#115『これ描いて死ね』海外オタ&漫画家が感じた意外なメッセージ相違!! 「ネーム」は英語圏では通じない?!
2026-09-01 45:42

#115『これ描いて死ね』海外オタ&漫画家が感じた意外なメッセージ相違!! 「ネーム」は英語圏では通じない?!

今回は『これ描いて死ね』の魅力を海外と漫画家の視点から紹介していきたいと思います。エピソード毎に漫画やアニメに関する英単語やフレーズを紹介する「オタック!WORD OF THE DAY!」では『これ描いて死ね』マンガ制作でよく使われている「ネーム」という言葉。実は英語圏では通じないかも?詳しく解説していきます。漫画やアニメに関する情報をオタック!目線でちょこっと紹介する「オタック!チョコっとニュース!」では9月1日問題についてのメッセージを紹介いたしますので、最後までお付き合いください!(ネタバレあり)


『これ描いて死ね』導入エピソード

#109『これ描いて死ね』日米アニオタが第2話で涙!! 創作する全ての人のためのエンタメアニメ!


エッセンシャルラジオ・9月1日問題エピソード


『これ描いて死ね』3人いる!率直な感想

   少女漫画家、アメリカ人アニメオタク、在米日本人が語る!

「オタック!WORD OF THE DAY!」ー「ネーム」は英語圏では通じない!

「オタック!チョコっとニュース!」

   ー「9月1日問題」Robinさん(エッセンシャルラジオ)


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サマリー

今回のエピソードでは、アニメ『これ描いて死ね』を少女漫画家の杉本、アメリカのアニメオタクであるシスコ、そして在米日本人のマユの3人が、それぞれの視点から深掘りします。特に、漫画制作で使われる「ネーム」という言葉が英語圏では通じないという話題や、9月1日問題に関するメッセージが紹介されます。登場人物たちの創作への情熱や葛藤、そして「ネーム」の語源や英語での表現について解説し、リスナーに深い共感を呼び起こす内容となっています。

『これ描いて死ね』への率直な感想とキャラクター分析
オタック!
すごい話を聞いたような気がしたんだけど。
ね、なんか、俺がこれを聞いて、なんか、多分今までのポッドキャストの中でこれがなんか一番いい話なんじゃないかって俺は思った。
今までのなんか、なんか、ただふざけてるって感じだけど、今日に限ってなんかすごいものを聞いたような感じがする。
この番組は地元でフリーペーパーを制作しながら漫画を執筆する杉本。
IBリーグ大学でアニメクラブの部長を経験し、漫画アニメ愛好家歴30年以上のシスコ。
そして在米16年以上で漫画アニメ初心者マユの3人が、日本が誇る漫画アニメを海外の視点からプラスアルファを添えて解説・考察していくポッドキャストです。
3Mオタックポッドキャスターのマユです。
シスコです。
シスコさん、私このアニメ本当に好きなんです。
好きなんだね。
こんなに笑わせて泣かせて温かい気持ちにさせてくれる素敵な作品はなかなかないんではないかと思っております。
そんな大好きな作品を今回は特別な方と一緒に深掘りしていこうかと思います。
3Mオタック純レギュラーで少女漫画家の杉本さんです。
おー。
どうも、お久しぶりです。
お久しぶりです。
お二人しております。
あきらの貝が最後だったかな?
本当?その名前なの?
多分そうだと思います。
私もシスコさんもこれ書いて死ねについて杉本さんと話したいこと、そして質問したいことがたくさんあるので今日はよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
こちらこそよろしくお願いします。
はい、ということで今回はこれ書いて死ねの魅力を海外と漫画家の視点から紹介していきたいと思います。
エピソードごとに漫画やアニメに関する絵単語やフレーズを紹介するオタックワールドオブデデイではこれ書いて死ねの中でもよく聞く言葉なんですけれども、
漫画制作でよく使われているネームという言葉、実は英語圏では通じないということについて詳しく解説していきます。
漫画やアニメに関する情報をオタック目線でちょこっと紹介するオタックちょこっとニュースでは9月1日問題についてのメッセージを紹介いたしますので最後までお付き合いください。
はい、今回はアニメ8話までのネタバレを含むかもしれませんので、まだご覧になっていない方は以前3Mオタックで配信したこれ書いて死ねエピソードを先に聞いていただければと思います。
以前の配信会ではこれ書いて死ねの導入に加え、伊豆大島がどんなところなのか、そしてこれ書いて死ねのタイトルの理由などについても紹介しておりますので、こちらもよろしくお願いいたします。
早速ですね率直な感想をちょっと順に述べていきたいなと思うんですけれども、杉本さんから行きましょうか。
え、なんか普通に面白いと思って見てますけど、なんか感情がこわーって言うよりは、なんかみんなのこうね、それぞれの人生もあったりとか、あとは漫画に描ける思い、描くとか作るっていうことの思いっていうのが、あ、そうだよなって思いながら、なんかかっこいいにするような気持ちでも見るし、普通になんか物語としてもなんかほっこりするっていうかちょっと日常系のところもあって面白いなって。
思って見てます。
本当は日常系で、しかも高校生が主人公だけれども、高校生だけじゃなくて先生もね、いいキャラしてるよね。
うん、ね。
本当に私は手島先生推しなんですけれども、しずこさんはどうでしょうか。
自分も先生だし、漫画アニメ部の担当者でもあるし、すごい感動的なアニメと思ってます。
自分は漫画を描こうと思ったこともないんだから、そういう作る派ではないから、そこの気持ちはわからないかもしれないんだけど、先生としての気持ちは痛いほどわかってて、若い人たちが頑張って楽しんで何かを作ろうっていうところが、すごく感動的だと思います。
そうよね、なんか応援したくなっちゃうよね。
その通り。
女性が多いと思うんだけど、たまにお父さんとかが出てきたりするけど、ほぼ女性で構成されていて、恋愛要素みたいなのが物語の中にあるかもしれないけど、これ描いてシネの中には今のところない感じで、本当に漫画にだけフォーカスされてるっていうところがあるんだけれども、純粋に本当に私このアニメすごい好きで、
漫研の中にも高校生たちがいて、特にやすみと藤森のコンビが、どうしても私にとってはなんかルックバックを彷彿させるコンビで、絵が上手とかさ、なんか背景やったりとか、なんかちょっと思い出させるなって、ただそれに編集担当的なキャラの赤服がいたりとか、
で、もう一人人気漫画家の関流がいたりとか、それでなんか一層こう話が盛り上がってくるところがまたいいなとか思ったりはしたんだけど、でもやっぱりなんといっても私はやっぱり手島先生が一番好きだけどね。
どうしてですか?
いやー、なんかこの手島先生の過去っていうのが語られてない、その私たちしか見えてないっていうか、それでその生徒はやっぱり知らないじゃない、そういうことは。
だから、いろんな過去を抱えながらも、もう純粋に漫画描きたいっていう子たちとの接してるこの環境っていうか、先生も先生で、あくまでも趣味だからねって言ってるんだけど、結構応援してるじゃない。
そうだな。
そういうところがなんかね、先生の人の良さっていうか、やっぱり先生も過去に夢中になった時があったから、そういうふうに応援したくなるんだろうなって思うんだけれども、杉本さんは手島先生を見ていて、何かやっぱりこの気持ちわかるとか、共感できるところってあります?
いやー、なんか私最初このアニメも原作の漫画もちょっと存じ上げなかったんですけど、なんかまゆさんから面白いやつあるよってピコッといただいて、へーって言って、ただ最後のこれ描いてしねって最初のLINEで送られてきたのに、何?って思って、正直ね、びっくりして、どういうこと?と思ったら、しかもなんか漫画描くって満研のアニメだよみたいな話になって、へーって言って、見たら、
一つは、この声描いてしねの理由も3Mオタクで喋ってたんですけど、二人で喋ったんですけど、正直言って、ひゆじゃなくて、描く人たちは本当にこういう気持ちだなっていうのが正直わかって、なんかもうそれはわかった瞬間このタイトルあんまり違和感ないっていうか、なんかないんですけど、
手島先生の気持ち、正直私、さっきまゆさんには少女漫画家ってこう説明していただいたんですけど、今全然漫画も描いて商業紙とかに載ってる状態じゃないので、もう本当に私の個人的な感想にしかならないんですけど、その手島先生のマグマがふつふつと体の中になんか湧いてて、それをなんか出さないと収まりきらないみたいな、
そういう気持ちもわかるし、っていうか自分にもあるなって共感もするし、さっき趣味の範囲でっていうセリフの話も出たんですけど、これもやっぱり一回商業紙っていうかプロとかでやってる手島先生なので、それがいかに苦しいかっていうか、本当にそれをお金にするっていう、
お金にすると思って作ってはもちろんいないんですけど、読者のことを考えたりとか、自分の作品なんだけど、自分の中から出さないと、それこそ何かに勝てないんじゃないかっていう謎の恐怖心っていうか不安とか、本当に面白いのこれみたいな、なんかそういう自問自答の中で苦しむっていうのが多分見えてるから、
その前の段階のとにかく作るのが楽しいみたいな、みんなでキャッキャ言って、私のやつできた見てみてみたいな、なんかそういう気持ちっていうのも、まず今それを大事にしてほしいっていうか、もうこの瞬間を味わってほしいっていう、いろんな思いが入ってるんじゃないかなって思いつつ、なんか先生は止めてるけど、本当にやりたい人だったら、その趣味の範囲を自分で超えていくんだと、
思うんですけど、今はまずそういう目線で満研の高校の部活の部活同好会の一つとしてやるんだよっていう、なんかその前提の上で、子どもたちっていうか生徒たちを楽しませようとしてるというか、面白さに気づいてもらおうとしてるみたいなのが、なんかちょっと感じられるというか、面白いなって思って見てます。
うーん、しかも手島先生は漫画家になって出版するところまで行った人じゃない?で、そのエピソード8では、そのマグマがなくなったっていうか、出てこないっていうか、っていうようなことを言ってたじゃない?
でもその、やすみとか、他の高校生たちを見てることで、なんか、あ、私もこういう気持ちだったよね、みたいな、私もこういうふうにスタートしたし、こういうふうなワクワク感とか、尊いってずっと言ってたじゃない?先生が。
うーん、日本三国よ。
そうだね、日本三国でも言ってたけど、そうそうそう、なんか若い子たちを見て、自分をリフレクションさせてるようなところもあるんじゃないかなって思って、私もその子どもがいて、で、子どもと接してると、あ、私も小さい時こうだったな、ああだったなとか、なんで今こういうふうに考えられないんだろうなとかって、そういう時もあるのよ、子育てしてると。
なんかそういう感覚にちょっと似てるのかなっても思ったりもしたね。で、私だけかわかんないんだけど、私結構泣けるんだけど、このアニメ。
いや、泣くよね、めっちゃ泣く。
泣くよね、私、エピソード8でも泣いたし、あとコミティアのエピソード、でも、もう涙がポロポロ、なんか笑いながら涙がポロポロ出てきたんだけど。
感動的だもんな。
感動だよね、なんかほんとにこのほっこりするっていうか、なんかほんとによかったねっていう気持ちもあるし、
そうね、手島先生から見た生徒たちっていうか、そういう感情も考えると、もうなんか笑いながら涙が出てくるみたいな。
すごいね、ほんと好きな作品なんですけれども、ちなみに杉本さんに何か質問ありますか、せすこさん。
いや、たぶん、なんか先の答えで、なんか俺が聞きたいことが全部入ってたような感じがするけど、
あの、藤本さんはこのアニメを見て、
藤本ね。
杉本さんは、
ブックバックじゃないか。
全然、杉本。
え、え、こうか。
杉本でも全然、ごめんね。
いやいやいや、杉本さんはこのアニメを見て、
なんか私も、なんか若い世代の誰かを、こうなんか漫画の道を教えたいとか、なんかそういう気持ちはあったかな。
私は逆に、今正直自分が描きたい方なので、
あの、どっちかっていうと、今漫研のみんなに気持ちは近いと思うんですけどね、個人的には。
いいね。
正直言って、なんか反動っていうのは、たぶん私とかが見ると、こう焦りが感じる。
自分が、ああ、私もやらなきゃいけないのに、私全然今違うことをしてる。
本当はもっと描いたりネタを作ったりとか、なんか取材に行ったりとかして、もうかき殴って、なんか作らなきゃいけないのに、自分ちょっとできてないわっていう、なんか私は正直ちょっと焦り。
へー。
プレイヤーとしてどっちかっていうと、見てたりとか、さっきのコミュニティアの話とかも言うと、もちろんそのお金になるかならないかとかっていうのを、ちゃんと元々編集、副編集長さんとかだっけ、なんか見に来てくれてて、なんか会った時に言われてる、本当にリアルなところ、なんかそれをどっちも見せたっていうのが、
まあどっちかが、どっちの対応が好きかっていうのはそれぞれ分かれるかもしれないですけど、なんかああいうちゃんとしたところも見せて、現実的なところも見せて、でもやっぱりそうじゃなくて、やっぱり創作の元ってこういう気持ちだよねみたいな、なんかそういうのもちゃんと見せてくれる、なんかすごい逆に、なんかかわいい絵でなんか誤魔化した感じなんだけど、結構内容がなんかリアルな感じっていうか、
も知ってますし、創作の話で私が感じているのは、何かを作れば、作ろうと本気で思えば思うほど、自分の中に何があるのかをすごく見なきゃいけない作業が多いと私は思っていて、で、それが自分がこう日常で通り過ぎてしまう、なんかやった時に、ああこう思ったとか、ああしなかったとかっていうものを、
1回1回、いやちょっと待って、今なんで私こうしなかったのとか、どうして今私こう思ったのっていうのをなんか掘り下げて、で細分化して、それに多分ある程度名前をつけてあげて、これはこういうもの、あれはこういうもの、ちょっと分類する作業とか、そういうのもこう出てきたりするなって私は思ってて、で、その作業が結構辛いっていうかなんていうか、
なんかポジティブなことだけじゃなくて、すごいネガティブな要素、自分はこれを避けがちなんだけど、なんでそれを避けるのかとか例えばですけど、考えた時に自分の本音がなんか、縦前とかいろんな、今こういう理由だからやらないようにしてるとかっていうのの本質はそこじゃなくて、もっと違う部分から来てるとか、なんかそういうのを掘り下げれば、それを作品に消化するっていうことにつなげると、
意外な発見がその作品になった時に、なんかこうなるんだっていうのをこの、自分もそうですけど、見てる人もなんか多分そういう感じやすいんじゃないかなって思っていて、ただ悲しいとか嬉しいとか楽しいとかってこう、ただこうつけていくんじゃなくて、なんでそうなのかっていうのを結局お話の中でストーリーの中で作っていくことで最終的にこう見てる人たちもそういう感じになるんじゃないかなって思うんですよね。
その波で見ていく、最終的にはこういうふうに楽しいっていう気持ちで終わらせるのか、悲しいって気持ちで終わらせるのか、いろいろあると思うんですけど、なんかそういうものを抽出して自分で組み合わせていくみたいな、だからそういう作業がちょっと生まれるような気がしてて、それがすごく辛い時期が、今でもたまにこう死ぬんですけど、そういうの考えたとき、なぜか知らないですけど、
なんかそういうのが本当に変な話ですけど、もう死ぬんじゃないかなみたいな多分、創作してて書くのが辛いとか、なんかうまくできないから辛いとかっていうよりも、そういうのを表現したいけどできないとかうまくできないとか、自分の限界を感じる、表現したいけど出てこない、もっと出したいけどよくわからない、他の人はなんかそれうまく書いてる気がするのになんで自分はできないんだみたいな、
なんかそういう自分なんか向いてないんじゃないかなとか、別に辞めても誰も待ってないしいいんじゃないかなみたいな、なんかそういう変な自分との戦いっていうか、結局自分が書かないと作らないとものは生まれてこないので、
自分がどうしたいか、作るべきか、辞めるかどうかは本当に自分の中でしか答えないので、だからそういう葛藤がもう本当にこれ書いて死ねっていう気持ちでやってるっていうのが、なんか本当に漫画書いてる方は結構多いんじゃないかな、趣味で書くって逆に難しい気がして、まあ好きで書くとか趣味で書くっていう人はもちろんいると思うんですけど、
やり始めればやっぱり趣味か、趣味っていうかなんか好きでやってるのがどんどんこんな風にしたい、なんか雑誌に応募してちょっと評価見てほしいとか、なんかどんどん欲が出てくるっていうか、で今度はなんか賞取って今度読み切り書きたい、次は連載やってみたいとか本にしたいとか、なんかそういう欲望、欲がどんどん出てくると思うんで、
ちょっと話がまとまらないんですけど、なんかそういうのも含めて、なんかこの話を私はアニメを見てると、なんかこう一言とも思えないし、なんか結構リアルな感じがするなと思って見てます。
個人的には、杉本さんからね、その漫画制作の話とかを前ちょこっと聞いたことがあって、その担当さんとのやりとりとか、こうしたほうがいいとか、アドバイスをいっぱいもらったりするわけでしょ。
そうですね。
で、あの手島先生が漫画を描いてるときに、その編集の方に、いいけどこうしたら、こうしたらみたいな、なんかこう自分が作った泥の玉みたいなのに、いろんなものが刺さってて、なんかできたの?みたいな、なんかすごいことになってるみたいな。
あの映像を見たときに、杉本さんのことすごい思い出して、まさにこういう感じなんだろうなって。
そうなんですよね。で、やっぱりあれもリアルだと思ってるのが、ああやっていろんな人からアドバイスもらって、なんかすごい作るじゃないですか。なんかでも見ててもなんか面白くないんですよね。なんか自分の中で、んーっていって、せっかく時間かけていろんな人からアドバイスもらったのに、意外と急にやっぱやめようとかってなって、これじゃなくしようとかってなって。
で、スイートヘビーイチゴの先生の名前ちょっと忘れちゃったんですけど。
ヘビーチカ先生?
ヘビーチカ先生か。ヘビーチカ先生が、なんかせっかく、れいちゃん?あれれいちゃんか。が、頑張って、手島先生がアシスタントのときに頑張って描いた背景を、やっぱこれじゃなくてこうしたいとかって言うじゃないですか。
あれもすごくよくわかって、なんか、話、なんか多分やってる本人も罪悪感はあると思うんですけど、でもやっぱり面白くないなこれってなってくると、どうしてもやっぱそこを消化しないと次に進めないっていうか、なんか違うってなっちゃうっていうか。
で、結局れいちゃんも最後にヘビーチカ先生のネームっていうか見てもらうときに、今まで1年間かけて頑張ってきたやつじゃなくて、今ちょっと別の書きましたって見てもらったじゃないですか。
なんかあれが本当によくわかるっていうか、そういうのもなんかネーム書いてて、正直ちょっと経験があって、なんかその思い込みにとらわれないで1回こうフラットにしてバーって今までのまず置いとけみたいな感じで。
で、クリアな気持ちで書いた方が最後まで書ききれて、しかもネーム通りやすいっていう経験があるので、なんかそれも面白いなと思って、そうそう、そんなのあるよねって思って見てました。
しずこさんすごい話を聞いたような気がしたんだけど。
ね、なんか俺がこれを聞いて、たぶん今までのポーズキャスターの中でこれが一番いい話なんじゃないかって俺は思ったんだけど、今までの、なんかただふざけてるって感じだけど、今日に限ってすごいものを聞いたような感じがする。
今までもすごかった。
いやいやいや。
めっちゃきたーって感じだよね。
でもやっぱり、書いたことある方だからこそ、言える感想だと思うし、私たちからは絶対出てこないと思うから、ありがたいですね、本当に。
ちなみに杉本さんはコミティアに行ったことある?
ないんです。
あ、ないんだ。
私全然そういう界隈を通ってきてなくて、例えば、ああいうアシスタントとかの、ちょっとお手伝いしたとかいう経験はあるんですけど、アシスタント経験はないので、ああいうのも本当に漫画とかアニメ見て、きっとアシスタントってこんな感じなのねってちょっと思ってるだけです。
そうか。じゃあ自分のなんか書いて直接誰かに売ったとか、そういうのもやったことはない?
だからそれできる人すごいなと思った。私あの、送信者でなんか人と会ったりして、何かを見てもらうなんて恐ろしくて、なんか気にしだからできない。
だってもう直でね、その目の前で自分の作品を読まれたりとかするって結構。
読まれなかったりスルーされたりでしょ。ちょっと心が折れる。
確かに。
わかる。
コミティアエピソードでも、やすみんが書いたものだけ売れなくて、でも周りの人たちが買ってくれてとか、もう泣けるじゃん本当に。
超泣けると思って。
でもあれ本当にやすみんの漫画自体がすごい面白いんだと思う。なんか魅力があるっていうか。
なんか最初にバーって先生に課題で、これ作ったら部活動の申請してもいいみたいな。そういう条件あったじゃないですか。
あれ作ってる時にすごいこのポイントを絶妙に抑えてる、なんていうんですかね、やっちゃいけないことのオンパレードみたいな、逆ついてるあれがすっごい面白くて。
でもやっぱり作りたいっていう熱が、たぶんやすみんの中には、今まで読んだ漫画で蓄積されてるから、情報としては起承転結とか、どうしたらこうなるとか、バトルの後はこうなるんだとか、最後に締めはこんな感じっていうのをもういっぱい読んでるから、蓄積されて自然と出てくるものだと思うんですけど、でもなんか全体的に面白いなと思ったし、見てて。
かわいかったしね。ここでこうなるの?みたいな予想を覆すような展開。
やっぱりツッコミどころ回されて、やっぱり目離せないんだよな、みたいな面白さがあるんだろうなと思って。
せすこさん、何か聞きたいこととか、付け足したいことあります?
たぶん一つだけ。さっき、なんで日本人が漫画を作るのは、そんなに得意んだろうと、ちょっと考えてみたら、これはたぶん、よそ者の考え方だと思うんだけど、特にアメリカ人とかは、はっきり自分の考えてることを言うから、それが普通だと思ってて、特にアメリカ人の視点から日本人を見ると、
日本人はよく、自分が考えてることを言わないんだよなと思うんですよ。たぶん、いろいろ、礼儀とか、人の目とか、そういうことを考えて、心の中にあるものをあんまり言わないなって思うんだけど、
今、杉本さんが語ってたことで、言わなかったこととか、自分が感じてることを、言葉で表せない部分が、変えて漫画にしてるんじゃないかって思って、
このアニメの中にでも、てちま先生も、やすみも、人とコミュニケーションをとるために、漫画を作ってるとか、関桐さんだって、人とのとりあいが、あんまりうまくないんだけど、漫画を読んで、その人の気持ちとかをわかるようになるとか、だから、日本の漫画が、こんなにおもしろいんじゃないかなって、ちょっと思ったし、
あと、思ったのは、なつめそうせきのココロは、たぶん、3回ぐらい読んだことあるんだけど、その小説も、似たような話なんで、ずっと、何がどうなってるのかがわからないんだけど、最後の10ページぐらいが、先生という人からの手紙で、全部が書いてあるわけ。
こういう文化だからこそ、こういう漫画っていうことが、生まれてきたんじゃないかって、ちょっと思いました。
おもしろい見方だね。
確かに、ココロちゃんが、お母さんに、自分がやりたいことを伝えられないから、漫画で書いてたじゃん。
あそこで、私、泣けたんだけど。
お母さんと、面と向かって対話できない、あの気持ちも、まじわかるわけ、私も。
言いたいんだけど、口から出てこない。だけど、漫画なら、書けるみたいな。
漫画の中にも、モノログみたいなの、結構あったりするじゃない。
ああいう描写が、やっぱり、いろんな人の共感を呼ぶんじゃないかなって、今、セスコさんの話を聞いて、ちょっと思った。
それでは、このコーナーに参りましょう。
「オタク!WORD OF THE DAY!」- 「ネーム」の解説
オタクワードオブザテイ。
このコーナーでは、オタクの世界深層コンセプトに、今回深掘りしたアニメや漫画から、私たちが選出した重要キーワードを英語で紹介するコーナーです。
今回は、ネームという言葉、これ書いて知能の中でも何回か聞いたような気はするんですけれども、漫画を書くときに必要なもの、そして作らなきゃいけないものだと思うんですけれども、
ちょっとこれについて、そもそもネームとは何か、杉本さんに紹介していただきたいんですけれども。
はい。私も今ネットで調べたんですけど、
ネーム書いてネーム書いてって、当たり前のように言うから、いざネームって言われると、ちょっと待てよみたいな。
どうだっけみたいな。言葉にするとあれだったんで。
AIによる回答ですと、漫画制作において、コマ割りや構図、セリフ、キャラクターの配置などを大まかに書いた漫画の設計図のことです。ってなってます。
このネームという言葉、もちろん名前とかのネームから来てると思うんですけれども、これ英語で会話で言おうとしたら、セスコさん通じない。
絶対通じないね。
じゃあ英語では何て言いますか。
ストーリーボード。
なんでボードになってるのかわかんないんだけど、たぶんできる前に全部ボードのようにまたいらにして、こういう流れになりますっていう基本みたいなことなんだから、ストーリーボードって言うんです。
これは映画とかでもそうだよね。
本当に自社版でも、全然漫画とかアニメじゃないのに、ストーリーボードを書いてる人もいる。カメラがこのアングルから行きますよみたいな、こういうことが見えるようにとか、そのために、全然アニメじゃなくても書くんです。
カメラショットを殴り書きみたいにして、どんどんどんどん書いてって、すごい大変な作業だと思うんだけど。
だから、監督さんの頭の中にあるシーンをこういうことを想像してるよって、みんなに示すようにストーリーボードがあるのです。
これ聞いたことありますか、杉本さん、このストーリーボード。
ストーリーボード自体は聞いたことあると思いますね。
ネームもそれぞれ一人一人違うっていうか、もう100人いれば100通りのネームの作り方があると思うんですけど、そういうストーリーボードを書きながらそれをネームにしていくっていう人もいると思いますし。
じゃあ同じことじゃないかもね。
どうだろう。でも、多分ストーリーボード自体ももしかしたらちょっといろいろあるのかもしれないんですけど。
なんか、ネームは基本的に多分私が考えるネームはもうコマを割って、ただ殴り書きもありっていうか別に人物書かなくてもここに何来るとかってバーって書いていって、4文コマ4つとか5つとか全然それでもいいんですけど、
その中にここのセリフここに入れるとか、ここにこう来るとかっていう、なんか本当に設計図、さっきも何かちょっと言いましたけど設計図みたいな感じで、それは最後までいけたら、もうこのストーリーはもう大体作れるっていう感じになると。
結構日本語ってその和製英語っていうか、英語なんだけど全然違う意味で使われてたりとか日本語で、そういうこともあったりするからちょっとややこしい感じはすると思うんだけど。
はい、ということでお二人様、ネームについて調べたということで、調べた結果をちょっと教えてもらいたいなと思うんですけれども。
今、モバイル辞書を見たんですけど、語源は英単語のネームの指定するという意味で、射食や書体や級数、ポイントとかを指定するために、セリフを事前に抜き出しておく必要があったことから、
つまり個々のセリフに対して書体や級数の指定をする作業が本来のネームであり、そこからセリフそのものをネームと呼ぶようになり、ネーム作業の効率化のため事前に用意するようになった小回りしたものにラフな構図やセリフだけを書いたものまでがネームと呼ばれるようになったのである。
たいてい同じですね。
たぶん、昔の出版社たちは、絵よりも必要だったのは、言葉とか、このバブルの中にどういう文字が入るのかが一番必要だったので、
漫画があった前から、写真とかがあるときに、その写真の下にどういう文字が入るのか、あれが英語だったらキャプションって言うんだけど、それもネームって言われたらしい。
で、漫画が出版し始めたときは、だからその絵はとりあえず文字はどうなるのかっていうのが一番大事だったんだから、とりあえずネームが欲しいみたいなことで言えたかもしれないっていう議論があって、本当かどうかはわからないんだけど、たぶんそういう流れでこれもネームっていうことになったんじゃないかな。
なんかその今の静香さんの納得できるのが、たぶん昔、絵はとりあえずあって、写食って本当は貼ったりして作らなきゃいけないと思うんですけど、最初に準備しておかないと、もうギリギリまで絵描くときにやられて、はいできましたって渡されても、もう印刷するまでに時間が全然ないから最初に作っておかなきゃいけなくて、まず最初にネーム作ってそれを渡してくださいみたいな表現でやり取りしてたものが、
まあそういうふうにしなくても、なんか順番的にもう全部書いた状態で渡しても大丈夫に肯定的になったので、今かなりもう書き込んだ状態でコマとか書き込んだ状態のものをネームっていうようになったんじゃないかなって今思いました。
たぶんそれだ。
はい、ということでネームへの知識がだいぶ深まったように感じます。
お二人ともありがとうございました。
それではこのコーナーに参りましょう。
「オタク!チョコっとニュース!」- 9月1日問題
オタクちょこっとニュース。
リスナーさんの提案で始まったこのコーナー、漫画やアニメに関する情報をオタク目線でちょこっと紹介するコーナーなんですけれども、今回はですね、少し違った形でニュースをお伝えしようと思います。
9月1日問題っていうのをお二人聞いたことありますでしょうか。
なかったです。
まゆからしか聞いたことないね。
私も実は知らなくてですね、この言葉を初めて知ったのがエッセンシャルラジオというポッドキャストを配信されている3人の方々が喋ってたと初めて聞いて、こういうことがあるんだっていうふうに初めて認識したんですけれども、
9月1日問題というのはですね、日本において多くの学校で夏休みが終わり、2学期が始まる9月1日に子ども、若年者の自殺が多く発生する問題ということなんですね。
このエッセンシャルラジオでこのことについて毎年認知を深めようというか、そういう形で配信されてるんですけれども、このことについてぜひ拡散してほしいというふうにSNSの方で書いてあったので、私の方から、
それだったら私たちの番組はアニメとか漫画とか若い人たちも聞いていると思うので、ここの場を借りてメッセージを読むのはどうですかっていうふうに提案させていただいたので、それに際してエッセンシャルラジオのロビンさんからメッセージをいただいておりますので、ちょっとこれを読み上げていきたいと思います。
マユさん、シスコさん、杉本さん、お久しぶりです。いつも楽しい配信をありがとうございます。今回は9月1日問題に興味を持ってもらい、インスタグラムやXでも反応いただいて本当に励みになっています。さらに3Mオタクさんの番組内でメッセージを読み上げていただけるとのことで感謝の気持ちでいっぱいです。
せっかくなので自分たちの番組ではまだ話してこなかった内容を一部若い世代の皆さんに向けてここに少し残しておこうと思います。まず9月1日問題と呼ばれていますが、実際には地域によって進学期のタイミングは違いますし、9月だけでなく5月の連休明けや10月の時期など環境や季節の変わり目には同じように心が苦しくなってしまうタイミングがあります。年末年始も要注意です。
これは決してあなたが弱いからではありません。社会の構造そのものが若い世代に大きな負担を強いる歪んだ形になってしまっているからです。苦しんでいる若い子たちと一口に言ってもその背景は本当に様々です。いじめに不当子、病気や身体的な障害だけではありません。
親に奨学金を使い込まれてしまった子、部活を続けたくても遠征費や商談試験の費用が出せない子、テスト勉強したいのに日々の生活のためにアルバイトを休めない子、家賃を払うために極限まで節約し、冷暖房、電気代や投油代が使えず、部屋の中で凍えそうな寒さや厳しい暑さを必死に我慢している子、そうした経済的な困窮に直面している子がたくさんいます。
逆に一見すると、裕福な家庭に生まれた子であっても、家庭内でネグレクトや暴力を受けていて、家の中にいても安心できる居場所がない子もいます。
マンション内で親と家庭内別居のような状態にあったり、身近に頼れる大人が誰もいなかったりするケースもあるそうです。
そうした子どもたちは、誰かに相談したとしても、言葉だけでは根本的な解決に至らなく、現実に絶望してしまうことも少なくありません。
今、もしあなたが死にたいと思っているとしたら、それはあなた自身の心が発している欲求のサインなのだと思ってみてください。
見方を変えれば、それは本当は死にたくなんかないともがいている際に私は感じます。
私は若い頃に一度だけですか、ふっと死のうと思ったことがありました。突然のことでした。
何ならその時、従事していた仕事もうまく回り出した頃でもありました。
ただその日、半日街をぶらぶらしてたどり着いた屋上から飛び降りることができず、今に至ります。
飛び降りることから逃げたわけです。
こうしてあなたたちと同じように悩み抜いて、なんとか大人になり生き残った人たちが、それぞれの場所でそれぞれのやれることであなたを助ける準備や行動を起こしています。
私のような口だけではなく、支援を募り法人としてサポートしている団体もあります。
今はただ日々を耐え抜いてほしいのです。
今の私からはそれしか言えません。
あなたたちからしたら、信用のない大人の奇麗事でしかない無責任な言葉に聞こえるかもしれません。
それでももし可能なら、周囲の信頼できる人や支援している組織に助けてと伝えた上で、どうか今は生き延びることに全力を注いでほしいです。
あなたが大人になり、自分の力でどうにかお金を稼ぎる立場になれば、置かれる環境は少しずつではありますが、必ず変わっていきます。
大人になった後も、過去の傷にどう向き合うかはあなたの自由です。
あえて傷を置いたままにするのも、向き合うのも自由。
ただ、時間の経過とともに問題自体の見え方や捉え方が変わることもあります。
過去の傷と向き合い、どうやって乗り越えていくかを探ることは、人生における大きなテーマの一つになるはずです。
まだ自分自身も克服したり生産できたりしたわけではありませんが、個人的には若い時が一番苦しくて、おじさんになった今、結構楽しくやっています。
目に見える表面的な問題以上に、根っこにある部分は深く複雑です。
それでも、これからの自己鍛錬や小さな自信を一つずつ積み重ねていくことでしか得られない仕事の成果や、自分の行動による結果が必ずあります。
何かに真剣に取り組んで走っている、過去戦っている時は不思議と助けてくれる仲間も周りに現れます。
ことの代償はあれと、自分の足でアクションを起こし、誰かと接し、そして間接的にでも誰かの役に立てる、そんな実感をかみしめられる日があなたにもやってくるはずです。
その日のために生き残ってほしいです。
エッセンシャルラジオ ロビン
ということで、ロビンさんからメッセージをいただきました。
アメリカの方では、こういうのは、ティーンとかで、学校始まった頃にちょっと体調悪くしやすいとか、自殺まで行くのかちょっとわからないんですけど、そういうケアが必要な子たちって増えたりするんですか?
たぶんいると思うけど、9月は日本の1年からしてみると、たぶん4月にあたるから、新学年。
だから、新学年はどっちかというと、たぶんまだ新しい始まりって感じだから、たぶん希望で満ちてる人のほうが多いかなって思うんだけど、
アメリカで一番気になるのは、11月の感謝祭と、12月のクリスマスと、そのあとの冬のほうが一番危ないかと思うんだ。
なぜかというと、みんなが家族と一緒にうまく過ごしてるっていうイメージがあるから、自分ではそうじゃない場合だと、逆に苦しく感じるとか、
あと、たぶんこれは日本と似てるかもしれないんだけど、アメリカは学期は2つしかない。秋学期と春学期しかないから、秋学期が終わるころに、もし学校でうまくいってないのなら、そういう実を向け合う時が来ると、それもたぶん苦しいんじゃないかってちょっと思うし、
アメリカでよく季節が変わると、人の気も落ちるっていう、特に冬になると、ずっと暗くなって、それが人の心に結構影響するから、冬が一番危ないかな。
俺自身は、必ず1月か2月が一番つらいって感じがする。あんまり元気が出ないとか、高校生の時も1月の中旬で、一番気が落ち込んでた時期もあったから、たぶんアメリカ中では冬が一番つらいかなって思いますね。
秋田も冬が長かったりするからね、けっこうしんどい時もあるよね。
私は6月がダメですね、なんか気分が下がって。春になって、わーっていう気が、冬が長いから、わー春になった、いえーいっていうのが、急にダウンしちゃうのか、なんかよくわかんないんですけどね。
人によって違うかもしれない。
たぶんそうだよね。
そうだね、シスコさんも教育現場で働く人なので、考えるところはあると思うんですけれど、エッセンシャルラジオの方でも、この9月1日問題について語られていますので、もっと知りたいなという方はそちらの方を聞いていただければと思いますし、相談窓口なんかも概要欄に貼ってあったりするので、ぜひチェックしてみていただけたらなと思います。
私もシスコさんも子供を持つ親の身でもありますし、杉本さんも学校に通うメイコさんがいたりと、人事ではないなというふうに私は思ってて、誰か必ず周りにそういう人がいるんじゃないかなとか、自分のいとこだったりとか、自分のもちろん子供だったり、自分の孫だったり、そういう周りの人にこういう問題を抱えている人がいるかもしれないっていう、
ことを認識するいいきっかけにもなるんじゃないかなと思うので、エッセンシャルラジオの方も聞いていただけたらと思います。
今後の展開と創作への想い
はい、じゃあ今度は締めに入っていきたいと思うんですけれども、これ書いて死ね、今後また展開が楽しみだし、今度は冬のコミティアに向けて制作していくということだったので、こちらももちろん注目ではあるんですけれども、手島先生がどういうふうに変わっていくのかというのは、私はちょっと楽しみにしたいなと思ってますね。
俺が一番楽しみにしているのは、これ書いて死ねを描いている人は、このキャストの中の誰なんでしょうってちょっと思ってるけど、漫画研だったら、岡橋くんもないし、この漫画を描いているのが手島先生だったら、嬉しいなってちょっと思う。
もし、自分があきらめかけてたのに、子どもたちの活動を見て、またマグマが出てきたら、この漫画ができたっていうのなら、それも素敵なんじゃないかなって俺は思うけど。
でも、もし本当はやすみがこの漫画を描いているのなら、それもまた話の基本が先生の話だったら、それも多分俺に対してはすっごく感動的になるかもしれないから、どっちでもいいって思うんだけど、どっちみちすごいいい話になるんじゃないか。でも気になるのはやっぱり、誰の視点からこの漫画が作られたかって。
たしか。
杉本さんはどうでしょう?
そうですね、なんか今日結構創作の話とかもさせていただいたりして、ちょっと私もなんか今ちょうど、なんとなく自分自身が自分の振り返りみたいな気感が正直感じていたので、なんか面白いなって思いながら、
今も言ってたけど、お母さんなのか親なのか自分の気持ちを伝える時に結構大変だけどっていう話もあったけど、それからエセラジさんのお話もあったけど、私も漫画を描くっていうのは表現の一つで、やっぱりさっき静子さんも言ってたように、コミュニケーションとして漫画を描くっていうのが多分自分の中にも無意識なのかわからないですけど、いつの間にかあって、
私あまり正直子供の頃、字をちゃんと読めなくて、なんか言葉とか説明も下手くそで、親とかに、父親に何言ってるかわからないってよく言われたので、そういうのがあって、なんか絵に走ったって言ったら変ですけど、なんか絵だと自分の気持ちを描けたりとか、なんかこんな感じになったら自分楽しいみたいなのをこう描けるとか、なんか表現するとか面白いことあったこととか、
漫画にして人に読ませるとなんか面白がってくれるとか、なんかそういうコミュニケーションとして始めたっていうのもなんか一つあったりするので、なんかやっぱりかといって伝え終わったかなって思って楽しくなれるって言ったらまた違うのかもしれないですけど、なんていうか、そのもっといろんなこう要素が絡まって、余計に伝わらなくて苦しいとかっていう人も、もしかしたら作ってる時にあるのかなっていう気もするんですけど、
まずはやっぱり楽しんで人と何かを作っていくっていう気持ちを大切にできたらいいんじゃないかなってやっぱりなんか思いますね。
話し手 1 はい。
話し手 2 はい。
話し手 1 お相手はマユと、
話し手 2 シスコと、
話し手 3 杉本でした。
話し手 1 それでは次回も3M OTAGでお会いいたしましょう。さようなら。
話し手 2 さようなら。
話し手 3 さようなら。
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