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RS#14「努力は無限|池田 秀次選手」10/17〜バックヤード日本代表世界一への道
2026-10-06 1:36:56

RS#14「努力は無限|池田 秀次選手」10/17〜バックヤード日本代表世界一への道

AFAP(アファップ)。このプロジェクトは、「バックヤードウルトラ」という競技に魅せられたウルトラランナーたちによる共走と挑戦に光を当てます。「As far as possible 私たちはどこまでいけるのか?」走ることでつながった仲間たちとこの世界の魅力をお伝えしていきます。


今回はRS#14「努力は無限|池田 秀次選手」10/17〜バックヤード日本代表世界一への道

<内容>

・RS シリーズ= Rising Sun Project(チームジャパン頂点への道)が遂にスタート。

14回目ゲストは池田 秀次選手(PB: 72LAP)

走り始めてから300を超えるレースに出続け、最近はもっぱらウルトラの道にのめり込んできた池田秀次選手。

バックヤードウルトラは今年の2月に初挑戦、2回目となる4月の木島平大会でベスト記録を2倍も伸ばした。3回目となるサテライト大会ではどこまで記録を伸ばすか注目が集まる。


水野倫太郎/通称・ミチタロウ(Instagram:@michi_bagman_ultrarunner)

昨年のDead Cow Gullyにて、Dead Cow Gullyにて94LAPを記録。BAGMANの愛称で知られ、「走るはつなぐ」をテーマに、海外バックヤード転戦中。

AFAP(Instagram:@afap_ultrarunning)

「As Far As Possible 私たちはどこまでいけるのか?」をテーマに、2025年6月Dead Cow Gullyをきっかけに立ち上がった日本人ウルトラランナーたちによるプロジェクト。当初はドキュメンタリー制作が目的。現在は、大会主催やコミュニティづくりに至るまでバックヤードウルトラや「共走」の魅力を伝える活動を幅広く展開している。


Podcastでは「共走と挑戦のドキュメンタリー」をテーマに、以下のシリーズを配信しています。

・SDシリーズ:Seven-day Project(ミチタロウ7日間への道)

・RS シリーズ= Rising Sun Project(チームジャパン頂点への道)


Documentary映像「As Far As Possible 私たちはどこまでいけるのか?」視聴リンク:https://youtu.be/aY3RQz1ADoM?si=5t8dHO2wnGWrCu2m


編集: 岩崎智之

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サマリー

池田修司選手が、幼少期の外遊びやサッカー経験を経て、2008年に箱根駅伝に憧れて走り始めた経緯を語る。最初は家の前をゆっくり走り、10キロレースやトレイルランニングを始めたが、記録更新よりも長く走ることと仲間との交流に魅力を感じ、ウルトラレースへ進んだ。2013年のチャレンジ富士五湖を皮切りに、300を超える大会へ出場し、48時間走では369.5キロを記録してM50の日本記録を達成したほか、本州横断フットレースのR9で582キロを走った経験も紹介される。長距離では意識が朦朧として逆走したこともあり、ゴール後は達成感より先に眠気が来たという。バックヤードウルトラには2026年2月に初挑戦し、神奈川大会の38ラップから、4月の木島平大会では72ラップまで記録を伸ばした。1ラップごとの補給、水分、短時間の睡眠、マッサージを繰り返す方法や、納豆、卵、パンケーキなどの補給食についても話した。10月17日のサテライト大会では、チーム全員で100ラップを目標に掲げ、仲間と走りながら互いの変化を学ぶことを楽しみにしている。池田選手は「天才は有限、努力は無限」という言葉を胸に、自分の弱さに負けず、奉仕と感謝の気持ちを持って一周ずつ走る姿勢を示した。

池田修司選手の原点と走り始めた理由
AFAP、このプロジェクトは、バックヤードウルトラという競技に魅せられたウルトラランナーたちによる競争と挑戦に光を当てます。
As far as possible、私たちはどこまで行けるのか、走ることで繋がった仲間たちとこの世界の魅力をお伝えしていきます。
はい、プロウルトラランナーの水野満太郎です。 本日は2026年9月29日、時間は21時過ぎということで、
バックヤードウルトラ日本代表世界一への道ということで、10月17日から開催されるバックヤードウルトラ国別対抗戦、通称サテライト大会に向けたインタビュー企画第13弾をお届けします。
今回のゲストは池田修司選手です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今日はオンライン収録ということなんですが、私は神奈川の秦野から参加しているわけですが、
池田さんはお住まいどちらですかね?
私はね、生まれも育ちもですね、神奈川県山都市在住でですね、もう54年間ずっと山都市に暮らしております。
なるほど、じゃあ同じ県内にいるという。
そうですね、同じですね、西太郎さんと同じですね。
泳いでいる駅はどこですか?
泳いでいる駅はですね、神座渋谷という駅で、
神座渋谷。
あまりちょっとですね、神座渋谷と言われても多分、「え、どこ?」っていう方が多くてですね、
渋谷だよってよく言ってしまうんですけども、
その方が通じやすいかなと思って。
スクランブルコペテのない渋谷ということですかね?
そうですね、八甲はいるんですよ、ちゃんと。
あ、そうなんですね。
八甲はですね、もうキラキラの八甲がですね、
今西口降りたところにですね、飾ってあります。
そうなんですね。
それはちょっと、ぜひ次行かないとなと思いますが。
ありがとうございます。
今、ちょっと54年間という言葉が出ましたが、年齢は54歳ということですかね?
そうですね、今年で54歳となりました。
というと何年生まれになるんですか?
昭和47年ですね。
昭和47年。
1970年。
72年。
ありがとうございます。
ちょっと簡単に今、自己紹介いただいたような感じもありますが、
改めて池田さんの方からも簡単に自己紹介を。
名前は池田修司です。
神奈川県大和市在住、今年で54歳になりました。
生まれも育ちも神奈川県大和市で他を知らない、
実際ですね、一人暮らしもしたこともなくですね、
54年間大和市で暮らしております。
ありがとうございます。
今回はランナーとしてバッキアドレバーウルトラ日本代表という立場で
ご参加いただいているわけですが、
日頃はお仕事しつつ趣味でランニングをしているという感じですかね?
そうですね、皆さんからよくですね、大会よく出ているので
仕事してないんじゃないかってよく言われます。
いや、してますよ仕事。
毎日サラリーマンですんだけどね。
毎日出勤しております。
ただ、一般の人よりもランニングの比重が多いというか、
休み時間なんですかね?
休日で使っている時間が多いっていう感じですかね?
そうですね、土日はですね、ほとんど家にいません。
走りに行ける時間の方が長いですね。
外にいる時間、家にいるよりも外にいる時間の方が好きなので、
家にじっとしていられない性格なので、
外に出かけたくなりますね。
それは子ども時代からですか?
そうですね、小学校、幼稚園の頃からですね、
家にいるよりもですね、木登りしたり、
あと、牧業行ったりとかですね、
あと川遊びしたりとかですね、
家にいるよりも外で遊んでいる時間の方が長かったですね。
で、スポーツとかやってたんですか?
幼稚園の頃は剣道やってました。
あと、スイミングとかですね。
剣道なんですね。
近くに剣道場がありまして、
兄と私で通い始めてですね、
長く続きはしなかったんですけども、
1年、剣道をしないもってですね、
続けてましたね。
中学・高校ってなるとどうですか?
中学・高校はですね、中学校入ってからですね、
キャプテン翼をですね、小学校の頃から見てたんで、
中学入ったらサッカー部やりたいなと思ってたんで、
サッカーやってる人の方が女性にモテるっていうのが、
あ、曖昧な。
そういう気持ちでですね、サッカー部入部しました。
で、中学入って3年間サッカー部続けまして、
高校もサッカー部ですね。
ポジションどちらでした?
ポジションは左ウィングをずっとやっておりました。
やってたんですけども、
ずっとオレギュラーになれなくてですね、
ずっと補欠選手でした。
そうなんですね。
で、大学に行かれた感じですか?
そうですね、その後大学入ってからもですね、
懲りずにですね、下手くそながらですね、
また4年間サッカー部入部しまして、
大会のことですか?
大会のサッカー部ですね、やってました。
ほんとサッカーお好きだった感じですか?
サッカーやるのは大好きでしたね。
チームプレーが好きだったっていうかですね、
サッカーやってる時もそうですけども、
サッカー終わった後のですね、仲間との交流がすごくいいでですね、
一緒にサッカー終わった後に出かけたりとかですね、
仲間同士のつながりが特に好きだったんで、
ずっと続けてました。
で、大学卒業してももしかしてサッカー続けたりしたんですか?
続けなかったですね。
当たりとやめました。
社会人になってからは、
なんか趣味というか空いてる時間はどういうことに充てるようになったんですか?
体を動かすのが好きだったので、
スポーツジムとか週末は通っておりましたね。
サッカーも全くもうやることもなくですね、
体鍛えることに時間を使ってましたね。
で、今回のランナーとしてのヒストリーに迫っていくんですけど、
走り始めたっていうのは何かきっかけとかタイミングがあったんですか?
10キロからトレイル、ウルトラランニングへ
走り始めたのがですね、18年前ですね。
2008年、秋が覚えてるんですけども、1月4日。
これ正月のですね、毎年見に行ってるんですけども、
箱根駅伝、これが特に好きでですね、
箱根駅伝の選手みたいにですね、
名を残す走りがしたいなっていうことでですね、
4日からですね、家の前の道路を走り始めました。
それは何でですか?今までもずっと見てたわけじゃないですか。
何でその2008年、急にこう、じゃあ俺も走るぞって思い立ったんですか?
いやもう、何かですね、やっぱり何か趣味を持たなきゃなっていう気持ちをずっと持ち続けておりまして、
で、父からですね、幼少の頃からですね、
一生続けられる趣味を持てっていうことをですね、洗脳されてたんですよ。
言われ続けてですね、何か趣味やらなきゃやらなきゃと思ってて、
走りなら手軽にできるかなっていうことでですね、始めましたね。
でも2008年、18年前というと36歳の年ってことですかね。
そうですね、36歳ですね。
その前にですね、いろいろと結婚やら、あとは転職やらがあったので、
その周りのことでなんか頭がいっぱいでですね、
趣味のほうまで自分の気持ちっていうかですね、余裕を持てなかったっていうのがあったかなと思うんですね。
はい。
じゃあそのようやく趣味っていうのに少しこう、気持ちとか頭を避けるようになったときに、
お父さんのことを呼びかえってきて。
そうですね、常に頭の片隅にですね、あったのでですね、
やっぱり何か残せるものっていうかですね、名を残せるもの何かなと思ったときにですね、
記録書がちょっと頭にパッと思い浮かんだんですね。
走ると感想書がいただけるじゃないですか。
はい。
それでやっぱり名を残せるのかなっていうことで、そこからですね、はい。
じゃあ最初はでも、名を残すと言っても何かで優勝するとか、そこまでをイメージしてたんですか?
いや、してなかったですね。
全く優勝とか1位とかっていうのが、なんか考えてもなかったですね。
ただただ走って感想するっていうことだけを考えてましたね。
じゃあそれはその1月4日に走り出して、
はい。
だいたい何かどれぐらいの頻度でとか、1回どれぐらいの距離走るようになってた?
家の前がですね、往復で約1キロ、まあ1キロ、まあ2キロですか、往復で2キロか。
なんで、まあ行って帰ってきて約6キロぐらいをですね、続けてましたね。
まあそれもゆっくりですけど。
最初からじゃあ3往復してたってことですか、1キロの道を。
そうですね、3往復してましたね、前ですね。
あれですね、なんか来せずしてバックヤードの距離に近いのを走り始めてたんですね。
そうですね、バックヤード6.7キロなんで、ちょうど近い運命的な繋がりがありますね、今思うと。
三沢さんに言われなかった、今気がつかなかったですね。
3往復して6キロってなんか、なんか聞いたことあるなと。
言っちゃいけない言葉でしたね、これは。
いやいやいや。
いやいやいや。
そうですね、本当私も中学校からサッカーを続けてますけども、
走るのが大嫌いだったんですよ。
部活の時に、サッカーは好きだったんで、サッカーの練習終わった後に雨降ってくれないかなと思ってたんですよ。
毎日そんなこと考えてました、雨降ってくれないかな、雨降ってくれないかな。
そうすれば、ボール蹴った後のダッシュ練習がなくて済むなとか思ってて。
常に走りもビリビリでしたね、部活の中でビリビリでしたね。
いつも最後走ってましたね。
短距離のダッシュはあまり得意じゃなかった?
嫌いですね。
大嫌い、もう走りたくないですね。
恥ずかしいぐらい遅いですね。
じゃあその、家の前走り出したっていうのも、なんか人によってはダッシュをするとかそういうのもあったと思うんですけど、
もう本当にゆっくり走り始めた感じですか?
そうですね、ゆっくりですね。
もうキロ7とか8ぐらいでゆっくり走ってましたね。
その時はそのペースでもきつかったんですか?
そんなにはきつくはなかったですね。
でもなんか、ぜいぜいはぁはぁ息切らしながら心拍数上げるのは嫌いで、
ただただゆっくり、息上がらないように心拍数上がらないように走ってましたね。
そうやって走り始めて、大会申し込んだりとかっていうのは割と早い段階からしてたんですか?
そうですね、その年の3月に近くにあったカルーバモマラソンっていう水泳で開催されている、最長距離で10キロですね。
10キロのレースに初めてエントリーしましたね。
カルーバモマラソン?
はい、カルーバモファミリーマラソンって今も開催してて、ついこの間もホームページ見て、まだ長い間続いてるなってちょっと安心感ありましたね。
さすがにもう出てはいないですね。
本当になしですね。
もう出ることはないかな。
でも出たいなーっていう気持ちもありますね。
まあ、原点なので、バッチリな。
原点の時の記録とかって覚えてますか?
覚えてますよ。
10キロでですね、46分で走りましたね。
自分では乾燥したことに対してすごく嬉しかった。
あとは50分切れたっていうのが嬉しかった。
走り始めて3ヶ月ぐらいですよね。
そうですね、3ヶ月ぐらいです。
なんかそれで10キロ46分って早い。
早いですかね。
そんな気がしましたけど。
そうですか。
そうですかね。
その後も10キロレースもずっと月1回とか出てたりしてるんですけど、
そんなにタイム縮まらなかったですけどね。
本当ですかね。
そうなんですよね。
練習のやり方が悪かったのか、なんかそんな。
スピードレースも。
はいはい、ごめんなさい。
スピードレースも嫌いだったのでやらなかったと思いますけどね。
じゃあそのタイムを縮めるっていうよりは距離を伸ばすっていう方向に最初から意識が向いてった感じですか。
そうですね、タイムはもう本当縮めようっていう気がなかったんで、
長く走り続けたいなって気持ちは心のどこかでありましたね。
じゃあその後のランニングがどうなっていったかも聞かせていただいてもいいですか。
そうですね、その後並行してですね、トレイルランニングもですね、
同じ年に始まった、トレイルっていうほどでもないんですけども、
トレイルランニングをですね、始めましたね。
大会も出たんですけども、
すごくその下り坂がすごく気持ちよくてですね、
自分に合ってるんじゃないかっていうのを思い始めたんで。
最初に出たレース覚えてますか。
最初に出たレースはですね、大梅かな?ちょっとはっきり覚えてないですけどね。
大梅だったのか、レースだったと思うんですけどね。
なんとか森林マラソンとかいう、ちょっとマイナーなレースであるんですけども、
それに初めて出て、数年間毎年出るようになって、
特に下り坂でランナーを抜くその快感というかですね、
喜びっていうのをちょっと1回感じてしまうと、また来年も来年もっていう風にイベントになってきてしまうというかですね。
やっぱり森の中を駆け抜けるっていうのはやっぱり子供時代からも出たんで、
すごく楽しいなって思い始めましたね。
そもそもでもトレランを知ったきっかけとか、じゃあやってみようと思ったきっかけは何かあったんですか?
きっかけは何でしょうね。
やっぱりマラソンエントリーするときにトレイルランニングっていうのも一緒に表示されたりするんで、
山の中走るレースもあるんだっていうところがやっぱりきっかけっていうかスタートであったのかもしれないですね。
誰かに教えてもらったってことはなくて、調べてたらトレイルランニングに引っかかったっていうので、
これなら自分でも走れるかなということで。
なんか2008年、マラソンを始めて大会に増えてた感じがしたんで、何でもかんでも走ってやれみたいな気持ちでいましたね。
もうじゃあどんどんどんどん走ることにのめり込んでいったっていう。
そうですね、どんどんどんどん泥沼にはまってきましたね。
300超のレースと長距離挑戦
変ですよね。
今やその池田さんといえば本当にこう、もうありとあらゆるウルトラレースをどんどんどんどんこうすごいヒントで出てるってイメージがあるんですけど。
なんかね、あのカレンダー見てるの?とか皆さんによく言われたりするんですけどね。
カレンダーにちゃんと書き込んでるの?とか、書き込んでますけど。
書き込んでるけど、書き込んだらいいんですけど見てないとかですね。
なんかボケボケしてるところもあるんでね、ちょっと気をつけなきゃいけないなと思って。
気づいたら結構今週も来週もレースだみたいな。
そうですね、なんか欲張りっていうか欲深いっていうかね、いろんな大会に出たいなっていうのもありますし、
やっぱりその大会行くとね、ラン仲間とか友達に会えるので、すごくやっぱり元気もらえるっていうのがやっぱり一番自分にとって力になるなと思ってるのでね。
なるべくこう大会出て皆さんに会って、なんかいろいろ話したいな、情報交換したいなっていう気持ちがやっぱ強いですよね。
そこはやっぱサッカー部時代の走り終わった後にみんなで交流するのが好きみたいなところがつながってるというか。
そうですね、みんなでこうわちゃわちゃ話しながら、大会終わった後に大会どうだったとか、走りどうだったとかっていう話をするのがすごく好きですね。
やっぱり同じ苦しみとか楽しみを味わったっていうのを共感できるっていうのがね、すごく自分の中では次の力につながるなっていうことを感じてましたね。
まあ続けられるな、これはと思いましたね。
お父さんの言葉が続けられる趣味だと。
そうですね。おかげでそのままで長く間続いてますね。
しかもその続いてる趣味っていうのが、普通の人だったらこうランニングを趣味としてっていう感じですけど、本当にこうウルトラランニングっていう感じがこう、池田さんの場合すごい強いなというか。
ありがとうございます。
本当ですね。
どう表現してるのかわかんないですけど。
なんかそういう、本当に今のようなレース、今出られてるような、例えば200キロ超えるようなレースとか、24時間走、48時間走とか、なんかそういうようなレースに足を踏み入れ出したのはいつ頃ですか。
俺、ウルトラ、初ウルトラがですね、2013年の、皆さんご存知かと思うんですけど、チャレイフジ、チャレンジフジゴコですね。
これの3レイクス、まあ72キロ、これが42キロを超えたですね、ウルトラマラソンのスタート、私のスタートでしたね。
13年前。
そうですね。懐かしいですね、もう忘れかけてたっていうぐらい、あの頃は結構チャレフジには何度もチャレンジしてましたね。
その時、72キロ走って、タイムが7時間55分かな、そこからどんどんハマってきまして、6月にこの柴又、60キロ出て、6時間11分かな、走って。
本当、2013年間からウルトラ漬けになってきましたね。
もう13年、14年ぐらいになるってことですよね。
そうですね、なりますね、もう年ですね、かなり歳増しましたけど。
いやいやいや、なんかもうちょっと、これまで出てきたレースの数がすごいことになってそうな気がしますけど、数えてたりしますか?
いやしてないですね、多分、まあ400弱はいってるかなとは思ってますね。
え、2013年からですか?
もう2008年から数えると、たぶん、から数えると、月1回は最低は出てたんで、まあ多い時って言うと月3回とか4回とか出てる。
そうすると、まあ軽く300は超えてるかな。
そうですね、単純計算で。
そう、と思って、あ、これ出過ぎだなって。
それなら思いますよね、出過ぎですよね。
でもブレーキをかけることはなく。
そうですね、なんか出たいから出る感じですね。
なんか出ないとストレスたまりそうなんで、あったら出たほうがいいんじゃない?って思って。
これ単純にこう気になるんですけど、疲労はどうしてるんですか?感じてるんですか?
疲労は、まあ人間ですよ私。
よくロボットじゃないかとか皆さんからね、うれしいお言葉いただけるんですけど。
一応人間ですんで、走った後はそれなりには疲れてたりはしますけども、
なんか2、3日すれば普通に走れるようになるんで。
それはどんなレースであってもですか?
そうですね、まあ2、3日すれば走りたくなってしまうんで。
なんかそんな疲れはあまり感じないですし、
そんな痛みとか故障とかもあまりしないんで、
おかげさまでなんか走れてるなって思いますね。
すごい。
そうですね、いやロボットじゃないですんで。
いやいや、もう一人いるんじゃないかとかよく言われますけど、影武者がとか、いないですよ。
たまに見えますけどね、もう一人の自分が。
どういうことですか?走ってて、状態見たとしても。
なんか見えたりしますよね、面白いやつがあってね。
おかしい。
いやだったらな。
今ちょうどね、フェイスブックの池田さんの今年の投稿のあれを見てるんですけど、
そもそも、
ありがとうございます。
はい、その当時見たときもえっと思ったんですけど、
4月8日の投稿で、木島大郎のバックガイドの話を。
木島大郎ですね、はい。
その中で書いてらっしゃった、2月から自分の中で始まったテーマがレンドラと。
ポップつけたようなね、名前。
なんかいい加減だなと。
いやいやいや、その2月から4月の間にだって、
タイペイウルトラ48時間走。
2月に出ましたね、はい。
バックガイドウルトラ、丹沢神奈川大会。
はい。
で、高江戸大江戸260K。
はい。
ジンクガイエン24時間走。
バックガイドウルトラ2、木島大郎村と。
はい。
ということで、はい。
これだってだいたい1週間から2週間のスパンですよね?
全部1週間ですか?
そう。
全部。
その間にもちょっとボランティアで走ったりとかしてたんですけど、
あまりちょっとそれ以上上げると、
多分なんかやっぱりおかしいんじゃないかって思ったりとか嫌だったんで、
あまりその投稿はしなかったんですけど。
なるほど。
はいはい。
まあちょっと重だったものをフェイスブックにさせていただいたんですけど。
このレースをこなしてもそんなに故障とかは出ず?
そうですね。
ちょっと一番苦しかったのが、
タイペイ8時間走った後に爆谷戸神奈川大会出たとき、
これがですね、右足がちょっとあまり調子が良くなくてですね、
ちょっと痛みを、走るとちょっと普段感じないような痛みが、
大体二頭筋にちょっと感じてたので、
出るのどうしようかなとかっていうので、
直前まで迷ってはいたんですけども、
やっぱり爆谷戸出たいなって気持ちの方が勝ってですね、
やっぱりまあ1ラップでもいいから走れたらなってことで、
まあ初めてなんで、
爆谷戸どんなもんなのかなってことでですね、
走らせていただいた次第になりますけども。
1ラップでもなんていう風には終わらなかったですよね。
結局その時の爆谷戸は何ラップ走られたんでしたっけ?
38ラップですね。
いやいやいや。
260キロとかじゃないですか。
そうですね、260キロぐらい走りましたね。
あれっていう感じですね。
なんかあれ、後からこう距離見たら、
あら、そんなに走ってたんだって。
いや私が走ってたわけじゃないですよ、多分それは。
なんかあの走る元気を皆さんからいただいてたので、
やっぱりちょっと走り続けなきゃなっていう気持ちには、
すごくね、サポート力が皆さん強かったんで、
自分の気持ちだけでやめるわけにはいかないっていうことで、
それに負けたくないなーっていうのでですね、
1ラップでも多くとにかく走り続けようっていう。
本当に皆さんの背中を、皆さんが背中を押していただいたおかげでですね、
3回ラップ走らせてきたっていうことですね。
いやー。
ふざまじいです。
いやいやいや。
いやいや、みちさんさんのおかげですよ。
いやいやいや。
ご参加いただいて本当にありがとうございました。
参加できるようなね、条件だったんでね、私でも。
バックヤード初挑戦と72ラップへの飛躍
本当バックヤード、私の中ではすごく敷居が高かったんで、
何が敷居が高かったっていうと、
皆さんやっぱテント用意したりとかテーブルとか椅子とかですね、
身の回りのものすべて自分が用意しなきゃいけないっていうところが、
すごく敷居高いなって自分で思い込んでたんですよね。
それを道太郎さんがですね、完全に工夫していただいたんで、
私もこんなに荷物とかテントとか用意しないでもですね、
参加することができたんで、
本当にやっとこのスタートラインに立てたなって感じになりましたね、その時は。
もともとバックヤードの存在は気にはなっていたっていうことなんですか?
そうですね、気になってましたね。
あの2年前の2024年ですね、上野村で行われたサテライト。
あれを見ててですね、やっぱりその同世代というか同年齢のですね、
桜庭さん、32ラップで悔し涙をですね、流したシーンを見た時にですね、
すごく胸が熱くなりまして、
すごいいろんな思いを背負いながら走られてた。
どれだけ走るか、いろんな目標が持ってたと思うんですけども、
それが達成できなかったの悔しさ。
自分もやっぱり同じフィールドでですね、
走りたいっていう気持ちがですね、その時ですね、
埋まりましたね。
そうだったんですね。
そこから約に1年…1年…4ヶ月ぐらいの時を経て、
ようやくこう初挑戦のサテラインに立っていただいたという。
そうですね、もともと2024年の東京大会にはエントリーはしてたんですよ。
そうなんですね。
そうなんですよ。
ただですね、直前になって、ちょっと仕事が忙しい、
年末忙しくなるので、ちょっと仕事の都合がどうしてもつかなくてですね、
ちょっとそこは、あの、あの手でというか断念せざるを得なくなってしまったんですよ。
いや、そんな中で少しでも神奈川大会が、
池田さんのバックヤード挑戦のきっかけに、
慣れていたのがすごい嬉しいなと思いました。
いや、本当嬉しかったですよ。
神奈川大会、これ出れると思ったんで。
これもうすぐエントリーしなきゃ。
ありがとうございます。
いや、本当はですね、台北終わったら少し休もうかなって思ったんですけど、
いや、こんなに休んでられないわ。
出る、出る、出る、出る、これ絶対出る。
すぐエントリーしました。
終わらなくてよかったです。
焦ってましたね、非常に。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
ちょっとその後のバックヤードの話とか、もう少し深掘りはしたいんですけど、
ちょっとまずちょっと聞いておきたいのが、
フルマラソンとかって最近も出られたりはしてますか?
フルマラソンはですね、去年は出ましたね。
今年は出なかったんですけども、
去年は出て、おととしも出てましたね。
まあね、1回。
まあね、1回出るかなと思ってたので、
年内で出てましたね。
ベストタイムってどれぐらいですか?
恥ずかしくてあまり聞くじゃないですけども、
本当にそんなに早くなくてですね、
2時間55分01秒ですね。
それで早くないとか言うと怒る方々います。
ごめんなさい。
今のところは消しといてください。
つい最近ですよ、サブスクリーン発生したのは。
えー、そうなんですね。
そう、つい最近ですね。
何年前だろうな、4年前ぐらい?
最近ですね。
でもその頃にはだってあれですよね、
フルマラソンの特化した練習なんてされてないですよね、多分。
全くしてないです。
本当にウルトラの。
そうですね。
やっぱり心拍数上げるの好きじゃないんで、
スピード練習とかもしないですね。
フルマラソンの練習ってどうすればいいのかって
期待ぐらいしてないです。
そんな中で出した2時間55分台と。
そうですね、つい最近ですけど。
長時間走を支える補給と休養
ちなみに100キロの自己ベストは何時間ぐらいですか?
俺も100キロもしばらく走ってなくてですね、
8時間、何だろう、50分ぐらいだったと思うんですけどね。
別にその100キロの練習もしたことがなかったんで、
そうですね、何かそのタイム目指そうっていう気もなかったんで、
なんか走ったら8時間台になってたなっていう感じですね。
じゃあどんどんこっからのメインのところを聞いていきたいんですけど、
24時間走は自己ベストってどれぐらいですか?
つい最近出しましたね。
最近のシルバーウィークですね。
6月のね、何か。
で、出勲か、出勲20ですね。
チトセアオーバー、第3回のチトセアオーバー。
24時間トラックレースですね。
これで231.6かな、7かな、いましたね。
本当に230、いければなーっていう気持ちではあったんですけども、
だけど爆弾度も近いですんで、無理は絶対しちゃいけないし、
怪我もしちゃいけないし、
あとはラストスパートは絶対かけないっていう気持ちで走りましたね。
じゃあ実際終始楽な感じで、結果として230まで到達できたって感じですか?
そうですね、スタートからもう全然飛ばす気もなかったんで、
周りからなんか遅いねとかさ、どうしたの?ぐらいゆっくりスタートしましたね。
そんなにガツガツ行こうっていう気もなかったんで、
トラックってこんな感じなんだーとか、
あとは景色全然変わらなくて面白くないなーとか、
もうこのうちはそんなずっとモヤモヤしながら走ってましたね。
そうですね、みなさん結構速いペースでね、走ってたんでね、
頑張れみたいな感じで、背中見ながら応援してましたね。
でも最終的には230って結構いい順位ですよね。
そうですね、なんか結果的にはなんか3位にはなってたんで、
なんか特に狙ったわけでもないですし、
自分の中では一周一周大切にして走りながら楽しめればなーと、
景色変わらないので、なんか楽しいことないかなーとか思いながら毎週回走ってたり、
なんか自分でその楽しさを見つけるためになんかいろいろチャレンジしたりとかしてましたね。
例えば、オフィシャルエイドを使わないで何キロぐらいまで行けるかなって思いました。
誰もやらないとね、そんなアッみたいな。
無補給で行くってことですか?
そうですね、無補給でどのぐらい行けるかなーとかってやって、
で、80キロまで行ったんで、そろそろオフィシャルエイドをやろうかなーと思って行ったら、
エイドスタッフの方に、あれ初めてじゃない?とか言われて、
あ、そうです、初めてですって。
なんか飲み物をいっぱいいただきましたね。
それが唯一の補給じゃないですよね?
いやもう、飲み物はそれぐらいですけど、
あんま飲まなくても走れるんで、意外と大丈夫でしたけどね。
ほんとですか?脱水とかならないんですね?
脱水とかはあんまならないですね。
喉乾いたら飲みに行こうとか、
だから、何キロだったら飲もうとかっていうのはあんまり決めてないで、
飲みたいときに飲もうかなっていう感じですね。
食べ物はそんなになくても食べれるんですか?
そうですね、食べ物は一応ポケットの中には洋菓子入れてたんで、
甘いもの食べたいなと思ったときに甘い洋菓子食べたりとかして、
あとは持ってきた納豆ですね。
納豆、はい。
納豆、あの木島シーランの合宿でも納豆持ってきましたね。
そうですね。
納豆好きなんでね、
そう、千歳青葉での納豆持ってって、
で、オフィシャルエイド行ってご飯もらって、
あと生卵と納豆かけていっぱい食べましたね。
もっと食べたかったんですけど、一杯だけ食べさせていただきましたね。
やっぱもう、ウルトラレースに納豆は欠かせないですか?
欠かせないですね、これ元気の源ですね、納豆は。
日頃から結構一日でたくさん食べたりされるんですか?
俺我慢してるんですよ、納豆。
あまり食べてるとちょっと無くなってしまって、
会社の冷蔵庫には必ず納豆、何パックだろう、6パックとか。
1日どのくらい消費してるんですか?
1日…いやでも、あまり食べると、
次の日のこと考えると無くなってまた買いに行かなくちゃいけなくて、
2パックぐらいが限度ですね。
そうですね。
朝会社出勤して、まず納豆とヨーグルトを食べる。
誰にも見られたくないので、食堂で一人で食べてますけど。
職場にご自身専用の冷蔵庫があるんですか?みんなの共用ですか?
共用なんですけども、チールド室みたいのがあって、
そこに私専用の納豆とヨーグルト。
誰も多分手出さないと思います。
また池田さん、納豆入ってるわーとか、多分他の方は見てると思うんですけども。
私は大好きですね。
っていう、そんなスペシャルフードの話を聞かせていただいてましたけど、
実際だって、24時間で納豆、卵、かけご飯1杯と、
洋館をちょびちょび食べるくらいの感じですか?
そうですね。持ってきたものはだいたいそのくらい食べる。
本当はもっと卵かけご飯食べたかったんですけど、
その時はちょっと身の調子もあんまり良くなくなってしまったんで、
ちょっとそこは我慢しようと思って、
食べるのはちょっとそこはやめときましたけども、
ちょっと2パック余ってしまったのはちょっと残念ですよね。
全部食べたかったんで。ちょっと悔しいですね、そこは。
池田さんの中でこう、完食できなかったみたいな気持ちが。
そうですね。なんか完走はできたんだけど、完食はできなかったっていう、
その一段差で心残りのところがありますね。どっちも良いですけどね。
それも良い話。
そうですね。だからバックヤードでもやっぱり納豆は欠かせないし、
卵も欠かせないですし、あと甘いものが好きなんで、
パンケーキはやっぱり。
パンケーキ。
パンケーキ大好きですね。
なるほど。この前の代表の作戦会議で、
トップレートとか使わないでくださいって言われてましたけど。
これはちょっとショックでしたね。これやられたと思いましたね。
前回あれですか。
前回はですね、ホットプレートは使わなかったんですけど、
サポートクルーの牧師さんがですね、近くのコンビニ、ローソンですね。
あそこでパンケーキを買ってきてくれて、いろいろデコペーションしてくれたんで、
これがすごい美味しくてですね、
ちょっとこれもう1回買ってきてよって言ってたので、もう1回買ってもらいましたけどね。
でもまあよくよく考えたら、ホットプレートなくてもフライパンで作れますもんね。
そうです。フライパンで作れるんで、それはありかなって思いますんで。
じゃあ池田さんの応援に来られる方はホットケーキかホットケーキミックス、
あとは納豆を差し入れる。
最高に嬉しいですね。
でもあれじゃないですか、納豆とかちょっとこだわりがあるんじゃないですか、目柄とか。
納豆はそうですね、やっぱりこだわりたいですね、そこはね。
ファミリーマートのですね、納豆、大粒の納豆が好きなんですね。
なかなか売り切れてて手に入らない。
ぜひちょっと差し入れいただければ。
この場を借りてなんか、
単なる欲張りじゃないですか。
いや全然バックヤードと違いますけど、話違います。
ちなみに後で聞こうと思ったんですけど、
サテライトの意気込みって後で聞くつもりなんですけど、
サテライトで納豆は何パック食べる目標ですか。
これはね、やっぱり200個は食べたいなと思って。
いや嘘ですけど。
いやそんな食べれないですけど、
後で20個ぐらいは食べたいな。
なるほど。
何ラップに1パックの計算なんですかね。
あれそうですね、
10ラップぐらいに1個くらい。
で20ってもう200ラップいくつもりじゃないですか。
200ラップでも目標は高くないですかね。
いくわけないですよね。
いやいやいや、いくかもしれないです。
いらないですよ、もう。
皆さんでいきたいですね、本当に。
そうですね。
みんな協力していきたいですね。
ありがとうございます。
ちょっと楽しい話題を提供いただいて。
いやいやもう全然なんか、
食いついちゃいました。
食べてしまいました、ごめんなさいなんか。
でその24時間、先週チェコベストということでお送りでございます。
ありがとうございます。
で、そこでとどまらないですよね。
48時間走とかも出られてると思うんですけど。
そうなんですよ。
やっぱり運命が48でして。
運命なんですね。
運命です。24時間よりも48の方が先に始めたっていうか。
自分には48の方がゆっくり走れるかなっていう。
休憩も取れるし、
そんなスピード上げなくてもいいかなと思って、
48をはじめにスタートしましたね。
で、始めたのが2024年、
まあ広崎、第3回の広崎ですね。
これで初めて走りまして、
記録は353キロかな。
353キロ。
で、初3位に。
で、その翌年2025年か。
第4回広崎、この48時間走で369.5キロ。
これは本当に目標にしてた距離だったんで。
これがですね、インターナショナルレベル。
で、これを突破すれば、
IAUを認める国際トップランナーだよってことが証明される。
それを目指して本当1年間ちょっと頑張ってましたね。
すごい。
まあちょっとそれは本当に嬉しかったですね、達成。
もう本当最後、達成できるかできないかっていうところまで。
1時間前はですね、ちょっと距離間違えておりまして。
で、1時間経った時にこれ、あと残り11キロか12キロくらいあったんですよ。
1時間でその11、12キロをちょっと今の体の状態じゃ走れないんじゃないかなって、
多分自分自身も思ってましたし、周りの人もそういう目で見ていただいたんで。
で、これは何としてでもやっぱり今達成しなければもうこの先達成できないんじゃないかっていう気持ちでですね、
もう全力で走りましたね、ラスト1時間は。
で、まあ時間、タイムアップになった時に自分が何キロ走ったのかってちょっと知らされてなかったんですけども、
まあその後聞いたら、まあ突破できたよっていうことを聞いてすごく、
まあやり切ったなっていうかすごい嬉しかったですね、その時が。
で、また今年も出られてますよね。
はい、今年も出ました。
今年もその2月のですね、タイペイ48日のウルトラマラソンですね、これ出ましたね。
ちょっと結果は結果であんまり自分の中では納得できない結果であったんですけども、
これがまあ330、330秒ぐらいだったな。
自分が目指してたその距離がかなり低かったんで、
すごく悔しい思いはしましたけども、
まあ次につながる走りができたんで、
まあ満足はしてないにしてもまあ良かったかなとは思ってますけどね。
じゃあ次も48時間走でベストを出すっていうのが今、
一番実は関心が強かったりするんですかね。
そうですね、次、まあM50でですね、やっぱりアジア記録は狙いたいなと思ってます。
その記録はズバリ何キロなんですか?
385英ですね、今の記録が385英で、
今私がその広崎で出したのが日本ではそのM50で日本記録なんで、
あと、まあアジアの中では2位ぐらいになっているんで、
すごい。
あと少し、まああと少しって言っても距離はありますけども、
そこはちょっと派生したいなって思ってます。
すごい、いや池田くんならやっちゃいそうですね。
いやいやいや、いや大変ですねこれもう本当に真剣に、
もうチャラチャラワチャワチャやってるところじゃないですけどね。
いやいやいや。
しっかり走らないとなって思ってます。
すでに48時間の時点で369キロっていうところでかなり長い距離ですけど、
ご自身の1本のレースでの最長距離って言うとまだ他にありますか?
ありますね。
これも私の中で結構好きなレースではあるんですけども、
本州10段フットレース、今も走られている方もいらっしゃるんですけども、
この本州10段フットレースっていうのはですね、
通しで青森駅から下関駅まで1546キロの距離を通しで走る方もいれば、
ステージレースごとに国道R7号線、R8号線、R9号線、
3つのステージで分けて走る方もいらっしゃるんですけども、
私はちょっと仕事の関係でそんなに休めないので、
最長距離であるR9、582キロですね。
これが今まで人生の中で一番長い距離。
これ1人で走ったんですけども。
どれくらいの時間かかったんですか?
これはですね、行きと帰りがあるんですけど、行きと帰りって何かっていうと、
西舞鶴、京都の西舞鶴をスタートして下関駅まで行くコースと、
逆にですね、下関駅から西舞鶴まで走るコース。
同じ距離なんですけど、リバースと言われているステージなんですけどね。
通常のコースで155時間、6日間ですね。
下関駅から西舞鶴まで翌年ですね。
大阪139時間、5日ですね。
これそんなに体力が違うのは、飛行壊というか、普段の影響ですか?
R9の通常のコース、西舞鶴から下関駅で走った時がですね、
やっぱり初めてだったっていうのは、そのコース走るの初めてだったっていうのはあるし、
やっぱり結構休んでたんですよね。
寝泊まりに来てたんで、そんだけかかってて、
これでは行けないなと思って、もっと時間短縮しなきゃ。
自分の中ではもっと140時間ギリしたいなってことでですね。
で、もう寝泊まりの宿も取らずにですね、
ほぼ通しで、夜中も走ってましたね。
なるほど。
途中、もうちょっとやっぱり4鉄ぐらいしますと、
ちょっと頭がおかしくなってきて、逆走してたんですよね、途中で。
戻っちゃってたってことですか?
戻ったことすら自分の中では覚えてなくてですね。
真夜中ですね、2時ぐらいになんか走ってて、
自分今何やってんだろうって、早く帰らなきゃいけないなと思って、
何か知らないですけど逆走してたんですよね。
どうやって気づくんですか?
何でしょうね、一瞬パッと意識が戻る時があったんですよね。
あ、これさっき走った道じゃないか。
そこで意識が元に戻って、
多分もう一人の自分が肩を叩いてくれたんじゃないですかね。
こっちじゃないよ、なんでそこで気がついて、
元の道に戻って、また走りだしたっていうことですね。
4鉄経験があるわけですね。
そうですね、4鉄しましたね。
どこまで自分が走れるかっていうので、
4鉄やったことなかったんで、
教育のやつ見たいなって気持ちで4鉄してみました。
やっぱり頭おかしくなりますよね、4鉄とか。
それやっぱ気づいたらでも後半はもう、さっき言った逆走しちゃってたとか、
中は意識があるようでないようなみたいな、そういう状態になっちゃうってた感じですかね。
そうですね、もうなんか自分が走ってるっていう感覚すらも持てなくてですね、
自分が今何やってんだろうとか、なぜここにいるんだろう、今どこにいるんだろうとか、
夢の中じゃないかっていうようなことで、
正気でなくなりますね。
初めての感覚でしたね、あれは。
それはゴールたどり着いた時はどんな考えというか、状態で来ましたか。
そうですね、まあ今まで走ってきたっていうか、その指紋跡から走ってきて、
まあいろんな出会いがあったんですけども、応援してくれたりとかですね、ビールもらったりとかですね、
その思いを背負ってやっとその西舞鶴駅に着いた時のその喜びっていうかですね、
まあ走ってる途中にゴールしたら何したい、あれしたいっていういろいろこう考え事しながらですね、
走ってたんですけども、着いた時はもう疲れてですね、そこにすぐ横に抜きましたね。
まあ達成感はすごくありましたけども、なんかもう早く寝たいっていうか。
そりゃそうですよね。
まず寝たいっていうのはですね、なんか食べたいとかじゃなくて早く寝たいなっていうのが、その思いが強かったですね。
まあ誰もいないんですけどね、ゴールしても。
そうですよね、なんかゴールゲートがあるわけでも。
あるわけじゃないですし、誰かが待ってるわけでもないですし、
まあ本当自己満足の世界であるんですけども、まあそういうのもすごく楽しいですよね。
それをもうセルフでやられてるってことは、逆にバックヤードの形式なんてもうとてもこう、
人がたくさんいるというかなんかこう、心細さがないような。
そうですね、すごく安心感の海の中でこう楽しく泳いでる感じですね。
守られてるっていうかですね、すごく嬉しいですよね。
これまでのお話の中だと、そんなに人と競い合うとか順位にこだわっているような印象はあまりなかったんですけど、
これまでのレース戦績みたいなところでポジションの中で、
この大会でイージュに取ったのがすごい嬉しかったとか、
大会でこんな結果出したんだとか、なんかこう誇らしさがあるような人だったってありますか?
昔の頃本当は何もないですって言ってたんですけど、
自分の中でやっぱり48時間もそうですし、一番長く続けているレースですと、
小江戸、江戸だったりとかですね、母の道とかですね、すごく好きな大会であるんですけども、
やっぱりそうですね、やり切ったっていうかですね、
私がその200キロのレース初めて挑戦したとき、このレースが小江戸、江戸200キロっていうレース、
皆さん多分ご存知かと思うんですけど、それに200キロ初挑戦したときにですね、
ちょっと私もよその頃からですね、胃腸が弱くてですね、
胃の大きさがですね、成人男性よりもかなり小さいんで、
それの影響かわかんないですけど、もう走るたびにですね、ちょっとオートしてしまって、
気分が悪くなってしまったりするので、それが今本当に弱点であったんですけども、
200キロ挑戦してみて、その胃の痛みがですね、169.0キロで出てしまってですね、
もうそれ以上どうしてもいけない、もう走れないってことで、そこでDNFしたんですよ。
で、もうすごく悔しくてですね、絶対これ今年中に200キロ完走するんだってことでですね、
その年のですね、9月、サドイッシュ208か、それエントリーしたんですね。
もう僕負けすぎて、絶対完走してやる、まあその200キロレース。
で、そこで初めて200キロ完走したときすごく嬉しかったですね。
記録というかですね、達成感というかですね、200キロ初めて完走できたっていう喜びはすごくありましたね。
そのときのこう、ゴールのときの感情とか景色とかって覚えてますか?
いやーもうなんか満足感で溢れてましたね、私の気持ちの中で。
やっぱり目指してたものが達成できたときの達成感っていうのがですね、
まあ自己満足でありますけども、すごく嬉しかったです。
もうなんか誰かに話したいっていうかですね、
自分の中でなんかすごい自己満足の中で、
自分の満足の泥沼にですね、どんどん埋まっていって、溺れていって、また走ってやろうかっていう気持ちになりました。
終わってまたすぐに走りたいなーって気持ちになりましたね。
これだけじゃなくて他の200キロも走りたいなーっていう気持ちはすぐに出てきましたね。
なんかあれですよね、お話聞いてると、
これだけ走ってもしばらくはいいやーっていう気持ちに全然ならないですよね。
もっともっとっていう。
そうですね。また走りたくなりますね、すぐにね。
終わってすぐにまた走りたいなーって思いますね。
もうしばらく走りたくないっていう気持ちにはならないですね。
本当に走るのがお好きなんだなーってお話聞いてて、すごい感じます。
本当に皆さんのおかげで走らせていただいてるんで、楽しくてしょうがないですね。
やっぱり走ってる時が生きてる感じがするので、
嬉しさですね。
喜びながら走ってる感じですね、私の中では。
バックヤードの魅力とサテライトへの目標
そんな中で今回のインタビューのきっかけにもなっている、
バックヤードを日本代表というところに今回たどり着いたというか、
バックヤードというものに出会ってっていうところですけど、
先ほど今年の2月の神奈川大会で38ラップ走ったというところまでお話を伺いましたけど、
その後ですよね、また4月たった1か月半後ぐらいにまた出たという。
また出ちゃったのかっていう、そうですね、正直その予定はなかったんですよ。
出ようという気もなかったですし、
その1年間の計画の中でバックヤードを4月に走るっていう予定もしてなかったんで、
迷いはなかったんですけども、
神宮24時間走の1週間後だったんで、
自分が走れることは走れるけど、体がどうなるかなっていうところがあったんで、
ワクワク感はすごくありましたけどね。
で、木島平行くにあたってやはりテントとか、
椅子とかですね、テーブルとかその他諸々準備しだしたらすごく楽しくなってきて、
1週間があっという間に過ぎて、もう当日じゃないかとか、もう翌日じゃないかっていう。
そのワクワク感の元にですね、スタートに立てたっていうかですね。
だからまあ緊張感とか何も特に背負わずに、
神宮平行けたかなって感じではありますね。
実際そのスパンでの2回目のバックヤードは走ってみてどうでした?
あのー結構失礼かもしれないけども、
神奈川の時よりも非常に気持ちよくは走れたかなって、
自分が走られてたかなっていう気がありますね。
あの時は初めてだったってこともあって、走り方もわからなかったですし、
その補給の取り方とか、休憩の取り方とか、時間配分とかっていうのも全くわからなかったんで、
まああの、君もあらゆる走って、みなさんの走り方とか、
休憩の仕方とか、気持ちの持ち方とかですね、学ばせていただいて、
徐々にですね、自分のものにしていったかなーって感じでありますね。
実際ですけど、すごい記録伸ばされたわけじゃないですか。
ほぼ倍ですよね。
そうですね、終わってみたらそうなってまして。
なんかね、そこまで走れるとは私の中では思ってはなかったんですけども、
ちょっと期限っていうか、仕事の関係でやってもこれまでだよっていうことをですね、
サポートクルーのマキさんとは話してたんで、もうやっても72ラップまでかな、仕事があるしね。
お互い話して、じゃあそうだねっていうことで、そこまでいったらもうやめようかって話してたんで、
まさか自分がそこまでいけるとは考えてもなかったので、
本当にいけたのが奇跡なのかなって。
いやいやいやいや。
本当に踊りてます、私もね。
ご自身の中で記録が伸びた要因って何かありますか、思い当たること。
そうですね、1ラップ1ラップをですね、楽しくそして丁寧に走りつければ、
自然とラップ数は伸びていくかなっていう気持ちであったのとですね、
戻ってきた時間、10分なり5分なり、しっかり休憩を取ろうと、エネルギーを取ろうということでですね、
やっぱり1ラップ1ラップ回復できたっていうのが大きな要因かなとは思って、
安心して戻ってくれたっていうのがありますからね。
それは結構、食べるのを意識的に取ったのか、なんか睡眠を意識的に取るようにしたのか、はたまた両方なのか。
そうですね、繰り返し1時間ごとに帰ってきますんで、
決まった、着いたら必ず補給、水分、固形物取って、取った後にマッサージして寝るっていうのを繰り返しですね。
これが良かったのかなと思いますけどね。
安心して戻ってこれるっていうのもありましたし、そこ行けば回復できるんだっていう気持ちでもあったんで、
それが良かったのかなと思うんですけどね。
だいたいメインで食べてたものは何ですか?
ここに戻ってきますね。
はい、気になるんで。
ここはですね、食べてたものはですね、
やっぱりタンパク質はですね、タンパク質を多く取るようにはしてましたね。
生卵とかそのまま飲んでたりとかしてましたね。
結構いっぱい買ってきたんで、タンパク質を多く取るようにはしてましたね。
あとは、パンケーキも買ってきてもらいましたし、あとはケーキも立ち入れ買ったんで、それも嬉しかったですね。
この1ラップ走り終わったらケーキがあるからとか言われると、1ラップ頑張ろうと思って。
目の前にニンジンぶら下げて走ってこいみたいな。
それも良かったのかなと思って。
こういう楽しさがですね、やっぱり前に向かうための力になったのかなとは思ってます。
ちなみに好きなのは何ケーキですか?
チーズケーキ好きですね。
モンブランとかも好きです。
これもう切ればいいんじゃないですか。
全部好きみたいな感じだね。
全部好きです。だけどチョコレートはダメ。
チョコレートはダメなんですね。
ダメ。チョコレートは苦手。
そうですね。
西澤さんなんか話がずいぶん…
いやいやいや。
食べ物の話。大丈夫ですかね。
大丈夫です。
睡眠はどれくらい1ラップごとにとってましたか?
それとも毎週?
1ラップごとほぼ毎週?
そうですね。もう寝るスタイルとしてはジャニーランでもそうですし、
6分から10分取ればほぼ完全回復できるので、
そういうのもやっぱりジャニーランから学んだというかですね、
身につけた自分独自の能力なのかな、ではありますね。
3秒、横になれば3秒で寝れますので、
それはすごく回復できる技かなとは思ってますけど。
ちょっと僕も、やっぱ6分、10分、1ラップごとに寝るっていうのを目標に、
自分だけ頑張りたいなと。
十分寝れるじゃないですか。
いやいやいや。
西澤さんなら全然大丈夫ですね、すぐに。
ありがとうございます。ちょっと私のヒントにもなりました。
マッサージはどこですか?
マッサージは足とか腰とかですね、
ポンポンマッサージっていうんですかね、電動の。
あれで足裏とかですね、ふくらはぎとか腰の周りとかですね、
自分でやるんじゃなくてやってもらってました、ずっと毎回。
マッサージガンみたいなことですよね。
そうですね、マッサージガンですね。
マッサージガンでチラッと終わった後にやってもらってましたね。
振動入れてもらうみたいな。
そうですね、振動をやってほぐしてもらう。
それがすごく足は楽にあって、
重さはあんまり感じなくなりましたね。
勉強になります。
いやいやいや。
恥ずかしいですね、お話をして。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
はい、そんな中で4月いい記録を残された
木島大良村でまた10月サテライトがあるということですけど、
意気込みとか目標とかもしあれば具体的に伺ってみたいな。
大きな目標はちょっとこの場では言い進めないようにして、
やっぱりまずはですね、今自分の自己ベストの記録、
それ以上は走ってももちろんそれはそうなんですけども、
チームとしてですね、やっぱり100ラップ、
大きなこと言って申し訳ないけど100ラップみんなで、
15人全員で達成できたら何よりも嬉しいですね。
それがやっぱり大きな目標ではありますし、
達成したい目標でもありますよね。
そこですね、目指すところはそこかなと、
私の中では。
そこに向けた練習っていうと、
特にこの3ヶ月ぐらい取り組まれていることってありますか?
そうですね、ここ数ヶ月は普段と変わらない練習ですけども、
プラスですね、やっぱり階段走とか、
これあんまり直接関係ないようにしても、
あとは筋トレとかはちょっと始めて。
数ヶ月前から始めておりまして、
体幹鍛える上でもやっぱりプラスになるかなと思って、
筋トレは始めたり、
あとは先週かな、
あとはバックヤードも練習に加えたり、
江ノ島、バックヤード江ノ島が初めてやりました。
すいません、なんか。
いやいやいや、何で江ノ島だったんですか?
いや、もう江ノ島が単純に近いからです。
海が好きなんで、
幼少の頃から江ノ島はよく行ってたんで、
自分の遊び場としては江ノ島が一番最適でし、
江ノ島はよく知ってるんで、すごく安心感あったし、
トイレも多いってこともあるし、駅からも来たい、
アクセスもしやすい、
いろんな好条件がありますんで、
ぜひちょっと皆さんには参加していただきたいなとか、
いや、そうっすね。
思ってですね、ちょっと立ち上げてはいたんですけど、
ちょっと。
そんなに参加者いらなかったですけどね。
いやいやいや、ぜひ行かせてください。
よろしくお願いします。
またやりたいなって思います。
ね、てっぺいさんも参加されてたっていう。
あ、そうです。てっぺいさんもね、
スタートから来ていただいてすごく
楽しんでいただいたんでね、
次回もちょっと懲りずに参加していただきたいなと思っておりますね。
途中雨が15分くらい降ってきてしまったんですけれども、
一階のほうは駐車場になっておりまして、
そこでアムネムネをしのげるので、
そこにテントがあって、そこまた拠点としてスタートゴール。
で、そこでまた1ラップ1ラップ走ってましたね。
しかもあれなんですね。
チラシを今拝見してるんですけど、
ストロングスタイルでっていう指定があったんですね。
はじめはそう思ってたんですけれども、
ちょっと1週間前に、
やっぱテントあったほうがいいよねって、
サポートしてくれるの。
そうだねっていうことで、
急遽テントを買うことに。
買うことって買ってもらいました。
持ってきて、
で、そこでテント、
荷物置き場にして、
交代交代でですね、荷物の見配板ってことで、
川田市と同じということで、
交代で荷物の見配板しながら走ってましたね。
なるほど。
ありがとうございます。そのエノシムばっかりでいつか。
ぜひ参加していただければと思っています。
宣伝したって申し訳ないですよね。
いやいやいや、全然です。
宣伝大歓迎なんで。
ヒャホイさんなんて、
ご自身の会員制クラブみたいなのを紹介してましたよ。
そうなんですか。さすがですね。
この練習として、
階段走とか筋トレを取り入れられたってことですけど、
それはどういう意図、狙いからですか。
やっぱり体幹鍛えなければっていうのは、
空手の中心である体幹鍛えれば、
今まで以上に長く走れるかなと思ったからですね。
筋トレ、以前も筋トレは続けてたんですけど、
ちょっと仕事が忙しくなってっていう理由でですね、
一旦仕事が中断してしまったんで、
また再開したいなと思って、
最近また再開しました。
どういう筋トレですか。
腹筋とか肺筋とか、
普通皆さんが行っているような筋トレですけどね。
昔というか数年前は支援のジムには通って、
器具使って筋トレをやってたんですけども、
その器具が、自分の好きな器具がですね、
なくなってしまったんで、
それから筋トレをちょっとジムに行くこともやめてしまったんで、
ちょっとこれはいかんと思って、
また最近独自っていうかですね、
ちょっと筋トレ、徐々に始めて、
ちょっと筋トレする部位を増やしてきたらなと思ってますね。
ありがとうございます。
ちょっと私もこのサテライトに向けては、
難しいかもしれないですけど、
体を鍛える筋トレを取り入れるっていうのも、
必要なのかなとか思ってたので、
ちょっといろいろまた参考にさせてもらいたいなと。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
この後さらに伺っていきたいのが、
注目選手、サテライトで一緒に走れるのが楽しみだなみたいな選手を
聞けるなら聞きたいんですけど、
結構ですね、皆さんやっぱ答えづらいというか、
なかなか一人の名前を挙げるのが難しいみたいな、
いう雰囲気がありまして、
もしこの人と特に走れるのがみたいな人がいれば、
挙げていただいてもいいですし、
もしちょっとまあまあ、
いわゆる皆さんと走るのが楽しみですよみたいな感じであれば、
なんかこう楽しみにしてるポイント、
サテライトに向けて、
目標とか意気込みとはまた違う、
こういう部分楽しみだなとか、
いや日本メンバーのこういうところちょっと注目じゃないみたいな、
いうようにもちょっと聞いてみたいんですけど、
いかがでしょうか。
そうですね、やっぱり皆さんと走れるのはすごい楽しみですし、
今回初めてお会いする方も何名かいらっしゃいますし、
長い間一緒に走っていただいたランナーの方も多くいらっしゃいますんで、
その方々のですね、
50時間、40時間、50時間、
2日目を迎えた時のですね、
走り方とかですね、
モチベーションの持ち方とかですね、
そういうのはどう変化していくのかなっていうのが、
すごく自分の中では勉強になるかなと思ってはいます。
そういう部分がすごく楽しみでありますし、
もちろんそれを超えた時のですね、
走り方もすごく見てみたいなっていうのもありますんで、
非常に僕、私の中でですね、
いろんなその時間帯でのですね、
学ぶところが多くあるんじゃないかなと、
すごく楽しみでありますね。
ありがとうございます。
なんかこう、去年のアメリカの世界大会とかに行った時に、
平田さんとか田中さんがおっしゃってたのが、
特等席で見れるみたいなことを、
なんか言ってたことをちょっと思い出したというか、
本当にこう、平田さん自身もそうなので、
私からすると平田さんと走れることも
特等席だなという感じなんですけど、
本当にこういろんな方がいる中で、
一緒に走りながら見ることができる、感じることができるっていうのは、
なんか非常にワクワクしますよね。
そうですね、この人もこういう状態になるんだとか、
この時間が過ぎてもこんなに元気に走れるんだとか、
なんなんだろうとか、
ずっと考えながら走ってるのに、どうやったら走れるんだろうとか、
なんかすごく興味がありますよ。
そういう意味ではすごいワクワクしてますね。
まあ走りながらですけども、多分聞いちゃうと思いますよ。
こっち走れるの?とか、何食べたの?とか、
ついつい聞きたくなって、
うるさがれるかもしれないですけど、ちょっと聞いちゃいます。
楽しみですね。
楽しみですね。
本当に楽しみです。
ありがとうございます。
平田さんは今年バックヤードに挑戦されたばかりという、
ちょっとフレッシュな気持ちもバックヤードに対してあるかなと思うんですけど、
バックヤードの平田さんが思う魅力、
こういうところに魅力を感じて、
今、走ってますっていうところを見てみたいんですけど、いかがでしょうか。
そうですね。私、今年の2月、神奈川大会が初めてで、
4月の木島平田で2回目、
それから大会には出てないんですけど、9ヶ月ぐらい過ぎたわけですけども、
バックヤードの魅力はやっぱり1ラップごとを楽しむ。
1ラップでいいから頑張ろうっていう気持ちにさせてくれる。
それは周りの方々でもありますし、一緒に走るランナー。
もちろん1時間経てば全員同じスタートにして立てるっていう喜びっていうのもありますね。
あとはですね、終わりがないというかゴールが見えない。
その自分の限界に挑戦できる。すごくワクワクしながら走れますね。
実際その1人で走ってるようで、実は仲間やサポートクルー応援してくださる皆さんの存在がね、
すごくやっぱり大きくてですね、その力をお借りして走らせていただいてるっていうのが、
すごく喜びを感じてますね。
結構池田さんのスタイルに合ってるって感じですか?
そうですね。合ってますね。仲間と走れるっていうのが。
学生自体からするけど、仲間と一緒にワイワイガヤガヤ楽しみながら話しながら、
同じスポーツを楽しむっていうのが私には合ってるのかなって思いますね。
ありがとうございます。今回のインタビューを通してすごいその感じが伝わってきました。
そうですか。
いや、すごい、そもそも走るごとにすごいワクワクされてるんだろうし、
努力は無限、自分の弱さとの戦い
仲間との交流みたいなのもとっても楽しまれてるんだなって。
そうですね。なんかガツガツしてないんで、あんまり順位とか全然気にしないですね。
でも負けず嫌いなんですよね。それは自分に対してってことですか?
そうです。ほんと自分に負けたくない。だから誰かをライバル視することは今まではなかったですね。
自分の弱さに負けたくない。絶対勝ちたい。で、走りながらもずっとそんなこと言ってますね。
そんな弱い自分に負けたくないっていうのをずっと思いながら、思いながらってそいつには絶対勝ってやるっていう気持ちで走ってますね。
いやー、そのなんか穏やかさの中に自分と戦うその激しさが見える文化を私はサテライトでも楽しみにしてます。
自分満足しすぎる。
自分満足です。
本当にたくさんのレース、たくさんの挑戦をされてきて、ご自身と向き合ってきた時間もとてもたくさんあるのかなと思うんですけど、
そんな中で大切にしている言葉とか考え方とか、あとははたまた座右の銘みたいなものをぜひ聞いてみたいんですが、いかがでしょうか。
常にやっぱり自分の中、心の中、頭の中にあるのはですね、中村清さんって陸上の監督であったり選手であったりすると、
天才は有限、努力は無限って言葉ですね。
自分自身その才能もないですし、天才でもないんで、じゃあ何ができるかって言ったときやっぱり努力しかないかなって。
その努力もですね、一気にできるものではなくて、自分の性格上コツコツしかできないので、
重ねていって、自分のその届く目標を手に掴む。
それが一番のですね、努力というかですね、その座右の銘であって常に持ち続けているんですね。
努力を続けよう、継続しようっていう気持ちで常に心の中には持ってますね。
バックヤードもそうですけども、あと一周頑張ろう、あと一周楽しもうっていう気持ちで、毎週回毎週回、毎ラップを楽しもう、頑張ろうっていう気持ちでですね、走ってますね。
ワンラップエンジョイって言うんですかね。そういう気持ちで走ってますね。
あともう一つはですね、これがですね、奉仕の精神ですね。
何かというとですね、私、小さい頃から幼稚園の頃からですね、ボイスカートに入って、
小さい頃からその奉仕の精神を学んできたわけですし、
ゴミ拾いとかですね、ローリホームとか、あとはですね、その他、赤い羽根募金とかですね。
自分の身を削って何かに奉仕る、誰かのために働く、そういうことを学びながらですね、育ってきたんですね。
だからまあ、マラソンもそうなんですけど、ウルトラもそうですけどね。
自分が苦しい中でもですね、周りのランナーを応援したりですね、支えるっていう気持ちをですね、常に持って、
かつその感謝の気持ちを忘れないっていう感じですね。
その奉仕の精神、常に大切に私の中では持ってますね。
ありがとうございます。やっぱりそれだけ走られるというと、いろんなことを考えてらっしゃるんだなと。
とても伝わってきました。
スターさんは私、何も考えてないでしょうってよく言われるんですよ。
本当ですか?そんな風にはない。
いや、本当に何も考えないで走っていくでしょうってよく言われます、正直。
いや、本当はそこを目指してるんですけどね。
何も考えないっていうところを目指してるってことですか。
無心になって走れればなーとか、なかなか難しいですね。
実際にはいろんなことを考えて走ってると。
そうですね。その方が楽しいのかなって実際は思ってますけど。
そうですよね。さっきの奉仕の精神で言うと、未来の瞳なんかもそこにつながるんですか。
未来の瞳がそうですね、好きな音楽。
2000年の4月にTBSのドキュメンタリー番組として放送された、その時に使われてた楽曲がですね、
未来の瞳っていう曲でですね、ひめがみ。今歌ってる未来の瞳。
その曲がとてもですね、ちょっと心に響いてですね、すごく前向きな気持ちになれたんで、
その楽曲をですね、勝手ながらチーム名に。誰もチーム入ってないんですけどね。
一人だけなんですけどね。チーム名にきました。
なんかすごく響きもいいんでね。
今も長い年月経っても使わせていただいてます。
それはあれですか、やっぱり?
池田さんにとって、未来の瞳って曲自体もテーマソングみたいな部分はあるんですか?
そうですね。ありますね。何度聴いてもこう、なんか癒されるっていうか、心が和むって言われますね。
すごく心に響く楽曲なんでね。
心を落ち着かせたい時にはちょっと聴いたりしてますね。
じゃあサテライトでも聴くことはありそうですか?
そうですね。聴くことはあると思いますよ。
寝ちゃうかもしれないです、聴いたら。
でもよく寝れるんだったらいいですね。
そうですね。よく寝れるんだったら聴いた方がいいかと思いますね。
ぜひちょっと持ち込みたいなって思います。
ぜひ私も聴きたいなと思います。
よろしくお願いします。
ありがとうございます。
ではもうすっかり、長い時間使ってていいみたいで。
いやいやいやいや。
もうなんかくだらない話ばかり。
いやいやいや。
私の狙い通りたくさん話していただければ。
狙い通り。
応援へのメッセージと金かくへの向き合い方
最後2つあるんですけど、1つはこのポッドキャストであったりとか、このポッドキャスト聴いていただいてる方もそうですし、
あとはサテライトで日本代表を応援してくださる方々に向けて何か一言、メッセージとか何かあれば伺いたいなと。
そうですね。私もこの15人のメンバーの中で一番そのバックヤードの経験が少ない。
開始した時期も今年ですんで、少ないながら15名のメンバーに入れていただいてすごく光栄であり嬉しく感じているんで、
その15名の力だけじゃなくて支えてくれるメンバー一人一人の思いを背負ってですね、
来月の10月17日の世界大会に向けて全力でチームジャパンとして一ラップ一ラップ開設に走り続けられたらなと思っております。
バックヤードウルトラは一ラップ一ラップ6.7キロ、誰もが目標を立てやすい魅力ある大会ですんで、年齢問わず誰でも参加できますので、
少しでも興味を持った方がいらっしゃいましたら気軽な気持ちでチャレンジしていただければなと思っています。
若い方々も今結構走りたいなという声をいただいているのでですね、もっともっと若い方、若い方だけじゃなくてですね、
年齢積み重ねた、いろんな大会に出て経験積まれた方でも気軽に参加しやすい大会なのでですね、
ぜひですね、ちょっと一歩足を踏み入れていただければですね、バックヤードの魅力をですね、感じていただけるかなと思っておりますので、
どうぞちょっとチャレンジ見ていただきたいなと思っております。
ありがとうございます。国内の大会ですね、11月とか募集中ですし、来年2027年の2月には私が描ける神奈川大会もありますので、
3月には京都でも。
京都でやりますの。
はい。いきなり雨じゃないですか、もう毎月出ちゃうんじゃないですか。
出たいんですけど、また来てるよとか言わないといけないですね。
いやいやいや、ちょうど宣伝いただいたので便乗しました。
ありがとうございます。
ぜひぜひですね、多くの方に参加していただければなと思っております。
ありがとうございます。
で、最後の質問ですが、これ毎回ですね、前回インタビューした方から質問をいただくということをやっていまして、
今日の午前中実は小松さんのインタビューをしてまして。
あれ、小松さんのインタビューだったんですか。
で、小松さんからいただいた池田さんへのご質問はですね。
はい。
池田さんは金広でありますか。
あ、金広ですか。
金広、人間ですから多少はあると思いますけど、ごまかしてます。
なんか感覚で言うと、何キロ走ったら金広出てくるみたいな、ありますか。
そうですね、何キロでしょうね、その時々によって違うと思うんですけども、
まあ、160キロぐらいですかね、ぐらいになると、一回休ませる気持ちになりますね。
24時間ぐらいってことですね。
そうですね、24時間ぐらいになるとちょっと出てくるかなって思いますね。
まあ、痛くないって思うようにはしてますので、
まあ、それもいい痛みかなと思って受け止めてますけど、
またすぐ時間経てば治るだろうっていう気持ちでいます。
ありがとうございます。
とても金広に対する考え方として参考になる部分も。
全然参考になっちゃって。
何か私のことで聞いても参考になっちゃって。
いえいえ。本当に楽しくいろいろお話をさせていただいてありがとうございました。
ありがとうございました。本当に無難やり楽しくなりました。申し訳ないです。
いえいえ。今回は池田修司選手にお話を聞きました。
皆さん、また10月17日、ぜひサテライト大会ご注目いただけたらなと思います。
ありがとうございました。
はい、ありがとうございました。よろしくお願いします。
01:36:56

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