発達障害と境界知能について
はい、こんにちは。今回なんですけれども、 発達障害は子どもを作るなとか
境界知能は子どもを作るなとは言ってはいけない理由というテーマで、僕の意見をお話しさせていただこうと思うのですが、
というのは、よくXとかのSNSで 発達障害は子どもを作るなとか境界知能は子どもを作るなとかね
そういうポストとかね、言動、時々見られるんですよ。 で、そういうのに対して賛同する人もいますよね。その通りだと。子どもがかわいそうと
親ガチャ失敗でかわいそうとかね、子ガチャ失敗かわいそうとかさ、そういう酷い言葉も
出てくることもあるし、あるいはそういう言葉に対してね、そういうことは言ってはいけないって
否定する人もいるわけですね。僕は そういうことは言ってはいけないと思っております。その理由も含めてお話しようと思うんですが
要は
生きづらいわけですよね。本人は 発達障害なり
境界知能なり、現代は頭脳労働がメインなわけですよ。 昔と比べて肉体労働とか、あるいは単純労働っていうのが少なくなってきて
文明が発達したことによって計算もできないといけないし、記憶力とか計算能力、論的思考能力とか
様々な能力が必要になって、そういう社会で生きていくと、本人としては生きづらいと
だけど、それの原因は遺伝が大きなものを占めると。そういう場合は親も発達障害だったり
境界知能だったりということがあるわけですよね。 あとは精神疾患とか、いろんな遺伝性の要因が大きいものってあるわけであって
もちろん環境もあるんだけれど、環境も含めてやっぱり親が
何かしらを持っていると、子供は遺伝プラス環境で子供が大きな影響を受けやすいと。
そういうポストをする本人も自分が境界知能とか発達障害で非常に生きづらい。
親も同じだから、僕なんか生まないで欲しかった。私なんか
生んで欲しくなかった。別に私は生まれたいとは思ってなかったし、生んでくれって頼んだ覚えもないとかね。
最初から子供作るなってね。そういう意見があるわけだし、あるいはポストする本人はそういったものではないんだけれど
そういう子供がかわいそうだからそもそも子供作るなとかね。 そういう意見があるわけですよね。
そういうの以外でもね、多いんですよ最近。〇〇は子供作るな。 例えばブサイクは子供作るな。
顔とか肌質とか骨格とかね、そういうものも遺伝するわけですよね。
遺伝性の疾患、遺伝性の障害を持っている親は子供作るなとか、あと脇側は子供作るなとか
低身長は子供作るなとか、ハゲは子供作るなとかね。 遺伝するものに対して最初から子供作るなとかね。
そういう言動がね、特に最近多いんですよね。
ということなんですけど、なので親ガチャ失敗とか子ガチャ失敗っていう言葉を使う人もすごく増えたわけだし
そんなこと言うべきじゃないよっていう意見もあって。 なんで言っちゃいけないんだとかね。本当のことなんじゃないかって、それで
デスバーみたいな感じになっているってことがよくあるわけであって、 僕はもうそういうことは言うべきではないと思ってて
っていうのは傷つく人が必ずいるわけですよね。 本人は別に生まれてきて
後悔していない、生まれてきて良かったって思ってても、そういうこと言われる当事者としてはやっぱり傷つくし
親も子供も傷つくわけですよ。 元気に明るく生きているのになんでそういうこと言うんだよってね。
思う人もいるし、世間でもこういうことが言ってはいけないっていう風潮なわけですよ。
現代の日本、あるいは日本以外でも先進国の中では、〇〇は子供作るな、あった生涯境界地の子供作るなってね。
優生思想の歴史
そういうことは言ってはいけないっていう風潮であって、やっぱりそういう風潮であって当然だと思うんですよ。
じゃあなんで現代の世の中ではそういうことを言ってはいけないのかっていうと、 その考え方、思想そのものが
ナチだからだと思うんですよ。 ネオナチになってしまうと思います。
というのはナチスの優勢思想ってありますよね。
それは例えば障害者、知的障害とか精神障害とか、遺伝性疾患とか、労働性、生産性のない人間は
子供を残すべきではないと。
同性愛者も隔離したりとか、障害者は強制不妊手術をしたりとか、そういうことが起きてしまっていたわけですよ。
それによって国力を増強すると。
労働性、生産性のない人が 国の中にたくさんいると、社会保障によってその人たちを養わないといけないと。
そうすると社会保障費が増えてしまって、その分そのお金を他のことに使うことができないと。
だけど労働性、生産性のない人がどんどん減っていけば、社会保障費が減ってその分経済とか産業の発展とか
軍備増強にお金を使うことができて、国力が増強して周辺国とか他国よりも優位に立てると。
なので生産性のない人間は死んだ方がいい、いなくなった方がいいっていう線引きをすることになるんですよ。
これは本当に恐ろしい思想であって、必ずこういう優先思想っていうのはエスカレートしていって、権力者が暴走するんですよ。
民族浄化とか大量殺戮とか、そちらの方に発展する可能性が高いので、そもそも〇〇は子供を作るなとか、〇〇は生きる価値がないとか、死んだ方がいいとか、
夜中から消えた方がいいっていう考え、間違ってるし、口にも出してはいけないわけです。
それが今の日本とか先進国での共通認識なわけです。
なんだけど、日本でも最近までこの優先思想っていうのがあったんですよね。法律で決まってたんですよ。
優先保護法っていう法律があって、1948年から1996年に母体保護法って法律の名前が変わるまで続いていたわけであって、
僕も大学で習ったんですよ。医学部の授業で、公衆衛生の授業で普通に優先保護法授業で教わって、それがテストに出たんですよ。
つい最近までこの優先思想っていうものが日本にあったわけですよね。
それは不良な子孫の出生を防止するっていう恐ろしい法律、まさにこれなちに繋がるんですよ。
法律と社会の影響
もうネオなちですよ、これまさに。
戦後にできた法律、戦後間もない時にできた法律であって、当時の日本って食べるものもなくて飢え死にする人が多いぐらい貧しかったわけですよ。
やけの腹になって農業の生産力も落ちてしまったりとか、物資が回らないとか、
供給能力が落ちてしまったと。なので、病気を持っていない健常な人でも生きるので精一杯で、そういう人たちでも飢え死にするぐらいだったと。
障害を持っている人がこれ以上増えると、その人たちを食べさせてあげることができない、養うことができない。
そればかりか、健常者の方でも生きていくことができなくなる。
そういう切羽詰まった状況でその法律ができたわけで、それがもう1996年まで続いていたっていう恐ろしい状態だったわけですよ。
それは知的障害者とか、精神疾患を持っている人、遺伝性の疾患を持っている人に対して、男性も女性も強制不妊手術をしていたわけですよ。
男性はパイプカットして、女性は卵管決殺したりとか、内生器に放射線を当てて使いなくしてしまったりとか、恐ろしいことが行われていて
それが今になって裁判がたくさん行われていると。これはもう最高裁も認めているんですが、有性保護法は憲法違反なわけですよ。
国に賠償することを求めているわけであって、当時はこの憲法違反の法律が普通にまかり通っていた。
これ時代が違うだろっていう意見もあると思うんですけど、今となっては恐ろしい法律であったわけですよ。
憲法違反になるのは、幸福追求権、個人の尊重、法の下の平等、差別禁止、こういうものに違反するわけです。
ということなんですけど、現代は日本豊かになって助け合って生きていくことができるわけですよ。
日本以外の先進国であっても、豊かな国は助け合って福祉で、社会保障で、自分の力で生きていけない人でもちゃんと生きていただくことができる。
そういう世の中になっているわけであって、あとは特にヨーロッパなんかだとナチスは絶対悪なんですよ。
なので、ナチスの優生思想につながるような言動は絶対悪、絶対してはいけないっていう風潮なわけですよね。
なので、何々は子供作るなっていう言動は、優生思想、ナチにつながるので、やっぱり口に出してはいけないっていうわけです。
結局エスカレートしてしまって、自分の愛する家族でも、例えば障害者になったら、やっぱり生きててほしいって思うわけですよね。
障害者として生まれた方でも、本人は望んで好きで生まれてきたわけではないし、多くの人は自分は生きたいって思っているわけですよ。
だけど生きる資格がないとか、子供を作るなっていうのは、これはやっぱり口に出してはいけないと僕は思います。
現代社会の理解
ちょっと前にXとかで話題になったのは、障害者2人の夫婦が子供を作って、その子供も障害者として生まれて、これはありなのかっていう意見がありました。
その時にポストで、障害者は子供を作るべきではない、本人は子供がかわいそうとか、だけどその障害者の夫婦2人は、知的障害者の2人は子供が欲しかった。
いろんな意見がありましたけど、だけど障害者は子供を作るなっていうのは、これは言ってはいけないわけであって、
なんで言ってはいけないかっていうと、それが優勢思想に繋がってしまってエスカレートして暴走してしまうと。
結局そういう優勢思想っていうのは、どっからどこまでが優れたせいで、どっからどこまでが劣ったせいかっていう線引き
これをするのが恐ろしいわけですよ。
いつ皆さんも劣ったせいの方に振り分けられて生きる資格がないとか、子供を作るべきではないっていう措置がになってしまうか、わからないわけですよね。
なので、そういう発言をする、これは言ってはいけないことだと僕は認識しております。
これが現代の日本、先進国のルールだと思います。
これが今後、国が荒れてきたりとか、戦争が起きたり、自然災害が起きて極めて貧しくなって、
もう、上陣する人がたくさん出てくるっていう世の中になったら、またそこで風潮は変わってくると思います。
そういう可能性はありますけれど、少なくとも今の現代の世の中では、お互いに支え合って生きていくことはできると思うんですよね。
それに対しても批判する人いるかもわからないんだけれど、最低限の生活を営むことはできるはずなので、
やっぱりね、発達障害は子供作るな、境界地の子供作るな、障害者は子供作るなっていうのが、やっぱり口に出していけないと僕は思います。
っていうのが僕の意見です。いろんな意見あると思いますが、もし違う意見の人も遠慮なくコメント欄にお書きください。
ご視聴ありがとうございました。