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子供の頃に旅行に連れて行ってもらって、どこの場所とか覚えてないんですけど、車の中で知らない景色を見れるっていうのがすごく楽しくて、
遠くに連れて行ってくれるって、どこの場所に行くかわからないけど、普段生活してる生活圏内から飛び出すっていうのがすごく楽しくて、
それがきっかけで今、いろんな街を見て歩いてるみたいなことを続けていて、あれそこが現象だったかなと思います。
僕、物を作るのが好きで、それは絵を描いたりだったりだとか、レゴブロックを組み立てるだったりとか、
建築関係の勉強をずっとしてるんですけど、建築物を建てるだったりとか、そういう物を作るっていうのが好きで、
今はガンプラとか模型とか、建築模型だったりとか、そういう物を作るのがすごく楽しくて、
それはずっと何かを生み出すっていうものから、子供の頃の体験だったりとか、動きだったりから、今の何かを作るっていうところにすごく重きが置いております。
結局は妄想だと思っていて、実現できるとかできないとか置いておいて、
まずこうしたら楽しいだろうとか、こうしたら世の中はもっと変わるだろうみたいな、
理想でいいので、そういうことから始めて、じゃあそういう理想とかを叶えるためには、まず何をするのかなみたいな、
ちょっとずつリアルなスケールに落としていくっていうのが大事かなと思います。
理想系をまず、まず自分が楽しくないと、建築物を建てる時も自分がそこが好きだという場所じゃないと、
作った時に面白みだったり説得力がないかなと思っているので、
まずこうしたら絶対楽しいみたいなビジョンを描くのが大事かなと思います。
神戸はね、とにかく生きる場所が多くて、やっぱ都市的な場所だったり、自然的な場所であったりだとか、
それこそ海もあって山もあって、瀬戸内海も日本海もどっちもあるみたいな、いろんな場所がある場所で、
それでもやっぱりとっつきやすいのは、三宮の南の方の旧居留地と呼ばれる、
昔の外国人たちをそこに暮らさせていた場所が、近代建築という歴史的な場所が残っている場所で、
そこから歴史だったりとか、当時の、これはすごいマニアックなんですけど、
外国の形から当時の動きだったりが見える場所ではあるんで、
そこは行っても楽しいし、さらに深く行こうと思ったら地図を見て形を見るみたいなことができるんで、
そこは楽しいかなと思います。
地自体がちゃんとデザインされている。
はい、そうです。
昔って団地とかも、まさと工学とか、なんか妙なスペース、無駄スペース、無駄じゃないんだけど、そういうのがなくなってきて、
神戸はなんかいろいろありそうで。
神戸はね、いろんなとこ本当に行けるんで、ぜひ調べてもらったらと思います。
不思議というか、夢の中で山津の川を渡ったんですよ。
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大学院に通ってたんですけど、すごくきつい時期があって、
終始論文を書くにあたって、追い詰められてた時に、
でもそれは自分が渡ったんじゃなくて、渡る人を俯瞰で見てたんですよ。
そこで、その人は渡った先に、その人の、多分なんですけど、亡くなったお母さんとおばあちゃん、
その人のお母さんとおばあちゃんに会って、会えたと思って喜んでるんですけど、
おばあちゃんとお母さんは真っ青な顔して、
早くこんなとこから消えなさいみたいなことを厳しみに、渡るな、ここから出ていきなさいって。
でも男の人はすごい悲しそうな顔して、それが多分カメラマンだったんですよ。
その人が、えぇってなりながらも、ドアを無理矢理出さされて、
で、ハッとなって、もう一人同じ真横に出た人は帰ってこれなかったんですよ。
そこで目が覚めたんですけど、あれはちょっと夢だけど、
誰かの臨時体験に沿ってたのかなぁって思って、
あれはちょっとゾッとしましたね、起きてから。
本当に大きい川じゃなくて、ちょっと小川ぐらいなとこに飛び石があって、
その石を越えて行って、行ったんですけど、
で、その人が最初、飛び石を越えた先にはおじいちゃんがいて、
なんか湧き水に、この水飲まんか?って、最近この水飲んでくれる人おらへんね?みたいな言ってくれたんですけど、
それ多分、よもつへぐりっていう、あのようなものを飲んだら、
こっちに帰ってこれないみたいなもので、
なんかその人は多分、それを飲ませて帰さないようにしてた、
死神的な存在なのかなぁ?とか思ったりして、
なんか夢だけど、ディティールがすごい深くて、
あれはなんかすごい印象に残って、今でも忘れられないですね。
川は小っちゃくて、結構キレく舗装もされてて、
で、橋だったり、橋が架かってたりだったり、
日本建築が建て並んでたりとか、
その辺はまあ、本当にちょっと思い描くようなサウンズル川の先なのかな?とか思ったりもしたんですけど、
旅館とかもあったりしてね、
なんか滞在させるぞっていう、なんか向こうがね、返さないぞみたいなような施設もいっぱいあったりして、
漫画に描きたいですね。
いやー、なかなかね、本当ディティールがすごくて、
なんかそこに、その、なんかショッピングモール、普通のね、よくあるショッピングモールにいたんですよ。
で、自分がエレベーターに乗ったんですよ。
で、地下に下がっていくんですけど、
そんな下がるっていうか、下がっていった時に、
ふと魂が抜けたんですよ。
体が置いてかれて。
で、魂の状態だけになって、
そこから俯瞰して、
そのカメラマンの男の人を追っかけていったんですけど、
なんかすごくリアルで、
まあその、自分もめちゃくちゃ精神的にも肉体的にも、
まあずっと徹夜とか続いてて、
疲れてたのもあるんですけど、
やっぱなんか死の世界を、
まあ死の世界がわかんないですけど、
まあって思えるような世界をね、間近に体験して、
あ、気をつけないと、とは思いましたね。
それ以外見てないですね。
作家で挙げるとすれば、
星真一、ショートショートの名作家で、
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まあある意味その、こんな世界あったらみたいな、
まあすごく、なんていうか、
普通の世界ではないような世界を描くような方と、
宮沢賢治で、
彼はすごく文学的に、
詩的な言葉、上手な答えを用いる。
この二人が結構子供の頃、
小学生の頃ですかね、この二人に、
まあすごいずっとこの二人の本ばかりを読んでて、
中学生の時に、
ちょっと哲学書とか読むのあって、
ドイツのショーペンハーワーっていう哲学者で、
まあすごい尖った言葉を使うんですけど、
結構真理だなとか思えるような言葉を投げてる人で、
なんか、まあ小中でその三人の作家を追ってって、
なんか今の自分はあるような気がしますね。
はい、なんかそこには影響されてますね。
なんか未来を描く構想力だったり、
それを伝える語彙力、
で、そこからそれを論理的に整理する哲学の力みたいな、
なんかその三人に影響されて、
今の仕事だったり研究だったりをしてたりはすると思います。
あれはやっぱなんか変な人ですからね。
ああ、定番なんですけど、
まあ銀河鉄道の夜好きで、
一回あの舞台で見に行ったことがあって、
はい、銀河鉄道の夜を舞台でやってるのを、
ピッコル劇団っていう、
まあちょっとローカルな劇団なんですけど、
そこでの演技をその自分の小説で読んだ時との、
なんかちょっと、
あ、そこをこう解釈するんだみたいなとこがあったりして、
なんか表現もやっぱり宮崎になんか、
結構まあ読者に委ねるような表現もあったりするんで、
それを僕がこう解釈したけど、
あ、劇団はこういう風な演出をするんだっていうのが、
なんか小説込みでの、
あ、ここ、あ、でもちょっとわかるなとか、
そうなるんだとか、
なんかいろんな感想があって、
あれは面白かったなと思いますね。
銀河鉄道のコンビニも長い間やってたんですけど、
舞台では本当に最初の舞台したら、
一応最後までを一通り舞台。
そうですね、ちょっとはしゃったりはするんですけど、
一通りやって、
で、ただ舞台ってやっぱ一発の世界で、
その全てがアドリブっていうか、
そのミスしても自分らで取り返すような世界で、
なんか緊迫感っていうか、
やっぱり演者の方のその白心な様子だったりだとか、
舞台ならではの、
言っても舞台の中の空間固定されてるんで、
それを空間を演出上次の場面繋ぐ時に暗幕する、
その時間の区切り方だったりだとか、
ライトの使い方だったり、
その音楽の使い方だったりだとか、
なんかそういう風な細かな気遣いが、
その作品を解釈した上で、
多分こういう風な演出になったんだろうなーって、
呼び取れるような場面が多くあって、
多分それは舞台に寄ったりはするんだと思うんですけど、
そこの劇団はかなり呼び込んで、
なんか上手いこと世界を表現したりするなーって、
あれ小学生、高学年ぐらいだったと思うんですけど、
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そのぐらいでも、
あ、わかるっていうような場面が多かったんで、
今見たらもっと面白いかなと思ったりするんですけど。
あの作品自体結構抽象的に描いてる場面多いんですけど、
川に落ちるイコール死の世界、
鉄の中は死の世界っていう風な解釈が多いと思うんですけど、
川に落ちるその場面で、
やっぱりその落ちた時にはグッと引き込むために、
一回静寂を作って、
そこから動的な動きを盛り上げるようにガーってやるんですよ。
やっぱりその静と動の切り替えが、
音楽だったりライトだったりで、
演者を介さずに、舞台装置だけで演出するっていうのがすごい面白いなって思って。
しかも計算してるけど、本人も分かんない、
なんかちょっと事実的な感じがあったりとかしてるんですよね。
分かります。
この表現が。
うん。
おかげで高いなって。
いや多分結構その計算じゃないとこも多いかなと思いますね、なんか。
事実的な。
うん。
でもなんかあくまでもその主張はせずに、
そうかもしれないっていうようななんか場面で、
なんかこっちに委ねかけてくるなみたいなのはなんか感じましたね。
なんか直感とか無意識とか、そういうのがあってるけど、
それを感じたまま描いた。
それが客観的にライトさんが見たらこう解釈すると。
うんうんうん。
本人も分かってないけど、自分はこう感じたんだって。
うんうんうん。
いやー、天才ですね。
それはやっぱ日本が誇るじゃないですか。
やっぱね、なんかいろいろこじらせちゃったりでもしてたみたいですもんね、
その本人自体が。
はい。
なんかそこからのなんか、
それを踏まえてのなんか表現の場として作品を生み出していって、
結果この現代イケるなんか私たちにこう、
いろんな考えを巡らせるきっかけで、
多くの作品を残しているので、
素晴らしい人だなとは思いますね。
実はすっごい収益をしてくれて、
ブルターニーの博士っていうね、
2人が最後の最終工程を出して、
自分たちを作ってくれた。
だからそういう、私気になるのはそういう直感の部分と、
計算の部分っていうのが多分…
なんか、多分その時その時のトレンドがあったりするかなと思ってて、
例えば銀河鉄道のあとは、
海の沈没船のやつ。
タイタニック。
あ、タイタニック。
あ、それの影響がある。
あ、そう、あったりだとか、なんか、
なんか、まあある意味そのトレンドがあって、
で、そこに対して思ったことだったりだとか、
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なんか今までの経験を重ねていって、
こう書いたりだったりするかなと思ってて。
詳しく調べてたりしないとこがありますけど、
なんか多分追ってったら、
なんか多分このものに影響されてるんじゃないかとかは、
うん、ちゃんと調べたらあるんでしょうね。
それこそ映画じゃなくても、
本当に自分の身近な生活の中だったりとか、
その近くに住んでる人の話だったりとか、
なんかそういうものもあったりするかなとは思いますけど。
最近あった面白い話っていうか、
僕がこれから先やろうとしてることがあって、
廃止活用を行っていこうと思ってて、お寺。
お寺ってコンビニよりも数多いんですよ。
めちゃくちゃあるんですけど、
その多くが、一人の住職さんが何個か見てる形が多くて、
自分のお寺以外は結構放置になってて、
結果的に空いた形になってて、
その活用ができないような形になってて、
お寺は潰せないんですよ。
もともとその本山のものなんで、
だからただただ空いたものが残ってしまっている状態が、
まあこの世の中には続いてしまってて、
それを僕はお坊さんの、一緒に建築石器を学んできた、
大学の同期のお坊さんの友達がいるんですよ。
彼はもう2年間修行を大学卒業にして、
もう住職になった。
その彼と、お寺のそういう現状で、
空いてるまま置いてると、
人が住み着いたりだったりとか、
物が盗まれたりだとか、
そういうふうな現状で良くないものされてて、
街の中のものなのに、
街に悪影響をもたらすものになってるんですけど、
お寺は本来、今ちょっと閣位の高いようなものって思われがちですけど、
寺小屋だったり、
物を継承する場であったりだとか、
地域の駆け込みであったりだとか、
もっとローカルな場であったはずなんですけど、
それがいつの間にか、
ちょっと閣位の高いものになってきてて、
今の若者は全然お寺なんか行かないですし、
身近なコンビニの場所は知ってても、
お寺の場所はわかんないほとんどです。
そのお寺ってものを、
もっと街に使えるものに戻していって、
それを地域をつなぐ道具として、
お寺ってもののあり方を、
もっと変えていかないといけないよねっていうことを考えていて、
それは今動き出していて、
この先ちょっと改修をして、
地域で使える場所として、
いくつかのパターンも考えられると思うんで、
それを考えて、
地域とお寺をつなぐ場を作っていこうと思ってるんですよ。
ちょっとそれは期待していて欲しいかなと思います。
はい。
これって結局、
自分とはちょっとの関係がないみたいな、
お寺だったら行けそうだし、
再開発されたお寺に巡ったり、行けるし、
すごい良いですね。
あくまで公共の場として、
誰でも来れるような場所として、
地域の場所として作りたくて、
今はお坊さんが面白いことしようというふうなことは、
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結構してはいるんですけど、
それだいぶソフトによってて、
ハードで解決するというようなことは、
あまりされていないので、
ハード的に組み替えて、
結果通りを地域の人だったり、
来てくれる方に向けて、
居心地の良い場所としては空間できるように、
提供していけるようにしようかなと思っています。
ぜひ。
はい。
やっていきます。