第七十二話『自分の値打ちを把握する感性を持つ』-【神戸篇】 作詞家 阿久悠-
2017-01-14 11:39

第七十二話『自分の値打ちを把握する感性を持つ』-【神戸篇】 作詞家 阿久悠-

今年、神戸は、港が開いてから150周年。
神戸港は、日本の近代化を牽引し、さまざまな文化が交わる中心地でした。
しかし、この神戸にも受難のときが何度もありました。
記憶に新しいのは、1995年1月17日の阪神・淡路大震災。
このとき、神戸復興のために立ち上がり、復興の唄を作詞した、日本を代表する作詞家がいました。
阿久悠。
兵庫県淡路島に生まれた彼は、瀬戸内を愛し、神戸を愛しました。
都はるみの『北の宿から』、沢田研二の『勝手にしやがれ』、ピンク・レディーの『UFO』。
そのヒット作は、枚挙にいとまがありません。
日本レコード大賞の受賞は史上最多の5回。
シングルレコードの売り上げは6,800万枚を越え、小説『瀬戸内少年野球団』は、直木賞候補にもなりました。
ただ彼の詞は、従来の歌謡曲の底辺に流れていた、いわゆる日本的な故郷を想う湿った感性とは無縁でした。
津軽海峡を唄っても、北の宿に心を寄せても、そこには常に、旅人の視線があるのです。
「この場所は、やがて去るときがくる」。
そんな諦念とも思える哀しさと潔さ。
淡路島で巡査をしていた父親は、島のあちこちの駐在所を移りました。父は言いました。
「友達とは仲良くしろ。しかし、別れるときに辛くない程度に仲良くしろ」。
作詞家、阿久悠は、ひとつの故郷を持たないかわりに、たくさんの故郷を内に育てたのかもしれません。
彼は感性を大切にしました。
エッセイで彼はこんなふうに書いています。
「人間が守らなければならないのは、うまく生きる術ではなく、自分の値打ちを正確に評価する感性だ」。
今も、我々の心をつかんで離さない詞を書き続けた、作詞家で作家の阿久悠が、人生で見つけた明日へのyes!とは?

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

11:39

コメント

スクロール