところですかね。
難しいからいいと思います。
自分がどこにたどり着くかもわからないと。
わからないと。そして攻略も難しいというところが魅力だと思います。
中毒性が高い。
おっしゃる通りですね。
佐藤選手からのメッセージと今後の抱負
日本だとバックヤードってまだまだちょっとハードなものとして知り込みする人が多いんですけど、
そういう方々に向けてメッセージみたいなことってありますか?
私は特に若くもなく、動力もなく、体力もなく、筋力もないので、私ができれば誰でもできます。
前も言ってましたね。
筋力はないので、私ができれば誰でもできます。
実際皆さんがどう思うかは別としてゆうことのメッセージでした。
ありがとうございます。
今日は長々とインタビューありがとうございました。
こちらこそ長々ありがとうございました。
ではまた今度は裏庭でバックヤードで会いましょう。
メルボルンになると思いますけれども。
そうですね。では楽しみにしています。
ありがとうございました。
じゃあみちさんまた。
ありがとうございます。
01:18:12

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