劇作家・岸田國士(きしだ・くにお)は、1931年、41歳のときに、北軽井沢の大学村に別荘を建てました。
オランダの農家を思わせる、山荘でした。
彼は、軽井沢の自然をこよなく愛しました。
浅間山を愛で、山羊や羊を飼い、夏のみならず、一年を通して野山に戯れたのです。
彼が書いた『北軽井沢にて』という文章には、彼の想いがあふれています。
『一年の大部分を山で暮してゐる私は、季節の足音に耳をすます習慣がいつの間にかできました。八月にはいるともう秋の気配が感じられますが、家畜の世話や、魚釣りや、たまに机に向つての仕事やをひつくるめて、私は今、自然のふところといふものに、大きな魅力と、言ひやうのない不安とを感じてゐます。この時代に、秋の訪れを待つことは、たゞの風流ではすまされぬ気持をわかつていたゞけるでせう』
岸田は、軽井沢で風を感じ、雨を楽しみ、ささやかでひそかな季節の移ろいに、心を揺さぶられました。
彼は、言葉を紡ぐひと。
誰よりも、目の前に見えるもの、自分が感じるものを、言葉に表したいと、もがいたひとなのかもしれません。
だからこそ、彼は言葉の虚しさにぶち当たります。
彼が書いた演劇論の一節に、こんな文章があります。
『「言葉の空しさ」――これをはつきり意識するところに、私の文学ははじまつてゐるのだと思ふ。私が戯曲を書く興味は、今日まで大部分「言葉の空しさ」を捉へる努力に出発してゐるといつていい』
劇作家・岸田國士が、むなしさから出発し、その先に得た、明日へのyes!とは?
オランダの農家を思わせる、山荘でした。
彼は、軽井沢の自然をこよなく愛しました。
浅間山を愛で、山羊や羊を飼い、夏のみならず、一年を通して野山に戯れたのです。
彼が書いた『北軽井沢にて』という文章には、彼の想いがあふれています。
『一年の大部分を山で暮してゐる私は、季節の足音に耳をすます習慣がいつの間にかできました。八月にはいるともう秋の気配が感じられますが、家畜の世話や、魚釣りや、たまに机に向つての仕事やをひつくるめて、私は今、自然のふところといふものに、大きな魅力と、言ひやうのない不安とを感じてゐます。この時代に、秋の訪れを待つことは、たゞの風流ではすまされぬ気持をわかつていたゞけるでせう』
岸田は、軽井沢で風を感じ、雨を楽しみ、ささやかでひそかな季節の移ろいに、心を揺さぶられました。
彼は、言葉を紡ぐひと。
誰よりも、目の前に見えるもの、自分が感じるものを、言葉に表したいと、もがいたひとなのかもしれません。
だからこそ、彼は言葉の虚しさにぶち当たります。
彼が書いた演劇論の一節に、こんな文章があります。
『「言葉の空しさ」――これをはつきり意識するところに、私の文学ははじまつてゐるのだと思ふ。私が戯曲を書く興味は、今日まで大部分「言葉の空しさ」を捉へる努力に出発してゐるといつていい』
劇作家・岸田國士が、むなしさから出発し、その先に得た、明日へのyes!とは?
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