ホームランと盗塁
2024-09-25 09:51

ホームランと盗塁

スポーツ文化評論家 玉木正之
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00:28
この時間は日替わりコメンテーターが独自の切り口で、多様な視点を提案するCatch Upです。
水曜日はスポーツ文化評論家、玉木正之さんです。
玉木さん、おはようございます。
はい、おはようございます。
ソフトバンクホークス優勝おめでとうございます。
ありがとうございます。
あんまり嬉しくないんじゃないですかね、あんだけ強いと。
いやいやいやいや。
4年ぶりですから。
ぶっちぎり優勝。
はい。
なるほど。
ホークスの優勝もいいんですけれども、大谷すごいですね。
すごいですね。
もう呆れかえって何も言えないですね。
フィフティフィフティの記録、あっさり抜いちゃいましたけれども、
このホームランと盗塁のどちらもの数で一番多いって、
これものすごく面白いのは、
このホームランと盗塁、どちらも昔は避難されていたことなんですよね。
避難?
ホームランも盗塁?
ホームランは前一回しゃべったことあると思うんですが、
ベイブルスが出てきてガンガンホームラン打ったときに、
ニューヨークタイムスは大批判をしたんですね。
野手が手を伸ばしても取れないような打球を打つのは卑怯だと。
むちゃくちゃな輪論ですよね。
それまでのホームランっていうのは、
だいたい外野の間を抜けたランニングホームランが多かったんですよね。
ですから記録も残ってなかったんですよ。
それをベイブルスがゴンゴン打ち始めたもんで、
見ている人がやっぱり面白がって大騒ぎになった。
それからホームランが認められたんですね。
ですからタイカップっていう選手、4千万分アンダー打ってる選手ですけども、
ホームランの記録残ってなかったんですよ。
それを改めて調べ出したという。
日本でもホームランの記録を調べ出したのは、
野村克也さんが南海ホークスで3カウンターを取ろうとしたときなんですね。
そのときに戦前の記録ではホームランの記録は残っていないもんで、
そこで調べ直したら中島春康という人が3カウンターを取ってたってことが分かった。
ホームランっていうのはそれほど認められてない記録だったんですね。
それが現在の近代ベースボールで面白くなってきたという。
東流はもっとひどいですよ。
そうなんですね。
東流屋でちょこちょこと走って盗むような奴は最低だという声がものすごくあった。
03:00
でもやっていいっていうルールだからね。
ところがやっていいっていうルールなんですけれども、
東流が大ヒットし始めるのは結構古いんですけれども、
これ大発明があったんですね。
何ですか大発明って。
大発明。東流にするための大発明。
東流というよりも総流にするための大発明と言ってもいいんですけれども、
何だと思います?走る時。
新型スパイクができたとかですか。
ものすごい現代的な意見ですねそれは。
1866年の話。
1866年の話ですからね。
これはスライディングなんですね。
滑り込み。
これはロックフォードクラブという野球のチームの中の
ロバート・アーディ選手っていう人が初めてやったんですね。
それまでは滑り込むことなく普通に走っていったわけですか。
走っていったというよりも、
次のルインに行く時にスピードを緩めてベースを踏んだというのが
滑り込むということで、これはものすごい発明だということになったんですけど、
これもやっぱりかなり卑怯な手だということで非難されたんですね。
ところがこのアーディ選手っていうのは、
すごく走るのが大好きだったもんですから、
その後何をしたかっていうので、
この選手によってルールが変わるんですけれどもね。
この選手を投類したいもんですから、
何回もやりたいんですよ。
何回もやりたいと思うとどうします?
一回戻る?
そうなんです。
冗談って言ったら本当ですか?
いやいや、本当ですよ。
戻ってまたやって、これは逆走という形になったんですね。
だからもう走りまくって喜んでたんですね。
投類成功してはまた戻って走って成功させて、
またはやって走ってっていうので。
それで今のルールに、
次の類、要するに目指して走らんのではない、
逆走は禁止するという、きちんとルールに書いてありますから。
守備を乱す目的であるとか、
試合を愚弄する目的で走ってはいけないって書いてあるんですよ。
でもそういう時にね、
アディ選手が発明したスライディングも日本語で翻訳された時には、
なんと翻訳します?スライディング?
滑り込み?
普通滑り込みって言うんですけどね。
じゃないんですね、じゃあ。
そうですね、横着ですね。
横着なことをして、横に着くという。
横に着いたわけですね。
06:01
横に着くとか横着とか。
態度がとかじゃなくて。
態度も横着なら体も横着であるという。
それでこの通りというのもあまり評価されたくって、
明治の44年に東京朝日新聞が野球外読論というのを大キャンペーンを張るんですけども、
野球は全然ひどいスポーツだという。
その時に一番最初に書いた二戸部稲造という人、かつて5000円差して、
第一高等学校の校長もしたという偉い人なんですが、
この人がもう野球は次の類を盗もう盗もうとすると。
で、巾着切りのような競技であると。巾着切りって擦りですね。
盗もう盗もうとするようなことをヨーロッパ人はやらないと。
特にドイツ人はやらないと。
アメリカ人がやるんだと。そんなことを日本人がやってはいけないというので、
野球を大批判したんですね。
そういうキャンペーンが始まって、野球を批判する人がどっと出てきたら、
今度は野球を守る人がどっとまた出てきて、大論争になって、
何が起こったかというと、野球の人気が高まったんですね。
それで東京アサヒ新聞がちょっと困ったところに、
大阪アサヒ新聞が手助けをしてまして、明治44年の4年後、
大賞に入った時ですけれども、全国中東学校野球大会を始めますと言い出したんですね。
なるほど。
その時にこれほど素晴らしいスポーツはないというキャンペーンを今度は始めたもんだから、
野球の人気がまたまた爆発したというのが日本の歴史ですね。
それが後の孔子になっていくってことですかね。
そういうことですね。
ですからホームランと当類というのは、かつてものすごく非難されていた記録であって、
それが逆転、大逆転して褒められるようになって素晴らしくなって、
その素晴らしくなったことを二つ一緒にやったのが大谷選手であると。
パワーとスピードって相反するようで、それを両立させる。
でもどっちも非難されていたって面白いでしょ。
そうですね。
世の中が変わりますよね。
変わったところで素晴らしいと言われている大谷選手、最高に素晴らしいなと思います。
本当そうですね。
この数字が後どれくらい伸ばせるのか、この辺りも楽しみにしたいですね。
玉木さんありがとうございました。
はい、どうも失礼しました。
この時間は玉木正幸さんでした。
09:08
どうもありがとうございました。
09:51

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