最近、Googleカレンダーをタスクシュートクラウド2に移行した、jMatsuzakiです。
それはすごいね。
それに関してにして言うと、最近、共有している予定以外は、一応、タスクシュートクラウド2に予定を移せた気です。
すごい。ありがとうございます。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今日もですね、3waysということで、あなたなりの大事な道を探していってください。
今回はですね、3waysの中でもですね、特にディープなトピックなんじゃないかなというものをね、用意してきました。
題しまして、現実をそのまま丸ごと受け入れる覚悟と効果。
非常にね、エッチの効いたカッコいいテーマでお届けしようと思います。
もう一回言いますけど、現実をそのまま丸ごと受け入れる覚悟と効果ということでいくんですけれども、
これね、たぶんね、3waysの本当に根幹的なところにある一つのテーマになっていくんじゃないかなと思います。
やっぱりね、これまでいろんな話をしてきたわけです。先送りをね、どうやったらなくしていけばいいかみたいな話とかですね。
時間っていうのはないんじゃなくてあるんだよ。時間っていうのはここに減っていくものじゃないんだよっていう話とか。
自責をしないようにしましょう。今この瞬間に集中しましょうとかね。いろんな話をしてきたじゃないですか。
こういう考え方、思想面の一番ディープなところを共通して一言にまとめると、ここに集束していくんじゃないかなっていうのが、
現実をそのまま丸ごと受け入れる、これなんじゃないかなって思うんですよね。佐々木さん的にはどうですか?
現実を受け入れるってどういうことなんですかね。
これはもう割と、これを初めて聞いたって人あまりいらっしゃらないと思うんですよね。
どっかでは聞いているかと思うんですけど、まずこれですね。これを聞いて、そうはいかんだろうって思う人の方が多い。
少なくとも半数ぐらいはそうじゃないかと。自分も基本無理だろうとは思うんですよ。
そうなんですけれども、そこがスタートラインかなっていうふうに思うんですよね。
これについてまず聞いたことはともかくとして、どうするかをスタンスは決めていませんっていう人もいっぱいいらっしゃると思うんですよ。
スタンスってのは現実を受け入れるのか受け入れないのかのスタンスってことなんだよね。決めてないです。
少なくともそんなに意識してはやってないっていう方はいらっしゃると思うんですよね。
ある種の方はかなり極端で、いや受け入れないぞっていうスタンスが、そうは言わないまでもほぼそうなっているっていう方は、
多数派じゃないけど2割ぐらいはいると思うんですよね。私はそれは実際には到底うまくいかんだろうってまだ思うんですよ。
何をするのか受け入れないぞって頑張るかってことですね。
あるいは決めてないっていうケース、これは多いと思いますけど。
その都度その都度考える。
やっぱりよくあるのはって言ったらあれなんですけど、
現実を受け入れないっていうパターンは多分あると思うんですよ、結構ね。
でも俺は現実を受け入れませんとは絶対言わないように。
だからどうなるかっていうと結構ポジティブな言い方で現実を受け入れないっていうことを主張するんですよ。
ポジティブに何か言うんですけど、その根底にやっぱり現実を受け入れたくないっていうのがあるから、
本人も結構気づきづらいっていうのはあると思います。
根底にやっぱり現実を受け入れないっていう信念がある。
でもその表面的にはどういうことを言ってるかっていうと、生活改善しようみたいなことになってくるわけですよ。
生活改善しようって言ったら、別に何か否定しようがないじゃないですか。
いやそうじゃないですか、いいんじゃないですかっていう。
普通に考えたらそういうものに多分落とし込まれていくんですよ。
ちょっとマイルドな当たり障りのないポジティブな言葉に変換されて、現実を受け入れないっていうことが主張されるんで、
本人としても、別に現実を受け入れないっていうわけじゃないんだけどっていう感じで、
でも実態としては非常に現実に抵抗しているっていうことはね、これはよくあります。
なぜなら僕はめちゃくちゃそれやってたから。
あと今ので言うと、体質改善とかあるいは健康づくりとかね。
健康づくりに至ってはですね、これに反論するとかありえないわけです。
そうそうそうなんですよね。
病気になりたいのかみたいな話になっちゃうんで。
そうなんですよね。だから今みたいにやり方としてはそうなんですね。
そうなんですよね。やりたいことを見つけましょうとか、本当の自分に従いましょうみたいなね。
そういうのもね、結構注意ですね。根底には現実への抵抗があるかもしれないっていう。
今ね、佐々木さんの話を聞きながらね、僕もちょっと考えてたんですけれども、
この現実を受け入れるって話をしてるってわけですから、
現実を受け入れがたいっていう人が一定数いるよねっていうことを想定してるわけですけれども、
受け入れがたい現実って何だろうっていうと、それはもういろんなバリエーションあると思うんですけれども、
やっぱり色濃くよく出てくる話で言うと軸が2つあって、
自分対他人と現在対未来、もしくは過去っていう。
この2つだと思うんですよ。自分と時間っていうね。
この2つに対して受け入れがたいっていうのがやっぱり一番よく出てくるパターンかなと思います。
自分を受け入れがたいというのもあるかもしれないし、他人を受け入れがたいかもしれないんですけど、
いずれにしても自分の独立した自分っていう個人っていうこういう軸と、
あとはやっぱり現在か、もしくはそれ以外、未来か、未来もしくは過去。
これどっちも同じなんですけど、未来も過去。
その2つの自分か時間っていう2軸が出てくるのかなと思います。
今、佐々木さんが話してくれた中で、僕はちょっとポロッと出た話の1つでもあるんですけれども、
これに僕は意外とすごい大事なと思うのが、現実を受け入れましょうという話をしてるじゃないですか。
現実を理解しましょうとは言ってないです。
僕はここは結構大事だと思ってて、要するに決めつけないっていう話なんですけどね。
現実を受け入れましょうっていうことは、自分にはようわからんっていうことも含めているわけですよ。
現実を理解しましょうだと、現実に起こっていることを全部一つ一つ洗い出して分析してみたいな感じのイメージになってきちゃうと思うんですけども、
現実を受け入れるっていうのは別に理解する必要ないですよってことなんですよね。
現実を理解する必要ってなくて、理解を全くできないけれども、それを受け入れるみたいな感じのイメージですね。
現実を受け入れがたい人と受け入れられる人って結構アプローチ逆で、
現実が受け入れがたい人っていうのは決めつけだがってるんですよ、何人か。
他人はこうあるべきだ。今の政治の与党はこうあるべきだとかね。
自分の子供はこうあるべきだ。自分の未来はこうあるべきだ。自分の過去はこうあるべきだ。こうでなくてはならない。
これ決めつけが絶対あるんですよ。決めつけっていうのは、既に起こっていることに対してですね、そうではないラベルをすることなんですよね。
動かしがたいことに対してですね、いやいやこれはこうなんだっていうね、自分なりの決めつけをしてしまう。
これがね、やっぱり現実を受け入れがたい人のやっていること。なのでやっぱり改善とか生活を改善しようとかですね、やりたいことを探しましょう。
5カ年計画を作って理想のキャリアプランに向かっていきましょう。どんなにポジティブに言ってもそこには必ず決めつけがありますよね。
これっていうのは現実を受け入れがたい人の特徴の一つだと思います。
一方で現実を受け入れるっていうのは逆なんですよ。決めつけないっていうことを徹底するってことなんですよね。
なぜなら現実っていうのは自分を超えたものじゃないですか。
佐々木さんがおっしゃってくれた通り、自分対空、宇宙っていう話になってくるんで、当然理解なんて終わらないわけですよね。
ってなるとですね、決めつけないっていうことが何よりも大事な行動指針というか信念ということになってくるんじゃないかなと思います。
自分のことを決めつけない。そもそも自分なんてあるのかっていうところから決めつけない。
あとは現在、過去、未来、過去、現在、未来って時間では直線で進んでいる。
こういったことも本当にそうなのかっていうね、そういう態度でいくっていうのは一つ現実を受け入れっていうことなのかなと思いますね。
この辺がたぶん現実を受け入れるっていうところを基本的なベースとなる考え方になってくると思うんですけれども、
今回タイトルに現実を受け入れる覚悟と効果っていうものを入れたんですよね。
この覚悟っていうことが佐々木さんから出ましたので、ぜひ佐々木さんに聞いてみたいと思うんですけれども、これ覚悟が必要なものなんですか?
今の覚悟がいるかどうかも人によるかも分からないんですけど、僕がさっき言ったように受け入れがたいところしか基本問題にならないと思うんですよ。
そういうふうに考えて、しかもなんかみんなが納得するよりもはるかに多い数字っていうものを提示したくなるんですよね。
なりますね。
非常に不思議な、実はそう不思議なことだと思うんですよ。
人が満足する条件って別にそこに限るわけじゃないし、うむを言わさない満足とかを人が常に求めるわけでもないし、
なんでこうね、僕らはちょうどギリギリとか、ようやく回ってるとかを不安視して、
十二分に余剰があって、しかもそれが金銭的な余剰で、
そういうものを5年ぐらいかけて、完全なものにするっていうことを目指してしまうのかってことだと思うんですよね。
そういう現実の否定の仕方をする。
現実に得ているものっていうのは他にもいろんなものがあるんですけれども、種々様々あるんですけれども、
そういうものをすっ飛ばしてしまって、圧倒的に多くの収入とかね、
非常にこう、ある意味ものすごく自分の現実というものを極端に単純化したがりますよ。
そういうところを、私は割とですね、なんか文脈から離れるようなんだけど、結構タスクシュートで修正をかけてきた部分もあるんですよ。
基本的にそうなわけじゃないんだけど、タスクシュートのログって見てると、
なんていうか、現実っていうのはたった開始時間と終了時刻を入れてるだけなんだけど、
単に時間を追ってるだけでもずいぶんとややこしいもんだよなっていう。
パッと見て、すぐにこれがどういうものかを認識するっていうのには、ずいぶん不向きだなって思った。
行動も入り組んでるし、時刻もバラバラだし、これが10年とかになってるのが人生で、
人生っていうのは非常に捕まえがたいものだし、非常に把握しがたいものですね。
パッと見たところの東京の道路みたいな感じで、ものすごい入り組んでいて複雑でシンプルじゃない。
そういうものをものすごくシンプルで、ものすごくわかりやすい、
自分にとっても都合のいいものに書き換えるって、どんなに無理があるんだろうって思った。
そういうことがありましたね。
本当ですよね。現実を今まで受け入れるっていう話をしてきて、
現実を受け入れればどういうことなのか、受け入れるような覚悟が要るよねっていう話をしてきまして、
ここから受け入れたらどうなってどうなるのかっていうね。
話もちょっと深掘って閉めていきたいと思うんですけれども、
現実を受け入れられるようになりましたと。
要するに決めつけなくなりましたってことなんですけどね。
それで今佐々木さんの話を聞いてて、ちょっとこれ僕も補足したいなと思ったことが一つあって、
僕はタスクシュートを通してっていうのもあるし、
タスクシュートの教えっていうのがあるじゃないですか。
今公式カルキュラムとか教会で作ってますけど、教科書とか作ってるわけですけれども、
その中で僕が一番好きな言葉の一つはですね、
行き当たりぴったりっていう言葉なんですよね。
これ大橋さんの造語だと思うんですけど、
タスクシュートの中でですね、期限ギリギリっていうのは、
期限ぴったりとも言えるよねっていうところからですね、
行き当たりぴったりっていう話が出てきたんですよね。
これね僕はすごくいい捉え直しだなと思ってて、
先ほど佐々木さんが今の生活っていうのは、
いつもお金がギリギリで何の余裕もなく回ってるみたいな、
思いがちな話だったじゃないですか。
でもそれってギリギリって捉えることもできるし、
ぴったりって捉えることもできるわけですよね。
僕は最初にうまくいかなかったっていうときはやっぱね、
ギリギリだと思ってたわけですよ、このままだった会社は。
でも一方でこのギリギリっていうことは収まってるわけですから、
ぴったりじゃんって考えることもできて、
このギリギリをぴったりにするっていうのは一つね、
受け入れるっていう上ではすごくいい発想の転換だなっていうのは思いました。
話ですね。
こんな感じで、全部ぴったりじゃない。
これ時間に関してもそうなんですよね。
タスク集団に関してのその推しの中で、
やっぱ特に時間っていうところが出てくるんですけれども、
全部いろんなのがギリギリだじゃなくて、
いろんなものはぴったり収まってるじゃんっていうのが、
ある意味タスク集団をログ付けながら自覚していくというか、
体感していくっていうのは僕はすごくいいね、
現実を受け入れるプロセスになっていくと思いますね。
この受け入れた暁にはどうなっていくのかっていう話をね、
こうしていきたいわけですけれども、
一つはですね、やっぱ時間に追われない。
これはもう直接的に楽になると思います、生活。
なんで時間はなくならないのかっていうね、
先送りゼロっていう本でもですね、
最初に時間はあるっていう話をしたんですけれども、
なんで時間はなくならないのかっていうと、
これはやっぱり軸は二つなんですよね。
一つは自分と他者っていう関係性を、
現実を受け入れるっていうのは、
他者を受け入れるっていうことであって、
もっと人を超えたものを受け入れるっていうことなんですよね。
なのでですね、自分以外のものにも広がっていくわけですよ、
概念っていうものが。
そう考えると時間っていうものが自分のものだけじゃなくって、
他の人が体験している時間も含むし、
宇宙っていうものを含めての時間になっていくから、
非常に豊かになっていくわけですよね、時間の総量っていうものが。
なので、自分っていうものから超えていくんで、
どんどん時間っていうのは増えていく。
これが一つの理由。
もう一つはやっぱり、
現在にいる限り時間っていうのは絶対なくならないんですよ。
現在がなくなったっていうことは絶対ね、
これまで1秒たりでもなかったはずなんで、
時間っていうものを過去、現在、未来っていう
直線的な取り合い方をやめればですね、
時間っていうのはやっぱりなくならないんですよね。
時間っていうのは現在しかないわけですから。
現在で常にいるんで、時間っていうのはなくならない。
なぜなら、現在がなくなるっていうことはないし、
それを経験したっていうことが1回たりでもないからですね。